キャスターが最強のSHINOBIを召喚したそうです   作:ざるそば@きよし

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マダラは(結果的に)この世界の救世主になるようです③

 

 アーチャーとの戦闘によって跡形も無く破壊され、瓦礫と化した学園の惨状に付近の住民たちがようやく気付き始めた頃、乱立する木々の梢を忍らしく飛び移りながら、マダラは夜の冬木を駆け進んでいた。

 欲を言えばもう少し勝利の余韻に浸りつつ傷の回復や魔力の補充に専念したい所だったが、放置してきた柳洞寺の様子がどうにもきな臭い。完成まであと一歩の気配を見せていた聖杯が大きく質を落とした上、何か得体の知れない気配にいきなり化けたのだ。

 まるで中身を詰めていた器が、丸ごと全て入れ替わってしまったかのように。

 

「小童どももそれなりの意地を見せている、と言った所か」

 

 魔力の気配から察するに、どうやら聖杯の器にされた間桐桜を助ける事ができたらしい。

 不死身のイリヤスフィールを置いてきたとは言え、逆撃に遭ってあっさり全滅してもおかしくないと思っていたばかりに、この結果はマダラにとっても少々意外だった。

 

 しかしだとすると一つ疑問が残る。それは今もなお聖杯が放っている奇妙な魔力の正体だ。

 

 サーヴァントを除けば、残っている敵は未だ面識のないマスターだけの筈。とすれば消滅する聖杯惜しさに敵マスターが残ったイリヤスフィールの心臓を、丸ごとその身に取り込んだという事だろうか?

 もしそうだとするならば、まだ聖杯が完全に死にきっていないのにも頷ける。抜き取った間桐臓硯の知識によれば、優れた魔術師を核としなければ聖杯は真の完成には至らない。敵マスターの資質がどれほどの物かは定かでないが、極度に低下した聖杯の質を考えれば器としての適性はさほど高くなさそうだ。

 いっそ契約を通じてイリヤスフィールと五感を共有し、その目を通して実物を見た方が早いかとも考えたが、今さら足を止めてどうこうするよりも、さっさと現地に辿り着いて自分の目で確かめた方が、手間が省けて話も早い。

 頭の中でそう結論付けたマダラは更に進むスピードを早めると、柳洞寺を目指して円蔵山の木々を一直線に飛び移って行った。

 

 

 ◇

 

 

 一番近い言葉を当て嵌めるとするならば、ソレは『肉塊』だった。

 それも漠然とした肉の塊では無く、湧き上がる魔力を糧に増殖と死滅を繰り返し、大地を己で埋め尽くさんと蠢き続ける汚肉の集合体だ。

 臓物めいたグロテスクな質感と壊死した細胞特有の腐敗臭とが混ざり合い、見ているだけで気分が悪くなる。そこら中にヘドロをまき散らす聖杯女も大概だったが、これは正真正銘の化け物に違いない。

 

「最後の最後にとんでもないのが出てきたわね」

 

 器に適合していた桜だったからこそ、辛うじてまともな形や機能を保っていたのだと、凜は改めて思い知った。今の聖杯は明らかに制御を失い、無秩序に暴走している。

 このままコレを野放しにすれば、増大した呪肉は泥と同じように冬木の街全体へと拡散していき、やがて人々を巻き込んで終わりの無い厄災をもたらすだろう。

 神秘の秘匿やら魔術師としての鉄則やらを抜きにしても、何としてもここで滅ぼさなければならない存在だった。

 

「やるわよリン。まだいける?」

 

 隣で同じく様子を窺っていたイリヤスフィールが鋭く言った。既に切り分けられた銀髪からは鳥型の使い魔が幾つも生み出されては宙を羽ばたいており、完全な戦闘体勢に入っている。

 死なない身体と潤沢な魔力を武器に、最後まで戦い抜くつもりのようだ。

 

「当然……と言いたい所だけど、正直キツいってのがこっちの本音よ」

 

 一方、続きに続いた戦闘の影響で、凛は完全にガス欠に陥っていた。

 事前に持ち込んだ宝石は士郎の援護を最後に全て使い果たしていて既に無く、身体に残った魔力も小規模の魔術をどうにか一回使えるかどうかという有様だ。

 唯一残っているのは、セイバーと再契約した際に復活した三画の令呪だが、これは本当に最後の手段だ。一番の難敵である黄金のアーチャーと戦う可能性がまだ完全には消えていない以上、そう易々とは使えない。

