第一言語 作:臆病なバンドリーマーX
「あの、本気で吹いてもらってもいいですか」
いつものスタジオ練習の最中、モカの静止の声も聞かず、あたしは佐藤桜さん、大宮綸(いと)さんにつっかかった。ココ最近、二人の音は落ちている。自分のこともあるから黙っていたけど、もう限界だった。
「ガールズバンドパーティーはそこそこ大きなライブです。それなのに、直前になって解散してみたり、人員の補充もしなかったり、なんなんですか。音が濁るくらいなら、解散しない方が良かったんじゃないですか」
「蘭! そんな言い方──」
「巴は黙ってて」
外野の声をシャットアウトしつつ、二人を見やる。さすがにバツが悪いのか、佐藤さんはいつもの笑顔を引き攣らせて、大宮さんの方を向いていた。逆に大宮さんはいつも通り、端正な顔を無表情に固定したままで何を考えいるのか良く分からない。感情を読もうにも、その長い黒髪の毛先一つ動かしやしない。
「二人で大丈夫って、驕ってるんじゃないんですか。正直、今のお二人の音に合わせることができません」
と、そんな挑発をしてみても、まるで暖簾に腕おしで、大宮さんの顔は位相をずらして存在しているかのように何も変わらなく見え、佐藤さんだって、笑いながら誤魔化すように謝罪の言葉を述べるだけで意味が無い。同じような言葉を再度吐きかけて見ても、結局同じ。あたしは更に苛立った。こっちは、あんたたちの背を見て頑張ってるってのに。
ちょっと前なら、こんなことは思わなかった。バンドっていうのは華道への反抗の証と、幼なじみを繋げるためのもの。だから、自分たちが好きなようにできれば良かった。それが、今はまわりにも音楽への本気を強要している。シンプルに、ポピパの──戸山香澄の──おかげだってことはない。幼馴染たちと音を刻んでいくうち、あたし自身、音楽が好きになっていったのが八割だ。学校の音楽の授業もまともに受けるようになり、自分でも凄く勉強した。ギターを続けるために嫌っていた親とも話し合った。華道とも向き合った。花を見かけても、今は目をそらすことなく、『好きだ』と言える。
そんな経緯があるから、あたしは音楽に対してかなりうるさい方だと自分でも思う。幼馴染たちから見てもそう見えるらしく、ことライブやギターに関しては癇癪持ちのような扱いを受ける。
今まさに、癇癪玉が大きく破裂している所だった。
「そりゃ三年生だから、受験とかで忙しいのかも知れませんけど…………。でも、自分で決めたライブも真剣に向き合えないようなら、ラッパッパも底が知れますね。悪いですけど、After glowはそんな所で足踏みしてられません」
今、あたしはかなり酷いことを言ったと思う。でも、言わずにはいられなかった。練習の度に思っていた。ラッパッパの音が落ちている。回数を重ねる毎に酷くなるそれを今日こそ指摘しようと思っていたけど、いざ練習に来てみると音より前にまず『解散』──分裂? ──を聞かされ、今までとは比べ物にならないくらい酷い音を聞かされた。腹が立つような音を。
もう十分我慢の限界だった。
「そっか。
──今日はちょっと調子が悪いみたいだから、悪いんだけど、これで帰るよ。次の練習までには何とかするからさ、ほんと、ごめんね」
二人はそれ以上に何も言わず、さっさと楽器を片付けて帰っていった。結局、二人の態度と表情は、ずっと変わらなかった。
「お二人共、そろそろ十分たちますよ」
氷川紗夜の呟きで、私は歌うのをやめた。
Roseliaのボーカルさんが言い出したこの勉強会には、私と桜の他にRoseliaの三年組──ドラム以外──がノートを広げている。ココ最近──連休が終わって一週間──、学校まで押しかけてくる香澄やこころの影響なのか、私も幾らか活動的だった。燐子の誘いだった事もある。
そんな訳で、勉強会とは名ばかりなんだろうと呼び出されたカラオケボックスに向かった訳だが、これが結構本格的な雰囲気で、苦手な教科の課題をさんざ消化させられた私と桜はもう腕が動かないくらいには疲れ果てていた。まさか、普段から課題を交換して済ませているとは言えない。
「いい曲ね。なんの曲かしら」
「…………『勉強疲れた』?」
「あはは、今作ったんだ…………☆」
