錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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姫の願いと錬金術師の遺産

 

 

錬金工房で様々な薬を試験的に作った後、残りの時間は近接戦闘の訓練と座学に費やされた。剣を使った模擬戦は雫と組まされ全員の前で一度披露させられた挙句、教官の一人を雫が敗北させてしまったがために俺まで畏怖される羽目になった。

座学ではこの国の歴史、風習、魔法学等の実践的な内容だった。魔法はともかく錬金術の先生となる人間がおらず、俺だけ独学で感覚的に覚えなければならない。少なくとも基礎の基礎を理解すれば魔法は簡単で、それほど苦労はなかったが。

 

「圭、部屋に帰ろ」

 

食後、当たり前のように人の部屋に入り浸ろうとする優花の頭を撫で、俺は用事があると伝える。

 

「リリアーナ姫に呼ばれてるんだ。先に帰っててくれ」

 

怪訝な表情。渋々と踵を返す優花の向かう先は自室かどうか帰るまでわからない。その姿を見送りつつ俺も指定された姫様の部屋を目指した。

 

既に日は落ち夜の闇が城を覆う中、目的の部屋を目指す。リリアーナ姫の部屋は俺達が与えられた部屋とはまた遠い位置にあり数分ほど歩かなければならなかった。幾つかの曲がり角を通り過ぎ、やがて指定された部屋の前に辿り着くと場所に間違いはないか確認をしてから扉を叩く。

 

「どうぞ」

 

姫様の可憐な声が応えた。扉を開き中に入る。まず目に入ったのは天蓋付きのベッド、それ以外には目立つ物が何もない寝室だと言うことがよくわかる。おそらく此処は彼女が眠るためだけにある部屋。他の部屋もあるのだろうがそれはまた併設された扉の奥にあるのだろう。

まず初めに天蓋付きのベッドに目を奪われたが、そこから俺は目が離せなくなっていた。だってそこには無防備にもネグリジェだけを纏った姫様がいたのだ。白く清楚なネグリジェに身を包んだ彼女の細い腕や首筋が上気し、金髪が濡れた光を放っているのは風呂から上がって間もないからだろうか。少女の色気というよりは可愛さが妙に際立っていた。

 

「こんな姿で申し訳ありません。ですが、普段着ているドレスのようなものだと少々不都合がありましてこの部屋にお招きしました。あ、もちろん誰でも呼ぶわけではありませんよ?」

 

その言葉は計算からだろうか『貴方以外は呼ばない』と言っているようにも訊こえる。実はこの姫様、幼く見えてやり手の才女なのかもしれない。

 

「それで見せたいものとは?」

 

こんな時間にリリアーナ姫の寝室に呼び出されたのは『あとで見せたいものがあります』と言われ、一旦話を切られたからだ。まるで秘密の話をするような状況に何かしら事情があるのを察知したが、その理由を推測する事は容易ではない。

 

「その、私にも覚悟が必要なので……いえ、したんですけど、やはり直前になると恥ずかしいというか……」

 

何故か頰を赤らめてそわそわとし始め、胸に手を当てて大きく深呼吸をすると恥じらいを含んだ微笑みを浮かべて決意を固めたように俺に一つのお願いをしてきた。

 

「少し、目を瞑っていただけるとありがたいのですが……」

 

何かしら理由があるのだろうと目を瞑る。すると衣摺れのような音が訊こえ、もぞもぞぱさりと布地のようなものがベッドに置かれた音がして漸く許可が下りた。

 

「……目を開けてください」

 

そっと目を開ける。声のした方向からして目の前にリリアーナ姫がいる事は間違いない。だが、俺の視界に映ったのは間違いなく姫様の姿であるのだが、その身体には下着以外の一切を纏っていなかった。

それだけなら普通の男子高校生は見惚れた後、頰を赤くして目を逸らしただろう。しかし、リリアーナ姫の身体には至る所に赤黒い斑点が浮かんでおり白い肌を侵食していた。

 

