蒼の彼方のフォーリズム EXTRA0   作:蒼崎れい

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Chapter 3

 お盆休みに入り、フライングサーカスの練習は一旦休止。俺も父さんと母さんのおじいちゃんとおばあちゃんの家に顔を出して、ご飯を食べて、お墓参りをして、教会でお祈りをして、そんな感じでお盆の用事はだいたい終わり。あとは宿題をして、夏休みスペシャルのアニメを見ながら満喫……って、去年までならなってたんだろうな。

 自主練……ってほどじゃないけど、飛行規制のされてない浜辺でスッキリするまで飛んでいた。毎日飛んでないと感覚を忘れちゃいそうだし、なんだか落ち着かないんだよな。炎天下ってのもあって、飛んでる時間は30分くらいだけど。

 でも、今日は夜にもちょっとしたイベントがある。

「昌也、行くぞー」

「はーい!」

 財布と、そしてグラシュを突っ込んだかばんを背負って父さんと一緒に家を出た。日は既に沈んでいて、周囲は少ない街灯がうっすらと道路を照らすだけ。正直、やや心もとない。

 でも遠くの方──海岸沿いにある公園からは朱色の明かりと賑やかな祭り囃子(ばやし)が聞こえてくる。

「それにしても昌也、かなり焼けたな」

「毎日フライングサーカスの練習で飛んでるから」

 今までだって日焼けをしていなかったわけではないのだが、今年は間違いなく過去最高に焼けていると思う。日光を遮るもののないフライングサーカスを真夏の仇州でやってればそりゃそうなんだろうけど。

「それに、今年は宿題の心配もしなくて良さそうだしなぁ。父さんも安心だ」

「あぁっ!」

 父さんの何気ない一言で、めちゃくちゃ大事なことを思い出してしまった。

「父さんだよね、フライングサーカスの条件に夏休みの宿題するようにって言ったの!」

「はっはっはー。毎年最後の一週間になって困ってる昌也のために、心を鬼にして各務さんに頼んだんだぞ?」

「っとにもぅ。それがなかったらもっとフライングサーカスの練習ができたのに……」

 なにが『心を鬼にして』だよ、顔がめっちゃにやけてんじゃん。まあ、夏休みの終わり頃まで宿題サボってたのは悪いなぁとは思ってたけどさぁ。でも、今は一秒でも長く飛んでいたいんだから、俺がどれだけもどかしかったことか、父さんに教えてやりたい。具体的には、四〇〇字詰め原稿用紙一枚にびっしり書き込んでも足りないくらい。

「まあ、頼んだのは事実なんだけど。父さんが頼まなくても各務さんはもともと勉強をちゃんとするのを条件にしようとしてたみたいだから、結果は変わらなかったと思うぞ」

「…………マジで?」

「あぁ、大マジだ。だから昌也、各務さんに教えてもらうなら、夏休みが終わっても小学校の勉強を頑張るんだぞ」

 やばいやばい、一瞬目の前が真っ暗になるかと思った。まあ、日は沈んでるから真っ暗なんですけどね、ってそうじゃなくて!

 今はまだ夏休み、午前中は勉強としても午後からは好きなだけ飛べる。けど休みが終わって授業が始まったら、それこそ練習時間が限られてしまう。でも、今から一人で練習したり、葵さん以外の人に教えてもらうなんて考えられない。

 だって俺は他の誰でもない、各務葵その人にフライングサーカスを教えて欲しいのだから。こうなれば、俺も腹をくくろう。

「あぁもう! わかったよ! 葵さんに教えてもらえるなら、何だってやってやらぁ!」

 勉強がなんぼのもんじゃ! テストで百点とって、堂々と葵さんに教えてもらってやる。俺のやけくそ気味の決意を聞いて、父さんは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 友達とよく遊んでいる浜辺の公園も、今日は全く雰囲気が違っていた。中央には大きな(やぐら)が組まれ、その上では太鼓と笛が四拍子の軽快なリズムを奏でている。櫓から四方に伸びたロープには赤提灯が吊るされ、周囲では近所のばあちゃん達が元気そうに踊っていた。

