第一言語 作:臆病なバンドリーマーX
──〜♪
ギャンギャンとうるさい声の中で、綺麗な音色が聞こえて、それを掴もうと手を伸ばしたところで目が覚めた。知らない天井の上によく知った手の甲が重なって見える。随分怪我して、テーピングだらけ、そのテーピングもかなり黒ずんでいた。
体を起こして部屋を見渡すと、隣にいる演奏者は大宮綸(いと)さんだったらしく私に気づくと楽器を置いて、おはよう、と言った。
「おはよう、ございます…………」
「すぐ着替えて」
よくわからなかったけど、寝起きなのもあってとりあえず言うことに従ってしまう。私は歯磨きも洗顔もする前に、服を着替えた。
この声はなんだろう。着替えながら考える。
「桜バーサス他三人。急に辞めるって言い出して」
辞めるって、今日はライブ前日なのに?
それなら、この震えた怒声はもしかして桜さん?
なんで辞めちゃうの?
「早くして」
言いたい事は色々あったけど、今までにない綸さんの剣幕に押されて、私は自分でも驚く程早く身支度を整えていた。四人が争っている大部屋を通らないと洗面所には行けないため、外の水道を使わせてもらおう。
「楽器は?」
「いるんですか?」
「適当なとこで練習。音外してるようじゃ話にならない」
あはは、と苦笑いするしかなかった。音は昨日までの猛烈なしごきで一応は零すことはなくなった。後の課題は、少し走りぎみな所だった。難しい箇所は、どうしてもリズムより指が先行してしまう。それでも成長を自覚していたけれど、綸さんの基準で言えば、まだまだ《音を外す》段階らしい。
とりあえず、ということで、歯磨き粉と歯ブラシと洗顔、タオルだけ持って裏口から出る。リビングを通るのは避けて、外の水道でひと通り済ませることにした。
周りのコテージにも同じように外で済ませる人が大勢いた。でも、家の中で喧嘩中だから気を使ってって人は私達だけだろう。私が洗顔と歯磨きを終えると、背後に綸さんが櫛をもって立っていた。
「ちょっと髪をいじるのでまだ掛かります」
「そんなのしなくていい」
そんなの、って……。
最近の私の髪型の評価がおかしいことに若干頬を膨らませつつ、大人しく櫛を受け入れる。人から櫛を通されると眠くなるけど、その日ばっかりは喧嘩の衝撃でちっとも眠くなかった。
ザッザッ、と私の髪の間を櫛が通る音がする。気持ちいいけど、ちょっと乱暴だ。綸さんも怒っているのかもしれない。私を見てくれるために残ってくれたのかな。分からないけど、さっきの言葉は若干傷ついた。
出る時に渡されたポーチを広げると、化粧水やらなんやらが入っていた。どうやって使うんだろう?
とりあえず、化粧水とかいたボトルから少しだけ中身を手に受けて、顔に馴染ませてみる。前に化粧をした時、
結局、私は化粧水を軽く顔に付けただけでポーチを閉じた。お化粧とかしないし、十分じゃないかな、とも思う。良く分からない。
「終わり」
そう言うと、綸さんは素早く化粧品のポーチをとって部屋の中に消え、それから楽器と小さなバッグを持って出てきた。担いでいるギターケースを受け取る。ギターケースを担いでいると煙突みたいなシルエットになって面白い。
「どこでやるんですか!?」
外でやるなんてテンション上がる。とりあえず、今は練習に集中しよう。今の私は、五人と比べて下手だから、とにかく練習するだけだ。
外の開放的な空気に──緑の、新鮮な空気に当てられたのかもしれない。痛む頭を抑えていた寝起きとは正反対の晴れやかな気持ちだ。
「丘を少し登ると、公園がある。日陰にベンチがあるから、そこで」
「分かりました!」
「昼頃に戻るから、早くして」
幾分か和らいだとはいえまだまだ鋭い視線を受けながら、遊歩道を歩き始める。
前方を小さな足で大股気味に先導する綸さんの歩調は、自分のものより荒かった。
昼になって、お腹を空かせて帰ってみると、コテージの玄関には二人の女性が荷物を持って立っているところだった。誰かいる、と思った所で、綸さんが一緒にライブする人、と呟いた。時々、綸さんは考えていることがわかるんじゃないかってくらいに鋭い。ともあれ、気分は大分安定したようで、良かった。
