12月、この時期になると日が落ちるのも早く、帰るころには辺りは真っ暗なんてことも珍しいことではない。
暗くなる前にさっさと帰りたいものなのだが、俺には奉仕部の活動なんていうどうしようもなく面倒なものがあるためどうしても暗い中帰宅することになってしまう。
まったくもって、やれやれだ。こんな部活さっさと辞めてしまえればいいのに。
「比企谷くん、のそのそと後ろを歩くの止めてもらえるかしら。不審者みたいで、とても不快になるのだけれど」
俺がどうやったら円満に退部できるか考えながら歩いていると、連れ立って帰宅しているはずの俺が遅いのに気づいたのか、雪ノ下は声をかけてくる。
「少し考え事してただけなのに、ナチュラルに俺をdisるのはやめろ、雪ノ下」
小走りで雪ノ下に追いつき隣を歩く。
俺には刺々しい態度しかみせない雪ノ下ではあるが、世間一般から見ればドレッドノート級の美少女だ。むしろ、超がつくまである。そんな雪ノ下を、暗い夜道に一人で帰らすほど俺は腐ってはいない。
そんな理由があって雪乃とともに下校し、家まで送っているわけだ。
それにしても、薄暗い夜道をこうやって同級生と隣に並んで歩くという行為にはどうにも慣れん。なにこのリア充空間。やだ、鳥肌立っちゃう。
雪ノ下から距離をとり、後ろを歩けば問題ないのかもしれないが、そうすると今度はさらなる問題が発生する。……変質者に間違われて職務質問を受ける可能性があるのだ。つーか、実際受けた。
つまり、先ほどの雪ノ下の言葉はある種優しさってことになる。disる言葉が優しさになるなど、どうにもこの世界は俺に優しくないものだ。あーこんな世界滅びてしまえばいいのに。
特に会話もなく、ただ二人で歩く。
慣れないとは言ったものの、何故かこいつとのこういった時間は嫌いではない。むしろ落ち着きすら感じる。
良くも悪くも雪ノ下という少女は真っ直ぐだ。
飾らないこいつの言葉は、人との信頼関係というものをうまく築けない俺にとってはとても心地よい。時折発せられる誹謗の言葉が俺のトラウマを的確にえぐってこなければ尚更なのだが。
やめてくれといっても聞いてくれねーだろうな、こいつは。もはやライフワークだろうし。せめてどうにか半分ぐらいまで減らしてくれればいいものを……。
そんなことを考えながら、ふと空を見上げる。
「月が綺麗だな」
空に丸い月が浮かんでいるのに気づく。満月なのだろうか、真円に近いそれは優しい光で俺たちを照らしていた。
思えばこうやって、空を見上げ月を綺麗だと思うなんて何時以来だろうな。正直、俺は腐った目をいつも下ばかりに向けていた気がする。
地面さえ見ていれば、俺を傷つけるものも、傷つけようとするものも見なくてすむしな。
「あなたのような腐った目を通して見たものと、同じ感想を持つのはとても不愉快なのだけれど。でもそうね、確かに綺麗な月ね」
俺の隣で雪ノ下も月を見上げる。
「そこは素直に同意だけにしておけ。目は関係ないだろ、目は」
「そうね。目だけじゃなくて、あなたの場合は感性も腐っているものね。そこは素直に謝罪するわ」
「どう考えてもそれ謝罪じゃねえからな。むしろ悪化してんだろ」
普段は由比ヶ浜といる時しか見せることのない、年相応の少女らしい笑顔を浮かべながら雪ノ下が毒づく。
もうやめて雪ノ下、とっくに俺のライフはゼロよ!
なにがそんなに楽しいのか知らないが、こういうときにそんな笑顔みせるんじゃねーよ。反論しづらいじゃねーか。
でもまあ、
「お前とみる月だからかもな」
もし一人だったら。
空を見上げようなどと思いもしなかっただろう。
もし雪ノ下との時間に心地よさを感じていなかったら。
いつまでも下ばかり見ていただろう。
雪ノ下と二人だから。そしてその時間が心地よいと感じられたから。だからこそ俺は空を見上げ、月を綺麗だと感じられたのだと思う、たぶん。
「ねえ、比企谷くん」
そんなことを考えていたからか、気づかぬうちに足を止めていた雪ノ下に呼び止められる。
「私もよ」
了