「お前のことを俺たちは甘く見すぎていたようだ。おい、綾小路。俺とタイマンしろ」
「タイマン……か。分かった」
「俺は手加減はしなっ……!」
打ち込んだ先制攻撃。
ホワイトルームで鍛え上げられたその拳は生半可なものではなく、周りを圧倒するだけの力をもっている。
オレ自身、正々堂々という言葉が嫌いというわけではない。
しかしそれ以上に、自分が勝つためには手段を問うつもりはない。
オレが迅速かつ一番正確で楽な方法で勝てさえすればそれでいいのだ。
不意打ち。人々は、相手が構えていない時に攻撃を仕掛けることはずるい、卑怯だと謳うが、ケンカにおいて、ルールがあるわけではない。
もちろん、相良のことを悪くは思わないし、戦略の一つであると思う。
だからオレも同じ手を使った。
来るとは思いもしない、オレからの不意打ちによる先制攻撃。
智司、すまなかったな。だが、お前のツレも同じことやったんだから許せ。
「!?智司さん…!」
「…やるなぁ綾小路」
「…お前もな」
オレの拳を受け切るのは予想外だった。
いや、オレは期待していたのかもな。
この男なら、少しはやれることに。
殴った方の手とは逆の方を防御をするために咄嗟に、頭の左前に手を出し、防御の体勢を取る。
案の定、左側から鈍器で叩きつけるように拳が飛んでくる。それを準備していた左手で横にいなし、かわす。
「お前、素人の動きではないな。何か習ってるのか?」
「ピアノと書道なら」
「っふん。答えるつもりはないってか」
「喋ってる暇、お前にあるのか」
「とことん舐めた野郎だ」
それからもしばらく相手の攻撃を受け流し、動きを観察する。
やはり中学生と高校生の体格の差は圧倒的なものである。柔道やボクシングなどでも体重で階級が決まる。メイウェザーと那須川天心も5キロ以上、4階級もの差があり、選手生命に関わるほどの差だ。
しかし、長期戦になればなるほど、精神は身体より疲れるもので、それが人間の弱点になるのは当たり前のことである。
例えば4キロ走らなければならないとしよう。
2キロ走った時点で人はどう考えるだろうか?
あと2キロで終わる、と考えるか、まだ2キロしか走ってないのか、と考えるか。
どちらにしても心には油断や動揺が生じてしまうものである。
この場合にしても同じだ。
智司がこのまま攻撃を続ければ当たる、と考えるか、全然当たらない、どうするか、と考えるか。
驚懼疑惑がおきた時点でお前の負けだ。
驚くなかれ、懼れるなかれ、疑うなかれ、惑うなかれ。いかにこの四戒を制御できるかによって、勝負は決まるのだ。
…オレの場合は……?
オレは……既にそんな感情は捨てた。
否、捨てさせられたのだ。
…あの男に。
♡ ♡ ♡
それからは一瞬の出来事だった。
あの不良高校で有名なヤンキーのボスみたいな人に負けを認めさせちゃった。
清隆くん……君ってどこまで強いのよ。
「俺の負けだ、綾小路」
「まだお前全然やれるだろ。どうして止めた」
「負けを認める方が効率がいいだろ。それに中学生相手にボコボコにされたなんて言われたら、頭として、示しがつけねぇからな。俺もまだ闘える状態で休戦したって言った方がいいだろうからな」
「なるほど。別にオレは引き分けでもなんでも、やめてくれるならそれでいい。だが、もうオレらには関わらないって約束してくれ」
「ああ、中学生相手に喧嘩ぶち込むっていうのもあれだもんなぁ。もし、お前に挑むやつが現れたら、俺が一発入れといてやるよ」
「そうしてくれると助かる」
「引けあげるぞ。おめえら!ったく相良はいつまで伸びてんだ。誠司早く起こせ。ずらかるぞ」
ふぅ、怖かったなぁ。
でも清隆くんと一緒にいて助かった。
まぁあの人たちは清隆くん目当てだっただろうけど。
…あ!いいこと思いついたぞ。
「ねぇ清隆くん、あたしすごく怖かったんだけど」
