第一言語   作:臆病なバンドリーマーX

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八話

 ステージの両脇から、二人の女の子──佐藤桜さんと大宮綸(いと)さん──が登場した。

──!! 

 さすがにこの状況には、沈黙者で有名なファンたちも黙る訳には行かなかったようだ。ドラムセットとアンプの置かれたステージに抱いていた大きな疑問の解消と同時、それらは大きなどよめきへと変わった。わたしは好きだった雰囲気が壊されていくのを感じつつも、一緒になって喉を動かさずにはいられなかった。まさか、本当に()()なんて。

 

「凄いわ燐子! 燐子の予想が当たったわ!」

「燐子ちゃん、なんで分かったの!?」

「たまたまです…………」

 

 弦巻さんと丸山さんには悪いけど、今回は本当にたまたまだった。まさか、本当に二人で、初めての楽器に挑戦するとは思わなかった。

 

「大きいギターだね」

「ああ。彼女──綸の華奢な体のせいだろうね。アンバランスでとても…………儚い」

 

 さすがギタリストなのか、瀬田さんと戸山さんの二人が目を丸くして驚いているのはその編成よりも人物だった。ギターを担いでいるのが大宮さんで、ドラムが佐藤さん。確かに、印象で見れば逆のイメージだ。大宮さんはどちらもやらない気がするけど、どちらかと言えばドラムな感じがするかもしれない。ドラムを叩きながら歌うことが難しいからだ。大宮さんは、声で歌うのを避けている気がするから。

 

 そんな、意識もしていないような予想は今まさに打ち砕かれていた。

 ギターコードを足元のアンプに繋ぐ大宮さん。頭を軽く振って、腰まである黒髪を払う。触覚のようなシンメトリーなもみあげが踊った。防護用なのか細身のヘッドホンを装着している。やや小柄な体躯に骨から細いのだろう腕と脚。そこまで重くないであろうという程度に膨らんだ胸部は、華奢な体を見るとやや心配にもなる。つまり、そこそこ大きい。肩からかけた無骨なギターはシンプルなデザイン。色は青。それも暗い青だ。深い海の、星空の色。そういえば、殆ど黒に近いギターに星のようなものがあしらってある。この辺りはデザインの領域だから、弾きやすければいいのだろうけど。あこちゃんなら悲鳴をあげて踊り出しそうなデザインだ、と思った。名前は『ナイト・ザ・ナインティン・ナイティ・ナイツ──星の夜の騎士──』。

 

 

 そんな、ギターの背景のように映る黒髪の女性の目の前にはマイクスタンドがポツリと置いてある。女性の白い手の指に動かされ、角度と高さを常に変えていた。

 

 

「あー、あー、OK? そろそろ、始めますか?」

 

 ──いぇーい。

 どうやらMCは佐藤さんのようで、マイク越しの声にファンたちが控えめに答えている。ロックをやるのは初めてだけど、意外と観客の雰囲気はいい。

 

「──じゃ、まずは一曲聞いてください」

 

 

 独特なリズムのドラムで曲は始まる。あこちゃんは『かっこいい』とコメントするだろう。わたしは、それに相槌を打てるかは分からない。佐藤さん独特のリズム、佐藤さんの個性が、私は分からない。ともすれば、ひょっとして苦手にすら感じる。佐藤さんの音楽が、波長が、どこか本質的に《合わない》。

 

 大宮さんの性格なのか、どこか控えめにギターが参加した。佐藤さんのドラムがメインだと言わんばかり、ドラムを一番に格好よく魅せようと演奏しているのがわかる。大宮さんの音は分かるので、ギターが加わることでやっと曲が掴めてきた気がした。

 

 デビュー曲、『愛の告白』、だと思う。予測不可能だとかそんな言葉すら出てこない、何も分からないドラムと初めて付いた歌詞のせいもあって分かりづらいけど。最早別の曲だった。

 

 彼女たちは新曲を作るとある程度の間はその新曲をライブで演奏するが、そこから気持ちが離れると二度と演奏しなくなる。それは彼女たちの思いをリアルタイムに綴った曲だからだろう。過去の自分が分からなくなった時、曲を弾けなくなるんだと思う。天才的な面もあれば、不器用な面もある。そんなわけで、過去の曲を歌うとすればアレンジくらいでしかできないんだと、わたしは確信する。別の曲レベルまで改変しなければ、気持ちが籠らないのだと。

 

 

 ──あなたが欲しいだけ、好きと言いたい──

 

 

 初めて聞いた、大宮さんの歌声。彼女は結局、カラオケでだって歌わなかったのだ。いや、彼女にとって、歌うことは演奏することなんだと思う。だから、今のギターと歌を両立させる状態はとても新鮮だ。口が二つあって、二重にでも歌う感覚なのだろうか? それとも、口側に演奏の意識があるんだろうか? 

