小ネタで多重クロス。非台本形式。
織斑一夏は辟易とした溜息をついて自室のベッドに倒れこんだ。
疲れた。IS操縦には宇宙飛行士レベルの訓練が必要とされているし、高等学校に準ずるIS学園では並行して教養科目とIS戦技が加わる。しかし彼の身が沈殿しているのは肉体、頭脳的な問題ではない。
首を左方にやると掛け布団の不自然な盛り上がりに気がついた。めくってみると同期のラウラがうずくまって寝ていた。たぶん彼を待っているうちに、まどろんでしまったのだろう。
一夏は疲れた体に鞭打ち、無言でラウラを布団で包んで両端をタオルで縛った。納豆のようだ。
再びベッドに横になり、思い出したように携帯端末を取り出してスケジュールを確認する。明日はシャルと居残り訓練、次は箒と食事。その次は……
精神的に疲れた。嫌いなのではない、だからこそ気を使う。女と一緒だと、楽しませたいのが男のサガなのだ。
ノックの音がした。居留守を使う。適当にネットサーフィンをしていると、スクリーンが一瞬だけ砂嵐を起こした。久久の現象に一夏は期待に胸を膨らませる。数秒後、一通のメールを着信した。
『暇が出来たんだが、会えるか』
一にも二にもなく返信する。
『じゃあ明日、例の店で』
翌日、一夏は煩雑な手続きを済ませ、人工島の市街地区画へ赴いた。主に学園関係者しか利用しない小さな町。路地裏にある小さな喫茶店に入る。そこは不可思議な店だった。
よお。と、ボックス席に座っていた平賀才人は手を軽く挙げる。おっすおっす、と一夏。席に着く。
「おせーよ、五分前行動だろ」
「いやおれ一時間前に来てたから、ちょっと電話しに外に出てただけだから。もう飯食った?」
「いや、さっき注文しといた。おまえはお冷でよかったよな」
「やるじゃん、と思ってやったのに」
才人はテーブルの上のベルを鳴らして適当にメニューを注文する。ついでに一夏もハヤシライスと適当に付け加える。
「いやー、にしても久しぶり。そういやこないだは八万人と戦ったとかなんとかいう武勇伝を打ち立てたらしいじゃん」 ニヤニヤと一夏、グラスの水をすする。
「武勇伝とかいうなよ、ヤンキーの犯罪自慢みたいでスゲー嫌」
「サイトさんマジカッケーッス、マジリスペクトッス」
「やめろって」 笑いながらサイト。 「おまえもなんか知らんが軍用機? のIS撃墜したんだって」
「あーあれね、あれは本当に死ぬかと思った。やばかったよレーザー」
「まーおれは七割がた死んだこともあったけどな、生き返ったけど。てかレーザー攻撃って一度でいいから見てみたいわ」
「じゃあおまえゾンビじゃん。おれは魔法の方が気になる。しゃべる剣って持ってきた?」
「あーなんか無理だった」
と、うだつの上がらない会話を交わしていると注文の料理が運ばれてきた。なんとなくウェイターっぽい人にというか、とにかくここは不可思議な場所なのでどうでもよいのだが。
いただきますと、さっそく二人はスプーンを手に取る。
「そういや箒さんとはどうなった」
「あー、聞く?」
「なんかあった?」
「たいした事じゃないんだが……まえ言ったと思うけどさ、木刀で殴られそうになった時のことが今更問題になって、ひと悶着あったらしいんだよね。大人の間で」
「いや聞いてないし問題だろ、木刀って頭に当たったら死ぬか死ぬだろ」 言葉ではそう言っても、サイトは半笑いだった。
「まあ当たったらな、合成木材のドアに穴開くくらいだし……でもぶっちゃけ外野が心配するような事じゃねーんだよな。余計なお世話っつーかさ」
「それすげーわかる。当事者間の、なんていうか、でもさ――」
「やっぱサイトも結構そういうことあんの?」
「あるよ、蹴られたり殴られたり。飯抜きとか……そのうち軽く爆殺されるかもしらん。――でもなんていうかさ、結構そういうことされるの、その……嬉しくね?」
「ドン引きだわ、ド変態のドマゾかよ。と言いたいところだけど、わかるよ。結局のところ、それが当事者間の愛情表現なんだよな」
「ぶっちゃけルイズがおれ以外に暴力振るうとか高慢な態度とられたら嫌」
「あー、あるね」 と、一夏は箒が他の男性に顔を赤くして木刀を振り回す様を想像して少し嫌な気持ちになった。なんていうかさ、とスプーンを置き、一転して真面目に続けた。
