元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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清濁の軋轢

 

 午後から控えている会見に備えて、雄英高校では警察も交えた会議の場が設けられることになった。

 全校生徒を帰宅させ小一時間が経過する頃には、会議室の席の全ては埋まり尽くしていた。

 

 室内を包み込む違和感は全員が感じ取っている。混迷な雰囲気が肌で感じ取れるほど濃くなり、全員の意志が纏まっていないと予感するには十分なものがあった。

 

 教え子の一人が殺され、最悪の形で死体が晒されたのだ。どんな教師であれ、そのような惨劇には憤るし、正義の大望を掲げるヒーローであれば尚更だろう。

 しかし、教師たちは剣呑としている者と憮然としている者で見事に別れている。

 

 理由の全ては“彼”――かつて草壁勇斗と呼ばれていたあの少年であると、もはや疑う余地すらない。

 

 

「――草壁勇斗、ですか」

 

 

 警察の代表としてこの場に遣わされた塚内直正は、手元の資料を呼んで忌々しげにそう言った。

 

「個人的には何度も聞いた名前ですが……ここに触れる前に、一先ずは改めて事実確認を。

 

 雄英高校襲撃事件。現場の証言を元に推察すると、主犯格と思われる人物が四名ほど浮上してきました。

 

 死柄木弔……黒霧……この二人に関しましては、戸籍登録を洗ってみた所、名前を確認出来ませんでした。無戸籍かつ偽名かと思われます。

 “血狂い”マスキュラー。彼は既に手配中の殺人犯です。何らかの過程を経て、犯人一味に荷担しているものと思われますが……詳細は一切不明。捜査は難航しています。

 そして最後に――『朝木勇』。本名・草壁勇斗。元雄英生。彼については――後々、もう少し掘り下げて議論していきたいと考えていますが……まさか、こんな形で再び表舞台に現れてくるとは」

 

 塚内は資料から目を外すと、苦々しい面持ちをひっさげて会議室を見渡した。

 会議に出席しているヒーローたちは多種多様な反応を見せていたが、そのどれもに共通していたのは、物憂げに緘黙していたことだ。

 

「私にとっても、皆さんにとっても、一年と約半年ぶりですかね――彼の名前を聞くのは」

 

 皆さんと違って、私には良い思い出など一つもありませんが、と皮肉めいたものを仄めかす塚内の瞳には、懐古の喜色は欠片も見受けられなかった。

 

「…………用意周到に施設内の防犯カメラを全て潰され、一時的に警備システムがダウンしていた。おそらくは、事前に侵入した折、破壊工作が行われたものだと考えられる。となると――やはり、敵側の計画の核を担っていたのが草壁くんだというのは想像に難くないのさ」

「ええ。私たち警察も彼から内部情報が漏れていたと考えています」

 

 草壁の評価はヒーロー側と警察側とでも概ね一致しているものがあった。彼の情報収集能力を以てすれば、雄英の内部構造を把握するのは難しくないだろう。加えて、元雄英生としての予備知識と併用すれば、今回の侵入はさほど難解ではなかったものだと推測できる。

 

「警備網を毎年一新するというのも困難だ。元生徒がヴィランに寝返り、本校に直接的な打撃を加えてくるというのも想像の埒外にあった。未然に防ぐのは不可能に近いと言って差し支えないんじゃないか?」

 

 押し潰したような声で言うと、スナイプは嘆息する。

 

「――まぁ、だからと言って、そんな理屈でマスコミが納得するとは思えないが」

「如何にして説き伏せるかは重要じゃない。肝要なのは、我々の真摯な姿勢と誠意ある謝意を如何に表現するかさ」

「目の前に積まれてる問題はそれだけじゃないですけどねぇ……」

 

 また一つ、慚愧を吐き出すような溜息が増えた。

 現状、最も傷心している教師の一人でもあるミッドナイトは、弱々しく視線を落とす。その先には草壁勇斗の資料に添付された彼の顔写真があった。

 

「保護者への説明会から、被害を受けた生徒のメンタルケアに渡るまで、今後の課題は山積み。差し当たっては、釈明の場で何をどれだけ説明するのか決めないといけないのだけど、草壁くんのことをどこまで話せば良いのやら」

