機動戦士ガンダム U.C. HARD GRAPH 名も無き新米士官の軌跡   作:きゅっぱち

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生きるって大変ですねぇ。


第七十一章 蜃気楼に霞む辺土より

世界の果ては何だろうか。

 

刻の果ては何だろうか。

 

物事全てに終わりがある。

 

ならいずれ、この世界も終わるだろう。

 

遥か彼方の可能性の先、終わりは確実に訪れる。

 

しかし、それは決して終わりでなく、新たな始まりそのものなのだ。

 

 

 

──U.C. 0079 9.28──

 

 

 

 空気に霞む程長く続く廊下は、まるで終わりがないかの様だ。中尉はふと振り返りたくなり、そしてやめる。前に広がる風景と同じ様な風景が、変わり無く続くのだろう。グレーを基調とした無機質な床。等間隔に並ぶ扉と、ここが潜水艦の中である事を唯一教えてくれる大小様々な太さの配管がうねる壁。時折顔を覗かせる隔壁。一定の間隔で光を投げかける電灯、それを貼り付けた天井。殺風景な景色に色を添える警告灯と赤色灯は、今は沈黙を保っている。注意書きは掠れも無く、綺麗に磨き上げられている。見慣れたものの塊は、一見すると高層ビルの廊下とあまり変わりはせず、何気無い当たり前のものに見えなくも無い。しかし、当然であるが窓は無く、余計な鉢植えや絵画等も飾られる事は無い。それだけが、この空間の異質さを演出していた。

 艦とは巨大なビルが浮かんでいる様なものだ。空母等に至っては豪華客船等の様に小さな町が浮いているとも称される。しかしながら、潜水艦に対する表現は聞いた事が無い。潜水空母に至っては尚更だ。それなら、俺が形容しよう。潜水空母の中は、"コロニー"の外縁部の中の様だ。無音と、闇。それだけだ。

 

 それにしても、と一緒に歩いていたおやっさんが切り出す。歩きながら、何の気なしに口を開いた。まるで読んだ小説の感想を述べる様に。非現実(フィクション)の内容を語る様に。中尉にとってもそうだった。まるで、自分が群像劇の一員の様に思えてくる様な内容だったからだ。皮肉にも、それは今の自分の立場にも言える事であったが。

 最新鋭の特殊秘密兵器を乗り回す、弱冠19歳の中尉。うん。安っぽい三流小説にはピッタリだろう。低予算映画でもいい。どのみち非現実的でバカバカしい。噛ませにピッタリだろう。だが、事実は小説よりも奇をてらうのを好むものらしい。中尉は最近になって漸くそれに慣れ始めていた。慣れるべきなのかどうかはともかく。それでも、時々悪い夢を見ている気持ちになる。今もそうだ。苦笑を1つ。頰をかく。

 

「まるで革命だ。特権階級(ノーメンクラツーラ)を振りかざしてたヤツらを捕縛して、か」

「地上戦終盤に見られた戦闘光はそれだったようです。ジオンも、やはり一枚岩ではないと言う事ですね」

 

 古来より戦争に内部抗争はつきものだ。誰もがその非日常を利用し、自分の立場を上げようと躍起になる。戦争はまさに自分が主役になるチャンスだと思うらしい。余程余裕があるのだろう。または死なない自信があるのか。中尉には判らなかった。判りたくもなかった。中尉にとって、戦争は戦争以外の何物でも無かった。それ以外の意味を持たしてはならない物だった。

 命のやり取りの途中に、その様な事に気を配り、目的を果たす余裕は中尉にはとても無かった。それはある種幸運であると呼べるだろう。自分にとっても、他人にとっても。

 

「戦闘部隊はキシリア直属の私兵部隊に近い特殊部隊だそうです」

「キシリア……キシリア・ザビですか。ザビ家の私兵、ねぇ……」

「家柄や出身で差別された若者を集め、汚れ仕事をさせる。その上で、戦果をあげればエース部隊への配属を約束する。言うなれば特別競合サバイバル部隊。通称は"アインザッツグルッペン"、または"ゾンダーコマンド"。呼び名は色々だそうですが」

「……それは、組織の……縦割り、だな。聞いた事が、ある……」

 

 上等兵の話に耳を傾けながら、判りやすいが悪趣味だと思った。特殊部隊と言う言葉の本来的な使い方としてはコレが一番早かったのでは無いだろうか。あらゆる人の想像する特殊部隊とはかけ離れてはいるが。勿論、我が"ブレイヴ・ストライクス"もそうだ。極秘の試作兵器を実戦で試験運用するなんて、それこそ小説みたいだが。普通はそんな事しない。リスクが大き過ぎる。無駄も多い。だが、それを押し通す必要があるくらい追い込まれてるという事だ。中々に末期である。

 ふと思う。機密保持の為に敵を殲滅する"ブレイヴ・ストライクス"も、同じ穴のムジナなのかも知れないと。俺達の存在をもし敵が知った時、彼等はなんと形容するのだろう。また、後の世は、この部隊をどう評価するのだろう。この戦争は、どちらが勝つのだろうか、それで俺達の評価は決まるだろう。今は勝つしか無い。歴史の闇に葬られた方がマシかも知れないからだ。

 

「まぁ、存在自体が一種の懲罰部隊でもあるからな。そんなもんは古今東西ずっと軍隊にはつきものだ。連邦軍にだってある。Zbvの連中だな」

「……研究所まで襲ったのは、スペースノイド至上主義の思想故か」

「それにしても、差別、ね」

「地上から宇宙に上がってもそれか。嫌になるな」

「ま、広い宇宙に浮かぶコロニーは島国以上の閉鎖空間だ。避けられん話だろ」

 

 その暗い考えはおくびにも出さず、長い廊下を歩き、ようやく目的地に辿り着く。ドアを押し開けると、一気に喧騒が広がった。この"アサカ"が誇る大食堂の中でも一際大きい所だ。中尉達も1番利用する。そして、なんだかんだ秘密の話にはうってつけだ。

 食堂はいつも大賑わいだが、今日は特別混んでいる。戦闘前に酒保(PX)が解放されるのは海軍では時たまある事らしいが、戦闘後は聞いた事無い。まぁ大方作戦成功の祝杯か生き残った記念だろう。いい事だと思う。生を実感するのはやはり食べる時だ。食べ、己の血肉とする。モノを『いただく』とはそう言う事だ。その言葉は礼儀であり、生きる事は殺す事であると言う呪縛への真言(マントラ)でもある。

 それにしても、補給無しに連日このどんちゃん騒ぎ、大した備蓄量だ。潜水艦の食料事情もかなり改善されている事が見て取れる。いやこの艦だけか?瓶の酒など重量や体積も嵩むだろうに。お祭り気分で振り回され、雫が撒き散らされるアルコールを横目に、中尉は妙に感心していた。

 

 浮かれた雰囲気の中、中尉達に気を止める者はいない。食って酔っての大騒ぎ、音と動きが絶えない中で、気配を消しているから尚更だ。今晩の食堂は、いつにも増して騒々しい。まさに音の洪水だ。もはやどこで誰が何を話しているのか全く分からない。給仕担当の兵士から、ポーカーに興ずる者まで食堂の至る所であらゆる人間が喋っていた。全体の音量が上がれば、雑音の中でちゃんと声を届かせようとますます声を大きくし、加速度的に喧しさは増していくものだ。仕方ないだろう。それでも怒鳴り合いや喧嘩が無いのは艦長の人徳か。艦長の意向で食堂やPXに上下関係は持ち込まない事になっている。その気の緩みが良い方に働いている様だ。それにしても、上下関係は無し、か。まぁ、ラムネ製造機とアイスクリーム製造機はいつも長蛇の列が出来るしちょうど良いのかもしれない。その列に並ぶ機会に話を聞く事はよくあるそうだ。中々によく出来ている。やはりあの艦長は安心して命令を聞くに値する立派な軍人だ。それはとても幸運な事だった。

 食堂の奥まった席に腰を下ろす。1人机に突っ伏している先客が居たが、問題は無かった。伍長だ。目の前には空になったパフェのグラスがスプーンと共に複数転がっている。判りやすいヤツだ。席に着くやいなや、軍曹が人数分のコーヒーを淹れる。いつもながら恐ろしい手腕だ。緩やかに立ち上る白い湯気を眺めながら、中尉は別の事を思い出していた。

 

「む、と言う事は、その中に、特権階級の中では低階級とは言え、そのようなヤツらが紛れ込んでたって事か?」

「酷い話だ。しかし、この戦争をのし上がるチャンスだと捉える者も少なくなかった、と」

「…その様、だな……」

「仕方なかろう。宇宙移民は元々からその側面が強いんだ。何せ、地球とは違って何も無い空間に生きる環境を作ってんだ。先ずは先立つ物、何事も金、それが全てよ。金が無いと本当に生きられないんだからな。宇宙への植民を転機だと飛びついた多くの連中が、人類の進歩の為の礎と言う大義名分の元、苦しみながら死んでいったんだよ」

「旧世紀の大航海時代や植民地時代、帝国主義時代を更に加速させた時代と何も変わりません。それは酷いものであったと聞き及んでいます。人類が、地球までもがそれ程切羽詰まっていたと言う裏返しでもありますが、それこそ搾取と呼べるレベルです。だからこそ棄民(・・)政策と揶揄されたのです」

「ギリギリの環境だから、かつては"サイド"にもよるが課税がトンデモ無かった時期があったとか聞いたな。『空気税』なんて子供が言いそうな事が平然とまかり通ってたらしい。今もある所にはまだ根強くあると聞くしな」

「正に、歴史は繰り返す、ですね」

「悲しいがな」

 

