錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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帝国の使者

 

 

 

錬金工房には様々な人が訪問する。訓練の合間に雫と優花に白崎とハジメが。姫様も時折訊ねてきては雑談を交えて帰っていく。そんな日々が既に半月は続いただろうか。

 

今日もリリアーナ姫は暇潰しに錬金工房に訪れた。片手間にできることとはいえ、神経質な人にとっては集中力を欠く原因ともなるので早々に退散して欲しいところだが、あまり無碍に扱えないのが痛いところだ。

 

彼女が今日持って来た話題は政治的なものだった。

 

「近々、帝国の方から使者が来るそうです」

「そうか。勇者も人気者だな」

 

他国から訪ねてくるなど、勇者はそれほど期待されているのだろう。

 

「それもありますが今回は伝説の錬金術師まで現れましたからね」

「俺は何もしていないがな」

「何を言ってるんですか。あなたが作る薬はどれも効果は絶大。特に古の秘薬と呼ばれる薬は値段がつけられないほど高価なものになっているんですよ。大抵の傷や病は治してしまいますし」

 

イマイチ実感が沸かない。確かに薬の製造はしているがそれも手探りでやっているにすぎない。効果については口頭で報告を受けているだけで実際にこの目で確認したのはサンプルとして気になるものを渡したもののみ。

帝国は弱肉強食主義だと聞いており、王国とは違った無法者の集団のイメージがあり勇者以外に用があるとは思えないのだが、姫様が言うと妙な説得力が生まれる。

 

「……まぁ、俺には関係のない話だがな」

「もちろん正式な訪問ですので榊原様にも出席頂きます」

 

退路を断つリリアーナ姫の宣言に対し、俺は苦虫を噛み潰したような表情で睨み返す。

 

「……断る。無駄なことに時間を費やす気はない」

 

この世界最強に最も近い国に興味はあるが、結局は自分の身を守るのは自分のみ。そう考えると他者の武力などどうでもよい。

 

「困りましたね。本当にもう」

 

まったく困っていない顔で言う姫に怪訝な顔を返してしまったのはいつものことだ。

 

 

 

 

 

一週間後、その日はやって来た。クラスメイト達全員が訓練を中断し謁見の間に集まる。聖教教会教皇と国王陛下、騎士団長ともう見慣れた面子が揃っていた。リリアーナ姫も同席しており今は中央にて遣わされた帝国の旅団を興味津々に眺め回している。それは異世界召喚されたクラスメイト達も同様である。

 

労いの言葉をかける国王陛下に形式的な返礼をする帝国の大使。その姿を見ていれば、フードを被った何者かと目が合ったような気がした。帝国の遣いは五名ほど、長いローブを着てフードで顔を隠しているためシルエットで男女の判別すらできないが変なやつではなさそうなので放っておいてもいいだろう。

 

問題は俺が此処にいることだ。ばっくれようとしたら雫と優花の二人に朝から脇を固められ、逃げる間も無く連行されてしまった。逃亡の際にも保険をかけておいたらしく、一瞬離れて俺の姿を見失えば十分もしないうちにハジメ含めた案で捕縛されるに至る。本気で逃げる労力を考えて諦めてここに至る。

 

「それで勇者様はどなたですか?」

 

早速、勇者の顔を確認しようと大使の一人であるあのローブが女性らしい可愛いソプラノの声を響かせた。美しい声に僅かな緊張が絆される中、俺は警戒心を解けない。

 

勇者が前に出る中、次が指名される。

 

「では、錬金術師様はどなたでしょう?」

 

リリアーナ姫に目で合図をされてため息混じりに手を挙げた。ニコッと姫様が微笑む。前に出ろ、そういうことだろう。

召喚者の列から前へ進み、フードの人間と対峙した。胡散臭いフードの下からは口元しか見えず、顔を知ることはできない。

 

「その者、フードを外せ」

 

国王からの厳命にフードの女性?はたじろいだ。そこに天之河からもお声がかかる。

 

「フードを外してくれないか?」

「それは、できません」

 

フードの女性?はそう答えた。

思わず、天之河の眉根も八の字になる。

 

「暗殺者か何かなんだろう。そう珍しいことでもない」

「いや、それは流石にないだろう?」

 

暗殺者は闇に潜む。暗殺の依頼もあるならば恨みの一つでも買うだろう。表で歩いていたら殺されてしまうなど、そう珍しくもないと話では聞いている。

他にも理由は考えられるが、纏っている雰囲気、帝国の遣いという要素から普通ではないと考える。わざと気配を消しているように感じるのもあって暗殺者の技能が必要だと判断した。

