錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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奴隷紋

 

 

ヘルシャー帝国からの使者。もとい皇帝陛下を歓迎し宴が催された。生徒達の食事も流れのままに宴で摂ることになり、やむを得なく宴に参加する運びとなった。だが関係ないとばかりに食事を済ませて錬金工房に帰ろうとすれば皇帝陛下に絡まれる始末、一体俺が何をしたのか小一時間ほど雑談に付き合わされてしまった。

「帝国に来ないか」「お前に望むものをやろう」「女も富も名誉も思いのままだ」などと謳い勧誘されたが、女も富も名誉も欲したことはない。丁重にお断りした。

正直、この世界で金に困ることはないし、名誉など勇者に比べれば雀の涙だろう。女も訳の分からない奴をあてがわれても信用ならないし何を考えているか分からない奴を相手にするだけで気が滅入る。そのような甘言を囁くなら相手が悪かったとしか言いようがない。

 

皇帝陛下に構われてる最中、何故か人目を集めたのが気に入らない。

……理由はわかっている。いるのだが、だからといって改善ができるわけでもない。あちらから寄ってくる虫をどう拒めばいいのか。俺は理由がわからない振りをして目を逸らす。

帝国の連中の興味はそれぞれのようで護衛を形としてはこなしているものの、目移りすることも何度かあるが、外套に身を包んだあの使者唯一の女はジッとこちらから視線を外すことはなかった。

 

「……何か?」

「いえ、素敵な人だな、と思い見つめてしまいました。ご迷惑でしたか?」

 

俺を持ち上げるような言葉を吐くやつほど胡散臭い。

それ以上は関わらないように徹した。

 

 

 

宴も終盤、そろそろお開きにしようとぞろぞろと召喚者達が大広間を出て行く。その流れに沿って俺もまた自室に戻るべく踵を返すと何気なく戻って来ていた優花を連れ立って歩いた。

 

「おやすみ、圭。また明日」

「……あぁ」

 

優花はたまに俺の部屋に来ては朝まで居座る。今日はその気はないようでほっとしたような残念なような複雑な感情が心の奥底から顔を出して不快感が胸に募る。

おやすみ、は言えない。なんだかそのやり取りが気恥ずかしくて、そういったやり取りというのがどうも苦手で、だけど優花は俺のこの反応を見て嬉しそうに笑うものだから、わけがわからない。

 

部屋まで優花を送った後、俺は自室へ戻る道に踵を返す。と言っても彼女の部屋は隣だ。任意で部屋を決めているので男女で分けるといったことはせず、好きな相手の隣に陣取る事が出来るシステムとなっており、勇者様の隣を巡って女達の過酷な争いが繰り広げられたが俺には関係のない話なので割愛しよう。

 

 

自室の扉に手を掛けた時、

 

(誰かいる……?)

 

扉の向こうに人の気配を感じた。部屋割りは二人一組、もしくは一人となっており、俺は一人部屋だ。そうなると部屋の中に人の気配がある事自体がおかしい。

こんな夜更けに誰が……。と、思いながら扉を開ける。

 

「お待ちしておりました。圭一様」

 

亜麻色の髪の綺麗な女性が一人、ベッドに腰を掛けていた。

 

「……その声、フードを被っていた帝国の使者か」

 

目の前にいる女性は黒いドレスを纏っていた。腰まで亜麻色の髪を伸ばし、瞳は燃えるように紅く血のような色、ドレスを押し上げる双丘は並ほどで、ドレスから伸びた細い肢体が色白く滑らかな曲線を描いている。指先まで嫋やかで少しでも触れてしまえば折れそうな印象がある。華奢な体は男を魅了するものだった。

前開きのドレスで魅せている谷間は男の視線を奪うもので、その膨らみを見ただけで大半の男性は魅了される事だろう。

一瞬、視線を奪われはしたものの至って冷静になる。

 

「何か用があるなら手短に頼む。眠いんだ」

「つれないですねぇ。これでも私、容姿には自信があるんですよ」

「確かに綺麗だと思うがそれだけだ」

 

そう言ってわざと胸を強調して魅せる女に俺は呆れた溜息を吐く。すると色仕掛けが効かないことを悟ったのか、彼女はきょとんと瞬きをしてから本題に移った。

 

「帝国に来ていただけませんか?」

「皇帝にも言ったが断る」

 

勧誘が無理ならば、色仕掛けできたか。

それは当たらずとも遠からず。

 

