IF:仮面ライダージオウ 『アマゾンズ編』 作:TAC/108
「何が起こっている……!?」
誰が最初に言ったのか。いや、その場の誰もが思っていたであろう。
破壊されたアナザーウォッチから、ブラックホールめいた何かが生まれようとは。
直径10メートル前後の巨大な円形の穴が開いている。外縁部からは紫色の電光が走り、地面を灼き焦がす。穴は強烈な引力を放っており、踏ん張っていなければおそらく飲み込まれてしまうだろう。
「まさか……『時空の門』!」
「ジオウ、何か知っているのか!」
ゲイツがソウゴに呼びかける。
「スウォルツが言っていたんだ。それが何なのかは分からないけど……」
「どうすれば閉じる!?」
「アナザーアマゾンネオを倒せば閉じるとは聞いたけど、保険があるって言ってた。コレのことだったのか……!」
ソウゴの脳内で全てが繋がった。スウォルツがアナザーアマゾンネオを作った理由、目の前で開いた巨大な時空の門、そして戦いの最中でアナザーアマゾンネオが繰り出してきた、時空の門を用いた数々の攻撃。全てはスウォルツの計略だったのだ。
ともかく、今は全員でここから逃げなければならない。ソウゴはゲイツに手を引かれて走る。悠は速やかに自力で離れ、ウォズは礼二を連れて引力の届かない距離まで移動した。時空の門が持つ引力は凄まじいが、引力自体の届く距離は長くないようだ。
ふと、何かに気づいた礼二が、傍らにいたウォズの方を見た。
「……大介は、大介はどこにいる!?」
「あちらに……残ったままですね」
「何ということだ……!」
高坂大介を助けなければ。その一心だけが礼二を衝き動かしていた。時空の門の前で蹲っている大介に向かって、礼二は一直線に走り出した。大介は徐々に浮かび始めており、もはや抵抗する気力すら失っていた。
「大介ェーッ! 私はここだ! ここにいるぞォーッ!」
「……礼二か……!?」
礼二の必死の叫びに、大介が反応した。差し出された手を半ば反射的に掴むも、迷いからか力が抜けていく。
「俺は……もういい……取り返しのつかんことをしたのだ」
「そうだろうな! だからとてここで死ぬなど許さないぞ大介!」
「……生きて、償えとでも」
大介は正気だった。アナザーウォッチに復讐心を増幅され続け、その精神は磨り減っていたが、自身の所業についてはこの場にいる誰よりも理解していた。
多くの人間を人喰いの怪人に変え、少なからぬ犠牲者を出し、挙句の果てには都市をも破壊した。その結果を引き起こした自分に、何を以て贖うことができようか。
しかし、それでも礼二は止まらない。
「そうだとも。お前は、私の友だった。だからこそ、
「結局俺が戻ったところで変わるものなどない。お前がいようと、何が出来るか」
「出来るとも! お前が辛い時に傍らにいてやらなかったこと、それが私の罪だ。だから今度こそは、共に立って歩く道を選ぶ! 私はそう決めたのだ!」
礼二は必死であった。ここで大介を取り戻せなければ、諸共に死ぬ覚悟であった。時空の門は何処に繋がっているか、そもそも出口があるかすら分からない。おそらくあれに呑み込まれれば、二度と元の世界には戻れないだろう。確信はないが、予感はあった。
「私はお前の味方であり続ける、信じてくれ大介!」
礼二がそう言い終えた瞬間、世界の進みが一瞬にして止まった。時空の門の引力すらも届かない、絶対の停止があった。高坂大介ただ一人が、この停止世界の中で動くことを許されていた。重力を感じて地面に落ちると、新たな闖入者の影を見出す。
紫色の服を着た大男が、静かにその場に降り立った。スウォルツであった。スウォルツは大介の手を取り、悪魔めいて第二の契約を持ちかける。
「お前はよくやった。特別に褒美をやろう……俺の役に立ってもらう」
「な、何を」
「この時空の門を安定させるための生贄が必要だ。お前か、そこの無力な男か。どちらかを選べ。今回はお前の意見も聞いてやろう」
