錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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天之河光輝との禍根、園部優花とのすれ違い

 

 

最近、学校ではある『罰ゲーム』が流行っていた。

果たして、それは罰ゲームと呼べばいいのか定かではないが、確かなことが一つ。

 

途轍もなく、くだらない話だ。

 

罰ゲームでなくともいい。

それは一種の娯楽でしかないのだから。

 

そのゲームを楽しめる奴は途轍もないクズで、クソ野郎で、人間性が歪んでいるとしか思えない。

 

少なくとも俺はゲームには参加出来ないので関係ない話だった。

 

そう。関係ない話だったのだ。

俺の靴箱に宛先も差出人も書いていない手紙が届くまでは。

 

 

思わず無言でその手紙を手に取ることを躊躇するのは誰だって当たり前のことだろう。自分の下駄箱に見慣れない手紙が入っていたのだ。誰だって予想するはずだ。ラブレターじゃないのかと。だけど、それがありえないことを自分がよく知っている。

 

「誰だよ、間違えたやつ……天之河の下駄箱は隣だっての」

 

しかし、確認だけはしておくべきか。概観だけでは宛先も差出人も書いていない。丁寧に封を開けてみると内容は大変薄っぺらいものだった。やっぱり天之河宛だろう。

 

『放課後、屋上へ来てください』

 

たった一言、それだけだった。

中身も宛先は分からず、差出人も不明。

 

「天之河のじゃなけりゃ、悪戯だな」

 

何にしても榊原圭一が誰かに告白されるなんてありえない。分をわきまえているので、取り敢えず隣の学校一のイケメンの下駄箱に投函しておいた。

 

 

 

その翌日、教室の前で一人の女子生徒が俺に声を掛けて来た。

 

「榊原君、聞きたいことがあるんだけど……」

 

話し掛けてきたのは誰だったのか。生憎とクラスメイトの顔は愚か名前すら覚えていない。そもそも、敬遠されている俺に話し掛けてくる人間が希少なのだ。

 

「何か用?」

「なんで昨日、屋上に行かなかったの?」

 

なんでこいつが知ってるのか。答えは簡単だ。あれが悪戯メールで、共犯者だからだ。つまらない悪戯に悪態を吐きながら俺は一言こう返してやった。

 

「天之河の下駄箱と間違えてるようだから、ちゃんと投函してやったんだよ。俺が行く必要はねぇだろ」

「ちょ、何よそれ!」

 

憤慨した様子で女子生徒は「信じられない」と口にした。噂通りのとんでもないやつだとも。

俺が最も信じられないのは、遊びが上手くいかなくて逆ギレする奴らだ。

勝手に標的にしておいて、御苦労なことだ。

 

「用はもうないな」

 

俺がそう聞くと、女子生徒は教室の中に消えて行った。こちらの様子を窺っていた女子生徒のところに。俺は構わずに教室に入り、自分の席へ辿り着くとドカッと腰を下ろした。鞄から携帯ゲーム機を取り出して、続きから始める。

 

「今日こそは来なさいよ」

 

先程と同じ女子生徒が机を叩いて叫んだ。

俺はイヤホンをしているが、ある程度は訊こえている。

 

「誰が行くかよ。阿呆らしい」

「なっ、どういうつもりよあんた。何様のつもり?」

「ハッ。大方、くだらねぇ悪戯だろう。付き合ってやる義理なんかねぇよ」

 

そう言った直後。女子生徒がキレてイヤホンを引っ張った。突然、イヤホンの外れる不快感がして不機嫌な視線を相手に向ける。どうやら相手は憤慨している様子だった。

 

「あんた、優花がどんな気持ちであんたを呼び出そうと決意したと思ってんの!」

「も、もうやめよ、大丈夫だから」

 

憤慨している女子生徒の腕を掴む、先程こちらの様子を窺っていた女子生徒。確か名前は……園部優花、彼女の名前はよく覚えている。小学校の頃、よく口喧嘩していた奴だ。それに彼女の家は飲食店を経営しているため、食べに行くと必ず顔を合わせることになり、手伝いをしている優花とは度々衝突していたのだ。今思い出しても碌な思い出がない。

