①なんちゃって戦闘描写、及び剣術描写
②ご都合主義
③足りない所はフロム脳で補えばいい!
の、三本柱でお送りします!
「――――――っ」
一切合切の感覚が絶たれていた自分の身体をそよと風が撫で、それに続くように隅々まで力が戻っていくような心地。
戻ってきた視覚の先にあるのは、どこか物悲しい青白い炎を湛えた鬼面の仏。
冗談抜きで、親の顔よりも見たであろうその仏像を前にして、俺は感覚が絶たれる前の出来事を反芻していた。
猛撃に何とか耐えていた俺だったが、度重なる神速の、しかも鬼が金棒でも振るっているかの様な強烈な連撃を前に、塵芥の様に吹き飛ばされてしまった。
無様に地を転がった俺に対してすら、敵手は微塵も攻勢を緩めず、その手にした大太刀を神速の居合で以って抜き放った。
敵手は抜いていた大太刀を一旦納刀すると、吹き飛ばされつつも何とか体勢を立て直した俺に一息で、居合の姿勢のまま踏み込んできたのである。吹き飛ばされた為に十メートルは間合いが空いていたはずだが、そんな距離は文字通り一息で詰められた。
大太刀が鞘走る音と共に、二条の銀閃が奔る。
そんな、抜刀音すら置き去りにする神速の居合にも何とか対応しようとしたが、何もかも遅かった。
こちらの受け太刀の隙を縫う様な絶技は、一条目で俺が刀を握る腕を何の抵抗も無く切り落とし、その神速をそのままに返された二条目の銀閃によって視界は暗転、ここに送り返される始末となった。
推測だが、痛みすら感じる暇が無かった事から、横一文字の居合で俺の抵抗を完全に封殺し、返した大太刀で頸を落としたのだろう。
「…………」
だが、落とされたであろう頸は、何事も無かったかのように自分の身体に普通に在り、落とされた頸から噴き出したであろう血溜まりに沈んだと思われる身体も、そんな痕跡は欠片も残していない。
(こんな結果も、慣れた事とはいえ……聞きしに勝る凄まじさだな、一心様は)
剣聖という評判も、修羅を斬ったという逸話も、病に倒れるまで内府方の攻勢をただ一人で打ち崩し、この葦名を護ってきたという現実離れした話も、実際にかの人の力をこの身で味わえば信じるしか無くなる。
(しかし、俺は必ず勝たなければならない……御子様の御為にも)
竜胤を断ち、それによって生ずる不死を根絶する。
誰もが求めつつも、人としての在り方を歪めてしまう……そんな力は、存在するべきではないと、自らの死をも覚悟し、仰せられた御子様の為にも。
そして――――
(御子様を、竜胤という只人から逸脱した定めから解き放ち……一人の人として、生きて頂く)
自らで定めた、その掟を守る為にも――――
※※※※※
戦国時代末期、だと思われるこの時代に来てから……いや、この時代の人物に憑依してからどれくらいの時間が流れたのか、そんな意味の無い事を考えるのは、早々に止めてしまった。
自分の視点で言うと、本当に何も分からないまま、唐突にこの時代の人間に憑依してしまった様な感じである。
目が覚めると荒れ放題の廃寺に居り、起き上がってから何気なく見た左腕は、よく分からない絡繰り仕掛けの義手へと変貌していた。
これだけでも言葉を失うに十分すぎたが、それからの流れがまた酷かった。
その廃寺に居付いてひたすら仏様を掘っていた仏師殿から事情を聞くに、どうやらこの身体の持ち主は忍びで、主を連れ去られてしまったらしい。
俺自身も何か言おうとしたら、口が自分の意思とは関係なく独りでに動き出して困惑した。
割とすぐ後に分かったのだが、どうやら俺はゲームでいうところのプレイヤーの役目を仰せつかったらしい。
つまり、イベント以外のアクション全般を俺が担当し、この身体の持ち主――狼という、所謂コードネームっぽい名前をふられている――は、様々な出来事に行き当たった際に、彼自身の考えから反応を返す……つまりは言葉を話してくれる、という事らしい。
まあ、狼殿の思考は俺にも伝わっているので、行動原理などが意味不明で全く共感できない! ……何て事にはならずに済んだのだが。
ただ、まあ……仏師殿の話を聞いてからの狼殿の思考回路が、御子様と呼ばれる自分の仕える主一色になっていた事には、流石に苦笑した。