「女性からしたら、おまえにだけの特別な行為なんだろうなと、勝手に思う。たぶんおれが有段者の太刀を避けられるって知ってるのは箒だけだし、実体験できるのも箒だけだし、お互いにこの程度では死なないし怪我もしないって信じあえてるってかさ……」
「それそれ。外野が心配してくれる気持ちも嬉しいんだけど、あんまり責めないでやってほしいんだよな。ストレートに言うとマゾだと思われるから難しいところなんだけど」
「まあ、着替中にノックせず部屋開けるおれも悪いんだけどな」 シリアスはこれでおしまい。ニヤリと一夏。
「箒さんにはぜひ剣の道を極めてもらってこのゲスを切り伏せて欲しい」
「いやわざとじゃないから、本当にてんやわんやで疲れててさ。てかさ、話ちょい戻るけど、殴る直前の顔ってちょっと可愛くない?」
「あー、わかる気がする。殴る前に、このくらいなら痛くないよねって自問する瞬間の表情な」
「それと本当に痛くしたらどうしよう的な不安と困惑が混ざった感じ」
「マニアックすぎだろ。いや同感だけどさ。そういう顔見ちゃうとこっちも受け止めてやんなきゃみたいになるよな」
「そこにさっき言った信頼関係が生まれるよな。自分で振っといてなんだが、かなりきもい話だったな」
今更ながら一夏は他に客がいないかどうか、店内を見回す。
「今日はおれらだけっぽい」 サイトはごちそうさまと、ウェイターっぽいのにオムライスが乗っていた皿を下げてもらった。 「そういやこないだ横島さんいたわ」
「すげー。あの人、自給二百五十五円てマジ?」
「らしい。おれ年下なのにコーヒー奢らされた。かわりにこれ教えてもらったけど」
言ってサイトは真顔になり、テーブルの上で右手を握り締める。一夏には店内の空気が一変したように感じられた。
ある種の臨界を感じる。その刹那、サイトは唐突に凄まじい量の鼻血を出す。ウェイターがすかさずタライを差し出した。
「すげえええええええ! でも右手意味ねええええ!」 一夏、思わず立ち上がる。 「失血とかいろいろ大丈夫か! ぱっと見て一リットル以上は出ていたが!」
「まだ慣れてなくてさ、集中すると癖で右手に力を篭めちゃうんだよね。コツがあるんだよ。まだ実践したことないが横島さん曰く、ばったり着替中に顔を合わせた時にこれをやると女の子は喜ぶらしい」
なみなみと鼻血が入ったタライをウェイターが下げる。
一夏は静かに着席し、しばらく沈黙した後、呟くように言った。
「やり方教えろよ」
「すみませーん、コーヒーとパフェください」
「いいよそれくらい。払う」
「いや、ロハでいい。そんかわりIS出してみてよ」
しょうがねえなあと、一夏はテーブルから離れると、深刻な表情で変、身と呟いて装甲をISコアから量子解凍した。
「何? いまの変身ってやつ。寒いよ」
「いやこれおれらIS乗りの間じゃ爆笑だから。すべってないから」 そそくさと量子格納して、赤い顔を隠して席に着く。
「てかさ、IS学園って攻め込まれすぎじゃね」
「いや、あれは半分くらいは火災訓練みたいなもんだから。たぶん防災意識向上訓練機会支援企業とかだから、略して亡国機業(株)だから……てかさ、いま思いついたんだけど、おれってガンダールヴの一種なのかも」
「あー、ありえるかもな。おれとおまえって結構似てると思うし、境遇とかさ。それに男なのにIS操縦できる理由にはなるな。この店が存在するように、次元だか世界って結構適当にできてるみたいだし」
あるいは――
と、二人は似たようなことを考えていた。たぶん、おれが特殊な力、ガンダールヴや男性IS操縦者でなかったとしたも、別の特殊な力を付与されるのだろう。それか別の世界に召喚されるとか。そういう運命の元に生まれたのかもしれない。
この店に来るのはみな、何らかの特殊性がある。ひょっとしたらおれが誰かの立ち位置に納まり、かわりにおれの立ち位置に誰かが納まっていたのかもしれない。
その次元世界においての、生まれた環境や能力、客観的なトラブル体質が特殊なのではない。魂レベルでの存在自体が特殊な生き物であることを、宿命付けられているのではないか。それが作為によるものなら、定めた存在はいわゆる神と定義してもよいのかもしれない。
二人の短い思考の潜行を、壁掛け時計のチャイムが引き上げる。
