機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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出したかった例の兵器、万を辞して登場!!

現在地球連邦軍北米方面軍は防衛線を構築、ジオン軍を迎え討っています。

この"サムライ旅団"は、本編では全然呼ばれないその名前を引っさげながらうまくそのラインをすり抜けています。

我ながらビックリです。働けよ。


第十二章 反撃の牙

『戦場の狂気』はあらゆるところに蔓延っている。

 

『戦争』という非日常が日常へと変わる時、それは世界へと広がり始める。

 

それは何も戦場を駆ける兵士だけではない。

 

戦線から遠のくと、楽観主義が現実に取って代わる。

 

そして最高意思決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。

 

戦争に負けている時は特にそうだ。

 

『狂気』が広まり、新たな『狂気』を生み出して行く。

 

逃れる術は、誰も持たない。

 

 

 

──U.C. 0079 4.25──

 

 

 

『だから!遅過ぎたと言っているんだ!!』

 

 少尉は思わず首を竦め、スクリーンしか無い狭い左右を見回す。スピーカーによる大音量の罵声が響き渡ったからだ。ヒビ割れた、耳をつんざく様な音は空気を揺らし、少尉の頭を突き抜け、砂を揺らし、まるでさんさんと陽の照る砂漠全体を揺さぶるかの様だった。

 実際、砂は振動で揺れただろう。音は遮るものも無く、遥か先まで響き渡ったに違いない。しかし、それを咎める者も、聞き耳を立てる敵もいない。ここは彼の独壇場だ。彼がここの指揮者なのだ。逆らう者は太陽にだって噛み付いて見せるだろう気迫だった。

 

「だ、だって、"これ"が重過ぎて……」

 

 少尉の眼下で、変わり果てた姿の伍長がぼやいた。射撃跡が刻まれ、膝の深さ程ある凹凸となった地面に尻餅を着く彼女は、ヘトヘトに疲れ切っている様だ。周りの砂はやや小さめのクレーター状に抉られ、その縁を真っ黄色いペンキが彩っている。それは自然そのものを映し出している砂漠の風景に似つかわしくない、ケバケバしい、科学の色だった。黄色く描かれがちな砂漠であるが、その様な砂漠はまず無い。万人のイメージする砂だらけの砂漠自体が少ないから仕方が無いが。今いるこの砂漠はその珍しい砂砂漠であるが、それでも砂の色は黄色とは言い難い色だ。黄色と言うより、むしろ赤に近いと思う。まぁ、その色は砂漠によりけりらしいが。

 風が吹いた。しかしへたりかけている伍長を救うには至らない。突き抜ける様な青空に、ポツポツと浮かぶ小さな雲を吹き散らし、その気温をさらに上げるだけだ。熱気を孕む熱い息吹は砂を巻き上げ砂漠を渡って行く。厳しい自然を見せつけるかの様に砂が吹き上げられ、伍長とその周りを彩っていた鮮やかな色もすぐ砂色に染まって行く。

 砂、砂、砂……。砂がいっぱいある。裏を返せば砂しかない。宝の山とは程遠い。それはこの大量の砂が自分達にとって無価値だからだ。粒子の小さいきめ細かい砂は砂時計等には似つかわしいかも知れないが、人間や精密機械には酷だ。あらゆる隙間から入り込み、肌や肺などを傷付け、機械を摩耗させる。つまりは今の俺達に利用価値が全く無いのだ。害しか無い。だから、砂しか無いと言い表すのだ。初めは珍しかったこの風景も見慣れ始め、少尉もこの砂には辟易していた。

 

『言い訳すんじゃねぇ!!あれ程射撃と同時に迅速に射点移動を行えと言ったはずだ!!愚図が!!これが実戦なら貴様は死んでいるぞこのダボが!!もう一回だ!!』

「ひぃぃぃぃぃぃぃいいい!!!」

 

 声に蹴飛ばされる様に、伍長が半泣きでよたよたと走っている。訓練用ペイント弾を頭から浴び、爪先まで真っ黄色になったその姿はどこか悲惨でどこか滑稽だった。当の本人は涙目であったが。

 速乾性のペンキが砂を巻き込み、野戦服や髪を固めている。それが更に身体の動きを阻害し、枷や重りとなっているのだろう。ペンキの色と砂が織り成すさいけでなマーブル具合は、前衛芸術やどっかの民族の工芸品との仲間入りを果たしているなと思った。口が裂けても言えないが。

 

『命中!判定は中破!』

 

 また別のスピーカーが少し割れた大きな声を出す。耳を澄まさなくとも、それはすぐ隣から聞こえてきた。響く声はすぐさま風に吹かれ、砂漠が描き出す地平線の先へと吸い込まれて行く。

 そのまた隣でも同じ様な光景が広がっている。まるでサッカーコートが沢山並んでいるかの如く壮大な景色だ。それを認識出来るのは極一部の人間のみだが。その箱庭の中で、数多くの連邦兵達が馬鹿デカい筒を抱え、頭から真っ黄色になりながら砂の中を転げ回り、それを"ザクII"が追い回すというカオスな光景が広がっていた。演習場と言うよりは、子供が砂場でオモチャの兵隊を使った破茶滅茶なごっこ遊び(ブンドド)の様に見える。勿論そんな長閑なもので無く、命の危険をも孕む訓練なのだが。

 今も炸裂したペイント弾が連邦兵の分隊を丸ごと吹き飛ばし、赤みを帯びた地面に叩きつけていた。訓練用の弱装弾と雖も、口径は120mm、直撃すれば死んでもおかしくは無い。彼らも直撃こそしなかったが、至近弾が着弾する衝撃波で軽く数mは吹っ飛ばされていた。転がったままの2、3人は脳震盪か、ペンキに塗れピクリともしない。衛生兵が急ぎ駆け寄り引きずって行くのが見える。引き摺られた跡はまるで血の河の様に見えた。しかし、その様な危険な事程少し離れて見ればまた別の見え方をするものなのだ。

