IF:仮面ライダージオウ 『アマゾンズ編』 作:TAC/108
獣は感傷を抱かない。しかし彼はかつてはただの人間であった。世の理から外れた力など持たない、ごく普通の社会人であった彼は、心中にて呟く。
『空を飛ぶとは、このようか心地であったのか』と。
……だが、重要なのはそこではない。彼には為すべきことがあった。己がかつて属していた我蘭製薬の本社を襲撃する。そのために無数の因子をバラ撒いた。
我蘭製薬は非常に規模の大きな企業であるが故に、社員も数多く存在する。業務内容も様々であり、秘密主義の傾向が強いためか一部の業務を外部に委託するようなことはあまりしていない。製品を運ぶトラックに至るまで、自社で購入してドライバーを育成しているのだ。
ゆえに、『我蘭製薬の社員』と条件付けをしても、この街にはかなりの数がいる。廃業した運送会社から引き抜かれたドライバー、新薬の研究を進める研究員、地方に売り込みに行く営業マンに至るまで、出来る限りの人間を人喰いの怪物に変じさせ、またある者は因子のみを埋め込んだ。いわば『アマゾンの因子』とも言うべきソレが発動する条件はいくつかあるが、究極的にはアナザーアマゾンネオの意思のみで制御できる。そして、アナザーアマゾンネオはその段階に到達してしまっていた。
かつて『我蘭製薬の研究員・高坂大介』であった男は、殺戮と残虐を撒き散らす無慈悲なる怨念の獣に成り果てたのである。
アナザーアマゾンネオは強化された触覚にて微細な気流の変化を感じた。飛翔する何かが、高熱を纏ってこちらに向かってきている。飛行速度は、軍用機を超える速度で飛ぶアナザーアマゾンネオよりも速い。何者だ、と考える暇もなく飛翔体はアナザーアマゾンネオに激突した。付近のビル屋上に、二つの物体が不時着する。
「ぐうッ……誰だ! いや、お前は……!」
「アンタを止めに来た。これ以上先には進ませない」
激突した飛翔体、その正体は仮面ライダージオウ。白いロケットめいた奇抜な鎧に身を包み、顔面には『フォーゼ』の文字。
仮面ライダージオウ・フォーゼアーマー。絆の力でその手に宇宙を掴む仮面ライダーの力である。
「お前も知っているのか、『私』を!」
「礼二さんから聞かせてもらったよ。我蘭製薬を恨んでることも、事故のことも含めて」
我蘭製薬の火災事故。死傷者に関する情報の隠蔽。少なくとも褒められた所業ではあるまい。そのことはジオウ……常磐ソウゴとて重々承知である。
「……ならば、そこを退いてくれ。理解できないものでもなかろう」
「アンタが我蘭って会社を恨んでることも、その理由も分かった。だけど、それを理由に俺が退がることはできない」
「何故だ!」
激しく全身を震わせるアナザーアマゾンネオに対して、ジオウは冷静そのものである。その場から微動だにせず、青年は語る。
「俺、王様になりたいんだ。王様になって、世界をより良くしたい。悲しみを背負う人を減らしたいし、楽しい時がもっと楽しくなれば良いとも思う。だからさ、アンタのことも放っておけない」
「……は?」
何を言っているのだ、この男は。仮面の下で大介は唖然とした。
悲しみを減らしたい。ならば自分の中にあるこの感情は何だ? 何のために今までがあったのだ? この怒り、恨みは……やはり晴らさねばならない。悲しみを減らすというのなら、今ある憎しみを払ってみせろと、大介はソウゴに激情を叩きつける。
咆哮が轟くが、ジオウは一歩も退かない。両手を広げて飛び上がり、ジクウドライバーを回転させる。
『フィニッシュタイム! フォーゼ! リミット! タイムブレーク!』
「ロケットきりもみキーック!」
全身を一機のロケットに変形させ、高速回転によって増した力を含めて全霊の錐揉みドロップキックを叩き込む。この場では倒せずともダメージにはなる。