「……実名出すのは流石にマズいとしても、襲撃者の素性は把握してるって強気な態勢をアピールするためにも、かつての生徒が敵側に確認出来たってことは公表するべきだろうな。マスコミに嗅ぎつけられて露見するより、そっちのほうが幾分かマシだ」

 

 マイクの主張に反論は上がらなかった。

 生徒一人の犠牲を出しておきながら、戦果として得られたのは犯人一味に『朝木勇』と『血狂い』がいたという情報と、朝木勇の片腕だけである。完全に出し抜かれた以上、相手に容赦してその存在を隠匿してやる余裕はない。

 

「……私が着いていながらこの体たらく……何と不甲斐ない……ッッ!!」

 

 頭を抱え込むオールマイトの様相はいつにも増して萎れており、平時のトゥルーフォームから更に水分が抜けたかのように頬が痩けていた。

 

「自分を責めないでくれ、オールマイト。君は最善を尽くした。ヴィランの侵入を許してしまった時点で、真に不甲斐ないのは私と決まっているさ」

「しかし、私は現場にいた……!! 目と鼻の先に――奴が、朝木勇がいたんです! あと少しこの手が伸びていたらと思うと、私は……自分を呪わずにはいられない……!!」

「現場にいた、という観点では俺と13号も同列です。皮肉のつもりですか?」

 

 全身包帯だらけでミイラ男のような容貌でありながらも、相澤の発言は刺々しく、それを皮切りに空気が淀んでいくのを皆が感じ取った。

 

「い、いや……そういう訳じゃ……!」

「誰にどれだけ責任があるだとか、今はそういった話をする段階じゃないでしょう。迂遠な話し合いは好みじゃない。もっと合理的に要点を出し合いましょう――塚内警部、『便利屋』の件はどうなりましたか?」

 

 便利屋――その一言で淀んだ空気が一気に引き締まる。

 以前より邪な疑惑の尽きない存在であったが、今回の件で警察も本腰を入れて『便利屋』なる男の捜査に乗り出していた。塚内は頷くと、簡潔にその結果を述べた。

 

「便利屋とコンタクトを取った人間から言質を得ました。“便利屋としての朝木勇”と“敵連合所属の朝木勇”は同一人物と考えて、まず間違いないかと」

「……成る程。これで、草壁が裏社会で何をしていたのか裏付けが取れた訳だ」

 

 朝木勇としての彼の活動期間は実に一年近くにも及ぶことが立証された。

 彼が黙って隠居する柄ではないことは薄々勘づいていたが、それだけ時間があって今まで尻尾すら掴めなかった事実に、相澤は歯を軋ませる。

 

 

「――シカシ、ドウシテ彼ガ此程マデニ黒ク染マッテシマッタノカ……」

 

 

 エクトプラズムが吐露した疑念は、瞬く間に会議室全体に伝染すると、各々に対して部屋の温度が数度低下する体感を産み付けた。

 

「…………相澤くん、人伝手にだが、私は在学中の草壁勇斗が模範的な優等生だったと聞き及んでいる。それは――本当に事実だったのかい? 何らかの目的で生徒に扮して、学内に潜り込んでいたと言われても納得できてしまいそうなのだが……」

「それは無いでしょう。奴は普遍的なヒーロー志望の一般人でした。このような犯行に及んだのは、単に奴が屈折したからです」

「……しかし、たった一年余りで、人はここまで豹変するだろうか」

 

 献身の塊のような聖人君子が、残虐非道な悪魔に成り代わるまでの過程はまったく予想がつかない。人格を根底から覆す体験があるという実感は、その体験者に特有のものだろう。故に、誰一人完璧に得心のいっている者はいなかった。

 だが、草壁勇斗の性根を熟知している相澤消太だけは、形のある予想を持っていた。

 

「――何が奴をここまで変えたのか……まあ、確信に近い予想はついています」

「何、だと!? そんな肝心なことをどうして黙っているんだ!?」

 

 ブラドキングが噛み付くような勢いで起立する。

 彼の座していた椅子が転がる音が響き渡り、部屋に一拍の静寂が発生した。

 

「…………言って、何になるんですか。悪人のバックボーンは耳に痛いですし、それが知人であるなら尚更だ。あの犯罪者に――今更同情の余地を生んで、どうなるんですか」

「ぐ……ッ、しかし」

 

