テーマパークと化した葦名の里をあおいちゃんとひなたちゃんが冒険します。一発ネタ。

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葦名しのびーランド

 山と山に挟まれるように、荒れ果てた寺が建っている。瓦が落ち漆喰がはげ、扉さえない入り口から中の様子がうかがえる。どうやら荒れ寺を通り抜けて奥へ進めるようで、もう一つの出口が開いていた。

 

 そんな荒れ寺の前に一台のマイクロバスが停車する。

 

「着いたー! 長かったねー」

「ほんとにここで合ってるの? 人気が全然ないよ」

 

 開いたバスの出口からぴょんと飛び出し、大きくのびをするのは倉上ひなた。登山が趣味の活発な女の子だ。動くたび短いツインテールが活発に揺れ動く。

 

 ひなたに続いて不安げな顔で降りてきたのは雪村あおい。元はインドア趣味だったがひなたに引っ張られるうちすっかり登山にはまった女子高生だ。

 

 二人とも山登りが好きではあるが、今回の目的は観光。たまには山以外のところに遊びに行こうとひなたが言い出し、今話題のテーマパークに行くことになった。

 

 地元の飯能駅から葦名駅まで電車、駅前からは直通のバスに乗ってここまでやってきた。しかし話題のテーマパークという割に人気が少なく、あおいは不安を隠せない。

 

 一方、ひなたはあっけらかんとしている。

 

「平日だから人少ないんじゃない? あ、ほら見てよ、あそこ」

「どこー?」

 

 何かを見つけたらしいひなたが指をさす。その先には荒れ寺の入り口の上に掲げられた看板があった。

 

『葦名しのびーランド』

 

 看板に墨書されているのは今回訪れたテーマパークの名前だ。荒れ寺の荒れっぷりや静か過ぎる雰囲気も、テーマパークのテーマに沿ったものなのだろう。場所を間違えたわけではないことが分かったあおいは、ひとまずほっと胸をなでおろすのだった。

 

 

 

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 日本の有名な町といえば、東京、京都、函館や福岡など、国の中心地や県庁所在地であることが大半だろう。しかし近年、そういった主要な町を抑えて国内外問わず名を轟かせている自治体がある。

 

 その名は葦名市。ガラパゴス諸島も真っ青な独特の生態系を織りなす動植物や、風光明媚な自然と貴重な歴史遺産の数々。これだけでもリアル人外魔境などと呼ばれ国内ではそこそこ有名だったが、追い打ちをかけたのがある史書の発見だ。

 

 隻狼と題されたその書物には、狼と呼ばれた忍びの物語が細かに記されていた。ただし注目を集めたのは狼の冒険活劇ではなく、狼の時代に使われていた葦名の恐るべき技術だった。不死の力を授ける竜胤、変若水、死なず、忍義手、源の水。親切に注釈されたそれらの技術のうち一つ、また一つと現代の科学で再現、または利用されていくうちに医療分野などが革命的に発展。葦名はオーパーツの原産地として、同時にパラダイムシフトの爆心地として、世界に名を馳せるに至った。

 

 そんな葦名市がつい最近オープンしたのがここ、葦名しのびーランドである。

 

「おじいさん、チケット二枚ください!」

「はいよ」

 

 荒れ寺の中のスタッフにひなたが声をかける。スタッフは仏を彫る手を止め、ひなたから小銭を受け取ると、二つの板のようなものを差し出す。続いて細い芯にフェルトを巻き付けた棒を二本。棒の方は狼の使っていたという楔丸の代わりだろうが、板の方は一見使い方が分からない。

 

「なんですかこれ?」

「チケットの代わりじゃ。これを知らんのなら、葦名の歩き方も知らんのだろう。説明はいるか?」

「お願いします!」

 

 あおいとひなたが声を揃える。二人は話題になってたから来てみただけで、どんなテーマパークかは知らなかった。スタッフの説明に耳を傾ける。

 

