元雄英生がヴィランになった   作:どろどろ

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暗躍する者達

 少年は瞑目する。

 思考を巡らせ、記憶能力を活性化させる。彼が住まう街の状景を、どの箇所であれ直ぐさま想起できるように。

 額に流れる脂汗。――どれだけ経験を積もうとこの緊張だけは拭えない。ある種、(ヴィラン)を追うヒーローよりも緊迫した精神状況である。

 

 一呼吸置いた所で、少年の懐から無機質な機械音が鳴り響いた。 

 ――肝要なのは臨場感。かつ、第三者の視点を放棄しないこと。

 携帯を取り出し、応答する。

 

「――こちらは便利屋、朝木勇(あさぎゆう)。首尾はどうだ? 強盗さん」

 

 

 ◇◆◇

 

 今時、銀行強盗なんて古くさいだろうか。

 そんな事を考えながら、大金を詰め込んだバッグを背に男は駆ける。

 

 手数も戦力も明らかに不足していた。

 手元にある武器は一丁の拳銃だけ。海外から部品だけを輸入して、国内でそれを組み立てる。その過程を踏めば小型銃くらい簡単に手に入る、という話だったが、本当にソレが届いたときには驚いたものだ。

 

 ――便利屋。朝木勇と名乗った彼は、ヴィラン専門の“ヒーロー”らしい。何でも、犯罪者の蛮行に荷担するのを生業としているのだとか。

 

 

 母親の医療費を稼ぐため、男はどうしても金が必要だった。だが、生憎と男は社会の爪弾き者。すなわちヴィラン。手っ取り早く大金をせしめる方法なんて、短慮な男の発想では強盗くらいしか思い浮かばなかった。

 そんな中、男は『便利屋』に懇願したのだ。手を貸してくれと。

 

 ――その手腕は驚愕の数々だった。

 便利屋は、武器の調達は勿論のこと、逃亡ルートの確保までスムーズにやってのけた。近隣の住居で一時的に火災を発生させ、交通機関を麻痺。更には誤報を誘発させ、ヒーローを分散させた。それから自然と浮き出ててくる逃走経路の内、最も安全なものを識別し、正確に男に伝えたのだ。

 

 本人曰く、この手段は滅多に仕えない奥の手、とのことだった。同じ手口を何度も使う時は適切な頻度を保ち、規則性を持たせてはいけないのだとか。

 ――まさにヒーローらの動きを熟知したヴィラン……いや、便利屋か。

 

 男は確信していた。窃盗金の半分を分け前として要求されたが、それを呑んで間違いはなかったと。

 現に、まだヒーローの追っ手は現れてきていない。

 

「……っと、そろそろ連絡入れなきゃな」

 

 不足の事態の有無を問わず、現金を手にして逃走経路に入ったなら、直ぐさま便利屋に連絡する。そういった手筈だった。

 

『――こちらは便利屋、朝木勇(あさぎゆう)。首尾はどうだ? 強盗さん』

 

 ノイズを帯びたような機械音。声の主が男か女かも分からない。便利屋の自称は「超絶美形の男」だったが、その真偽はもはやどうでも良い。

 男は加工された便利屋の声を聞いた途端、安堵の息を吐いた。

 

「ばっちりだ! アンタのおかげだな!!」

『位置情報はこっちに送られてきているが……この分だと、追跡の目はないな。そうだろ?』

「応とも! アンタの用意した逃げ道、完璧だぜ!!」

 

 男が走っているのは、閑寂の路地裏でも、湿っぽい下水道の中でもなく、街の大通りの真ん中だった。

 もちろん服装は男の用意した隠れ家で着替え済みだ。銀行周辺の監視カメラの一部をすげ替え、作り出された死角で完結された犯行。念を入れて服装まで変えた。これで捕捉されることはまず有り得ない。

 

『ヴィランは勘違いしている。ヒーローは戦闘を得手としているけど、捜索はもっぱら苦手だ。基本的に脳筋だからな。そういうのは警察の仕事で、ヒーローの本業は力仕事。だから、視覚である警察を抑止すれば犯罪なんて簡単なんだよ。

 ……街中で大暴れするヴィランとか見てて、いつも疑問だったんだよなぁ。袋叩きにされるのは目に見えてるのに、馬鹿かよ、って』

 

 無駄口を叩けるくらいには、余裕のある状況らしい。

 携帯の向こうからそんな雰囲気を感じ取って、逃亡中の男は更に安心感を強めた。

 