 そんな死にものぐるいの連邦兵士達を他所に、太陽は我関せずと言った様子で光を放つ。ジリジリと肌を焼く熱気は湯気と共に立ち上り、汗や血を蒸発させ、その地獄絵図は加速して行く。凄まじい光景だ。実戦と何も変わらない程の過酷な訓練に、ペンキがグロテスクな程の存在感を示していた。

 

「「おお〜〜」」

『ヤるな無口野郎!だがまだ甘い!!一撃必"撃"だ!もう一回!!』

「……了解…」

 

 背中に青いペンキをベタリと貼り付け、中破判定の出された"ザクII"の背後で、軍曹が軽く砂を払い立ち上がる。敵役となっていた"ザクII"の死角を突いた、教本通り、正にお手本となる完璧な攻撃だ。陽動等を行う事が出来ない単独行動であるにも関わらずそんな事が出来るのは、"ザクII"の対地センサーを死角を突き、レーダーやセンサー、有視界戦闘用カメラの走査範囲を掻い潜り接近した事に他ならない。"ザクII"を鹵獲した際、リバースエンジニアリングに深く関わった軍曹ならではの技だろう。

…………出来るのは軍曹だけであろうが。

 

 背中に鮮やかな青い花を咲かせた"ザクII"は、悲鳴に近い歓声を浴びながらゆっくりと演習場から歩み去る。極至近距離から放たれた一撃は、見事に"ザクII"の背中の"バックパック"("ランドセル")、エンジンブロックを根元から吹き飛ばしていた。装甲貫徹能力から考え、現実であれば中破では済まされないだろう。よくても戦闘の続行は確実に不可能だ。動く事すらままならないだろう。そうなれば幾らMSと雖もタダでは済まない。それどころか、中破扱いとなった理由が、装甲の薄い背面"ランドセル"のど真ん中で無く、更にほぼ装甲が施されていない側面左側、動力パイプ基部に胴体側へと突き刺さる様に着弾していた事であったが、その理由に気づき、少尉は思わず身震いした。

──装甲の最も薄い着弾地点、その先はコクピットへの最短ルートだ。仮に実弾がカタログスペックに書かれた性能を発揮しなくとも、モンロー・ノイマン効果により発生したメタルジェットは十分コクピット内へ到達し、パイロットを蒸発させるだろう。まるで自分の背中に大穴が開いた気分になり、背中をどっと冷や汗が伝い落ちる。軍曹が敵で無くて良かった。心からそう思った少尉だった。

 

《見込んだ通りだタクミ!やはりスジがいい!!だがまだ足捌きが甘い!!エイミングも遅い!!MSは航空機でも戦車でもない!全く新しい兵器だ!!それを身体で覚えるんだ!!》

「イエッサー!!」

 

 一方、殆ど無意識の内に機体を操っており、考え込んでいた少尉は我に返り、慌ててインカムへと声を吹き込む。地上の地獄からは遠く、少し離れた岩石砂漠の谷の一角で、少尉は"サムライ旅団"唯一のMSである"ザクII"に乗り込み、一対一の模擬戦を行っていた。

 

《強気で行け!敵戦力の過小評価も過大評価もいらない!ただ、確実に目の前の敵の息の根を止めろ!冒さなくていい危険は冒さないのは鉄則だ!!》

「イエッサー!」

 

 目を凝らし、索敵を続ける。巨大な岩が転がる、入り組み複雑な地形では、通常のレーダーやセンサーはあまりあてにならない。特殊なセンサーは搭載されていないこの機体においては、目視が大切だ。見つけた。距離1200。岩山の影、こちらには気づいていない。レティクルを目標に合わし、安全装置を外す。やや遠い、撃つか?いや、確実に仕留めるには足らない。射点を晒す危険も大きい…気づかれた!

 反射的に素早く引き金を引く。マズルフラッシュが迸り、弾丸が空を切り裂き飛んでいく。しかし当たらない。岸壁に派手なペイントを施したがそれだけだ。狙いが甘かった。反撃とばかりに狙いを定める"ザクマシンガン"に追われ、地面を蹴立て砂煙を上げた少尉の駆る"ザクII"が、滑り込む様にして巨大な岩の裏側へ隠れ、遮蔽物として盾にする。MSは直立すれば全長18m近いサイズである為、その身を隠せる物は地球上に少ない。しかし、人間と同様、屈む事の出来るMSにとり、地球の起伏に富んだ地形は身を隠すに十分過ぎる程の大きさがあった。色鮮やかなペンキを撒き散らし、岩を彩る激しい銃撃から身を守り、一瞬の射撃の切れ目を狙って反撃する。敵役の"ザクII"は射撃を切り止め、更に有利な地点を目指し動き出す。こちらを視線から外したのを確認し、少尉は裏をかき敵役を迎え撃てる地点を目指し進撃する。それは詰将棋の様に相手を追い詰めて行く棋士か、地形を縫う様に移動し、敵に悟られず先手を打つ狩人の様な動きだった。有利な地点への陣取りと、無防備な側面や背面を狙撃しようとする動き、それは地上の巴戦(ドッグファイト)と言えた。まだ多少のぎこちなさはあるものの、状況に応じ機体を捌く少尉は、MSの機動戦にも適応し始めていた。

 

《いい返事だ!!ならシュミレーション3-8からもう一回だ!!とっととしろ!その手間取りが仲間を!お前を殺すぞ!!》

「イエッサー!!」

 

 "ザクII"が怪しげに光るモノアイを走らせ、付近一帯をクリアリングする。あらゆる波長のセンサーが情報を掻き集め、高性能なコンピュータがそれを処理し、スクリーンに投影する。しかし、それを最終的に判断するのはやはりパイロット、人間だ。目まぐるしく変わる地形、天気、戦況、自機のコンディション、敵の位置、その全てを支配する必要があった。その為には、戦士として、MSの騎手(ライダー)として高性能な兵器を動かすパーツになる必要があった。少尉は、確実にそれに近づきつつあった。