 誰よりも草壁を長く見てきた男の言葉は重かった。実際に、朝木勇を本心から恨めていない人間がこの中に潜んでいる。

 

「知って、同情して、矯正しようと考える。短絡的思考だ。合理的と言えない」

 

 反論を許さない確固たる想いが、相澤の言葉の裏に隠されていた。

 しかし、そこに斜めから槍を入れる者がいた。

 

「いいや、知っていることがあるなら話すべきだよ。ここにいるのは皆がプロ。実際の現場で私情を持ち出す愚昧はいないのさ」

「根津校長に同意だ。イレイザーヘッドが草壁くんの真実を秘匿したくなる気持ちもよく分かるが、その内容を知っている者として助言させてくれ。犯罪者の心理の究明は、犯人逮捕への大きな近道だ。これは犯罪捜査の基本でもある」

 

 犯罪者の深層心理を暴くためには、まずそれ自体に理解を示さなければならない。同じ視点を持ち、同じ感情を共有し、同じ心境を持つ。

 しかし、過度な同情は時に判断を鈍らせるだろう。相澤自身がまだ草壁勇斗を諦めきれていない、というのが何よりの証拠である。もはや社会に草壁の居場所が用意されないのは百も承知であるが、過去の清廉潔白だった彼を知っているせいで、彼を純粋にヴィランとして視ることが叶っていないのだ。

 

 ヒーローの本道――すなわち『人助け』の気質が、草壁勇斗と敵対することを拒んでいる。同じ苦悩を他の誰かに押しつけたくない。

 

「……なぁイレイザー」

 

 プレゼントマイクの声が鼓膜を劈いた。

 

「お前が言い淀むって事はそれなりの理由があるんだろうけど、俺らだってアイツの先生だ。いや、先生だった。俺は偉大な指導者じゃなかったんだろうけどよ、それでもまだ教え子に何が起こったのか、知る権利くらい残ってると自認してるぜ」

 

 学生時代からの付き合いである彼は誰よりも相澤の葛藤を感じ取っていた。暗に一人で抱え込むなと釘を打たれ、相澤から諦観の溜息が漏れる。

 ……新事実を仄めかしておいて、やっぱり言わない、の方が性質が悪い。

 全てを白状する決意を決めると、相澤は虚空を睥睨し、眼下に鈍色の光を灯した。

 

 

 

「プロヒーロー・ヘッドロッカーの殺害事件はまだ俺の耳に新しい。草壁について語るには、あの事件の真相を掘り返す必要があります」

「…………ちょっと待って、真相って何?」

 

 

 ミッドナイトを筆頭として、草壁と親交の深かった面々が追求の眼差しを向ける。

 あの事件は、夢の挫折を経験した草壁が心神喪失を発症し、プロヒーローに対する逆恨みのような錯覚を引き起こした結果として巻き起こった悲劇――そういうシナリオとして闇に葬られた筈だ。

 だが、今の言葉通りに受け取ると、その筋書き以上の真実を相澤が知り得ているような含蓄が読み取れる。

 

「ヘッドロッカーを殺害したと思われる草壁は、『神の啓示に従い、魂の解放を敢行した』との一点張りで尋問を潜り抜け、法廷では得意の口八丁で“心神喪失による責任能力の著しい欠落”――という判決を勝ち取りました。が、俺に言わせたら違和感だらけだ。薄々気付いている人もいたんじゃないですか?」

「そりゃおかしな話だと思ったさ!」

 

 ブラドキングが力強く同意の声を荒げる。

 それもそうだ。一週間前に共に笑い合っていた知人が――いきなり精神病だと? 現実味が薄いどころか荒唐無稽だ。道理を外れた妄想だとしか思えない。

 

「精神疾患なんてそう簡単に発症するものじゃない。草壁のように胆力ある若者とは無縁と言っても過言じゃない。――つまり、全部が奴の演技だったって訳ですよ」

 

 あっけらかんと紡がれた相澤の弁に息を呑む。場の空気は一瞬にして騒然とした。

 

「……本気で言っているのか? 慎重の上に慎重を期した鑑定と裁判が導き出した結論が、全て彼の誘導によるものだとでも? たった一人の少年に、まんまと司法が欺かれたと?」

