元雄英生がヴィランになった 凍結中   作:どろどろ

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種、胎動す。芽吹きの風。

 

「ふぅん。陰キャの溜まり場って感じだな」

 

 ヴィラン連合のアジト――一般的な飲酒店の内観を眺めながら、勇は軽薄な笑みを溢した。

 そんな様子が気に喰わなかったのか、唯一の先客は如何にもな不機嫌オーラを出しつつ、不遜な来客を睨み付ける。

 

「……口悪いな、お前。喧嘩売ってるのか、無個性野郎?」

 

 人の腕を模したマスクを何ヶ所にも装着した男は、嗄れた声で勇を罵った。

 すると、無個性、とのフレーズを聴いた途端に勇は表情から笑顔の化粧を落とし、値踏みするような細目を男へと向けた。

 

「いいや、口が悪いのはデフォルトでな。そういうキャラなんで怒らないでくれ」

「……まあいい。黒霧、コイツが?」

「ええ――『便利屋』朝木勇で間違いありません」

「へぇ、先生に聞いてた通りだ。若いな」

(……先生(・・)?)

 

 表に出すこと無く、勇は胸の内に奇妙な言葉の余韻を噛みしめた。

 どうやら、ヴィラン連合にはまだ“先生”なる協力者がいるらしい。黒霧、朝木、そして目の前のこの男。この中に『先生』は含まれていない。

 

「キャストは全員集まってないのか? その先生とやらはここに居ないみたいだが」

「そう急くな。まず自己紹介からだ、そうだろう。俺は死柄木弔……ヴィラン連合の頭だ。それで、お前は?」

「……朝木勇。知ってるだろ。ヴィランの癖に形式に拘る奴なのか?」

「一々勘に障る注釈を入れてくる野郎だな……だがいい。仲間になるなら目を瞑る。所詮は可哀想な無個性野郎の言葉さ、許してやろうぜ、死柄木弔」

 

 何故か上から目線だが、コイツはコイツで言動が社会不適合者だな……と勇は腹の内でほくそ笑む。

 ヴィラン側のヒーローであるといっても、『便利屋』だって都合の良い機械ではない。見下されれば腹も立つし、何なら殴りたいとも思う。初対面で勇と死柄木の好感度は、互いにマイナス値に振り切っていた。

 

「それで、黒霧――コイツは何て?」

「返答は保留されました。彼はただ、着いてくることにだけ承諾した。明確に拒絶されてもいませんが、やはり二つ返事で正式な加入の言質を取ることは出来ませんでした」

「そうかよ、概ね予想通りだな」

 

 死柄木はひび割れたように爛れた自分の首を掻き毟る。その間、視線だけは勇に向けたまま外さなかったが。

 

「ヴィラン連合――お前達の目的は何だ? 活動の方向を聞かせてくれ」

「簡単さ。ムカつく奴をぶっ飛ばして、やりたいようにやるだけ。だってヴィランだもんな」

「……警鐘を鳴らす訳でも、啓蒙でもなく、やりたいように、か――まあその辺は嫌いじゃないかもな。訳の分からん思想を長々と話し出すような痛い輩は、俺も苦手だし。いいじゃん至極明快で。(ヴィラン)はそうでなくちゃ」

 

 意外にも、死柄木の適当な返答は勇に好感触だった。

 そもそも『便利屋』なんて異彩を放つ役柄を演じている朝木勇こそ、思想犯のようなものだ。自己嫌悪と似た理屈で、彼は大義めいたものを振り翳すヴィランが苦手だった。

 その点、簡潔な己に対する答えを持ち合わせている死柄木は――典型的で絵に描いたようなヴィラン。便利屋の客のメイン層は彼のような人間であり、勇の持つヴィラン像にくっきりと適合する人物であった。

 

「――でもな、だからって俺がお前たちの食い物になるってのには承諾しかねる。何たって俺だぞ、この俺だ。俺様という俺だ。こんなちっぽけな組織に収まる器じゃないのさ。……んま、今後の“お得意様”として友好宣言、ってなら喜んで受け入れるけどな。同業者のよしみで割引特権も認めてやるぞ」

「待ってください、朝木勇。貴方の認識は間違っています。私たちは何も貴方を使い捨ての駒にしようなどと考えていません。重要な連合の幹部ポストとして迎え入れる準備があります」

