錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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今回は二回に分割するので短め。


密会Ⅰ

 

 

『決闘』から数日経過した休日の事。普段は怠惰に任せ惰眠を貪り眠気が消えたら起きる、という生活サイクルを繰り返していたが今日は生憎と予定がある。

午前七時に起床し、日々の鍛錬を済ませ、シャワーを浴びて朝食を摂る。そのあと、“鍵付きの日記帳”を読み返して再び身を清める為に風呂へと入った。風呂から上がった頃には携帯電話にメールが一通届いていた。実に少ない交友関係(連絡先を知っているのは家族と四名の知人だけ)なので誰が連絡してくるかは容易に想像ができる。

使用しているのは『Rain』というSNSアプリで既読したら相手にもそれがわかるという非常に面倒なツールだ。だが、内容は気になるので渋々ながらも内容を確認した。

 

『今日、暇かしら?』

『暇なら駅前の喫茶店に来てくれるといいんだけど』

『無視しても、来なくても、ずっと待ってるから』

『あなたのことだから予定なんて一つでしょう?』

 

差出人–––というか、連絡を寄越したのは八重樫雫。クラスメイトであり、先日縁を切ることを半ば脅迫気味に言い渡した女性であった。

 

「……あいつ」

 

脅迫とはいい度胸だ。何があろうと待っているとは健気というかなんというかしつこい。だが、俺が無視をしないことをわかっているのだろう。予定を窺うようにみせてその実脅迫文だ。タチが悪い。

 

「……取り敢えず、文句の一つでも言ってやらねば気がすまん」

 

接触禁止を言い渡したのにまだ繋がりを保とうとする、俺の努力を無駄にするあいつに付き合うあたり自分にも問題はあるのだが。

 

 

 

 

 

喫茶店『フォルテ』に到着したのが午前九時。店内を見渡していると手招きするポニーテールが揺れていた。珍しい事にヘアゴムではなくシュシュで纏めているところが普段と違うところだ。俺はゆっくりと歩いて彼女の元へと向かった。そして、近づいてよくわかる。八重樫雫は黒いワンピースに身を包み、ヒールのある靴を履いて、精一杯おめかししているのだ。こんなところ天之河や坂上、果てにはクラスメイト達には見せられないだろう。普段の八重樫とはかけ離れているのだから。

 

「なぁ、おい、学校で話しかけるなって言っただろ?」

「言ってなかったけど、私は榊原君と関係を断つ気は無いわよ。あなたに何をされても。あなたが何をしようとね」

「そういうセリフは意中の異性にでもとっておくんだな」

 

悪態を吐きながら寄って来た店員に紅茶を一杯頼んだ。八重樫の対面に座り、程なくして運ばれて来た紅茶を一口飲み喉を潤す。

 

「それで俺を呼び出した理由はなんだ?」

「理由がなくちゃ呼び出しちゃダメ?」

「むしろ呼び出すのも連絡するのもやめてくれねぇか」

「お断りするわ」

 

これ以上は泥沼になりそうだと俺は諦めた。その代わりと言ってはなんだが、苦々しげに愚痴の一つでも零さなきゃ気が済まない。

 

「ならいっそ天之河をどうにかしてくんねぇかな」

「それが落とし所でしょうね。わかったわ」

「……は?」

 

実現不可能な願望を口にしたつもりだった。もういっそ天之河を土に還すか天に召されるまで不可能と思われた案が採用されたのだ。怪訝な顔をしたのは言うまでもない。

 

「もし今後、私と榊原君の関係についてとやかく言って来たら『幼馴染より大切な人だから』って主張するわ」

 

思わず言葉を失くした俺に追撃の一言。八重樫はなんでもないようにそう言ってカプチーノを飲んだ。少々悪戯っぽい笑みを浮かべているせいか、その真意は図れない。

 

「そう言い返す理由になりそうな言動を天之河がするのは容易に想像できるが、誤解を生むような発言はやめろ」

 

何かの拍子に『どっちが大事なんだ?』と天之河が八重樫に詰め寄ったとする。だが、そんな『恋愛的三角関係』を絵にしたような状況になるはずがない。

 

「つーか、それで天之河が納得するわけがないだろう」

「もしそうなったら光輝との縁を切るわよ。というより、既にもう手遅れだし」

「はぁ?手遅れ……?」

「昨日、目覚めた光輝と喧嘩したもの」

 

八重樫曰く、色々と言い合いになって天之河と揉めたらしい。しかし、あの八重樫が天之河と喧嘩か。普段の様子を見るに想像がつかない。

 

「一応聞くが、八重樫が折れるって案は?」

「今回ばかりは退けないわ。私にだって譲れないものはあるもの」

「そうか。ま、頑張れよ」

「一応、あなたにも関係ある事なのだけどね」

 

彼女が退けない状況とは一体何か。余計な詮索をしないのが暗黙の了解だ。喧嘩した理由について語らないあたり、あまり口にしたくはないのだろう。八重樫の気に障るようなことを言った天之河が悪い。

 

「愚痴を聞いてほしいだけなら帰るぞ」

「少しくらい付き合ってくれてもいいんじゃない?こんな心境のまま、私は彼女に会いたくないわ」

「……好きにしてくれ。ただし、手短に頼む」

「ええ。もちろんよ」

 