「そう言っているんですよ。奴はそれをやってのけた」

 

 

「――以前、この仮説をイレイザーヘッドから聞いた私は、見ず知らずの犯罪者相手に人生で初めて戦慄を覚えました」

 

 ここで語り部が塚内へと変わる。

 

「草壁勇斗は通常の少年院ではなく医療少年院に収監――いいや、収容され、半年もの期間、狂人として周囲の目を眩まし続けた。そして結果、警備を突破し、脱走に成功した。

 

 つまり、裁判結果から何まで、全てが彼の掌の上だったという訳です。責任能力無しとして無罪判決を受け、警備の薄い精神病棟に入り、脱走する。そりゃ病院ですから、収容システムには穴だってあるでしょう――それこそ、無個性でも突けるような穴が」

 

 不規則に点在していた疑心が、一本の糸で繋がっていく。

 あくまで相澤消太の仮説である、ということを忘れてはならないが、既に確定された真実であるかのように全員が聞き入っていた。

 草壁ならやりかねないと、彼ならその芸当もこなせるだろうと、無意識の部分で納得があったからだ。

 

「更に言及すると、この事件には絶対的に不可解な点がもう一つある。現場に残された証拠品の全てが、見事に草壁が犯人であると証明していたことだ」

「……それの何処が不可解なんだ?」

「奴は紛れもなく正気だった。そんな状態で――草壁はまんまと証拠を残す失態を犯さない」

 

 一つ二つの小さな手掛かりなら、草壁勇斗が把握漏れすることもあるだろう。だが、現場には指紋突きの凶器がそのまま放置されていた――犯人特定に繋がる大きな要素を、隠滅しなかったのだ。

 すなわち、彼は――『ヘッドロッカーを殺害したのが自分である』との判断を意図して誘発していた。

 

「――彼は、自ら自分の首をしめた。いや……敢えて自分が犯人である、と誇示したのか? どうしてそんな事を……」

 

 相澤の言を要約したオールマイトが、混乱を隠さぬ声音で疑問を呈する。何らかの意図があってのことだとしたら、当時の草壁勇斗の思考が全く読めない。

 彼はわざと逮捕され、だからこそ事件初期の段階から脱走の構想を立てていたのか。

 しかし、一体どんな理由で――と当惑するオールマイトに提示した相澤の回答は、明瞭なものだった。

 

 

 

「…………庇っていたんでしょうね、真犯人を」

 

 

 

 ✕✕✕

 

 

「――――――へっくち!」

「可愛いくしゃみだなオイ! 純粋にキモいぞ!!」

「ああゴメン。何処かで誰かが俺について下らない噂してるのかねぇ」

 

 二人でババ抜きなんてするもんじゃないなー、と言いつつ、朝木勇はトゥワイスの手札を睥睨する。

 直後、残る二枚の内からジョーカーを引き当ててしまった勇。不気味に微笑む道化師のイラストを睨め付けると、痰を吹き付けて手札をばらまいた。

 

「……ケッ、俺の勝てないゲームはクソゲー。二度とやんね」

「うおォい!? 別にまだお前の勝ち目あったぞ!!」

 

 憤慨するトゥワイスをあしらっていると、甘酒に口をつけていた死柄木が冷めた瞳で勇を見据える。

 

「……演技力高いくせに負けるんだな」

 

 警察と裁判所を欺く能力を有しているのだから、ババ抜きでもそれを活かせそうなものだが。

 

「いやいや、無理言うなよ。人狼ゲームじゃないんだぞ。演技関係ないだろ」

「ならやってみろよ、人狼」

「二人で人狼とか寂しすぎるだろうが。まぁ、蟻塚ちゃんが加われば成立しそうだけどさ。今は何故か連絡つかないし」

 

 長椅子の上で仰向けになると、脱力して木目の天井を見つめた。

 

 

「あーあ、暇だー。とっとと雄英の会見中継始まんないかなー」

 

 

 連合は基本的に平和です。

 

 

 ✕✕✕

 

 

 考えてもいなかった真実に、内臓が締め付けられるような感覚が走る。

 草壁勇斗と親交のないオールマイトでさえ、その異常な真相を直ぐには飲み込めなかった。

 

「……庇っていたって、誰を――」

「――そこまでは分かりません。奴から直接聞き出す他ないでしょう」

「…………。」

 

 ヒーロー殺害事件は草壁の悪意が引き起こした惨劇ではなかった――その可能性が強まり、同時に一つの懸念が広がる。彼は臨んで峰田実を害した訳ではないのでは? 今回も複雑な事情が絡まり、やむなく蛮行に手を染めたのでは?