「え、そうなの? ……それってどのくらい偉い?? 連合で何番目?」

「何番目、と言われましても――明確な序列などありませんので。しかし、私や死柄木と同等の発言権を認め、連合の行動方針に深く関わる役職です。作戦立案兼死柄木の補佐、かつ連合の窓口としての機能を担って貰うことになるかと思われます」

 

 懇切丁寧な黒霧の説明。成る程……と一拍おき、勇は吐き捨てる。

 

「要は裏方仕事の大部分が俺じゃないか。

 “自分たちは頭が悪いから賢い便利屋様に補強して頂きたい”――って正直にぶっちゃけたらどうだ? 

 

 ――底が知れたぜ、ゴミ溜めのクズ共」

 

「     ――――――死ね」

 

 瞬間、死の気配。

 微弱な空気の揺れで、両の手を此方に向けて急接近してくる死柄木を察知し、第六感で殺意に属する感情を向けられていると悟る。

 反射的に朝木勇が袖からサバイバルナイフを取り出し死柄木の首筋に添えた時――視界いっぱいに、両手の平が広がっていた。

 顔面寸前で寸止めされている……が、それは勇も同じ。少し力を加えれば、彼は簡単に死柄木の頸動脈を切開することが出来た。

 

「…………オイオイ恐いな。無個性なんだから虐めないでくれよ。俺ってまだお前の個性すら知らないんだぞ?」

「テメエ、ナイフなんて隠し持って……クソ! 黒霧! 丸腰で連れて来いって言っただろうが! どうなってやがる!!」

「他人のせいか? つーか俺、コレが無かったら死んでたんじゃねぇの? 言っとくがな、例え即殺されようとお前を道連れにするくらいの実力はあるんだぜ。無個性の悪足掻き舐めんな」

 

「死柄木弔! 朝木勇は冠絶した人材です! 得がたい逸材だ! 彼と軽々しく殺し合うのは止めてください!!」

 

 黒霧の制止の声が響く。絶叫のようでもあり、根底では落ち着きを忘れていない、識者の声だと直感できた。

 そんな中、寸止めで硬直状態の勇は、冷や汗一つ見せずに死柄木と対峙し、内心で焦燥していた。

 

(ああクソ、畜生。これじゃヤクザじゃなくてチンピラだ……死柄木弔、度し難い凶暴なマセガキだな。

 しかし、さてどうしたもんか――この調子じゃ、この場の全員出し抜くのは無理だ。だけど、全面肯定で加入を了承するのも拙い。後々フェードアウトしづらくなる。なら、次善の策として返事を後日に持ち越すか。問題は俺の口八丁でコイツら二人ともに納得してもらえるかだが――死柄木はYesしか認めなさそうだなぁ。

 いやぁ参った参った。本気でコレは……どうしたものか。こんな秘密基地の悪ガキみたいな連中とつるむの嫌だなぁ、割とマジで)

 

 勇の思考がこの場を抜け出す策を導きださんと回転し始めた頃。

 子供の喧嘩を静観していた大人のように寡黙だった彼は、唐突に己を主張し始めた。

 

 ――じじ、じじじ、じ、じじじじじ。

 

 設置型の薄型テレビの向こう側。

 暗黒面の帝王が満を持して登場する。

 

『――彼の説得には、随分と難航している様子だね』

「ッッ、先生……ッ!?」

 

 その声が響いた途端、死柄木は勇に向けていた殺人の手を引っ込めた。そして、黒霧は勇の傍らでほっと一つ息をつく。

 まるで、便利屋の懐柔が既に成功したかのように、その場には妙に落ち着いた空気が流れていた。

 

(ン~……ラスボスの風格。騙すのは無理そうだな)

 

 死柄木と黒霧の僅かな反応からそう推察した勇は、早々に諦観する。姿も見せない『先生』なる慎重派の人物。恐らくは連合の真の親玉だろう。

 全く底の読めない先生相手に、言葉だけで応戦するのは勇にも荷が重かった。

 

「チッ、誰もアンタの助けは求めてないんだが」

『そう言うなよ、弔。親心のようなものさ。朝木勇の説得は僕に任せてくれ。……フ、何。一方的にとはいえ、彼とは知った間柄だからね』

 

