錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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ステータスプレート

 

 

 

朝食の時間、既に起床していた生徒達が食堂に向かう中、俺と雫は一旦汗を流すために浴場へ向かうことになった。部屋に戻り準備をしようと扉を開けるとベッドの上に半裸と言ってもおかしくない姿の優花が待っていて、入室した俺の姿を見つけるや涙で瞳を滲ませながら彼女は抱き着いてきた。

 

「おい、離れろ」

「朝起きたら、知らない天井で、圭もいなくて……どこ行ってたのよバカ!」

 

まるで母親を探す幼子のような表情でそんなことを言われたら、良心が痛む。そんな弱々しい姿に不覚にもドキッとしてしまったあたり、優花のことを本当に××だと思っているのだろう。華奢で細く柔らかい腰に腕を回すと儚い命の重さというのが伝わってくる。彼女の体温も、感触も、その全てが×おしい。

だけどそれは、本来俺が望んでいない感情だ。思う時点で否定しきれないところが厄介極まりない。

 

「いい加減にしろ。今日から一人だぞ」

「……いや、圭と一緒がいい」

 

味を占めた優花がそう強請ってくる。男としては大変喜ばれる状況だろうが、刺激が強過ぎてもはや毒の域に達している。

 

「風呂入ってくるから食堂行ってろ」

「じゃあ、食堂で待ってる」

「……はぁ」

 

昨夜辺りからスキンシップが過激になり、アピールもあっちの世界とは比べ物にならない。一種の自己防衛反応なのか単なる焦りかはわからないが不安と焦燥が彼女の顔には浮かんでる気がした。

 

 

 

汗を流し朝食を摂る食堂へ向かうと優花はジッと待っていた。何やら数名の女子生徒に囲まれているようだが、顔を赤らめて応答している辺り何故かロクでもない勘が働いた。別の席へ行こうとすれば同じく浴場の前で待ち合わせた雫に逃げ道を塞がれ、優花にも見つかり逃げ場の一つもない。

諦めて優花と数名の女子の花園へ向かうと案の定嫌な予感は的中した。

 

「ねぇねぇ、昨日の夜一緒にいたって本当?」

「同じ部屋から出てくるの見たし」

「やっぱり付き合ってるの?」

 

異世界に来ても女子の話題の的は恋話で様々な邪推が口々に披露される。その度に優花が顔を赤くするものだから、更に女子生徒達の妄想は加速するばかりで減速を知らない。

 

「げっへっへ、昨日はお楽しみだったんでしょ?どう?女の子のお味は?」

「ちょっとやめてよ鈴!」

 

若干一名、心の内側にオヤジを飼う女子高生がいる。彼女の名前は谷口鈴だったか。よく優花を揶揄うやつでクラス内でも女子の胸を揉んだりと世の男子高校が羨むようなことを繰り返す常習犯だ。そのせいか割と優花とは仲が良い関係らしい。主に揶揄うのは美少女と恋に恋する乙女といった女子なので被害は一向に収まらない。

 

俺も言われて昨日のキスが脳裏を過る。

同時に雫に言われてしまった言葉も考えさせられてしまう。

 

大切なものを、失わないために–––。

二度とあんな思いはしたくないと雫は言った。

それには俺も全くの同意見。だから、この世界でやることを俺は履き違えないし誰かに任せるつもりもない。

……そのためには大切なものをより明確に定義しなければならない。

心はそう叫んでいるのに、頭では否定して考えないようにしていたこと。そんなこと沢山ある。でも、否が応でも現実とは向き合わなければならないし天之河のように楽観的に居られるはずもない。

 

足りない覚悟を埋めるために、俺は過去の自分を引っ張り出す。

今はまだ考えの全てを変えることは無理だが、少しだけ譲歩しよう。

 

「……そうだな。瑞々しくて甘くて柔らかかったな」

 

もちろん、キスの感想だが周りの女子達は顔を真っ赤にしてキャーキャーと騒ぎ立てる。無論、優花も顔を真っ赤にしてポカポカと肩を叩いて来た。

 

「そ、そういうのは言わなくていいからぁ!」

 

ふと静かな雫に目を向けると、母親が子を慈しむような目でこちらを見ていた。

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませ召喚された者達は中庭へと集められた。昨日は色々とごたごたしていたため今回が正式な戦争に対しての準備期間になるだろうとは予想がつくが、最初に配られたのは銀色のプレートだった。大きさは学生証や免許証と然程変わらないだろう。その使い方と名前、それはまさにRPGといったもので名は『ステータスプレート』。用途は簡単、まんま言葉の意味でステータスを表示するゲームには欠かせない要素の一つだった。

そんな便利な物があるファンタジーとは一体?と疑問に思ってしまうものの、無いと不便なのでこの際は大目に見よう。

使用方法は初期登録に血を一滴、プレートの魔法陣に垂らし使用者の識別を行うらしい。その血を刻むことによって情報を取得する為避けては通れない道なのだろう。

 

銀盤と一緒に渡された針を指に刺し、自傷行為に引き気味に登録を開始するクラスメイト達の中、怪訝な顔で自らの指を針で刺し血を刻む作業を行なっていた。プレートに擦り付けるように塗ると血が溶け込み青白い光を放ち、銀盤の表面が書き換わっていく。表面化される情報を見ると初期ステータスが開示されていた。

 

 

❇︎❇︎❇︎

榊原圭一 17歳 男 レベル:1

天職:錬金術師

筋力:150

体力:200

耐性:130

敏捷:140

魔力:120

魔耐:70

技能:錬金・金剛・結界魔法・回復魔法・血紋契約

❇︎❇︎❇︎

 

 

