其は不死を断つ狼なり   作:大公ボウ

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かなりほったらかしてましたが、この度急にエンジンが掛かって超速で仕上げられました。
……ので、投稿します。
前編ですが、続きは何時になるか分かりません(爆)


飛燕の少女(前編)

雲一つない快晴の空に、心地よい穏やかな風がゆるりと吹く。

 

そんな、絶好の行楽日和ともいえる天候の中、陣代新(じんだいあらた )は神奈川県は鎌倉市、その南部にある由比ヶ浜に面している道をてくてくと歩いていた。

 

海水浴場としてその名を知られている由比ヶ浜だが、既に時期から外れてしまっているので観光客の姿は殆んど見えない。

 

微かに潮の香りを感じながら歩いている新は、背中の刀袋に仕舞ってある不死斬りへと――正確にはそれへと宿る存在に――小声で話しかけた。

 

「さて……エマ殿、もうすぐ目的の場所に着きますけど……何か方策を思いつきましたか?」

 

『いえ……不甲斐無い事ですが、これと言って』

 

「ですよねぇ……絶対に見過ごせない事態ではあるんですけど、かといって上手く事を運ぶ方法となると……」

 

一人と一振りは歩きながら、うんうんと唸り悩む。

 

目的地が近づく中で、突如として閃く! ……何ていうフィクションみたいな出来事が起こるはずも無く、着々と距離は縮まっていく。

 

海岸の通りを抜けて街中に入ると、自分たちが目的としている場所の建物が見えて来て、思わず新はため息を吐いた。

 

「……仕方がないですね。出入り口で待つ他なさそうです」

 

『その様ですね。仮にも一般人……とは言い難い我々ですが、兎も角、部外者がすんなり入れる場所では無さそうです』

 

「そういう事です。今日の内に事が済めば幸いですが、焦らず行きましょう」

 

そう言って、新は首から下げていた小さな巾着の中身を確認する。

 

過去の――葦名で手に入れた物の内、最も希少であるが、その因果からこの世の中では使い道なんて無くなっていると思われていた、とある物。

 

「たった一つ残されていた、竜胤の雫――これを使わないといけない人が、まさか居るなんて……」

 

『竜胤はあの時代で、確かに断ち切られました。ですが、竜咳はどのようにしてかは不明ですが、症状は劣化したものの不治の病として残ってしまったようです。……しかし、もはやこれで最後です。竜胤の因果は、ここで終わらせましょう。その為にも、彼女に会わなくては』

 

「ええ、その通りです。――っと、着きましたね」

 

目的地に到着した新は、正面入り口から結構先にある建物に目を遣る。

 

この場所からでは少し小さくしか見えないが、古めかしくも威厳ある造りの建物。

 

「刀剣類管理局・特別祭祀機動隊本部。ここに居る可能性が一番高い、というか……何の当ても無く会おうと思ったら、ここで待つ以外に方法が無いですもんね」

 

『しかし、私達に出来る最善の方法です。――では、彼女が現れるのを待つといたしましょう』

 

「そうですね」

 

そう言って短く返事をした新は、入り口前の守衛に不審がられないように毅然として、しかし疲れないように楽な姿勢で佇む。

 

そのまま特祭隊本部の人の出入りを確認しながら、数日前の出来事を思い出すのだった。

 

 

 

 

※※※※※

 

 

 

 

「――刀使と荒魂……そんな戦いの歴史が始まって、もう四百年ですか。御刀を打つ為に必要な珠鋼、それを精製する過程で砂鉄から出る不純物……ノロが結合して、さっき倒した怪物みたいな存在になる、と」

 

『その通りです。……丁度、狼殿と新殿が亡くなられたすぐ後、つまり戦国の世の終わり頃からずっと、今に至るまで続いている事です』

 

「そうですか……」

 

山から麓の街に降りてきた新は、刀袋に仕舞ってある不死斬りに宿るかつての協力者――エマの説明を聞いていた。

 

公園のベンチに腰掛け、自分と狼が死したすぐ後の歴史で起こるようになった出来事を、沈鬱な面持ちで耳に入れる。

 

「……戦国の世では、それはそれは多くの御刀が打たれ、それを使っての戦がそれこそ星の数ほど起きた訳ですか……その報いなんでしょうかね。実に百五十年も同じ国の中で争い合うという、愚かな行為に対しての……」