「もう時間か」 と、どちらが言い出したわけでもないが、二人は席を立つ。
「一夏はさあ、もう決めた?」 財布から銀貨を数枚取り出してサイト。顔を合わせずに言った。
「まあ、うん。だけどやっぱ裏でISをめぐる国際情勢が結構シビアでさ。自分で言うのも嫌だけど、おれ、かなり特異な立場だから、まだ告れない……サイトは?」
「うーん。一応、戦争は一段落ついたんだけど、まだきな臭い。自信がないわけじゃないけど、未亡人にはしたくない」
一夏は未成年用の電子マネーカードで支払い、カードの指紋認証で上部に表示された残高を確認する。 「お互い、煩わしさを黙らせるまでは、って感じか。目途は立ってる?」
「一応は爵位貰ったし、出世? って言えばいいのかな、ある程度はしないとな。逆玉の輿じゃ格好がつかねえし。一夏は」
「姉が裏で全てのISを管理する組織作るみたいだから、手助けして属すつもり」
「できんの?」
「まずはIS競技用の運営委員会作って、スポーツとしてのISを前面に押し出す。国民がISを戦争に持ち出すのに首を傾げさせるくらいには。サイトがいたそっちの世界とは、ちょっと戦争時事情が違うんだよね。基本、無人機同士の戦闘しかないし」
「ほーん。ま、なんかあったら呼べよ。おれが二人目の男性操縦者として助けてやるよ」 軽口で左手の甲のルーンを見せつける。
「いや来れんのかよ」 と一夏は半笑いで言った。 「ま、次元って結構曖昧みたいだからなあ。じゃ、また」
おう、と言ってサイトは先に店を出た。一人ずつしか入退店できない、それがルールだった。ハルケギニアの地を踏む。また頑張るかあ、と大きく背伸びをした。空は青く、晴れていた。
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練習の甲斐あって、一夏はぎこちなくではあるが鼻血をコントロールすることが出来るようになった。人間の体の適応力とは不思議なものだ、最初は無理くさいと思っていても、なんとかなった。しかし――
――しかし今、彼の眼前には強敵が立ちふさがっていた。一対一、互いに満身創痍、被弾は許されない。自然と鼓動が高まる、押さえつけるように精神を研ぎ澄ませる。右手に持つ近接格闘兵装、雪片弐型を握り締める。
「一夏、なぜ……」 敵が静かに、悲哀と惑乱に暮れて言った。 「なぜ……なぜ今なのだ……なぜ今、鼻血を出す」
条件反射、パブロフの犬。
一夏は人間の適応力を呪った。サイトと同じ癖がついてしまった。
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その日、ルイズの学園寮の自室に一羽の伝書鳩が飛んできた。いつも一人きりの時にやってくる。見られて困るものではないと思うが、なんとなく、そうでないといけない気もする。
恐ろしく白い封筒には同色の便箋。真逆の漆黒で次のような内容が書かれていた。
『ご飯食べに行かない?』
ルイズはいたって普通の便箋に了承の意を書き、伝書鳩の足にくくりつける。飛び立つはとはどこに行くのだろうか。考えても栓のないことだ。魔法だって、どうやって炎を発生させているのかわからない。その炎はどこに消えるのかも。だから、不思議なことは深く考えないことにした。
翌日、少し早く来すぎたかなと箒。例の喫茶店でベージュのコートを脱いだ。タイミングよくルイズが扉を開ける。
「あ、ごめん。待った?」
「ううん、いま来たとこ」
「へえ、コート変えたの」 ルイズ、見たことのない型に興味津津。
「トレンチコートっていうの、どう?」 言って再びコートを羽織る。似合うと言うだろうか。いや、ファッションはまず、自分のセンスに自信を持つことからだと勇気付ける。
あごに手をやり、神妙にルイズ。 「……可愛いというより、大人っぽい、ちょっとカッコいいって感じ? ひょっとして男性向けを着てる? こっちは女の子は女の子らしくっていう風潮があるから、なんとも言えないわね……」
「凄い」 と、箒は感嘆の声をあげる。 「トレンチコートってね、もともとは軍人が着ていた服なんだって。だからカッコいいとか男性向けってのは当たり。やっぱりルイちゃん鋭いね」
