蝶屋敷で入院生活が続いている結一郎。
機能回復訓練を行い鈍った体を整えながらも、いろいろと忙しく過ごしていた。
旭の部下から届く報告書に目を通して新たに命令を出したり、蝶屋敷を拠点にしている善逸と伊之助に稽古をつけたりなど、公私に渡っていろいろと活動していたりした。
そうした日々の活動のひとつに、炭治郎から届く手紙への返事がある。
「ふむ、珍しいですね。彼が手紙とはいえ弱音を吐くなんて」
協力を頼まれていた“日の呼吸”研究に直接出向けなくなったので、こうして炭治郎からの手紙のやりとりで協力を続けていた。
いつも通り、生真面目な炭治郎らしく挨拶とこちらの体調を気遣う文面、そして自分の最近の様子や修業の進捗が記されていたのだが、何故か急に鍛練が厳しくなって辛いという弱音も書いてあったのだ。
努力家な彼がこう言うとは、よほど厳しい修業なのだろう。
手紙によれば、
「煉獄師匠に何かあったのか確認しておくべきでしょうか……」
何があった? と、首を傾げる結一郎は師匠である
彼はまだ自分のお供の猿がやらかしていることを知らなかった。知らぬが仏って言葉は本当だなぁ。
ちまちまと、雑務を進めていく結一郎の耳に何やら騒音が聞こえてくる。
耳をすませば、音の元は玄関から聞こえてくるようだ。
当然、様子が気になるので見に行くことに。
「放してください。私っ……この子はっ……」
「うるせぇな、黙っとけ」
「……何をしてるんです?
そこで見たものは、師匠である
師匠の無体に思わず苦言が口からついて出た。
「師匠、人さらいは犯罪ですよ!?」
「違うわ! 任務で女の隊員が要るんだよ!」
「だからって、病院から看護婦連れてかないでくださいよ!」
弟子から犯罪者扱いされて怒鳴る天元に、ごもっともな正論で返す結一郎。
非戦闘員であろうと鬼殺隊の一員ならば、使える者を使わないなどぬるいにもほどがある。唾棄すべき甘さだと断言する天元。
その言葉は非情で冷徹な“元忍”らしいものであったが、弟子として彼をよく知る結一郎はその考え方がいつもの師匠らしくないことを感じとっていた。
「何をさせるつもりかは知りませんが、剣士ではない者を鬼と直接関わらせようとするなんてあなたらしくありませんよ。師匠」
冷静な判断を失っていると指摘した結一郎は、続けてその原因についても言及してみせる。
「宇髄師匠、
「チッ! お前ってやつは本当に……」
核心を突かれ、思わず舌打ちをする天元。
元忍でありながら、その実、情に厚い彼が何より大事にしている三人のクノイチの嫁。
天元が冷静さを失っている原因は彼女たちに何かあったからではないかという結一郎の予想は当たっていた。
「あいかわらず、地味に覚妖怪みたいなやつだな!」
「誰が妖怪ですか、誰が!」
天元が腹いせに妖怪扱いしてきて、心外だと怒る結一郎。
しかしながら、それもあながち間違いないないような気がしてくる。
だって心読んでくるとかどう考えたって怖いし……
普通の弟子は師匠の心なんか読んで来ないんだよ? 結一郎君?