 教科書には載っていない話だ。噂程度には聞いていたが、やはり実態はその噂よりもかなり酷いモノだったらしい。中尉は小さく身震いする。自分の周りだけ室温が数度下がった気がした。熱いコーヒーを口に含むも、その寒さは消え去る事は無かった。勿論気の所為だが、全てを拒絶する宇宙の空恐ろしさを感じていた。明るい食堂の雰囲気が、その上に成り立つのを改めて自覚し、見回す。自分がいかに恵まれているのか、それが判る気がした。その上でこの空気を、この贅沢を悪い物とは思えない。やはり自分は、あらゆる人と同じ傲慢さを持っているのだろう。

 中尉は併設されているPXに目をやる。生活必需品から生活雑貨、装備、食料品、嗜好品、雑誌等が数多く取り揃えられ、多くの将兵で賑わっている。そんじょそこらの店なんかより遥かにあらゆる品を取り揃えている。首都の一等地に立つ商店だって顔を青くするだろう。それこそ紛争地帯に近く、物流の滞った地域に住む住民や、居住地を破壊された難民、闇市しか知らぬ戦災孤児などからすれば輝く宝の山、手の届かなかった夢にまで見た物、いや、想像すら出来無いものだらけだと思うだろう。しかし、それは自分達にとっては、今口の中を回っている見えない現実と共に、ありふれた何でもない日常なのだ。それでもあれこれ文句をつけるのが人間だ。

──特権階級。先程の単語が頭をよぎる。自分はそうでは無いと否定した中尉は本当は理解していなかった。中尉は自分が確かに恵まれている方だとは思っている。しかし、世界的に見ればこの上なく自由で幸福な人種であり、その様な環境に身を置いた市民階級に類される存在である事を、中尉はまだ理解しきれていないのである。

 中尉は設備の整った病院で、祝福と共に生まれた。親兄弟に恵まれ、飢える事無く、死の恐怖を感じる事も無く、健康で文化的な生活を送り、発展した社会の福祉と教育を受け、高度な教育を受ける権利を行使し、結果士官として従軍している。これは宇宙世紀であっても尚、人口で見れば上位数%しか享受出来無い環境である事に間違いは無いのである。

 

 因みに、PXは、本来軍事郵便局(APO)、海軍ならFPOになっているものを指す。その事から、陸軍および空軍は、BXと称し、海軍はNEX、海兵隊の場合はMCXと呼び表される。だから"アサカ"戦隊の様に、様々な軍が複雑に絡み合っている場合は総称を用いる場合が多い。と言っても末端はそうでなく、軍の垣根を超えて仲良くなろうとして、言葉やスラングが通じないなんてザラである。

 つーか、そもそも空海陸宙海兵隊で文化が大きく違う為驚きの方が多かったりする。イメージとは違い、実は海軍は酒の持ち込みが厳禁だったりするし。この艦は上記の特別な理由で例外中の例外だが。この艦にいると、色々と感覚が狂いそうだ。特別特殊例外の塊だ。本来なら俺がいる場所では無いだろう。これも偶然の産物か、運命のいたずらと言うヤツか。全く笑えない。楽しめればいいが、中々そうもいかない。平時ならともかく、激戦が宿命づけられているならなおさらだ。だからこそ、この特殊性はあるのであるが。

 

「んー……さっきから聞いてましたけど、よくわかりませんね。わたしは今が幸せですし。前もそうでしたから」

「それは幸せな事だよ。誰もが思い通りの人生が送れるなら、誰も神に祈ったりはしないさ」

 

 むくりと顔を上げた伍長は、突っ伏している姿勢は変えぬまま、それだけボソリと呟いた。軍曹が差し出したココアをチビチビと飲み、伍長はそれ以上口を挟むつもりはなさそうである。他に言う事も無い程、彼女の根底から来た言葉なのだろう。目を細める彼女の髪を軽く撫でながら、中尉もそれには同感だった。

──人は配られたカードで戦うしかない。多くは求めない。人生はそう上手くいかない、ままならないもの、それを楽しむ事。それが幸せの秘訣だと思っているからだ。妥協と言い換えればそれまでであるが、妥協が出来る余裕を持てる幸せを持っているのだった。それが持つ者だけが持ち得る傲慢だとしても。それを自覚し、目を背けながらも、中尉にとってそれは重要な事だった。

 慎ましくあれ。そうあると思い込む事で、自分の可能性の限界と言う恐怖を抑え、持たざる者を理解し得る理解者であると錯覚しようとしているのだった。そうして、その本質から眼を逸らす。考え過ぎない事。自分を追い込まない事。自分の立場を偽り、鈍感になる事。人は生きて行く上でどこかで諦め、妥協し、鈍感にならねば生きてはいけない動物なのだ。これこそ、どうしようもなく世界に蔓延する哀しみに対する彼の防衛策なのであった。

 

 その思念の数はいかに多きかな、我これを算えんとすれどもその数は沙よりも多し……社会はあまりにも複雑で、多種多様な人間が星の数程の主張を訴え、ありとあらゆる物を消費し、それを忘れる事で成り立っている。

──もしかしたら、それを深く考えず、仕方が無いと受け流し、忘れる様になる事を『大人になる』と言うのかも知れない。身の丈の程を知るのだ。自分はちっぽけな存在で、出来る事は限られていると言う事を認める日が来る。それを重ねて行く事が大人への階段なのだろうか。

 だから、中尉は、手の届く範囲を守ると決めたのだ。それを守る為なら、何でもやると。全ての人々を満たす事なんて出来無い。ましてや世界を救う事なんて出来やしない。少なくとも今は、今のままでは、自分では。なら、後は自分の妥協点を見つけ慎ましく暮らすと決めたのだ。それがたった1つの冴えたやり方なのだと。そう思う事にしたのだった。

 

「外人部隊や、傭兵、貧民街の出も多いそうです。アースノイドも大体はここだそうです」

「実力だけがモノを言う、と言う形にしたのか」

「ヤツら口々に"グール"や"マルコシアス"の連中には遅れをとりたく無い、と」

「"マルコシアス"……?」

 

 口に出してみる。"屍喰鬼(グール)"に、"マルコシアス"。イヤな響きだ。他にも"フェンリル"、"マッチモニード"、"キマイラ"等数多く居るらしい。しかし、"マルコシアス"、か。全ての疑問に正しい答えを出す存在。その回答は、恐らく人間には正しいが、その正しさ故に人間性を失わせるものなのだろう。かつて、その開発が著しく制限されたAIの様に。正しさが常に人に味方をするわけではない事を、人はコンピュータとの対話を通し身を以て知ったのだ。限りなく自然から遠い自然である人と、限りなく人に近い人ならざるコンピュータは、それでも人に迎合し、しかしながら、自然になるには硬すぎたのであった。

 それは、それだけ人は非合理的な存在である事の裏返しであるのかも知れない。結局、人は我が身が可愛いのだ。そして、機械にはなれない。人は人以外には何にもなれない。もしかしたら、人が想像する人にもなりきれないかも知れない。社会主義、共産主義が失敗した様に、完璧にもなれない。人を作り育てるのが人なのだから、当然と言えばそうだろうが。

 また、限りなく合理的に近づけた先が、余裕や無駄という人間味を極限まで削除し、人間性を失わせるものだと気付いたのだろう。

 

 人が人であり続ける事は難しいが、人は人以外の何物にもなれないのである。それが生物としての人の限界と、人としての人の限界なのである。何かを求め、人である事に限界を感じた時、人は人である事を止め、人以外の何かに近づく事は出来る。しかし、その何かに完全になりきる事は出来無い。あくまで近づく事しか出来無いのだ。しかし、そこから人に戻る事もまた不可能なのである。人は、人であるからこそ、人なのである。人で無く、何ものでもない何か。それはなんと呼ぶべきなのだろうか?

 人に成れなかった人、人である事を諦めた人、人である事を止めようとした人、人である事を手放してしまった人。人、人、人……人が人の人としてのゲシュタルトが崩壊した末路は、歴史が存分に語っている。

 

「…悪魔、か」

「──獣さ。とんだ怪物(モンスター)だよ」

「また、実験部隊の側面としてもあったそうです」

「…"マッチモニード"、だ。キシリア・ザビ、の…私兵……カバーネームは、局地戦戦技研究特別小隊…」

「きょく…なんだって?」

「局地戦戦技研究特別小隊、だそうです」

 

 ウチらと似た部隊か。やはり向こうもMSという兵器の可能性を見極めているのか、それとも未知の兵器に振り回されているのか。ノウハウこそこちらより蓄積しているだろうが、まだMSは生まれたばかりの兵器、歴史の無い兵器だ。十分に考えられる。ただ問題は、羊の看板が本当に正しいのか、だ。世の中には羊も、狼も、羊の皮を被った狼もいる。俺達は、番犬(バンドック)になれているいるのだろうか?

