柱合会議の翻訳係   作:知ったか豆腐

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2019/07/29 投稿


その5 続(動物会話疑惑編)

 ――甘露寺邸にて

 

 恋柱・甘露寺(かんろじ) 蜜璃(みつり)との稽古を終えた結一郎は、彼女の育てている巣蜜を使ったお茶菓子で休憩を取っていた。

 

「ねえ、結一郎君。一つ聞いてもよいかしら?」

「はい! なんでしょうか?」

 

 飼い猫と戯れていた蜜璃が、ふと思い出した様子で質問を投げかける。

 結一郎は口を付けていた紅茶のカップを置いて質問に答える姿勢になった。

 

「結一郎君が動物とおしゃべり出来るって聞いたけど、本当なの?」

「自分が、動物と……ですか?」

「そうなの。いろんな人が見たって言ってるから気になっちゃって」

 

 伊黒さんに、しのぶちゃん、悲鳴嶼さんに、と、名前を挙げていく蜜璃に結一郎は少し考え込んでから心当たりがあったのか、納得したように深く頷いた。

 

「ああ、分かりました! 確かに動物と意思疎通はできますね!」

「本当!? じゃあ、結一郎君は動物の言葉が分かるのね!」

「いいえ! 動物の言葉はあいにく理解できません!」

「え、えぇ?」

 

 動物の言葉が分かるわけないじゃないですか。と、にこやかに告げる結一郎に蜜璃は困惑を隠せない。

 動物と意思疎通はできるのに動物の言葉は理解できないという。

 矛盾したことを言っているように思えるが、本人曰く、絡繰りがあるのだとか。

 

「動物たちの言葉を自分が理解するのではなく、動物たちに人間が分かるように鳴き方を教え込んだのです!」

「えっと、つまりどういうことかしら?」

 

 分かるような分からないような言葉に蜜璃が首をかしげると、結一郎は穏やかに笑って説明を始めた。

 

「甘露寺師匠、電信はご存じですか?」

 

 突然、関係のなさそうな電信について語りだす結一郎。

 実のところ、これが動物と会話するための絡繰りの肝なのだという。

 明治維新のころから広がり始めた新しい通信網である電信。

 その方式の一つとして、「トン・ツー」という短点と長点の組み合わせの符号で言葉をやり取りする「モールス信号」というものがある。

 残念ながら、明治政府の構築した電信には採用されていないものの、江戸時代末期には伝わっており、それをたまたま知った結一郎が応用して動物との意思疎通に使ったというわけだ。

 動物たちの言葉自体は分からないものの、動物たちに人間に伝わるような鳴き方を覚えさせることで意思の疎通をしているという。

 

 例えば、

 雀ならば「チュン」という鳴き声と羽ばたきで「トン・ツー」代わりにする。

 ねずみなら「チュッ」と「チュー」の鳴き方の違いで。

 蛇ならば「シャッ」、「シャー」という一種の威嚇音の短長の違いを聞いて何を伝えているのかを判断するという。

 

「へぇ~。すごいこと考えるのね! 結一郎君は」

「いえいえ、たまたま思いついただけですよ」

 

 感心した声を上げる蜜璃に対して謙遜する結一郎。

 だが、他に聞いている人がいたら、『普通は思いつかねえよ!』とツッコミが入ったことは間違いない。

 この翻訳係はどこに向かっているのだろうか?

 柱複数人の継子になったせいでどこか常識というものが壊れてきているのやもしれぬ。朱に交われば赤くなるというし。

 

 こうして結一郎が動物と話をできる絡繰りを知った蜜璃は、当然の事ながら他の人にもこの話をするわけで。

 結一郎が動物と意思疎通をする方法を作り出したという事実はあっという間に広まった。

 その事実を知った柱たちの反応はやはり、様々なものであったという。

 

 あまり関心がなかったのが炎柱・煉獄(れんごく) 杏寿郎(きょうじゅろう)と霞柱・時透(ときとう) 無一郎(むいちろう)の二人。

 

「それはすごいな! だが、俺が使うことはなさそうだ!」

 

 と、一言コメントして終えたのが杏寿郎。

 彼らしいと言えば彼らしいのかもしれない。

 

「そうなんだ。僕には鎹鴉がいるからどうでもいいや。どうせ忘れるし」

 

 別に鎹鴉でよくない? という至極真っ当な反応だった無一郎。

 彼の場合は記憶が保持できないため、いろいろと関心が薄いこともあって仕方がない反応だ。

 

 好意的、というか動物と話をしたいと積極的に習得しようとしていたのは猫好きな蜜璃と岩柱・悲鳴嶼(ひめじま) 行冥(ぎょうめい)。そして意外なことに風柱・不死川(しなずがわ) 実弥(さねみ)が興味を持っていた。

 

