柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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その15(煉獄家と炭治郎と翻訳係)

『炭治郎と継子認定』

 

 無限列車での激闘を終え、竈門(かまど)炭治郎(たんじろう)は蝶屋敷にて傷を癒していた。

 腹部に深い刺し傷を受けたため、しばらく安静が必須と言われている炭治郎は現在ベッドに横たわりながら見舞い客と話をしているところである。

 

「忙しいなか来てくださってありがとうございます。冨岡さん」

「気にするな。弟弟子を心配するのは当然だ」

 

 その見舞い客は水柱・冨岡(とみおか)義勇(ぎゆう)であった。

 いろいろな出来事があり、上に立つものとしての意識が芽生え始めた義勇は弟弟子が怪我をしたと聞いて忙しい任務の合間をぬって駆けつけてきたのだ。

 少し前の彼なら確実に見舞いなど来ていない。これも彼の成長の賜物だ。

 なお、継子の結一郎(ゆいいちろう)の見舞いには一度もきたことはない模様。一度も。

 

 いろいろな心境の変化もあってお見舞いに訪れた義勇。彼にはお見舞い以外に炭治郎の下へ訪れた理由があった。

 

『炭治郎を俺の継子にする。それが一番いい方法だ』

 

 お見舞いも兼ねて炭治郎に自分の継子になるよう提案しに来たのである。

 今回の件で炭治郎が大怪我をしたと聞いた義勇は、大事な弟弟子が無事に生き残れる実力を身につけさせねばと使命感を覚えたことから、この発想になったという。

 才能のあると認められた継子でも、場合によっては柱でさえも鬼との戦いで命を落とす殉職率の高い鬼殺隊では、“実力があれば死なない”とは必ずしも言い切れないものの、力が及ばなければ瞬く間に命を落とすことは間違いない。

 努力はどれだけしても足りないのだ。

 そう考えれば、柱である義勇から指導を受けることは、実力をつける方法として効果的だといえる。

 無限列車では、炭治郎は単独ではないとはいえ十二鬼月・下弦の壱の頸を落とすという成果を残しているため、義勇の継子になる資格は十分。

 つまり、義勇の『炭治郎を継子にする』という考えはなんの問題もないと言えた。

 ただし、この条件に当てはまるのが義勇だけではないという点を除いて……

 

「失礼する! 竈門少年はいるか!?」

「あ、煉獄さん。こんにちは。お元気そうですね!」

「うむ! まだ体はあちこち痛むがな! お、冨岡も来ていたのか!」

 

 病室の扉を元気に開けて入ってきたのは炎柱・煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅろう)だ。

 彼も上弦の参との戦闘で大怪我をして入院をしているのだが、そのことを感じさせない快男児さを見せつけてくる。

 一方、大事な用件を告げようとしていたところに乱入されて義勇は少しご機嫌斜めである。

 

「弟弟子のお見舞いに来るとは感心なことだな! うむ、立派な兄弟子をもって幸運だな! 竈門少年!」

「はい! 俺の自慢の兄弟子です!」

「……俺はそこまで立派な男じゃない」

 

 同僚と弟弟子から褒められたのに、ぶっきらぼうに応える義勇。

 しかしこの時、義勇から照れと喜びが入り混じった臭いがしていたと後に炭治郎は語る。

 この水柱、なかなか褒められ慣れていないので結構ちょろい。

 

「それで、煉獄さんはどうされたんですか? 俺に何か用事が?」

 

 怪我をした身でわざわざ病室に訪れた杏寿郎に用件を尋ねる炭治郎。

 同じく怪我をしている者同士でお見舞いもないだろうし、何かあるに違いない。

 その予想は正しく、杏寿郎から単刀直入に用件が述べられた。

 

「うむ、この間の約束を果たそうと思ってな! 列車の中で俺の継子にして面倒を見ると言っていただろう? それの意思の確認に来たのだ!」

 

 無限列車の中で口にした、「継子にする」という言葉を有言実行すべくやってきたという。

 上弦の参・猗窩座(あかざ)との戦いを見ていた炭治郎にとって、杏寿郎の直弟子である継子になることに否やはない。

 ごく短時間ではあるが、呼吸法を使った止血の指導を受けたこともあるので、指導力と人柄の両面で折り紙付きである。

 炭治郎から文句が出ようはずもない。

 反対意見が出るとしたら、その場にいるもう一人の師匠候補からであろう。

 