 

「──まさかとは言いませんが、子供兵士のですか?」

「いえ、未だ確定情報は無く、情報不足で詳細は不明です。ですが」

 

 此処まで歯切れの悪い上等兵も珍しい。中尉は頰をかいた。ふと思う。兵士の適齢期はいつなのだろうか。やはり10代後半から20代前半なのだろうか。しかし、その黄金期、最も優れた期間に何を学ぶべきなのだろうか。それは決して、人の殺し方では無い筈だ。ならば何か。生かし方か。人の死に耐える事か。理不尽を呑み込む事か。そんな事ではないと思う。そう考えると、余程の物好きだろうと軍に入るべきではないとしか言い様が無かった。

 

「──"フラナガン機関"。確かに、そう言った…のか……?」

 

 珍しく言い淀み、小さく呟かれた上等兵の言葉に、反応したのは軍曹だった。

 

「知ってるのか?軍曹」

「……あぁ。あまり、いい噂は…聞かない、が……」

「俺も聞いた事があるぜ?なんでも、NTの軍事利用の研究を行う独立セクションらしいが…」

「ニュータイプって…」

「伍長もそれくらいは知ってるだろ」

「も、勿論ですよ!」

 

 本当か?怪しいもんだ。ただの概念だったハズだ。誰もその本質は理解していないだろう。かのジオン・ズム・ダイクンさえも。彼自身も、スペースノイドの希望たる象徴として提唱しただけのハズだ。そんな彼は、今をも引き摺る禍根だけを残し、死んじまったし。

 

──ニュータイプ(NT)

 

 それは、ジオン・ズム・ダイクンの提唱した、人類の新たなステージ、宇宙に適応進化した新人類。棄民では無く、スペースノイドの希望。ジオニズム思想の根源。

 重力の井戸の底を抜け出し、宇宙に出た人類の中で、精神的な感応、超感覚、認識能力の拡大、並外れた動物的直観、未来予知、高度な空間把握能力を持ち、常人離れした洞察力で精神的、肉体的にモノの本質を感じ取れる力を持つ者が生まれると予言された。広い、それこそ果てしない宇宙に適応した新人類が生まれると。彼等はそれらによる相互理解により、戦争を根絶させる者となるらしい。理想は素晴らしいが、エスパーの様な都市伝説の何かとしか思えない。

 そんな夢の様な、雲を掴む様な物を軍事研究?全く馬鹿げている。それとも、そんなものに縋る程ジオンは切迫しているのか?旧世紀でも繰り返し行われて来た末路の様だ。超能力者の軍事利用と何が違うのだろうか。奇術(マジック)を軍事利用していた国もあったが、あれこそ科学そのものなのだ。それとはベクトルがまた違う。

 政治的な観点から見れば、ジオンの実質的主導者、ザビ家の頭領であり、かつて、ジオン・ズム・ダイクンとは政敵でもあったデギン・ソド・ザビに代わりジオンを率いるギレン・ザビはスペースノイド至上主義における選民思想の根拠としてこの概念を利用している。かつての政敵の息子が、自分の主張を歪め、戦争に利用していると知ったら、彼はどう思うのだろうか。噂に聞く、彼の遺児は、どう思っているのだろうか。俺には判らない。選ばれし民としてのジオン。人類の優良種たるジオン。ジーク・ジオン。

 

「やはり、どうも胡散臭いな……俺からも調べてみる」

「僕も行こう。好きに使ってくれたまえよ」

「あ、はい、おやっさん。副長も。お疲れの出ません様に」

「あいよ」

 

 物思いに沈む中尉を他所に、コーヒーを一息に飲み干したおやっさんが、立ち上がりながら言う。副長がそれに続いた。その顔はこの場所には相応しくない険しい物だった。

 深く濃い色のサングラスの奥の瞳は、恐ろしい程の冷たさを湛えている。それは暗い水底の先に、巨大な氷塊が揺れるかの様だった。何か思う所があったのだろう。煙草に火をつけた副長も似た顔をしていた。しかし中尉には止める術も理由も何も無かった。だからこそ、命の恩人で人生の恩師である人を、黙って見送るしか無かった。

 中尉は立ち上がり敬礼をする。軍曹も敬礼をし、上等兵は頭を下げた。伍長は相変わらず突っ伏している。叩き起こそうとしたが、背中にも目がついているのか、立ち去るおやっさんに止められたので頭を下げる。申し訳無さでいっぱいだった。

 

「副長方は行ってしまいましたが、私達は食事にしましょう」

「……そうですね。慌てても今は仕方がありませんし、何より、腹がすいちゃしょうがないですしね」

「…そうだ、な……」

「食べられる時に食べておかなけりゃ、いざって時に何も出来ませんから、ね──それこそ、逃げる事だって…軍曹は?」

 

 席を立ちながら言うと、軍曹は首を横に振り、懐からいつものレーションを取り出した。中尉は苦笑し、そのまま上等兵の差し出したトレーを礼を言って受け取り、列に並ぶ。老若男女、それこそ上から下までのありとあらゆる階級が煮込まれたスープに身を投じる。順番を譲ろうとした水兵に手を振り、その後ろに並ぶ。割り込みや階級を振りかざすのは性に合わない。何より艦長がそれを禁じていた。いい事だと思う。

 混んではいたが、列は直ぐにはけ、中尉の番が回ってきた。奥で小競り合いが聞こえる。間に割り込んだだの、サングラスをかけるなだの。中尉は苦笑する。言ってやれ。コレ(・・)が安全装置だと。その人差し指で頰をかき、窓口でトレーを差し出しながら、中尉は数時間振りの言葉を口にした。

 

「ハムバン下さい」

「またかい」

 

 補給係の呆れ顔には笑顔で返し、ご馳走の乗ったトレーを受け取る。好きなのだから仕方が無い。気に入っているものは食べたくなるものだ。あれでいて栄養バランスも中々なのだし。席に戻ると、困り顔の上等兵と、笑顔で目を輝かせている伍長が待っていた。

 

「まだ食うのか?」

「甘いものは別腹です!」

「そうか。で?それは?」

 

 立ち上がり、両手を広げた伍長の前には、こんもりとした丘のような光景が広がっていた。なんか見た事ある光景だ。寿司の悪魔的な。

 伍長のトレーを埋め尽くさんばかりの料理の山は、とても一人分の量とは思えなかった。なんで大盛りのカツカレーとうどんが同じトレーに仲良く並んでいるのだろうか。その隣の何らかの豆と…何?桃?そしてスパム?は何だよ。量共々悪ふざけの産物としか思えん。ここは学生街の食堂じゃねーんだぞ。いやそれ以上に食う連中がたむろしているが、相手を見ろよ。いや頼まれたら断り辛いのかね?

 

「そしてカレーも飲み物!!別腹です!!なのでカツカレーうどん定食です!!」

「私のはクリームシチューうどん定食だそうです」

「ふっふー!おそろいです!!」

「えぇ…?」

「……」

 

 凄まじい量を前にして、2人とも当たり前というか、涼しい顔をしているが、本当に2人とも食べ切れるのだろうか。不安だ。かなりの量に見えるんだが。残しても勿体無いし、無理して食べて体調を崩されても困るのだが。軍曹と顔を見合し、中尉は溜息をついた。頰をかくと、人差し指に水滴がついた。知らぬ間に、汗が一雫、流れ落ちていた。

 カレーは飲み物。それをリアルで聞く日が来るとは。もしやらガラスもギリ飲み物か?勘弁してくれ。

 

「うどんはじょしりょくをあげるんですよ!小麦粉とかねぎとかオスシだとかが入っていてよくわかりませんが身体にいいらしいですし!おいしいものを食べてこその人生です!」

「さいで……上等兵も、無理はしなくていいんですよ」

「いえ、大丈夫です」

 

 訳の判らない主張に中尉は対話を諦めた。スシソバじゃあるまいし、流石に寿司は入ってないだろう。まぁいいか。本人が良かったら。他人への干渉はなるべく避けるのが吉だ。俺がどう思おうと関係無い。一旦彼女がやると決めたなら、難しい話だの何だのは、くだらない事なのだ。彼女が幸せならいいのだ。周りに迷惑をかけなければ。自由とはそう言うものだ。雨の中踊る人が居ても良いのだ。ただ、隣の人に手を当てない様振り回せばいいのだ。

 全員で手を合わせ、食事に取り掛かる。美味しい。幸せだ。こんな単純な世界で生きて行けたらどんなにラクで、世界は平和だろうか。いや、それこそ驕りか。

 

「じょしりょくは破壊力です!日本にもいるんですよね?なんでしたっけ?……きどう?」

「機動?」

 

 破壊力も判らないが機動?と来た。なんだそれは?俺の知らん日本だ。

 

「宇宙……」

「宇宙!?」

「……大和撫子、か?」

「それです!要塞拳法です!秘伝の神業!」

「なんの話ですか?」

「伍長の明日使えないめちゃくちゃなうろ覚え日本語講座です」

 

 戦艦は女性名詞だったなそういや、そんな事をぼんやり考えながら中尉はハムバンを齧り、既に食事を終えた軍曹が豆を挽くのをのんびりと見ていた。全ては挽き方。荒すぎても細かすぎてもダメ。これは科学なのだと、以前誰かが言ってたな。

──科学か。料理は科学らしいよな。いや待て、人の行為に科学が関係しないものなんて無く無いか?人の存在そのものが科学とは切っても切れん訳だし。つまり科学で説明出来ない事は無い。つまりオバケもいないって事かね?いや、魂とかそう言うのもいずれ科学で説明出来る様になんのかね?タンパク質に走る電気が精神と言うのは判る。21gが魂の重さってヤツは否定されたが、ロマンチックではあると思う。科学者は夢想家であり哲学者でありリアリストでありロマンチストだ。それでいいのだ。

 

 伍長と上等兵はそのまま一人前のレディになる為には、と言う話題に華を咲かせている。いやQ&Aコーナーと化している。会話に夢中になった伍長の手が止まっている事以外、全くの平和と言うヤツだった。

 相変わらずの喧騒の端で、切り離された様にのんびりと時間が流れる。時折声をかけられ、軽くを手を振り挨拶するだけの時間。この様な時間を持てた事には、中尉は緩やかな満足を覚えていた。ゆっくりと飯を食うのが贅沢に思えるとは、自分は結構安上がりらしい。程度の低い自己満足だが、やはり軍にいて、前線にいればその機会は格段に減るから仕方がないと言ったらそうかも知れない。思い返せば、コクピット内での飲食は相当多い。予定が合わず、1人で食べる事も多々有る。別段独りでの飯が苦手な訳でも無い。むしろ単独行動は自分の責任のみを自分で負えばいいと言う観点から気楽であり、中尉は好む傾向にあるが、揃って顔を合わせて食事する事自体久し振りだったのであった。家族で食卓を囲むのが好きだった中尉にとり、それも幸せの1つだった。