 

 どうにせよ、どちらの音からか痛いほどに感情が伝わる。ギターはあんまり上手くないのに、なんでだろうか。余裕が無さげに、常に目線を落として歌っている。そんな状態だろうと、彼女の演奏は変わらなかった。音で会話すら出来そうなレベルにあるその表現力は楽器によらないものなんだと、わたしは理解する。

 

「――あんまり上手くないね」

 一曲が終わる。《儚い》ラブソングのうちの一つ目。相手の隙間を埋めようとする、一途な女の子の歌。歌詞とイメージに少しだけギャップがあった。

 佐藤さんが再びマイクを持つ。

 

「どーも。『愛の告白』アレンジバージョンでした」

 

 ここで佐藤さんのMCが入る。話のテンポに合わせてドラムを叩いている。

 ドカドカドカっと、タン・タン・タン──。独特のリズムで叩く。当たり前だけど、あこちゃんのドラムと全く違う。大宮さん以外に誰も合わせられない、誰も理解できないリズム。リズムという既存概念すら壊してしまう音。わたしの耳は震え、足までも震えが伝染した。

 

 怖い。

 

「他の三人は、この前解散したんです。ホームページやSNSでも見たと思うけどね。──まあ、といっても、この前決まったばっかりでまだドタバタしてるんで、続報を待っていて欲しいってとこですかね」

 

 ──ダダダダダダダ、ジャーン! ダンダンダダン! 

 

「えー、次のお知らせは楽器についてかな。これは、実は他のバンドの影響で。

 ガールズバンドパーティーっていうイベントに今度お邪魔するんですが、そのメンバーと一緒にやってるうちに、影響されちゃってね。こういうのもいいかな、って思ったのがきっかけです。

 今までのアタシたちは、『誰かを笑顔にする』だとか、『お客様の為に頑張る』だとか、『みんなで頑張る』だとか…………そういう音楽をする理由っていうのが欠如してたんです。ただ、好きだからやってる状態で。音楽をやりたいって目標をもう一度掲げる必要があるって勉強しました」

「それと、私たちは二人でやってる訳じゃないってこと。いや、もしかしたら、二人の間ですら何かしらの気遣いがあって、音楽を弱めていたかもしれない。

 

 ──そんなの、音楽じゃないよね。音楽っていうのは、個性と個性のぶつかり合い。馴れ合いじゃないの。相手に合わせるものじゃないんだって、教えて貰いました。解散を機会に、一度見つめ直してみようってこの前二人で話しました。一人一人が好き勝手やって、合わないようならこのまま解散でいい。アタシたちの音楽はそうなんだなって思います」

 

 

「聞いていて下さい。次の一曲、アタシたちの未来が決まります」

 

 〜♪ 

 

 二曲目が流れる。大宮さんの細い声が、雄弁に語り出す。予測できないメロディーがギターから溢れてくる。

 

 なるほど、と私は思った。

 歌詞は、つまり大宮さんは『0と1だけなんてつまらない』と歌っている。だけど、大宮さんのギターはそうじゃない。緩急のハッキリした音色はそれ自体がリズムを作っていて、『こんなことができるんだ』と教えている。骨の髄まで響くような深い音はこんなに楽しいこともあるんだよ、と伝えてくる。

 

 

 ──周りを見ていなかった、力の限り走り続けてた、あの日の自分──

 

 

 確かに、二人の演奏は素晴らしい。この世に二つとない、教科書に残るどころじゃないくらいの衝撃を私たちに与える。

 

 

 ──気付いたら、二人ぼっち。それでもいいの。だけど、なにか足りないものを探すんだ──

 

 

 だけど、二人だ。楽器が二つなら音域は限られるし、音質もまた同様。音の厚みでさえ二つ以上にはなれない。

 

 

 ──♪ 

 ──果てのない道の途中、貴方は隣にいて、歩幅を合わせてた──

 

 

 なるほど、と、わたしはこの頃になると、おおよその二人の歌を理解していた。今の二人の演奏心境までも、曲から全て読み取れた。曲に感情を込めることにおいては他の追随だなんて考える必要のない世界に生きる大宮さんがギターだからこそ、そしてその力を遺憾無く発揮してくれているからこそ、わたしはそれを読み取っていた。

 

 

 ──合わせなくていいんだよ。違っていいんだよ。隣に居るから。抱きしめているから──

 

 

 お互いを意識しすぎたのだろう。今思えば、彼女たちの曲は、どこか丸みがあった。集団としては尖っていたけれど、全体として丸く結束していた。

 

 それはリーダーである佐藤さんが顕著だ。今、わたしが聞いている、恐怖すら覚えるようなリズムは初めてだからだ。佐藤さんは常に大宮さんを意識して、自然にリズムをセーブしていたんだろう。大宮さんがついてこれないとかそんな心配ではなくて、ただ《合わせようと》して。

 

 大宮さんだってそうだ。彼女たちの曲は全て彼女が書いたものだが、それらは例外なく大宮さんから佐藤へ向けた感情を歌った曲。遠回しな愛情表現は本人の望むものではなかったということ。

 

 

 ──大好きだから──

 

 そしてこれは、それらと決別する曲になる。

 曲と歌詞の両方向からストレートに告げられる愛と、一見メチャメチャなドラムリズム。本能のままに動いている…………気付けば曲調もだいぶ変わっている。

 叩いている本人も、弾いている本人も何をしているのかよく分かってないはずだ。支離滅裂、順序だてて話してなんかいない。一見整った歌詞の裏で、曲とドラムは暴走の域を超えている。もはや誰にもわからない。聞いてはいけない音を聞いている気分だ。いや、実際にそうなんだろうと思う。

 

 ──愛しているから──

 

 歌詞が終わり、後奏に入った。ふと俯いていた顔を見上げてみれば、ギターはドラムに向かい合って演奏している。周りを見れば全員、立ち上がってピョンピョンと飛び跳ねていた。

 

 すぅ、はぁ

 大きく深呼吸をする。もう、人混み酔いだなんて気にならないくらい、曲に取り憑かれていた。

 

 胸の奥に灯る熱に従って、私も一気に飛び跳ねる──!

今後の展開

  • 再結成!
  • ずっと二人で……
  • 解散
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