それから話を聞き終わった俺たち……俺達って言っていいのか分からないが、兎も角御子様を救い出すべく行動を開始したのだが――――
――――すぐさま、戦国の洗礼を浴びる事となった。
敵が待ち受けている事は、何となく話の流れから理解していたので、狼殿の刀である『楔丸』を抜いて、敵の居ない場所で素振りをしてみた。
当たり前だが、憑依する以前の俺は平々凡々の学生であったので、真剣なんぞ振った事がある訳も無い。それどころか、竹刀すら無かったのだ。
聞いた話によると、何も知らない素人は日本刀を抜く事にすら四苦八苦するという。
なので、戦々恐々としていたが――――特に問題は無かった。
すらりと澱みなく抜刀すると、そのまま流れる様な自然な動きで構える事が出来た。
一太刀、また一太刀と丁寧に振っていくと、空を切り裂く鋭い音が聞こえる。
どうやら、狼殿がその身に叩き込んだ剣技は問題なく使えるらしく、密かに胸をなで下ろした俺であった。
これならまあ何とかなるかな、と御子様奪還の為に葦名城を目指して廃寺から外に出た俺であったが、先にも言った通り、最初の一歩目から戦国の洗礼を浴びた。
戦国の洗礼……つまりは、日本において命の値打ちが安かった時代でランキングを作れば、間違いなく五指に入るであろう時代の洗礼である。
即ち――――死、である。
それなりに警戒しつつ進行していた俺は、唐突に敵の兵士――鎧等の粗末さから、恐らく足軽――と鉢合わせた。
既に楔丸は抜いていたので、慌ててしまい抜刀出来ないなどという無様は晒さなかったのだが、結果を見れば何の救いにもならなかった。
想像してみて欲しい――――包丁など問題にならない位の切れ味を誇る、鋼の塊を構えた男が、こちらを殺す事、ただそれだけを目的に迫ってくる姿を。
それはもう――――何も考えられない位に恐ろしい。というか、恐ろしいという事すら考えられない位に恐ろしい。
恐ろし過ぎて、恐ろしいという単語がゲシュタルト崩壊しそうな位には恐ろしかった。
そうして始まった初めての真剣勝負(ガチ)は、亀の様にひたすら受け太刀に徹していた俺の防御を弾き飛ばされ、体勢を崩したところをバッサリと袈裟懸けに斬られて終わった。
多分、全体通して三十秒足らずで終わったと思う。それ位に呆気なかった。
だが、そのまま死ぬと思われた俺の脳裏に、狼殿の主たる御子様の声が聞こえ――俺は、蘇生した。
地に倒れ伏していた俺が頭を振りながら立ち上がると、視線の先にはつい先ほど俺を斬り殺してくれた足軽が意気揚々と、背を向けて引き返していく姿が映った。
その瞬間、自分の頭に浮かんだ思考がこの世界に本当の意味で順応するための引き金になったと思う。
――――今なら、労さず殺れる
そう思うが早いか、俺は狼殿の技術で以って音も立てずに足軽の背後に忍び寄ると、相手の口を塞いで声を封じ、その首元を楔丸で突き刺した。
くぐもった声を漏らしていた相手はビクンと痙攣した後にだらんと脱力し、俺が刀を抜き去ると同時に血しぶきを上げながら倒れ伏した。
その死体を前にして思った事は……何もなかった。
後悔や嫌悪感といった負の感情、或いは達成感みたいな正の情動もなく、本当に淡々としていた。
そして、血振るいをして楔丸を納刀すると、茂みに隠れて進行路の先を窺う。
今度は二名の足軽が門番宜しく見張りを行なっており、一見隙が無さそうに見えるが……狼殿は其処らの侍に負けない剣技を修めているが、忍びである。
不意打ち奇襲、何でもござれ。むしろ、そちらが本業ですらある。
北陸のチート爺も言っていたではないか――『武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』と。
命のかかった戦いに、卑怯などという物は存在しない! 武士ではないけども! ――――という事で。
狼殿の身体能力で壁をよじ登って彼らの頭上に出ると、俺は二人の内の片方目がけて猛禽の様に飛び掛かった。
いきなり大の男が上から飛び掛かって来て、自分にぶつかったのだ。まともな対処など、出来るはずも無い。
俺が飛び掛かった瞬間に奇妙な声を上げて押し倒された足軽に、そのまま流れる様な動きで楔丸を喉笛にお見舞いする。