 

「軍曹ーお腹がーうどん食べて〜」

「……いただこう……」

「あの」

「軍曹、手伝うよ。上等兵も、嫌な時は……」

 

 そして案の定である。しかし、少々困り顔の上等兵も、どこか楽しそうであった。差し出された伍長のうどんと上等兵のクリームシチューを取り分けながら、中尉は頰をかく。

 

「──いえ、はい。この様な事は初めてで。でも、少し、いえ、楽しくて」

「そうですか」

 

 そいつはよかったと頰を緩めると、上等兵も薄く口角を上げた。伍長も気づき、あははと笑い声をあげる。眺めていた軍曹は息を吐くと短く瞳を閉じた。食事は、賑やかな雰囲気と共に進む。ゆっくりと。だが確実に。

 

「上等兵さんすごーい!ずぞぞーが出来るんですねぇ!!」

「え、えぇ……」

「……珍しい、な。いい、事だ……」

 

 カチャカチャとやや耳障りな、だが楽しげな音を立てながらスプーンでカツと格闘していた伍長が、ゆっくりとうどんを口に運ぶ上等兵を見て目を丸くし口を開いた。思わぬ事で2人から褒められ、少し頬を染める上等兵。珍しい事もあるものだ。カツカレー美味いけど俺はメンチカツがカレーに乗っけるのには最高だと思う。衣があるハンバーグじゃんアレ。スプーンでもやすやす切れるし美味いからベストだと思ってる。個人的にだけど。あ、唐揚げもいいな。だがシーフードは嫌だね。特にイカ。

 そういや、確かに麺類を啜るのは外国人にとって技術的にもマナー的にも敷居が高いらしいが、流石は上等兵だ。因みに伍長はこの前盛大に咽せてた。麺が鼻から出てたのは武士の情けで言わなかったが見てた人いるだろな。自称日本通の少尉も右に同じである。軍曹は俺より箸が上手い。この前伍長にせがまれ、機械の様な正確さで米粒を箸でジャグリングしてた。俺左手でスプーン使えないんだけど……。

 うどんを啜りながら中尉は気づかず微笑んでいた。心の底からの笑いだった。一息ついた中尉はコップを傾け、水で喉を潤す。そして、眼を瞑り、小さく、誰にも気づかれない程度に乾杯をした。

──作戦の成功を、部下に祝杯を、この平和に、そして、散って逝った勇気ある戦友と名誉ある敵に。

 

 休息に身を任せていた"ブレイヴ・ストライクス"隊員に召集がかかったのは、食休みが終盤に差し掛かり、少し瞼が重くなりかけた時だった。

 

 

 

「ペラペラ喋ってくれたよ。それも誇らしげに。何でも"M資金"と成り得る献上品を探していたとの事だ。"M資金"についてはもう知ってるだろう?噂にもなっているアレだ」

 

 薄暗いブリーフィングルームに副長の声が響く。マイクのスイッチを顔を顰めて切り、口に手を当て小さく咳をする。狭い室内、軽く圧迫感を与える壁にぼんやりと光を投げかけるスクリーンの前で、副長は手元のリモコンを操作する。

 

「……"M資金"は、噂では…なかった、と……」

「成り得る、ですか?」

「つまり、"M資金"は1つではないのか」

 

 艦長は隅で眼を瞑り、腕を組んでいる。目深に被られた帽子の下の表情は伺い知れない。デスクに腰かけた"ブレイヴ・ストライクス"の面々は、電子ペーパーで配られた資料に眼を落とす。殆どが強度の補正がかかっているが、かなり画質の荒い写真だ。特にノイズによる砂嵐が酷い。全くの素人が見たら、ただのデータ損壊に見える様なものまである。

 ジャミングかミノフスキー粒子の影響だろう。そのどちらかか、はたまた両方か。それにしても酷い画質であった。恐らくデータ復元にも問題があったと考えられた。ウチの部隊では無い。いや、データそのものの古さも考えられる。何にせよ、参考程度にしかならないものだった。中尉は唸る。これじゃ等高線が入っていようと谷か山かも判らん。頭が痛くなってきそうだ。

 

 ミノフスキー・エフェクトはあらゆる電子機器に障害を及ぼす。それは光学機器も例外では無い。電子的に画像を捉え、変換し、保存するデジタル画像は特にそうだ。また、レーダーを始めとし、シーカーや赤外線センサー等も使用する波長によっては制限がかかる場合もある。特にMSのスクリーンに投影される画像は多数のセンサー類が3D処理を行ったものであり、この影響をモロに受ける。中尉が多少不便でもリアル画像に拘るのはこの点からだった。

 例えば、低出力かまたは極高出力で発振した"ビームサーベル"は、ミノフスキー粒子の干渉によりビーム刀身からの可視光及び赤外線が著しく減退、拡散し、大気状況によっては殆ど見えなくなる場合がある。カメラを通せば、その現象はさらに加速的なものとなる事も発見された。後退圧縮され、運動を続けるメガ粒子こそ淡い独特のスペクトルパターンを発するが、メガ粒子を封入するIフィールドがその光を乱反射させる為、容易な可視化を困難な物にしてしまい、"ビームサーベル"本体から空間そのものに刃が拡散している様に見えるのだ。勿論、メガ粒子の出す光は様々な要因により色が変わって見える為一概には言えないが。一例として、大気状況や空間状況、リアクターやエネルギーCAP、そしてビーム加速器や出力等の違いが顕著で、ジオン製は濃い黄色、連邦製は明るいピンクに近い色に見える傾向がある。これは敵味方の識別にも使われる位だ。これらはある程度操れるが、無駄であると言う観点からあまり研究が進んでいない。まぁそんなもんである。戦場を色鮮やかに彩る必要は無い。ただでさえ曳光弾の様に目立つビームだ。自分から目立つのは死にたがりのする事だ。

 

 ところが、中尉はその現象に注目、"ビームサーベル"を不可視化させ、相手に脅威を与えない、間合いを掴ませないように出来ないか、と言う事を提案した。勿論不可視の刃物など危険極まり無く、それが"ビームサーベル"であれば尚更であり、自機を切り裂く可能性は跳ね上がるだろうと指摘された。しかしそこはおやっさんがエミッター及びリミッターを各種センサーやOS、モーションマネージャー等と連動させその確率を減らす事が出来るだろうと言う助け舟を出し、中尉としては自分が武術をしている立場から、不可視の武器の威力はそれらのデメリット以上に脅威であり、かつ有効な手であると判断したからだ。

 しかし、研究は難航した。主にIフィールド操作技術が未発達である点が1つ、もう1つは発振した"ビームサーベル"のメガ粒子が粒子収束フィルターのコンディションの影響をモロに受け、かなりスペクトルパターンに差が出てしまう点であった。やや発光を抑える程度の成功は収めたものの、完全な不可視化は不可能に近く、大気状況によっては逆に強烈な光を出してしまったり、そもそもその現象を故意に起こす事すら困難であった為、研究自体は細々と続けられているが、実用化は現実的でないと言う烙印が押されていた。

 現時点で判明した事は、いずれIフィールド制御技術が更に発達すれば、時空間的にIフィールドを投影、制御し、残像やスクリーンの代わりにする事が出来るかも知れない、それどころか物質を自由に動かせる様になるだろうとの事である。また、Iフィールドの性質から、メガ粒子を拡散させたり、反射または逸らす事も可能であるそうだ。しかし、フィールドモーターやミノフスキー・クラフトの様に実用化に成功したパターンはごく稀であり、この研究についてはそれが果たして軍事技術になり得るのかはまた別の話でもあった。フィールドモーターはごく限定された閉鎖空間のみの制御であり、ミノフスキークラフトは逆に解放空間ではあるが精密なコントロールは不可能で、物体もある程度の面積が必要である。今の技術でも数を用意すれば雲をスクリーンに映画上映会でも出来るだろうが、それが一体どうしてなんの役に立つのやら。対ビーム防御技術としても、低出力ビームやレーザーならともかく、軍の高出力ビームを打ち消すのは現時点では現実的ではない。受け流す、反射するのは比較的簡単に出来るかも知れないが、それでも常時展開するにMSには搭載不可能な莫大な出力のリアクターが必要になるだろう。戦艦のものだとしてもオーバーヒートは必至だ。どれもこれも発展途上、まだ先の話だ。リアクターの高出力化、小型化や遮蔽技術の向上には一役買いそうではあるらしいが、それも微々たるものであるとか。

 

 だいぶ話が逸れたが、現在偵察において今は性能こそ劣るが、確実に被写体を捉える事が出来ると言う理由からアナログなフィルムカメラが重宝されている。画像1枚から判る事は以外にも多い。勿論写っているものが多いのではない。そこから推測出来る事が多いのだ。専門の解析班によると、微かな兆候から導き出される情報から結果を得る、視えないものを視る、妖精をみる為の妖精の目の様なそれ、それこそ『心眼』と呼ぶそれが多くの情報の可能性を引き出し、その情報が作戦を大きく左右する事がある位だとか。だからこそ、手がかかろうとフィルムカメラに高性能光学機器の補正を掛けさせるのだ。そして、それを人の手やコンピュータによる補正を重ねる事で、漸く比較的精度の高い情報を一般人でも得る事が可能となる。ミノフスキー粒子により、索敵・偵察も有視界の比重が殊更大きくなったのである。特に肉眼での観察は重要で、MSを降りわざわざ性能の劣る双眼鏡で索敵を行うパイロットも居るという噂がある程だ。