 

『……貴方が気に病む事ではありません、新殿。そして、狼殿も元はといえば戦乱で親を亡くし、その後に紆余曲折あって梟殿に拾われたのだとか。そうだとすれば、あなた方は戦乱の世の犠牲者なのですから』

 

思わず暗い言葉が口から吐いて出た新に対し、エマが宥める様に語りかける。

 

それを聞いた新は俯いていた顔を上げ、陽が沈む前の夕日に照らされている街に目を遣った。

 

仕事を終えた大人、学校帰りの少年少女たち、その他にも様々な人々が行き交っている。

 

戦国乱世を一部とはいえ経験した新には、その光景がどうしようもなく尊く見え、思わず目を細めた。

 

「――エマ殿の言う通り、ですね。過去の出来事を蔑ろにするのはだめですけど、引きずられるのはもっとだめな訳で。それに、俺には楔丸がこの手にあり、楔丸は御刀であったのですから」

 

そこでグッと手を握ると、かつて仕えた主の事を思い出しつつ言葉を続けた。

 

「九朗様の願いの為に、散々人を殺してきた俺ですけど……これからは、人を守るための刀を振るえたら――そう思います」

 

『立派な決意です、新殿。――それに関連しての事なのですが、貴方にお伝えしなければならない事があるのです』

 

「伝えたい事、ですか? それは一体なんです?」

 

『貴方がこのような形で再び生を得た理由にも関連するのですが――』

 

それから語られたエマの話が進むたび、新の表情が険しくなっていく。

 

過去の因縁と、今現在の世の在り方が重なり合い、化学反応を起こしてしまったかのような事実を聞いた新は、大きく溜め息を吐いた。

 

「これから先、そんな事が起きる様になる可能性が非常に高い、と。……控えめに言っても最悪ですね」

 

『そんな事態を避けるべく、隠世に漂いつつも眠っていた貴方の魂が、この世界で凡そ二十年前に起きた災厄で、同じく隠世に在った抜け殻の肉体と融合し、こうして眠りから覚めたのでしょう』

 

「……えっ。今、サラッと言いましたけど、とんでもない事ですよね? だいたい二十年前に行方不明になった人の身体を借りてるって事ですか?」

 

『私としても、死者の安寧を破るようで心が痛みましたが……しかし貴方も知っての通り、不死斬りは一度命を失った者にしか抜けません。貴方も一度命を失った身ではありますが、それも魂だけの話。万全を期するべく、この様な事になりました……』

 

それを言われると何も言えなくなる。もっとも、沈んだ声音で語られた内容からは、心底からの悔恨が伝わってきたので、その意味でも追求など出来なかっただろうが。

 

お互いに黙り込んでしまったが、周囲はそんな二人の雰囲気などお構いなしで日常の流れを刻んでいく。

 

このまま黙り込んでいてはいけないと新は思い直し、口を開こうとしたその瞬間の事。

 

――日常が、壊れる音がした。

 

後になって振り返った新はこの時の出来事をそう語るが、本当に比喩でも何でも無い。

 

周囲の人々が持つスマホから、かつて新も聞いた事のあるけたたましい音が鳴り響く。

 

地震や台風といった、人の生命を容易く奪っていく大規模な災害に対する警戒情報が伝えられる時に発せられる音である。

 

新自身はスマホを持っていなかったので、通りかかった周りの人たちの其れから発せられていたのだが――それを確認した人々の表情は例外なく強張り、引き攣っていた。

 

雑踏から発せられていた話し声などは一切消え去り、街中とは思えない程の静寂が辺りを満たしていく。

 

どういう事なのかと戸惑っていた新だったが、エマが発した言葉で我に返った。

 

『――来ます、新殿』

 

「それは、どういう――――っ!」

 

エマの言葉に疑問を投げかけようとした新だったが、暫らくぶりに背筋を駆け上がった感覚に、思わずその眼差しが鋭くなる。

 

「この感覚は……!」

 

四百年前、あの雪深い葦名で散々味わってきた――生命の危機に対する警鐘。

 

立ち上がり、少し腰を落として何時でも動けるように備えると同時、少し先と思われる方角から多くの人々の悲鳴が上がった。

 