「とにかく! 話は中で詳しく聞きます! その上で、できる限りの協力をしましょう!」
「まぁ、選抜隊の隊長のお前に協力してもらったほうが確実か。分かったよ」
結一郎に説得され、アオイとなほを離す天元。
その場にいたカナヲとすみ、きよに二人を任せて蝶屋敷の中に誘う。と、その前に足を止めて振り返り一言告げた。
「そうそう、忘れるところでした。そこの隠れている二人。気になっているなら着いてきてください」
「だとよ。そこの金髪と猪頭」
声をかけたのは、ちょうど任務から帰ってきてただならぬ状況を隠れて見ていた善逸と伊之助の二人であった。
「ヒィ! バレてた!?」
「面白ぇじゃねえか! 話を聞かせろ!」
善逸は嫌々ながら、伊之助は意気揚々と違いはあるものの乗りかかった舟とばかりに結一郎に着いていくことになった二人。
部屋の一室を借り受けて天元の任務について聞くことになったのだった。
「なるほど。手練れのクノイチの雛鶴さんたちが音信不通とは並のことではありませんね」
天元から状況を聞かされた結一郎は、事の厄介さを感じて表情が固くなった。
潜入・捜査を得意とし、戦闘能力もある程度あるはずのクノイチが揃いも揃って音信不通とはただごとではない。
天元もまたその言葉に同意を示す。
「あぁ。下手すりゃ十二鬼月、上弦の鬼がいる可能性も派手にありやがる」
状況証拠からいって鬼がいることはほぼ間違いない。
しかも、クノイチを逃亡も連絡もさせずに無力化できるほど強力で、人の多い遊郭に潜みながらも正体を隠しきるほどに狡猾で厄介な鬼が。
「分かりました! これは大至急探りを入れる必要がありますね! ぜひ、協力させてください!」
「協力してくれるのは派手にありがてえが……旭の連中でも使うのか?」
状況は切迫していると判断した結一郎が即座に協力を申し出るものの、怪我をして療養中の身。
ならば旭の部下を使うのかと尋ねた天元の言葉に結一郎は首を横に振って答えた。
「いいえ! 彼らは現在、他の重要な任務の準備をしてもらってますので……代わりに自分の配下の諜報部隊をお貸しします」
「派手に助かるぜ! ……ちょっと待て。お前の配下の諜報部隊つったか?」
そんな部隊がいるなど初耳の天元が思わず聞き返せば、結一郎は不敵に笑って答えてみせる。
「フッ、師匠。自分もここでただ寝てたわけではないのです!」
抜かりはありませんと言う結一郎。
この用意周到な感じ、未来の義実家に染まってきているのではなかろうか?
「本当に使えるのか? そいつら」
「潜入と情報収集能力については自分が太鼓判を押しておきます。ただ、戦闘能力は期待出来ませんので……」
視線を善逸と伊之助の二人に移す結一郎。
その意図を察せない者はここにはいない。
「こいつらこそ使えるんだろうなぁ?」
「もちろん! 強いですよ。二人は」
地味に足手まといはいらないと告げる天元に、結一郎は自信を持って頷く。
二人は結一郎に稽古をつけてもらって大きく成長しているのだ。
もとより才能があっただけに、現在の実力は鬼殺隊全体でも上位に入るだろう。
だって、翻訳係プレゼンの稽古をくぐり抜けたんですよ?
「どんな鬼だろうと、俺様がぶった斬ってやるぜ!」
「やりますよぉ! やるしかないんでしょぉ! ア゛ーッ!!」
戦意揚々、意気軒昂な伊之助と泣き言混じりに汚い高音で悲鳴を上げている善逸という正反対な反応ながらも危険な任務に参加することに同意する二人。
無様に怯えながらも任務から逃げようとしないあたり、善逸の成長が見て取れる。
こうして戦闘要員と補助要員を手に入れた天元は、鬼の潜む吉原・遊郭へと向かったのであった。
その日の晩のこと。
「こんばんは、結一郎さん」
「……こんばんは、しのぶさん」
屋根の上で瞑想を行う結一郎にしのぶが声をかける。
「日中にアオイとなほを助けていただいたそうですね。そのお礼を言いたくてお邪魔しました」
かわいい妹たちを助けてくれてありがとうと告げるしのぶに、結一郎は首を横に振って答える。
「当然のことをしたまでです。それに普段からお世話になっているのは自分のほうですしね! 少しは恩返しになっていればいいのですが」
復帰するまでが思った以上に長くなって申し訳ないと、逆に謝る結一郎。
しかし、しのぶはそれこそ首を横に振って否定する。
蝶屋敷は傷を癒すために開放しているのだから、怪我人の結一郎が逗留していることはなんら問題がない。
というよりも、だ、
「あの、結一郎さん? 今でも十分すぎるほど早い回復速度なんですからね?」
命に関わる大怪我なんだから、治るのに時間がかかって当然なわけで。
風邪が長引いて申し訳ないみたいな感じに言われても困るのだ。
もしかすると、結一郎は長く仕事場から離れていると不安になるタイプなのかもしれない……
