「…………ごめん……」
京華ははーちゃんと結婚する!
初めて会って八幡を気に入った京華がそうゴネる。沙希が懸命に説得するも聞き入れられず、苦肉の策で『はーちゃんはもう結婚してるからダメ』と嘘で納得させようとした。相手が誰か問われるが他人を巻き込むわけにもいかず、自分がお嫁さんだと嘘に嘘を塗り固め……
時系列:京華と会った後、クリスマス合同イベント中。
はーちゃんはパパになる
「ただいま」
「ぉ、ぉ、おか、えり……」
川崎家の玄関で『ただいま』と嘯く俺と『おかえり』とぽしょる川崎。
古今東西において、歳近き血の繋がらぬ男女がこの挨拶を交わすのは男女の契約を結びし証拠。つまり婚姻関係であり、古くは明治31年に……
「ひっ、ひき、がぁ、ぁ、あなた!」
現実へ引き戻すのに過分すぎる一言が川崎の口から紡がれた。過分すぎるって意味重複してるよね。漢字にすると『過分過ぎる』。うん、おかしいな、頭痛が痛いみたいになってるな。そこに疑問を持つとはさすが俺、国語学年3位だけのことはある。
「お、お風呂にする? ご飯にする? それとも、あ、あ、ぁぁあ、あた、ぁたぁ、あたたぁっ……!」
いつから一子相伝の末弟になったんですか。怒りで服とか破れちゃうの? 実は胸に七つの傷があるとか? だとしたら是非見たい。いかんいかん、目がエロキモいな。略してエモい。いやそれ意味違っちゃってるから。
エプロン姿の川崎は顔を露店のりんご飴のように赤くして、お約束の新妻文句なのか悪党を屠る正義の奇声か判別のつかないお出迎えの言葉を呟く。もしこれが完成系なら、お風呂か、ご飯、もしくは秘孔、ということになる。仕事から帰ってきて33%の確率でひでぶするとか世紀末過ぎて離婚待ったなし。
でも離婚できない理由がある訳で、その元凶が俺の足元にトテトテと近づく。
「パパとママ、お帰りのちゅーがまだだよ」
とびっきりの笑顔で爆弾を投下してきた川崎家の
「け、けけ、けーちゃん! い、いい加減にしないと……」
さすがに度が過ぎたのか川崎が叱りつけようとしたが、その瞳が潤み出すと態度が180度変わった。
「さ、さぁ、おかえりの、ち、ちゅーね!」
おい、待て川崎、それはまずぃ……って何この手は? 俺の頬を両の手で押さえて顔を寄せてくるが、右手の親指だけやけに唇に近くね? 秘孔突かれちゃうの? ならせめて有情拳にしてほしい。トキのような慈悲深さで頼む。
「んむっ⁉」
「……ん……ふぅ……んちゅ………………っはぁ」
……お分かり頂けただろうか。
川崎は右手の親指を俺の唇に当て、その上から自分の唇を押し付ける。
つまり?
偽装ちゅーである。
…………
…………
いや、アウトだろ。これって俺が川崎の指舐めしてるってことだからな?
なんでこれをセーフだと思ったのか。ある意味、有情拳チックだったのは賞賛したい。気持ち良……いや、キモイわ、俺の存在が。
「じ、じゃあご飯にしよっか!」
俺に決定権ねえじゃねえか。あ、いつものことでしたね。
そして流れに身を任せていると川崎が台所へと移動し本当に料理を始めてしまう。あれ、これママゴトじゃなかったの?
「けーちゃん、美味しい? ほら野菜も食べなきゃ」
「ひきっ、ぱ、パパもトマトよけない、けーちゃんに示しがつかないでしょ」
遠くを見ながらおかずを口に運ぶが緊張で味がしない。
どうしてこうなった?