それから八重樫の度重なる不満暴露大会が始まった。

 

 

 

一時間程の長話を経て俺と八重樫は連れ立って歩いた。花屋に寄り道して花を買った。目的地は二人とも同じ、こうして歩くのも随分と慣れたもので示し合せることも増えてしまった。一方的に八重樫が俺の予定に被せてくるわけだが。

 

「やっぱり遠いわよ、ここ」

「文句言うな。置いてくぞ」

 

電車を乗り継ぎ、街を離れ、都会の喧騒とは無縁の場所で俺と八重樫は階段を上っていた。目的地が山中にあるからだ。それも海の見える丘と言った方が正しいだろうか。春は桜が咲き、夏は新緑が生い茂り、秋は紅葉と彼岸花、冬にはアネモネが咲く、謎の群生地にその場所は作られていた。

 

「きゃっ!」

「バカか。そんなヒールの付いた靴なんかで来るからだろ」

「しょうがないでしょ。あの子、私がこういうの似合わないって知ってるくせに着せたがるんだから」

「せめて到着まではスニーカーとかで良かっただろ」

 

階段を降りて八重樫の近くまで戻る。何故か八重樫は不機嫌そうだった。

 

「ほらよ」

「……ありがとう、榊原君。置いて行くとか言いながら、待ってくれるのね」

「おい、マジで置いてってやろうか」

 

手を差し出すと八重樫は素直に手を握り返した。そして、再び俺と彼女はとある場所を目指して先に進んだ。

 

「なんていうか本当にあの子物好きよね」

 

階段を登り終えた八重樫が言った。剣道部とはいえ、女子には少しキツかっただろうか。暑さに汗でワンピースが少しばかり肌に張り付いている。透けていないのが幸いか。

 

「さっさと行くぞ。あいつが待ってる」

「少しくらい休憩させなさいよ」

 

ここまで一緒に来た手前、早く先に行きたい衝動を抑えて俺は声を絞り出した。

 

「トイレなりなんなり早くしろ」

「女の子にトイレとか言わない。それにトイレは麓にしかないでしょう」

 

悲しいことに、此処には少し離れた場所にしかトイレはない。コンビニや駅に戻るしか方法はない。

八重樫は俺に持たせたバッグから水筒を取り出すとコクコクとお茶を飲む。一息ついたようで水筒を戻すとほっと息を吐き出した。

 

「さぁ、行きましょう」

 

と、言っても目的地はすぐそこだ。俺と八重樫は並んでいる墓石の間を縫って進んだ。

そう。俺達の目的地とは墓地だった。

 

一つの墓石の前にピタリと足を止める。此処には、十四歳にして早くに死んでしまった少女の名が刻まれていた。

 

『鹿島湊月』

 

俺の中学時代の友人にして。

八重樫のもう一人の親友だった。

ただ一人、代替品の存在しない唯一無二の存在だ。

 

「……じゃあ、取り敢えず掃除でもしましょうか」

 

何時迄も立ち止まっていた俺に八重樫がそう言って桶を持たせた。

 

 

 

三十分程で掃除が終わり、御供物をする。鹿島湊月、彼女が好きだった彼岸花とアネモネを添える。そして、一通りやることを終えると俺達は祈るように黙祷を捧げた。

 

それが終われば墓石を見つめながら、八重樫は緊張で震える声でこんな提案をしてきた。

 

「……お互いに名前で呼び合わない?」

 

彼女の指摘も尤もだろう。八重樫とは中学二年頃からの付き合いになる。そうなったのも彼女が俺に必要以上に関わろうとするためだ。どう足掻いても世話を焼いてくる。

同じく墓石を見つめながら、一抹の不安を口にする。

 

「天之河が変な勘ぐりをして暴走するのが目に見えるんだが」

「そんなの私の勝手でしょう」

「……まぁ、そりゃ確かに正論だ」

 

他人の下の名前を呼んだだけで不機嫌そうな面をする天之河の姿は容易に想像できたが、俺には八重樫の言葉に反論する術はなかった。ついでに言えば、彼女を否定すれば天之河の意見を認めることになる。それはなんか腹立たしい。

 

「拒否権の一つでも寄越してくれるのか」

「あの子のことは名前で呼んでいたんでしょう」

「それがどうした?」

「なら、あの子の親友だった私のことを名前で呼んでもいいと思うのだけど。それにほら、今更他人行儀過ぎるのも変な感じでしょう」

 

ずるい。と、言わんばかりの期待のこもった目に俺は折れた。

 

「……雫」

「圭一、でいいのよね?」

 

俺が名前で呼んだのも三人くらいしかいない。南雲ハジメに鹿島湊月、それと園部優花くらいのものである。そこに加算される形で八重樫の名前を呼ぶことになった。

照れたように笑う雫を見ているとなんだかむず痒くなる。

–––早計だったかもしれない。と、今更ながらに後悔した。

名前で呼ばれることに俺は慣れていなかった。名前で呼ばれる度に心を叩かれている感覚だ。

 

「……はぁ」

 

女に甘い、とよく言われたものだ。

 

 




次回、園部さん登場。
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