 来園者は狼になりきってパークを巡る。パークはいくつものエリアに分かれており、エリアごとに配置されたボスアトラクションをクリアして狼の冒険を追体験していく。クリア必須のボスをすべて倒せば豪華な景品がもらえる、とのこと。

 

「景品って何がもらえるんですか?」

「細雪、葦名の酒、みなもと、のどれかだ。未成年に茶はやれんが」

「細雪!? 超豪華じゃん! あおい、これは絶対クリアしないとね!」

「で、でもボスを倒すって、難しいんじゃないですか?」

 

 超高級ブランド米に釣られてやる気のひなたとは違い、あおいの表情は冴えない。聞くからに強そう、難しそうなボスアトラクションをいくつもクリアするなんてできるだろうか。あいにく、あおいもひなたも体育の成績は並だ。

 

 スタッフはあおいの不安を見透かしたように「フン」と鼻をならす。

 

「そのためにそいつがある。腕に着けてみろ」

「こう、かな。あれ?」

「なんか体が軽くなった?」

 

 受け取った板を腕にくっつけてみると、体が羽のように軽く感じられた。耳も良くなったのか、周囲の人の気配が感じられ、寺を抜けた先に二人いるのが分かる。

 

「忍び篭手じゃ。着けとる間は身体力が上がる。狼のごとくとはいかんが、小猿と同じ程度には動けるようになるじゃろう」

「なるほどー。これで難しいアトラクションも安心。忍び気分で楽しもうってことですね!」

「そういうことじゃ」

 

 あおいの脳裏に京都の映画村がよぎった。あそこだと殿様になりきって時代劇の世界を楽しめるらしい。しのびーランドも同様、忍びの役を演じながらアトラクションを楽しめばいいのだろう。

 

「そこにパークの地図がある。不安ならとっていけ。さて、儂は仏を彫るのに忙しい。後は好きにするんじゃな」

「はい、ありがとうございました!」

「あ、ありがとうございました」

 

 一礼したひなたはガイドマップを手に取り荒れ寺を出ていき、後にあおいも続く。

 

 こうして二人の葦名観光が幕を開けたのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 荒れ寺を抜けた先にあったのはすすきの原っぱだった。遠方に見える日本風のお城や朱塗りの寺社、紅葉で覆われた岩山などが、分けられたエリアなのだろう。広大なパークの眺望にあおいとひなたは息を呑む。

 

 ここが入り口だとすると、原っぱの中央に立つ鎧武者はガイドさんだろうか。同じく考えた二人が近づいていくと、鎧武者がくるりと振り返る。

 

「久しいな、御子よ。叔父上の墓前以来か」

「弦一郎殿……!」

「えっ、誰この人たち!?」

 

 あおいたちの横からおかっぱ頭の少年がぬっと出てくる。かと思うと、鎧武者と話し始めた。

 

 目を白黒させるあおいを置いて、ひなたはガイドマップに目を落とす。

 

「えーっと、鎧のお兄さんは最初のボスアトラクション、葦名弦一郎。主人公のライバルだって。男の子の方は御子くん」

「いきなりボス!?」

「みたいだね。御子くんを連れて葦名から逃げればクリア、パークを制覇した扱いだってさ」

「来てそうそう出ていくの!?」

 

 ともあれ、アトラクションはもう始まったようだ。

 

 あおいは模造刀、楔丸を抜いて自分なりの忍びを演じる。

 

「お、お命頂戴!」

「邪魔立てするか、御子の忍びよ」

「あのー、あおい?」

 

 ガイドマップから顔を上げたひなたが苦笑いで声をかけてくるが、葦名の世界に入り込んだあおいには聞こえない。楔丸を振り上げ猛然と弦一郎に向かっていき、

 

「きゅう……」

「御子はもらっていくぞ」

 

 瞬殺された。

 

 弦一郎がフェルトの刀を振り回したかと思えば、忍び篭手に示された体力ゲージがあっという間に底をついた。痛みはないが、まったく歯が立たなかったショックであおいは倒れ込んでいる。

