元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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ヒロアカ4期にありがとう。PSYCHO-PASS3期にありがとう。


第二章【二人、横道に立つ】
毒撒きの負債


 ――おい知ってるか、雄英襲撃した犯人の正体って、元雄英生なんだってよ……!

 

 瞬く間に情報は拡散されていった。

 ある者は同情し、ある者は嘲笑する。その反応は大小様々ではあったが、『地獄の明朝』に対して無関心でいる者は少なく、並大抵でない衝撃が広がっていることは明らかだった。

 

 ――本名かは知らねぇけど、(ヴィラン)ネームは朝木勇、だっけ? まさか、除籍の腹いせに生徒ぶっ殺しちまうとはなぁ。

 ――いやいや、単独犯じゃないんだから、動機が復讐一色って事はないでしょ。

 ――だったら犯人グループの動機って結局何だったの……?

 ――愉快犯だろ。最近多いよな、そういった(ヴィラン)

 

 個性を使用した犯罪が多発する情勢の中で、ここまで注目を集めた事件は非常に稀だ。

 しかも、犯人たちは“平和の象徴”を前にして見事に逃げおおせたと聞く。警察の捜査に進展はないのかと、新しい情報を血眼になって求めた市民たちは、誇張されたデマや陰謀論を囁き続けていた。

 その最中の出来事である。

 

『雄英高校襲撃事件、犯人グループの少女を逮捕!』

 

 何処から嗅ぎつけたのか、テレビや新聞が報道するより早く、ネットニュースがその情報で一面を飾った。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……で、なんでお前は蟻塚が捕まったことに今まで気付かなかった?」

 

 鋭利な棘が全身を刺すようだった。

 死柄木の追求の眼差しから逃れるように、勇は俯いたまま重い口を開く。

 

「そもそも同居してないし、それに蟻塚ちゃんは普段からメールとかの返信も遅い。十分に用心もしていた。だから把握出来なかった」

「用心していた割には、あっさり捕まっちまったみたいだが?」

 

 死柄木はいつになく剣呑だった。だが、彼の眼下に潜む怒気の内には、蟻塚や勇への憐憫が欠片も含まれていない。

 

「……まさかとは思うが、アジトの場所までバレてないだろうな。もしそうなったらお前の責任だ。どう責任を取る、自称有能参謀枠?」

 

 結局の所、そこに帰結する。死柄木にとって蟻塚はそれほど重要な手駒ではなない。彼女はこれまでにも主立った貢献をしてこなかったし、邪魔な案山子と感じることさえあった。

 そんな蟻塚を連合の牙城に出入りさせていたのは、朝木勇への義理立てのためだったのだが、今まさにその義理を忘れて死柄木の怒りは頂点に達しつつあった。

 

「保証は出来ない。俺は完全に足下を掬われたとすら思ってる。もしかするとこの瞬間にも、警察やヒーローが俺たちを一斉摘発する算段を整えているかもしれない」

 

 頭脳担当の勇が最も避けるべき事態の発生を示唆したことで、死柄木の瞳に本気の殺意が籠った。

 

「……お前のミスのせいで俺たちは大ピンチってか」

「可能性は薄いと思うよ。でも絶対とは言い切れない。けどまあ、今できる最善を尽くそうぜ。俺たちの保身を意識しながら立ち回り、蟻塚ちゃんを奪還するんだ」

 

 勇が顔を上げる。

 つくりもののえがおが張り付けられている。

 

「蟻塚は助けない。代わりに使える奴をお前が補充しろ。それが最善だ。俺でも分かる引き際のセオリーだ」

「……オイオイオイ、そりゃねぇだろ」

 

 死柄木に異を唱えたのはトゥワイスだった。

 

「朝木にとってな、蟻塚ちゃんはすごく大切な妹なんだ! 今、こいつは蟻塚ちゃんを助けたくて仕方がないんだよ!! そうさ、俺だって同じ気持ちだ! それを簡単に諦めきれるか!」

「……確かに妹扱いしてるが、別に妹じゃないけどな」

 

 自分のために必死に喚くトゥワイスが余りに滑稽で、勇の思考がクリアになる。ふっと微笑が溢れた。

 感情で動くのが最悪手であることは痛感している。死柄木の弁に誤りはない。今できる事をやり尽くすのだ。そのために、憤慨も後悔も最期までとっておくことにしよう。

 