「待て。炭治郎は俺と同門だ」

「ああ、知っているが?」

 

 炭治郎を継子にするのは自分だと告げたつもりの義勇だが、残念ながら言い方が間違っていて杏寿郎に伝わらず。

 杏寿郎からすれば、既に知っている事実を言われただけで、継子にすることを止められているということになっていない。

 相変わらず、言葉が足りませんよ。義勇さん。

 

 困った杏寿郎は、同じく入院中の結一郎(ゆいいちろう)を連れてくるべきか考える。

 しかし、その心配はなかったようで、義勇はさらに言葉を続けて主張を始めた。

 

「弟弟子の面倒を見るのは兄弟子の役目だ。だから、俺の継子にする」

「冨岡さん……」

 

 義勇の言葉に炭治郎が思わずといった風に声を出す。

 兄弟子が自分のことをここまで考えてくれているとは思ってもいなかったのだ。

 しかし、悩ましいものでそうなってくると杏寿郎からも継子として誘われていることになる。

 

『どうしよう? 俺はどうすればいいんだ? 俺のためにこんなすごい人たちが名乗りを上げてくれているというのに!』

 

 悩む炭治郎。

 その悩みを吹き飛ばしたのは、燃える炎の熱血柱だ。

 

「なるほど! 冨岡も竈門少年を継子にしたいと? よし、ならば二人の継子になるといい。竈門少年!」

 

 師匠候補が二人だって? なら二人の弟子になればいいじゃないか!

 そんな単純明快な返事に、炭治郎は面食らい、義勇はその手があったかと納得する。

 

「え、ええっ!? それでいいんですか!?」

「まったく問題ないな! 既に七人の柱の継子になった者がいるからな!」

「そんな人がいるんですか!?」

 

 それでいいのかと問えば、既に前例があると答えられて驚くしかない。

 そう、既に『複数の柱からの継子指定』という前例はあるのだ。

 前例がもうあるのならば、どちらの継子になるのかで争う理由などあるわけもない。なにせ、両方の継子にしちまえばいいのだから!

 そういうわけで、炭治郎は水柱と炎柱の継子として認定されたのであった。

 

 のちほど、継子の先輩である結一郎のところを尋ねた炭治郎。

 

「そうですか、炭治郎君も複数の柱から指導を受けることとなりましたか……」

「はい。結一郎さんも複数の柱の方の継子なんですよね?」

「ええ、そうです! 先達として助言するとすれば……」

 

 言葉を探すように一度口を閉じた結一郎は、自分の意思を伝えるため炭治郎の目をしっかりと見つめて助言の言葉を告げる。

 

「炭治郎君、くれぐれも死なないでくださいね?」

「はい! ……え、ちょっと待ってください! どういうことなんですか、それ!?」

 

 複数の柱から指導とか、その先は地獄だぞ。少年!

 


『炭治郎と煉獄家の方々』

 無限列車での激闘からしばらく経ったころ。

 傷も動ける程度に回復した炭治郎と杏寿郎の二人はそろって煉獄邸へと向かっていた。

 継子となったことで、顔を合わせることも多くなるであろう杏寿郎の家族に挨拶をすることと、炭治郎の家に代々伝わる「ヒノカミ神楽」について調べることが目的だ。

 特に道中で変わったこともなく煉獄家についた二人の目に、門前を箒で掃除している少年が映る。

 

千寿郎(せんじゅろう)、ただいま帰ったぞ!」

 

 親し気にその少年に声をかける杏寿郎。その少年は、杏寿郎の弟の千寿郎だった。

 

「おかえりなさい、兄上。おや、そちらの方はどなたですか?」

 

 兄とそっくりの顔をほころばせて挨拶をした後に、同行している炭治郎に気が付いて視線を向ける。

 弟に尋ねられた杏寿郎は、二人の仲を取り持つように紹介を始めた。

 

「この度、俺の新しい継子になった炭治郎だ。炭治郎、こちらは俺の弟の千寿郎だ。年も近いようだし、仲良くしてくれると嬉しい」

「はじめまして、杏寿郎師範の継子になった竈門炭治郎です。よろしくお願い……って、どうしました!?」

 