『そろそろ回収班と合流する頃だろ?』

「ああ。っと、見えた見えた。おーい、蟻塚ちゃーん!」

『……馬鹿、名前出すな』

 

 便利屋の制止の声を聞いて、しまったと乾いた笑いを溢す。

 男が視界の中心で捉えているのは、窓から中の様子が見えないように細工された、一台のバンだった。有料駐車場の一角に停車してある。

 弾んだ声で“彼女”の名前を呼ぶと、不機嫌そうに仏頂面を作った彼女――蟻塚が運転席の窓から顔を覗かせた。

 

「……同胞第四十五号。私の名前呼ばないで」

「ご、ゴメンゴメン。便利屋さんにも似たようなこと言われたばかりだ」

 

 蟻塚(ありづか)と呼ばれた彼女は、朝木勇が遣わした回収班である。中学生くらいの見た目だというのに、車の運転にはそこそこ慣れていた。尤も、本物のカーレイサー並に卓越している訳ではないが。

 

「電話代わって」

「あいよ」

 

 バンに乗り込むと、男は通話中の携帯を蟻塚に投げ渡す。

 雑な仕草が癪に障ったのか、蟻塚は虫でも眺めるような侮蔑の眼差しを『同胞四十五号』に向けて、携帯の画面の向こう側にいつであろう朝木勇に声をかけた。

 

「勇くん、合流したよ」

『ん。お疲れ~、これで完了したも同然だ。んじゃ、そのまま仮アジトに向かってくれ。俺はすることがあるから』

「……えっ、切っちゃうの?」

 

 蟻塚の表情が哀愁で歪んだ。

 

「私、勇くんともっと話してたい……。このおっさん臭いし、緩和剤がないとぶっ殺しちゃいそう」

「臭ッッ!? おいコラガキ!! 黙ってたら調子に乗りやがって!」

『コラコラ蟻塚ちゃん。君、そんなことしたら嫌っちゃうぞ』

「うぅぅ、分かった、黙って帰る……」

 

 可愛らしく鳴いた後、蟻塚は通話を終了させ――そのまま携帯を握りつぶした。

 小さな手からは想像も出来ないくらいの握力が発揮され、豆腐のように男の携帯が木っ端微塵に。

 

「……ぁ、またやっちゃった。ゴメンね、おっさん。お前の携帯でしょ?」

「はは、は。いや、良いんだ。気にしないでくれ」

 

 この少女の“個性”は分からないが、下手に刺激して反感を買えば、己の頭蓋が携帯と同じ末路を辿るのは目に見えていた。

 男はヘラヘラとした笑みを張り付け、マジックミラーの窓から外に視線を流した。

 

 便利屋、朝木勇には確かに恩情を感じている。友情すら芽生えているかもしれない。

 だが、同乗している少女はどこか苦手な雰囲気だった。というか生の危機を感じるくらいにはおっかなかった。

 

(そういや便利屋の奴、『回収班の女の子、壊れてる(・・・・)から、怒らせたら死ぬかもよ』って忠告してたな……)

 

 そんな危ない人員を回してくるなよ。

 唯一の不満があるとすれば、その一点だった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「ンで――」

 

 乱雑に携帯を放り投げると、勇は厳しい面持ちで振り返る。

 視線の先に居るのは、バーテンダーの格好をした黒い“靄”だった。

 比喩ではない。中々の長身だが、正体を掴ませない謎の風貌をした何者か。上半身を包むシャツの隙間から黒い霧を漏らし、肌を一切露出させていない。恐らく頭があるであろう部位に滞る霧の奥には、眼光めいたものが見えたが、それだけだ。

 

「――誰だ、お前は。不法侵入か。殺すぞ」

「……これは驚きました。何とも剛胆な。つい一年と半年前までヒーロー志望だった男の言葉遣いとは思えませんね」

「あ?」

 

 声音から察する所、コイツの性別は男らしい。……まあ、現状じゃ人間かどうかも定かではないが。

 そんな冷静な推察を巡らせつつも、多重思考(ダブルシンク)とも言える回路で、勇は同時に侵入者を訝る。

 

「……お前、何を、何処まで知っている?」

「あまり詳しくは知らされていません。ただ、貴方の経歴は粗方調べ上げさせていただきました」

「ほう」

 

 勇は小さく舌打ちをし、袖の中に隠してあるサバイバルナイフをいつでも取り出せる様に意識する。

 