噴水の様に噴き出した血を避ける様に動くと、いきなり同僚がやられて困惑しているもう一人に走り寄り、体勢を低くしてその足元を斬り付けた。
苦痛に表情を歪める足軽が、憎悪と苦悶が混ざった表情で憎々し気にこちらを睨みつけるが、知った事ではない。
既に刀は抜いていた敵方だったが、足元を斬られて踏ん張りの利かない袈裟懸けなど恐れるに足りないと、狼殿の思考から読み取れた。
つい先ほど、一度死ぬ前の恐怖は何処へ行ったのか……自分でも不思議な位に落ち着いていた。
腰の入っていない袈裟懸けを数回受ける内、敵の攻撃の癖が見えてきた。
次にどんな攻撃が、どの様にして繰り出されるのか――――そういう事が、理論とかそういうモノをすっ飛ばして何となく分かったのだ。
敵はこちらを攻め立てていて、主導権を取れたと勘違いしている――――が、見えた。
その見えた袈裟懸けに合わせて受け太刀……と見せかけて、弾き返す。
刀を弾き返された足軽の腕が上がり、まるで万歳でもしているかのような体勢をとってしまう。
要するに、完全な死に体になってしまっている足軽だが、その喉笛に向けて受け太刀の構えから霞構えに流れる様に姿勢を変え、楔丸の切先を渾身の力で突き入れた。
喉笛を突き破られた足軽の目玉が、信じられないものを見たとでも言う様に白黒と変転し、次いで光が失せ、持っていた刀を取り落とす。
そして、突き入れた楔丸を抜くと声なき声を漏らす様に呼気を漏らすと、地に倒れ伏して血だまりを広げていった。
俺は先程と同じ様に血振るいを行なってから納刀し、たった今自分が殺めた人間の亡骸を見下ろす。
やはり、喜びも悲しみも無く……かといって、仕事をやり遂げた様な感覚も無く……。
狼殿の影響を受けているのかも知れない、などという何とも言えない気分を味わいながら先を目指していく。
先程までの、戦闘における恐怖感がほぼ失せた事には首を傾げたが、この状況では都合が良い事でしか無かったので、深くは考えずにいた。
――――しかし、又しても躓く出来事……というか、敵手に遭遇した。
葦名城へと向かう道中、一本道になっている所に、明らかに他とは風情の異なる侍が陣取っていた。
黒で統一した具足に、鬼を思わせる一対の脇立てが目を引く兜を被り、朱色の陣羽織を羽織った、見るからに他とは一線を画した姿。
面頬まで装着しており、臨戦態勢である事は一目瞭然な――――所謂、武将と呼ばれる存在だろうか。
先程の足軽は戦時に徴用される半農半士であろうが、こちらは明らかに支配階級、或いは戦士階級としての武士だろう。
さっきの足軽とは段違いの武技を修めている可能性が高い……というより、修めていると考えるべき相手だ。
避けて通る事も考えたが、地形の制約上それは出来ない事が自分で調べて分かった。
走って素通りする事も考えたし、あんな鎧兜を装着した状態なら追い付かれる心配も無いのだろうが、今後周辺に厳戒態勢が敷かれる事が確定するだろう――――よって、放置は出来ない。
今ここで、始末するしかない。それも、正面からの戦闘で。
覚悟を決めた俺は、物陰に隠れながら近づけるだけ近づくと、背後から斬りかかったのだが―――――
こちらが振り下ろした刀が届く寸前、虫の知らせでも来たかのように転げて躱し距離を取ると、腰に履いていた太刀を抜いて八双に構え、正対してきた。
狼殿の身体能力で、音は完全に殺していたはずである。だと云うのにこの始末……どういう事なのかと心底疑問に思った。
あれか、戦国乱世の武士は生死に関する嗅覚が敏感なのかと、本気でそう考える程だった。
そうして奇襲も失敗した俺は、本当に真正面から相対することになったのだが……もう散々だった。
まず以って、相手の威圧感に呑まれたのが駄目だった。
相手の獲物は大太刀で、こちらの楔丸はごく一般的な造りの打ち刀。つまり、間合いを取ると相手の方が有利に運ぶ事になる。
にも拘らず、腰が退けてしまったものだから、最初から勝ち目をドブに捨ててしまったようなものだ。