スウォルツは語る。時空の門は本来時空の歪みから開いたもの。それを安定させるには『門となるべきもの』が必要であり、それが今回は人柱であったという話だと。かつて門の役割を果たしていたアナザーウォッチが破壊された以上、次に捧げるべきは別の供物なのだ……それがスウォルツの語る全てであった。
大介は5秒ほどの間を置いて、言った。
「俺が行こう」
「ふむ……そこの貧弱な男でなくとも良いのか? 見たところ、貴様の憎む企業に縁深いようだが」
「……復讐は終わった。もう何もできることはない」
諦めを滲ませる声色で訥々と語る大介に、スウォルツは心底から奇怪なものを見たような表情をしつつ、門に掛けた時間停止を解除した。時空の門が渦を巻いて動き始める。徐々に強まる引力に、二人は目を細めた。
怪訝そうな表情を見せるスウォルツであったが、次の瞬間には笑みを浮かべ、労いの言葉をかけた。
「お前はよくやった……我が野望の礎となるがいい」
そう言って、スウォルツが大介の肩を叩いた次の瞬間。
大介がスウォルツの右腕を、思い切り掴んだ。
「何、をする……貴様!」
スウォルツの怒声が静かな世界にこだまする。誰にも気取られぬように積み上げた計画が、ここで破綻しようとしている。その事実がスウォルツの精神に焦燥を呼び起こす。
「
「貴様とて乗ったクチだろうが! 何を今更——ぐあッ!?」
空間が爆ぜる。その衝撃によって、スウォルツ達の距離が時空の門から離れた。虚空に開いた大穴に、無数の亀裂が入っている。アナザーライダーを起点として発生した大きな時空の歪みが、アナザーライダーの消滅に伴ってこの世から無くなろうとしているのだ。
「早くしなければ時空の門が崩壊する! 新たな時空の門となれ……! さもなくば、ヤツを殺すぞ!」
スウォルツは必死である。両手に力を蓄えて必殺の一撃を繰り出さんとしていた。大介は身構えながらも、その場から一歩たりとも動こうとはしない。彼もまた決死の覚悟であった。
「俺は生きて罰を受ける。消えない罪を背負って歩くと決めた……ここではもう誰も死なせない! お前も何処かへと帰れ!」
「くだらん! お前の意見を聞いた俺が愚かだったようだな……! 覇道の1ページとなるがいい!」
両手から放つ紫色の光弾が大介に直撃する——ことはなかった。
「早く逃げて!」
女性の声を聞き、大介が横に飛んだ。スウォルツの光弾は一瞬だけ
「チィッ、時間を掛けすぎたか!」
時空の門はみるみるうちに大きく罅割れ、末期の光を放つ。数秒後には激しく発光し——。
大介の視界が、光に包まれる。
◆◆◆◆◆◆
常磐ソウゴは十字路の真ん中で、首を傾げていた。
あれだけ危険な予感を漂わせていた『時空の門』は、その姿を消していた。それどころか、アナザーライダーの変身者であった高坂大介は一仕事終えてきたように疲れ切った風態で、自分の後ろに座り込んでいたのである。
「皆、大丈夫!?」
白い服装の少女、ツクヨミが急いでソウゴ達のもとに駆け寄ってくる。
「……ツクヨミ? どうしてここに!?」
ソウゴの疑問はツクヨミに集中する。なぜ何も事情を知らないはずの彼女が、ここに現れたのだろうか。というより、アナザーアマゾンネオが作ったアマゾン達が出没しているのに、なぜ外出していたのか。
その疑問に答えるべく、ツクヨミは経緯を語り始めた。
「あの怪物……アマゾン達がいきなりクジゴジ堂の屋根を踏んで跳び越えていったのよ。思わず外に出たら大量のアマゾンが街の方向に向かって行くのを見たわ。誰も連絡は取れないし、私一人で出来ることは少ないけど、やれることはやってみようと思って」
曰く。
街に到着した頃にはもう既に戦いが粗方終わっていたということ。
自分の介入から状況が悪化する可能性を避けるために、少し離れた場所に隠れていたこと。
タイムジャッカー・スウォルツの介入があったため、こちらには可能な対応をしたこと。
この三つをソウゴ達に説明したのちに、今度はツクヨミがソウゴ達に質問した。
「ところでこの状況は……何? 何があったの? どうしてあの人はスウォルツに襲われてたのよ?」
