ホンノウ   作:ゾディス

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ホンノウ

 気がつけば、男の見渡す限りは一様に黒く染まっていた。

 

 そこが火山であるからか? 

 ここは昼間の山頂だ。晴れであれ曇りであれ、活火山であるがゆえに普段から噴煙で陽光は遮られて山頂にすら届かない。

 

 しかし、そうであるならば煮えたぎる溶岩の発する鈍く明るい光がそこかしこに見えてしかるべきだ。溢れる地力の奔流がそこかしこから吹き出、輝いて視界を紅く染めるはずだ。

 

 ところが、見渡す限りにそんな光は見えない。

 

 何故か。

 その原因は、喉元を伝う生ぬるい感触と、その手についた黒のかった赤い液体、そして、目の前で唸る(ケモノ)を見れば、そこかしこから吹き上がる焔を見るより明らかだった。

 

 眼前にて威容を誇る竜は、小さな、しかして集えば強力な羽虫の力を借りて、力を増幅し、敵を制圧する。

 

 龍属性やられ。状態異常の一つだ。

 発見から時を経た今もなお解明されきらぬ未知のエネルギー、龍属性。火や水、氷に雷といった他のどのエネルギーとも異なるそれは、他の因子を鎮静化(くいつく)し、耐性のない生命の身体を侵してゆく。

 溶岩の光は見えてはいるのだろう。体を蝕むモノが、明るい色彩の一切をぼやけさせてしまっているだけで。

 

 知っていたはずなのに。

 

 流血ではない、冷ややかなものがうなじを伝う。

 長年にわたって狩人としての経験を積み、幾度となく同種を屠ってきた彼にとって、このような状況は、永らく味わうことのなかった“焦り”を生じさせた。

 その“焦り”は判断力の欠如を招く。

 

 直感的に飛び退さる。直後、紅く染まった大地を雷が衝撃とともに黒く灼き焦がし、重い一撃に巻き込まれた羽虫は、その命を紅黒の火花と変えて爆ぜる。

 

 退いて片膝をついた彼が見上げたその先には、漆黒を思わせる紅い瞳が輝く。

 どこまでも(くろ)く、果てしなく(ふか)い。一見無に思えるその紅眼は、あたかも獄界へ通ずる淵のごとくだった。言うなれば、(かれ)は冥府の番犬といったところか。

 

 返す刀のごとく振り上げられた角を避けきれず、その勢いに弾き飛ばされながら、彼は数日前を思い起こした。

 

 

 

 ──お前、相手してみるか? 

 

 

 

 隻眼に黒髭を蓄えた男は、彼が頷くなり、くつくつと静かに嗤う。

 命知らずなやつだと嘲笑ったのかもしれないし、骨のあるやつだと歓喜に笑みを浮かべたのかもしれない。

 

 彼は牙竜専門の狩人、すなわちただ1つの竜を狩ることに長けた人間だった。同じ種を相手取り続けるというのは、究極的には作業の反復に他ならなず、多少の差異を除けば、どんな行動をとるかはもちろん、大抵のことが、それこそ出会った瞬間から死ぬ間際の一挙手一投足に至るまで、彼には手に取るようにわかった。

 

 であればこそ、その時はその依頼(ちょうせん)も彼にとっては作業でしかなかったのだ。ゆえに、種の限界を超えた存在へ挑む、そんな突拍子も無い依頼を深く考えることもなく受注した。

 

 

 ところがどうだ。

 牙竜を狩ることに特化してから今まで、ここまで苦戦したことはあっただろうか。自分が今まで膝をついたことがあったのか。

 

 身に纏った鎧は既に鎧としての役割を果たせなくなりつつある。腕に至っては欠けた穴から熱気が流れ込んですらいる。剣も盾もボロボロだ。刃は毀れ、盾には長い亀裂が伸びている。

 脚の骨は折れ、薬が切れて熱気に晒された肺は、焼けた空気で満たされた。

 むせて吐き出した唾液にはドス黒く染まった血が混じっている。

 

 かの竜の首がこうも高くに見えたことがあっただろうか。

 

 

 否、断じて否。

 

 

 何もかもが桁違いだ。

 

 地をかける健脚、叩きつけられる前足の勢い。備えられた爪は残酷なまでに鋭く、体躯に見合わぬ速さで振り下ろされる尻尾は小さな地割れを起こす。

 