 一通り索敵し安全を確認した少尉はほっと一息つき、次の戦場へと機体を導きながら、やや傾き始めた陽を擁する空を見上げる。航空機乗り(ドライバー)は、どんな時も空を仰いで戦略を練る。どこまでも青い空は、白い雲をたなびかせ、ゆっくりと流れて行く。

 

《ほぉ…そうだな。それでいい。だが、警戒と緊張は別だ。リラックスするのは大切だが、気を抜けば死ぬぞ。油断は禁物だ。だが身体を硬ばらせるなよ?警戒しろ。観察しろ。考えろ。判断しろ。そして動け。強い敵を避けるのが戦術だ。それを頭で覚えとけ》

「イエッサー」

 

 ふと、この空を吹き渡る風の色は、何色なのだろうと思った。

 

 

 

 

 

 地球連邦軍の極秘精鋭部隊である"セモベンテ隊"が合流してから丸一日。MSと"新兵器"を交えた訓練は、既に佳境へと差し掛かろうとしていた。整備兵達もしごかれ、磨かれ、更に人から離れ、兵士と、兵器へと近づきつつある。"新兵器"は、そんな彼等にさらなる飛躍をもたらす物だった。

 

 "新兵器"。それは"セモベンテ隊"含め複数のMS鹵獲運用部隊の実戦データから得られた情報を元に、旧世紀の信頼性の高い兵器をベースとし強化発展させた史上初の個人携行用対MS戦闘兵器だった。MSという、戦場を、歴史を、あらゆる物を破壊し、変革をもたらした存在。圧倒的な力で連邦軍を蹴散らし、その命を奪い去って行く"死神"("ザクII")

 その"死神"を討つための、歩兵が使う決戦兵器。ちっぽけな人が、"死神"を討つ大番狂わせ(ジャイアント・キリング)を起こし得る可能性の兵器。英雄が振りかざす、ドラゴンを屠る"ドラゴン・キラー"。

 

──その兵器の名は、"リジーナ"という。

 

 対MS重誘導弾(AMSM) M-101A3 "リジーナ"は、地球連邦軍が旧世紀に使われていた対戦車誘導弾(ATM)を大型化、強化発展させた物だと考えて良い。また、信頼性が高く、単純な構造でミノフスキー粒子下でも正常に作動するよう開発された、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもある。従来型のATMにありがちな完全撃ちっ放しで無く、有線式による画像誘導装置を標準装備した個人携行用の対MS兵器だ。 

 個人携行と言っても、そのサイズは全長157cm、口径139mmという大きさだ。砲身及び本体、弾頭、誘導装置、三脚がそれぞれパッケージングされており、それらを組み立てる事で完成する。とても1人では運用出来無い代物で、兵士2人により組み立てた本体を運搬、もう1人により弾体運搬の計3人によって運用される。人の手で運用出来る限界まで大型化した結果のサイズであり、MSを破壊し得るパワーを持つ。しかし問題も既に浮上していた。第一に、大型化に大型化を重ね、内部炸薬の量を増やし、その性能を上げたものの、それでも火力不足は否めず、MSを正面から撃破する事は難しい。また第二に、発射時のバックブラストもかなりのもので、発射地点を容易に特定されてしまう上、誘導中は移動は不可能で、無防備そのものだ。人の手でMSを倒す、と言う無茶なコンセプトが無理に推し進められた結果、そのしわ寄せは深刻なものとなっている。

 結局の所、その運用は困難を極める結果しか残らず、満場一致でそう結論付けられた。しかしながら、それでも戦力として、対MS戦闘用の切り札として個人携行用対戦車無反動砲("タケヤリ")と共に供給された大型の設置型誘導弾だ。

 

 従来型のまま、成形炸薬のみを変更した"タケヤリ"、そしておやっさんが改修した"スーパージャベリン"に比べ、"リジーナ"は射程、威力、装甲貫徹能力、命中率などあらゆる面において優れている。勿論、その分サイズが大きく重量も嵩むため運用し辛く使い勝手が悪いのが欠点だ。しかし、それでも"スーパージャベリン"とは違い、"ザクII"の正面からでもある程度のダメージが見込める点では有用な兵器と言えるだろう。型式番号の"A3"と付くとおり、内部炸薬を変更し量を増やした事により、装甲貫徹力を4%アップさせ、新たに大きく仰角を取りトップアタックがし易い様改良されたが、基本性能に大きな違いはない。

 だが、この兵器の登場により、戦車や航空機に乗れない兵士にも、ある程度の訓練を受ける事でMSに対抗し得る事が出来る様になるだろう。恐らく、それこそが連邦軍の切り札であった。つまる所、簡易製造兵器とそれを扱う対MS特技兵育成により、対MS戦闘の()()()を増加させ、ゲリラ戦の展開を行うつもりだ。

 昨今のハイテク兵器の末端とも呼べるこの兵器は、それでも取り扱いは限り無く簡略化してある。つまり、戦車兵やパイロット等、養成に時間のかかる貴重な技能を持つ兵士を逃し、新たに育てる時間を、質の悪い急造の兵士の命と引き換えに確保する、地球連邦軍にしか不可能である大規模な遅滞攻撃作戦だろう。実質捨て駒とも呼べるかもしれない。いや、捨て駒そのものだろう。それでも、ジオンに取ってとても無視出来ない戦力であるのは確かだ。戦力及び人的資源にかけるジオンに取り、MSは貴重な兵器だ。パイロットはそれ以上に大切な存在で、更に数もそう多くはない。それをATMに毛の生えた兵器と人海戦術による数の暴力で磨り潰されるのだ。そう、M()S()()()()()()、それが重要なのだ。職業軍人の人手不足が叫ばれて久しいが、それは高度な教育を受け、高い技能を持った兵士の事だ。数合わせ、人手ならいくらでもいる。それこそ、字が読めなくとも、これを運べる体力があり、画面を覗き込んで引き金を引ければいいのだ。