 

 ――しかし、どのような理由があれ、『朝木勇』が未来ある16歳の子供を殺した集団の一員だということは、否定のしようがない。

 益体のない期待と妄想。不安と猜疑。相澤が憂慮していた通りの感覚が空気を支配していた。

 

「――それで、仮に、仮によ? そうだったとして――彼が悪の道に染まった理由は未だ不明瞭のままよね?」

 

 最も肝心な犯行の動機――深く追求するならば、草壁勇斗を黒く染めた確固たる要因。その正体はまだ議論の舞台に登場していない。

 

「そこにも、まだ何かあるの……?」

 

 苦い面持ちでミッドナイトが言った。そこにあったのは、先刻までの強い詰問とは異なり、懇願のような追求。

 

「――狂ったフリを続けている内に、生来の人格が揺らいだ。どっちが本当の自分が分からなくなった――それが草壁が変わった理由です」

 

 あくまで推測である筈が、断定に近い口調だった。

 一年も狂人を演じ続けていれば、心に縺れが生じるのも当然の成り行きかもしれない。だが、それしきの事で根っから性分がひっくり返ったりするだろうか。

 

「……塚内くん。一応筋は通っているが――この話、本当に有り得るのか?」

「何人かこの手の専門家から話を伺ったが……“まあ、有り得ない話ではない”、と」

 

 塚内の発言で全てが繋がった。草壁勇斗の――朝木勇の持つ悪意の解明に近づいたのだ。

 これを誰より先んじて把握していた相澤の心労は如何ほどのものだったのか。

 オールマイトの視界の裏側に、敵がUSJに襲来した際に目撃した、一つの光景が浮かび上がる。

 

『――お前、あの、時、狂ったフリ(・・・・・)、してただろ……?』

 

 相澤消太は酩酊と覚醒の狭間にいた。いいや、完全に意識は途切れていたかもしれない。

 それでも立ち上がり、草壁に声を掛けたのは、教師としての責任感故のものだったのだろう。

 

『だから、どっち(・・・)が本当の自分か、分からなくなっちまったんだなァ……』

 

 オールマイトは彼がどんな想いを胸に立ち上がったのか、ようやく理解できた。

 

(相澤くんだけが真相に辿り付いていたのか――教え子が不当に罰せられて、悔しかったろうに……ずっと一人で、抱え込んでいたのか)

 

 自分はヒーローとして先輩でも、教師としては後輩だ。

 子供を導くことの責務の重さは身に染みて思い知っている今だからこそ、相澤消太の決意と苦悩の多寡を推し量ることができた。

 ――草壁が逮捕されたその日から今日に至るまで、延々と苦悩を積んできたのだ。

 相澤の心境を察して、オールマイトは眉を下げる。 

 

「その憐憫にまみれた目だけは止めてください」

「え……」

 

 しかし、返答として投げられた言葉は凍てついていた。

 

「勘違いしないでくれますか。俺の生徒を殺した外道を許すつもりは毛頭ありません。アレは――紛れもない悪魔です。同情してはいけない」

 

 ギプスの中で小刻みに腕を震わせ、殺意に近い悪念を瞳に灯す相澤は、静かに逆上していた。

 彼の中で今の生徒は峰田実なのだ。

 後悔がないと、憐情がないというのは嘘だ。叶うなら、草壁のことも救ってやりたかったことだろう。しかし、どんな理屈を積もうとも――一人の生徒の無残な死を容認することはできなかった。

 

「……ああ、そうだ。許してはならないね」

 

 その怒りには共感できる。

 朝木勇が簡単に許されたのでは、亡くなった生徒が浮かばれない。

 オールマイトだけでなく、話を聞いた全てのプロヒーローが、自分たちの責任を再確認した。

 

 ――警鐘の刻まで、あと二時間。

 

 




主人公に前世があったなら、ハスミンって愛称が定着してそう。

なお、相澤視点の推測が、全て真実とは限らないので悪しからず。

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