 この事から、昔ながらのフィルムカメラを使ったカメラマンの写真がより多くの真実を語ると言う者もいるぐらいだ。それを逆手に取り加工写真を売り捌く不届き者もいるらしいが。偽装工作の一環として活用出来りゃいいんだけどなぁ。そこまでは手が回らん。そもそも俺の仕事じゃない。

 

 因みに、この報告を受けた事で、戦術偵察機である"フラット・マウス"の偵察写真用大口径光学カメラはフィルム方式の物へと更新されたのである。しかし、その更新は軍全体では進み切っていない。ただ単純にカメラを交換すればいいと言う話では無く、それこそ大規模な改修が必要なのである。

 情報を得ても、それを伝える事が出来なければ意味が無い。そして、その情報は、正確にかつ迅速に伝えられる方が効果を発揮する。その為に、カメラ周りの電装系から、コクピット内のレイアウトまで変更する必要が出て来てしまっていた。手順としては、写真を撮影、現像、それを更にデジタルデータ化し送信する。現像した物をデジタルデータに直す手間はあるが、途中で補正をかける為こちらの方が高精度の情報が得られるので仕方が無い。レーザー通信によりその情報は部隊に全体に行き渡るが、最も信頼性が高いフィルムをポッドに詰めて投下する事も考慮に入れられた設計となっている。その為改良機は既存の機体と比べ、大型で高精度の高速現像機がどうしてもスペースを喰い、更に写真をコクピットまで届かせる必要がある為、副操縦士(コーパイロット)席がかなり圧迫されてしまっているらしい。それに、高品質なレンズを生産していた工場が"一週間戦争"でコロニーごと無くなってしまい、熟練工の多くが死に再生産が不可能となり、今はその代わりの会社を探しているがそれも芳しくないとの事だ。結局今は既存機の改良でやりくりしているが、いずれはミノフスキー粒子に対応した全くの完全新型機が必要になるだろう。その頃まで連邦軍が負けてなけりゃ、だが。

 

「むぅ……献上品、ね」

「今回の獲物は、モスポイルされている反応兵器だそうだ」

「核……やはり、ですか」

「──ブロークン・アローの正体はコレか」

「ジオンは今反応兵器を血眼になって探しているらしい。2度の"ブリティッシュ作戦"で核を使い切ったんだ。だが、宇宙に核は無い。核の原料になるウランは多種多様な地球の環境でしか生成されないからな。地球降下作戦後、数多くのウラン鉱床を勢力圏内に置いているが、採掘、精錬、濃縮には時間もいる。だから直ぐにでも使用可能なイエローケーキ、廃棄反応兵器や使用済み核燃料を喉から手が出る程求めているとの事だ。それなら、本体が腐っていようと1から作るよりは時間も手間暇もかからんからな」

「……」

「ツボじゃなかったんですねぇ」

「南極条約を守るつもりが一切無いな。ここまでくるといっそ清々しいな。反吐が出る。クソッタレ共め」

「地球に存在する反応兵器の調査中、偶然『定期便』を捕まえちまった──中尉」

 

 今まで沈黙を貫いてきた艦長が口を開いた。帽子の庇の下の、真っ直ぐな視線が中尉を射抜く。目だけが光っている様に見えた。力強い瞳に、中尉は向かい合う。

 

「…はい、なんですか」

「……ここまで来てて申し訳無いが、ここより先は、本当に戻れなくなるぞ?いいのか?」

「今更ですよ。それこそ。それに…ここで無視したら………」

 

 言葉を切った中尉はあの嵐の夜を思い出していた。確かに感じた死、そして生。絶望と、希望を。

 

「……まぁ、乗りかかった艦ですし。俺達は、もうお客さんじゃない。そうでしょう。命を救って頂いた恩もあります。出来る事があるなら、やりたい。皆さんは?」

 

 振り返る。そこにはいつものメンバーがいつもの顔をしていた。

 

「…中尉、それは、愚問…だ……」

「仲間はずれはひどいですよ!」

「隊長、私達はチーム、一連托生です」

「だ、そうだぜ大将。いい部下を持ったな!」

「はい……」

「副長」

 

 艦長の口元がニヤリと歪む。楽しくて仕方がない、そんな声が聞こえて来そうな程の笑みだった。艦長は口髭を弄りながらゆっくりとうなづき、先を促した。副長は再び口を開いた。

 

「これより本艦は、"シャドー・モセス"島に向かう」

 

 "影のモセス島"、か。どこかで聞いた事がある様な響きだ。記憶の隅が突かれる。何故だろうか。地球の地理にはそう詳しい訳ではないのだが。

 

「"シャドー・モセス"?」

「アラスカ、極寒のベーリング海に浮かぶ、"アリューシャン"列島の1つ、"フォックス"諸島に属する絶海の孤島だ。この『忘れ去られた島』に、"トリントン"を除いて人類最後の廃棄前の反応兵器が貯蔵……いや、放棄されている。どう言うわけか、ヤツらもそれを嗅ぎつけたらしい」

「まさか……」

「"シャドー・モセスの真実"はフィクションじゃなかったのですね」

 

 上等兵の言葉に、中尉の頭の中で何かが光り、そこを起点に回り出す。回路が繋がり、歯車が走り出す。カチリと噛み合った破片が繋がり、大きなイメージとなって浮かび上がった。

 導き出された結論は、ある種の郷愁、懐かしさを中尉にもたらした。ある古い昔話、1人の男の英雄譚だ。かつて、世界を救ったとされる、潜入工作員(エージェント)の物語。

──それか。今ようやく思い出した。祖父の乱雑に本の積まれた書棚に、埋もれる様にして突っ込まれていた本。旧世紀に執筆された、SF作品、"シャドー・モセスの英雄"の物語だ。たった1人で基地1つを潰し、世界の破滅を防いだ伝説の傭兵。

 しかし、あれはフィクションだったハズだ。……まさか…情報操作がなされたと言うのか。事実を隠蔽する為に。ノンフィクションを、嘘と虚構で塗り固めたフィクションに仕立て上げ、歴史の闇に葬ったのか。

 

「これがその"シャドー・モセス"島だ。そして、今表示するのが衛星軌道上の監視衛星が破壊される前の最後の写真だ」

 

 画面が更新された。古い衛星写真の様だ。画質はあまりよくはないが、島の形はよくわかった。双子の島、いや、だるまの様な島だ。あまり大きくはない。しかし、写真でも判るほど孤立しており、海岸はほぼ無かった。殆どがフィヨルドの様な切り立った崖で構成されており、アルカトラズ島を彷彿とさせた。真っ白なのは、画質が悪いだけでなく、雪が積もっているからだろう。緯度を鑑みるにこの時期だから氷河は無いだろうが、足場は相当に悪そうである。

 

「かわった形してますね」

「異常気象と海面上昇により侵食が進んでいるそうですが」

「コロニー落としによる破片の落着の影響で更に加速している。この衛星写真は戦争前のものだ。当てにならない」

「彼等の競争相手は、もう向かっているそうだ」

「畜生。地球連邦軍は歴史家に格好の物笑いのタネをプレゼントすることになっちまうぞ」

「わたしたちが勝ったのに…」

 

 伍長が小さく呟いた。まるで拗ねた子供の様な口振りだ。勝った。勝った、か。伍長の言葉に、中尉はため息をついた。同時に、その単純さが羨ましくも思えた。決してバカにしている訳ではない。伍長のわかりやすく、直接的な言動にはいつも助けられて来た。しかし、それでは全体を見る事が出来ない。その必要が無い立場ならいい。しかし、中尉は違う。本来なら中尉もその立場だ。だが、今の中尉は階級や役職以上のあらゆるものが積み重なり、軋みを上げている。

 一言で言って中尉の立場は異常なのだ。そもそも小隊の部隊長が作戦立案をし、前線に立ち指揮をしつつ戦闘をこなす等、当たり前であるが前代未聞の事だ。それは決して小隊長の仕事では無い。かと言ってそれらを行う上司も存在しないのだ。通常の部隊編成から大きく外れた宙ぶらりんな私兵に近い特殊部隊、そんな考えの足りない執筆者の悪ふざけの産物の様な物の真ん中に彼はいた。その当事者であったのだ。

──冗談じゃない(ゴッズ・ネイブル)。畜生。

 

「……勝ちまくったハンニバルが最後はどうなったよ?」

「え?」

 

 独り言に返事が来たのがそんなに意外だったのか、ぽかんと口を開ける伍長を気にせず、中尉は続ける。

 確かに俺達は勝っただろう。作戦目標を果たし、被害を抑え、敵に打撃を与え、新たな情報等あらゆるものを得た。しかし、それが何だ。この小さな局地的勝利が何をもたらすのか。我が隊に消費と損耗を強いただけだ。

……物質こそ余裕はあるが、これ以上の人的資源の損耗は避けたい。このご時世、どこもかしこも人手不足なのだ。この場合の人手不足は単なる労働力の欠如では無い。専門職(プロフェショナル)不足だ。バカは足りてる。そのバカに教育をする立場が次々と戦死して行く現状こそが問題なのだ。

 

「結局、ローマにすり潰されただろ?戦闘の勝利は戦争の勝利とイコールじゃないのさ。俺達がいくら局地戦で勝利を収め続けようとも、戦争、戦闘は最終的に政治における武器でしかない。戦闘だけで戦争に勝つのは、全滅戦争以外にありえない。それこそ敵を文字通り根絶やしにしない限り、だ」

 

 不可能に近いがな。心の底でそう付け足し、中尉は一度言葉を切ると、伍長に向き直った。ブリーフィング中に私語、それもまるで八つ当たりだ。最低だ。しかし、伝えたい事でもあり、知ってもらいたい事であった。そう思いたかっただけかもしれないが。