 仮に失ったセイバーの力を令呪で回復させ、宝具を叩き込めば即解決というのなら話は早いが、問題はそれらを使った上でなお、敵を討ち損じてしまった場合だ。

 ここでもしセイバーを失うような事になれば、魂の回収機能によって聖杯は更に“完成”へと近づいてしまう。

 今でさえ手の付けようがない化け物に更なる力が加わればどうなってしまうのか、考えるまでも無い。

 一か八かの可能性に賭けるか、あるいは別の方法を急いで模索するかべきなのか、際どい二択だった。

 

「――リン! 迷っている暇はありません! 一刻も早く、その令呪を使ってください!!」

 

 と、遅れて合流してきたセイバーが急かすように叫んだ。地面に横たわる桜と凛を庇うように前に出ると、眼前の怪異に向けて毅然と聖剣の狙いを定める。

 令呪の発動を合図に、すぐにでも宝具を撃ち込む腹づもりのようだ。

 

「セイバー……」

 

 決死の覚悟を見せられた恰好だったが、未だに凛は判断を決めかねていた。

 確かに隕石すら撃墜した聖剣(エクスカリバー)の威力ならば、なるほど目の前の怪異を仕留めるには申し分ない。

 だが忘れてはならないのが、落下してきた隕石は“二つ”あったという点だ。

 セイバーが破壊した隕石は後詰めとして降ってきた二つ目の隕石であり、初撃を仕留めたのはアーチャーが放ったであろう謎の宝具だ。

 遠目だったので詳細は分からないが、敵の宝具は少なくともエクスカリバーと同等か、あるいはそれ以上の威力を有している。

 そんな強敵を連続で相手取るかもしれない以上、最終手段としての令呪は一つとして欠かせない。

 だがいつまでもここでモタついていては、次を戦うどころの話では無くなる。

 

「…………」

 

 凛は後ろで眠ったままの桜に目をやった。複雑な事情と幾つもの偶然の積み重ねがあったとは言え、せっかく間桐や聖杯のしがらみから解放された妹を、こんな所でむざむざ死なせる訳にはいかない。

 

 ――ここはリスクを負ってでも賭けに出る!!

 

 覚悟を決めた凛が右手に宿った刻印に意識を向けたまさにその時、分裂を続けていた聖杯が不気味な呻き声を上げたかと思うと、その巨体を著しく蠢かせ始めた。

 ゴム風船のように膨れ上がった腐肉の中から瘤に似た突起が凄まじい勢いで盛り上がると、それはやがて一つの形状へと変化を見せる。

 

 ――ぼごり。

 

 吐き出すように汚肉の中から現れ出たのは、果たして一本の巨大な腕だった。おぞましい血色の悪さとは裏腹に、筋くれ立った野太い右腕は直径二メートルを超えており、単純なサイズ比だけを言うならアサシンの操る巨人の宝具にも負けていない。

 質量任せの攻撃でも、かなりの威力があるのは明らかだった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

 呻きとも叫びとも知れない咆哮を震わせながら、聖杯の腕が凛の方へと向かって伸びる。が、敵の狙いは凛ではなく、その後ろに横たわっている桜だろう。

 己に適合する器を再び取り込み、失われた機能をもう一度取り戻す腹づもりなのだ。

 

「ここは私が食い止めます!! リンはサクラを連れて逃げて下さい!!」

 

 強い口調で言い放った後、襲いかかる巨腕を迎え撃つべくセイバーが果敢に飛び出した。

 今ある魔力のありったけを右手の聖剣に注ぎ込みながら、怪異に向かって一直線に疾走する。

 剣士の動きに呼応するように凛も右手の令呪を起動させると、張り上げる様な声で叫んだ。

 

「令呪をもって命ずるッ!! セイバーよ!今すぐ魔力と体力を回復させなさいッ!!」

 

 瞬間、凛の右手に刻まれた三画の令呪のうち、二つが赤い閃光となって宙を走ると、前方を走るセイバーの肉体を凄まじい魔力の渦が包み込んだ。

 

 

 ◇

 

 

「――来たっ!!」

 

 契約を通じて膨大な魔力を感じ取ったセイバーは、その力強さに望外の声を上げた。

 令呪とは本来、マスターがサーヴァントの意思を介すること無く命令を実行させる為の術式だが、呪印に込められた魔力を直接リソースとして開放する事により、一時的にサーヴァントの能力を強化したり肉体を修復させると言った使い方も出来る。

 凜の命令によって活力に変換された二画の令呪は、戦闘によって蓄積していたセイバーの疲労と負傷を即座に癒し、失っていた魔力を補給した。完全に息を吹き返した今のセイバーはいまや、この戦いが始まった時以上のパワーを有していた。

 

約束された(エクス)――」

 

 補充されたばかりの魔力が聖剣内部に充填され、刀身に再び黄金の輝きが点火する。

 いかに無尽蔵に再生する聖杯が相手とて、巨大隕石すら撃墜した聖剣の前では悉く灰燼に帰するに違いない。

 ――だが、現実はセイバーが考えるほどそう甘くはいかなかった。

 

(くッ……やはりこちらが遅れるか……ッ!!)