………………
…………
……
数時間前・放課後
「……ねぇ」
「あん?」
予備校のない日なのに話しかけてくる青みがかった黒髪の少女。川……なんとか沙希さん、略して川崎。同じクラスだが、話すのはこの前、保育園で偶然出会った時以来だった。
「なんか用か?」
「……あ、あの、保育園で会ったあたしの妹のこと覚えてる?」
「ん、そりゃな。そこまで記憶力悪くねえし」
小さい頃の小町を彷彿とさせ、素直でお淑やかな子に育ってほしいと願ったものだ。お姉ちゃんが怖いから。
「そのけー、……京華なんだけど、またあんたに会いたいってダダ捏ねちゃって」
「へ、なんで?」
「し、知らないよ、この前、あんたに何かされて気になっちゃったんじゃないの」
人聞きの悪いことを言う。俺がなにをしたというんだ。ただ右と左を教えただけだぞ。
「そ、それで、今日暇があるなら一緒に迎えに行ってあげて欲しいんだけど」
「暇……暇かぁ……んー」
普段なら暇なのにアレがアレでと面倒がって断るのだが、今は本当に忙しい。一色のサポートでクリスマス合同イベントの会議に出席しているのだが、相手校の生徒会が特殊過ぎて何も決まってないせいだ。
「……無理なの?」
とはいえ、体育祭の衣装係や生徒会選挙の相談に乗ってもらったりと世話になってるので無碍にはしたくない。こいつも一人で何でもこなすタイプなので、こうして頼み事をされるのは稀だ。むしろ、お礼代わりに率先して引き受けたい気持ちもある。
(まあ、会議もないし今日くらい、いいか)
「分かった。んじゃ、行くか」
「ほ、ホント⁉ た、助かるよ!」
保育園に着くと、けーちゃんは嬉しそうに抱き付いてきた。
「わーい、はーちゃんパパだ」
「おう、はーちゃんだぞ」
『パパ』という言葉に疑問を感じるも幼女の言うことだから。そう結論付けて聞き流す。しかし、このとき追及すべきだったと後悔することになる。
川崎家に到着し、俺が帰ろうとするとそれは起こった。
「夫婦だったら、お帰りなさいのちゅーするんだよ!」
「は?」
「け、けーちゃん!」
川崎によると、こうなる兆候はあったらしい。
保育園で初めて会って
川崎は必死で説得したが聞き入れてもらえず、ついには『は、はーちゃんはもう結婚してるから恋人にはなれないの!』という嘘でやり過ごす愚策に出たらしい。
え、それダメなやつじゃん、って聞いた瞬間思ったわ。だって、そうなれば次にくるのは『お嫁さんはだーれ?』だからな。子供お得意の『なんでなんでループ』の始まりだ。疑問が湧いたらすぐ次の質問、また次の質問と永続的に繰り返される尋問劇。
けーちゃんを諦めさせる為の偽装結婚話だったが、その相手が誰かと問われ川崎は大層困ったそうだ。最初はけーちゃんが知らない人間、たとえば俺の交友関係から雪ノ下や由比ヶ浜が相手と言おうと考えたらしいが、迷惑になるかもと止めたようだ。
確かに本人のうかがい知れぬところで勝手に婚姻関係結ばれてたらたまらんわな。特に俺とだし。まあ、子供に言う嘘だけど。それでも真面目な川崎は気にしたらしく、俺の嘘嫁は誰にも迷惑のかからない自分を使うことにした。
つまりけーちゃんの中では俺と川崎は夫婦らしい。
「…………なにしてくれてんだよ……」
「…………ごめん……」
事情を聞いた俺達は、また玄関から入り直し『ただいま』『お帰り』の茶番劇を始めたというわけ。
今現在、俺達は三人で
いや、待て、待ってくれ。事情があるんだ、聞いてくれ。
『夫婦は一緒にお風呂はいるんだよ』
この
……うん、スレスレだな。正直審判の匙加減でどうとでもなってしまう際どさ。
ジャッジ三銃士の判定をどうぞ!