 

「膠着した戦線、高まる厭戦、どっちもピークだ。そんな中、戦争初期から新兵器にボコボコにされ、大きな戦力差をひっくり返され、世界を巻き込み、しかしながら勝利やそれに伴うMSの存在も明かせない。オマケに相手が再び核を持ったら?これじゃ負ける。いつか必ず。負ける。そう。戦術で無く、戦略でなく、政治で、上が。なんとかしなくちゃ。その上がなんとか出来るように、今は勝ち続けるしかないのだが……すまん」

「しょうい…」

 

 無意識の内にため息が再び口を突いて出た。同時に強烈な自己嫌悪感が降りかかる。本当に最低だ。やっちまった。俺は何でここにいるのか、俺は何でこんな事をしているのか、俺は何で……。

 だんだん愚痴へと変わっていた話を真剣に聞いていた伍長に、中尉は頭を下げた。ただ、申し訳無かった。

 うな垂れたままの中尉の手を、机の下で伍長が取った。そのまま無言で手を握る。小さな手だ。しなやかで柔らかい感触がくすぐったい。ボロボロな自分の手には無いものだらけだ。じんわりとした暖かさが染みる。血管や関節が白く浮き出る程握り締められた手が、緩む。

 

 戦闘の結果なんて、いつも曖昧だ。勝ち負けでさえ白黒つかない。無駄な勝利もあれば、意味のある敗北もある。そんなものだ。一概には言えない。言い表す事も出来ない。

 しかし兵士にとっては同じだ。死んだか、否か。怪我をしたか、否か。戦友が生きているか、否か。そんな戦術以下の事だけだ。勝利、そこに価値を見出すのは、決してその場で戦った兵士でないのだから。

 

 一人一人の兵士は法律で規定された義務を果たさねばならない。そう言う契約だ。

 敵の決断など兵士には全く関係無い。むしろ兵士は上の政治家によって運命を左右されるものだ。それは今も昔も変わらない。

 

「結局、勝ち負けどうこう決めんのは上のお偉いさんの仕事。俺らは、走って、隠れて、撃って、敵の弾丸に当たらず生き残るだけさ。残念だが、世界のどこをさがしても、他人の代わりに血を流してくれる正義の輩なんていない」

「ふむ、大将も嘆くのな」

 

 おやっさんが窘める様に、だが共感を含んだ声で言う。その顔は不意を突かれた様で、それでも少し楽しそうで。

 そりゃそうだ。俺だって人間だ。たまにはこう言う事もある。2度と無い様にはしたいと思っているが。

 

「すみません。まぁ、でも、落ちつきました。取り乱してすみません」

「うははっ!言うだけなら自由よ。時たま忘れそうになっちまう事もあるが、地球連邦は民主国家群だからな!」

 

 おやっさんはいつもの調子で笑った。中尉も誘われ、含み笑いで返す。笑いが広がり、ブリーフィングルームはしばし賑やかになった。それは、まるで海の底から陽の当たる海面へ出たかの様だった。

 こんな状況でも笑えるのが俺達らしい。でもそれでいい。いつでも希望が路を拓く。そこに笑顔は必要不可欠だ。どんな時でも俺達は笑う。そして、また進み始めるのだ。

 

「……時は一刻を争う。出来るだけの事はしよう」

「はい」

 

 その刹那、電子音が響き渡った。艦長の胸元からだ。艦内通信の呼び出しかと思われた。これらの電子機器端末は着用が義務付けられている。それもミノフスキー粒子によって殆どが無効化される傾向にあるが。それは最前線だからであって、ここでは関係無い。

 顔を顰め、端末を取り出した艦長は、意外そうな顔をして口を開いた。声も軽い。悪い知らせでは無さそうだった。

 

「直通通信だ。凄いタイミングだ。お偉いさんから、あんたたち宛へのラブコールだぜ?通信室へ行こうか。あそこなら誰にも聞かれまい」

 

 軍曹が立ち上がり、全員が続いた。副長が前に立ち、そのまま廊下にゾロゾロと並んで通信室へと歩く。その謎の集団に、道行く人は路を開け、一瞬訝しんだ顔をした後敬礼をする。後ろを見ると、首を捻った水兵達が、また何か噂話をしている様だ。

 まぁ仕方も無かろう。何ともチグハグな組み合わせとしか言えないからだ。艦長、副長、小隊長、整備中隊長…チンドン屋の様なものである。

 

 通信室までは直ぐだった。狭い一室に全員が身体を押し込む様にして入り込んだ。

 スクリーンには青い画面にタイマーが表示されていた。もう直ぐで繋がると言う事か。それで、先程の通信とはまた別種の通信方式なのだと気づく。必要なのは速さだけでは無いのだろうか。

 画面が揺れた。スクリーンが瞬き、コーウェン准将が映し出される。初めて会って数ヶ月、最後に話したのが1ヶ月前くらいか。たったそれだけでも、とても懐かしい気がした。

 

『中尉……久しいな。すまないが、一対一で話したいのだ。彼を1人にしてやってくれないか』

 

 開口一番、彼はそう言った。少し痩せたかもしれない。いつも部下に対しては笑顔を忘れない彼には珍しく、疲れた顔をしていた。

 

「俺もか?ジャック?」

『……すまない』

 

 ゆっくりと頭を下げる。画面の隅で、秘書官も同様に頭を下げていた。異常とも呼べる光景に中尉は唾を飲み込み、少なからずたじろいだが、おやっさんは変わらない調子で続けた。

 

「珍しく殊勝だな。……判ったよ」

『恩に切る』

「貸しだからな。返せ。必ずな」

 

 フンと鼻を鳴らしたおやっさんが顎をやった。艦長と副長は顔を合わせ、同じタイミングでため息をつき、ドアを開けて外へ出た。伍長と上等兵も、不安顔で退出した。

 不安だ。どういうのか。中尉は1人、それを見送る。その時、肩を叩かれた。軍曹だ。軍曹はうなづく。中尉はいつも通り拳を打ち合わせた。軍曹はスクリーンに一瞥し、中尉に敬礼をして出て行った。

 

 部屋には中尉1人になった。でも、先程までの不安はもうなかった。

 

「准将」

『話は聞いた。誠に信じがたいが、状況は最悪の様だな。こちらも静かに忍び寄る狂気に当てられ、誰もが自分勝手に狂想曲を踊るのみだ』

 

 准将は顔に手をやり、空を仰いだ。"ジャブロー"の空は岩壁しか無い。その閉塞感を嘆く様に。中尉はあの地の底の闇を思い出した。暗く、湿っていて、時折揺れるあの空間を。

 

『──反応兵器。この情報は、地球連邦政府が樹立してからの唯一の例外、SSクラスの超機密なのだ。"シャドー・モセス"は旧世紀の暗部だ。そして、使用出来る核を全て管理下においている、と公言して憚らなかった地球連邦軍と言う組織のアキレスの踝だ。かつて、世界を相手取り、この世界からの解放を目指した男の闘争の残滓。そこには、約数千発もの反応兵器が未だに処理されず放置されている。世界を数度灼き尽くしても尚有り余る程の、膨大な量が、だ。敵が独立性の高い部隊で助かったよ』

「そんな大層な機密を…いいのですか?」

『ふん。勝って戦争が終りゃ機密にならん内容だ。負ければそのまま機密は守られる。世界の崩壊と共にだ。問題は無い。むしろ勝算をあげる方が重要だ。それだけだ。それだけなのだ』

 

 想像もつかない話だ。SSSクラスになると、世界の誰も、それこそ秘密を守る本人ですらその本当の意味を知る事は無いだろう。たった1つの望み、幻想の様な秘密。それに触れたいとは思えなかった。情報はあって困らないものだが、例外もある。活かせない情報も。世の中には、知らなくていい事、知らない方が幸せな事もあるのだ。

 

『ついでにAAAの最新情報を教えてやるか?"サイド7"に極秘裏に運び込まれた"新造艦"と"オリジナル"が、"赤い彗星"率いる艦隊に襲撃されたよ。件の"赤い彗星"は、今衛星軌道上にいるはずであるにも関わらず、だ』

「あの、"赤い彗星"が……!」

 

 その名前は中尉でも知っていた。いや、知らない者を探す事の方が難しいだろう。数多いジオン軍の、エースの中のエース。それこそニュータイプと噂される、ジオンのトップエースだ。

 テレビで放映された"サイド3"での戦意高揚パレードはまだ記憶に新しい。ドズル・ザビの乗る深い緑に金をあしらった"ザクII"と、彼の乗る赤い"ザクII"がジオン国旗を掲げている写真は、ジオンの力の象徴だった。

 

 "赤い彗星"、シャア・アズナブル。

 

 乱世となった宇宙世紀に、流星の如く現れた若きエース。その名の通り赤い"ザクII"を駆り、"ルウム"での出撃で5隻もの戦艦を撃沈した男。彼が『5艘飛び』を成した時、その"ザクII"のスピードは、通常の3倍にも達したと伝え聞く。最強のパイロット、生ける伝説、ジオンの英雄、それが彼だ。

 戦争がたった1人で出来ない様に、たった1人、それも兵士が戦場を左右する事など殆どないと言ってもいい。しかし、建設中の"コロニー"が数基しかないとはいえ、そこを単独で襲撃する様な男なら、と思ってしまうのもまた確かだった。

 

『そこからは情報が途絶。レイ博士の安否も判らん。連邦のMS開発・量産・運用計画はまた遠退いた。しかし、彼等はそれすら手につかない様だ。まぁ、最も彼等は元々MS開発配備推進反対派だったがね?』

「……」

 