 

 戦争とは政治の手段の1つであり、経済活動の1つだ。要するに命の消費をも勘定に入れた、あらゆるものを商品にしたビジネスなのである。つまり、安い兵器と安い教育費、人件費の兵士を消費しながら、敵の高い兵器と高い人件費、教育費の兵士を殺すのが理想となる。それこそ、かつて一時代を築き上げた無人機もその考えから来ていた。旧世紀において全盛期を迎えた無人機は、それこそ戦場から兵士を完全に排除するとまで唄われたが、それを成し得る事は結局出来ず、衰退した。しかし、その気持ちも判る。人間はその質によって、一番高くも安くもなる商品だったからだ。

 例えば、ゲリラ戦術の1つとして、ホームレスにちょっとした金とロケットランチャーを渡し、敵戦車を倒す様に指示したとする。1人ではとても無理だ。相手は高度な訓練を受けた正規兵であり、戦車も随伴歩兵と共に対応をするからだ。しかし、そのホームレスが100人、200人で一斉にかかればどうか?その内の9割が死のうと、1人でもロケットランチャーを戦車の側面や上面に叩き込む事が出来れば、数百万円で数億円の敵戦車を撃破または大破させ撤退させられるのと数千万円の兵士を殺傷出来るのである。

 対艦ミサイルも、1発が数億円単位の兵器だ。しかし、その対艦ミサイルは命中すれば数百億、数千億の艦を沈め、数百人単位の人員を殺傷出来、その損失は天文学的数字となる。つまりは、費用対効果が重要なのである。如何に多くの出血を相手に強いるか、如何に自分の出血を抑えるか。これに尽きるのだ。

 

 その点、この"リジーナ"は高い費用対効果を持つ。だが、それは人命と言う別の出血を犠牲にした上での話だ。人命という商品は質に価値が大きく左右されるが、共通して使える様になるまで時間がかかる事が最大のネックとなっている。そして、人命とは国そのものを支える歯車である。数が幾ら多かろうと、その消耗は国の衰退そのものを意味する。この武器は、上層部が今を凌ぐ為に下した血塗れの決断そのものだ。

 しかし、俺はそう思ってはいない。これは我が旅団に取り、大きな戦力増加と呼べるだろう。決して"自殺兵器"(スーサイドウェポン)等では無い。ジオンを慄かす脅威となるはずだ。

 この新兵器を如何に使いこなすかが、この旅団の今後を決めるだろうと少尉は睨んでいた。MSは厳しくとも、対戦車戦闘には十分過ぎる程の威力だ。これは旅団全体の自衛力の向上に繋がる。更に、MS、戦車との連携を行い、待ち伏せ(アンブッシュ)により火力だけを活かし、生存率を高める事も出来るだろう。この兵器にしか出来無い仕事もあるはずだ。中佐の情報によればこの兵器を用い2ケタにも届くレベルで"ザクII"を撃破している小隊もあり、"ザクハンター"と呼ばれているそうである。それは望まない。この兵器は、相手を撃破するのでは無く、脅威を与える、それだけでいいのだ。敵の注意を少しでも引き、負担を増やす。手数が増えればチャンスも増える。その為の手段としては申し分無い。その点に関しては有用と言える。MSにとり、この"リジーナ"は蜂だ。簡単に捻り潰せる矮小な存在だが、その一撃は致命傷になり得る可能性を常に孕んでいるのだ。これ程厄介な存在もあるまい。

 

『訓練終了ー!!』

 

 今日あらゆる罵声を吐き出したスピーカーが最後の一声を響かせ、地獄の一日が終了した。俺はただのMS操縦訓練だったけど。伍長、大丈夫かな?ふつーに死んでそうなんだが……。

 そもそもあれ程飲んでいたはずなのにケロリとしていた中佐、軍曹に叩き起こされ、結局一杯も飲まず即寝た少尉を除いてダウンしていた兵達の一日は砂埃を巻き上げる"ラコタ"に追われ強制的に酒気を抜くというスパルタな訓練……もとい拷問から始まり、午前中いっぱい走り回された後、午後は新兵器"リジーナ"を用いた地獄の対MS訓練だったのだ。大の大人でもかなりと言うかものっそいキツイであろう。実際伍長は午前中から数回気絶していた。寿命とか縮まなきゃいいんだが………。

 

 訓練の結果も散々だった。旅団全体を合わせた一日でのスコアは大破または撃破判定3、中破、小破判定合計7。軍曹以外は全員複数回の戦死判定だった。初めてだから仕方がないと言えばそうであるが、実戦においてはそれは通用しない。因みに軍曹は全体のスコアのうち撃破1、大破及び中破小破合わせ5と凄まじい戦果を叩き出していた。しかも1回目の演習でいきなり大破判定を叩き出し、そこからは個人で演習に臨んでその結果と言うとんでもねぇターミネーターである。"ザクマシンガン"から放たれるペイント弾の至近弾すら遮蔽物でやり過ごしきってるし。こえーよ。コマンドーかよ。

 問題は、軍曹は戦車兵としてなくてはならない存在であるため、"リジーナ"を使う機会はほぼ無いであろうと言う事である。…今度、軍曹には影分身を覚えてもらうしか無いな……。

 