ジャッジ・一色いろは
「年下好きとは思ってましたがそこまでいくとロリコンですね、ごめんなさい」
ジャッジ・由比ヶ浜
「ヒッキー、キモい!」
ジャッジ・雪ノ下
「通報ね、面会には足を運んであげるから感謝なさい」
もちろん! 『
待て、違うんだ、これはけーちゃんと川崎から
会議で玉縄に提言し、保育園と小学校を巻き込んでけーちゃんと出会う切っ掛けを作ったビジネス用語がここに来て漏れ出てしまった。って使い方が微妙に間違ってるのは動揺してる証なわけで。
だってしょうがないんだって。けーちゃんが裸なのは許容できるとして、むしろそこに異を唱える方が見方によっては事案成立だし、俺は学校の帰りに寄ったから水着なんて持ってない。つまり、不可抗力なんだ。信じてくれ。それでも俺はやってない。
俺はロリコンじゃないし川崎のこともあって、不自然なほどにそっぽを向いて身体を洗っていたのだが、やけに視線が絡みつくのを感じた。
え、見えてないよね?
風呂から上がると、けーちゃんもお眠の時間で川崎に絵本を読み聞かせを強請っていた。長い時間一緒にいたせいか川崎も俺に対する警戒心がかなり緩んでいて、こうしたプライベートな姿を見せることに抵抗を示さなくなりつつある。現にいま布団でけーちゃんを寝かせつつ、俺と川崎が添い寝して挟んでる状態だからだ。
「……はーちゃん、さーちゃん、一緒に……寝よう……」
「け、けーちゃっ⁉」
うとうとと船を漕ぎながら必死に俺達の服を掴むけーちゃんにお兄ちゃん属性を刺激され頭を撫でる。おい、川崎、顔赤くして照れんなよ、可愛いから。
けーちゃんの提案はまたも俺達を困らせる。明日も学校があるしさすがにな。川崎も同様なのか困り顔で俺とけーちゃんを交互に見る。
「けーちゃん、ひきg……はーちゃんは明日も学校があるからおうちに帰らなきゃいけないの」
「……なんでぇ……はーちゃんはパパなんだから一緒に寝るんだよぉ……」
けーちゃんにパパとか言われると物凄くいけない気分になるな……おっとそんな場合じゃねえか。
「……けーちゃん、今日はずっとどうしたの。いつもはもっと聞き分けがいいのに……」
「…………な……から……」
聞き取れないほど弱々しい囁きに俺達は耳を欹てた。
「……ぅ……パパもママも……いつも、いない、からぁ……パパもママもけーかのこと、嫌い……だか、らぁ……」
嗚咽交じりで絞り出したその声と憂いを帯びた顔が心に刺さる。
「け、けーちゃん、そんなことないから! パパもママもけーちゃんのこと、大好き、だよ……」
川崎は懸命にけーちゃんを抱き締めて言い聞かせる。
そうか。これはけーちゃんの代償行動の一種だったのだ。
川崎家の状況は俺にも多少の推察ができる。もともと両親が共働きで家事は川崎が行ってるような状態だ。家には普段、父親はおろか母親すら居ないのだろう。実際、けーちゃんを寝かし付ける時間だというのに未だ両親は帰って来ていない。受験生の大志はなかなか妹を構ってやれないし、なんなら川崎から勉強の邪魔にならないよう気を回されてる可能性もある。
川崎も頑張っているとは思うが家事全般に予備校通いとスカラシップの維持。少ないが今もバイトをしてるらしいし、どうしても妹に目が届かないことはあるだろう。
こうして寂しさを募らせたけーちゃんが高い代償価を必要とした結果、俺達に疑似父母であることを求めるに至った。
涙をこぼして訴えるけーちゃんを申し訳なさ気に抱き締める歳の離れた姉。彼女は妹のために出来ることをしてきたし、いまも尽くしている。