と、思ったら、遊歩道を帰りに歩く私たちに女の子達が近付いてくる。
「やっほー、大宮さん! その女の子は?」
「ギターの子」
「戸山香澄です! PoPPin′ Partyってバンドのギターボーカルやってます!」
「あ、ポピパ知ってるよー。あの変わった掛け声の」
掛け声はおたえのセンスだからセーフ、とか思っていると、「ツノがないから気づかなかったよ」と言われてガックシした。
「あれは猫耳」
「へー、そうだったんだ」
「お星様です!」
というか、この人たちは誰だろう。昼頃から人が来るとは言ってたけど。
「中学の同級生とその連れ」
「ども。中学の同級生の、《リケジョ。》キーボードのアカリです!」
「こんにちは〜。同じくその連れ、《リケジョ。》ドラムのアオイです、よろしく」
アカリちゃんが右手、アオイちゃんが左手をそれぞれ差し出し、私は両手を出して三人でよろしくした。
リケジョってのは、多分だけどバンド名だと思う。アカリちゃんが明るい感じの、ミルクティー色に染めたツインテの方で、アオイちゃんは黒髪を肩口に切りそろえた、目元にホクロのある優しそうな人だ。でも、バンドは当然ながら、ドラムとキーボードだけじゃ出来ない。本人に相当の魅力があれば別だけど。それこそ、綸さんほどでなくとも、Roseliaくらいには。
「他三人は」
「今回は辞退するって。課題が終わらないんだ〜。私たちも終わってなくて、押し付けてきちゃった」
「ええっ、それ、大丈夫なんですか!?」
「と言うより、メンバーみんなに『せめて二人だけでも』っていわれてね」
疑問に思ったのは綸さんも同じようで、私の心と同じ質問には私たち学生には耳に痛い言葉が返ってくる。
宿題って、ついつい溜めちゃうのは分かる……。私も今回の連休の宿題も有紗に泣きつくことになりそう。
「でも、宿題、ここに持ってくればよかったんじゃ?」
「あはは、それはちょっと難しいかな〜」
「朝起きて、パソコン開いて、途中でご飯食べて十時くらいに寝る、みたいな生活だから、練習に参加出来ないんだ」
おおう…………。
どうにも結構大変らしい。いや、綸さんと同級生ってことは高三なのか。綸さんとか桜さんが教えてあげればそれで済む気もするけど。まあ、色々あるんだろう。
私は深く考えないことにして、先程の疑問を口にする。
「入らないんですか? 立ってたみたいですけど」
「あー、いや、ちょっとね」
「早く着きすぎたから、散歩でもしようかって話してたの」
……なるほど、まだ喧嘩の途中なんだ。
隣を見れば、綸さんは耳に手を当ててなにやら大きな溜息をついた。
「言ってくる。
せっかく良くなっていた機嫌もまた悪くなって、それでも綸さんは口の端でフフフと笑った。一人先にコテージへと小走りにかけてゆく。
取り残された私たちはといえば、ポカーン、綸さんの行動力に驚かされて、立ち止まっていた。
「今、綸、戸山さんのこと名前で呼んだ!?」
いや、それは私だけだったらしい。二人は同時にそう言って、私の方を見詰めてきた。どうやら、綸さんが他人の名前を呼び捨てるのはとても珍しいことらしかった。とは言っても、メンバーのことは呼び捨てにしていた。
「何があったのさ!?」
「い、いや〜。私にもさっぱり…………」
私は具体的な、綸さんに初めて呼び捨てにされた夜のことを話した。勿論、綸さんの演奏のことは隠して。
「あ〜、なるほどね。綸ってそういうとこあるから」
「波長が合っちゃったんだね」
波長が合う、のかどうかは分からないけれども、そう言われると嬉しい。だけど、二人が何言ってるのか良く分からない。そんな回答を頂いて首を捻っていると、
「音、だよ。
切っ掛けは多分、戸山さんの言った夜に二人で演奏した事だね。その時のギターの音で──何が伝わったのか分からないけど、──戸山さんの考えが綸に大体分かるようになっちゃったんだ。ギターじゃなくても、足音とか呻き声だとかで」
なんて言われたけど、でも、そんなこと本当にあるのかな?
音楽を通して気持ちが通じ合うってのは何となく分かるし、それの延長にある領域なんだってことも理解できるけど、でもそれ、本当に?