 ついでに付け加えると、今回この様な地獄絵図となったのは、通常の演習に用いられるレーザーによるダメージ判定装置等戦地にあるはずもなく、仮にあっても戦車、MS、人とは全く規格が違う為使えない事から、()()()()を兼ねてペイント弾が使われた結果だ。加えてこのペイント弾、前述した通り訓練用弱装弾と雖もその衝撃力は凄まじく、直撃すれば重傷どころか死ぬ可能性もある。今回死者こそ出なかったが、骨折等の重傷者は4名程出ている。後遺症等の心配は無いそうだが、それでもやはり衝撃は大きかった。

………しかしそれほど危険な演習にも関わらず、全員が奮闘していた。元非戦闘員がここまでやるとは、どこぞの海賊放送では連邦軍は練度、士気共々グダグダであり、戦争はもうすぐ終わるなどとのたまっているのに対し、純粋に誇らしく思える。素晴らしい事だ。これは決して俺の功績で無く、おやっさんの功績であるが、それでも嬉しかった。

 

 しかしその結果がコレである。おやっさん、軍曹、"ザクII"パイロットを除き全員頭から真っ黄色でベットべト。そのペンキが砂を巻き込み固まり、目も当てられない様相を見せていた。B級映画の出来の悪いゾンビみたいだ。ここはアークレイ山地でもスリークでもないんだが……。ミルウォーキーでもない。

 あり?俺はホラーは苦手だから詳しく知らんけど、ゾンビってブードゥー教の刑罰とかの名前じゃなかったっけ?いつの間にか特定の感染病患者の名称になったんだよ。

…そう考えると、感染病患者を治療は不可能だ、そして危険だからと情け容赦無く撃ち倒して行くって中々に鬼畜の所業だなぁ……一番の畜生が殆ど畜生と化した罪の無い一般人を殺し尽くしたヒーローたる主人公って笑えねぇわ。

 

 そのゾンビの中でも、特に何回もやらされ計11回という戦死判定を叩き出した伍長は汚れていない所が無く、最終的にはペンキと汗と涙と砂で何が何だかわからなくなったドロヌーバの様になっていた。なんか不定形の生物かなんかに近い感じだ。人の尊厳もクソも無い。演習終了の合図と同時に泣きながらシャワールームに飛び込んで行った。それを見て中佐は大爆笑していた。俺はドン引きだ。

 

「…中佐殿?いささかやり過ぎでは……?」

「なぁに、却って耐性がつく」

「何のですか……?」

 

 それにしてもこの教官、ノリノリである。やめてやれよ。言えねーけど。

 色とりどりの死者の列を見送りながら、少尉はしゃがみこみ"リジーナ"をしげしげと観察する。丈夫に簡素に、それでいて攻撃的に作られている。中々に好みのデザインであると言えた。機能美と言うか、質実剛健と言うか、限り無く無駄を削ぎ落としたそれは、確かに地球連邦軍の救世主と言えるだろう。問題は、立ち向かう敵が強大過ぎる事だけか。

 

「大将!どうだ?"リジーナ"は?」

 

 おやっさんが手を軽く振りながらやって来て、しゃがんだ少尉の見ていた"リジーナ"の太い砲身ををポンポン叩きながら言う。三脚という物は二次元への接点に関しては最も安定性があるが、下の砂地に足を取られたか、少し傾く。

 

「大将はやめて下さいおやっさん……まぁ、そうですね…現時点では使えません。陸戦ユニットの皆さんは全員相討ちです」

「シロウトながら結構やったんだがなぁあいつらも……」

「やっぱ、"ラコタ"使って機動運用か?」

 

 む、足回りにも少し改修を加えるか、等と独り言を呟きながら"リジーナ"に触れるおやっさんを風が撫で、重量軽減及び強度保全のために開けられた穴が音を立てる。ひゅうひゅうと言う寂しげな音は、この破茶滅茶であるが騒がしかった1日が終わりつつあるのを惜しんでいるかの様だ。この悲劇の兵器が、人を殺さず主役になれたのだ。その点に関しては確かに一抹の寂しさを覚える。狂想曲は終わり、狂乱騒ぎが始まるのだから。

 そんな感傷に浸る少尉を他所に、中佐は中佐で腕を組みつつベタベタの整備兵達に目をやる。そこから目を逸らし、おやっさんと目が合ったのか笑い合う。俺には分からないが、2人にはやはり何か思う事もあるのだろう。少尉も釣られて薄く笑みを浮かべ、口を開く。

 

「"ラコタ"ではサイズ不足なんです。上で設置すると分隊支援火器が使えなくなるんです。仮に運用するにも安定性の問題や、直接照準かつ有線誘導方式でというネックも…それにバックブラストの問題もありますし……けれど、この火力は正直手放したくは無いですね……」

「そうか。バックブラストは何とかする案を既に考えつつある。だが…」

 

 世界を染め上げる赤い光を投げかけ、ゆっくりと沈み行く太陽に目をやり、そのまま考えこむ黙り込む中佐。それを尻目に、少尉とおやっさんは"リジーナ"の戦力化の為に2人で相談を続ける。運用は厳しくかなり危険だ。しかし、今の状況においてこれ程の戦力を手放すのは惜しい。喉から手が出る程少しでも戦力増強を必要としている今、"リジーナ"はこれ以上無く魅力的だった。

 確かに、"リジーナ"はMSに対し一撃で仕留める事も可能なポテンシャルがある。軍曹が今日示した通りだ。しかし、そのリスクは大き過ぎる。死んでからでは遅いのだ。ウチの人員は、正直な話質が高く価値が高い。すり潰していい命ではないのだ。

 

「……ふぅ…お、そういやタクミ、今日はご苦労だったな。よくついて来た。やるな」

 

 ふと、思い出した様に口を開き、賞賛を口にする中佐に苦笑しつつ、少尉は笑って応える。立ち上がり"リジーナ"を軽く持ち上げ、その傾きを直しながら、夕日に照らされる"ザクII"を仰ぐ。頼もしい"死神"は、静かな落陽に目を細めるのみだ。

…と言うか気がついたら名前呼び捨て呼びだ。個人的にはどうでもいいのだが、どうして階級で呼ばないのだろうか?