本当に、最初の足軽とはまず雰囲気が違う。殺気が指向性を持っているとでも言うのだろうか……研ぎ澄まされた刃を首元に当てられているかの如く、背筋がぞくりとする感覚がいつまで経っても抜けないのだ。蛇に睨まれた蛙とは、まさにこの事だろう。
結果は、受け太刀もままならずに弾き飛ばされて地に転がされた挙句、そのまま胴体に全力の振り下ろしを喰らい、二つに分かれて終い……。
只の人ならこれで人生も終了なのだが、狼殿が御子様から受けた『契り』により、何度でも蘇る事が出来る……が、その場では無く、一定の場所で目を覚ます様な仕組みになっている……らしい。
その後、無様に討たれた俺が目を覚まして最初に思った事が、今後の俺の精神を決定付けた。
――――次は、絶対に勝つ。
命懸けの真剣勝負で次があるという事自体、チートもいい所であるが、当時の俺はそんな事も気にならない位に気が高ぶっていたと思う。
そんなこんなで、同じ相手に殺される事二十回余り。
命を削る――処ではなく、本当に何度も死んだ訳だが――死闘の末、敵の武将を討ち取った俺は、荒い息を吐きながら地に倒れ伏した相手を見遣り……言い様の無い高揚感に包まれていた。
相手を討った――つまりは命を奪った、殺したという事だ。
だと云うのに、湧き上がる感情は後悔でも恐怖でも、ましてや嫌悪ですらなく、高揚感である。
――――現代に居た時は感じなかったけど、俺という人間はこういう質だったのかもしれない。
そんな事をその時は思ったが、その感情は先に進めば進むほどに強くなっていった。
もっと強い敵と戦いたいと、そして強敵を打ち倒したいと、そんな渇望が心の奥底から湧き上がって来るような感覚。
そのまま行けば、俺は狼殿の心すら振り切ってひたすら戦いを求める、それこそ修羅の様な有り様になっていただろう。
しかし、有り難い事に……本当に有り難い事に、御子様を無事に奪還し、その思いに触れた時にその考えは揺らぐことになり。
次いで、御子様の計画を果たすのに必要な、『不死斬り』と呼ばれる死なぬ者すら殺す妖刀の如き大太刀を手中にした時に、一心様から言われた事が心の澱みを吹き飛ばした。
『何の為に、その刀を抜くのか……よくよく考えを巡らすことじゃ』
たった一言……ほんの一言だったが、戦う事だけが目的と化していた俺には厳しく突き刺さる言葉だった。
意識していなかったが、いきなりこんな環境に送られてしまい、心を守ろうとした防衛本能だったのだろうか。
ともあれ、御子様は自身の『竜胤』の血によって齎される『不死』を、人としての在り方を歪める忌むべきものとして、この世に在ってはならないものだと考えている。
よって、それを断つのが御子様の望みで、俺もそれは同感だったのだが、御子様の独り言を聞いてしまい、その考えに迷いが生じた。
為すべきことを為さねば、という……少し震えながら口に出していた、その言葉を。
この言葉は、過去の狼殿が御子様へと送った言葉で、それを今も覚えていたという事らしい。
しかし、不死断ちを行うという事はすなわち、御子様の命をも奪うという事に他ならない。
いまだ元服すらしていない子どもが、そんな悲壮な覚悟を決めている。
それからは、一心様に仕える薬師のエマ殿という女性も交え、御子様が死ななくとも済む様な方法を探っていたのだが……機会に恵まれたのか、割と直ぐにエマ殿が方法を過去の文献から探し出してくれた。
それによれば、通常の不死断ちに必要な物の他に、かつて葦名城の庭に咲いていた、特別な桜の花が必要とのこと。
だが、何者かがその桜の木の枝を手折ったのが原因で今は枯れてしまい、もう手に入れる術はない……と、思われていたのだが。
紆余曲折あり、狼殿の過去の因縁から、何とか桜の花を入手することが叶ったのだ。
しかし、桜の花を入手したすぐ後に、エマ殿の様子がほんの少々……本当によく見なければ分からなかったが、固い事に気付いた。
無論、俺自身の観察眼では無く、狼殿の眼力があっての事なので、とても威張れる事ではないが。
それは兎も角、エマ殿の様子から何か隠し事があると踏んだ俺は、悪いとは思ったが彼女の周辺に気配を殺して張り込み、ボロを出すのを待つことにした。
有体に言って立ち聞き、盗み聞きの類ではあるが、何か伝えづらい事がある可能性も存在する。