 

 先に動かれた者の宿命か、魔力が聖剣に満ちるよりも早く、聖杯の巨腕が既にセイバーの目前にまで迫って来ていた。

 ここで迎撃を諦めて回避に移り、距離を離せば魔力の充填は完了するが、そうなれば身を守る術を持たない後ろの凛と桜の犠牲は免れない。

 かと言って下手に防御に回れば、身体を構成している魔力を呪いに浸食され、魂ごと取り込まれてしまう可能性もある。

 

 ――やむを得ない。

 

 緊急の妥協策としてセイバーは後ろの少女たちと己を守るべく、不完全ながらも聖剣を振るう決断を下した。

 

勝利の剣(カリバー)!!!」

 

 裂帛の声と共に放たれる、眩い黄金の一撃。

 剣先から放射された魔力の光波は速やかに破壊をもたらす極光へと変わり、眼前に迫っていた腕を瞬く間に焼尽させた。充填された魔力は全力のそれと比べれば五割にも満たない量とは言え、最高格の聖剣として名高いエクスカリバーの威力は計り知れない。

 かくして聖剣より放射された光波は襲いかかった腐腕を刹那のうちに蒸発させると、その肉片を痕跡すら残さず光の向こうに消し去ったのだった。

 

 

 ◇

 

 

「セイバー……やったの!?」

 

 太陽と見紛うほどの閃光がようやく収まり、両目を覆っていた腕を恐る恐る解きながら凜が尋ねた。

 上空に放った一発目とは違い、地上に向けて放射されたエクスカリバーの光熱は、ともすれば後ろに立っていた凛たちの身体をも焼き焦がしかねないものだった。現に光が通過した庭園の土は熱によって表面が溶解し、いまも濛々と熱い土煙を漂わせている。

 これほど高威力の宝具が直撃したのなら、いかに聖杯とて無事では済まない筈だ。

 あるいはそうである事を期待しての問いかけだったが、残念ながら答えたセイバーの表情は苦いままだった。

 

「……いいえ。残念ですが、あの威力では攻撃を防ぎつつ損傷を与えるのが精一杯でした。聖杯はまだ生きてます」

 

 女剣士の言葉を証明するかのように、熱煙の向こう側に居た怪魔が再び雄叫びを上げる。

 宝具を食らった聖杯の肉体――果たして身体と呼んで良いのかは定かでは無いが――はセイバーの宝具によってその大半を抉り取られ、辛うじて残された部分のほとんども聖剣がもたらした光熱によって無惨にも焼け爛れていた。 

 普通に考えれば致命傷以外の何物でも無い筈だが、元より超常の存在である聖杯がこの程度で死ぬ筈が無い。

 予想通り、無限に湧き出る活力によって聖杯は削り取られた己の肉体をいとも簡単に増殖・修復させると、あっという間に元の大きさへと戻ってしまった。

 

「うそ……」

 

 絶望的な光景に唖然の声を上げる凛。

 決してフルパワーで無かったとは言え、エクスカリバーの持つ破壊力は数ある宝具の中でも間違いなく一級品だ。その直撃を受けてなお一時的な損傷しか与えられないとなると、やはり別の戦い方を探さざるを得ない。

 諦めの心が次第に大きくなっていくのを必死に振り払いながらも、凛はどうにか言葉を絞り出した。

 

「まずったわね……このまま戦うにしても、とりあえず桜だけはどうにかして逃がさないと……」

 

 敵の目的が桜である以上、ここに放置すれば狙われ続ける事は間違いない。

 ならばいっそ、もう戦う力の残ってない人間に彼女を任せ、速やかにこの場を離脱させた方が良い。

 そして現状もっともその役目に適任なのは、言うまでもなく衛宮士郎だ。

 

「士郎! アンタは今のうちに桜と一緒に――」

 

 そう思って声を上げかけた所で、凛はようやく思い出した。

 綺礼が聖杯を取り込む直前、士郎は神父の放った体当たりをもろに受け、庭のどこかに弾き飛ばされていた事を。

 つい数分前の出来事であるにも関わらず、聖杯の変異やらセイバーの宝具やらに気を取られ、すっかり記憶から抜け落ちていた。

 

 慌てて周囲を見渡すと、十メートルほど離れた場所でうつ伏せに横たわったまま動かない少年の姿を見つけた。

 恐らく死んではいないだろうが、先の戦闘で負った怪我や疲労の具合からして、気絶したまま未だに目を覚ましていないのだろう。

 そんな状態で意識を失った桜を担いで離脱させるなど、夢のまた夢の話だ。

 

「~~~ッ!! ああもう!こんな時に!」

 

 思わず大声で叫んだものの、喚いた所でどうにもならない。

 どうする――ひとまず狙われてる桜だけでもどうにか山門の下まで逃がし、その後に士郎を回収するべきだろうか?