僅かに羞恥に頰を染め、胸や局部を心ばかりに隠しているがその効果は微弱。ちょっとした乙女の抵抗だろう。見せるものでもあるために完璧には隠すことが出来ず中途半端になっているが。

流石に黙ったままでいるわけにはいかない故にリリアーナ姫は口を開き独白する。

 

「……これは数年前、魔物に襲われた際にかけられた呪毒です」

「呪毒?」

「はい。その効果は数年に渡り命を削り、死に至らしめるものです」

「……色々と試したんだよな?」

「えぇ、まぁ、思いつく限りは。ですが、強力故に治すことも出来ず伝説の神水でさえ治すことも難しいと言われてまして、解毒できる薬を作ったのが伝説の錬金術師とされていて……でも、ここ百年ほどは錬金術師さえ生まれず、途方に暮れていたところ召喚した使徒様の中に錬金術師様がいると知って……いえ、こんな言い方おかしいですよね。私は召喚された使徒様の中に錬金術師がいるかもしれないと淡い期待を抱いていました」

 

僅かに涙ぐみながら気丈に笑ってみせるなんとも歪な微笑みで彼女はこちらに笑いかけた。

 

「……痛む身体を誤魔化し続け、生き長らえてきましたがあと一年持つか」

「期限は一年、か……」

「正確にはこの痣が身体中に回ればですが、進行速度を考えると……」

 

もう既に半分ほど、赤黒い斑点がリリアーナの白い肌を染め上げていた。徐々に進行速度が上がっているのなら、それほど悠長にしている時間はないのだろう。

 

「それで解毒剤のレシピってのは?」

「あるにはあるんですが……錬金術師にしか作れない特殊な薬で、それに素材もかなり貴重らしく」

「すぐに集められるものなのか?」

「いえ、それが……ベヒモスの角や他にも材料が足らなくて。それも二人分」

「二人?」

「私だけではなく、私の護衛であった女性騎士まで呪毒を受けてしまい、出来るならば彼女の分だけでも用意できればよろしいのですが」

 

今日の授業で習った事だが、この世界には迷宮がありオルクス大迷宮という場所の下層にベヒモスという魔物がいるらしく、過去の勇者がそこに到達しベヒモスを狩ったとか。それほど採取が困難な素材なのだろう。現状、不可能だと言っているに等しい。

 

「……リリアーナ姫は何歳だ?」

「女性に年齢を訊くのはタブーですよ」

「俺には重要な事だ」

「それに私はリリィとお呼びくださいと言ったではないですか」

「リリアーナ姫、こちらの方が可愛いと思うが」

「まぁ、そういう理由でしたら……」

 

納得した様子で引き退る。その後に無言でいるとリリアーナ姫が口を開いた。

 

「……14歳です」

 

嫌いな数字だ。

 

「……まぁ、確約は出来ないが全力を尽くそう」

「ふふ。期待してますね」

「希望を持つだけ、裏切られた時のショックはでかいぞ」

「雫や南雲様は言ってましたよ?あなたが本気になれば不可能は無いと」

 

思わぬ過大評価に俺は呆れたため息を吐く。確かにやる気になればそれなりのことが出来ないわけでは無いが、人のやる気次第という不確定要素が存在する。

 

「もし、この呪いが解けるのなら……私はあなたのどんな望みだって叶えてみせます」

 

約束という言葉を信じない身としては、リリアーナ姫のやる気を出させる言葉ですらも嘘に聞こえてしまう。

 

「その言葉には期待しないでおこう」

「用心深いですね」

 

叶えて欲しい望みの一つも思い浮かばず、そう答えてから部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

それからの日々は殆どを座学に注ぎ込んだ。武術訓練は優花や雫と一緒に受けるものの、早朝は毎日のように雫と剣を打ち合わせているせいかクラスメイト達に遅れを取ることはない。座学や魔法学においても吸収力が高く周りよりは習熟速度が段違いに早かった。魔法だけなら魔法陣と魔法名の詠唱だけで魔法が発動できるレベルである。

 

「さて、どうしたものか……」

 