うちも両親が共働きで俺が小町の面倒を見てきたが、寂しさで家出させてしまった過去がある。その時と同じような遣る瀬無さを今の川崎も感じていることだろう。それを取り除いてやりたいと願った俺の口は自然に動いていた。
「大丈夫だぞぉけーちゃん、はーちゃんパパはこのまま一緒に寝るからけーちゃんも安心して寝るといい」
けーちゃんの向こう側にあった姉の顔に驚きの色が浮かぶ。
同級生の女子宅で一夜を明かすことに抵抗を感じないわけではないが、それが瑣事であることは今の二人を見れば明らかだ。風呂も入れてもらったし自転車もある。教科書は家で勉強する時だけ持って帰ってるので基本机に入れっぱなし。今夜、寝る場所が違う、ただそれだけのこと。
俺の一言に安心したのか川崎が頭を撫でた賜物か、けーちゃんは規則正しい寝息を立てていた。
パパ、なんぞ恥ずかしい言葉を漏らしてまともに顔も見れずにいたが、彼女の方からぽしょりぽしょりと呟き始める。
「……今日は……ありがと。京華が寂しい思いしてるのに気付いてあげられなくて、恥ずかしいとこ見せちゃったね」
個人的には
「けーちゃんは今日みたいなことを両親としたいんだろうな。忙しいのは分かるが今度、親に頼んでみたらどうだ?」
「ん……ありがと。でも、しばらくは平気だと思う」
「なんでだよ」
「今日、あんたがしてくれたんじゃん。今だってこうして添い寝してくれてるし、京華も満足したんじゃないかってね」
そう言ってふっと微笑む川崎の顔がなんだか眩しくて目を逸らしてしまう。
だが、あれだけでけーちゃんが満足したとも思えんし、こういったことは継続性が大切なのだ。小町の時も家出以降ずっと俺が早く帰っていたから二度と起こらなかった。……と、思いたい。
しかし、今日みたいなことを今後続けるのは現実的でないし別の提案をする。
「……クリスマス」
「え」
「今度のクリスマスで海浜と合同イベントやるんだが、けーちゃんの保育園にも参加要請してるんだわ」
「ああ、京華と初めて会ったときにあんなとこ来てたのは、そゆこと」
「まだ詳細は決まってないが皆で劇をやったりする予定なんだよ。だから、忙しいとは思うが、その……お前にも、衣装とかの裏方で参加してもらえないかなって……」
ほんの少し間を置いて、その言葉が欲しかったと言わんばかりの答えが返ってくる。
「‼ ……うん! 当たり前じゃない、きっと京華も喜ぶと思うし」
どうしたって普段から両親が一緒にいてあげることは出来ないんだし、ああいう日常にないイベントで満足度を高めれば今日みたいな我が儘は減るだろう。
この様子だとけーちゃんより川崎のが喜んでると言えなくもないけどな。
「本当に、今日はどうもありがとう……」
学校にいる時には想像もつかないような柔らかい表情と丁寧な謝辞。ここが彼女の家でありテリトリーだからなのか、本来の川崎沙希を見せられている気がした。そして俺はその姿にどきりとする。
なんだかそれが悔しくて、ダメだと分かっていてもいつものような憎まれ口を添えてしまう。
「こちらこそありがとうだわ。水着とはいえ混浴なんて初体験だったからな」
空間に亀裂が入ったんじゃなかろうか、そう錯覚するほど空気がピリついた。
「ばっ‼」
叫ぶ直前、けーちゃんのことを思い出し自分で口をふさいだ。怒鳴れない代わりにさぞ俺を睨み付けているだろう。怖いので天井を向いたまま視線は合わせない。
しばらくして冷静になった川崎がひそひそと話しかけてきた。
「……それじゃ、おやすみ……明日も
「⁉」
川崎の方を振り向くと、既に寝息を立てていた。いや絶対寝た振りだろ、バレバレだぞ。
さっきの軽口で得た
……なんて、明日の会議に向けて一人頭の中で準備運動するのだった。
了?