そうして張り込んだ結果、彼女は俺に気付かずにある一言を零し、それを聞いた事を真正面から伝えると、観念したのか自分が知っている……というか、知ってしまった事を話してくれた。
曰く、竜胤の御子が不死の従者を縛るように、不死の従者もまた、竜胤の御子を縛るのだと。
つまり、竜胤の御子が只の人に戻るには、不死の契りを結んだ従者が居ては叶わない、と……そういう事らしい。
御子様が只人に返る為に集めた品の他に、俺の……というか、狼殿が命を絶って、ようやく御子様は竜胤から解放される事になるそうだ。
話を聞いた俺は、さもありなん、といった感覚を覚えていた。
御子様の人返りの話を聞いた時は、解決策がある事にただホッとしただけだったが、竜胤何て云う一種の呪い染みたものから解放するのに、ただ必死で頑張ればいいだけなんて都合が良すぎだったのだ。
狼殿と一部混ざり合った俺の思考回路だが、彼の意思は当然、我が身可愛さに此処で止めるなどという選択肢なんて、ある訳が無い。
一方の俺についても、狼殿の判断というか心持ちに否は無かった。
先にも述べたが、俺は戦いというか……命の奪い合いに、魅入られつつあった。
あのまま行けば、狼殿の心持ちなど振り切って、碌でもない方向に進んでいただろう事が確信できる程に。
そんな中で、狼殿を通して伝わってきた御子様の真心は、冗談抜きで修羅染みたものに墜ちそうだった俺を掬い上げたのだ。
狼殿が拝領した刀であり、俺が振るっている刀である楔丸だが、このような謂れが在るという。
『忍びや武士は人を殺すが定めなれど、一握りの慈悲だけは忘れてはならぬ』と。
人によっては甘いと取られるかもしれない言葉だが、刀を只の人殺しの道具として貶めたくないという、作り上げた刀匠や、かつての持主たちの願いが込められているのだろう。
よくよく考えて刀を抜け、という一心様の言葉もあり、俺は無事に墜ちずに済んだのだった。
そして再び、御子様を人返りさせるための最後の物品を求め、葦名を駆け巡り……遂にはそれを入手することに成功する。
だが、全ての準備が整って城に戻った俺を待っていた情報は、一心様が逝去した事と、葦名攻めを中断していた内府方がその情報を聞き付け、止めを刺すべく侵攻を開始したという事だった。
その事を、無事だったエマ殿から聞いた俺だったが、この場に居たはずの御子様は既に水の手曲輪にある抜け道から場外へと脱出し、その先のススキの原で狼殿(と中の俺)を待っているという。
それを聞いた俺はすぐさまそこへと向かおうとしたが、エマ殿に一心様からの遺言があると聞き、その足を止めた。
曰く、儂が伝えた教えを狼は見事に極めた。この通り病に蝕まれ、最早気力で生きておる儂だが……病ではなく、あ奴との技と力の限りを尽くした死闘、その果てに死にたいものじゃ……と。
そんな事を聞かされた俺の心に湧き出てきたのは、望外の喜びと、それは最早叶わないのだという現実を前にした寂寥だった。
修羅へと墜ちずに済んだとはいえ、強敵との血沸き肉躍る死闘を望む心だけは、変える事が出来なかったという事である。
もっと単純に言えば、勝てるかどうか分からない程に強い相手との勝負が、楽しくて仕様が無かった。
不死の契りによって生き返る事は可能だが、それでも死傷する程の傷を与えられれば苦しいのは間違いない。どんな場合でも、一瞬で死に至る急所ばかりが狙われるとは限らないのだから。
だが、それが分かっていても……まして、それを何度経験しても、死闘を制する喜びは抑え難かった。
確かな事は言えないが、一心様も似たような心境だったのではないかと、その時に考えたのだ。
一心様は既に老人と言っていい年齢になっていたが、その気迫、存在感に少しも陰りが無く……死ぬまで貪欲に、剣の道に生きたと言える生を送ったのだろう。
俺としても立ち会いは望むところだったが、まあこの方とそんな機会がある訳も無く、こうして今に至っている。
そんな事を考えていた俺だったが、こと此処に至っては感傷に過ぎないと頭を振って心を切り替え、抜け道の先で待っているという御子様の元へと急いだ。