 その言葉の裏の含蓄には、朝木勇の情報を仕入れたのが自分である、という宣言が含まれている気がした。

 

「……お前が死柄木の言う先生か。何者だ?」

『影の支援者――といった所かな。君と比べたら最近は大した活動もしていない。若い芽に期待する、隠居済みの老いぼれさ』

 

 一言二言、言葉を交わし。

 掴み所の無い人物だな、と印象を受けた。

 

『さて朝木勇。君は連合に加わることに不服のようだが、どうか考え直してはくれないだろうか。君は弔に必要だし、弔は君に必要だ』

「……あくまで俺は養分じゃないと保証する訳だな?」

『当然だ。僕は君の味方だ。それに、これは君にもメリットのある提案だよ。連合はこの先大きくなる筈だ。誰だって最初は小人だろう。だから、現状の不足は飲み下して欲しい。僕の顔(・・・)に免じて』

「はぁ? どうしてお前の顔に免じる必要がある。隠居済みのジジイが何を言うかと思えば……抽象的で具体性に欠ける主張ばかり。

 全く、思わず身構えた自分が恥ずかしいな。こんなの取引でも何でも無い。勘違いジジイの妄言だ。介護施設の従業員ってのはこんな気分なのかねぇ」

 

 

『――だから、僕の顔に免じて(・・・・・・・)と言った筈だ』

 

 

 それをきっかけに、はっきりと空気が一変したのを肌で感じ取る。

 勇は音声だけを発するモニターを見上げ、親の敵のように睨み付ける。

 これは予感だが、非常に嫌な感じだ。

 ……果たして、俺は誰と話している? “先生”は俺の何を何処まで知っている? 死柄木や黒霧とは明らかに認識の差がある……そんな、気がする。

 

 だから、朝木勇は確かめるように、

 

「――誰だテメェ」

 

 ここで初めて、勇の表情に動揺が浮かんだのを、その場の誰もが感じ取った。

 

 

『なぁ、草壁くん』

 

 

 ――溶ける、溶ける、崩れていく。

 耽美な音色は少年に脳内麻薬に溺れるような錯覚を覚えさせた。

 月から真っ赤な液が漏れ出し、地面が泥のように溶け出す。世界が死ぬ、死んでいく。そうだ、とっくに俺は全部諦めていた。

 

 夜空には女性の瞳が散乱し、泥の奥底から彼女の腕が伸びてくる。

 

 ――痛い、辛い、苦しくて、哀しいと。何度も何度も悲痛な嘆きを聞いた。けれど結局、貴方は俺に何も求めなかった。

 周りの誰より何も持っていなかったのに、俺に譲ってくれた。自分を諦めて、俺に夢を見させてくれた。

 

「――忘れないで、だって私は」

 

 忘れないさ、だって貴方は――――俺の。

 

 犯され、穢され、殺された貴方の輝きを忘れるものか。俺は生涯愛し、憎み続けるだろう。

 

 故に、闇の王の言葉が草壁勇斗を激しく揺さぶったのは、必定であった。

 

 

 

『心底腹が立ったんじゃないか? 聞かせてくれよ。

 

  ――無実の罪でヒーローに倒される悪役ってのは、どんな心境なんだい?』

  

 

 

 ……そうか。

 

「――全部テメェの仕業か、コラ」

 

 有無を言わさぬナイフの投擲。届かないと分かっていても、勇は自分を抑えつけることが出来なかった。

 だが、一直線にモニターへと向かうナイフの切っ先は、突然現れた黒い靄――黒霧の能力によって阻まれる。

 

「備品を壊さないでくれますか」

「あ? 何か言ったか豚野郎。テメエの声は屠殺場の牛さんのようで、中学生のチ◯カスのような口臭だなぁ。引き裂かれて三度死にやがれ」

「……あの、口悪くなりすぎじゃありません?」

 

 豹変した勇の様子には流石の黒霧もたじろいだ。しかし死柄木は平然とそれを見据えていて――中々どうして、肝の据わった所もあるらしい。

 

『ふふ、やはりそうか。予想通り(・・・・)だな。その反応は図星だと白状しているようなものだ』

「……」

『誤解だよ、別に僕の仕業じゃない。こっち側には顔が広いものだから、情報が回ってきやすいんだ。そこで、僕なりに君について考察してみた結果が、アレだよ。

 信用してくれるとは思っていないけど、君が顔を立てるに足る存在じゃないかな、僕は』

「……みたいだな。有象無象の小者じゃないってことはよく分かったよ」

 