「それを望んでいるのは皇帝陛下ではありません」

「だとしてもだ」

「望むものを幾らでも支払うとのことです。たとえ女でもお金でも望む全てを」

「俺に何をさせたいんだ?」

「我が主は錬金術師が作る薬に興味をお持ちです。不老不死の薬とか」

「残念だが他を当たれ。作れない」

 

伝説でしかない薬を作れという要求を突っぱね、俺は壁に背を預ける。

 

「今のは具体的な例を挙げただけです。本当に作れるとは思ってもいませんよ」

「そちらの望みは文字通り錬金術師の作る薬か」

 

一体どれだけの価値があるかは知らないが、その飼い主とやらが目をつけるような何かがあるのだろう。期待外れもいいとこだが。

 

「私よりもより良い女が手に入るのですよ。興味はありませんか?」

 

わざとらしくスカートの裾を上げて太腿をチラつかせたり、胸を腕で抱えるように持ち上げたり、精一杯誘惑しているのだろうが頰は赤く慣れていないことが透けて見えた。それも策略かもしれないが。

 

「だが断る」

「……そうですか。なら、仕方ないですね」

 

彼女はベッドから腰を浮かして立ち上がるとこちらへ歩いてくる。そして距離がゼロになった時、気づけば喉元に一本のナイフが突きつけられていた。背中から抱きつかれるような体勢で首筋に刃を突き立てられているため、背中には彼女の柔らかい果実が当たる。

 

「もう一度訊きます。私と一緒に来てくださいませんか?」

「従わぬなら殺せと。そういう命令か?」

 

彼女は答えなかった。沈黙が答えと言わんばかりだ。

だが、何故か。彼女からは殺したくない、という意思が見える。

わざわざこうして再度脅してでも従わせようとする。

それが勘違いなのなら、俺には人を見る目がないということだが。

 

「魅力的な提案だが断る。知りもしない女をあてがわれても迷惑だからな」

「残念です。……本当に」

「それより胸が当たってるぞ」

「最後ですから、いい思い出として受け取ってください」

 

その刹那、僅かな躊躇のあとにナイフを握る手に力を込め–––皮膚を少し切ったところで彼女は違和感に気づいた。いや、気づかざるを得なかった。

突き立てた刃が通らずどれだけ力を込めてもビクともしないのだ。彼女の細腕でも首ならば切れる、そのはずがまるでナイフが刺さるのを拒むかのように刃は刺さらない。

 

「何が……!これは、まさかっ!?」

 

彼女がナイフを突き立てたのは首であって首ではない。首に展開された物理障壁だったのだ。

 

「それも無詠唱だなんて!」

「悪いがお前の負けだ」

 

咄嗟に有利な状況を放棄して距離を取った女は全ての失敗を悟ったのか窓から外に逃げようとする。しかし、逃走という行為も目の前に現れた障壁に阻まれてしまった。

 

「まさか防御魔法を檻にするなんて……」

「防御魔法だからな。そう簡単には壊せない」

 

壊せないなら、逃げることも不可能だ。正直、捕まえる道理もないのだが、奇妙な事に俺はこいつを知りたいと思っているようだ。

 

「諦めろ、って言ったらどうする?」

「ふふ、抵抗するに決まってるでしょう?」

 

瞬きをした一瞬の隙に刃が迫っていた。躱すのではなく、距離を詰め腕を掴むことで静止させる。腕を捻ると同時に武装解除させて女をベッドに押し倒す。

 

「きゃっ」

「錬金」

「何を錬金して……え?いやぁぁぁ!?」

 

錬金術を使用して簡易的な拘束具を作った。女の手と足をベッドの脚に黒い布地で結び付ける。うつ伏せのまま身体を開いた状態で手足を拘束され身体の自由を奪われた女はすぐに気づく。錬金術に使用したのは彼女のドレスだった。ただでさえ薄い布地が手足を縛る道具に変化したことで胸や下腹部も露出して半裸のような状態になってしまう。

あられもない姿になってしまった女は羞恥に満ちた悲鳴を上げ、精一杯隠そうとするが生憎と手足がベッドの脚に拘束されており身動きも取れず実った果実がぷるんと揺れるだけ。

 

「こ、こんな辱めを与えて何が目的ですか!私はどんな酷いことをされても依頼主の情報は吐きませんよ。たとえ拷問されようと犯されようと吐けません!」

「喚くな。もう既に防音の結界が張ってある」

「何処まで卑劣な……!」

「むしろ騒いで人が来たら困るのはお前の方だろう」

「たとえ暗殺者だとしても相応の対応というものがあるはずです。あなたはそれでも神の使徒ですか!?」

「神の使徒なんて勝手に呼んでるだけだろ」

 