道中、こちらを発見した内府方の先陣を始末しつつ、約束の場所へと駆ける。
そして、その場に到着した俺の目に飛び込んできたのは……かつて御子様を攫い、内府方へ対抗するために竜胤の力を手に入れようとしていた男。
庶流ではあるが、その威によって一心様が病床にあってからは、先頭に立って葦名を率いてきた彼の孫である、葦名弦一郎であった。
そして、彼が手にしていたのは、俺の手にある『赤の不死斬り・拝涙』と対を為す、『黒の不死斬り・開門』。
御子様を奪還する為の果し合いに打ち勝ち、俺に敗れたその後は消息不明となっていたのだが、こうして再び三度合い見えたという訳である。
彼は、葦名を救う為ならばどの様な異形の力であれ従えると、その結果として自身にどの様な結末が訪れようが構わないという、鉄の覚悟を抱いている。
その為の手段は兎も角、何をしてでも護りたいという考え自体は共感できるし、大したものだとも思う。
だがしかし、葦名は内府方に、もう王手直前まで……いや、既に王手をかけられている。
これを覆すには、もはや尋常の手段ではどうしようもなく、盤面ごと破壊してしまう様な非常の手段を取らざるを得ない。
その非常の手段こそが、御子様の持つ竜胤の力である訳で……不死断ちを望む御子様とは、そして御子様の人返りを望む俺たちとは、決して合い入れない。
斯くして、俺達と弦一郎殿は、最後の戦いに臨む事となったのであった。
互いに譲れないものの為に、一進一退の攻防が続く。
弦一郎殿が手にした、黒の不死斬り――その一閃が俺を断ち切ろうと、風切り音を上げて薙ぎ払われる。
横薙ぎのそれを地を這う様な姿勢で躱すと、そのままの勢いで一気に間合いを詰め、詰め寄った勢いそのままに肘打ちを弦一郎殿の腹部へと喰らわす。
押し出された呼気が彼の口から漏れ出るが、斟酌せずに追撃の掌底を放つ。
一撃目は耐えていた弦一郎殿も多々良を踏んで交代するが、彼が只後ろに下がるはずも無く、瞬時に納刀すると背負っていた大弓を構えて矢を三連射。
至近であるにも関わらず流れる様な動作で撃たれたそれを、一、二、三射目と慌てることなく俺は弾き飛ばした。
その時には弦一郎殿も既に体勢を立て直しており、お互いに再び刀を構えた状態からの睨み合いである。
じりじりと互いに間合いを計り、穏やかな夜風の吹くススキの原で火花を散らす。
退けないものの為の、互いの全てを賭けたと言っても過言ではない死合いが続き――最後にそれを制したのは、俺達であった。
刺し傷を庇いながら後ずさった弦一郎殿。
彼は今も何とか立っているものの、いつ倒れてもおかしくない状態である。
結局、葦名の為に何も出来ずに終わる事に、懺悔するような言葉を発する弦一郎殿だったが……様子が変わった。
その手に携えた黒の不死斬り――それを自らの首に当て、掻き切ったのだ。
どういう事だと目を瞠ったが……ただ自死を図ったにしては、明らかに様子がおかしい。
その懸念は当たっていたのだが……その結果として起きた事は、人間の想像の範疇を遥かに超えたものだった。
弦一郎殿が自ら切り裂いた、自身の頸――その傷口から……信じられない事に、人間の腕が生えてきた。
我が目を疑う光景だが、それは確かに現実であり、彼の意思を打ち砕いた人間として、現実から目を背ける事は許されなかった。
こちらが息を呑んでいる間にも変化は続き、生え出した手が弦一郎殿が握っていた黒の不死斬りを譲り受ける様に掴み――
「哀れな孫の……最期の願いじゃ」
更に這い出てきたと思われる身体から、そんな……聞いた事のある声が聞こえてくる。
弦一郎殿の身体は倒れ、遂にその全身を露わにした存在が、その圧倒的な剣気を迸らせながらこちらを見据える。
「――儂はこの葦名を、黄泉帰らせねばならぬ」
その手に携えた黒の不死斬り……それを、血振るいをするかのように一閃、それだけでススキの穂先が宙へと舞う。
「故に隻狼――」
弦一郎殿が、自身の命と引き換えにしてまで遺した、葦名復興の最後の手段。それは――
「――お主を斬るぞ」
――剣聖・葦名一心の黄泉帰り。
弦一郎殿が死に物狂いで探し出したと思われる、黒の不死斬り・開門。