 

「御子様をさらわれた狼さんは、主を取り戻すため再び立ち上がります。狼さんの冒険は敗北から始まったのでした……負けイベントだったんだね」

「書いてあるなら早く言ってよ!」

「いやー、わざと負けるのもどうかなと思って」

「じゃあ自分で負けなさい! 貸して!」

 

 ひなたからふんだくったガイドマップには各アトラクションが隻狼の正史に基づいて解説されている。ひなたの言った通り最初の弦一郎は負けることでストーリーが進むようだ。

 

 アトラクションは好きな順番で巡ることもできるが、隻狼のストーリー順に回ることもできる。その場合はガイドマップの番号に従えばいいらしい。

 

 弦一郎が一番目だったので、二番目のボスに向かう。

 

「行くわよひなた!」

 

 この時のあおいの頭には楽観があった。

 

 最初が負け前提のイベントだったから、次のアトラクションからは難易度控えめだろう、と。

 

 

 

---

 

 

 

 葦名城、本城前にて。

 

 あおいとひなたはくたびれた様子で膝をついた。

 

「楽しいけどきっついねー」

「きついってか理不尽よ……特にさっきの牛、アトラクションってレベルじゃないし……」

「『動物系のボスは、人と違って加減ができません。注意してね!』だって」

「だってじゃないわよ……」

 

 道中は過酷だった。パーク内を歩いている武者姿のスタッフたちがあおいたちを見るなり襲いかかってきたのだ。スタッフのなりきり具合に恐れをなした二人は逃げ、時に応戦して道中を切り抜け、深い谷にさしかかる。

 

 谷で待っていたのは白蛇との隠れんぼだった。もちろんただの白蛇ではなく、葦名特有の生態系で育まれた超巨大白蛇だ。怪獣映画さながらの大きさがあおいの恐怖心を煽り、あおいは高いところが苦手なことも忘れてかぎ縄で逃げ回った。

 

 谷を越えた先では馬に乗った武者と戦い、二人がかりでどうにか突破。問題は次の火牛で、難易度調整をぶん投げたとしか思えない理不尽な動きであおいたちをはね飛ばそうとしてきた。二対一でなければ突破は不可能だったろう。

 

 そうしてどうにか御子の幽閉されているという葦名城にたどり着いたわけだ。

 

「金剛山の仙峯寺ぃー」

 

 くたびれていた二人がばね仕掛けのように跳ね起き、楔丸を構える。あらゆる生き物が問答無用で襲いかかってきた道中の経験に基づく、条件反射だった。

 

 ただ、声の主とおぼしき老婆は跳ね橋の縁でひざまずき、あおいたちに目もくれず合掌している。

 

 あおいとひなたは顔を見合わせると、老婆に近づいていった。

 

「あのー、おばあさん?」

「私たち御子くんを探しに来たんだけど、何か知りませんか?」

「金剛山のー仙峯寺ぃー。貴い御方がそこにはおわすぅー」

「あのう……」

「金剛山の――」

 

 だめだこりゃ、と二人の考えが一致する。どうやらなりきりスタッフの人たちは基本的に話が通じないらしい。

 

 ガイドで確認してみると、老婆が拝んでいる方向には金剛山仙峯寺というエリアがあるようだ。クリア必須のエリアで、順番的には葦名城より先に攻略してもストーリーに影響はないらしい。

 

「金剛山だって。寄り道していこうよあおい!」

「そうね。山なら、城下みたいにたくさん兵士さんはいないだろうし」

 

 くたびれた表情から一転、やる気をみなぎらせるひなたとあおい。二人がもともと登山の好きなことと、さすがに山まで兵でいっぱいなはずはないとの考えから、寄り道が決まる。

 

 二人は跳ね橋から元気に身を投げ、忍び篭手を起動。白蛇さん仕込みのかぎ縄でお堀を飛び越え、金剛山に向けて出発した。

 