地鳴りのような音が響き渡り、尋常な状況で無い事を察した新は、必死に逃げようとする人々の流れの反対側に先程から話していた存在を目の当たりにした。

 

「あれは荒魂……! あれって山とかだけじゃなくて、こんな街中でも発生するものなんですか!?」

 

『そうです。かの存在は、いつ、どこで、どの様に発生するか予測が付きにくいのです。発生すれば、すぐさま検知できるのですが……』

 

「成程……って、悠長に話してる時間も無さそうです。すぐに倒して鎮めないと!」

 

そう言って背負っていた刀袋から楔丸を取り出そうとしたところ、新は自らの目に飛び込んできた光景にギョッとした。

 

「何で子どもが一人で……! この騒ぎで親とはぐれたのか!?」

 

荒魂が暴れている場所からそれ程離れていないその地点で、5歳位と思われる女の子がうずくまって泣いていた。

 

荒魂が迫る中、新は刀袋を背負い直し、うずくまって泣いている女の子を避難させようと駆け寄った。

 

「ねえキミ、すぐにここから離れないと危ないんだ。一緒に逃げよう!」

 

「う、うぇ……おとーさーん、おかーさーん! えーん、えぇーん!!」

 

「くっそぉ……本当にはぐれてしまったのか。……くそ、もう時間が無い! ごめんね!」

 

短く女の子に謝罪すると、新はヒョイと彼女を抱き上げて荒魂からの逃走を開始した。

 

今の新は12歳ほどの少年なのであるが、幸運な事にこの身体の生前の主は大分鍛えていたようだ。

 

何とか息が上がらずに逃げ回れているが、しかしそれも何時までもつか分からない。

 

女の子には悪いと思ったが、新は人々が集団で逃げて行った方向とは別の方へと向けて走り出したのである。

 

つまり囮になったのであるが、それ自体は功を奏した。

 

荒魂はすぐ傍に居た新と彼が抱える女の子に興味を惹かれたのか、人の集団では無く二人目がけて襲い掛かってきたのだから。

 

人を襲うまでに活性化した荒魂というのは、その凶暴さに見合うだけの巨躯を備えている場合がほとんどなのだが、今回もそうであった。

 

「ぐっ、うおおおおお、あっぶ、ないいぃぃいい、だあああぁ!!」

 

「――――っ! お、おにい、ちゃん……!」

 

すぐ傍に荒魂が居て、自分たちを殺そうと迫って来るその光景は女の子を委縮させたが、自分を抱えて必死で逃げ回る少年の姿に心を奮い立たされていた。

 

「がんばれ、がんばってー!」

 

「ふう、はあ……勿論だよ! 絶対に逃げ切ってやるから、安心して!」

 

少々上がってきた息を継ぐようにして、余裕に見える様な笑みを女の子に向ける新。

 

相変わらず荒魂に追いかけられているので生命の危機は少しも去っていないが、それでも諦めるような状態ではない。

 

(とはいえ……このままじゃ埒が明かない。どうにかして楔丸を抜ければ……ダメだ、この子を放り出すのは問題外だ!)

 

結局はそれに尽きる。

 

女の子を降ろせば楔丸で――御刀を振るって戦えるが、この間近に荒魂が迫っている状況でそんな事が出来るはずも無い。

 

そんな思考がぐるぐると脳内を回っている中、今まで聞こえなかった音が新の耳に飛び込んできた。

 

「あれは……ヘリコプターか?」

 

逃走している方向の上空から、ヘリコプターが新の方……いや、その背後から迫る荒魂に向けて飛行して来ていた。

 

それを示す様に、着陸するのでなければ考えられない程に低空を飛んでいる。

 

(まるで、何かを降ろそうとしているような……?)