「嘘だって思うでしょ。でも、本当。
綸が分かってやってるのかどうかは分からない。けど、名前を呼ぶってのはそういうことなんだよ──」
良く分からないけれど、とにかく、私は綸さんと仲良くなった、ってことでいいらしい。
その後、喧嘩も収まったということで綸さんから連絡があり、無事合流出来た。(私は初めて知ったけど、)ラッパッパ《結成記念ライブ》らしい今回、同時に《解散ライブ》にもなるということで練習はみんな身が入っていた。アカリちゃん、アオイちゃんは合宿途中参加だったから、大丈夫かなと思ったけど、私の知らないところ──つまり合宿前──では結構合同練習していたそうだ。挨拶もそこそこに練習練習練習、で疲れたけど、まあ。その代わり得るものはあったと思う。やっぱりラッパッパの演奏が身近にあるというのが大きい。具体的な目標としての追加メンバー、アカリちゃんとアオイちゃんが加わったこともり、私のギターは結構成長した。それでも電気と比べれば苦手だし、今回のライブメンバーの中では頭一つ落ち込んでいる。それでも、ラッパッパは、綸さんは私に演奏して欲しいと言ってくれたから、私は本気で演奏をするだけだ。そうおもって残りも練習を頑張り、手指のテーピングは更に増えた。
ライブ当日、私は何とか、ギターソロも含めてミスなく乗り切ることが出来た。それだけじゃなく、合宿で一番脂の乗った演奏ができた気がする。新たななにやらかをつかんだ感触もあって、この解散ライブで、私は凄く成長できたと思う。
ライブ自体はそんなに大きなものでなかったのもあって、緊張もそこまでしなかった。記念日ということで、学校の中でのみ告知していたんだとか。それでも結構な人数が集まったけど。観客の中には吹奏楽部らしい集団が見え、その子達と桜さんたちがライブ前に親しそうに話をしていた。
「…………本来なら、ここで終わり」
アンコールのエンディング曲も終わり、いざ終わりか、となった所で、綸ちゃんが突然、マイクを手に取って話し出す。出番も終わり袖で見守っていた私はビックリして、傍で見ていた共演者二人と顔を見合わせた。アカリちゃんもアオイちゃんも知らないらしい。
「トモ、アスカ、マナ──三人のために曲を
そう言うと、綸ちゃんは満足したように楽器を構える。会場全体がハテナに包まれている中、桜さんが必死にフォローしていた。
そんな桜さんを綸ちゃんはちらりと見る。視線に気付いた桜さんは、その場で腰を捻って横を向いて、手を指揮者のように上げた。
1.2.3.4──。リズムを取り始める。それが三回ほど繰り返された後、軽やかな、それでいて厳かな神秘の音が会場を包み込み始める。もはや退室どころか、衣擦れの音を出すことも無かった。誰一人退席なんてしていない。入のタイミングをはかると、桜さんも指揮をやめてすぐに音を合わせていった。
悲しい気持ちになる曲だった。ただ、普通の曲じゃない。
悲しい気持ちを前提として、笑顔だとか感謝だとかを同時に伝えてくれる。まさに卒業ソングだった。
私はこの曲を聞いている途中、震えが止まらなかった。なにも演奏がすごかったからってわけじゃない。いいや、十分凄かったんだけど、Roselia並の演奏技術が霞んで見えるくらいに輝く、本当に凄いことは。この、袖から見る視線の先にいる二人の本当の凄さは──。
この合宿中のことが走馬灯みたいに私の頭に流れ始める。
車の中で作曲に悩んでいた綸ちゃん、練習の間の時間で五線譜に睨めっこしていた綸ちゃん、その後ろから奏で始める桜さん。
……でもそれは、とは別の曲だ。綸さんは新しい曲調に挑戦している、と言っていた。今聞いている音は、どちらかといえば彼女たちがこれまで演奏していた曲の側だ。それに、綸さんに聞かせてもらった、途中までできたその曲は、今私が聞いている曲とは全く違う。
──
私だって気まぐれにメロディを口ずさんで、ギターを鳴らすことはある。それでも、多少は珍しい事のようだ。でも、そんなの、所詮は遊びで、楽しいだけだ。本当に洗練された、──こんな言い方はあんまりしたくないけど、テープに捲ける曲かと聞かれれば、それは間違いなくNOだ。
アーティストの中には十〜十五分程で即興の曲を作り上げてしまう人もいる。それなりのクオリティでできる人も、テレビ番組なんかで見た事がある。そう、十〜十五分で、それなりのクオリティで曲を作れるなら、テレビに出られる。
演奏は、既存曲よりも少し長い尺で行われた。前奏、Aメロ、Bメロ、サビ、Cメロ、間奏…………などなど、そんなものはないと言わんばかりの演奏は、しかし、その完成度は、結局退室するお客さんがいなかったことで証明できるだろう。
型破り、と言えばリスキーで一長一短なイメージがあるけど、彼女たちの演奏はそんなもんじゃなかった。型に嵌めず演奏する、それはつまり常に知らないメロディーで演奏するという事だ。そしてそれを、有無を言わせず納得させ、涙すら流させる彼女たちの力。
メインとなって常に新しいメロディーを綴った綸さん。メロディーに虹色の彩りと無二の個性を与えた桜さん。どちらか一人だけでも、そしてありふれた一曲だけでも、今回のステージを埋められた。私には、いや、今回のライブを聞いた人は全員、そう確信していた。
彼女たちの解散理由は結局そこだった。新曲『さよなら』が終わった時、時間を取って理由を話したんだ。
才能という領域すら飛び越えたその音楽に、吹奏楽部の中で一番に上手かった程度の自分たちでは隣に並び立てない、と。演奏技術ならまだしも、その表現力を、自分たちの音で希釈するのは罪だと。
ていうか、ぶっちゃけ辛い、と。
そう言っていた。
音楽でもなんでも、やっていてそういう気持ちになる子は結構いる。が、私はそれをいつも、どこか他人事のように考えていた。そういうこともあるんだな、程度に思っていた。あるいは、私だって勉強はしたくないし、とか。
でも、それは
私は今日ばかりはと思って、トイレで髪型を崩した。
今後の展開
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再結成!
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ずっと二人で……
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解散