ダンジョン、第五階層。
光源が殆ど無い薄暗い空間を一体のモンスターが走る。
二足歩行する巨大な牛──ミノタウロス。
このモンスターは集団で遠征中のファミリアを襲ったが返り討ちにされ、逃げる事を余儀なくされた。
荒い息を口と鼻から吐きながらひたすらに脚を動かしていた。
脳裏に映るのは金色の髪をした少女による剣舞。
その記憶を振り払う様に逃げていた。
「──ッ?」
その時、そのミノタウロスの聴覚が何かが走る足音を拾う。
反射的にその音のする方向へ向いた。
その視線の先には遺跡のような道を走る茶色い影──
「猪突猛進!!猪突猛進!!」
──と言うよりも化け物みたいな何かが土煙を残し猛スピードで走っていた。
それは一見すると猪のモンスターだと思うだろう。
だが、発している言葉は低い声の人間である。
猪から剥いだ頭皮を被り、上半身は露出。
下半身には黒のズボン。
腰には鹿毛、脚には熊毛を巻いている。
そして、両手には刃こぼれした刀を持っていた。
「猪突猛進!!!」
そんな人間がひたすら笑い、ひたすら叫びながら全力疾走しているのだ。
ぶっちゃけると怖い。
モンスターについて分かることは少ない。
彼等に感情があるのかどうかさえも。
しかし、ミノタウロスには自分が小さくなったように感じ、目の前の人間が大きく、そして、自分を喰らおうとしている錯覚をする。
姿形は人間、それも少年の背丈だ。
なのにそれが放つ覇気は正に『獣』。
その獣がミノタウロスを喰わんとまっしぐらに突っ込んで行く。
「フハハハ!的がデカいと切り裂き甲斐があるぜ!!」
走る勢いを止めず笑いながら両手を胸の前で交差させる。
すると、カァァァァァ、と独特な呼吸音が猪頭の中から聞こえた。
その呼吸により心臓の鼓動が速くなり、血の巡りも早くなる。
そして、体の体温が急に上昇していく。
「我流 獣の呼吸──」
直後、少年の姿がぶれ、次に姿を現した時にはミノタウロスの間合いに入っていた。
謎の加速に一瞬、反応が遅れたミノタウロスに慈悲など入れず、まるで喰らいつく顎が如く交差した腕を開いた。
「──参ノ牙 喰い裂き!!」
とても刃こぼれした刀とは思えない斬撃はミノタウロスの首を千切るように両断。
弾き飛ばされたミノタウロスの頭は一瞬だけ宙を舞いながら、重力に従い地面に落ちて転がる。
首が無くなり崩れ落ちる巨躯の胸を蹴り倒し、踏み付けると灰となり消えていくミノタウロスの死骸に目もくれず更に道を進んでいく。
「フハハハ!アハハハ!!ウェハハハ!!!」
十五階層以下から現れる大型モンスターを屠ったにも関わらず、その余韻に浸らない少年。
次の獲物を探す為に走りを止めない。
静かな空間に少年の笑い声が響き渡り、それにモンスターが反応する。
「アハハハハ!………ぁあ?」
上半身裸に突き刺さる殺気。
それも一つではなく、無数の数。
少年の行く先にキラーアントの群れが現れた。
そこで初めて少年の足が止まる。
那由多の群れに恐れをなしたのだろうか?
「アハハハ!牛の次は虫か!いいね!いいね!」
否、寧ろ逆だ。
少年が至上としているのは闘争。
過ごして来た生活故に闘う事が当たり前であり、生きる術であり、強くなる為の理由である。
故に少年は闘う事を止めない。
今この瞬間こそが、最大の愉悦だからだ。
「さぁ、化け物共!!屍を晒して、俺がより強くなる為!より高く行く為の踏み台となれェ!!」
左手に持った刀の切っ先をキラーアントの群れへ向ける。
「行くぜ………猪突猛進!」
これは獣の如き少年──ベル・クラネルがより強く、より高く行く為に数多いる敵へ猪突猛進する英雄譚である。