錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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不器用な男

 

 

 

天之河光輝は一年生にして校内、学外においても有名だ。成績優秀、眉目秀麗、運動神経抜群、更には内面においても正義感溢れる善良なる者とされており人気は高い。学外までその名が轟くほどだ。所謂、幼馴染でさえも校内では既に名が知れている。

スポーツマンタイプの坂上龍太郎や、美少女剣士と名高い八重樫雫、まだ一年ながらその人の良さで先輩方に信頼を寄せられる白崎香織、計3名が彼の幼馴染だ。

 

彼等は既に学内での地位を確立しつつある。同級生の間でも四人は一目置かれ、カーストではトップだと言っていいだろう。まさに中心とも言える者達なのだ。

 

比べて、俺は教室の隅で携帯ゲームに興じ、読書に没頭し、他者に関わるのを避ける。広まっている自分の悪評もあり、いじめの一つもないのが幸いか。しかし、最近、その悪評ですらも効力が失われている。おとなしすぎる性格故か、くだらないプライドの高い奴らが俺のことを快く思っていないのだ。

 

今日もいつものように読書に没頭していると、俺に声を掛けてくる女子生徒がいた。

 

「榊原君、何を読んでるの?」

「ラノベ」

 

カバーも掛けない剥き出しの状態で美少女の絵が描かれている本を見せる。だが、中身は活字の山だ。これのせいか根暗オタクというレッテルが貼られていた。

 

「それ、面白いの?」

「俺が読んだラノベの中では素晴らしい作品だと思うが」

 

チラリ、と視線を向けると目の前にいたのは白崎香織だった。覗き込んだ文章の一節を読んでいる。

 

「へー、ライトノベルってこんな普通の青春って感じなのもあるんだね」

「異世界とかファンタジーってだけがライトノベルじゃないからな。漫画もアニメもライトノベルも、全て等しく人が生み出したものだ。作品それぞれに良さがある」

「確かにそう考えると漫画って凄いよね」

「好みは人それぞれだ。だが、漫画だからと偏見を持つ奴には一生わからんだろうな」

 

と、言っても他の奴らがオタクキモいとかバカにしてきてもどうでもいいが。取り敢えず、作品を世に生み出している人達に土下座しろと言いたい。

 

「榊原君、おはよう。また新しいのを読んでるの?」

 

そこにもう一人、女子生徒がやってくる。

白崎香織の親友、八重樫雫だ。

 

「……あぁ、まぁな」

 

正直、この二人は苦手だった。孤立した俺に対して二人は必要以上に関わろうとする。園部優花もまた、あの一件以来、小学校の時と同様絡んでくるので居心地が悪い。最近はお手製のお弁当を作ってくる始末だ、だいぶ酷い事をした自覚はあるのに。

 

「榊原、また学校でそんなものを読んでいるのか?」

 

しかし、三人はまだいいのだ。良くないのは白崎と八重樫二人に付属しているおまけだ。こいつが絡んでくるから俺は二人が苦手なのだ。

 

「そんなもの、か。なら、本の類自体を禁止にしてはどうだ?天之河」

「それとこれとは違うだろう」

 

俺にとってはどれも等しく作品だ。言葉の端々に天之河の言葉にはオタクをバカにしている節がある。

 

「それとあまり二人に変な事を教えるな」

「変な事は教えてねぇよ」

「二人はお前のようなやつでも、心配してやってるんだ。そろそろ二人の厚意に甘えてないで自分でどうにかしたらどうだ」

「俺は別に構ってくれなんて頼んでねぇよ」

 

美少女二人に話しかけられる役得も、天之河がいると損した気分になる。そういうことを加味すれば完全にマイナスだ。

 

「人の厚意を無碍にするものではないぞ。榊原」

「ありがた迷惑って言葉知ってるか?」

 

別にありがたくはないが。天之河の表情は不機嫌なものだ。

 

「なんだ不満か?」

「……正直、お前からは良い噂を訊かない」

「噂ねぇ。心当たりが多過ぎてどれかわかんねぇわ」

「……中学時代、四人の男子生徒を病院送りにしたとか」

「……なんだ、その話か」

「お前を見ていると不思議になる。お前、本当にそんなことをしたのか?」

「事実だよ。なんなら、そこにいるハジメに聞いてみるか?それともあいつらがどんな顔して俺に赦しを乞うたか訊きたいか?」

 

中学時代からの友人に視線を向けると、本人は面倒そうに溜息を吐いた。

 

「……同じクラスだったからね、よく知ってる」

 

それだけ言うと昼寝へと移った。机に腕で枕を作る。そこに頭を乗せて我関せずを通す。

 

「雫も、香織も、もうこいつとは関わらない方がいい」

 

天之河の主張に八重樫と白崎は困ったような顔をした。何が困るのか。俺としてはもう天之河とは関わりたくないのだが。

 

「そうかなぁ。私は榊原君は優しいと思うけど」

「同感ね。噂の人間とは思えないほど普段はおとなしいもの」

 

人は噂に弱い。噂で他人を判断し敬遠する。自分では知ろうともせず、ただ周りがそう言うからと多数の意見に流される。しかし、二人は幼馴染の主張すらも切った。……俺としては、面白くない結果だった。それは天之河も同様らしい。

 

「だけど、こいつは……」

「もし噂が本当だとしても、光輝が思っているほど彼は悪い人間には見えないわよ」

「だけどこいつは反省してる素ぶりすらないじゃないか!」

 