「まあ、貴族社会って服装に気を使わなかったら村八分もありえるし。たぶんシノだってこっちでしばらく暮らせばこれくらい普通よ」 自慢するでもなく、うんざりした声色でルイズ。 「好きな服装を着られるって羨ましい」
ルイちゃん、シノ。互いにサイトと一夏にそのあだ名を知られたら顔から火が出るだろう。ルイちゃんはわからないでもないが、シノは普通のような気がする。しかし女の子はそういうものなのだ。
「えー、じゃあなんで今日は普通の制服?」 面倒になってウェイターにコートを渡して席に着く。 「こないだのフリフリの背中がざっくり空いたやつは?」
「あれコルセットがきついのよ。ほんと……つけたことある? まあわたしは小柄だからそんなでもないけど、拷問よ、拷問。それと今日はおなか一杯食べるつもりだし、万一汚れても大丈夫な服にした」
「あー話には聞いたことある。舞踏会とか出るときって標準装備?」
「まーねー。だからおいしそうなものがあっても、あんまり食べられないのよねー」 言ってメニューを端から端まで眺める。 「シノはもう決めたの?」
「うん、餃子とラーメンとチャーハン」
「あーその選択肢もあるわね……うーん、でも、よし、じゃあ注文するね、すみませーん、餃子とラーメンとチャーハン。それにステーキ……は、ウェルダンで」
「いくねー、怖いもの知らずか」 ニヤニヤと箒。
同じ表情でルイズ。 「あんまり男の人の前じゃあ食べられないのよねー」
じゃあ女友達の間でなら食べられるのかと言われれば、時と場合によると答えるのが女の子なのだ。気を使わないでよい相手がいると言うのは、幸運なことだ。
「わたし、あんまり焼き方にはこだわりとかなかったけど、レアとかウェルダンって結構違うの?」
「うーん、料理人の腕とお肉の質によるとしか言えないわ。個人的にはウェルダンが好きだけど、信頼できるお店でしか頼まない。ヘボだと本当にパッサパサなんだから」
「ふうん、じゃあ逆にいいお店の目安になるね。機会があったら言ってみよ」
「それより餃子っておいしいのに臭うのが欠点よね。シノが我慢する気持ちもわかるわ。麺を啜るってのも戸惑う」
「食べてる最中は気にならないどころかおいしく感じるんだけど、その後が気になるのは確か。麺はまあ、熱いから空気と一緒に吸い込むことで食べやすくする習慣が残ったって聞いたことがある。ほんとかな?」
「あー言われてみれば合理的かも」
「いい匂いしてきた」
「うん……とんこつ味?」
正解、と箒が言ったところで料理が運ばれてきた。ルイズの始祖ブリミルへの祈りを待ち、いただきますと箸を持つ。
「ルイちゃん、フォークとナイフの使い方がうまいね」
不快な音を立てずに分厚いステーキを一口サイズにして小さな口へ運ぶ。
「そりゃあいろいろ厳しいのよ、あーやだ子供時代のトラウマが。ちょっとでもテーブルマナーを間違えるとお母さま、すっごい怒るの」
「わたしもお箸やペンの持ち方とかすっごい言われた。今では感謝してるけど」
「男の子って結構食べ方とか気にするらしいしね」
「らしいねー。そういえばさ、こないだ一夏が偶然にわたしの着替え中に出くわしたんだけどさ」
「あれがわざとじゃないから奇跡よね、時空間が歪曲しているわ」
「おっ、わざとじゃないって信じてあげてるんだ」
「別に……」 と、小さく頬を赤くして。しかしなんという風でもないように肉汁滴るステーキを上品にぱくつく。艶かしささえあった。 「本当にわたしが嫌がるようなことはしないってわかってるし……で、それでどうなったの」
「いやそれが一夏のやつ鼻血出しちゃって、本当にもう嬉しくって」
「ええっ! すごい、おめでとう」 とルイズ。ちょうどステーキを平らげた。お冷を一口、喉を潤す。
にへっ、と箒は破顔して箸を置く。すると缶ビール大の餃子の妖精、ギョーザ男が現れて、冷めない内に食べろと言わんばかりに袖を引っ張る。
温かいものを温かいうちに、冷たいものを冷たいうちに食べられないのは駄目だ。最後の餃子に箸をつける。大葉が巻いており、さっぱり風味が妙なる技だった。
ギョーザッザッザ、とギョーザ男は満足したのか、どこかに消え去った。
「いやーまさか自分にもこんなことが起こるとは……ごちそうさま。あーもう食べられない」