そもそもの話、片腕欠損は鬼殺の剣士を引退してもおかしくない大怪我だ。
にもかかわらず、こうして現場復帰に意欲的な姿を見ていると彼を何が突き動かしているのか気になるところ。
「結一郎さんは、何故、鬼殺隊に?」
気が付けばそんな疑問が口から漏れ出ていた。
口に出してからしまったと思うも、もう遅い。様々な過去を持つ鬼殺隊に所属する人の過去を詮索するのはある種のタブーといえる。
そんなある種ぶしつけな質問を受けた結一郎だったが、しのぶが心配するほど気にした様子は見られなかった。
「おや、そういえば話したことはありませんでしたね」
静かに語り始める結一郎に、しのぶも黙って聞く姿勢になる。
「自分が鬼殺隊に入ったのは鬼に家族を殺されて、その
語り出しに告げられたのは、鬼に身内を殺されたという鬼殺の剣士には珍しくもない、むしろ入隊理由の多くを占めるありふれた理由だった。
しかし、家族を殺され、その仇討ちを現在進行形で目指しているしのぶには他人事ではないだけに、その表情は真剣なものになる。
「そうですか、家族を……復讐が目的なのですね」
あなたもそうなんですね。
そんな言葉が喉元まで出かかりながらも、ギリギリで呑み込んで話の先を促す。
「えぇ。特に自分は家族を殺した鬼が誰かハッキリしていましたからその感情は強かった」
結一郎が語るには、その仇の鬼は当時の“下弦の弐”だったという。
家族を殺し、駆けつけた鬼殺隊を返り討ちにしてなんなく逃亡したという下弦の弐を自らの手で討つため、結一郎は鬼殺の剣士になることを決意し、育手の門を叩いた。
「それからは、ただがむしゃらに力を求めて足掻いていました。育手のところにいた時も、最終選抜を終え鬼殺隊に正式に入隊したあとも……仇の鬼をこの手で葬るために」
今思えばかなり無茶をしたものだったと、穏やかに笑う結一郎だが、しのぶはその当時の結一郎の心境がいかばかりであったかを思い同情の念を覚えた。
家族を殺した鬼が何の罰も咎も受けずにのうのうと生きている悔しさは身に染みて理解している。
それだけに、今の結一郎の落ち着きようが不思議に思えた。
「結一郎さんは、仇を討てたのですか?」
「うーん、仇の鬼は死んだのである意味ではそうなのですが……」
復讐を遂げたことが理由かと思ったが、口ごもり返事に困った様子なので違うようだ。
仇が死んだのに復讐はできていない?
「仇の“下弦の弐”は自分の目の前で頸を斬られました……まったくの他人の手で」
「それは……」
「笑える話ですよ。家族の仇討ちだと意気込んでいたのに、あっさりと他人がその頸を斬るんですから」
その時は自分の気持ちをどこにぶつければいいのか分からなかったという結一郎の言葉に、しのぶは頷くしかない。
それもそうだろうと思う。
半ば生きる目的となっていた復讐がそんな形で終わらせられれば茫然自失となってもおかしくはない。
「当然、鬼という存在がすべていなくなったわけではないので、鬼そのものへの怒りはありました。しかし、本当に自分が討ちたかった存在が消えてしまって、正直抜け殻になったような気持ちでした」
「結一郎さんは、そこからどうやって立ち直ったのですか?」
当時を振り返り、生きがいを失ったようだったと語る結一郎に、しのぶは問いを投げかける。
その答えは、意外なことに水柱・
「その下弦の弐を討ったのは実は冨岡師匠だったんです」
「冨岡さんですか?」
「そうです。だから、しばらくしてから思いついたのが、自分の仇を討った人物に会いに行くことでした」
その言葉を聞いて、しのぶはそれが二人の接点の最初なのかと納得した。
自分の仇を代わりに討ってくれた相手に礼を言いに行くというのは不思議なことではない。
義理堅い結一郎がその恩返しに義勇の面倒を見はじめたのを想像すれば、なんら違和感もなくしっくりくる。
「一言文句を言ってやりたくなったんです」
「え、文句ですか!?」
そんなしのぶの予想は一言で木端微塵にされてしまったが。
驚くしのぶに、結一郎はその時の自分の気持ちを語る。
「今思えば逆恨みも甚だしいと分かっています! しかし、当時の自分には言い方はアレですが獲物を横取りされたとしか感じられなくてですね!」
「いえ、気持ちは分かります。それで、どうなったんですか?」
言い訳がましく言葉を並べる結一郎を遮って続きを促す。
常に冷静な印象を持つ結一郎も昔は尖っていたことが伺える話で興味深い。
「そ、そうですね、はい。それで冨岡師匠のところに行って、失礼な態度をとってしまったわけなんですが……それ以上に、こちらの神経を逆なでするようなことを言われてしまいまして……」
「冨岡さん、どんなことを言ったんです?」
「思い出すと今でも怒りがこみあげてくるので言いません!」