他の帝国の使者は何れも強者揃いなのに対して、彼女の気配は妙に薄いのだ。

 

「御配慮感謝します。錬金術師様、名を訊いてもよろしいでしょうか?」

「榊原圭一だ」

「そう、圭一様、ですか……」

 

フードの下で口元が緩み僅かに吊り上がった気がする。

 

「さて、それでは本題に移りましょう。私ども帝国は勇者を人類の希望だとお聞きしましたがまだ青い様子。そんな未知数の輩に背を預けて戦うなど到底出来ることではありません。ですので、こちらの使者と少々お手合わせ願えないでしょうか?」

 

するといきなり提案をして来たフードの女性?は大袈裟に手を広げて演じてみせる、まるで芝居掛かった仕草に俺もまた道理だと同意を心の中で示した。

 

「なるほど。そちらの要求は理解した」

 

国王陛下も言わんとしていることはわかるのだろう。

当の本人、勇者に向かって一言。

 

「勇者殿、お手合わせ願えるか?」

「わかりました。それで納得すると言うのなら」

 

こうして模擬戦が決定したわけである。

 

 

 

模擬戦はすぐに行われた。大広間の真ん中を開けてそこに帝国の使者と勇者が対峙する。帝国の使者からは熊のような男が選ばれその様子を他の帝国の使者が見守る形だ。値踏みするような視線に帝国の意図も言葉通りなのだろう。とは思ったが、果たして勇者が帝国のお眼鏡に叶うかは別の話である。

 

「では、行きます」

 

先制を仕掛けたのは天之河。最近、教官の一人に勝ったからか自信がつき始めていて調子に乗っているのか寸止めしようという意思が透けて見える。それは帝国の使者の男も同じだったようであっさりと剣を絡めて勇者の体制を崩した。

 

「なんだその程度か?戦場でも寸止めするのか?」

「……次は本気で行きます」

 

相手を格下だと侮っている天之河は既に勇者として天狗になってしまっているのか、その気持ちを取り払うと共に何故か俺を見た。俺は背後を確認して雫がいたことを確認する。

 

その後、仕切り直して構えた勇者だったが軽く帝国の使者にあしらわれて敗北。完全に舐めプをしていたのだから当然だが、少し勇者の出来が悪すぎやしないかと思う。使者に覚悟を説かれ、馬鹿にされて煽られて、終いには奥の手『限界突破』を使用しステータスを三倍にしたのだがそれでも届かず。

それは帝国も感じたようで敗北した勇者を前に容赦無しに疑問の声を上げる。

 

「こいつが最も強い者か?」

「……いや、他にいるそうだ」

「ならば、その者と手合わせ願いたい」

 

メインイベントそっちのけで新たなイベントが発生する。呼ばれてるぞ雫、と背後に視線を向ければ何やら国王と姫様が目配せして可憐な声が誰かの名を呼ぶ。

 

「榊原様」

 

さて、このクラスに榊原という名の人間が二人いただろうか。……絶対、後であいつ泣かしてやる。

見れば帝国の者も俺を見ているし逃げ場がないことを察する。哀れんだ視線がいくつか寄せられたが、それは表面上であって本気でそうは思ってないのだろう。

どうにでもなれと言わんばかりに前に出た。無論、拒否権があるなら行使する。

 

「俺は非戦闘職なんだが……」

「騎士団長に連戦連勝しているという話だが」

 

誰が国王にリークしたのか、姫様に視線を向けるとそっぽを向かれた。……あいつ絶対後で泣かす。

 

「運が良かったんですよ」

「運も実力のうち。ならば不足はなし」

 

……帝国の使者がやる気になった。何故だ。

 

 

 

さっさと終わらせよう。そう決めて俺は帝国の使者と対峙する。剣は両手剣を片手で持っているようだ。その時点でもうやる気はない。

 

「さっきの勇者みたいな無様は見せるなよ!」

 

あれは戦闘狂の類なのか楽しそうに笑っている。

俺も構えるべく、腕輪を形状記憶錬金にて武装する。

 

「断罪斧トリニティ」

 

腕輪が輝き変化する。身の丈を超える戦斧と化したそれを肩に担ぐ。アズライトブルーの鈍い光を放ち、それは存在感を放っていた。

 

「そちらから来るが良い!」

「じゃあ、遠慮なく–––」

 

詠唱を開始する。魔法名のみの詠唱はできるがそれは奥の手。足りない実戦経験を小細工で埋めるのは道理だ。

俺が詠唱を開始したのを確認して、咄嗟に相手も前へ出た。バスターブレードのような大剣を横薙ぎに振るい襲いかかる姿を視認すると俺もまた戦斧を打ち合わせることで相殺した。