 

 

---

 

 

 

 途中、地下牢や地下水路を通ったり、掛け軸が話しかけてくる幻聴が聞こえたりなど不穏な出来事はあったものの、金剛山はきれいな山だった。

 

「紅葉がきれー! 今夏なのにすっげー、どうなってんだろ」

「葦名だから当然でしょ」

 

 登山道には石段が敷かれ、随所に休憩所と思しきお寺が見える。夏にもかかわらず見事な紅葉に染まっているのは不思議だが、雪が降っていた城下町と比べれば今更だろう。豊かな色彩があおいたちの目に映える。

 

 石段を上がっていくと、正面からお坊さんの集団が歩いてくるのが見えた。

 

 登山道ではあいさつが基本。とはいえ片手を胸の前に立てて真剣な顔で御経を唱えているお坊さんに大声を出すのははばかられ、二人はごく小さな声で「こんにちは」と声をかける。

 

「ウェァ!」

「へ?」

 

 すると気が散ったのだろうか。

 

 お坊さん集団は一斉にファイティングポーズ。般若のような顔つきで迫ってきた。

 

「ご、ごめんなさーい!」

「あおい、逃げるよ!」

 

 雨あられと繰り出される拳と蹴りを楔丸で防ぎ、弾く。一撃必殺の忍殺もこの人数相手では使えないだろう。

 

 忍び篭手で強化されたひなたの眼力がわずかな攻撃の間隙を見抜き、あおいの手を引く。登山道の上にかぶさる頑丈な枝にかぎ縄を放ち、二人はすばやくその場を離脱した。

 

 中腹のお堂で膝に手をつき息を整える。

 

「な、なんでお坊さんまで襲ってくるのよ! あいさつしたのがまずかったの!?」

「えっと、『仙峯寺の坊主はみな生臭。見つけ次第斬り捨てよ!』だって」

「怖っ! ってか答えになってないし!」

 

 お坊さんまで襲ってきた理由はガイドにものってなかったが、「葦名だから」と納得した。葦名では動くものすべてが狼に殺意を向けるのが基本だと、平和な世で育ったあおいとひなたにもようやく分かってきたのだ。

 

 ちなみにお坊さんの使う拳法を仙峯寺拳法といい、ふもとに体験コーナーがあるらしい。習得すると金運がアップする技もあるらしく、時間があれば帰りに寄っていくことを決めた。

 

 

 

---

 

 

 

 二人は僧侶集団と僧兵から逃げながら金剛山を登っていく。なりきりスタッフたちは多勢に無勢でも手を抜くことはせず、本気であおいたちに向かってくるため集団には逃げるのが基本だった。時折、最初のボス弦一郎よりもはるかに強い双刃ナギナタの僧兵や、洋風ファンタジーに出てきそうな鎧武者などと死闘を繰り広げながら、どうにか金剛山を制覇する。

 

 しかし山頂に待っていたのは登りきった達成感ではなく――

 

「むきー! 腹立つこいつ!」

「あはは、あおいが猿みたいになってるじゃん!」

「ウキー」

 

 むかつく猿との追いかけっこだった。三匹の猿があおいを挑発するように甲高い声をあげながら手を叩いている。

 

 ガイドによるとひときわ大きいお堂の中心がボスアトラクションの入り口というので、そこへ行ってみて見つけたのが奇妙な鈴。とりあえず鳴らしてみればお堂が消え、周囲は奇妙な回廊に変化していた。

 

 回廊の主である猿たちを捕まえればアトラクションはクリア、回廊からも脱出できるらしい。そうして「見る猿、聞く猿、言う猿、   」との追いかけっこが始まった。

 

 当初は今更戦いのないアトラクションなんて楽勝とたかをくくった二人だが、猿たちはあまりに素早い。二人がかりで回廊を駆け回り、屋根の上をかぎ縄で跳び、ひたすら追ってもてんで捕まる気配がない。猿たちの方は余裕なのか、わざとあおいたちの手の届く範囲で挑発を始める始末だ。

