二人は付き合ってから同棲している設定です。
「ヒッキー好き」
「ん」
「ヒッキー好きだよ」
「聞こえてる」
「ヒッキーすこすこのすこ!」
「待てお前どこでそんな変な言葉覚えた」
ソファーに隣同士に座るあたしとヒッキー。ヒッキーは本からあたしへばっと視線を向けて、びっくりした様子で見つめてくる。ヒッキーの心配した顔はやっぱり可愛いなぁ。
今日は六月十八日。つまりあたしの誕生日。ヒッキーの愛しの愛しの彼女が生まれたとってもおめでたい日。
……だと言うのに。
「あまり変な言葉は使うなよ。アホに見えるぞ」
全っ然気付いてくれてる素振りがない! もう付き合って三年、今居るこの部屋だって同棲して一年は経つのに!
「ヒッキーのアホ!」
「いや今俺がアホつって……あ、バカって言った方がバカ理論か。成長したな」
「ヒッキーは高校生の頃から何も成長してないけどね」
「今日はやけに辛辣だな」
「知らない! やむ!」
「だからお前どこでんな言葉覚えたんだよ」
答えは最近ヒッキーが浮気中のゲームから! 言わないけどね!
「でもそんなヒッキーも好き」
「ん」
「ヒッキーは?」
「え?」
「ヒッキーはあたしのこと好き?」
「……煙草でも吸おうかね」
ヒッキーはあたしからふいっと目を逸らして、テーブルの上にあった薄い黄色のパッケージを手に取る。慣れた手つきで取り出した煙草に火をつけた。
カチッ、……ふぅ。静かな部屋にヒッキーの溜め息にも似た吐息が響く。
「じゃ、あたしも失礼します」
「またか……。それ吸いにくいんだよな」
あたしはソファーに座るヒッキーの上に座って抱きつく。えっと、確か対面座位? って言うんだっけ? 詳しくはわからないけどそんな名前だった気がする。
「ん」
口では面倒臭がるヒッキーも、あたしがこうすると自分から抱きしめてくれる。
その度に、あたしは好きな人から抱きしめられてるって実感して、いつもドキドキするの。
「ヒッキー好き」
「知ってるよ」
「ヒッキーは?」
「……ほれ」
ぎゅうっと、抱きしめてくれてる力が強くなる。あたしはびっくりしてんっ、なんて変な声を漏らしてしまう。
「言わなくてもわかるだろ」
「……言ってほしいのに」
「にしてもお前、何で俺が煙草を吸う時になったら抱きついてくんの? 別に吸ってない時でも良くないか? いやそん時にしろって言ってるんじゃないけど」
「……言っても笑わない?」
「? 別に笑いはしないと思うが」
ヒッキーの声は何だか不思議そう。そりゃいきなり笑わない? なんて言われたら不思議に思うよね。
……正直、言うのはちょっと恥ずかしいんだけど。
「変態って言わないでね?」
「おう」
「思うのも禁止だから」
「わかったわかった」
「……ヒッキーの煙草の匂いが、あたしに染み付く気がするから」
「ん? 染み付く?」
「だ、だから! 好きな人にマーキングされてる感じがして、キュンキュンするの!」
普通の煙草ならそんなことは思わないけど、ヒッキーの吸う煙草はほんのり甘いから。何だかヒッキーだけの特別な匂いって気がして、え、エッチな気分になるんだもん!
「……お前」
「ひ、引いた!? やっぱり引いたんだ!? ヒッキー引かないって言ったのに!」
「い、いや。そんなことは……」
「ほぉぉぉらもうヒッキーのバカぁぁぁ!!! だから言いたくなかったのに!!!」
あーもう顔熱い! でも興奮しちゃうのはしょうがないじゃん!
「ていうかヒッキーが一番悪いんだからね!?」
「責任転嫁がとんでもないな」
「だってヒッキーいつもぎゅっとしてくれるじゃん! お前は俺のものだーって思ってるの伝わってきてるんだからね!?」
「いやそんなこと思ってねえよ」
「じゃあ遊びだったんだ!?」
「もっと思ってねえよ!?」
だ、だから最近ゲームばっかりしてたんだ! 今日はイベントだからって言って一時間くらいずっとシャンシャンシャンシャン!