 

そんな感想を新が抱いた刹那――

 

ヘリが荒魂の上空を通過する寸前、誰かが――間違いなく人が、その身を宙へと躍らせた。

 

そして数瞬後――

 

金属同士がぶつかり合う様な、非常に重々しい音が新の背後から聞こえてきた。

 

「■■■■■■――――――――ッ!!?」

 

その次の瞬間には、どの様な獣でも発しないであろうという、聞いた事も無い様な鳴き声が荒魂から発せられた。

 

思わず足を止めて振り返ると、白い上着をマントの様に肩から掛け、刀を構えた人が――刀使が、新たちに背中を向けて、荒魂から護るように立ちはだかっていた。

 

新たちが立ち止まったのを察したのか、首だけをこちらに向け、荒魂に向けていた険しい表情を和らげると、安心させるように言葉を紡いだ。

 

「よく頑張ったね。――後は僕たちに任せてくれ」

 

そう言うと、その刀使は再び荒魂へと視線を戻し、油断なく御刀を構える。

 

彼女が降下と共に食らわせた一撃は荒魂の片腕を両断したが、苦しみつつも未だに健在である。

 

受けた傷の恨みを晴らさんばかりに荒魂が彼女に迫ろうとした、その時――

 

新たちの背後から、一迅の風が吹き抜けた――いや、閃光が奔りぬけた。

 

そう錯覚するほどの速度で奔る何者かは、新たちの傍を通り抜けると先に現れた刀使の横も通り過ぎ、文字通り荒魂に躍りかかった。

 

荒魂はその身に迫る何者かを残った片腕で叩き潰そうとしたが、まるで意に介していないかのように何者かはあっさりと回避する。

 

それどころか、振り抜かれた腕に合わせるかのように斬撃を繰り出し、残されていたその腕さえも断ち切ってしまった。

 

両腕を失った事で更に苦しむ荒魂だったが、その何者かは一顧だにせずに飛び上がり、目にも留まらぬ動きで頸の後ろに回り込むと、上段に構えたその刃を一閃。

 

動きを完全に停止した荒魂の頸が地に落ちるのと、何者か――少女が着地するのは、奇しくも同時であった。

 

重々しい音を立てて首が落ちると、荒魂の身体もつられる様にくずおれ、新が山で倒した時と同じような明滅する何か――ノロをその躰から零していく。

 

それを見届けた少女は血振るいする様に刀を振ると、静かにそれを鞘へと納めた。

 

「よっわぁ~……って、まぁ荒魂なんてこんなモノだよねー」

 

「ご苦労だったね、結芽。先程、夜見から連絡があったが、今回の件での死傷者はいないそうだ」

 

「ふぅん、よかったじゃん、真希おねーさん」

 

「ああ、あそこにいる二人が荒魂を引き付けてくれていたお陰で、人口密集地で発生したにも関わらず今回の結果が得られた。まあ、任務の帰りに僕達が通りがかったのも良かったのだろうけど……それを差し引いても、勇気ある行動だろう」

 

少々無謀かもしれないけどね、と苦笑しつつ付け足したのは、先に現れた、真希と呼ばれていた刀使。

 

その彼女の言葉を聞いて、後から現れて荒魂を倒した少女――結芽と呼ばれていた――が興味深げに新を見遣る。

 

恐らく新と同じ年頃だと思われる少女は、抱きかかえていた女の子を降ろした新に向かって近づくと、不敵な笑みを浮かべて言い放った。

 

「私は折神紫親衛隊・第四席、燕結芽――ふふ、第四席だけど、親衛隊の中で一番強いんだよ? ちゃんと覚えててね?」

 

自信満々としか言い表し様が無いその台詞に思わず呆気に取られていると、彼女がその手を差し出してきた。

 

差し出された手をまじまじと見つめていると、催促する様に再び勢い良くその手が突き出された。

 

助けを求める様に真希の方を見た新だったが、彼女は苦笑をすると、諦めろと言わんばかりに首を横に振った。

 

「ええと、お……僕は、陣代新といいます。どうぞよろしく」

 

初対面の女子に俺というのは躊躇われたため、僕と言い直す新。

 

「うん! ――で、覚えてくれた?」

 

「まあ、うん。色々起こり過ぎたし、君の事は絶対に忘れられないと思う」

 

少々振り回された為に、微粒子レベルの皮肉を込めた新の物言いだったが、そんな物には気付かなかった結芽は、彼の言葉が何かしら琴線に触れたのか――

 

握手で繋がれた手を、ほんの少し――ほんの少しだけ、力を入れてぎゅっと握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の運命の、一つのピースを握る少女。

 

狼の片割れと刀使は、こうして邂逅したのだった。




少年と少女の出会い――正にボーイミーツガール!

良いものですね!(荒魂の残骸からは目を背けつつ)
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