 だが自分が戻って来るまで聖杯が士郎を襲わないと言う保証はどこにもない。

 ならばいっそ、彼はもう助からないものとしてこの場で捨て置くべきか?

 いやそれは絶対にダメだ――仮にそれが魔術師として合理的な判断だったとしても、自分(遠坂凜)の人間としてのプライドが、そんな真似を許さない。

 

 感情と理性、危機感と観察眼――頭の中でそれぞれが違う意見を主張する中、それらをどうにか必死にまとめ上げ、全ての意見を妥協させた結果、凛は今の自分に出来る最もマシな選択肢を取る事にした。

 

「イリヤ! セイバーと一緒にどうにかそいつを足止めしといて! その間に桜と士郎を何とか避難させるから!!」

 

 半ばやけくそ気味に言い放つと、凜は未だ眠り続ける桜の身体を抱えて肩に担いだ。自分よりもいくらか女性的な特徴に富んだ妹の体は、疲労困憊の身にはずしりと響く重さだったが、この際、背に腹は変えられない。

 両手で妹の身体をしっかり身体を支え、残った最後の魔力で己の筋力をありったけ強化させると、凛は未だ動く気配のない相棒目指して出来る限りの速度で走り出した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

 獲物が離れる気配を察知したのか、そうはさせまいと聖杯が再生させたばかりの巨大な腕を押し伸ばす。

 見えないまま攻撃される恐怖に凛の背中が一瞬震えたが、あえて振り返りはしなかった。桜を担いだ今の状態では無理に振り返るのは時間のロスでしかなく、何より横から割り込んだであろうセイバーとイリヤスフィールが、攻撃を阻止してくれているのが音と気配で分かったからだ。

 

「リン! どうか二人をお願いします!!」

 

 聞こえてきたセイバーの声に速度を上げて応じると、凛は未だ地面に寝転がっている相棒の元にどうにか無事にたどり着く事が出来た。

 うつ伏せのまま動かない少年を足で仰向けに回転させると、呼吸によって胸が上下しているのが見て取れる。

 やはり死んではいないようだ。

 

「こンのバカ士郎! とっとと起きなさい!!」

 

 足下に転がる少年の身体を、凛は痛みを与えない程度に蹴り上げた。生憎と腕は桜を担いで塞がっているので、この際わがままは言わせない。

 

「うぅっ……とお、さか……?」

 

 声と蹴りとでようやく目が覚めたのか、横一文字に閉じていた士郎の瞼が徐々に開いていく。

 そこへ更に畳み掛けるように叫んだ。

 

「逃げるわよ!いいからさっさと立ちなさい!」

 

 一瞬、何を言っているのか分からないという顔を士郎は浮かべたが、すぐに状況を思い出したようで、弾かれたようにその場から飛び起きた。

 

「そうだ、聖杯!! あとイリヤの心臓は!?」

 

 見失っていた状況を少しでも把握しようと、士郎が必死になって周囲を見渡す。

 そしてすぐに凄まじい悪臭をばら撒く肉塊を発見した。

 

「な、なんだよあれ……」

 

 現実の物とも知れぬ怪物を前に士郎の声が戦慄で震える。

 何も分からないままアレを目にすれば、驚愕するのも無理はない。

 この聖杯戦争を通じて互いに英霊やら魔物やら様々なモノを見てきたものの、アレはそういう類の一線を遙かに超えた特大級の呪物だ。自分たちのような一介の魔術師風情がどうこうできる相手では無い。

 だが今は、それをいちいち説明している時間すらも惜しい。

 肩に担いだ桜の位置を微調整すると、凛は言いながら再び走り出した。

 

「いいから走って! 説明はその後でするから!」

 

 とにかく今は聖杯から少しでも離れる事が重要だった。でなければ、後ろで時間を稼いでくれている二人の努力が無駄になる。

 凛の勢いと必死さに気押されたのか、やや釈然としない顔の士郎だったが、危険な状況そのものは理解してくれたようで、何も言わずにすぐさま後について来た。

 

 少々手こずったが、士郎の復帰と言う問題はひとまずクリアした――後はこのまま山門の下まで桜を運び、そこからは士郎に任せてどこか安全な場所まで避難させればいい。

 そう考えていた矢先、絶対に獲物を逃がすまいとする聖杯の絶叫が、再び寺院の庭に木霊した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