「わたしも。久久に満足って感じ。夕食はパスするかも」
二人はお皿を下げに来たウェイターにケーキセットを注文した。前言による物理的矛盾を感じる。
「なんというかさ、興奮してくれてるって嬉しいね」
「うーん。一夏くんってうちのと違って、そういうエッチなイメージはなかったんだけどな」
「男の子ってそんなものじゃない? わたしからしてみれば、サイトくんの方が真面目というか、そういうことに義理堅いうか」
ルイズは小粋に鼻で笑って言った。 「あいつはそれしか考えてないわ」
「えーそうかな。というかさ、ああいう鼻血って自然にでたのかな?」
「あー、演技っていう話も聞いたことがある。でもどっちでもいいと思わない? 本当ならそれでいいし、演技でも一生懸命に背伸びしてるみたいで、その……可愛いじゃない」
「母性本能っていうの? くすぐられるよね」
「そうそう……でも逆の場合って、男の子はどう思うんだろ」 ティーカップを置き、ルイズは眉間にしわを寄せる。
逆? と、箒はなんのことかと虚空に視線をさまよわせ、すぐに合点がいった。
「あー、最初はすっごい痛いらしいし。それに雑誌で読んだんだけど、相性があるって書いてあったし……」
二人は押し黙った。その思索は推して知るべし。
「ま、結局は信じるしかないよねえ」
何にかはわからない。なんとなく箒はそうこぼした。ルイズは陰鬱な溜息で同意した。
こっちは死ぬほどの痛みを伴う、生理もある。出産だって、正直こわい。乳母車に乗っている子供を見るたびにいぶかしむ。本当に女性から出てくるのか? その二分の一の大きさでさえ生む自信はない。
神さま、どうして赤ちゃんをもっと小さい状態で産めるようにしてくれないのか。
だというのに他の女の子にヘラヘラされては、たまったものではない。フェアじゃない。と思うのは傲慢だろうか? ちょっとくらい殴ったところで罰は当たらない気がする。そっちは何も失わないではないか。こっちは痛くて、しかも純潔は二度と戻らないのだ。
ルイズがテーブルに突っ伏して言った。
「……最近さ、サイトにひどいことしちゃってさ」
「わたしもやらかしたわ。一応は解決したけど」
どんな? と、言い出したのはルイズで、結局は反省会のようになった。
「はあー密漁船をねえ。ISってそれくらいはなんとかできるんじゃないの?」
「ぐえー、言わないで、わたしが素子さんみたいにもっと合理的だったら……すみませーんカモミールティーおかわり」
「ああ、それで大人っぽくトレンチコート?」
「そう。背伸び……というか、ルイちゃんも相当だね。自分の記憶を……気持ちはわかるけど」
「言わないで、反省してるから……そういえば小耳に挟んだんだけど、素子さんって女の人とも関係を持ってるって知ってた?」
「初耳、でも憧れる気持ちはわかる。わたしたちみたいな子供には興味ないと思うけど」
「ほんと、こどもなのよね」
ルイズの黄昏た言葉とともに時計がチャイムを鳴らした。会計を済ませる途中、二人の脳裏に冷徹な直感が、トカゲのように這いずり回った。確信めいた表情で視線を合わせる。
「ルイちゃん。冗談で言うけど、たまにドクロちゃんのエスカリボルグが便利そうに思えない?」
「かなり爆笑。たまに? 冗談じゃないわ」
間違いない。彼女たちの彼は今、とてもラッキーな状態にあるはずなのだ。
箒はドアノブに手をかけ、振り向いて言った。 「こういうの、なんて言うか知ってる?」
「知ってる、素子さんに聞いたんでしょ」 不敵に笑ってルイズ。
自然と二人の声が重なった。
ゴーストが囁くのよ。
「じゃあまたね、ルイちゃん。今日はいろいろ話せてよかった」 一転して微笑んで箒。小さく手を振った。
うん、わたしもとルイズも手を振る。ドアの向こうには見たこともない世界。
そこに箒は消えていった。
箒は帰路を急ぐ途中、一陣の風に身が凍えた。トレンチコートに体をすくませる。
それでふと、まあ、いいかという気持ちになる。大人っぽくなりたいのだった。明日は……わからない。まあその時だ。
海上を見やる。朱の水平線に夕暮れが顔を沈めていた。雲はない。
明日も晴れるだろう。
ならまあいいかと、更に箒は適当に思った。今頃は友人もきっと、同じような心境に違いないとも。