そう。全てにおいて真実だ。『中学時代、四人の男子生徒を病院送りにした』という噂も。その事に関して、俺は否定するつもりはない。反省するつもりも。

 

「そうね。でも、悪い人には見えないの」

 

八重樫の主張に天之河は不機嫌になる。そこに追い討ちをかけるように八重樫は言った。

 

「光輝こそどうしたのよ。そんなに彼に突っかかって」

「……不真面目にヘラヘラしているその態度が気に入らないんだ。学校ではゲームを持ち込み、堂々と不適切な本を読んでいる。それに喧嘩もしているそうじゃないか」

「喧嘩は不可抗力だ」

 

–––したくてしてるわけじゃない。

 

「なら、話し合いで解決すればいいだろう」

「それができてりゃ苦労はしねぇよ」

 

普段、隅っこでボッチのようにゲームやラノベを嗜んでいるせいか、インドアオタクのレッテルを貼られていいカモと思った連中にふっかけられたことがある。もちろん、丁重に武力には武力を持って制裁したが。

オタクはひ弱だという印象があるが、俺をカテゴリに入れるなら武闘派オタクのカテゴリに入れるべきだったのだ。だから、虐めたくとも虐められないのが俺だ。予想外の反撃にあったあいつらは土下座して赦しを乞うてきたが、散々教え込んでおいたのでもう変なことは考えないだろう。

 

「とにかく、雫や香織と関わるな」

 

そうは言われても、俺から話しかけてるわけじゃない。

 

「ふん。まぁ、いいだろう」

 

 

 

 

 

天之河の言う事を聞く義理はない。だが、白崎や八重樫が話しかけてくるたびに俺に被害がある。天之河は何が気に食わないのか事あるごとに難癖をつけてくる。言ってくるのは毎回同じ「二人に関わるな」という内容。あまりに訊き慣れたせいで、辟易としていた。しかし天之河が頼んだんだ。手段を選ばなくても、文句の一つは言えまい。

 

ある放課後、俺は自ら白崎と八重樫を呼び出した。場所は校舎裏。武道場、教室棟に近い校舎の裏だった。

 

「……それで、話って何かな?」

「そうね。できれば手短に頼みたいんだけど」

 

部活もあるし、とは八重樫の談。俺も手っ取り早く済ませたいという点においては同感だ。

 

「もう俺に関わるな」

「え、え、なんで?」

「光輝が言ったから、とか言わないわよね?」

 

白崎は困惑の表情、八重樫は鋭く切り込んできた。

 

「天之河の命令を俺が素直に聞くと思うか?」

 

聞くわけがない。それもそうね、と八重樫は肩を竦めた。

 

「じゃあ、なんで……」

「俺は天之河とは関わりたくもない。だからだよ」

「でも、なんで光輝君が関係あるの?」

 

本気でわかっていない様子の白崎は眉根を寄せて疑問を口にした。逆に察している八重樫は静かだった。

 

「お前達と関われば天之河が煩い。それは俺にとって不利益だからだ」

「それこそなんで光輝君に関係あるの?」

 

白崎の純粋な疑問に八重樫は苦笑気味だった。ねぇ、雫ちゃんはわかる?と視線で問う。

 

「いいえ、光輝には関係のない話よ」

 

首を横に振って八重樫はそう言った。

正直、これで終わる話なら苦労はしてない。

 

「お前なら俺の意図を汲んでくれると思ったんだけどな」

「たとえ私が引き下がっても香織は引き下がらないわよ」

 

穏便に済ませたかったが、それならもう遠慮する必要はない。

言いたくはなかったが、口にせねばならぬだろう。

 

「迷惑なんだよ」

「……え?その、私、榊原君の気に触るような事をしちゃったかな?」

 

おろおろと白崎が取り乱す。顔色を窺う彼女に対して俺は威圧するような眼光を向けたが、白崎には不機嫌程度にしか写らなかったようだ。

 

「どういうつもりかしら、榊原君」

「八重樫もだ。その取り繕ったような笑顔はやめたらどうだ?滑稽だぞ」

 

八重樫の微笑が僅かに歪んだ。

 

「天之河に手を焼かされて辟易としているくらいなら、そんな生き方やめればいいだろう。同情でも誘ってるのか?」

 

言葉を失い反論もせず、困ったような微笑みを見せてから八重樫は目を逸らして黙り込んでしまった。

 

「鬱陶しい。迷惑。目障り。これ以外に言葉が必要か?必要なら、一生消えることのない傷の一つや二つ、覚悟しておくんだな。それが嫌ならもう関わるな」

 

一番人の殺意に敏感そうな八重樫の腕を掴み、目を合わせたところで睨み言葉のナイフを吐き捨てる。体を強張らせたのを確認すると、手を離して校舎裏を後にした。

 

 

 

部活動をやっている校庭を抜けて最寄りの門を目指す。帰宅する生徒に紛れて校門へ向かうと、そこには鞄を二つ下げた姿の南雲ハジメがいた。彼は中学時代からの友人で、今も高校で付き合いのある友と言えるだろう。それでも必要以上に会話することが少ないが。

 

「で、結局どうなったの?」

「面倒で厄介で損な役回りってのは重々承知だろう」

 

鞄を受け取りながら、俺は悪態を吐いた。

苦笑しながら、ハジメは頰を掻く。

 

「全く榊原も不器用で変な生き方してるよね」

 

ハジメ曰く、損な生き方らしい。

今更、その生き方を俺は変えることはできそうにもない。

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