「ケガとかはないだろうが、巻き込んじゃったな」
「そう、あたしは巻き込まれた被害者。で、その原因は清隆くん。これは何か奢ってもらわないとですよねー」
「いや……オレも巻き込まれた被害者なんだが…」
「つべこべ言わないの!これは決定事項ですよ〜」
「はぁ、分かったよ。確かに怖い思いをさせたってのはあるからな。カフェでいいか?」
「さんせー!いこいこっ」
そろそろ認めないといけないのかもしれない。
この人に何度も何度も助けられて。
こうして理由まで作って一緒にいられる時間を少しでも長くしようとして。
何気なくする会話が、どうしようもなくたまらないもので。
そんなあたしのヒーローへ。
初恋したあたしを。
☆ ☆ ☆
あれから道端で急に襲われる、ということは一度も起きていない。おそらく、智司が牽制してくれているんだろうが、あまりオレのことを広めるのはやめてほしい。
しかしあいつらにとっても黒歴史みたいなものだ。休戦したといっても、相手は中学生。それだけでも頭としての示しがつかないようなものだ。
だから、不用意に広めるようなことはしないのだろう。
それからは何事もなく、オレの求める平穏な日々を送り、季節は過ぎて行く。
ふと気づいた時には学年は一つ上に上がり、最終学年である三年生になっていた。
ミカンをコタツの中で食べていた頃が懐かしいぐらいだ。
それにタイムリミットも刻一刻と近づいてくる。
ホワイトルームもそろそろ再開する頃だ。
中学生が終わるとオレはまたあそこに戻らないといけないのだろう。
なかなかに楽しかった中学校生活だった。
なぜ無難に過ごすと決めていたオレが恵を助けたのか?
もともとは目障りだった恵に対してのイジメという癌の切除に加え、オレ自身、恵に対し興味を持ったからだった。
『一度地に堕ちた者が這い上がり、力を手に入れるとどうなるのか』
そんな疑問を解消するために、恵は使えると思ったからだ。
ホワイトルームで日々切り捨てられる者たち。
あの男のやり方は本当に正しいものであるのか否か。
そして、オレの出した結論は否である。
失敗したからと言ってすぐに切り捨てるあの男のやり方は間違っている。
一度ドン底や失敗を経験したからこそ、生まれるものは恵を見れば、確かにあった。
一度もミスをしたことがないものは、もしそのミスが来た時に立ち直ることができるだろうか。
だからこそ、同じ過ちを繰り返さないように。
オレのようなつまらない人間が二度と作られないように。
あの男を、ホワイトルームを、
いつかオレ自身の手で壊さなければならない。
しかしそんな傲慢を言おうとも、今のオレには力がない。
結局は机上の空論に過ぎないものだが、いつかはそれを成し遂げてみせよう。
お前が作った最高傑作の力を舐めるなよ。
「なに気難しそうな顔してるの、清隆くん」
「いや、何でもないさ」
「あ、そういえばさ、清隆くん、ピアノできるって言ってたよね?だからあたし、先生に清隆くんを薦めといたよ?何でも合唱コンクールでピアノできる人を探してたみたいだからさっ」
「いや、あれは言葉の綾というものでだな……」
「あたしもう知ってるから。清隆くんなら何でもこなしちゃうってことぐらい」
「かいかぶりすぎだ。そんな大層な人間じゃない」
「いいからいいから〜♪」
足掻いてみたものの、結局オレは合唱コンクールでピアノをしないといけなくなった。
本番当日、オレたちのクラスは最優秀賞を取ることができた。弾き終わった時には、女子たちがヒソヒソとオレの方を見て話していたが、いやに目立ってしまった……。
ピアノなんて、楽譜で決められたリズムに合わせて決められた鍵盤を叩くだけのことなんだがな。
恵はなぜだが「くぅ…失敗した!!」って悔しがっていたが、合唱でミスをしたのだろうか?