 中尉は黙り込んだ。事態は既に疾走り出していた。それも最悪の方向に。まるで崖を転がり落ちる石の様だ。問題は、その石が多数の命の運命を握っている事か。そして、石の様に丸く収まる何て事にはならないだろう。

 

 コーウェン准将は一度言葉を切り、ため息とともに俯き目を瞑った。影に隠れたその表情は窺い知れない。中尉も嘆息した。戦争を負けると判っていながら始める奴などいないと思いたいが。それでも、この時中尉は初めて思った。

 この戦争、俺が死ぬより先に地球連邦軍が負けるかもしれない、と。

 

『──儂は、君達に託したい。人類の、未来を……』

 

 30倍とも言われる戦力差をひっくり返し、ジオンは本当に独立を成し遂げるのかも知れない。

 しかし、顔を上げた准将の言葉に、絶望は感じられなかった。

 

 願いでなく、希望、そして望み、それを託す者の顔であり、瞳であった。

 

 彼はまだ、決して諦めてはいなかった。

 

『"ジャブロー"の臆病者供は、この事態を見て見ぬ振りを決め込む事に決めた。彼等を守り、強気にさせる"ジャブロー"の固い岩盤は、反応兵器をも防ぐと言われているからだ。しかし、この天然の要塞とて、世界を滅ぼす核には耐えられまい。しかし、彼等にとっては、世界よりも何より自分のメンツが大切なのだ。誰もが世界を滅ぼした大戦犯としての貧乏クジを引きたくないと、臆病者にも知らぬ存知を決め込み、何1つ有効な手立てを打つ事も無く傍観し、自分の思い描く理想の未来に引きこもる事に決めたのだ。もし語り継がれるべき未来があるとしたら、そこに人類の汚点として、戦犯として名を刻まれる事を最期まで恐れながら死んでいくのだろうな。重苦しいまでの沈黙が雄弁に物語っていたよ。あれだけの大人が雁首を揃え、それだけが満場一致だった。世界で最も醜い光景だったと言わざるを得ない。情け無い事に……』

 

 自嘲の笑みに、中尉はふと思った事をそのまま口に出す。

 

「なんで、関わらなかった人間は、どうして責任が自分に一切ないと信じられるんでしょうか?」

 

 言葉は止まらない。さっきと同じだ。それより酷いかも知れない。今は感想を言う時間でも議論の場でもない。その立場の関係でも無い。しかし、これだけは言っておきたかった。知っておいて欲しかった。次の作戦で俺が死んでも、きっと彼は俺の作った時間を活かす。そう信じたからだ。

 

「自分は手を出さなかったから、自分は関係なかったから、そうやって、責任を感じなくていいなんておかしくないですか?苦労して、手を貸して、頭をひねって、尽力したヤツだけが責任を追及されるなんて…」

『そうだ。そうだな。すまない。誠にもってすまないが、しかし、今、この時に置いて、君達のみがこの事態を収束し得る可能性を持っているのもまた確かなのだ。君達は、儂が、延いては地球連邦軍、そして地球連邦政府が持ち得る最後の切り札(エース・インザ・ホール)、最高の戦略兵器群なのだよ』

 

 准将の言葉に、その真剣な表情に、笑い出しそうだった。俺達が?切り札だと?過剰評価だ。

 たった1つの部隊で何が出来る。俺は英雄でもエースでもない。物語の主人公では無い。ただのパイロット、探せばどこにでもいる元攻撃機乗りだ。何を出来ると言うのか。

 

「……たった3機のMSしか保有していない、唯の一個小隊にしか満たない我々が、ですか?」

 

 中尉の絞り出す様な、震える声に、准将はただ、受け止める様にして口を開く。

 

『そうだ。全く新たな兵器、新時代の象徴、地球連邦軍の希望の光明、同じか、それ以上の力を持って1つ目巨人(グリーン・ジャイアント)供を倒し、大番狂わせ(ジャイアント・キリング)を起こし得る存在、それがMS。それが、"ガンダム"、なのだ。そしてそれを有する唯一の特殊部隊。それこそ、旧世紀のWWIにおける戦艦の様なモノだ。君達は、その存在だけで戦局をも左右し、世界を回天するに足る力がある』

 

 回天、中尉は声に出さず呟く。『天を回らし戦局を逆転させる』という意味だ。その天を巡らすものとは何だろうか。人の命か。

 この世界というタービンは命という燃料を燃やし回り続けるものなのかも知れない。それは正しいだろう。それで、この世界が続くのなら、まだ進めるのなら、この身を差し出し、そして燃やし世界が回るのなら、大切な人を守れるのなら、俺は喜んでその炉に身投げしよう。

 

『1個小隊に何が出来るか……違う。今考えるべき事はそんな事では無い。何をすべきか、誰の為に、何の為にそこにいるのか、君達の背中に、どれだけのものがかかっているのか、なのだよ。今や、ジオンは再び核のカードを手に入れようとしている。もちろん反応兵器と雖も、決して万能ではない。寧ろ核と言う兵器は、未だに人の手に余るモノなのだ。しかし、そのカードが再び切られた時が、今度こそ世界が終わるかも知れないのだ。人の犯した過ちを、もう一度繰り返す事は無い。その為には、儂はなんだってしよう。中尉、君の少佐相等官の権限を復活させる。また、今回の戦闘で、大佐が一名殉職したのは聞いている。そこでだ、戦時特例による特進で、暫定的に大佐相等官とする。君が失敗すれば、それは全面核戦争、最終戦争(ハルマゲドン)の始まりを意味する。軍人として、1人の地球市民として、存分にその職務を全うして頂きたい』

 

 仮に俺が失敗しても、世界が滅んでも、彼の様な人が生き残れるのなら。その為なら。なんて悲劇的なのだろう。中尉は自嘲の笑みを浮かべた。

 

──荒廃の果て、瓦礫と残骸の中から、再び軍旗が登り、世界に翻るだろう。

 

『──世界を、任したぞ』

 

 准将が敬礼をする。中尉が返すか返さないかの最中で、通信は切れた。敬礼をし、またかつての色を取り戻したスクリーンを睨みながら、中尉は独りごちた。

……一方的にめちゃくちゃいいやがって。畜生。挽き肉製造機へ真っ先に放り込まれる栄誉がどこにあるのか。

 

 部屋を出る。光が眩しい。顔を顰める中尉を見て、廊下の壁に身を預けていたおやっさんが口を開いた。

 

「……大将、ジャックは、なんと?」

「世界を、救って欲しいと、それだけです。全く…全く馬鹿げてますよ」

 

 中尉は笑った。いや、笑えたか?今の中尉には判らなかった。

 

「…大将、大将は今、何のために戦ってるんだ?」

「何、ですか……判りません。判らなくなって来ました。何処かの誰かの未来の為に、でしょうか?」

「誰かの為、ねぇ。その自己犠牲は立派だが、その先には何もないぜ?」

「……」

 

 壁から身を起こし、おやっさんは中尉の前に立った。中尉は力無くおやっさんを見下ろす。小さな人だ。それでも、立派な人だ。人の命を預かれる、その事に誇りを持てる人だ。自分とは違う、大人の、男だ。

 

「……そうだな、ちょいと、年寄りの昔話に付き合ってくれ」

 

 そう言うと、おやっさんは壁に寄りかかり、喋り出した。ゆっくりとした、落ち着いた声だった。

 

「俺は、軍曹と顔馴染みだ。この意味が判るな?あちこちをフラフラと渡り歩いてたのさ。世界ってヤツを知りたくてな。道中、いろんなヤツがいた。見て来たよ。俺は。皆戦いの中で知り合って戦いの中で死んでいった。別に俺は、強いから生き残ったワケじゃない。ただ死にたくなかった。それだけだ。死にたくなかった。本当にそれだけだった。死にたくなかった。生まれた戦場を、死に場所にしたくなかった。だから戦った。戦っていた。だから生き残っちまった…」

 

 言葉を切り、おやっさんは少し離れて待っている艦長や軍曹達に目やった。その寂しげな横顔は、中尉の初めて見るものだった。

 

「…そんな俺でも、願いが1つだけある。このご時世の戦場で、逝き遅れた老人の浅ましい願いを、願わくは聞いて欲しいもんさ」

 

 昔を思い出したのか、微かに目を細めたおやっさんの話は続く。中尉は黙って聞いていた。口を挟む事は出来なかった。その重みを彼はその肩に背負っているのだとふと思う。自分とは違う、小さくともがっしり肩に。

 

「──いや、そうじゃあねぇな。1つ、1つだけだ、大将に言っておくよ。年寄りの話だ。話半分に聞き流してくれや……これから先、大将のまだまだ長い人生だ。その中で必ず、何かを選ばなきゃならない時が来る。全部は持って行けねぇ。人間体1つ、腕2本、背負い、抱えられるのはそれだけだ。所詮、人は人だからだ。だが、選ぶのはいつだって自分だ。他人じゃない。その選択は、他でも無い大将、お前が下すんだ。自分として、人として、男として、指揮官として、戦士として、軍人として、士官として、兵士として!」

 

 少し離れた所に立っている、他の面々を目をやっていたおやっさんの眼が中尉の瞳を捉えた。真剣な眼に見据えられる。身がすくむ思いだった。戦場とはまた違う、1人の男が出すプレッシャーに、中尉は圧倒され、萎縮していた。

 

「大将、何が正しいか間違っているか、そんな事ぁは関係無い。その選択が間違っていても誰も構いやしない。責めるのはお門違いだ。それがちゃんと考えて、自分で出した答えならな。責任ってヤツさ。どうしても受け止めなきゃならねぇ。そして最後は、大将、ここだ。心に聴くんだ」

 