 とはいえ、俺の興味はもちろん地味な盆踊りなんかではなく……、

「父さん、かき氷!」

 みんな大好き、出店の方だ。食べ物、くじ、射的、お面によくわからない光るグッズまで、色々出ている。

「暑いし、買ってくか。昌也、何味にする?」

「ブルーハワイ!」

「よし。すいませーん、ブルーハワイとメロンを1つずつお願いします」

 父さんの注文に店員のお兄さんは景気良さげに応えると、かき氷機でシャカシャカと氷を擦り始める。目の前でどんどんと山になっていくかき氷は、見ているだけでも楽しくなってくる。そして30秒もしないうちに、青と緑のシロップのかかったかき氷が完成した。 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」

 お兄さんからブルーハワイのかき氷を受け取って、さっそく一口パクリ。んん~!! 頭の奥の方でキーンって鋭い痛みが! でも夏の暑さなんてふっとぶくらい冷たくて甘くて美味しい。

「っははは、がっつきすぎだぞ? 昌也」

 と、聞き覚えのある声が、って葵さんじゃん!?

「5日ぶりくらいか。元気にしてたか? 宿題は進んでるか? んん?」

 腰に手を当てて仁王立ちする葵さんは、グラシュと同じ深紅の浴衣を着ていた。黄色いラインで蝶の模様が描かれていて、とても葵さんに似合っていると思う。

 あまりのかっこよさに、思わず見とれてしまった。

「んぐんぐ……。ちゃんとしてるって。じゃないと練習教えてもらえないんだし」

「うむ、それならよろしい」

 葵さんは満足そうに頷くと、姿勢を正して父さんに向き直った。

「ご無沙汰してます、日向さん」

「いえいえ、それはこちらの方です。昌也が大変世話になっているのに、なかなかご挨拶できず申し訳ない」

 家ではあまり見られない、真面目な方の父さんだ。半分くらいお仕事モードが入ってる感じがする。ちなみに半分くらいになってる理由は、手元のかき氷のせいだったりする。

「とんでもないです。とても素直で、教えたことはどんどん覚えていって。楽しくやらせてもらってますよ」

 かき氷を堪能しているふりをしつつ、葵さんの言葉に意識を傾ける。葵さん、俺のことをどう思ってるんだろう、めっちゃ気になる。父さんの前だから多少話を盛ってくれるかもぉ……いや、葵さんに限ってそれはないか。

「でも、各務さんって全国区の選手なんですよね? まさかフライングサーカスまで教わることになるとは思っていなかったもので。あの、練習のお邪魔になったりなんかは……」

「好きでやってることなので、気になさらないでください。私の方も、初心を思い出すいい機会になっています」

「そう言っていただけると、ありがたい限りです」

 えぇっと、これは……褒められたってことでいいのかな? まあ、あの飛翔姫の葵さんに指導してもらってるんだから、伸びないほうがおかしいってもんなんだけどね。

 うん、でもなんか、いざ葵さんから褒められると、なんか照れくさいな。

「これからもご迷惑をおかけすると思いますが、昌也のこと、よろしくお願いします」

「はい、ビシビシ指導させて頂きます。あと、日向さんとの約束の勉強の方も」

 最後になんかよろしくない密約が交わされた気もするけど、聞かなかったことにしておいてあげよう。なんせ、今日の俺は機嫌がいいもんね!

「ねぇ、父さん。葵さんとお店まわってきていい?」

「私は構いませんよ。あ、すいません。宇治金時を1つ」

 どうしたものかと悩んでる父さんに先んじて、葵さんがにっこり笑ってOKを出した。それならばと、

「じゃあ、昌也のこと、お願いします。私はそこのベンチで休んでいますんで」

 葵さんに頭を下げ、休憩所兼喫煙所となっているベンチの方へ。先客らしきお父さん達もいっぱいで座るスペースはなさそうだけど。

「あ、昌也、これお小遣いな」

「ありがと、父さん。じゃあ、行ってくるね!」

 そんなわけで父さんを見送りつつ、俺と葵さんはかき氷を片手に出店巡りを始めた。

 

 

 

 かき氷を食べながら出店を眺めていると、最近よく会う二人の姿をみつけた。

「よう、隼人。そっちも来てたんだな」

「葵こそ。親戚の人達ほったらかして大丈夫なのか?」

 白瀬隼人さん。左手首に水風船をぶら下げながら焼きそばをほおばっていた。その大柄な白瀬さんの背後からは、みなもちゃんの姿がちょっとだけ見えている。恥ずかしがっているのか、目があったとたんに隠れられてしまったけど。