「十分間も演奏するとは思いませんでした」
カラオケボックスに入ってから二時間の間集中していたのだから、たかが十分くらい自由にさせて欲しいが。とは思いつつも、私はペンを取って先程思いついたフレーズを書き溜めてゆく。サビのところが特に良かった。もっと絶望的な表現を加えれば、上手いこと終末チックな世界を説明できる。新曲は人類の消えた世界で二人が踊っているイメージだ。世界観の説明を最初の方に組め込める。だとすれば、少し路線を変更してサビはダンスのみを押し出してみてはどうだろう。…………いい感じだ、踊りに没頭している様子、相手しか見えない状況が上手いこと伝わるはずだ。
「いや〜、集中力ないからかなり疲れちゃってね。ちょっと飲み物取ってくる」
私がペンを動かす最中にも桜はそう言ってコップを二つ持ってカラオケルームを離れる。ドリンクバーにいちごミルクはなかったので、次に飲むのはカルピスだろうか? 悪戯にカルピスソーダを注いでくる可能性も考慮しなくてはいけない。しゅわしゅわは苦手なので、その場合は桜のを頂こう。
と、書き留める私のノートをいつの間にか覗き込んでいた燐子が聞いてくる。
「あの…………もしかして、コレ──」
「新曲」
「驚いたわ。作曲も同時にしていたの?」
「歌ってたらいい表現が出てきたから」
「へぇ、作曲ってそうやって進めていくんだ☆ていうか、ノートが五本線なのって、もしかしていつでも作曲できるように?」
ベース担当の人の問いに、コクンと頷いて肯定の意を示す。普通のノートでも書けるっちゃかけるが、パッと見で曲が流れるのはどっちが早いかと聞かれればやはりこっち。完全に落書本意でノートを選んでいたのだった。
「悲しい曲ですね…………」
「ディストピアね。ユートピア、つまり理想の世界とは逆の意味…………聞くだけじゃかなり広い意味を持つけれど、この曲では、非文明的な退廃を表しているのね」
コクリと頷く。同時に胸を撫で下ろす。良かった、ちゃんと伝わったようだ。
私の曲は、誰かを泣かせる自信くらいは作曲家として持っているつもりだが、しかしその世界観を正確に言い当てられた経験は桜以外にない。さすがRoselia、本格派ガールズバンド、と、私は少し嬉しくなった。
「普段も、同じように…………作曲しているんですか?」
「色々」
「色々、とは?」
「基本は適当に書いてるだけ」
そしてその中から良い歌詞を抽出するのが、私のやり方だ。作曲の基本とかやり方だとかいうのは守らないことがほとんどだ。書きたいことを書きたい時に書いてたら溜まってて、曲の雰囲気に合わせて印象を変化させつつ断片を繋げていく。どこかの小説家のインタビューで似た手法を使ってた人を見た。その人は頭の中にある事をちょくちょく書いていくタイプで、私みたいに完全に作曲=フレーズ溶接の形とは違う。私は、曲の中に物語を作るには自分自身物語を体験する必要があると思っている。自分の心の移り変わりを日記のように記していき、いつか自伝ともいえる曲が出来上がる。
ただ、この間の解散ライブみたいにガムシャラに作る時もあるけど。私はバンドにそこまで執着はなかったが、桜の方はバンドメンバーと仲良くやっていたから。
「なるほど……。私もたまに、そういう時…………あります」
「へえ〜★みんな、そうやって作曲してるんだ」
「分からない」
他の作曲者のことはどうでもいい。
「私もさ! 作曲とかやってみたいんだよね☆
綸がちょっと手解きしてくれたら嬉しいんだけどな〜」
「……。
──いいけど」
「ですが、フリータイムは最短で3時間です。せめてそれまでは勉強しましょう」
「じゃあ、それが終わったら作曲の話ということでいいわね?」
「私も…………色々、お話ききたいです…………」
そういうことに纏まり、私はドアを開けるのに立ち上がった。桜は両手にコップを持っている。そろそろ帰ってきたと足音が教えてくれたからだ。私は存外耳がいいらしい。まさか、猫の動画を見ていた湊ユキナさんのイヤホンから漏れた猫の鳴き声を誰も聞いていないだろう。会話に紛れて、ということだろうが、湊さんも話の中で油断して音量を大きくしたらしい。
桜が待っているドアを開けながら、一人笑いを漏らした。