 

「ホッ、ホアッ」

「ぐぬぬ……!」

「落ち着きなって」

 

 くいくいと指を曲げてかかってこいポーズをとる猿と、額に青筋浮かべるあおい。楔丸を抜刀しようとすると、ひなたが肩に手を置いた。

 

「普通にやっても追いつけないよ。ガイドを見直してみよう」

「た、確かにそうね。すう、はあ」

 

 深呼吸して落ち着いたあおいは、できるだけ猿を視界に入れないようにしてガイドを見直す。

 

 これまでのボスアトラクションは一見理不尽でも明確な打開策が用意されていた。ガードできない攻撃を繰り出す侍大将には見切りとジャンプ回避、戦いにすらならない白蛇との出会いでは隠れる場所。猿たちとの追いかけっこにも何かあるはずだ。

 

 そう思ってガイドを見直すと、短くこうあった。

 

「『素早い敵。ギミックが有効だ』?」

「何か仕掛けがあるのかも。猿のことは置いといて、調べてみようよ」

 

 そこからはトントン拍子だった。

 

 猿たちを追いかけるのに夢中で気づかなかっただけで、仕掛け自体はとても目立つように置いてあったのだ。

 

 回廊の中央にある鐘で聞く猿の耳を聾して、慌ててるうちに後ろから捕まえる。

 

 聞く猿がいなくなったことで、音を立ててもよほど近くでなければ気づかれないようになった。視力と聴力は並、ただうるさいだけの言う猿を、ひなたが引きつけている間にあおいが捕まえる。

 

 最後の見る猿は、お堂の一つに中が真っ暗なものがあることに気づけば簡単だった。二人でそこへ追い込んで、猿が何も見えない闇にうろたえたスキに捕まえた。

 

 これで追いかけっこはクリア、回廊から出られると二人はハイタッチをしたのだが、

 

「一匹足りない?」

「足りないねー」

 

 もう一匹どこかに隠れているようだ。

 

 回廊のスタート地点にニ双の屏風があり、捕まえた三匹がその屏風の中に入っている。ただ、ピッタリもう一匹入りそうなスペースが空いているのだ。

 

「もしかして……えいっ」

「ひゃあ!? な、なに!?」

「ダメかー。代わりにあおいを屏風に入れればいいのかと思ったんだけど」

「私をなんだと思ってんのよ!」

 

 唐突にひなたに抱きつかれたあおいは顔を赤くするが、猿扱いしたひなたに憤慨する。

 

 しかし猿が見つからない以上何かを代わりにするしかないかもしれない。まさかもう一匹がこの広い回廊のどこかに隠れていて、シラミつぶしに探さなければならないわけではないだろう。とすれば何か仕掛けかヒントを見落としているのかも。

 

 あおいとひなたはもう一度ガイドマップを見直す。

 

『金剛山仙峰寺ボスアトラクション:見る猿、聞く猿、言う猿、   :素早い敵。ギミックが有効だ』

 

 それ以上は特に何もない。途方に暮れた二人は回廊を歩きながら、もう一匹を探して回る。

 

「ん?」

「どしたのあおい?」

 

 すると奇妙なことに気がついた。

 

 足音が一つ多い。立ち止まってみると、裸足で歩いているようなペタペタという音が聞こえた。

 

 とっさに振り返ってみるが誰もいない。

 

 もう一度歩いて立ち止まると、やはり聞こえる。

 

 ひなたにも聞こえたようで、二人はそろって苦笑い。

 

「いやいやまっさかー。カメレオンじゃないんだから」

「そうだよね。猿がそんなことできるわけ――スキありっ!」

 

 油断させてからの不意打ちである。二人同時に背後へヘッドスライディング。透明な何者かが二人のタックルを受け、「ギャア」と悲鳴を上げる。

 

 それは目元を布で覆った猿だった。

 