 その規格外さは体躯にとどまらない。

 身に纏う赤黒い龍の光は、今まで見たどの個体よりも鮮やかだ。放たれた光球は凄まじいまでの速度で飛び爆ぜる。爆発の規模や爆ぜた羽虫の大きさからして、その力が経験したものとは比較にならないことがよくわかる。

 

 勝ち目など、感じられよう筈もなかった。人間として、これ以上ないほどの怖気が走る。

 

 

 

 一方で、竜の方はどうであったか。

 狩人の言った通り、彼の能力は本来持つとされる同種のそれをはるかに上回る。

 恵まれた体躯で生まれ、これ以上ない過酷な環境で育った。

 ただでさえ危険な火山地帯。そこに住まう様々な脅威に囲まれて生きることは、彼を強く鍛え上げた。

 屈強な肉体と、体を蝕むチカラへの耐性。傷つき倒れ、それでも死ぬことなく生き延びた生命力は、いつしか何者をも上回る体力を彼に与える。空の王者など目でもない。溶岩纏う戈の如き竜も、万物を破砕する獣竜ですらも足元には及ばない。人間などいうまでもなく、彼の前に倒れ伏した狩人の数は計り知れない。

 

 種としての限界を超えたモノ。正真正銘の『無双の狩人』。

 その謳い文句に嘘偽りはなく、ゆえにこそ、彼はまた1人立ちふさがった人間(モノ)を前にしても臆することもなく悠然と首をもたげ、踏み潰しにかかった。

 

 なのに。

 

 頭頂に戴いた双角は無残にも折れ、両足に備えた剛き爪には罅が走る。背中の甲殻は砕けてなくなり、露出した皮膚には縦横無尽の傷が残る。もっとも強靭な脚ですら、引き裂かれた痕から血液がどくどくと流れ滴り落ちる。崩れ落ちそうになる躰を支えようと踏ん張れば、足裏の体毛に染み込んだ血液で、かえって脚を滑らせそうになる。

 

 振り抜かれる黄金の剣と、その身に纏う黒灰の鎧。

 幾人もの狩人を見、そして沈めた牙竜をして、その姿にはえも言われぬ恐怖を覚えたのである。

 

 

 

 限界に近づいた体に鞭を打ち、自らの得物を振るう。

 斬光と龍光は交錯し、その度に体はよろけ血が飛沫があがる。

 身を裂き、骨を砕き、臓物を潰す。

 只管にぶつかり続けた肉体は悲鳴をあげ、流血という形で涙を流す。

 如何な生物であろうとも、生存の根幹にある血液を多量に失えば生きることは叶わない。

 

 

 身体は理性を捨て、思考を放棄する。全てが生存の可能性を高めるための無意識で合理的な判断。痛覚はおろか、感情すらも排除して、彼らは「生きたい」という究極的な欲望を叶えんとする。

 

 

 身体は訴える。

 肉が必要だ。

 

 もはや「撤退」という選択肢は彼らの中にはあり得ない。理性がを働かせる余力もなければ、働かせたところでそれを是とする知性もない。

 

 人間であれば手持ちの食料がある。

 牙竜であれば腐肉で事足りる。

 

 そんな堅実な答えでさえ受け付けないのは、偏に、互いの違いに大差は恐怖が故。

 

 この場で背を向ければ確実に()()()()という警鐘。

 

 ならばどうするか。

 選択肢などあってないようなものだと身体は結論づけている。

 

 

 目の前の(にく)を喰え。

 

 なんとも単純明快な答え。生きる上ではどのみち一方がもう一方を殺さ(喰わ)ねばならないのだから、当然の帰結とも言える。

 

 やることが定まったのならば、理性なき肉体は自ずと動く。

 

 狩人は身を屈め、剣を腰だめに構える。

 狩人は傷だらけの脚を地に掛けて力を溜める。

 

 この一連の動作に、やはり理性は欠けらとして存在しない。

 

 彼らはただ、本能のままに動くのみ。

 ヒトもリュウもなく、ただのケモノが残るのみ。

 

 ケモノは口角を吊り上げる。眼前のケモノを仕留めるために。

 ケモノは牙を剥く。目の前のケモノを喰らうために。

 

 

ケモノは嗤う。本能の命ずるままに。

 

 

 




武器:真・王牙剣【天賦】
防具:ジンオウZ一式。
発動スキルとか気にしてはいけない。
※笑うという行為のルーツには諸説あるとのこと。私が書いたものはあくまで小耳に挟んだ一説を基にしたに過ぎないので悪しからず。


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