 ――この段階で、勇は男の正体について二つの考察を済ませていた。

 まず一つ。男が発生させている黒い霧は、“個性”によるものだろう。これは深く考えずとも、誰でも行き着く結論だ。

 

 そしてもう一つ。この男、単独犯ではない(・・・・・・・)

 勇に関する情報を、「あまり詳しく知らされていない」と発言したのだ。意味深なミスリードの線も捨てた訳ではないが、裏で誰かと繋がっている以上、真っ先に斬りかかるのは論外である。

 

 幸いな事に、会話の余地がある人物らしい。まず目的を聞き出すのが先決だった。

 

「……警察にも、ヒーローにも、同胞にも知らせていない俺の隠れ家にお前が現れたってことは、まず水に流すとしよう。情報漏洩もクソもない。この場所は俺しか知らない。単純に尾行に気付かなかった俺の落ち度だからな」

「状況判断の速さには感服します。流石は元主席殿。ですが、この状況は私の個性に起因するもの。貴方の力不足ではありませんよ、朝木勇」

 

 男は敵意を欠片も滲ませない所作で恭しく一礼すると、緩やかな語調でこう紡いだ。

 

「申し遅れました。私の名は黒霧。この度、『便利屋』朝木勇を、私の所属する“ヴィラン連合”なる組織に正式勧誘するため、この場に参らせていただきました」

「ふぅん、勧誘ね」

 

 一考の余地がある――などという感想は持っていない。

 黒霧は勇を吸収する腹のようだが、勇は何処にも属さないし、誰にも従わない。彼の信念は全て個人に由来するもので、あくまで中立の立場からヴィランを支援する、という今の立ち位置を譲るつもりは毛頭無かった。

 しかし、黒霧の誘いを真っ向から拒絶出来るほど、勇は好戦的になれずにいた。何しろ、相手の個性を暴けていない。

 

「……どうして俺に誘いがかかったんだ? 戦力としちゃカスだぞ、俺は」

「偏に貴方の情報管理能力と、便利屋としてのネームバリューを私たちは欲しているのですよ。そう自分を卑下しないで下さい。無個性という欠点を度外視できるほど、貴方は優秀な人材なのです」

 

 自分の多才さを他人に語られて悪い気はしない。口元を僅かに綻ばせつつ、勇は相手を刺激しないように優しい声音で言った。

 

「なら、そんな俺から幾つか質問だ。勧誘というからには、ある程度は情報を開示してくれるんだろう?」

「この場で答えられる範囲には限りが有りますが……可能な限りはお応えします」

「んじゃ問いだ。俺について調べたと言ったな――知ってることを全部話せ。一つ残らず、全部だ」

 

「……2年前の夏に雄英を中退し、その一年後、便利屋を開業。貴方は私たちが確認できただけでも三十名近くの犯罪に荷担し、ヴィランの犯行を助長する活動を続けてきました。そして、今では数多のヴィランから支持され、裏社会の象徴的人物へと成りつつある。――と、まあこんな所でしょうか」

「間違ってはいないが、象徴的、か。朝木勇もそこまで有名になったか」

「ご謙遜を。貴方は誰より自分を自覚出来ている」

「ハッ、違いねぇ」

 

 勇は挑発的に笑みを浮かべ、

 

「お前は雄英中退と言ったが……どうして、俺がそんな選択をしたと思う?」

「流石にそこまでは調べられていませんよ。ですが恐らくは……無個性の枷を背負いつつ授業に着いていくのが難しくなった――というのはどうでしょう」

「ンま、当たらずとも遠からずだな。そんな感じだ」

 

 ここで、暫定的にだが、こう判断する。

 

(――放校されたって確定された情報までは知り得ていない、か。当然だな。教師陣には間違いなく箝口令が敷かれてるだろうし、『草壁勇斗』は今じゃ禁句みたいな扱いだ。記録としても上書きされてる。

 ……つまり、コイツを手引きした人間が雄英関係者にいる、のか。それとも――ずっと俺をマークしてたとか、いや、流石に飛躍した憶測か?)