 

「こちらこそです中佐殿。演習にお付き合いいただき、痛く感謝します」

「慣れたか?"ザクII"(アイツ)には」

 

 少尉、おやっさん、中佐の3人が並んで"ザクII"を見上げる。既に陽は沈みつつあり、立ち並ぶ"ザクII"はその緩やかなカーブを描く装甲の輪郭を強い西日へ浮かび上がらせる。既存の兵器から大きく逸脱した独特のシルエット。まるで古代文明の石像だ。大砲を振り、地を蹴り、火を噴き嵐の様に動き回る巨大建造物は今、時折風が運ぶ砂に乾いた音を立てるだけだ。壮観な眺めだった。MS2個小隊。"ロクイチ"を含めれば複合4個小隊、なんと1個中隊になる。そこらの物資集積所どころか、小規模な基地すら攻め落とせる戦力だ。恐らく、今の地球連邦地上軍の方面部隊において、最強クラスの戦力を保有しているだろう。数こそそう多くは無いが、MSの機動運用による打撃力、衝撃力は既存の兵器に対し高いアドバンテージを発揮する。この部隊で強襲をかければ、額面の戦力以上の結果を出すだろう。

 既に少尉の中に、MSを疑う心は無かった。ただ、この兵器のもたらす破壊力に対する畏怖だけがあった。しかし、それもまた形を変えつつある。少尉はこの機動兵器に魅力されつつあった。巨大な、大地を闊歩する二足歩行兵器に。

 

「中佐殿には到底かないませんが、何とか最低限の事は」

「ふはっ、相変わらずの謙遜ぶりだな。だが、それを忘れるな」

「はっ」

「ではな、タクミ」

「はっ、中佐殿もどうぞおやすみになって下さい。お疲れの出ません様に」

「話は終わりか……ぁ〜…飲むか」

 

 ニヤリと笑った中佐は、おやっさんと伴ってコンボイへ入っていく。また飲む気か。あの人達の肝臓は何で出来てんだ?血は本当に赤なのか?

 その姿を敬礼で見送りつつ、心の中で改めて感謝する。MS戦闘のノウハウのイロハを教えてもらったのだ。上手く使いこなせれば旅団全体の死傷率はグっと下がるだろう。それに、前線でMSが暴れ回る事で、そちらに敵は注目せざるを得なくなる。囮としては十分過ぎるくらいだろう。素晴らしい事だ。リスクは小さいに限る。この旅団において、一番安い命は俺の命だ。それは素敵な事だった。

 

 そして、今日の訓練で悟った。時代は、MSを主役に選んだのだと。この機動兵器は、戦場の常識を塗り替える力がある。世界を変える力だ。ジオンが夢中になる訳である。

 

「…あ、軍曹。お疲れ様」

「…少尉。お互い様、だ……」

「シャワーでも行くか、身体ザラッザラだし…」

「…そう、だな……行くか……」

 

 少尉は立ち上がり、砂を払うと、砂埃程度の汚れしかない軍曹を誘い、シャワールームへ向かう。コンボイの中は涼しく、ひたすらに快適だった。ここにはペンキのペの字すらない。伍長はともかく、他の兵は外の兵器洗浄用のシャワーで洗っている。乾き、こびりついたペンキはそう簡単に落ちない。高い水圧で吹き飛ばすしかない。また、"セモベンテ隊"の他の"ザクII"パイロットは既に浴びている。シャワールームはガラガラだった。貸切状態と言うヤツである。

 

「なぁ、あの"リジーナ"、軍曹ならどうする?」

「……あのままでは、使えない………コンボイの、自衛火器………か…?」

 

 頭から熱いお湯を浴び、力を抜いた少尉は待ちかねたとばかりに口を開く。少尉は"リジーナ"に触れ、試射こそしたが運用はしていなかった。実際に使った者の意見は貴重だ。しかも軍曹はあらゆる兵器を運用して来たベテランだ。意見の重要度は折り紙付きとなるだろう。

──成る程。確かにいいかもしれない。持ち運べるとは言え、"リジーナ"の重量はかなりのものだ。それに、機動力や自衛力に欠けるコンボイに備えつければ、それこそ"リジーナ"はその性能を発揮してくれるだろう。

 

「……少尉は、どう……?」

「……"ヴィークル"に載っけようと思ったんだが…そっちがいいな」

 

 熱い位のお湯が気持ちいい。風呂もあり、そちらの方が好きだがあまり贅沢はしたくない。出来無い訳で無いのがミソである。今までの生活や訓練期間の中で、一番快適な気がする。戦場である事を忘れてしまいそうな位である。

 少尉が"ラコタ"で無く、"ヴィークル"を"リジーナ"運用母体として考えていたのは、純粋に兵器としての性能、兵士を守る能力からだった。連邦軍兵士としては悔しいが、ジオンの兵器は優秀なものが多い。"ヴィークル"もその一つだ。有線リモコン方式で上部に備え付け、生身を晒さず攻撃出来たら、と思ったが……。"ロクイチ"に搭載も考えたが、流石に手が足りない。それに"ロクイチ"は対人攻撃の方が欲しい。軍曹の案が実用的だろうな。

 

「……載せるには、"ヴィークル"側に…大規模な、改修が……」

「あー、これ以上おやっさんや整備兵達に負担をかけるわけにはいかないしな…」

「……難しい、ものだな……」

 

 スッキリとシャワーで汗を流し、心身ともにリフレッシュする。少尉は手早く身体を拭き、ズボンを履いて牛乳を飲む。軍曹はビールだ。"GLANZ"という名前でジオン産ビールの代表格であり、サイド3("ムンゾ")ては良く愛飲されているライトなドイツ系のビールらしい。襲撃と同時に手に入れたが、それ以来軍曹はシャワー上がりに飲んでいる。

 ほぼ男所帯なので2人とも上半身裸だ。これがだいたいシャワー上がりの少尉達のスタイルである。伍長ならともかく、相手も軍曹なので気兼ねもない。少尉も全身を覆う戦傷を恥ずかしがる精神は持っていなかった。その傷痕は今、痛々しさを潜め、緩く湯気を立てている。

 

──かーっ!!この一杯の為に生きてるわーっ!!ラムネやコーヒー、イチゴ、ミックス牛乳もいいが、やはり王道は王道だな!!