「そっちは今、坊さんか神父のとこに行ってる。さっきやっと開放されたところさ」

「はははは、お疲れ様。まあ、有名税だと思って諦めるんだな」

 葵さんと白瀬さんが世間話をしているみたいだし、こっちはみなもちゃんと……。というわけで、ぐるっと白瀬さんの背後に回り込んで、

「こんばんは、みなもちゃん」

「こ……こんばんは、です。まさやさん」

 まずは挨拶から……と思ったんだけど。や、やばい。いつもとは違う、浴衣姿のみなもちゃんが、ばり可愛い。スカイブルーを基調とし、赤青黄白の水風船があしらわれていて、うん、とても似合っている。

「あ、まさやさんも、かき氷」

「うん、暑かったから」

 わっと、浴衣ばかりに目がいってたけど、みなもちゃんの手にもかき氷がある。イチゴ味の練乳トッピングだ。あぁ、イチゴ味も美味しそうだな。

「あの、ちょっと……食べ、ますか?」

「え? いいの?」

 俺の視線に気付いたのか、ストローをくわえたまま、どうぞ、と容器を差し出してくれるみなもちゃん。ほ、ほんとにもらっちゃって、いいのかな? ちょっと気がひけるけど、せっかくみなもちゃんが勇気を出してくれたんだし、一口だけもらっちゃおうか。定番のイチゴ味もやっぱり食べたいし。

 それじゃあ、と俺がストローを伸ばそうとしたその時、

「悪いね、みなもちゃん。それじゃあ、一口いただいていくよ」

 と、いきなり脇から葵さんがでてきて、みなもちゃんのかき氷をひとすくいしていった。

「ん~、やっぱりかき氷といえばイチゴ味は外せないな」

「ちょ、葵さん!」

「どうしたんだ昌也? あ、私の宇治金時が食べたいのか? しょうがないヤツだなぁ」

「違うって! そうじゃなくって……」

 せっかく恥ずかしがり屋のみなもちゃんが頑張ってくれたのに、と抗議しようとした俺の目の前に、ひょいと抹茶のシロップとあんこが乗ったストローが差し出される。

「ほい、あーん」

 ん? え? これはいったい、どういう状況なんだ……。

 宇治金時のかき氷を一口分のせたストロー、それを葵さんが、俺に?

「もしかして、昌也は抹茶はダメだったか? まぁ、まだ小学生の昌也には早かったかもしれないな。この大人の味は」

「ん、んなことねぇって! あむっ!」

 葵さんの計略に乗せられて、口が勝手に食べてしまっていた。

 って待て待て! これって、葵さんのストローだよな? それじゃあこれは、かかかか……間接なんちゃらってやつになってしまうのでないだろか。

「どうだ? お子様な口の昌也には、やっぱりまだ早かったか?」

「こ、これくらいなんともねぇよ! 抹茶味くらい食べられるっての!」

 正直なところ、頭の中がこんがらがって味なんてわかったものじゃないんだけど。

 こんなんで甘いも苦いもわかるか!

「っとに、葵さんのバカ……」

「ん? なにか言ったか? 昌也」

「何も言ってない。行こ、みなもちゃん」

 空いている方の手で、みなもちゃんの浴衣の袖を引いて歩き出す。

「あっ。う、うん。行ってくるね、お兄ちゃん」

「お、おう。足元に気をつけるんだぞ」

 誰にも聞こえないように葵さんへ文句をぶつけ、俺はそそくさとその場から離れた。今はちょっと、葵さんと顔を合わせたくない。さっきのことを思い出して、無性に恥ずかしくなってしまいそうだから。

「葵、やりすぎ」

「いやぁ、なんか可愛くてつい。な?」

「『な?』じゃねぇよ。まあ、気持ちはわからなくもないが。いたいけな少年の心を弄ぶのも、たいがいにしとけよ」

「わかってるって。次からは気をつけるさ」

 よし、気分を切り替えていこう。せっかくの盆踊りだし、楽しまないと。

 幸い、父さんから軍資金はもらってる。お小遣いも多少はある。さっき勇気を出してくれたみなもちゃんのためにも、楽しんでもらえるよう頑張らないと。俺はそうやって、心の中で固く決意するのであった。




はい、相変わらず全然空を飛んでいません。
しかも盆踊り回はこの1回でまとめようとしたけど、色々書いてたらまとまりきりませんでした。
やりたい出店のイベントとか、基調な空を飛ぶシーンとか書いてたら1万字超えそうだったのでchapter3と4に分けることにしました。
仕事でなかなか時間とモチベが取れませんが、できるだけ早めに次を投稿します……。

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