激突は一瞬、アナザーアマゾンネオはキックの直撃を受けてビルから落ちるかに思われた。
ジオウの全身が空中に浮かんだまま静止した。激しい回転運動は、写真に切り取られたようにわずかな一瞬を捉えられ、微動だにしない。
アナザーアマゾンネオの後方に、一人の男が立っている。タイムジャッカー・スウォルツ。彼が用いた強力な時間停止により、アナザーアマゾンネオとスウォルツ以外の全てが動きを止めていた。
「またお前か……」
「助けてやったのだ、感謝してもらいたいものだが……まあいい。空を見てみろ」
スウォルツが西の方を指差す。時間停止の中にあって、未だ動きを止めていないのは彼らだけではなかった。
巨大な穴が上空に開いている。この穴は、異なる時空に繋がる門である。スウォルツはそう考えていた。
かつてギンガという未知の仮面ライダーが、異なる時空より飛来して地球を襲撃した事件があった。ギンガの力は最終的に常磐ソウゴ達の手に渡ったものの、スウォルツとしては一つの収穫となった。
スウォルツは異なる時空への門を開くための実験として、アマゾンネオの力を時空の歪みより手繰り寄せたのである。自ら時空の歪みを制御したという前例が無い、という意味では分の悪い賭けであったが、結果的にスウォルツはアナザーアマゾンネオのウォッチを手に入れることができた。
アナザーアマゾンネオのウォッチを高坂大介に渡してから、徐々に時空の歪みが大きくなり始めた。食人の怪物たるアマゾンの力は、この世界とは微妙に異なる歴史に伝えられた異聞に由来する。
異分子が持ち込まれた影響から、時空の歪みが一時的に強まった。そうして生まれたのが、虚空に開かれし時空の門であった。
「よくぞそこまで鍛え上げた。あと一押し……俺からの前祝いだ」
スウォルツが空の穴に手を伸ばし、何かを引きずり出すような動作を行う。スウォルツの右手に禍々しい青紫の光を放つ球状のエネルギーが握られると、それをアナザーアマゾンネオの胸に押し込んだ。無形となった力が、アナザーアマゾンネオの全身を巡り満たす。
より強烈な力の高まりを、大介は感じていた。これならば復讐を果たすに不足無し、と確信して彼は再び翼を広げて空に舞い上がる。
目指す先は我蘭製薬本社。
◆◆◆◆◆◆
アナザーアマゾンネオが飛び立ってから、スウォルツは時間停止を解除した。あとに残されたのは、スウォルツとジオウの二人だけである。
「また会ったな、常磐ソウゴ」
「スウォルツ……!」
ジオウが睨みつける。この男が元凶であるにしても、これ以上邪魔をされれば状況は最悪の展開を迎える。一刻も早くこの場を離れなければならない。
「邪魔をするな、というのは互いに同じであるようだが……まあいい。空の穴が見えるな? アレを閉ざしたいのなら、アナザーアマゾンネオを倒すといい」
「何だって?」
スウォルツからの意外な助言に、ジオウが瞠目する。罠の可能性を疑ってみるが、だとすれば随分と素っ気ない言い方である。
ジオウは空の穴を見遣った。底無しの闇が空に広がっていく様は何とも不気味だ。
「俺としては空の穴……時空の門が閉じようが完全に開こうが一向に構わん」
「アンタが開いたんじゃないのか」
「確かにそうだ、だが一つ言っておく。時空の門を開くための
スウォルツがそう言った瞬間、地面が鳴動する。いや、地面ではない。ここは高層ビルの屋上だ。ビル自体に何らかの衝撃が走っている。
「さあ行け。でなければ……いよいよ取り返しのつかない事態になるぞ?」
何事かは不明だ、だがアナザーアマゾンネオを追わねばならないのも事実。ジオウは両腕に装着したロケット型のモジュールから炎を噴いて飛翔する。見送ったスウォルツが、一人呟く。
「さて……新たな門が開くぞ」
時刻は、正午を回ろうとしていた。