「俺は妹系後輩キャラと、姉系先輩キャラの両刀使いだ。二兎を追って二兎を狩ってのける男さ」

「え、は? 何の話ですか……?」

「ギャルゲーの話だ」

「どうして今そんな話を……」

「冷静に突っ込むな。嗤っちまうだろ」

 

 言いながらあっけらかんと軽薄に微笑む勇がいつになく不気味で、黒霧はたじろぐ。

 

「……どうでもいい。そんな話題。とっととズラかる準備をしろ。そして朝木、お前は俺たちが何処に逃げるべきかを決めろ」

「なら俺の家にしよう。アジト(ここ)よりは安全だろうしな」

 

 感傷に浸る暇も許されず、退却の準備が始まる。準備と言っても、金品や現金などをかき集めるだけだ。一分と時間を要する作業でもないだろう。

 その間、悲痛な視線をトゥワイスから感じるが、勇は澄まし顔でそれを受け止めた。

 

「おい、朝木……」

「大丈夫だ、お前に心配される事じゃない」

「……本当かよ。大事な人と別れるのは寂しいことだぞ。独りは寂しいことだ。蟻塚ちゃんも、きっと寂しがってるぞ」

「ああ、確かに、そのぐらいだといいけどな。それが一番傷付けられない態度だし」

 

 勇が懸念するのは、蟻塚が個性を濫用して一心不乱に暴れることだ。

 蟻塚の凶暴性が危険視されることになれば、警察は強引な手段で彼女を拘束するだろう。苦痛を伴う拷問だって行われるかも知れない。勇の懸念はそれが大半を占めていた。いっそ、あの子が警察に対してあまり強情でなければ良いのだが。

 

 退却の準備が整うと、黒霧が個性を発動させる。

 

「では移動します。朝木勇の自宅まで」

「お前、俺ん家知ってたっけ?」

「ええ、何度かお邪魔したじゃないですか」

 

 そういえばそうだったか。直ぐに思い出せなかった辺り、柄にもなく自分が焦っているのだと自覚した勇は苦笑する。

 

「……死柄木、先に断っておくが、俺は蟻塚ちゃんを助けるために行動するからな」

 

 今まさにワープゲートが閉じようとした瞬間、勇は言い放った。

 

「チッ、無能が。こっちに迷惑だけは掛けるなよ」

 

 死柄木は言外に手伝う気はないと告げた。

 

 

 ◇◆◇

 

  

 犯人一味の末端を逮捕したとの一報は塚内を通してオールマイトの耳にも届いた。

 

「連合と思しき少女を逮捕した、と……? 本当なのか!?」

「ああ。今朝、現行犯逮捕(・・・・・)された」

「お、大手柄じゃないか、塚内くん!」

 

 自分の認知しない所でも、警察は着々と犯人へと近づいていたらしい。世間ではヴィラン引き取り係と揶揄されている彼らだが、改めてオールマイトは認識を強めた。警察の地道で実直な努力はヒーローの作った穴を的確に埋めてくれる。

 心から賞賛を述べようとするオールマイトだったが、どこか陰鬱とした面持ちで塚内が、

 

「……いいや、今回の逮捕の手柄は私たちにあると言えない」

「と、言うと?」

「外部から警察内部へ情報のリークがあったんだ。敵連合の朝木勇に最も近い少女の行方に関してね」

「ッ」

 

 聞いて、オールマイトの表情が強ばった。

 

「ま、待ってくれ。まさかそんな根拠に乏しい情報を頼りに、少女を捕らえたのか? それじゃまるで、逮捕された子が連合であるという裏付けは取れていないみたいじゃないか」

「ああ。確信的な証拠はないよ」

 

 掴まれているのが誤情報だったなら、警察の行動は軽率すぎやしないか?

 何か不満を言いたげなオールマイトの胸中を察すると、すかさず塚内は捕捉する。

 

「……あの子――今は蟻塚と名乗っていたね。蟻塚少女の場合、他のヴィランと事情が違うんだ」

「事情……?」

 

 

「彼女は約二年前――――人格矯正治療院『ショッズ』から脱走した少女だ。あの草壁勇斗と共に」 

 

 

 ――ショッズは男女共用の治療少年院である。高度なストレスケアの技術を導入していて、個性矯正のプログラムも用意されていると聞く。深刻な心的外傷を抱えた未成年の(ヴィラン)は、通常の少年院でなくこの施設に送られる。その中でも草壁勇斗はレアケースだろう。彼は無個性でありながら、個性を持つプロヒーロー二人を殺傷し、その攻撃性を危険視され例外的にショッズに入れられていた。

 

 そんな彼と共に施設を脱走した? 少女が? 