だからだろうか。余計に呼び出そうとした理由がわからない。

涙目になっているのは、衆人環視のせいだろうか。いい見世物だからな。あの『告白ゲーム』と一緒で。

 

『告白ゲーム』とは。今、校内で流行っている遊びの一つだ。モテない男子、若しくは女子に嘘で告白するゲーム。相手の反応を見て散々酷いことを言って見世物にするという、とてもくだらない遊びだ。告白を受けたものは、その後、クラスで笑い者にされるのだ。最も醜悪なのは公開告白して、相手の反応を見ていた全員の前でドッキリだとネタバラシするところまで。

 

「いいやよくない!こんな最低な奴に優花が告白しようと思ったのもそうだけど、何よりこいつの態度なんて馬鹿にしてるとしか–––!!」

 

そこまで言ったところで、優花の方が泣き出してしまった。

 

「……もう、いいから」

 

衆人環視の中、いい見世物な状況故か泣き出してしまった優花を見て、更に眉を吊り上げた女子生徒が憤怒の表情をする。

 

「このッ–––!」

 

手を振り上げる女子生徒が、次の瞬間には思いっきり平手打ちを放った。–––しかし、空振りである。椅子を傾けて避けた俺に対して更に目を吊り上げる。

もう一度、手を振り上げたところでその手を後ろから掴んだ人物がいた。

 

「何を騒いでいるんだ?」

 

学校一のイケメンと名高い天之河光輝だった。腕を掴まれた女子生徒は頰を僅かに赤らめておずおずと手を下ろした。あまりの豹変ぶりに気味の悪さ、女子の怖さを感じる。そうしている間にも、天之河に何やら説明を始める女子生徒、その説明を受けて天之河は俺に怪訝な眼差しを向けた。

 

「……今のは事実か?」

「生憎、趣味の悪い遊びに時間を割く暇はない」

 

どんな説明をしたか定かではないが、碌な話などしていないのだろう。一方的に悪と断定した説明をしたと見積もっていた方が良さそうだ。

 

「違っ、あれとは関係は–––」

 

優花の友人である女子生徒は何かを言っているが信用に値するとは思えなかった。

 

「信じるに値しないな。元々、中学に上がるまで喧嘩ばかりしてた園部とはそれっきり話したこともねぇよ」

 

幼稚園から小学校に至るまで同じ学校だったが、中学は別々の学校に通っていたのだ。それからは喧嘩もなければ店にも行かなかったし、偶然会うことも一度もなかったのだ。高校に入って、園部優花がいることに今気づいたくらいだ。

普通に考えて、また喧嘩をふっかけに来たとしか思えない。俺の性根が腐っているのもそうだが、既に校内で噂が蔓延するくらいには悪趣味な遊びの噂が広がっているのである。

 

「榊原……だったか?一応、園部さんに謝っておいたらどうだ」

「断る」

 

即答した。

 

「宛先も書いてない手紙を入れられて迷惑してるんだよこっちは」

 

それに昔から喧嘩した後、謝ったことなんて互いに一度もなかったのだ。今更、謝罪を求められても素直になれなんて到底できそうにない。

 

「な、そんな言い方はないだろう!」

「言っただろ。お遊びに付き合う気は無いって」

 

何をそんなに熱くなっているのやら。イケメンの中身は性根が腐っている、なんてことはなく憤慨した様子の天之河を見ていると彼は俺を責め立てた。「彼女に対して失礼だとは思わないのか!」等の文句を言ってくる。聞き流しているため全部は覚えられないが、そういうニュアンスの言葉だったとは言えよう。

しかし、イケメンが憤るだけで感化される周りは厄介なことこの上ない。すぐに孤立した俺に対して非難の目を向ける。くだらない遊びを広め活用している奴らも俺に冷ややかな視線を向けてくる。

 

「……お前ら夜道には気をつけろよ。気がついたら病院だったってこともあるかもしれないしなぁ?」

 

こういう時、悪評というものは便利だ。

俺がそう呟くと、大半の奴が青褪めた顔で目を逸らした。


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