『──氷川紗夜です。今日は勉強会お疲れ様でした。誰かに何かを教えるというのは勉強の最適解で、とても有意義な時間だったと思います。──』
『──佐藤さんからもう聞いているかも知れませんが、改めて、ごめんなさい。今日は普通に勉強会をしましたが、元々の動機は違ったんです。──』
『──湊さんの発案で、今回の勉強会を企画しました。湊さんが言うには、元を辿ればAterglowだそうです。──』
『──私も、Roseliaのメンバー達も、美竹さんと同じ気持ちです。Roseliaとしては今回はあえてだまっておこうという形で纏まっていましたが、美竹さんの意見で、湊さんの考えも変わったそうです。メンバー全員で話し合った結果、こういう形になりました。佐藤さんは最初から気付いていたようで、トイレに行く際に問い詰められた時には焦りました。佐藤さんは、あんな顔もするんですね。少し驚きました。──』
『──結局当初の目的は果たせませんでしたが、私としてはこれで良かったと思っています。音楽に関して、横からアレコレ言われるのが辛い、というのはRoseliaの中で一番分かっているつもりですから。──』
『──ただ、覚えておいていただきたいのは、私は今回の件に関して辞めた三人側の人間だということです。──』
『──三人を見れば見るほどよく似ていました。私の場合は妹で、音楽に限った話ではありませんが、しかし似ていると思いました。──』
『──自分にはできないことを当たり前にできる人と、常に比較されるというのは相手の想像より、ひょっとしたら本人の感じているよりずっと辛いのです。しかもその人が身近ならもっと。嫉妬、なんて一言で片付けていいものではありませんが、しかしそんな自分にすら嫌悪感を抱いてしまって、逃げ道が無くなるのです。
実は、私は三人とよく話していました。お互いに、何となく分かったのでしょうね、相談も受けました。脱退を唆したのも私です。申し訳ございません』
『私についてどうなろうと構いません。しかし、あの時三人は『二人の音楽が分からない』と言っていました。私も同じ印象です。どこか違う世界の音にすら聞こえる、耳から鼓膜が振動していることを忘れていくようなサウンド。私にはあなたたちがどうやって音を作っているのか分からない。もちろん、あの三人も。──』
『──こうも言っていました。『着いていけないし、着いていくのは死んでしまう。着いていくのが勿体ないのもある』と。お二人共の音を一番に認めているからこそ、自分はその領域に立てないことをよく理解し、バンドメンバーとしての練習に体力と気力の底付くまで消耗し、そしてお二人の音を邪魔したくない、と──』
『──三人を辞めさせたのは私ですから、今更どんな罰をも恐れません。しかし、三人についてだけは、よく考えていただきたいのです。──』
連休が過ぎて、次の週末、日曜日に高山高校でのラッパッパのライブがあふる!私、丸山彩は大宮綸(いと)さんに誘われて、ここまで来たのだった。もともと、こっそり来る予定ではあったけど。
校内ライブの場合、学生証か専用のパスがあれば無料になる。あと、先生も無料だ。それ以外の場合、つまり外部の人は有料。チケットを買っての入場になる。つまり、私たちは本来なら有料なわけだ。持つべきものは友達、という訳で私は専用のパスを持っている。
「会場は体育館になりまーす。看板が出てますので、それに沿って進んでくださいね〜」
入り口で受付にパスを渡し、入場する。今日はパスパレの練習がない日だ。他四人はそれぞれ個人のお仕事があって、私だけがこのライブにこられた。ちょっと優越感、なんて。もちろん、千聖ちゃんにしっかりとプロデュースして貰ったから──忙しい中ごめんね──、外から見ても私だと気付かないだろう。もしくは、プライベートだって思って近づいたりはしないはず。この歳になって、やっとその辺りの分別がついてきた。まあ、気付かれたいって気持ちはまだまだ捨てきれないけど。
さて、と待ち合わせの相手を探す。
「せんぱぁ〜い、こっちですよぉ〜!」