 左胸に拳を当てられる。心臓の鼓動が嫌でも意識された。生きている音だ。現実に戻ってきた感じだ。

 

「よく考えたか、それで本当に後悔しないか。──いや、大将の言い方なら……後悔ぐらい、出来る様に、か?……そしたら後は自分を信じろ。自信の根拠ってヤツは、いつも終わった後についてくるもんだからだ」

 

 離された手と、手が当たっていた胸に手をやる。暖かい。掌を見ても何も無かったが、何かを感じていた。

 拳を握る。無言で顔を上げた中尉に、おやっさんは微笑みかける。優しい笑みだった。

 

「俺は聞いたな?何の為にって。そんなものは簡単だ。オッカムの剃刀さ。シンプルでいいのさ。ただひとつ守りたいもの、それだけは手放さず守れればいい」

「……その為には何を犠牲にしても、ですか?今までの様に」

 

 中尉は失った戦友を、部下を思い出していた。"キャリフォルニア・ベース"の空で。"グレートキャニオン"の荒野で。"アリゾナ"の砂漠で。"サンホセ"の密林で。"北大西洋"の海上で。そしてありとあらゆる戦場で。屍を踏みしめ、血の河の中に立っているが俺だ。生きていると言う事は命を奪う事だ。中尉はそれを決して忘れてはいなかった。

 

「過ぎた昨日がなんだ。今日はまた新しい別の日だ。何を女々しいことを言っているんだ。出会いがあれば、その数だけ別れがある。当然だろう?『さよならだけが人生だ』。そんな唄もあったろ?」

「そう、ですね。確かに、またいい出会いもありました。それに…ただ……別れは寂しいだけではありません。別れる時、その人が自分にとってどれだけ大事だったかを再確認出来る、大切な機会ですから」

「うははははっ!いい事だ!とても、いい事だ。人との出会いは人生を豊かにしてくれる。知らない内に、色々なものをくれる。そして渡してる。そうして、思いが重なって、人生の選択を、より重いものにしてくれるってもんさ!」

「──選択?」

 

 中尉が聞き直す。サングラスを押し上げたおやっさんは、口を歪めて続けた。

 

「そうだ。大将!お前が、いつか何かを選ぶ時、何かを捨てる時…今はその準備だ。猶予だ。モラトリアムってヤツさ」

「……」

「いつか判る。いつか…そう、必ず、な。俺はこの道を選んだ。俺自身で選んだのさ。たくさんあった、いくつもの素敵で素晴らしい、それこそ選びきれない様な選択肢の中からだ!」

「……」

「…そりゃ、他の全てを捨てたワケじゃない。最善を選んだつもりだが、その結論は未だに出て来ない。当たり前だな。だが、選ばなかったものが全部素敵で、かけがえのない、素晴らしいものだったからこそ、俺は俺が選んだものに誇りを持っている!誇りを胸にここに立ってる!!」

 

 おやっさんは手を広げ、周りを見渡した。そして、地面に指を指す。硬い金属で出来た、架空の大地をだ。

 

「──誇りを……?」

「そうだ。いつも、素敵なものをたくさん集めておけよ!例えそれが、1つしか持っていけないものだとしても、だ!俺はさっき言ったな、選ぶ時が来る、『さよならだけが人生だ』?俺はもぅ、『さよならなんて沢山さ』!!つまりだな、人生には無数の選択肢がある。だけど正しい選択肢なんて一つもないのさ」

「……結局、全部間違いって事ですか?」

「違うさ。ネガティヴだな。選んだ後で、そいつを正しいものにしていくんだ。後で後悔ぐらい出来る様に、だろ?」

 

 ゆっくりと顔を巡らせた中尉に、軍曹が、伍長が、上等兵が、おやっさんが、中尉の世界がいた。

 おやっさんが言いたかった事を、唐突に理解した。中尉は、ゆっくり微笑んだ。静かに眼を瞑り、開く。同じ世界が広がっている。そこに幸せを感じた。

 

 俺は、この毎日をきっと惜しまないだろう。

 

 そうだ。俺が言い出した事だ。確かに誘われた事がきっかけだ。でも乗ると選んだのは、決断したのは俺自身だ。俺はこれからも、時を振り返らず生きていくつもりだ。その一瞬一瞬を、高らかと歌いながら、勇往邁進していく。そう生きて行くと。

 

 時間は、誰にでも平等に優しくは無い。けれど誰にとっても温かい。

 

 時計の針は残酷に刻まれていくが、針は常に思い出という痕跡を残し続ける。

 

 全ての今、全ての未来は過去となって、時の彼方に消えていくのではない。

 記憶となって、未来の針を進める為の、俺の道標となる。

 

 答えを、俺は既に持っていた。それだけだった。

 

「どうだ?これが世界の終わりか?」

 

 おやっさんが軍曹達に歩み寄り、振り返ってこちらを見る。

 

「…これが、か?中尉。見くびられた、ものだ。そんな事は、無いだろう…。この様な…小さな、事では、世界は…終わらない……」

「軍曹の言う通りです。隊長」

「そうですよ少尉!!わたしたちはここにいます!!みんながです!!世界も強いですが、わたしたちもまた無敵です!!」

 

 皆の声に、涙が出そうだった。しかし、その涙を押しとどめ、中尉は笑ってみせた。威風堂々、英姿颯爽にて、大胆不敵、不撓不屈の英雄に、この時だけならなってやろう。自分の為に、そして、他ならぬ彼等の為に。

 

「そうだな。行こう。たとえ世界が終わろうと、俺達の仕事は変わらん」

「言うね、ノってきたじゃないか。最高だ。楽しくなって来た。で、だ。大将、お前にその大役が務まるのか?世界を救う覚悟、その資格があるのか?」

 

 おもしろくて仕方が無い、そんな雰囲気のおやっさんの問いに、中尉は笑って返した。自棄ではない。やってやろうじゃ無いか。今はそれだけだ。

 

「資格なんてありゃしませんよ。何も。だが準備は出来てる。そうでしょう?つまり、俺達はまた主役になる訳だ。楽しいですね。軍人としてこれ以上の名誉は無い、そんなところでしょうか?」

「うははっ!そうこなくっちゃ!!それでこそ大将だ!我等が"ブレイヴ・ストライクス"の大将だ!人の上に立つ人間ってぇのは、人に支えられないと立ってられないんだからな!」

「はい、それに……真実を知って不幸だと嘆いたところで、何かが変わるわけでもないですし。──なぁ、伍長、渚にて、って知ってるか?」

 

 胸を張る伍長に問いかける。伍長はその問いに眼を白黒させている。それがまた笑いを誘った。

 

「え?あー……確か、なんか世界が終わる〜ってヤツ?でしたっけ?あ、"ジャブロー"ぐらし!!」

「そう、似てないか?」

「似ていますか?もっと穏やかで日常的で、ロマンチックだった気がします」

 

 上等兵が首を傾げ、そう返した。軍服さえ着ていなければ、その姿は教師そのものだろう。中尉は唇を歪め、白い歯を見せながら問題児になった気分で続けた。

 

「所詮この世はパンジャンドラム、回り周って巡り廻るモノです。そんな世界の終わりにロマンもクソもあるか、今の俺はそう言いたいですね」

「…違いない…」

「──我々を動かしているものは、絶望か、それとも希望か」

 

 艦長が帽子の庇に触れながら、そう呟いた。副長は腕を組み、楽しげに笑っていた。この人達も俺達と同族らしい。いい事だ。最高だ。

 

「そのどちらでもないですよ」

「ではなんだ?」

「常識、それだけです」

「常識離れした連中がよく言うぜ」

「笑えないな」

 

 全員が笑う。その中心で、中尉は一際大きな声で笑っていた。

……迷った事が無い、と言ってはウソになるが、絶望すべきでは無いと思ってる。全てが失われたのであれば、それを取り戻すべく行動を起こす努力をするべきだとも。この世界に、それぐらいは期待してもいいだろうと。

 

「ふふっ、行きましょう!少尉!!わたしたちは人類の勇気です!!目標は、この世界を救いに!です!!」

「息を吸ったら、後は前だけ見て走る、だな。一つでも決めたら見ないで走る事も人生偶にゃいい。そうすりゃ、行き着く所にゃ行けるように人はDNAに刻まれてるもんさ」

「行き着く先は決まってますよ。ここじゃない何処か、それだけです。さて、みんなの世界だ。みんなで一緒に救おう。さあ、これから嵐の様な毎日になるぞ。どうせなら、息が切れるまで走ろう。俺達全員で、どこまでもな。準備は?」

「いつでもー!!」

「…どこでも」

「いつまでも」

「どこまでもってな!」

「やろうか、我が右腕」

「そうだな、艦長。我らが力は(カシラ)の為に」

 

──我々は、兄弟だ。運命を共にする、状況を打開し世界を拓いて行く、兄弟だ。

 

 おやっさんと副長が、小さな端末を持っていた。どうやら、いつの間にか艦内放送として流していたらしい。越権行為だとか、小難しい事はどうでもいい。今は、どこからか微かに聞こえる歓声に酔っていたかった。

 

 振り上げられた手が、次々と架空の空を衝く。鬨の声が、繋がり、広がり、1つになり、艦全体を揺さぶる。

 中尉は、衝き上げ、握り締めた拳に誓う。

 

──男の、誓いを。

 

 

 

『いいか、言葉を信じるな。言葉の持つ意味を信じるんだ』

 

 

世界の果ては、いつもそこにある………。




こんな文でも、書くのはけっこうカロリーを消費しますね。終わるか不安になって来ましたが、頑張ります。


次回 第七十二章 最果てへと至る道程は

厄が来ません様に(ノックオンウッド)、って」

ブレイヴ01、エンゲー、ジ?

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