 倒れた猿が煙のように消えたかと思うと、回廊は煙のように歪む。次の瞬間には元いた本堂に戻っていた。

 

 うつ伏せに寝転んだままの二人は、笑って顔を見合わせる。

 

「ひなた、見えないを古文で言えば?」

「見えざる!」

 

 言う猿の後ろに開けられた不自然なスペース、追いかけている最中は気づかなかった足音。古文を習う女子高生がこれらに気づけば、もう正解はすぐそこだった。

 

 四匹目の猿は見え猿。文字通り見えない猿の謎を解いた二人は、うれしげに笑い合うのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 あおいとひなたの二人は次々とアトラクションをクリアしていく。最初は訳も分からず殺された弦一郎も突きと下段への備え、二人という数的有利を利用すれば数度の挑戦でクリアできた。

 

 再会した御子と逃げようとすると竜胤を断つために協力してほしいと頼まれ、理解が及ばないままうなずく二人。必要なキーアイテムを各地のボスから順調に集めていった。排泄物を投げつけてくる獅子猿だけは二人して「もう帰る!」と号泣したが、御子に「狼よ、頼む……」とすがられ、阿鼻叫喚のチャレンジを経てどうにかクリアした。

 

 そしてついに、狼たちの戦が終わりを迎えようとしている――

 

「参れ、隻狼!」

 

 弦一郎の首から、天狗のおじいちゃんが若返って出てくるという異常事態にも、若き狼たちはうろたえない。剣聖、葦名一心を前に飴を舐める余裕さえある。

 

「剛・幹!」

 

 パイン飴を噛み締めながら、二人は剛幹のポーズ。飴を噛み締め、ポーズをとって御霊を降ろすことで体のバランス力を底上げしているのだ。この飴を舐めるだけで強敵との戦いの安定感が目に見えて変わる。

 

 忍び篭手にこめられた戦いの記憶と二人自身の経験が混ざり合い、独特の剣筋を生む。非力ながら息の合った連撃にさしもの剣聖もたたらを踏み、そのスキに頭の風船を一つ割られた。後二つ、忍殺風船を割れば終わりだ。

 

「血が滾ってきたわ! 行くぞ、隻狼ぉぉぉ!」

 

 一心が吠える。

 

 声にこめられた覇気と狂喜の念が狼たちの肌を刺激するものの、一歩たりとも下がる気配はない。それを見た一心はますます獰猛な笑みを深め、十字槍と太刀をふりまわした。

 

 葦名しのびーランドは体験型テーマパークだ。その目的は少年少女に葦名の歴史を知ってもらう町おこしの意味合いが強いがもう一つ、来園者たちの成長に重きを置いている。

 

 現代はネット社会。分からないことや困ったことの大半はネットで検索すれば解決してしまう。速くて便利にはなったが、子供の成長に必要なのは自分で考え、試行錯誤する力だ。しのびーランドのボスアトラクションの多くはそのために設計されている。

 

 その点、この二人の狼はどうか。冷静に剣聖の攻撃を見極め、最適な弾きと攻撃のタイミングを学習している。その観察眼と実行力はきっと、今までのアトラクションで学び取ったものだろう。

 

 少女たちの成長に一心は吠え、さらにもう一つの忍殺風船を割られたことで喜びが頂点に達する。これこそが彼――葦名観光協会名誉会長、九代目・葦名一心の望んだ光景だった。

 

 落雷が降りしきる中、ついに一心の最後の風船が割られる。

 

「かああっ! やれい!」

 

 二本のフェルト製楔丸が、一心の頭を引っぱたく。

 

 所定のとどめ忍殺が実行されたことで、最後のボスアトラクションがクリアされたのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「ぐすっ、うう、ひっく……」

「うええん……」

 

 一心を撃破した二人は泣いていた。

 

 葦名最強の剣客を下し、アトラクションを制覇した二人は豪華景品確定。達成感もある。それでも二人は泣かざるを得なかった。

 