 

 更に思考を重ねる。

 

(少なくとも、黒霧の中で“あの一件”と俺は結びついていない。姉さんの事も、きっと知らない。

 元雄英生で、ヴィラン紛いの活動をしている。その情報だけで俺の所を嗅ぎつけてきたって訳だ)

 

 ――かつて雄英高校に在籍していた草壁勇斗という少年――または、現在、『便利屋』を名乗っている朝木勇は、ヒーロー殺害の事件を起こした過去を持つ。

 黒霧たちがそのことに感づいていない内は、まだマシだ。その決定的な記録が見つかれば、それを“彼ら”がどう使うのか、想像に難くない。

 

「黒霧。もしも俺がお前の勧誘を承諾しなかったら、どうなる?」

「さあ。私は貴方を無理にでも連れて行くだけです。極力無傷で、とは言われていますが、抵抗されれば難しいかも知れません。無個性とはいえ、貴方はそこそこ強いですから。最悪、死なない程度に痛めつけてでもご同行願います」

「連れて行く、ねえ。だったら、俺が素直に付いて行ってやる代わりに、一つだけ約束しろ。

 

 ――俺の経歴を、雄英を貶めるために使うのは絶対に止めろ」

 

 それは、彼の信念に反してしまうから。

 紛いなりにも、『草壁勇斗』はあの高校を好いていた。その想いを裏切ることを選びたくはないのだ。

 

 それに、朝木勇というヴィラン――厳密にはヴィラン予備軍のような立場だが――の誕生に、雄英は全く関わっていない。その起源(オリジン)となる部分にヒーローが関わっているのは語るまでも無いが、一つの要因としてあの学校が関わっている訳ではないのだ。

 

 過去を掘り起こして相手を損なうために掲げる。なるほどそれも一つの戦略である。

 だが、勇は許さない。

 朝木勇が犯罪者になるにしても、かつて雄英生だったというのは単なる『偶然』だし、雄英の“落ち度”でもなければ“おかげ”でもないのだから。

 

「……ふむ、そこには貴方の底知れぬ決意があるんですね。分かりました。私の一存では決定しかねますが、もしもそういった流れになった場合、頓挫させるよう進言します」

「まあ、それでも良いか。……つーか、もう俺が加入すること前提か」

「好待遇ですし、きっと貴方は断りませんよ。それに――」

「それに?」

「……いえ、何でも。ただ、私は貴方が仲間になるだろうと確信してします」

「ほう、そりゃまたどうして」

 

 

「――それを(・・・)、教えられたからです」

「お仲間には未来を予知する個性持ちでも居るのか? それとも、全部(・・)お前らヴィラン連合の仕込みってか? 後者なら絶対ェにぶっ殺すぞ。テメエら全員皆殺しだ」

「?? 仕込み、と言いますと?」

(…………真意は伝わってない。やっぱ思い過ごしか)

 

 勝手に納得すると、勇はやはり勝手に頷いた。

 

「てかさ、敵対的じゃないみたいだから聞くが、お前はどうやってここに侵入してきたんだ?」

「ああ、そういえばお話していませんでしたね。私の個性」

 

 ――そう、言葉にした途端に、彼を取り巻く霧が拡張する。

 濃度をそのままに保ったまま、全身を覆い隠さんばかりの量へと霧が変化したのだ。

 どことなく、きっと強力な個性なんだろう――と勇が予想を付けた途端、それは見事に的中する。

 

「――『ワープゲート』です。平たく言えば瞬間移動……とまではいきませんが、空間移動と言えるでしょう。私の“霧”に包まれた対象を、任意の場所まで運ぶことが出来ます」

 

 ……何だソレ、クソ。一番敵に回したくないタイプの個性じゃんか。

 内心で悪態をつきながら、ひゅーぅと口笛を吹く勇。

 

「それで黒霧って名前か。安直だな。ヴィランネームか?」

「呼称を弄らないで頂きたい。そういう貴方の『朝木勇』だって偽名ではありませんか」

「そうだな、その通りだ」

 

 勇が本名で活動しないのは別段、深い意味がある訳ではない。複数の名前があれば、個人が特定されにくいからだった。彼には承認欲や自己顕示欲といったものが無い――と、彼自身は自認していた。

 

「では、飛びます。最初は慣れない感覚だと思いますが、どうぞご心配なさらないで」

「舐めるんじゃねえぞ。俺は遊園地に行ったら真っ先にジェットコースターに向かう派だ」

 

 ――悪い、蟻塚ちゃん。帰るの遅くなるかも。

 そんな風に思いつつも、勇たちは霧の中へと消えていった。

 

 




勇くんの過去の詳細は、追って明らかにしていきます。
次回は連合との会合です。

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