「オイオイオイ! お前らは俺抜きで何の話をしてやがる!? 草壁? 無実? 誰だそりゃ、何の事だ!! 俺は何も聞かされてねぇぞ、先生ェ!!」

 

 癇癪をまき散らす死柄木。

 勇から向けられる冷めた眼差しに一瞥もせず、死柄木は画面の向こうの先生に訴えかける。

 ――だが、初めて、そこで拒絶される。

 

『ダメだね。弔、君にすらコレは話せない。僕と朝木勇との秘密の話だ。

 ……どういう意味か分かるだろうか? つまり、死柄木弔と朝木勇。一番でも無ければ二番でもない。両方とも素敵なオンリーワン。同じ要素を兼ねている――二人とも、いずれ僕を継ぐべくして生まれた新芽だということ』

 

「…………そうか、そういうことか。この新入りは先生のお気に入り。だから贔屓目なんだな、アンタ」

 

『僕は等しく全員に施すよ。差別は嫌いなんだ。だからほら、気落ちせずに頑張ろう、弔。

 

 ――大丈夫、例え何が起ころうと、君の側に僕がいる』

 

 二人の破綻したような会話を尻目にして、平時の冷静さを取り戻した勇は、ぽつりぽつりとぼやきながら黒霧へと向き返った。

 

「……(ヴィラン)連合。混沌(カオス)。イカレた奴らだ。あ、そうだ黒霧、さっきは無意味に罵倒してゴメンな。許してくれ、アレってアレルギーみたいなもんだからさ」

「え、ええ。気にしていませんよ」

 

 既に心は決まっていた。

 先刻の先生の言葉には、無条件に信じてもいい価値があった。何故なら、奴は知っている。包み隠してきた朝木勇の根幹――その起源(オリジン)を。

 

「おい先生とやら。お前の顔に免じて、俺も入ってやるよ、連合に」

『それは僥倖。ありがたい』

「だが、一つ忠告しておく。

 

 仮に、仮にだ。お前が裏で全部糸を引いていたとしても、用意されていたのは一から九十九までの路線だ。……最後の一は俺が選び、俺が踏み出した! 俺だけのものだ!! だから勘違いすんじゃねェぞ、耄碌野郎!?」

 

 勇の決意の表明を前に、先生は喜悦混じりの笑いをケタケタと溢す。

 

『……やはり優秀だな、君は。その可能性(・・・・・)に瞬時に思い至る時点で、明らかに常軌を逸している』

「お褒めにあずかり光栄だな、黒幕殿。反吐が出るぜ」

 

 ――後に分かることだが、ヴィラン連合の面子は未だ三人。別に精鋭でもない少数部隊だったのだが、朝木勇はこの選択を悔いることは無い。

 この日、この瞬間、この場を以て、ヴィラン連合は始動する。それを扇動するのは――やはり、勇に黒幕と呼ばれた、あの男の言葉だった。

 

 

『では皆、存分に学び、力一杯芽吹くと良い。ここが君たちの学び舎だ』

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「……見つけた」

 

 蟻塚が勇と再会したのは、日付が変更する間際の深夜だった。

 

「今から帰る所だったんだが、よくここが分かったな」

 

 勇がいたのは都市郊外の共同墓地。連合のアジトを抜け出してまず真っ先に彼が向かったのは、この鬱屈とした墓地だった。

 蟻塚は知っている。彼の消息が分からないとき、大抵はここにいる。そして決まって、そういう時、彼は傷心していた。

 

「……今日は一緒だよ。一緒に寝るんだよ」

「ああ、そうだね――――ありがとう」

 

 腰にしがみついて甘えると、勇は朗らかな頬笑みを見せた。邪念のない子供が母親に縋るように、彼は笑ったのだ。

 

 ――――きっと悪魔も、かつては人間だった。

 

 

 




なんやかんや未だに不透明な勇くんの過去。
明らかになっているのは、親しい女性がいた・殺人犯として扱われてる・冤罪疑惑・何故かAFOが真相知ってるっぽい。と、この四点くらいでしょうか。徐々に繋がっていくのでお楽しみに。ではでは、また次回。

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