 杏寿郎の紹介を受けて挨拶を始めた炭治郎であったが、千寿郎の反応がおかしくて思わず言葉が途切れてしまう。

 なにせ千寿郎は炭治郎の顔を見て手にしていた箒を取り落とすほど、驚愕していたのだから。

 

「どうした、千寿郎? 炭治郎がどうかしたのか?」

「ち、父上! 父上ェー!! 耳飾りが、日の呼吸の剣士がいらっしゃいましたー!!」

 

 様子を訝しむ兄の言葉も無視して、慌てた様子で家の中に駆け込む千寿郎。

 彼の言葉に聞き逃せないものがあった炭治郎も慌てて後を追う。

 着いて早々に、本来の目的の事柄が目の前に現れたのかもしれない。

 

「待ってくれ! 俺の耳飾りについて何か知ってるのか? いや、それよりも今、日の呼吸って――」

「日の呼吸の剣士はどこだ!」

 

 必死な様子で追いすがる炭治郎の前に、家の奥から一人の男性が興奮した様子で駆けてきた。

 杏寿郎の年齢を一回りほど多くした顔のこの男性は、煉獄家家長・煉獄槇寿郎(しんじゅろう)である。

 突然現れた見知らぬ男に少しうろたえた炭治郎だが、気を取り直して声をかける。

 

「あの、すみません!」

「む、誰だ? いや、その耳飾り……お前が日の呼吸の剣士だな!? よし、詳しく話をきかせてもらおうか!」

 

 声をかけたはいいものの、槇寿郎の勢いに圧倒されてしまった。

 

「あの、俺は家に伝わるヒノカミ神楽が何か知りたくて来たんです!」

「そのことについてもじっくりお話を聞かせてください。とりあえず、中へどうぞ」

 

 このまま流されてはいかんと、精一杯用件を述べるものの、千寿郎まで急かすように強引に中に案内されてしまう。

 あれよあれよという間に、煉獄家の中へ連れ込まれていった炭治郎。

 嵐が通り過ぎたかのような騒ぎに、一人まったく関われずに置いてきぼりにされてしまった杏寿郎は唖然としていたが、気を取り直して一言呟いた。

 

「よもや、俺がのけ者にされようとは……炭治郎はよほど俺の家族と相性がいいらしいな!」

 

 良いことだ、と、頷くもののちょっと寂しくなった杏寿郎であった。

“ヒノカミ神楽 日暈の龍(にちうんのりゅう) 頭舞い(かぶりまい)

 

 煉獄家の庭で日輪刀を振るう炭治郎。

 現在、炭治郎は煉獄家の面々に「ヒノカミ神楽」の型を見せているところだった。

 あの後、客間に通された炭治郎は槇寿郎と千寿郎の親子二人から煉獄家に伝わる“日の呼吸”についての話を聞き、また、自身の家に伝わる神楽について洗いざらい話したのだ。

 

 那田蜘蛛山で窮地に立たされた時に、父が「ヒノカミ神楽」を舞う時に『どれだけ動いても疲れない呼吸がある』と言っていたことを思い出し、とっさに使った結果剣技の威力が上がったこと。

 そのことを疑問に思い、長い歴史を持つ炎の呼吸の名家である煉獄家なら何か分かるのではないかと尋ねてきたこと。

 そういった炭治郎の知っていることやこれまでの経緯を話したところ、槇寿郎からの深い興味と考察を聞くことができた。

 

「その耳飾り、歴代の炎柱の手記に記載されていた“始まりの剣士”が身に着けていたものと合致している。その点から考えれば代々継承されてきたという神楽は“日の呼吸”に深いかかわりがあると考えていいかもしれないな」

「でも、俺の家は代々普通の炭焼きの家系です。そんなすごい呼吸がどうして、俺の家に?」

 

 何故、たかだか炭焼きの家に伝説となるような剣士の技の一端が残っているのか。

 そう炭治郎が疑問に思うのは当然のことだ。

 普通に考えれば煉獄家のような鬼殺の家に伝わっている方が、理解できるというもの。

 その疑問を、槇寿郎はこう考察する。

 

「何故お前の家に継承されたのかは分からん。だが、予想するにだ、現在“日の呼吸”を継ぐものどころか、どんなものであったかの伝承すら数が少ない状況だ。

 これはおそらく“日の呼吸”を恐れた鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が、その痕跡を消そうとしたのではないかと思う」

「その目を逃れるために、神楽の形で残した……と?」

「おそらくはな。俺の予想の域を出ないが」

 

 元々、武術と舞踊の関係は深い。舞の中に剣技の型をまぎれさせて隠すことも可能だろうと語る槇寿郎に、自分の家の謎が深まって複雑な顔になる炭治郎。

 

『耳飾りと神楽を絶やすな』と言い聞かせていた父は何か知っていたのだろうか?