詠唱は続いている。そして、完了した瞬間に肉薄し左手を相手の胸に当てる。

 

「水弾–––ウォーターボール」

 

炸裂。水が飛び散り使者を吹き飛ばす。詠唱を中断させようとして接近したのが仇となったか相手は転がるように床を跳ね回り、しかしそのまま倒れることもなく受け身を取って立ち上がった。しぶとさはゴキブリ並みである。水の初級魔法といえど、かなりの衝撃で木ならへし折れるのだが男は無傷、荒く息をしているところを見るにダメージだけならあるのかもしれない。

 

「まったくひやひやしたぞ。接近戦で来るかと思ったら魔法の詠唱を始めやがる。かと言って飛び込めば戦斧で返り討ちだ。なるほど、勇者の戦い方とは違ってより実戦らしい。気に入ったぞ」

「はぁ、男に気に入られても困るのだがな」

 

使者は今度は完全な間合いからこちらの様子を窺っていた。一つ踏み込めば斬り裂ける、そう言わんばかりに殺気が放たれている。先程も勇者に対して殺すような一撃を放っていた。油断すれば命を落とすだろう。

 

「ハァ!」

 

一歩踏み込み殺意の篭った一振りが目前に迫る。斬撃を紙一重で回避し踊るように戦斧を廻す。遠心力を利用し流れるような斬撃を放ち、今度はこちらから攻勢に出た。手元でクルクルと戦斧を廻すことで初動の硬直時間を減らし、タイミングを計ることで相手に隙を与えない。こちらの隙を見せず一方的に攻撃する。

しかし、相手も何度か撃ち合うと次第に慣れたようで攻撃を挟んできた。突発的な攻撃にも戦斧を振り回すことで牽制と迎撃、回避し腕力で相手を押し込む。

勢いの乗った戦斧を前に小細工の一つも通用しない。何度か受け流しているが圧倒的な威力を前に受け流すので精一杯なのだろう、ギリッという歯噛みした音が小さく鳴った。

 

「まったく魔法を撃つ隙もねぇ!」

「さっさと終わらせたい。行くぞ」

 

接近戦と同時に魔法の詠唱が始まる。さっき撃った水弾の魔法、その詠唱を訊いて詠唱を途切れさせるべく使者は剣を振る速度を更に上げる。実際、魔法の詠唱を止めるには気を逸らすか物理的に口を止めさせるしかない。妨害というやつだが、その程度のことで詠唱を止めるほど柔ではない。

 

「チッ。次をやり過ごして……」

 

詠唱が完了する瞬間、使者は距離を空けた。それこそ大誤算だ。確かに詠唱したのは水弾の魔法だが、これは得意のハッタリに過ぎない。かつてメルド団長も騙して未だ連勝中なのだから得意といえば得意だが。

 

「凍結せよ–––凍柩」

 

錬金魔法、と呼ばれるが魔力を補うためにそこにある物質を再構成するので魔法の発動速度は従来の速度を遥かに上回る。因みに利用したのは最初に使った水弾の魔法で発生した大量の水だ。

足元から凍りつき身動きが取れなくなった使者に王手とばかりに手を当てて一言。

 

「錬金」

 

バチリ、と稲妻が奔り使者の服の物質を分解・再構築。

俺は戦斧を腕輪に戻してその場で欠伸を一つ。

 

「終わりだ」

「くそっ、動けん!」

 

そりゃそうだ。服を拘束具に変えたのだから。身動ぎ一つできない上に硬質化させており、並大抵のことでは破れない。勝利宣言に対して使者は敗北を宣言する。

 

「あぁもうわかった俺の負けだ!」

 

そこで漸く魔法を解除し服も元どおりにしてやると、今度はお礼とばかりに鉄拳が飛んで来てそれを躱す。

 

「はは!今のを躱すか油断も隙もあったもんじゃねぇな!」

「こっちはいい迷惑だ……」

 

ガッシリと手を掴んでブンブンと振り回す使者。そこで教皇が傍観をやめて使者に向けて一言、困ったような呆れたような含みのある声で苦言を放つ。

 

「そこまででよろしいですかな?皇帝陛下」

「チッ。食えねぇ爺さんだな」

 

使者の男が右耳にあったイヤリングを外した時、その姿はふっと消えて別の人間が姿を現わす。

短く切り揃えた銀髪に碧眼の獰猛な野性味溢れる男が一人、俺の前に立っていた。

 


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