 

 腰に手を当て、瓶牛乳を呷る少尉は、ただの19の少年だった。

 

……ん?

 

「…あれっ?シャツがない」

 

 飲み終わった瓶はそのままに、少尉は立ち上がり乾燥室に向かう。この瓶もおやっさんなりのこだわりらしい。兵站を圧迫し問題も多い瓶だが、風情は十分だ。乾ききらない髪をそのままに、シャツを取りに向かった少尉は首を傾げる。規律もあるし、そのままうろつくわけにもいかないので、服を着ようと思ったんだが……。勘違いか?

 

「……士官服は、違うのか……?」

「ん?いや、少し上等だけど、使ってないんだよね…だから盗まれる心配も無いと思ったんだが……」

 

 別に、かっこつけてってわけも……少しあるんだけど、なんか、こう、勿体無くて、ね………。

 この旅団にモノを盗む様な輩は居ないと思うが、むぅ。

 

「……犯人…炙り出す、か……?」

 

 軍曹がホルスターからガバメントを引き抜き、スライドを引き薬室の初弾の有無を確認しつつ言う。隙を一切感じさせないその動作は、正に常在戦場の体現の様だ。

………冗談だよね?

 

「…いんや、いいよ。間違えただけかも知れんし…それより今は大切な事があるだろ?」

「……そう、か………」

「ジオンは、南下を既に始めてる。トラック群も、また戦闘に巻き込まれる可能性が高い……」

「……俺たちが、やらなくては…な……」

「そうだ」

 

 牛乳瓶を握る手には、まだ、操縦桿の感触が残っていた。あの巨大な兵器の一部になっていた感触。地を蹴り、空を舞う高揚感。そして、数多の命を背負い、数多の命を奪う責任感を。

 軍曹の横顔を見る。相変わらず無表情だが、心なしか緩んでいる様にも見えなくない。目が合う。拳を向けてきたのでコツンと拳を打ち合わせる。それだけで、よかった。言葉はいらない。2人の間に、余計な物はいらない。戦争が現実のものとなり、同じ戦場に立った2人は、堅い絆で結ばれていた。千の言葉より、1発の弾丸だ。肩を並べ、共に砲火の下を潜り抜けた俺たちはもう他人ではない。

 こんな間柄を、戦友と呼ぶのだろうか。

 

 シャワーの熱気を連れたまま、コンボイから外に出て焚き火の前に座る。気がつけば陽は沈み、夜の帳下がってもう久しかった。忍び寄る冷気が身体を撫でる。ぶるりと身体を震わせる少尉に、軍曹がまたコーヒーを淹れてきて渡し、隣へ座る。目の前で焚き火はパチリと火花を散らし、火の粉を空気へと溶かして行く。サラリとした熱が溶けた、揺らめく炎の前に座り、星を眺めながらコーヒーを飲む。どこにでもあるこの景色、そして時間。この時間が少尉は大好きだった。よくあるファンタジーの大冒険の途中、その野営の様で。もちろん現実は違う。帰りたい見慣れた日常はもう遥か彼方だ。それでも、少尉は嫌いにはなれなかった。男なら誰でも知っている、命懸けでも憧れの旅路は、確かにここにあった。

 軍曹は隣で銃を分解して整備し始める。いつもと変わらない時間がゆっくりと流れる。シャワーを浴び終わったのか伍長がうろうろしている。なんかヒヨコみてーだ。面白い。急に笑いが込み上げ、少尉は忍笑いを漏らす。

 

 まだほんの一ヶ月しか経っていないのだ。この生活が始まって。だけど、とても落ち着いて、不思議な感じがする。デジャヴか、ノスタルジーか、言い様のない懐かしさが湧いてくる。

 伍長がこっちに気づき、嬉しそうに走ってくる。そのまま滑り込む様にして座り込み、足を投げ出し少尉へとよりかかった。少尉は片眉を吊り上げたが、やりたい様にやらせ、懐から本を取り出す。血で固まった本はもう読めないが、その表面を愛おしげに撫でる。内容はもう既に頭に入っている。だから、読める。

 手を擦り合わせる伍長に、いつの間にか淹れたのかコーヒーを渡し、また銃の整備にもどる軍曹。何もかもが変わったが、何も失ってはいない。すべては変わり行く。だが恐れるな、友よ 何も失われていない。そうだ。この景色も、"キャリフォルニア・ベース"の時から何も変わっていない。

 

 その幸せを、噛み締めて今日もまた生きている。

 

 

 

──U.C. 0079 4.26──

 

 

 

「世話になったな」

 

 よく晴れた空の下、膝をつき待機している"ザクII"と、エンジンを唸らせている"ロクイチ"の前で、少尉と中佐は握手をした。出会いがあれば別れは必然だ。その時が来たのだ。

 心地よい風がその2人の間を吹き渡り、小さなつむじを作っては消えていく。いつもと変わらない風。変わらない砂。変わらない太陽。移り行くのは人の営みだけだ。

 

「いいえ。こちらこそ、大変参考になりました。感謝します」

「……敵は強い。だが、我々はもっと強い。共に、ジオンのクソッタレ共を地球から追い払うぞ。力を貸してもらう」

「はっ」

 

 姿勢を正し敬礼した少尉にラフな敬礼で応え、中佐は振り向き歩き出す。

 