 

「――――成る程、だからこその現行犯か……」

「敵に踊らされている感もあって不気味だが、蟻塚は朝木勇、ひいては連合に通ずる貴重な参考人の可能性が極めて高い。だからこそ、この機会を好転させなければいけないんだ。絶対に、活かしてみせるよ」

 

 塚内は誰より早期に勇の異常性に気付いていた。だからこそ、その尻尾を掴んだ今、焦らずにはいられない。

 あの男は今、逮捕しなければならない。だって奴は――まだ成熟しきっていない毒林檎のような気がするのだ。それが成った時の景色は、あまり想像したくなかったし、できるものでもなかった。

 

 この時はまだ誰も、朝木本人でさえ、草壁勇斗が懐く景色を知らなかった。

 

 ◇◆◇

 

 勇は重要な局面を識別する審美眼を持ち、また、何に対しても全力で、出し惜しみをせずに打ち込む人間だった。

 使えるものは何でも使い、奪えるものは何でも奪う。有用性を見出した駒を一つとして腐らせず、用法と用量を見極め、用途を見出す能力を持っているからだ。

 となれば、腐らせておく筈がなかった。

 敵連合の後ろ盾。未だに底の見えない怨敵。

 

「――よぅ、先生」

「予想より早く頼りに来たね。良い兆候だ」

 

 先生は焼け爛れたように醜悪な表情を歪ませる。歪みの上に見える感情は喜悦と興味の二つだけだった。

 腰を落ち着かせると、早速勇は本題を切り出した。

 

「アンタ、個性を他人に渡せるんだったよな。手中にある手段は全て把握しておきたい。今ここで詳しく説明してくれ」

「この僕を“手段”扱いとは……ふふ、前にも言ったとおり、僕は全快まで動かないよ」

「最前線で戦ってくれと言ってるんじゃない。個性譲渡の個性を俺たちの為に使って欲しいだけだ。裏方仕事なら断る理由もないだろうが」

「僕が持つ能力にもストックがあるんだがね。しかし、可能な限りは助力したいと思っている。うん、なるほどその程度であれば手を貸そう」

 

 くつくつと噛み殺すような笑い。常に相手を見下したような態度。先生の全てが勇の癪に障る。本能的にこの存在を許せない。全神経が殺意を滾らせている。それを無理に許容しようとしているからか、勇は先生の眼前で常に苛立っていた。

 

「……ならとっとと話せや」

 

 言って、歯噛みする。その殺意を心地よいと言わんばかりに、先生は滑らかな語調で話し始めた。

 

「君も知っている通り、僕の個性は他人の個性を奪い、また奪った個性を他人に譲渡するというものだ。しかし、それにはリスクもあってね、受け取った個性に順応出来なかったものは、個性に“呑まれる”」

「丁度……あの脳無みたいにか?」

「察しの良い者は嫌いじゃないよ」

 

 お前に好かれても嬉しくも何ともないがな、と喉の奥まで出かかった言葉を何とか飲み下す。どうやら、勇は自分でも驚くほど先生のことを拒絶していたらしい。普段ならこんな失言、胸の中で消化出来るというのに。

 

「脳無になっても、少し改造を加えれば一定の命令に従うようにはなる。自我と呼べるものを一切合切失ってしまうけれどね」

「へぇ……。個性に順応する条件とか分からねぇ訳? 教えろよ。あんだろそういうの。なぁ?」

「勿論。あるとも」

 

 むしろここからが本題、とばかりに先生の言葉に僅かな熱が籠った。

 

「個性の覚醒というものがある。ある特異点を境に、急進的に個性が成長することだ。通常、個性は肉体的な成長に伴って強度を上げていくものだが、この覚醒については精神的な要因に由来するものだと僕は考えている」

「考えている、ねぇ。確定じゃないのか」

「長年に渡る試行の繰り返しによって得た結論だ。個人的には、的を射ていると思うけどね」

 

 不確定要素を勇は嫌う。彼は天命に結末を委ねない。世界はどこまでも草壁勇斗に冷たいから、いつしか祈ることをやめたのだ。

 先生の話は勇の嫌う不確定要素そのもの。意図的に先生が嘘を吐いている、とは思わないが、勇は訝しげに話の続きに耳を傾けた。

 

