「これで終わらせてやるよ」
テレビに映る少年が、周囲のものを凍らせていく。大地から杭のように突き立つ氷が、もう一人の対戦相手の少年に迫る。
「スマ……ッシュ!!!!!」
対戦相手の少年は、自身の小指を犠牲にその氷を丸ごと消し飛ばす。自分もダメージを負う増強型の個性だ。どちらも、ビルを単独で崩落させられるほどの規格外の一撃。規格外の『個性』だ。
そういった、規格外の個性同士が戦うのを娯楽とするのが、この『雄英体育祭』だ。
それを僕は、ただテレビの前で見ていることしかできなかった。「ああ。これくらいなら僕にもできそうだ」と思いながら。
こういう、とりとめもない行為でしか。クイズ番組で特に難しくもない問題を解いてチヤホヤされるアイドルや芸人を馬鹿にすることでしか。ニート歴3年の僕の自尊心は保てないわけで。
ああ、うん。虚言癖があるとかではない。あれくらいの広域破壊なら、実際に僕にでもできる、と思う。実際にやったことがあるわけではないけれども、『自分の腕はここまで曲がるだろう』『自分が本気で走ればこの程度の速度が出るだろう』程度には本能的に理解できる。個性とはそういうものだ。そして、強個性を持っているからヒーローになれるわけでも、強個性を持っているから社会適応できるわけでもないわけでね。
僕の個性は『吸血鬼』。規格外のパワーに再生能力・飛行能力・吸血能力・大量の蝙蝠に身体を分解する分身能力を持つ。が、「流水を渡れない」「銀に触れない」「写真に写らない」「白木に触れるとかぶれる」「にんにくが毒になる」そして「太陽光で身体が燃える」。
この個性社会は、個性への適応ができていない。光に耐性がない個性用の特殊な日焼け止めでも燃えるのを防ぐので精一杯(めちゃくちゃ熱いのは変わらないので1秒もあれば火傷する)。夜間学校だって充実してはいない。夜間小学校・夜間中学校だって一応法整備はされているとはいえ通学に1時間はかかったし、ヒーロー科のある夜間高校はない。
夜しか動けない僕には、将来の夢をかなえる方法はなかったんだ。だからといって、「夢見たものでもない適当な仕事に、夜間だけの特殊勤務を、安月給でやって生きていく」ために努力はできなかった。(夜間だけとかそういう特殊シフトの仕事はないでもないが基本アルバイト限定だ。)という話だ。
うん。駄目人間なのはわかっている。「それでも高校くらい通うべきだ」「それでも働くべきだ」という話は至極もっともな正論だ。だが、その気になればヒーローをできる頭脳と個性を持て余してて、贅沢しなければ働かなくても生きていける程度には実家に貯えがあって、それでも安月給の仕事に就くために努力できるほど、人は強くない。ああ。主語が大きかった。「僕は」そんなに強くない。
強くないんだけれど。努力できないんだけれど。でも、こうやって、テレビの前で、『ほんの少し違っていたらなれたかもしれない彼ら』を見ていると。どうして僕はこうできなかったんだろう。どうして僕はこんなことをしているんだろう、ってさ。自分の中から責めるような声が聞こえてくるんだ。
―――――――――――――――――――――――――
その日の夜、僕はどうしようもない気持ちに駆られて家を出た。深夜テンションもあったのだろう。(僕は夜型だが、雄英体育祭をリアルタイムで見るために徹夜、いや、徹昼したばかりだ) 僕は、自分が情けなくなったんだ。彼らは、人の役に立とうとしている。人のために命を張ろうとしている!
なのに僕には、何もできない。いや、なにもしようとしない!
24時間営業のディスカウントショップでオールマイトのコスプレタイツ(3680円)を買い、それを同じく買った黒スプレー(540円)で染める。まるで中世の舞踏会のようなマスク(864円・プラスチック製のコスプレ用)を買い、僕は飛んだ。少しでもいい。なにか手伝えることはないか。少しでもいい。誰か助けられる人はいないか。
ああ。それが犯罪なのもわかっている。見つかれば、僕の方がヴィラン扱いされてしまうこともわかっている!
だけれど。
だけれど!