「縁があったら、また会おう。その時は、乾杯だ」

 

 歩みは止めず、少し振り返りながら中佐は言うと、唇を歪める様にしてニヤリと笑った。思い出した様に言うこの癖も、見納めだ。

 

「楽しみにしております!自分も、今出来る事を精一杯やります。後で後悔ぐらいは出来る様に」

「そうだ。ここがお前のセカンドスタートラインだ。大事な一歩を踏み出してけ。じゃあ、また会おう、タクミ。健闘を祈る」

「はっ。中佐殿も、ご武運を」

 

 敬礼をし、直立不動の姿勢を取り続ける少尉の前で、中佐は"ザクII"に乗り込む。鋼鉄の巨人に命が吹き込まれ、砂を零しながら立ち上がると、砂漠を揺るがす様にして歩きだした。5機の"ザクII"がそれに追従し、2輌の"ロクイチ"がその後を更に追う。

 砂煙を巻き上げる様にして、ゆっくりと、だが確実に"セモベンテ隊"は去って行く。また新しい獲物を探しに行くのだろう。その後ろ姿は、限り無く頼もしく眼に映る。別れが名残惜しい。だが、彼等にも任務がある。俺達には無い、任務が。俺達とは何もかもが真逆だ。だが、仲間だ。

 

「行っちまったか…」

「はい」

 

 最後尾の"ロクイチ"が、遂に稜線を越え見えなくなっても、全員で敬礼しつつそれを送った。彼等は、行ってしまった。

 感謝してもしきれない恩がある。それを、戦う事で報いよう。彼等の消えた先を見ながら、そう思った。

 

「よし、我が旅団も移動を開始する!総員乗車!!」

 

 コンボイのエンジンが震え、回り始める。頼もしいその音に包まれながら、タラップに足を載せ、振り向く。

 そこには底抜けに青い空、薄くたなびく白い雲、陽炎を揺らめかせ光を反射する砂しか見えなかった。見えるはずの無いものを見ようとし、それにまだ期待を捨ててはいない自分に苦笑する。案外、センチメンタルらしい。知らなかった。

 

「出発!」

 

 コンボイがタイヤを軋ませ、砂をかき動き出す。俺達も行かなければ。何が待っていようと、進まなくては。彼等の様に。留まる事は出来無い。進み続ける以外に道は無い。いや、道なんてものは元から無かった。それでも、止まる事は許されないのだ。

 

「上に出て見張りをします。ここは任せました」

「おうよ、熱中症には気をつけてな。水分を取るのを忘れるなよ」

 

 少尉は梯子を登り、重いハッチを押し開ける。走り出したトラックは、ガタゴトと不規則に揺れる。怪我をしない様に注意しながら、ハッチから這い出し、手摺に手をかけ遠くを見る。揺れた理由が判った。砂漠の質が変わり始めていた。後ろを振り返ると、100mは下らない砂の山が見える。風が作り出す、行く手を阻んで来た砂の壁だ。宇宙から見れば星型の様に見えると言う起伏は、名残惜しげにこちらを見送る様だ。

 ひび割れた大地を巨大なタイヤが砕き始めた。少尉の左手に、岩山が見えた。愛機と共に駆けた、あの場所だった。しかし、それもまた遠ざかって行く。

 

「少尉!」

「ん、どうした?」

 

 暫しぼんやりと、少尉は行先を見ていた。何も無い。何も。ふっと息を吐き出し、ギラつく陽の光を浴びながら足を崩し座り込む。その時、ハッチを開ける音と共に、後ろから伍長が少尉に声をかけた。伍長はそのまま、振り向こうとした少尉に抱きつく。

 

「……また、会えますよね。あの人達と」

 

 耳元で囁かれた、何時もとは違う弱々しい声に、意外さを感じつつ少尉は伍長を隣に座らせる。正直暑かった。散々経験して判り切っていたが、砂漠の太陽はやはり厳しい。全てを平等に灼いて行く。コンボイの屋根も、あちこちの塗装が剥げ、めくれ始めていた。

 既に陽は高く登り、頰を叩く風はひりつく様な熱さだ。しかし、少尉はまだ中に戻りたくはなかった。

 

「そうである事を願おう。大丈夫さ、中佐殿はベテランだ。……どうしたんだ?」

「……いやー、何か…こう、不思議な感じがして…」

 

 不思議な感じ、か。伍長が少尉によりかかり、ポカンと空を見上げる。伍長らしく無い物言いに、少尉はちょっとした違和感を感じるも、それだけだった。

 

「そうか……」

 

 2人で並んで空を見上げる。視線の先では風が吹き散らす雲が散り散りとなり、青に消えて行く。釣られて空を見上げた少尉の眼には、獲物を探しているのか、悠々と旋回する鷹が写っていた。

 

──必ず、また会いましょう中佐。その時は、また、一緒に乾杯、しましょうね。

 

 

 

 

 

 トラック群は進んで行く。砂煙をもうもうと立て、轍を残し、時の流れに逆らわぬ様に。

 

 風が吹き、砂山を動かし、足跡、轍、焚き火の跡を消して行く。全てが何も無かったかの様に。何もかも。

 

 果てし無い砂漠は全てを呑み込み、そこに広がり、姿を変えながら存在していた。しかし、2つの部隊が出会った証拠は、この世にはもう既に残っていなかった。

 

 

 

 

 

『コイツの120mm、あるか?』

 

 

風が吹き、砂漠はまた、形を変えていく………




今回は短めです。すいません。

セモベンテ隊の今後の行動はMS Igloo 第二話、遠吠えは落日に染まったをご覧ください。

それで、また楽しんで貰えたら幸いです。既に一度ご覧になった方も、是非もう一度見てみて下さい。

それで見た感想が少しでも変わったら嬉しいです。

次回 第十三章 バトル・イン・サンダウナー

「ねぼし!!」

お楽しみに!!
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