とはいえ、事情がよくわかっていないのはツクヨミもソウゴ一行も同じであった。ゲイツがツクヨミの肩を叩き、自らの方に顔を向けさせた。穏やかな表情でゲイツは言った。
「帰るぞ。説明は、帰りながらでもできるからな」
ゲイツはソウゴに目配せして、視線を前方に注いだ。先程まで座り込んでいた男は、旧友と肩を組みながら何処かへと歩き去っていく。
二人の男が一度だけ、ソウゴ達のいる方を向いた。彼らは疲労を感じさせながらも、満足げな笑顔で何事かを言って、再び歩き始めた。
ぎこちない二人三脚を、二人は笑顔で見送った。
「そうだ、ソウゴ君」
悠がソウゴに呼びかけた。悠の左手には緑色のライドウォッチが握られている。アマゾンオメガの力を宿したそれは、水澤悠の歴史そのものであった。差し出された左手を、ソウゴとウォズが見つめていた。
「僕も、君の創る未来を信じてみたいと思う。君にとって必要なものなら……」
悠の目は真剣であった。ウォズは無言でソウゴを見守っている。
ライドウォッチとは、仮面ライダーの歴史だ。そこには文字通りに、仮面ライダー達が積み重ねてきた戦いの系譜が詰まっている。これを継承することは同時に、ライダーから歴史を奪い去ることでもあった。ソウゴはしばらく俯いてから、顔を上げて言った。
「俺には、受け取れないよ」
若き王の選択は、従来とは異なるものであった。
「ウォズ。このライドウォッチは、俺が集めるライドウォッチの中には入ってないよね」
その言葉に驚きつつ、従者は王の問いに答える。
「確かに、その通り。彼は我々も知り得ない別の物語を歩んできた仮面ライダーだ。よって、継承すべき力としては計上されていない……しかし、良いのかい?」
「……オーマジオウを倒して、最高最善の魔王になる。それが俺の目標だ。だけど、俺達に本来関わりのない歴史まで奪ったなら、結局それはオーマジオウと同じなんだ」
審判の日、時代を画する日の果てに生まれるオーマジオウ。彼の後にも先にも、ライダーは存在しない。全ての歴史を奪い去った絶対的存在として、彼は君臨し続けたからだ。
「たとえそれが、オーマジオウを倒す糸口になったとしても、この力は、受け取っちゃいけない気がする。だから……
ソウゴの言葉に悠が微笑みを浮かべる。
『そういう道も選べる男だったのか』と、彼はソウゴに対する印象を新たにした。
悠は差し出した手を引っ込めて、その場から一歩退がった。
「わかった。それが君の答えなら、僕も尊重するよ」
悠は密かにゲイツを見遣る。それに気づいたゲイツが、悠を見てニヤリと笑った。なるほど、ゲイツは正しく
遠くから獣の声が聞こえた。異形の二輪、ジャングレイダーが悠の下へと独りでに参上する。ハンドルに引っかかっていたフルフェイスヘルメットをかぶり、悠はサドルに跨った。
別れを察して、その場の皆が手を振り始めた。悠の知る『いつか』とは異なる旅立ち。異邦にて得た新たな友との記憶は、悠の心に深く刻まれた。
「君達に会えたことは、僕にとって幸運だった。ありがとう、またいつか……次は、何でもない日に会えたらいい」
誰にも聞こえないような小さな声で、悠は呟く。
一度だけ手を振り返すと、一際大きな遠吠えと共に青年は何処かへと向かって走り去った。
◆◆◆◆◆◆
午後7時。ある高層ビルの屋上に、三人の男女が集っていた。
歴史改変者タイムジャッカー。オーマジオウに代わる、新たな王を擁立するために集った彼らは、これまで幾度となく障害に阻まれた。
「アハハハハハ! 渾身の策も台無しね、スウォルツ。策士策に溺れる、って言葉は知ってる?」
タイムジャッカーの紅一点、オーラは躊躇なくスウォルツを嘲笑する。彼女とてスウォルツが何を企んでいたかは知らない。だが、何事かを隠していたスウォルツが自らの策に嵌ってしくじったということは直感できた。オーラにとっては格好のネタであった。
「いささか不確定要素を盛り込み過ぎた、という点については事実だ。いっそ次は、奇を衒わずに正攻法で行くのも手だろうな」