レベル上限は100。初期ステータスの普通の値は10前後だという。メルド団長がそう説明し、天之河が報告していたが俺は服の袖を引っ張られてそちらに意識を傾けた。

 

「ねぇ、圭、して……?」

 

針を差し出し、プレートを見せてくる優花。自傷行為に抵抗があるのだろう。迷わず針を受け取って取り敢えず事後責任は勘弁なので一声かけておく。

 

「痛くても喚くなよ」

「その場合責任を取ってもらうから」

 

優花の手を取り針を刺す指を探すが何故か針を刺しづらく億劫になってしまう。よく考えれば女の嫋やかな指を触ったのもあまり無いことなので気後れしてしまうが、そこはもう人差し指の腹を刺しておいた。ステータスプレートに指を押し付け登録が完了するとじぃっと彼女が俺を見つめていた。

 

「指の消毒してくれないの?」

「自分でしろ」

 

むぅ〜。と、残念そうに唸る優花はステータスプレートに視線を移す。天職の欄を見て何故だか残念そうに彼女は言った。

 

「私の天職は料理人じゃないみたい。技能に料理はあるんだけどさ」

「じゃあ天職は投術師か何かか?」

「よくわかったわね」

 

当てられて嬉しそうな優花を他所に、俺は何となく彼女の考えていることがわかる。だが、その当てられた理由がよく物を投げられて全弾命中するからとは言えない。

 

そうこうしているうちに報告の番が回ってきた。その前に『作農師』というレアな天職を引いた人がいるのであまり気がすすまないが、適当に棒読みで報告を済ませることにした。

 

「天職は錬金術師です」

「錬金術師だとぉ!?」

 

何をそんなに驚くことがあるのかメルド団長は事細かに教えてくれる。

 

「錬金術師は非戦闘職の中でもレアで作る薬の効力は薬師が作るものとはまた別で特殊なものが多いと聞く。ただ伝説上の存在であっただけに王宮にも昔はいたそうだが此処百年は錬金術師が生まれたことはない」

 

実在すら疑われていた天職らしく、作農師同様に興奮するメルド団長を見ていると狂気乱舞し王宮に通達だと走り出してしまった。残された使徒は唖然としている。

残された副団長に俺は訊ねるべく、声をかける。

 

「血紋契約ってなんですか?」

「ん?あぁ、それも割とレアな技能で主に奴隷商人が持っているものなんだけど、奴隷使役に役立つスキルさ」

「なるほど。ありがとうございます」

 

天之河に何故か睨まれた気がしたが奴は自らのステータスプレートを恍惚と見つめるばかりで気のせいだったのだろう。

 

 

 

数分後、王宮からリリアーナ姫がやってきた。手には何やら書物のようなものを持っており、優雅さの中に僅かな焦燥感のある歩みで中庭を横断し俺の前へ来る。すぐに手に持っていた書物を俺に寄越してこう言ったのだ。

 

「榊原様、今すぐこのリストにある薬を処方していただけませんでしょうか?」

 

無茶振りが過ぎるが書物には錬金術の使用法と薬の調合法が書かれている。リストには簡単な回復薬から滋養強壮剤まで多種多様な薬の名前がリストに上がっていた。どれも見る限り、料理のような工程で作られている為、初心者でも無理なことはない。出来ないのとやれるのはまた違うのだが、上手くいくとは限らないだろう。

 

「まぁ、ぶっつけ本番だが材料さえあれば出来ないことはないだろう。上手く作れる保証はないがな」

「ええ、これはまだ練習用にと用意したものです。本命はもっと調合が難しいものですから」

 

何やら鬼気迫る表情で姫様が語るものだから、何か事情があるのかと察してしまう。推察の域を出ないがやることは一つだと俺は了承の意を示した。

 

そして、そのまま王宮に急遽用意した部屋に通される。まるで元あった部屋を錬金術師仕様にしたような内装で棚には関係のなさそうなものまで陳列されていた。その中央には錬金釜があり、その道具で調合を行うと本には書いてあった。

 

「まぁ、早速試してみるか」

「お願いしますね」

 

錬金術の教本通りに運ばれて来た材料を錬金釜に入れていく。作業工程に一度のミスも許さず、俺は黙々と薬を調合していた。そうして出来たのが教本通りの緑色のポーション、これが体力系統を回復させる薬らしい。実物を見たことはないのでわからないがまず間違いの一つもないはずだ。

その後も青い回復薬、魔力回復薬を製造し、リストにある薬を生産していった。ほどなくしてリリアーナ姫が戻りその薬達を吟味していく。色を確かめ、匂いを嗅ぎ、口に含み飲んでみる。

 

「……素晴らしいですね。素人であるはずなのに、もうここまでの効果が……あら?」

 

何を思ったかリリアーナ姫がスカートを捲り上げた。膝上までで留めたからいいものの白く細い太腿や脚が露になっておりその美しさが隠されたところにも発揮されていた。

 

「今朝転んで出来た傷が跡形もなく消えているなんて……!」

 

どうやら姫様はドジな属性もお持ちらしい。褒め称えるのはいいのだが、完全にトリップしている姫様が漸く我に帰るとこちらを見て恥ずかしげに頰を染める。

 

「見ましたね?」

「リリィってドジなんだな」

「あぁもうこんなことなら回復魔法で傷を癒しておけば……!」

 

ドジに拍車を掛けだす姫様、諸々自爆したところでこほんと咳を一つ。

 

「まぁそれはいいのです。私の不注意ですから。それで此処から先が本題なのですが……榊原様にはとある呪いを治す薬を調合して欲しいのです」

 

そう言う姫様の顔は泣きそうなほど弱々しいものだった。

 




ステータスの基礎値が高いのは身体を鍛えてるせい。

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