 御子が死んでしまったからだ。

 

「いっしょに葦名出ようって言ったのに……茶屋を開くって言ったのに!」

「不死断ちが死ぬことなんて聞いてないよ……!」

 

 御子の望んだ不死断ちとは竜胤を断つこと。すなわち竜胤の御子が死んで初めて達成されることだった。ロールプレイのマニュアルに沿って決まったことしか言わない御子だったが、二人はすっかり御子に入れ込み弟のように感じていたのだ。ハッピーエンドを期待していたあおいとひなたには刺激が強すぎた。

 

 なお、その様子を御子役のスタッフが気まずそうに陰から覗いていることには気づかない二人だった。

 

 あおいとひなたは泣きじゃくりながらも「アトラクション、アトラクションだから」と自分に言い聞かせ涙を引っ込める。そしてあおいが決然と言う。

 

「今度は絶対、別のエンド目指そうね!」

「うん! 御子くんといっしょにお茶屋開くんだから!」

 

 ガイドマップによると、エンディングは園内のイベントやボスの撃破状況などで分岐するらしい。もう夕方なので今日は帰るけど、必ず今度はハッピーエンドを掴み取ってみせる。葦名の冒険を経て成長した少女たちはそう誓ったのだった。

 

 荒れ寺で景品の細雪をもらってもはしゃいだりはしない。はしゃぐのはすべてのエンディングを制覇してから。

 

「……己の道は、己で切り拓く。そうした顔に、なったようじゃな」

 

 忍び篭手と楔丸を返してから、仏師に見送られて外に出ると、隣にお土産屋さんが建っていることに気がついた。来たときは荒れ寺に気を取られて見えなかったらしい。

 

 「弥山院」の看板をかかげるそこに入ると、香ばしい料理の香りがする。どうやらお土産屋さんと軽食屋を併設しているようだ。おしながきらしい木の札に料理名と値段が刻まれている。「赤成りアイス」「火牛ステーキ」「ぬしの色鯉の活造り」「仙峰寺の精進料理」などなど。

 

「お腹ぺこぺこ。あおい、なんか食べてこ」

「バスの時間もうすぐだよ。食べきれないよ」

「え、もうそんな時間!?」

 

 あおいも食べたいのが本音だったが、時間の都合が悪い。お土産屋さんをさっと見て、何か記念になりそうなものを探す。楔丸の模造刀、雷返しの掛け軸、弦一郎なりきりセット、忍び技の伝書など。どれもかなり高い。種類も多く、急いで決めるのは難しいかもしれない。

 

 そう考えたあおいだったが、「袋入り剛幹の飴」を見つけると即決した。ひなたも同じ飴を手にとってレジへ。なんたってこの飴を園内で見つける前と後では安定感がまったく違った。その意味でも記念になるし、登山の行動食に持っていけばバランス力が上がって疲れにくくなるかも。かえでさんやここなちゃんもきっと喜んでくれるだろう。

 

 ちょうど会計を済ませたところで迎えのバスのクラクションが聞こえ、二人は慌ててその場を後にするのだった。

 

 

 

---

 

 

 

『速報です。葦名市で体幹の蓄積を減らすとして売られていた剛幹の飴ですが、消費者センターの調査の結果、まったく効果がないことが分かりました。これを受け葦名一心名誉会長は、「やはり坊主は信用ならぬ。片端から斬り捨ててくれる」と怒りを露わにしています。卸売大手の弥山院は「もうアプデしたんで」などと意味不明なコメントを――』

 

 テレビを見ていたあおいの口からがりっ、と飴を噛み砕く音。

 

 自分たちの力で飴を見つけ、攻略に役立てたくだりを母親に語っていたあおいは、剛幹のポーズのまま固まっていた。母親からは生暖かい視線が注がれている。

 

「なんて言ったかしら。プラシーボ効果?」

 

 その一言でメンタル忍殺されたあおいは、顔を真っ赤にして床を転げ回るのだった。



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