 その問いは誰も答えられないものであったが、ついつい考え込んでしまう。

 

「とにかく、そこは考えていても仕方がない。大事なことは、『ヒノカミ神楽』が“日の呼吸”であるのかどうか。また、それは他の人間にも使えるのかどうかということだ」

 

 意識を切り替えるように槇寿郎が今後について話をする。

 ヒノカミ神楽を研究すれば、日の呼吸を復活できるかもしれないと語る槇寿郎の目は情熱に燃えていた。

 かつて鬼舞辻無惨をもう一歩というところまで追いつめた“日の呼吸”。それが現代に復活したのならば、大きな希望になることは間違いなかった。

 そのために槇寿郎が炭治郎に協力を要請するのは当然のことで。

 

「炭治郎、一度そのヒノカミ神楽を見せてくれ」

 

 

“ヒノカミ神楽 斜陽転身(しゃようてんしん)

 

 タッと宙に躍らせた体を膝の柔らかな動きで受け止める。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 十二の型全てを連続で行った炭治郎の呼吸は荒く、額から大粒の汗が流れている。

 剣技の威力が大幅に上がるヒノカミ神楽だが、炭治郎の消耗は激しいのだ。

 疲労の激しい炭治郎に、槇寿郎が声をかける。

 

「ありがとう、よくやってくれたな。大丈夫か?」

「すみません。ちょっと疲れただけですから」

 

 返事をした炭治郎を見て槇寿郎は考え込む。

 何故、炭治郎はここまで疲労しているのか?

 身体の鍛錬が足りていないというのが、普通に考えたら出てくる答えではある。だが、先ほどの炭治郎の父の話ではヒノカミ神楽の呼吸は『どれだけ動いても疲れない呼吸』のはずだ。

 それは炭治郎の父が病に侵された病弱な体でも冬の日の入りから日の出まで神楽を演じ続けたという事実が証明している。

 つまり、今の炭治郎のヒノカミ神楽には何かが足りない。不完全なのだ。

 

「お前の神楽が完璧ではないということは分かった。だからそれを何とかして完璧な形にせねばならない」

「……はい。でも、どうやったら?」

 

 父から受け継いだ神楽が不完全だという事実に悔しさを噛み締める炭治郎。

 なんとしても完全な神楽にしたいが、その方法が思いつかない。

 

「ふむ。さきほど見せてもらったが、『ヒノカミ神楽』には動きや呼吸そのものに俺の知っている炎の呼吸に通じる要素があったように思う」

「はい! 俺も使っていて水の呼吸に似ているところがあるように思います!」

「各呼吸の流派は日の呼吸から枝分かれしていったものだ。ならば、逆に各流派の要素を研究することが、ヒノカミ神楽の完成につながるやもしれん」

「なるほど!」

 

 ヒノカミ神楽と既存の呼吸に共通点があるのならば、それを調べればよい。

 特に基本の五流派は歴史も長く、良く知られているものなのだから。

 しかし、そうなってくると各流派を使える人物の協力が必要になってくるわけで。

 

「他に協力者を募るとして、出来れば複数の呼吸を習得・精通していて、それなりに実力があって、出来れば他人にそれを教える指導力があるやつがいれば一番いいんだが……」

 

 そんな都合のいい奴はいないよなぁ。と、ため息を吐く槇寿郎。

 しかし、その言葉に首を横に振って杏寿郎は否定する。

 

「父上! 一人俺に心当たりがあります!」

「何! 本当か!?」

 

 基本の五流派を習得していて、柱並に実力があって、他の隊士に対する指導も実績を持っている。

 そんな都合のいい人材がいるというのだ。

 いったい、それは誰なんだ!?