「個性の覚醒は、過度なストレスへの反発によって発生するケースが最多だ。生存機構とでも言うのかな。内界からの重圧を払い除けようとする意志によって、個性が一気に活性化する。つまりだ、新個性への順応に必要な条件は二つ。肉体的に頑健であり、精神的に屈強であること。尤も、肉体的要因はあくまで土台だ。許容量を決めるのは意志力――心の力。その辺、君は強いだろう?」

 

「……つまり、身体を鍛えて心を強く持てってことだろうが。難しく言い過ぎなんだよ。そういうの人に好かれねぇぞ。賢者は迂遠な言い回しを好むと勘違いしてるマセガキと同じだ」

「ふふ、とてもユニークな自虐だ。僕は君が嫌いではないけどね」

「あっそ」

 

 師弟関係らしいが、先生と死柄木は真逆の人格だ。勇は先生と話している間、巨像と対面しているかのような圧迫感を感じる。何を言おうと相手に響いている気がしない。それがまた癪に障る点でもあるのだが。

 

「まぁいい。そういうことなら寄越せ。必要になった」

「……不要だと吐き捨てて僕の提案を一蹴したのは今朝だったよね? 君は変わり身がとても早い」

「柔軟だと言え。必要になったら調達するに決まってんだろうが。話の通じねぇジジイだな――おっと失敬、つい本音が。許してちゃん♪」

「怒ってないとも」

「それはそれでムカつくがな」

 

 段々と勇の口調に容赦が無くなってきた。相手が好戦的でないと悟ると、この男はすぐ調子に乗る。典型的な噛ませ犬ムーブであることに気付いていないらしい。

 

「ふむ……しかし、もし仮に君が個性に呑まれたらどうする? 脳無になってしまったら? 死柄木の補佐が黒霧一人というのでは役者不足が過ぎる」

「問題ねぇよ――さっき、トゥワイスに俺を作らせてきた」

 

 ほう、と先生が感嘆する。無策で個性を受け取りにきた訳ではないらしい。

 

「トゥワイスの個性で作った複製は、原物の戦闘力以外をそのまま複写する。思考やら頭脳やらはそっくりそのまま再現できるんだと。つまり、参謀隊長朝木勇様はトゥワイスがいる限り不滅という訳だ。お分かり?」

「分かるよ。感心している。その手があったかと」

 

 これで、本体の勇が脳無になろうと、トゥワイスは健常な勇を永久に複製できる。本体が死なない限りは。

 

「ならば良い。望むものを、望むだけ差し出そう。裁量は君に託す。

 

       ――さぁ、幾つ欲しい?」

 

 先生がおもむろに立ち上がり、勇の額に右手を翳した。

 嫌な汗が流れる――緊張しているのか?

 心拍数が上がる――興奮しているのか?

 否だ、俺は何も感じていない。必要だから用意する。それだけのこと。

 ……明日の新しい自分を、不敵に嗤って出迎えてやろうぜ。

 

 

「相当数を」

 

 

 

 

 

 ✕✕✕

 

 不快感が嫌悪感が虚脱感が浮遊感が責任感が倦怠感が幸福感が全能感が愉悦感が楽しくて痛くて堪らなくて嬉しすぎるから悔しいし辛い辛い辛い辛い辛い―――ッ!!

 視界が揺れる。痛覚が小刻みに刺激されているように、身体が痛みを伴って軋む。

 

「あぁ、これは、気持ちの良いものじゃ、ない」

 

 誰もいない廊下が一人、呟く。

 自分が自分で無くなる感覚。右肩の筋肉が膨張して爆発した。左足が骨を失ったようにぐにゃりと曲がり、蝶結びにされて固定される。すると腹にサッカーボール程度の穴が空いたと思ったが、窓に映った自分を見て驚愕する。外見的に異常はない。とても艶やかな肌だ。こんなに痛いと言うのに。

 

「はは、は、はヒ……大丈夫だ、俺は大丈夫。そう、大丈夫」

 

 そう唱えると、今にも発狂しそうな感覚が霧散していくように思えた。

 

「安心して待ってなって。絶対に助けてみせるよ……姉さん」

 

 




意外にあっさりと受け取ります。
人はこれを脳無フラグと言う。

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