 状況を確認すべく振り返ると、肉塊の側面から振り回していた腕とは別にもう一本、新たな巨腕がおぞましい音を立てながら姿を現していた。

 

「はぁ!? もう何でもアリかっての……!!」

 

 呆れ混じりに吐き捨てたが、元より超常の存在たる聖杯に向かって質量保存やらエネルギー問題と言った常識的な要素に疑いを持つのは不毛な事だろう。

 二本の腕を振り回して暴れる今の聖杯は、さながら上半身だけが地面から生えた死の巨人だ。目も鼻も耳も無く、察知した気配に向かってひたすら攻撃を繰り返すだけの化け物だが、それ故にどこを狙っても効果が薄く、怯む様子も全くない。

 現に今もセイバーとイリヤスフィールが押し止めてくれてはいるが、腕を切り刻ざもうが魔術で吹き飛ばそうが無限に増殖し、再生し続けるとあってはどうにも分が悪く、徐々に押され気味となっている。

 もう一度宝具を使って畳み掛けようにも、セイバーが少しでも魔力を溜める素振りを見せるや否や、その隙を見計らった聖杯が桜と凛に向かってすぐさま追撃の腕を伸ばそうとしてくるのである。

 それをイリヤスフィールが身体を張って食い止めると、今度は援護を失ったセイバーに向かって二本目の腕が襲いかかる。

 さしもの騎士王も、取り込まれれば即死となる攻撃の前には回避と防御に専念せざるを得ず、戦況はかなり手詰まりの様相を呈していた。

 

「やっぱり向こうも手こずってるわね……」

 

 不死身のイリヤスフィールが援護に回っているとは言え、聖杯の出力は少女のそれを一回りも二回りも上回っている。

 今はまだ持ちこたえているが、それもいつまで続くか分からない。

 やはりすぐにでもここを離れた方がよさそうだ。

 改めて士郎に離脱の意思を伝えようとした凛だったが、それは直前に挟まった少年の言葉によって遮られた。

 

「――遠坂、お前はそのまま桜と一緒に下まで逃げろ」

 

 にわかに言い放ったかと思うと、士郎が身体を反転させて足を止め、右手に見慣れた短刀の片割れを一本だけ投影する。

 少年が何をするつもりなのか、凛には瞬時に理解できた。

 

「ちょ、ちょっと士郎!? アンタまさか―――」

 

 どう贔屓目に見積もっても、士郎の身体はとっくに限界を超えていた。現にさっきまで倒れたまま、自力で意識すら戻せずにいたのだ。

 そんな状態の人間が今さら敵に突っ込んで行った所で、一体何の役に立つだろう。

 むしろ紙一重で凌いでいるセイバーたちの動きを阻害し、余計な混乱を招いてしまうだけではないのか。

 だがそれでも動くのが衛宮士郎だった。他の誰かを助ける為ならば、守ると決めた人間を救う為ならば、自分の命でさえもいとも簡単に死地へと投げ出す。

 それが正義の味方を志した少年の信念だと、凛には分かっていた。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 具体的な作戦や勝算も無いままに、士郎は聖杯という名の怪物に向かってただただ真っ直ぐに吶喊していく。

 思わず足を止め、彼のために少しでも助けになれないかと凛は考えたが、桜を抱え、魔力も無くなった今の自分では、向かった所で足手まといがもう一つ増えるだけだった。

 そうこうしている間にも聖杯は戻ってきた士郎の気配を察知し、まさかとも言える三本目の腕を部分から生やすと、少年に向かって巨大な拳を突き出した。

 大型バスにも匹敵するサイズの巨大な拳が、不気味な風切り音を上げて突っ込んでいく。

 

 ――もうダメだ。助けられない。

 

 せめて最期の瞬間だけは見まいと凛が目を背けようとしたその刹那、突如として士郎と聖杯の合間に分厚い何かが割り込んできかと思うと、彼の目前に迫っていた暴力の全てを、一瞬にしてかき消していた。

 

 

 ◇

 

 

「……え?」

 

 決死の覚悟で突っ込んだ士郎があげたのは、何とも間の抜けた声だった。

 つい数秒前まで少年の命はここで潰える筈だった。目前に迫る巨拳に立ち向い、そこで最期を向かえるのだと、本人すら心の中で半ば確信を抱いていた。

 しかし実際はと言うと、身体を押し潰す筈だった拳は眼前にそびえ立った半透明の分厚い壁に遮られ、ぴたりとその場に制止している。

 より正確には、膨大な魔力で作られた青い鬼神の腕によって。

 

「これは、あの時と同じ……」

 

 思えば前にも似たような事があった。教会の地下でキャスターと戦った際、後の混乱を狙って投げられたアーチャーの短刀を、城壁めいた分厚い魔力の腕が盾となって防いでくれたのだ。