「線と線が繋がったよ!」
「そしたら四角形になるじゃねえか。点だ点」
「て、点と点!」
「……心配しなくても、お前のことは本気だ。告白のこと忘れたのか」
「あ……」
言われて思い出す、あの日のヒッキー。
あれは確か夏の花火大会。
毎秒胸がときめきながら、口から心臓が飛び出てしまいそうな、少しだけ手も震えながら。
それでも伝えた、あたしの等身大。
『ずっと前から……ううん、今初めて、今も初めて、一緒に居れば居るだけ、ヒッキーのことをどんどん好きになってます。だから──』
その時、胸から手に伝わったドキドキを共有してくれるように、ヒッキーはあたしの手に自分の手をそっと置いてくれて。
『付き合うか』
短い言葉だったけど、それは初めてあたしの“好き”を受け止めてくれた言葉。夏なのに暖かいと感じたその言葉に、思わず泣いてしまったのはしょうがないよね。
それだけ嬉しかったんだもん。
「……やっぱりヒッキーのこと、好き」
「ん」
「今日はそればっかり。『ん』以外言えない身体になったの?」
「んん」
「乗らなくても良いから……きゃっ!」
いつの間にか煙草は灰皿に置かれており、男の人特有のゴツゴツとした両腕で抱き寄せられる。さっきよりも強い力は、絶対離さないって口じゃなくて全身で伝えてくれてるみたい。
「……あたしの身体、もうヒッキーにマーキングされちゃってるから」
「俺もマーキングしたつもりだ」
「ふふっ、ヒッキーってば変態」
「言っとけ」
あたしも負けじと抱きしめ返す。早くなった鼓動は、どっちのものかな。
あたし的には、
「……丁度良いか」
「何が?」
「ほら、目瞑れ」
「え、うん」
言われた通りすっと目を閉じる。何だろ、キスしてくれるのかな。あたしは自然とキス待ちの顔になる。
……けど、ヒッキーは一向にキスしてくれない。なに、この期に及んでキスするか悩んでるの? こんなに良い雰囲気なんだから遠慮なくしてくれても良いのに。
「ほら、目開けろ」
「なんだ、キスしてくれないじゃん」
「何を期待してたんだよお前……」
やれやれとでも言いたそうなヒッキー。やれやれはこっちだよ。ヒッキーからのキスなんて滅多にないから嬉しかったのに。
「首。他のこと意識し過ぎて付けたのも気付かないとかどんだけだよ」
「え、首? あ……!」
首元を触るとチャリ、と可愛い音が鳴った。
「ネックレス!? でも、何で」
「何でってお前、今日誕生日だろ。忘れてたのか?」
「いや、でも、ええ? ヒッキーがサプライズ? 嘘、でもホントだよね? これ別にサブレの首輪じゃないよね?」
「また懐かしい話を持ち出したな」
じゃあヒッキーはあたしの誕生日は忘れてなかったってこと? ずっと渡すタイミングを見計らってたってことだよね?
「誕生日おめでとう」
「……ヒッキー!」
「おわっ!?」
ガバッともう一回抱きつくと、ヒッキーは予想してなかったのか、なすがままにソファーの背もたれに勢い良く背中を預けた。
……ヒッキーってば、ホントどれだけあたしをキュンキュンさせたら気が済むんだろ!
「ありがと! 一生大切にするね!」
「ん」
「あとね、もう一つだけ誕生日プレゼントが欲しいんだけど、良い?」
「おう」
「好きって言って! あとキスも!」
「二つじゃねえか」
「だって、だって! ヒッキーがこんなに嬉しいことしてくれたんだも──んっ!?」
あたしが言い終えるより早く、唇が塞がれる。突然のことで目を閉じる間もなかったけど、代わりに。
ヒッキーのキスしてる時のカッコイイ顔。これはあたしだけのものだよね。
ゆっくりとお互いの唇を離すと、コツンとおでこがぶつかった。
「好きだ、由比ヶ浜」
「ん!」
「……はは、意趣返しかよ」
でも多分、“あたしも大好き!”っていうのは伝わったよね。
もしかしたらヒッキーも、いつもあたしの好きに“ん”って答えるのはそういうことなのかも? そうだったら良いなって思うけど。
……ダメ、“ん”だけじゃ我慢出来ない!
「あたしも大好きだからね! ヒッキー!」