無論、赤の不死斬りと同様に死なずを殺す大太刀であるが、その真の力は別にある。
それは、竜胤の御子の血と人間一人の命を捧げる事で、死者を不死の契りを結んだ存在として黄泉帰らせることにある。
俺がこの場にやって来るまでの間に、弦一郎殿は御子様に傷を与えていたらしく、黒の不死斬りは既にその血を吸った状態にあった。
その後はこれまで見た通り、自身の命を捧げ、既に亡くなられた一心様を黄泉帰らせた――という事だろう。
しかも、黄泉帰りを経た一心様は、死の直前の、病に倒れられていた状態ではない。
あらゆる強さを貪欲に呑み込み、死闘を重ね、その果てに遂には国を盗り、周辺各国に天下無双の存在として知られる事となった、全盛期の一心様である。
更に、生前の全ての経験までがその身に宿っているため、心・技・体の全てが限りなく完璧に近い状態となっている。
その様な、鬼神の如き強さを誇る一心様が、御子様を人返りさせるための最後の関門として、俺達の前に立ちはだかった。
「参れ……隻狼!」
風に揺らめくススキの原、見届けるのは夜空に輝く月が一つ――
※※※※※
「――――せいっ!」
裂帛の気合と共に放たれた袈裟懸けは、狙い過たずその存在を断ち割り、その動きを鈍くした。
その隙に人影は飛び上がりつつ刀を振り被ると、力を溜めるようにしてゆっくりと振り上げたそれを目にも留まらぬ速度で一閃――その存在の腕部を切断した。
大地に転がった腕を見る事も無く駆け出した人影を、その存在が苦しみにのたうちながらも追いかけていく。
回り込むように動く人影に追い縋ろうと、滅茶苦茶に身体を動かしていくその存在。
動きは雑ではあったが、その巨体から繰り出された一撃は掠るだけでも致命傷となりかねない、強大なものだ。
実際、並の腕であればどうする事も出来ずに押しつぶされ、血煙となって消えてしまった事だろう。
その存在の、残った隻腕での一撃が人影に迫る。
風切り音すら残す勢いで繰り出されたその攻撃に対し、その人影は――面と向かい合って、正対した。
周りに人が居れば正気を疑われかねない行動だったし、その存在に人間ほどの感情があれば、愚かな事だと嘲笑っただろう。
その存在の攻撃が、人影に接触した瞬間――甲高い音が、周囲に響いた。
受け太刀の体勢をとり、押しつぶされるだけと思われた人影は、その存在の攻撃を真っ向から弾き飛ばし、あまつさえその体勢を崩して死に体を生じさせた。
致命的な隙を生じさせたその隙を逃さず、人影は弾いたその腕を一閃――肩口から完全に切り落とし、胴体だけの存在に変えてしまった。
苦悶にのたうつその存在だったが、そこで更に生じた隙を人影は見逃さず、瞬時に駆け出す。
のたうつ巨体という不安定な足場をものともせずに飛び乗ると、その存在の頸目がけて強く踏み込み――その勢いそのままに、横一閃。
その瞬間、暴れに暴れていたその存在の動きが凍り付いた様に静止し、周囲の音も完全に消え去った。
その静けさの中、物が擦れるような音がしたかと思うと、その存在の頸の部分がずれ、そのままゆっくりと地面に落下し、大きな鈍い音を立てて転がった。
それと同時に、その存在の身体の結合らしきものが解かれたのか、鮮やかな橙に明滅するナニカを周囲に零しながら、ようやく沈黙した。
しばらく油断なく周囲を窺っていた人影だったが、他の脅威がもう無い事を確信すると、血振るいを行なって刀を鞘へと納めた。
キン、という音と共に周囲に静寂が戻り、人影もほっと息を吐いた。
「はぁー……いきなり化け物退治とは……一体全体、何がどうなってるんだ……?」
『それよりも狼殿、速やかにこの場を離れませんと。刀剣類管理局の者たちがやって来るでしょうし』
狼殿と呼ばれた人影がその言葉に反応を示すが、現時点で分からない事が多すぎるために、返した言葉もどこか胡乱気である。
何しろ、その声は狼殿と呼ばれた少年が背負っている、大太刀から発せられているのだから。
「……分かりましたけど、必ず諸々の事を説明してもらいますからね――エマ殿」
『それは勿論です。しかし――――』
「どうしたんです?」
戦闘の現場から駆け出し、山野を走りながら話す二人――一ひとりと一振りか?