「本当に、いったい何を言ったんですか冨岡さん!?」
結一郎が口にも出したくないほどとは、よっぽどのことではなかろうか。
恐らくだが、義勇には不条理な怒りを向けてきた相手だからとわざと怒らせたとかではないのだろう。
悪意とか悪気があってやったわけでなく、そうやって相手を怒らせてしまう不器用さが冨岡義勇という男である。
「そんな感じで『何なんだこの人』とムキになって付きまとっているうちにだんだんと冨岡師匠がただの物凄い口下手なだけなのだと分かってきたわけです」
「ただの物凄い口下手? ……いえ、何でもありません」
会話相手をブチ切れさせる程度をただの物凄い口下手で済ませていいのだろうかと、しのぶは首を傾げたくなったが、考えると面倒くさくなりそうなので言及するのはやめたのであった。
「そのうち、『この人大丈夫か?』と心配になってきまして、それであれこれ面倒を引き受けるうちに今のような立場になりました」
「なんというか、結一郎さんらしいといいますか……」
最初に文句を言いに行ったはずなのに最後はその相手の面倒を見ているあたり、結一郎の人の好さがよくわかる話だった。
思わぬ形で結一郎と義勇の関係がどうして出来上がったのかを聞くことになって苦笑いのしのぶ。
そんな彼女に結一郎は不意打ちのように動揺させるような言葉を投げかける。
「そういうことで、今は復讐に対する気持ちにも整理がついているわけです。まぁ、どうしたって生きていかなければいけませんからね。復讐を遂げたにしろ、遂げられなかったにしろ」
「……それはどういう意味ですか?」
思わず棘のある口調で問い質してしまう。
復讐の後も生きていく。
その言葉は自分の姉を殺した鬼を命にかえてでも倒そうとしているしのぶには皮肉のように聞こえてしまったのだ。
隣から荒々しい感情を感じつつも、結一郎は穏やかに返事をした。
「単に復讐が関係ないところで終わってしまった自分の素直な感想です。復讐が終わった後のことも考えておいても無駄ではないという……気に障ったのならすみません」
「いえ、こちらこそ勝手に思い込んで不快にさせてしまいました」
お互いに謝罪を口にするも、少し気まずい雰囲気が流れる。
場の空気を変えるためにしのぶは話題を変えることにした。
「そういえば、結一郎さんが鬼殺隊に入った理由は分かりましたけれど、今も戦い続ける理由を聞いてませんでしたね」
元々聞きたかったことはこれだったと、思い出して尋ねてみる。
しのぶの問いに結一郎は快く答えた。
「自分の実家は菓子職人の家だったんですが、その父の言葉を思い出したんです」
自らの父について語り出す。
その父が彼に伝えた言葉が戦い続ける理由の原点なのだという。
「『日ごろから平和・平穏ってものを大事にしろ』そう父はいつも言っていたことを思い出したんです。お菓子って、泰平な世の中や幸せな人が多くいないと求められない物だから、と」
だから平和な世の中に感謝して、自分たちの作る菓子が人の笑顔を作る一助になっていたら喜ばしい。
そう彼の父は語っていたという。
幼いころ父の言葉に強い感銘を受けた結一郎。
「だから、他人の幸せを喰らわなければ生きていけない鬼という存在が許せないんです!」
その言葉は鬼と戦うための心の原動力となっていたのだ。
人を喰らう鬼がいたのではお菓子を食べて笑顔になってくれる幸せな人たちが減ってしまう。
そんな単純な理由が結一郎が命がけで戦うに値する理由だった。
「いつか、鬼がいなくなったら家業を復興させて和菓子屋でも開きたいものです!」
「えぇ、きっと、いつかそうなるといいですね」
明るい未来を語る結一郎を見るしのぶ。
彼女は何を思ってその横顔を見ているのだろうか?
それを語るものはこの場にはいなかった。
――翌日。
結一郎の下へ一つの知らせが届く。
『上弦の鬼、発見』
結一郎の休息は、こうして終わりを告げたのだ。
遊郭編への導入と結一郎のオリジンでした。
原作と違って炭治郎は杏寿郎・義勇の継子になっているので蝶屋敷にはいません。
したがって、遊郭には天元・善逸・伊之助で向かうことになります。
人数は減ったものの善逸・伊之助は原作よりも強くなってます。
さて、どうなるでしょう?
結一郎くんの過去は『復讐を遂げられなかった人間』でした。
個人的に、復讐が自分に関係のないところで終わってしまっていたとかワニ先生好きそうな気がします。
復讐に燃えてた頃は結一郎も尖ってた。
ミニ次回予告
上弦の鬼、ギャグ死!!
ここ最近真面目な話ばっかりだったので、お待たせしてしまいました。
十二鬼月はギャグの犠牲になるのです!
戦国時代の翻訳係は書き始めたら思った以上にボリュームが増えそうなので、暫くお待ちください。