 

「結一郎に協力を呼びかけましょう!」

 

 そう、我らが翻訳係である。便利な男なのだ、彼は。

 

「気が付いたら、仕事が増えている!?」

 

 結一郎は悲鳴をあげたとか。

 


 

『翻訳係、杏寿郎と飲み明かす』

 老舗料亭の暖簾をくぐり、店員に名前を告げて案内をされる。

 落ち着いた雰囲気の店内の廊下を歩いて着いた個室のふすまが開けられて中に入る結一郎。

 

「来たな、結一郎。悪いが先に始めさせてもらっているぞ!」

「今日はお誘いありがとうございます。煉獄師匠」

 

 部屋には酒杯を傾ける杏寿郎の姿があった。

 本日、結一郎は杏寿郎に誘われて酒席を共にすることになっているのだ。

 実は師匠からの呑みの誘いがあったのは初めてだったりする。

 そんな珍しい誘いがあったのは、日中の煉獄邸にいた時だった。

 

 

「息を乱すな! 剣筋がぶれているぞ!」

「はい!」

「そうだ! 心を燃やせ! もっと熱くなれ!!」

 

 煉獄邸の庭で槇寿郎から指導を受ける炭治郎。そして、それを横で眺める杏寿郎と結一郎。

 炭治郎の鍛錬の指導は皆で行っているのだが、一番張り切っているのは槇寿郎だったりする。

 炎柱の名家の家長らしい熱血指導に結一郎も苦笑いをせざるを得ない。

 現在の短期的な目標は“全集中・常中”の呼吸を水の呼吸からヒノカミ神楽の呼吸に切り替えることだという。

 ヒノカミ神楽の身体に体がまだ馴染んでいないのなら、四六時中行うことになる常中で行えるようになればいい! という、単純明快な発想である。

 たしかに正しい考え方であり、柱二人と元柱、そして棟梁からの指導もあってメキメキと実力が上がっていくことを感じられたので問題はない。

 あるとしたら、水の呼吸が使われなくなると知って少し寂しそうな顔をしていた義勇の気持ちくらいだ。

 

「なぁ、結一郎」

「はい、なんでしょうか、師匠」

「今晩、酒を呑みに行くのに付き合ってくれ」

 

 そんな熱血指導を見ていた杏寿郎が声をかけてきたと思ったら、突然の呑みの誘い。

 何事かと思ってその顔を見た結一郎は、杏寿郎の気持ちを汲み取って首を縦に振ったのだった。

 

 

 そういう経緯で始まった二人だけの呑み会。

 運ばれてきた料理と酒に口を付けながら杏寿郎を見れば、既に結構な量の酒を呑んでいるようだ。

 こんな杏寿郎を見るのは珍しい、むしろ、初めてだと心の中でため息を吐く。

 ここに至っては単刀直入に切り込んだ方がよさそうだと覚悟を決める結一郎。

 

「煉獄師匠、何か言いたいことがあってこうして場を設けたのですよね?」

「……結一郎にはやはりお見通しか。うむ! 端的に言って愚痴をこぼしたい気分になったのだ! 我ながら情けないことだと思う。しかし――」

「良いのではないですか? だからこそ、酒の席なのでしょう?」

 

 あの杏寿郎が愚痴を言いたくなるほどに不満を貯めているということに驚きながらも、煉獄邸で誘いを受けた時からなんとなくその気持ちを察していた結一郎は酒の席だからと、気楽に自分の気持ちを吐き出すように促す。

 結一郎の言葉を受けて暫く逡巡していた杏寿郎も、少しずつ口を開き始めた。

 

「炭治郎を父が熱心に指導していたのを結一郎も見ていただろう?」

「ええ、あれだけ熱心で的確な指導をされている槇寿郎さんはすごいですね」

「ああ、母が亡くなってから無気力に過ごしていたころを考えれば、こうして精力的に活動してくれていることは息子として喜ばしい!」

 

 酒浸りで息子のことも見ようとしなかった頃に比べればなんと喜ばしいことか!