「そこはニャー、じゃなくてニャッ! サン・ハイ! ……あーん、なかなか伝わらないわぁ~」

 

 結一郎から符号を教わって飼い猫に教え込もうと必死の蜜璃。

 その成果ははかばかしくないようで。

 元から習得難易度は高いうえに、人に物事を教えるのが苦手な彼女では時間がかかるだろうなぁ。

 

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

 

 ひたすら念仏を唱えている行冥。

 しかし、その手は先ほどからせわしなくジャラジャラ、パンパンと数珠をこすり合わせたり手を叩いたりとせわしない。

 手を叩くのを短点、数珠をこすり合わせるのを長点として使っているようだ。

 彼の場合は飼い猫がすでに結一郎の手によって符号を覚えているので、自分が符号を覚えることに集中しているらしい。

 彼の努力は報われるのだろうか?

 

『……さすがにカブトムシには教え込めねえよなァ』

 

 虫かごのカブトムシを見つめ、心なしか悲しそうな実弥。

 彼の趣味であるカブトムシの育成に結一郎が考えた符号を使えないかと考えたのだが、いくら何でも無理である。

 しかし、飼っているカブトムシと話がしてみたいとは、意外と可愛い思考しているような気がする。

 

 ちなみにだが、水柱・冨岡(とみおか) 義勇(ぎゆう)は弟子がせっかく考えたのだからと張り切り、いの一番に符号を覚えて皆に披露してみせたのだが――

 

「冨岡さん、とうとう人語を忘れましたか……」

「え? 符号を覚えたらもっと結一郎君と話せるようになると思った? 冨岡さん、動物と同じことしてどうするつもりなんです?」

 

 と、同僚の蟲柱・胡蝶(こちょう) しのぶにボロボロにされて心がボッキボキになっていたりする。

 

『弟子のために張り切るのはいいけれど、どうせ頑張るのならもっと普通に言葉を増やして会話したほうがいいのに。なんでこんな残念なんでしょう?』

 

 しのぶはしみじみと思ったという。

 

 逆に、今回の件で怒っているのは音柱・宇髄(うずい) 天元(てんげん)と蛇柱・伊黒(いぐろ) 小芭内(おばない)の二人だ。

 何故って、そりゃあ自分のペットに他人が勝手に芸を教え込んでたら嫌でしょうよ。

 

「おい、馬鹿弟子。派手に何勝手に俺の忍獣に教え込んでやがる……」

「おい、阿呆弟子。俺の鏑丸*1に勝手に教え込むとは、いつからお前はそんなに偉くなった? なぁ、どうなんだ?」

 

 最近、ムキムキねずみが自分よりも結一郎になついているような気がして気に食わない天元。

 最近、蜜璃が自分よりも鏑丸と話をする時間が増えていて気に食わない小芭内。

 二人の怒りの矛先は、元凶となった結一郎に向かったのであった。

 ああ、理不尽。

 

 お館様から一言

 

「本当に、結一郎は面白いことを考えるね」

 

 この出来事から鎹烏になぜか鎹雀が紛れ込んだとか、そうじゃないとか。

 あくまで噂で確認は取れていない。

 

 

小ネタ 其ノ壱「呟雀」

 

 庭で複数の雀に囲まれている結一郎。

 チュンチュンパタパタと雀たちが彼に教わった符号を使っていろいろな報告をしているようだ。

 

「チュンチュン(音柱様、嫁に内緒で派手に豪遊! 超貴重な大吟醸を買ったー)」

「チュンチュチュン(水柱様、今日は三食全部鮭大根だったヨ)」

「チュチュン(風柱様、虫捕りに出かけて蜂に追われるゥ~)」

「チュン(霞柱さまと一緒に一日ひなたぼっこしてたぁ)」

「チュンチュン(恋柱様、定食屋の食材を枯渇させるほど食いまくっタ!)」

「チュンチュ(炎柱様、朝ご飯の味噌汁にさつまいもが入っていておおはしゃぎ)」

「チュンチュン(蛇柱様、恋柱様への手紙が誤送されて大激怒)」

「チューン(岩柱様、子猫の可愛さに感激してガチ泣きしてた)」

「チュンチュンチュン(蟲柱様、研究に没頭しすぎて徹夜五日目。死ぬデチか?)」

 

 報告をにこやかに聞いていた結一郎はこう一言告げたという。

 

「柱の方々の行動を聞いていると、退屈しませんね」

 

 とりあえず、しのぶさんを寝かせるとこから始めねば!