 あれが無ければ今ごろ士郎の身体は真っ二つにされ、無様に朽ち果てていただろう。士郎にとってこの青い鬼神は、まさに命を救う救世主だった。

 

「――その威勢の良さだけは買ってやるが、間抜け過ぎて見ていられんな」

 

 壁の正体は予想通り、山門で別れたアサシンとそれが纏う宝具だった。

 仏頂面のまま前に出たアサシンが身振りをすると、鬼神が連動して腕を稼働させ、押し止めていた聖杯の拳をもう片方の腕で乱暴に掴んだ。

 無論、聖杯も全ての腕を振り回して暴力への抵抗を試みるものの、当の鬼神はまるで意にも介さない。

 重機どころか二階建ての家屋ほどはあろうかという巨大な肉の塊が、剛力によっていとも容易く持ち上げられ、まるで釣られた魚のように逆さまの姿勢で宙に垂れ下がる。

 あまりに規格外めいたアサシンの持つ宝具のパワーに、様子を窺っていた他の面々も思わずぽかんと口を開け、大きく目を剥いた。

 

「……マジ?」

 

 あまりの光景に後ろにいた凛が避難するのも忘れ、呆然とした声で呟く。

 直前まで戦っていた凛やセイバーたちにとって、聖杯とはまさに暴力と死を振り撒く超常の怪異だった。穢れた魔力と無限に再生する肉体を武器に、圧倒的な暴力と呪いを野放図にばら撒き続けるバケモノであり、史上最悪の呪詛装置だ。

 

 だがそれが、この男が来た途端にこの有様。

 

 下手すれば滑稽一歩手前の光景に凛だけでなく、マスターであるイリヤスフィールやセイバーまでもが言葉を失い、その光景をただただ眺めるばかり。

 一方、獲物のように持ち上げられ、宙にぶら下がってた聖杯が反撃のためにアサシンの方へと身体を伸ばすと、自身の呪いを肉体ごとその宝具に絡みつかせた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 腐肉の蔦が根を広げるようにアサシンに向かって伸びたかと思うと、鬼神の腕をのたうちながら這いずった。見れば触れている鬼神の一部が青から徐々に濁った赤へと変色しており、呪いによって宝具が浸食されているのだと分かった。

 

「――っ!!」

 

 異変を素早く察知したアサシンが眉を顰めて小さく身振りをすると、鬼神は掴んでいた聖杯を勢いよく振りかぶり、眼下の大地に向かって思い切りそれを叩き付けた。

 

 どおん、と大きな地響きが鳴り、肉塊が押し潰される生々しい音が辺り一面に響き渡る。その様子はまるで膨らませた水風船を思い切り地面にぶちまけたようであり、衝撃によって破裂した腐肉からは胆汁やら内蔵やら骨の欠片に混じって、呼吸すら躊躇うほど耐えがたい悪臭も広がっていく。

 宝具の後ろに隠れていたこともあり、それらを直接浴びることは無かったものの、あまりにどぎつい臭気に一瞬、士郎は全ての意識を手放しそうになった。

 

「こいつが例の聖杯か」

 

 呪いに触れてしまった鬼神の腕を本体から切り離すと、アサシンは残った魔力で欠損した鬼神の腕を再生させた。続いて敵からの利用を防ぐために落とした腕を魔力の放射で跡形も無く消滅させると、心底嫌そうに目を細め、大地に転がった肉塊に向かって冷たい視線を浴びせた。

 

「醜いな。見れば見るほど汚く醜い。こんなモノに呼び出されたのかと思うと、余計に腹が立ってくるな」

 

 湧き上がる嫌悪感を隠そうともせず、敵に向かって悪罵を吐くアサシン。

 実際、あんなモノに好んで触れたいと思う人間はまず居ないだろう。もしアレを自ら受け入れられる存在が居るとすれば、それこそ感性のいかれた狂人に他ならない、

 そんな風に考えていると、不意に士郎の身体がぐいと持ち上がった。いつの間にか側にまで寄って来てきたセイバーが、士郎の身体を強引に肩に担いだのだ。

 

「うわっ!? な、なんだよセイバー!?」

 

 荷物のように無造作に担がれ、士郎が驚きと抗議の声を挙げたが、セイバーは有無も言わさず後ろにいた凛のところまで走ると、担いだ身体を降ろしながら言った。

 

「リン、シロウとサクラを頼みます」

 

「分かってるわ」

 

 心得たとばかりに首肯する凛に、士郎がもう一度抗議の声を上げた。

 

「ちょっと待てよ! 俺は戦うって言ってるだろ!」

 