先ほどテレビで見た少年たちは、ヴィランに襲われ殺されかけたという。そうでなくとも、ヴィランと戦うヒーローたちは、いつも命を懸けている。
それとくらべたら、綺羅星のような彼らの人生と比べたら!掃き溜めのような僕の人生に、前科という傷がつく程度の事は!まったく、大したことではないのだ。
そして。この社会において。僕を見捨てた、個性を抑圧した社会において。個性を持て余した、掃き溜めのような奴は。僕以外にもたくさんいるのだ。
繁華街の路地裏から、「きゃー!」と女の悲鳴が聞こえた。
その時、僕は飛び出した。打算無き献身ではなかった。だがそれは、目立ちたいというものではなく、「こんな僕でも誰かの役に立ちたい」という。ニートゆえの強迫観念だった。
「え?」
襲われた女性は、驚愕の声を上げた。彼女に降り下ろされた刃は、彼女の手前で動きを止めていた。
「ああん?テメェ、誰だ?そんなヒーロー、知らねぇぞ!?」
「ああ。うん。正義のヒーローとかではないんだ。だけど。誰もが一度言ってみたいあのセリフを言わせてもらうよ。『私が来た』。」
目の前に立つヴィランは、両腕が刀になっていた。正確には、腕の側面が刀になっていて、肘から逆方向にさらに刃が50㎝ほど伸びている。
見たことはないが、まず確信して良い。婦女子28名の殺害によりこの一帯の県で恐れられる指名手配中の連続殺人鬼、ヴィランネーム『
「その服装。コスプレイヤーか発狂マニアックか、どっちだ?何れにせよ、生きて帰れるとは思うな。」
「後者だね。まあ、それは確かだね。僕は君を倒すし、そうすると僕は
「言ってろ発狂マニアック。」
僕の心臓を目掛け、刃が振るわれた。僕に武術の心得はない。今までヒーローを撒いてきた指名手配中のヴィランの攻撃を避けられる道理など、万に一つもありはしない。
でも、それでいい。
「マジかよ。マジの発狂マニアックじゃねえか。」
心臓はやる。死ぬほど痛いけど、涙が止まらないけど、すぐに治る。だが。
「お前は逃がさない。」
斬られた身体の再生に巻き込んで無理やり刀を挟み取る。そして、全力で殴る。並みの増強型を凌駕する破壊力で殴られたヴィランは、延長線上にあった、灯の消えた古いビルにぶち当たり、そして、ビルの崩落に巻き込まれた。
やっぱり、できるんじゃないか。
崩落したビルに駆け寄る。ヴィランには、まだ息がある。でももう動けない。殺してしまったかと思ったが、「全身が刀である個性」故に鋼鉄の耐久力があったようだ。鉄を殴ったような感触があったし。
「でも、これ……」
崩落したビルを見る。無関係の人が巻き込まれたわけではないとはいえ、その可能性がある行いだったことは確かだ。ここまでやってしまった以上「初犯なので見逃される」ということはないだろうし、正直いくらうちに金があるとはいえビルまるごとの賠償となるとさすがに僕を養う金はなくなる。優しい家族に迷惑がかかる。
「やっぱ帰らなきゃだなあ」「帰すと思うか?」「アッハイ」
背後から声がした。声がした瞬間にはすでに全身が縛られていた。包帯のようなものを全身に巻いたヒーロー。
今日テレビで見た生徒たちの担任のヒーローだ。実況席にいた。
「まったく。切り裂きリッパーの退治に呼び出されたと思えば、一般人が既に倒しているとはな。それも周辺に甚大な被害を与えて。……ああ、抜け出そうと思っても無駄だ。いくらお前が強かろうが、この近辺には既に切り裂きリッパーを退治するため集められたヒーローの部隊がいる」
どういう原理か、蝙蝠への分裂ができない。
「個性が使えないことに焦る……パワーはまだ出ていることを考えるに、異形型じゃなくて複合型ってことか。」
僕は抵抗をやめた。意味がないことが分かったからだ。
抵抗をやめた僕を見て、ヒーローは話し出した。
「名前と年齢は?」「竜来院血尋。もうすぐ19歳です」「お前がやったことは犯罪だ」「知ってます」「今回は奇跡的に切り裂きリッパーしか負傷者が出てないが、一歩間違っていれば大惨事だった」「はい」「お前は容疑者としてとりあえず留置所に入ることになる」「わかってます」「おそらくは刑務所に入ることになる」「でしょうね」
「そして最後に。この国の刑務所には職業訓練がある。就労に必要な資格や技能を獲得するために、お前は努力することになる。」「ニートにはつらい言葉ですね。」
「だが。お前は知らないだろうが、この国の刑務所ではもうすぐ『ヒーロー資格の職業訓練』が始まるんだ。」「……!!!!」
「勿論、誰でもとは言わない。お前のようなヴィジランテや、情状酌量の余地がある犯罪者に限るんだが。当然通常のヒーロー科を通したヒーロー資格を得るよりも難しい道だ。面接だって何度もあるしな。だからまあ、そんな顔をするな。」
言い忘れたことがある。これは、ニートで犯罪者のどうしようもない僕が、「最高のヒーローになるまでの物語」だ!