 

 ※コソコソ話

 普段は雀が見てきてくれた遠くの天気を聞いて天気予報代わりにしたり、新しく開店したお店の情報を集めたりしてるそうです。

 

 

小ネタ 其ノ弐「鬼退治と言えば?」

 

「ごめんください! どなたかいらっしゃいますでしょうか!」

「はい! ただいま行きます」

 

 蝶屋敷で働く鬼殺隊士・神崎(かんざき) アオイが来客の対応のために返事をしながら玄関へと向かう。

 来客の声の主は結一郎ということもあり、アオイは気負いなく彼を出迎えるために扉を開け放った。

 

「いらっしゃいませ、結一郎さ……ん?」

「こんにちは、アオイさん! って、どうかされましたか?」

 

 扉を開けた先にいた結一郎の姿を見て驚きで体がこわばるアオイ。

 驚かれた当の本人は不思議そうな顔をしているが、傍から見れば人目を惹く状態だった。

 

「どうかしたって、私の方が聞きたいのですけど。どうしたんです? その動物たち」

 

 アオイの視線の先には足元におすわりする白犬と結一郎の肩に掴まる子猿、そして左腕にとまった雉の姿があった。

 彼女の頭の中に、あの御伽噺の題名が浮かび上がる。

 

「任務先で懐かれたのでこうしてお供してもらってます! 蝶屋敷って動物は駄目でしたか?」

「いえ、それは大丈夫ですけど……」

 

 気にするとこはそこなのかと問いただしたいアオイだが、あんまりツッコんでも藪蛇だと用件を聞くことにした。

 返ってきた答えは、何のことは無い、いつものお菓子の差し入れだという。

 そういうことならばと、屋敷の中でお茶にしようと結一郎を招き入れることになった。

 せっかくもらったお菓子なのだから、一緒に味わっても罰は当たらないだろう。

 

 そんなことを考えながら結一郎を屋敷を案内していると、アオイと同じく屋敷に住み込みの三人娘、すみ・きよ・なほが姿を見せた。

 なんだかんだでお菓子を持ってきてくれる結一郎のことを楽しみにしており、声が聞こえたのでやってきたのだろう。

 

「おや、こんにちは。すみちゃん、きよちゃん、なほちゃん」

「「「こんにちは、結一郎さん……わぁ!」」」

 

 挨拶をしたあと、結一郎のお供の三匹を見て目を輝かせる三人。

 先ほどのアオイと同じ御伽噺の主人公が思い浮かんだに違いない。

 アオイと比べればまだ幼さが残る三人は、思わずといった様子で童謡の一節を歌いだした。

 

「「「桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけた (きび)団子 一つわたしに 下さいな~♪」」」

 

 楽しそうに歌う三人に、アオイは額に手を当ててため息を吐く。

 

『いくら顔なじみと言ったからって、客人を困らせるようなことをしちゃだめでしょ』

 

 たしかに桃太郎っぽいとは自分も思ったが、こんなことを言われても結一郎も困るだろう。

 そうアオイは思っていたのだが、結一郎は慌てた様子もなく笑顔で対応して見せた。

 

「アハハ、自分は桃太郎ではないのでお供には連れていけませんが、頑張っているご褒美です。はい、どうぞ」

「「「わーい、ありがとうございます!」」」

『え、えぇ~!?』

 

 結一郎が三人に手渡したのは小袋に分けられた黍団子だった。

 一口サイズに作られた団子をさっそく一個取り出して口に放り込む三人はその甘さに頬を緩めている。

 そんな三人娘とは反対に、アオイは驚愕で表情が固まっていた。

 

「どうぞ、アオイさんの分もありますよ!」

「あ、どうもありがとうございます。……じゃなくて! なんで黍団子持ってるんですか!?」

 

 手渡された黍団子を受け取りながらも、ツッコミを入れるアオイ。

 

「たまたま良い黍が安く大量に手に入ったので、たくさん作ったんですよ。……別に狙ったわけではないのです!」

 

 偶然だと主張する結一郎に、本当かなぁ、と、疑問に思うアオイ。

 悩んだ末に、考えても意味がないと深く考えないことにしたのだった。

 

『柱複数人から継子に指名されるだけあって、変わってるのね。きっと』

 

 

 その後、鬼たちの間で『鬼狩りの中に桃太郎がいた!』『桃太郎は実在したのか!?』『桃太郎の話は鬼狩りたちが自分たちの存在を隠すために作られた物語だったんだよ!』『な、なんだってー!?』

 と、噂になったとかならなかったとか。

 

*1
彼の蛇




前回からの続きと小ネタでした。
桃太郎の童謡は著作権切れてるよね? 載せても大丈夫だよね? 不安。

※翻訳係コソコソ話
 実は第一話の「これ以上会話能力を奪わないでください」の土下座シーン。原作第一話の炭治郎のオマージュのつもりでした。よかったら読み返してみてください。


オマケのミニ次回予告

義勇『……マズい。結一郎には俺の考えが読めるんだった』
結一郎「冨岡師匠、何がマズいんです? ねぇ?」

毎回、柱たちの名前にルビ振っているけど必要?

  • 必要
  • 不要

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