錬金工房の中央に椅子を置き、体を預ける。錬金釜の前で伝説の錬金術師が遺した研究資料を片手に唸る。

錬金技術においてはそこそこ腕を上げている。回復薬ならレシピを見なくても作れる上、改良案も出るレベルにはなった。それは探り探りなのでまだ出来損ないだが。

どう足掻いても知識が足りない。技術もない。継承されたのもメモのようなレシピだけで……他にはこの王宮にあったという『伝説の錬金術師の遺産』と呼ばれる錬金釜だけ。

 

–––そう。目の前にある“錬金釜”だ。形は丸い壺のようなもので色はアズライトのような深い青。大きさは大人が二人入っても余裕があるサイズだ。

 

「……説明書の一つもないのか」

 

王宮にある宝物庫から使徒達にはアーティファクトと呼ばれる古代の武器が支給されている。しかし、効果も曖昧にしか記されていない物が多く漠然とした使い方しかわからない。錬金釜もその一つであった。

錬金釜をひっくり返し調べてみる。隅々まで見回してみてふと気づいた。

 

「なんだこの魔法陣?」

 

錬金釜の奥底に『錬金』の魔法陣と似た魔法陣が設置されていた。確か錬金術師の遺産である書物に似たような魔法陣があったはずだ。確か『形状記憶錬金』だったような気がする。

形状記憶錬金とは–––その時の形状を保存することで錬金する際にその形を再現するというものだ。どんな破損すらも修復し元の形に戻すと記されている。

 

「試してみるか。形状記憶錬金–––」

 

錬金釜の魔法陣を起動しようとした瞬間、ズキリと頭痛がした。

続いて、膨大な量のデータが脳に侵入する。

『伝説の錬金術師の遺産』の使用法。

その全てが脳内を埋め尽くし、溶けるように消えていく。

痛みが引いた時、俺は遺産の全てを理解した。

 

「真理の腕輪」

 

錬金釜の魔法陣が起動し、錬金釜が光を放ち形状が変化する。錬金釜があった場所にはアズライトの腕輪が浮いていた。それを手に取り腕に装着する。すると腕輪に文字が浮かび上がる。

 

–––前マスターの生命反応が途絶えたことにより権限が放棄されています。新たなマスターとして登録しますか?

 

錬金術用に持っていたナイフで腕に傷をつける。傷口から赤い線が浮き出て、流れ出た血が腕輪に触れると吸い込まれていく。そうすれば腕輪が青白く発光した。

 

–––承認。榊原圭一を新たなマスターとします。

 

青白い稲妻のような光は収束し腕輪に消えた。

折角なので、全ての記憶された形態を試してみる。

 

【真理の腕輪アワリティア】

【魔女釜ウィッチクラフト】

【断罪斧トリニティ】

【月穿弓アルテミス】

【龍槍レヴィアタン】

【歪鏡ブルーリフレクション】

【自動人形ノア】

 

全部で七つ。脳内に強制インストールされたデータに不備があったが、使い方がわからないよりはマシだと思う事にして目を瞑っておく。

 

待機形態が真理の腕輪と呼ばれるものであり、異空間に道具をしまっておける便利な能力を有している。試しに開けば必要な素材はなかったものの女性の下着や服や手記が出て来た。おそらくは前の所有者の物だろう。状態保存の魔法でもあるのか妙に綺麗で最近まで使っていたとか言われても信じられるレベルだ。何か重要なものがあるかもしれないので処分は考えないようにして元に戻した。

次に武装形態が四つ。斧、弓、槍、盾だ。

そして最後に動きもしない人形と錬金術師の商売道具の錬金釜。これについては説明が不要だろう。ただ、人形の方は髪も瞳もアズライトのようで、老若男女問わず振り返るような美しい造形である。肌も人間のようで髪もサラサラとしていれば眠っている少女にしか見えない完成度に思わず見惚れてしまった。

 

「武装と便利道具だけでも大収穫だな」

 

少なくともこれで旅は荷物に悩まされることがなくなりそうだ。

 


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