 運命のいたずらによって直前の死を免れた士郎だったが、それでも戦う気持ちは少しも衰えてはいなかった。むしろアサシンが合流したことで戦意をより一層昂揚させ、前に出るのだと言わんばかりだった。

 

「はぁ……」

 

 そんな士郎を見た凛はセイバーと目配せを躱すと大きくため息を付き、空いてる方の腕で士郎の頭めがけて思い切り拳を叩き込んだ。

 ごつっと鈍い打撃音が響き、士郎が頭をおさえて呻く。殴りつけた手をぷらぷらさせる仕草からして、凛が手加減なく殴りつけたのは明らかだった。

 

「~~~ッ!? いきなり何すんだよ遠坂!」

 

 両手で頭を抑え、痛みに呻く士郎に対し、凛は鋭い事実を返した。

 

「あのね、魔力も体力もとっくに出涸らしのアンタが、今さらノコノコ出て行った所で足手まといになるだけだって分かんない? あんなの相手に生身で戦えるワケないでしょ。このバカ!!」

 

「なっ!? バカって何だよ! バカって!!」

 

「バカはバカじゃない。それとも何? そんなに無駄死にしたいワケ? 正義の味方ぶって自殺するのは勝手だけど、あとで桜と藤村先生に説明するこっちの身にもなってみなさいよ!!」

 

 家族同然である二人の名前を出された事で、流石の士郎も躊躇の様相を見せる。

 更にそこに付け加える様に、凛は肩に担いでいた桜を士郎へと無理やり押し付けた。

 

「アンタは桜を安全な所まで連れて行って。ここに居たって聖杯に狙われるだけだから」

 

「……遠坂はどうするつもりなんだ?」

 

「私はここに残るわ。イリヤから魔力を分けて貰えば援護くらいは出来るだろうし、万が一に備えてセイバーの令呪も使えるように準備しておかないと」

 

「なら俺も……」

 

「だ・か・ら! アンタまで残ったら誰も桜を逃がせなくなるでしょ! いいかげん理解しないさよ!」

 

 押し込めるような凛の言葉に士郎が口惜しそうな顔で何か言おうとしたが、結局言葉にはしなかった。状況を考えれば彼女の見立ての方が正しく、自分が足手まといである事は分かっているからだ。

 

「くそッ……遠坂もセイバーも、二人とも絶対に生き残れよ!! 勝手に死んだら許さないからな!!」

 

 決して納得したという訳では無かったが、最終的には下がるべきだと判断した士郎が預かった桜の身体を背中に負ぶさると、そのまま出口のある境内の方へと走っていく。

 その背中はもう二度とは振り返る事はなかった。

 

 

 ◇

 

 

「……ごちゃごちゃと喧しい奴らだ」

 

 後方で言い争う少年少女たちにやや呆れながらも、マダラは眼前の聖杯に向かって再び攻撃態勢を取った。

 実のところ、キャスターや臟硯から奪い取った魔術の知識を応用すれば、変貌した今の聖杯でも願望機として稼働させる事は可能だったが、願いを持たないマダラにとってこの聖杯を使う事は汚物の中に埋もれた小銭を取り出す事にも等しく、そんな真似は死んでも御免だった。

 

「目障りだ。大人しく消え失せろ」

 

 纏った須佐之乎に攻撃を命じると、鬼神の掌に巨大な勾玉状の物体が現れた。アーチャーとの戦いでも使用した圧縮魔力の弾丸だ。

 砲弾よろしく狙い定めて射出すると、肉塊がポップコーンの様に破裂した。膿んで変色した血液、半ば壊死した臓器、腐敗臭の漂う肉の欠片が、砲弾を浴びる度に聖杯の中から幾重にも弾け飛び、穢れた庭園の大地を更に呪いの汚泥で塗り潰していく。

 同じ調子で五発、六発と続けざまに魔力弾を食らわせていくが、増殖を繰り返す聖杯は打ち込んだ端から端から凄まじい勢いで再生してしまい、消滅どころか損耗する気配すらまったく見せない。

 八発目を打ち込んだ辺りで、いよいよこれは山もろとも纏めて一気に消し飛ばすべきかと思案していると、後ろの言い合いに混ざっていたセイバーが輪から外れ、こちらの方へと駆け寄って来た。

 

「私も加勢する。協力して奴を片付けよう。アサシン」

 

 共闘での討滅に幾ばくか勝機を見出したのか、聖剣を怪異に突きつけながら闘志を漲らせるセイバー。

 対して勝手に仲間扱いする女騎士の物言いがやや気に入らなかったのか、マダラが仏頂面で文句を吐いた。

 

「俺に命令するな小娘。貴様の力だけではどうにもならんだろうが」

 