 その指導を受けて、次代を担う若者の炭治郎が実力をつけていることは素晴らしく、望ましいことだと思う。

 

「だが、それを素直に喜べない自分がいるのだ!」

 

 引退した父が新たに熱意を燃やせることがあることは喜ばしいことだ。

 継子である炭治郎が力をつけていくことは素晴らしいことだ。

 息子として、師匠として、それらは望ましいことなのだ。

 

 それでも、心にできたこのしこりを無視することができない。

 

「ハッキリ言おう! 俺は炭治郎が羨ましい!」

 

 先ほども言った通り、父の槇寿郎が活発に炭治郎という若い世代を育てていることは素晴らしいことに違いない。

 その一方で、こう思ってしまうのも止められない。

 

「父上は、何故俺が未熟だった時に立ち直ってくれなかったのだろうか?」

 

 自分はたった三冊しかない指南書を頼りにほぼ独学で鍛錬してたのに!

 尊敬する父親からあんな熱血指導を受けたかった!

 こんなこと言っても仕方ないことは分かっているが、息子の時には無気力で、息子の弟子には熱心だなんて、納得できない!!

 

「今の俺は柱だ。柱としての責任を背負っている。なのに、まだ柱じゃなかったらあんな指導してもらえたんじゃないかと駄目なことを考えてしまっているのだ」

 

 その気持ちを振り払いたくて酒に手が伸びてしまう。そのことを自覚して自己嫌悪が積み重なっていく。

 負のスパイラルに陥ってしまっている杏寿郎。

 こんな情けない師匠の姿を見た結一郎の反応は――

 

「んぐ、プハー! 分かります、師匠!」

 

 杯の酒を一気に煽り、叩きつけるように机に拳をぶつける。

 まさかまさかの共感であった。

 予想外に驚く杏寿郎をよそに、結一郎は言葉を重ねていく。

 

「炭治郎君はズルいんですよ。いろいろと!」

 

 語りだす結一郎は止まらない。

 

 知っての通り、自分は冨岡師匠に継子としてなかなか認めてもらえなかった。

 継子になれたと思ったら、なんでか分からないけれど七人の柱の継子になってるし。

 もちろん、今となっては良かったと思っているし、不満もない。

 でも、炭治郎を見ているとズルいと思ってしまうのだ。何がって、

 

「冨岡師匠の方から継子にしたいって言いだすなんて、羨ましいじゃないですかぁ!」

 

 それなりに傍で活動していた自分は周りの人から言われてようやく継子認定したくせにィ!

 

「同じ一門の弟弟子だからですかね? 思いっきり身内びいきじゃないですぅ!? 僕だって水の呼吸使ってたのに!」

 

 本人が柱としての自覚をもって後進育成に目を付け始めたことは良いことだし、炭治郎が成長していくことは悪いことじゃない。それは分かってる。

 でも、それはソレとしてズルいよなぁ!

 

 文句を言いながら酒をあおる結一郎に、杏寿郎は徳利を差し出す。

 

「師匠?」

「呑め、結一郎! 今晩は呑み明かすぞ!」

「呑みましょう、師匠! こういう嫌な気持ちは呑んで忘れるに限るんですよぉ!」

 

 お互いに酒を注ぎ合い、不満を口にする。

 結局朝まで呑み明かした二人の絆はより深まったとか。

 

 ついでに二人そろって二日酔いで蝶屋敷の世話になったとさ。

 たまにはこういう時もあるさ、人間だもの……




煉獄さんの家のことを書いていたら思った以上に文字数が伸びたので区切りました。
次回で予告していた分の続きを投稿します。

1.『炭治郎と継子認定』
 前例があったら当然それを踏襲するよね。やったね、結一郎。(地獄への)仲間ができたよ!

2.『炭治郎と煉獄家の方々』
 槇寿郎さんが早期に立ち直ったことによる炭治郎の強化フラグ。
 炭治郎君は今後ヒノカミ神楽の呼吸が常中になります。透き通る世界ももうすぐだ!
 というか、冬の東京の日の入り日の出の時間を調べたら
日の入り 16:30ごろ → 日の出 6:50ごろ。
 ざっくばらんに14時間近く舞ってる? 炭治郎パパ……そら、達人ですわー。

3.『翻訳係、杏寿郎と飲み明かす』
 なんか、作中だと人格者で聖人じみたお人な杏寿郎さんですが、こんな一面あってもいいんじゃないかと思って書きました。
「煉獄の兄貴がこんな嫉妬なんかするか!」ってお人はいらっしゃると思いますが、自分はこういう人間臭いところがあった方が好きだったりします。
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