見慣れた髪型は探す前に見つかった。パスと引替えに渡されるリストバンドの優先席制度を使って、一番前に陣取っている。彼女、香澄ちゃんもまた、綸さんにパスを渡された一人。その横には、薫さん、こころちゃん、燐子ちゃんもいる。日菜ちゃんと一緒になってなんだか怪しいことをしていた四人だ。私はリストバンドを強調するようにスマホを弄るふりをしつつ最前席まで歩き、座った。
隣には香澄ちゃん、順に、薫さん、こころちゃん、燐子ちゃんだ。
「開始十分前か。ちょっと遅れちゃったかな?」
「そんなことないです、全然! 私たちも今来たところで!」
「ふふ、私たちがここに着いたら、桜が迎えてくれてね。最前列まで案内してくれた、というわけさ。一足遅かったね」
へぇ、そりゃ凄い。私もあと五分早く家を出ていればなぁ。でも、それも仕方ないか。休日のアイドルは布団から離れ難いものなんだ。
「でも、なんで私まで呼ばれたんだろう?」
「そんなの、彩がいた方が楽しいからに決まっているわ!」
「…………たしか、丸山さんも綸さんに誘われたんでしたよね?」
「うん、そうだけど」
分からない。確かに私と綸ちゃんは仲良しだけど、それでもこの間やっと名前で呼び合う程度だ。お互い忙しいっていうのもあるけど、四人のように特別仲がいいってわけじゃないし…………。
「そんなのどうでもいいじゃない! それだけあなたのことが好きなんだわ!」
「そう、ですね…………。…………私も、そういうことなんだと思います」
「うん、私もそう思う!」
チョロい私はこころちゃんが少し励ましてくれるだけでえへへと照れてしまう。
こんなだからSNSでチョロ山とか頭フワフワピンクとか言われちゃうんだ。まあ、それは治らないし直せない。千聖ちゃんも『そのままでいいのよ』って言ってたし、その必要も無いだろう。誘われた理由の謎を含め丸ごと忘れておくことにする。
「パスパレの方は私以外予定が入ってたんだけど、みんなは?」
「はぐみは今日はソフトボールの試合なの! 美咲は家の方で用事があるみたいなの」
「──そして花音は、イルカショーを見てくると言っていたよ」
「ポピパは今日は休み! えっと…………有咲はお店の方に出てて、おたえはバイト、りみりんはパン屋巡りで、紗綾はパン焼いてた」
「…………Roseliaは、今日も練習です。私だけ、無理を言って…………」
皆がそれぞれのバンドの予定を教えてくれた。Roseliaはやっぱり厳しいな。でも、あの燐子ちゃんが練習を放り出してまで来たがるようなアーティストがラッパッパなんだ。ユキナちゃんもそれを許すってことは認めてるってことだよね。久々のオフくらい家でゆっくりしたかったけど、やっぱりライブにきて正解かも!
「へ〜、そうなんだ! 私は今日は一日オフなんだ! 折角だし、ライブ、見ていこうかなって! 初めてなんだ!」
「そうなんですか? ふふふ、私、こないだ一緒に演奏したんですよ〜」
「えっ、いいな〜。なんで私呼んでくれなかったの!」
「だって、彩先輩ずっと忙しかったじゃないですか……」
「そりゃそうだけどさ…………」
若干の悔しさも感じつつ、会場を見回す。他の学校の体育館って、なんだか新鮮だ。私は内部生だから中学と高校が違わないのも影響しているかもしれない。わ、なんか変な棒ハシゴが壁に貼りついてる。何あれ…………?
「アレ? ドラムセットとアンプがあるって事は、普通に軽音楽でやるのかな?」
「彼女らはずっと、私たちと練習していて、ギターコードを覚える暇すらなかったと思うが…………」
「DJブースがないってことはミッシェルの出てくる可能性はなしね!」
「音の数的に、笛二本よりはマシってことじゃないかな」
なんて、議論しているうちに会場に開始のアナウンスがなされる。気付けばいつの間にか入り口の扉は閉まっていて、あとは演者を待つだけの状態だった。
今後の展開
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再結成!
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ずっと二人で……
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解散