 じろりと睨みを利かせつつ、反撃のために伸びてきた聖杯の腕を須佐之乎で軽くいなしては、返しの砲撃で逆に敵の腕部を二の腕から先ごと撃ち落とす。

 続けて衝撃と再生の為に僅かに怯んだ聖杯の隙を突き、セイバーも残った二本の腕のうちの一本を聖剣で鮮やかな手並みで斬り飛ばすが、やはり聖杯が持つ無限の再生力は凄まじく、砲撃で潰れた先の一本と合わせてあっという間に姿を元に戻されてしまう。

 その様はまるで細胞分裂か何かの映像を早回しで見せられてる気分だった。

 

「……醜い上に生き汚いとは。つくづく癪に障る奴だな」

 

 押し寄せる不快さにアサシンが再び顔を歪めた。千日手に嵌まった事よりも、しつこく再生する聖杯のあり方の方がよほど気に食わなかった。

 とは言えここまで攻撃が無意味となると、流石に何か対策を講じなければならないのも事実だ。不死身のイリヤスフィールはともかく、セイバーを始めとした他の連中は戦いが長続きすればするほどそれだけ負傷や死亡する可能性は避けられない。

 別段、連中の命がどうなろうとマダラの知ったことではなかったが、かと言ってこの醜い怪物にわざわざ餌として喰わせてやるような義理も無い。

 加えて戦いが終わった時の後始末やら面倒を考えれば、連中が生き残っている方が何かと都合がいい。

 そういった諸々の状況や損得を考慮した結果、マダラの中ではここはひとまず犠牲を出さずに敵を討滅するのが妥当という考えに落ち着いた。

 

「おいセイバー。お前はあと何回全力で宝具を使える?」

 

 考えを纏めたマダラが出し抜けに尋ねた。己の宝具だけでも敵を消滅させるには十分な火力と自信はあったが、念には念を入れての発言だ。

 投げかけられた問いかけに対し、セイバーが若干の影を落とした。

 

「……悪いが宝具はマスターを守るために一度使ってしまった。全力を出したいのは山々だが、現状では手持ちの魔力が足りない。マスターから残りの魔力を借り受けようにもあの状態では……」

 

「なんだ。結局お前一人ではどうにもならないのか」

 

 若干呆れつつも共闘を申し出たセイバーの事情は理解した。

 宝具級の魔力補充を即座で行うなど常識で考えれば難しい話になるが、幸いにしてここには魔力の供給量と質に関して右に出る者のない存在がいる。

 後方を顎で差しつつマダラが言った。

 

「オレのマスターに奴の魔力を補給させろ。そうすれば宝具だろうがすぐ使えるはずだ」

 

「すまない。今回ばかりは恩に着る。――リン、お願いします!」

 

「もうやってるわよ!」

 

 半ば吠えるように力強く応ずる声が後ろから返ってきた。既にイリヤスフィールと合流し、魔力補給を受けていた遠坂凜の叫びだ。

 受け渡されたばかりの魔力を片っ端からセイバーに送り込み、リレー形式で魔力を補充していく。流石に令呪ほどの速度ではないが、それでも一般的な魔術師のそれと比べれば常識外れの早さだ。

 みるみる回復していく魔力にセイバーが驚いていると、マダラが再び声を掛けた。

 

「宝具が使えるようになったら教えろ。それまでは適当に遊んでおいてやる」

 

 身に宿らせた宝具に攻撃態勢を取らせ、砲撃を仕掛けるべく構えを取る。時間を稼ぐだけならば、今までと同じように弾丸をひたすら打ち込み続ければいいだけだ。

 そう思った刹那、不意に聖杯が今までとは全く違う動きを見せた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 吠え立てた蛮声を合図に肉塊の根元から不気味な脚が四本生えてきたかと思うと、そもまま獣じみた四足歩行で庭園の塀を一気に越え、山のどこかへと消えていく。

 今までとは明らかに違う百八十度違った行動に一瞬、マダラも毒気を抜かれた。

 

「……なんだ? 今さら逃げるつもりか?」

 

 最初は不利を悟っての撤退かとも考えたが、暴走した聖杯にそこまで高度な判断力が備わっているとも思い難い。

 

「となると狙いは間桐桜か」

 

 一度は逃がしてしまった器だが、聖杯がこの状況を逆転するにはどうにかして桜を再び取り込むしか無い。

 足りない頭なりに戦況を分析した故の行動なのだろうが、マダラとてそれをむざむざ見過ごす気は微塵も無い。

 

「後を追う。お前たちも急いでついて来い」

 

 逃亡した聖杯を追走するべくマダラは須佐之乎を一旦解除すると、そのまま庭園の塀を忍者特有の軽い身のこなしで飛び出していった。

 

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