俺はただの高校生だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「……辱めるならいっそ殺してください」

「散々誘惑するような素振りを見せておいてそれか。女は何を考えているかわからんな」

「わ、私は暗殺専門ですから。油断させるのに用いるんです!」

「武器もいくつ隠し持っているんだか」

 

ドレスの下には太腿に両足合わせて二本隠されており、それも武装解除させ隅々まで調べたが他にも針などの凶器が見つかる。その数は二桁に届くだろうか。

 

「さて、お前をどうするかだが……」

 

王国に預ける。拷問する。陵辱する。ざっと挙げただけで三つの選択肢が浮かぶ。クライアントの情報を聞き出すのが先決だが方法は今挙げた通り。

 

「好き勝手に弄ばれるくらいなら、舌を噛み切ってでも死にますよ」

「じゃあ、回復魔法で治す」

「そんな拷問の方法があるだなんて!」

 

結果、無意味に自傷した事実が残るだけだ。彼女には選択肢はあってないようなものだろう。

 

「や、寄らないでください!」

「噛むなよ」

「うぐっ、…うぅ…やぁ…」

 

舌を噛み切ることの非合理性に説かれて今出来る自殺方法はなくなった。あとはもう一つ、可能性を潰しておくことにする。無理矢理口内に指を捻じ込み舌の裏、歯茎、歯の間、頰を調べる。すると案の定カプセル状の薬物が一つ出て来た。

 

「げほっ、こほっ…うぅ。いきなり女性の口内に指を突っ込むなんて正気の沙汰じゃない」

「だがこれで手札は一つ潰えたな」

 

手にある薬物を見せると女は顔面を蒼白にさせた。唯一の希望だったのだろう。自害する頼みの綱が切れて、今度こそ彼女には逃げ道の一つもなくなってしまったのだ。

 

「これでやっとゆっくり話ができる」

「……それは脅しですか?」

「そう身構えるな。クライアントを裏切って俺に従え」

「自分を殺そうとした相手に随分と良い待遇ですね」

 

凄く真面目な話だったのだが、女はすぐには首を縦に振らない。

俺は女の背中にある赤い紋章に目を移す。

 

「もちろんお前が頷けない理由もわかっている。お前は技能で束縛された奴隷だ。違うか?」

「……」

 

『奴隷紋』と呼ばれる紋章が女の背中には刻まれている。それは血紋契約によって結ばれる絶対的奴隷契約であり、それを刻まれた者は主人の命令に服従しなければならない。もし破るようなことがあれば全身を焼くような痛みが発生する。場合によっては死に至る。故に簡易的に絶対的信頼を置ける暗殺者を育成できることから、暗殺者には奴隷紋が刻まれている。彼女もその一人だ。

 

「俺もその技能を持っている」

「なら、わかるでしょう。私は主を裏切れません」

 

奴隷紋を解除するには刻んだ者の認証が必要だ。奴隷を譲渡する際には血紋契約の技能を持つ二人の血が必要となる。どちらも彼女を奴隷にした者の協力が必要になる。故に彼女は裏切れない。どんな事情があろうと、彼女の意思を無視して、彼女は奴隷であり続ける。

 

「そんなもの誰が決めた?」

「そんなのできるわけが……」

「書き換えるんだ。お前の肌を穢すことになるが赦せ」

「は、肌を穢すって何を–––」

 

一本の小瓶を腕輪の収納空間から取り出す。次に銀のナイフを自らの掌で握り勢いよく引き抜いた。膨大な熱と痛みが掌を焼く中、俺は滴る血を女の背中に落とし、小瓶の中身をぶちまけた。次第に赤と半透明の液体に濡れていく彼女を見やりながら、痛みを噛み締め問い掛けた。

 

「女、名は?」

「シャルロット、です」

 

女暗殺者シャルロットの背中に指を押し付ける。奴隷紋の魔法陣を弄り改竄していく。僅か十分ほど彼女の背中に情報を書き連ねた後にガラスの割れるような音が響き、奴隷紋が上書きされた。

 

「嘘、でしょう。奴隷紋を書き換えるなんて出来るはずが」

「悪いが俺も信用してないんでな。暫くは俺の奴隷でいてもらう」

「何かの冗談でしょう?」

「なら試してみるか。命ずる。お前の元主の名を答えよ」

「それは–––」

 

シャルロットは一人の男の名を答えた。元主の名前を口に出せたことに彼女は驚き、呆然とする。

 

「今日からお前は俺の奴隷だ」

 

そう告げられたシャルロットは真っ赤な顔で俯いてしまった。

 

 


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