オーラの嘲笑も、それを向けられたスウォルツ当人は何処吹く風である。ジオウが継承すべき力は残り少ない……つまり、魔王の誕生が着々と迫る中で、明らかにこの男だけは何事か確たる余裕を保っている。その拠り所を知る者はいない。二人のやりとりを傍観していた少年……ウールは、状況の異様さに苛立ちを覚えていた。
「スウォルツ、結局
ウールが懐疑を込めた質問をスウォルツに投げかける。アレ、とはまさしく今回スウォルツが大いに重きを置いた『時空の門』である。
しかし、問われたスウォルツはと言えば。
「そう難しい話ではない。ただ、一つだけ言えることがあるならば——我々にとっても、
虚空を見つめながら、はぐらかすだけであった。
……とはいえ、スウォルツの内心は決して穏やかではなかった。時空の門が崩壊する寸前、彼は何が起こったのかハッキリと理解していた。
時間が止まった世界に響いた女の声、認識外の闖入者。介入に気づけなかったとはいえ、その人物が何者かを知らぬスウォルツではない。
未来より現れたレジスタンスの少女。今はツクヨミと呼ばれている彼女は、
「あの力……まさに我が
◆◆◆◆◆◆
ある朝のことであった。
常磐ソウゴは一人で、見たことも聞いたこともない場所に訪れていた。そこは何年も前に閉鎖されたらしい広々とした公園であった。
木製の塔や、間の空いた橋で構成されたアスレチック。
少し低めの柵で囲われた、誰もいない地帯。
淀んで底が見えない川に浮かぶ、アヒルを模した錆び付いたボート。
枝が伸び放題になったまま枯れている樹木。
整備されずに野晒しになっている備品の数々。
土地はとても広く、一通り歩いて回るだけでも時間を要した。生命の気配は一切無く、自分の歩く音がやけに大きく聞こえる。
園内を歩いていると、奇妙な形状のバイクを見つけた。柵に寄りかかるように停まっている赤色の車体を、ソウゴは知っている。一つだけ違うのは、どこか愛嬌すら感じさせる前面部の双眸……ライトの部分が黄色いことだった。
他に誰かいるのかもしれない。ソウゴはバイクの前を通り過ぎて、早足で歩き始めた。
園内の一角には、教会を模したような建物がある。その近くには倒れたバリケードやドラム缶が散乱していた。誰が開けたのか、扉が開いていたので、ソウゴは音を立てないように入ろうとした。
「誰?」
ソウゴの全身が震え上がった。自分ではない、別の人間の声が聞こえたのだ。男の声だった。恐る恐る振り向くと、3メートルほど離れた地点に、黒い服を着た少年が立っている。その傍らには同じように黒衣を纏った少女がいた。少女は一切の感情を削ぎ落としたような無表情で、ソウゴを見つめていた。ソウゴはその視線に身震いしつつ、自分の名前を明かす。
「俺は常磐ソウゴ。君は?」
「俺は————。この子は————」
一瞬の間が空く。ソウゴは違和感を覚えた。名前は聞き取れたし、今の名乗りで覚えたハズなのに、思い浮かべようとしてもハッキリと出てこない。少年と少女が何者であるのか、という考えを一旦切り捨てて、ソウゴは質問を変えた。
「ここで、何をしてるの? どう見ても、閉園してない?」
「まあ、そうなんだけど……でもここは——」
「楽しかった場所」
「そう。俺達の、楽しかった場所」
少年は少し俯いてから、少女の方を見た。ソウゴに視線を向けていた少女は、しゃがみこんで地面を指でいじり始めていた。彼女の目にはソウゴも少年も映っていなかった。少年も無言で少女と向き合い、少女と一緒に黒い土を両手でいじる。
少年は穏やかな笑みを浮かべていた。少女も微笑んでいる。どこか幼子の遊びめいており、ソウゴは微笑ましく思った。
「楽しい?」
「楽しい」
「ああ。笑ってるよ」
「……そっか。俺も、一緒に遊んでいい?」
ソウゴが尋ねる。たまには童心に帰ってこういう遊びをするのも悪くない、と思ったのだ。少年はいいよ、とだけ言った。
黒い土を一箇所に集めて、低めの円柱を作る。小さな石ころを円柱の面に沿うように七つほど並べて、最後に木片を真ん中に置いた。