『狼殿が、このように表情豊かにおなりになられるとは……それだけでも、こんな姿に成った甲斐があったというものです』
冗談めかしてクスクスと笑っているエマに対し、少年は酸っぱいものでも喰わされたような表情である。
「まあ、前世とはいえ……俺と狼殿は違う人間である、ということです」
そう言う少年は、走りながらもこんな状況に陥る前の記憶を辿っていた。
葦名一心との最後の戦い――狼とそれに憑依していた少年の戦いは、二人が何度斬られたのかも分からないという死闘の末、極限まで集中力を高めた二人が制した。
そうして御子に人返りの術を施したのち、自分は赤の不死斬りで自刃し、そこで記憶が途切れていた。
薄れゆく意識の中で、これで御子様は只人としての生を全うできるのだと、最期に穏やかな気持ちでいた事を少年は覚えていた。
が、一晩寝ていたかのような何とも言い難い気持ちで目覚めると、先程倒したあの化け物が暴れ回っていたのである。
無秩序に周辺を荒らしていたその化け物は、少年の存在を認識すると弾かれたように突進してきたため、寝起きの頭を強制的に覚醒させられた彼は、何とかそれを避けると自身が身に着けているものに気付いた。
葦名にて共に在った、楔丸と赤の不死斬り。
混乱したものの、このままでは命の危機だと悟った少年はすぐさま楔丸を抜き放ち、化け物に相対した。
戦闘中に声をかけて来る、聞いた事のある声をした存在に気付いたのもその時である。
斯くして少年は化け物を討ち果たし、こうして逃亡紛いの事をしているという訳である。
「で、これからどうすればいいんですか?」
『まず適当な所で街道筋に出て、山を下りて街に出ましょう。人心地着ける場所で、色々と説明させて頂きます』
「街に出るのは良いですけど……帯刀してて大丈夫なんですか? 一応、刀袋に入れてますけど……」
葦名へと精神だけ飛ばされる前の少年は、至って普通の日本に居たのだから当然に疑問である。
『ええ、それは問題ありません。すぐさま抜ける様な状態でも無ければ、咎められる事はほぼ無いはずです』
「…………???」
表情一杯に、疑問符を浮かべる少年。
『それよりも、狼殿の事をこれから何とお呼びしましょうか?』
「俺の呼び名ですか? ……まあ、そうですね。狼殿の名前をこのまま使うのは……」
彼へ申し訳ないと、少年は心から思うのだった。
少年も葦名において狼と共にあったが、それでもその身体を間借りしていたに過ぎないという思いがあった。
そんな自分が彼の名をこのまま使うのは、烏滸がましいことである……と。
それに実際問題、ここは現代日本であるらしいので、名乗る際に名前が無いと不便である。
そうして考えた少年は、自分狼殿へと憑依する前の名前を名乗る事とした。
「俺の名前は――
『畏まりました。――では新殿、行きましょう』
「どの、何て別に付けなくてもいいんですけど……」
『ふふふ、性分ですので』
照れ臭そうな表情をする少年――陣代 新に、彼が背負った大太刀から、からかう様な声が発せられる。
そのまま、二刀を携えた少年は道路へと出て、山を下りて都市部へと向かっていくのだった。
古来より、人の世を脅かしてきた異形の存在である、荒魂。
その荒魂を、御刀によって祓う役目を負った神薙ぎの巫女。
発達した文明によってすら打ち祓えぬそれらを祓う彼女らを、人々は『刀使』と呼んだ。
そんな世界に現れた少年は、この世界で一体何を為すのか――――
休日にGE○をぶらついていると目に付いた、『刀使ノ巫女』という作品。
そういやこれも五組の作品だったっけ? なら見てみようかなぁ、と四話分ほど借りて視聴。
次の日には全話分を借りに行きました……めっちゃ面白かった(語彙力消失)
それと時を同じくして、SEKIROもようやく二週目をクリア!
そしてプレイ中、剣聖一心様と戦っている最中に思った事が、迅移みたいな速さで踏み込んできやがってコノヤロウ! ……でした。
そうしてやられつつも、本当に楽しい戦いを制した私は、御子様を人返りさせる事が出来たのでした。めでたしめでたし!
……狼殿、死んじゃったけどね(:_;)
という訳で、この小説は狼殿の身体を間借りしていた青年がSEKIRO世界で鍛えられ、その死後、人返りエンド後の世界に行くというものです。
ですので、このとじみこ世界は人返りエンド後の後世、という事で設定しています。
とじみことSEKIROが面白過ぎたので、ついやっちゃいました!
SEKIROの話は大分端折りましたが、詳しくやるとSEKIROのSSになってしまうのでどうか許して<m(__)m>
あと、とじみこ要素もほんのちょっとしか無かったけど、プロローグ扱いなのでそれもご勘弁を<m(__)m>
続きの予定は未定ですが、また書けたらいいなぁ……(願望)