「誕生日ケーキだ」
ソウゴが呟く。率直な感想である。黒い土でできたバースデーケーキ。
誰のために作ったのか、とソウゴは少年に尋ねた。
「これは……誰のだろう?」
もとは少女が作ろうとしたものだ。少年に心当たりはないらしい。
「じゃあ、誕生日じゃなくて、記念日?」
「何の?」
「俺と、君と、彼女との出会いを祝して……でどうかな? 今日が初対面だけどさ」
ソウゴは二人に向けて笑顔を見せる。名も知らぬ少年少女だが、彼にとっては未来の
ソウゴの脳内に声が響く。聞き覚えのある日常の声だった。帰らなければ、と思った途端に、視界が白く明けていく。
「あ、ゴメン。俺、そろそろ行かないといけないんだ。皆のところに帰らないと」
「そっか……ありがとう。ちょっとの間だけど、楽しかったよ」
少年と少女が立ち上がり、ソウゴから離れていく。
「————、俺達も行こう」
「了解」
ソウゴは二人に向けて手を振った。少年と少女が、手を繋いで歩いていく。少年が振り返って、ソウゴに言った。
「あのさ、良かったら……これからも、俺達のこと、覚えててくれないかな?」
言葉を受けて、ソウゴが返す。
「分かった。きっと忘れないよ。いや……君達のことは、
少年と少女から感じていた違和感。それは恐らく、彼らが
歩き去る二人に、ソウゴは姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
視界が一瞬にして変転する。ソウゴは自分が物置の中にいることに気がついた。彼の目の前には、6枚の翼を広げた天使の絵が描かれた壁があった。その手前の机に、使い古されたストールと、二つの赤い腕輪が置いてある。腕輪は赤黒く濡れていたが、ソウゴは構わず手を伸ばす。
不意を打たれるように腕輪が青く光り、いつの間にかソウゴの手には青い腕時計が握られていた。生きて此処に在った、誰かの歴史を宿す時計。ソウゴはそっと机の上に時計を置き、物置を出て行った。
◆◆◆◆◆◆
午前7時、目覚まし時計のアラームが鳴り響く。寝ぼけ眼を擦りながら、新たな一日が始まった。
「おはよう、ソウゴ君。昨日はよく眠れた?」
誰よりも早起きだったのは、最年長者にして時計店クジゴジ堂の店主、常磐
「おはよう、おじさん……」
「どうしたジオウ、寝付きが悪かったのか」
食卓には既に全員が揃っていた。常磐ソウゴ、明光院ゲイツ、ツクヨミ、ウォズ。昨日まで一緒にいた
「昨日は相当激しい戦いがあったものね。今日は何も無いし、ゆっくり休むといいわ」
「そうじゃなくてさ……夢を見たんだ」
「夢? また妙な予知夢でも見たんじゃないだろうな?」
「お待たせー、今日の朝ごはんだよー。あ、そうだ。少し気が早いかもしれないけど、今日の夕飯は鶏鍋だよ。あのお友達……悠君だよね、彼の分も食材買っちゃったんだ。長持ちするものでもないし、早いうちに食べないと傷んじゃうからね。よろしくー」
ゲイツが訝しげに言うと同時に、順一郎が配膳を始めた。今日は和食だった。焼き鮭に白菜の漬物、細かく切った大根を入れた味噌汁と白米。朝に食べるには重すぎない、ほどよい量の食事だった。
常磐ソウゴはある種の時空観測能力を持つ。それは時々予知夢として現れ、現実に何らかの事象を引き起こすきっかけになったことがあった。
「近いといえば近いんだけど、ちょっと違うかな」
「どんな内容かな? 断片的にでも話してくれれば、私がそこから推理してみせよう」
ウォズが興味津々とばかりに身を乗り出す。王の従者として、彼は自らに出来ることは可能な限りするつもりだった。
ソウゴは少し押し黙る。夢の内容はほぼ全て覚えている。
覚えている、のだが……今しばらくは自分の記憶の中にしまっておこう、と思った。
「あとで話すよ。今は、とりあえずごはんにしよう」
順一郎が自分の分を配膳して席についた。
一日の始まりは、食への感謝から。食卓についた全員が、手を合わせて言った。
「いただきます」
箸が食器をつつく音が、静かな朝に響き始めた。
おわり