錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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密会II

 

 

 

墓参りを終えた後、俺は八重樫–––雫に引き摺られ街を散策した。半ば強引に名前呼びを強制され、半ば強引に街を引き摺り回され、暇を持て余していたことは事実なので拒否権はなかった。女性のショッピングは長いと言うが、俺には苦ではない程度で暇に暇を塗り重ねたような時間だった。

 

そして、現時刻。

俺と雫は園部家のレストランの前にいた。

 

「ねぇ、本当に入るの?」

「別に知らない仲じゃないだろう。クラスメイトにその姿を見られるのは不服か」

「いえ、別にそういうわけではないのだけど……」

 

何やら渋る雫。俺は彼女の反対を押し切って入店した。ちょっとした嫌がらせである。今日一日、俺を引き摺り回した雫に対しての。

 

「いらっしゃいま……」

 

店内で接客をしていたウェイトレスが振り返る。途端に笑顔が驚愕に染まり、俺の背後を見た瞬間に笑顔が凍りついた。

 

「……せ。何名様でしょうか?」

 

満面の笑みから一転、天国から地獄に落とされたような表情を接客用の笑顔に変える。『何名様』という部分に僅かな含みを感じた。

 

「二名だ」

「に、二名ですね……お席にご案内致します」

 

冷え切った視線を向けてくるウェイトレス–––優花は業務的に告げているが、何故か強迫観念めいた恐ろしさを感じた。

程なくして席へと誘導される。水を配膳する優花は音を立てて冷水の入ったコップをテーブルに置いた。

 

「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さいッ」

 

終始笑顔だが目は笑っていない。優花は業務的にそれだけを言い残すと客に呼ばれ渋々といった感じで去って行った。

 

「……どうやら今日は機嫌が悪いらしいな」

「その原因は私達みたいだけど」

 

頭を抱えて雫は言った。

 

「一応、わかっているみたいだから言うけど。想い人が他の女性を連れていたら不機嫌くらいなるでしょう。それも自分の家族が経営する飲食店にってどんな拷問よ……」

 

優花の目にはこれがデートにでも写っているのだろうか。墓参りをデートに数えたら、だいぶ不謹慎だと思うが態々墓参りをしていたと教える義理はない。二人で行くなんて不自然だろう。家族への墓参りでないのなら、一体誰のかと疑問に思うはずだ。その質問を避けるために俺と雫は口にしないのだ。

 

「一応、優花には何か言っておきなさいよ。あの子が可哀想だし」

 

男女が一緒にいるだけでデートとか言われたら堪ったものではない。が、恋愛経験なしの漫画オタクでも『この時のヒロインの気持ちを答えなさい』と問題を出されれば余裕で回答ができるので気持ちはわからんでもない。

さっさと注文して食べて出よう。という結論に至り、俺と雫はメニューを見るまでもなく店員を呼んだ。墓参りをした日は必ずと言っていいほど、あれを食べるのだ。客達が異様なものを見たと言わんばかりに警戒する優花を呼ぶと彼女は足早にやって来た。オムライスを頼むと驚いたような顔をした。

 

「あんたオムライスなんて好きだったっけ?」

「食べたくなったんだ。別にいいだろ」

 

子供の頃はグラタンやドリアばかりを注文していたので不思議に思っているのだろう。注文を受けると、不機嫌そうな視線を刺すように向けてきたがスルーしておく。

僅か十分後には注文した品が運ばれて来た。

 

「おい、優花スプーン」

 

厨房に引っ込んだ彼女を呼ぶと何かが厨房の奥で光った。ヒュッと風切り音を立て、何かが俺の顔前を通過し壁に勢い良く突き刺さる。それはスプーンではなく、ナイフだった。

 

「優花、ナイフじゃオムライスは食べられない」

「問題はそこじゃないと思うんだけど!?」

 

雫の指摘が尤もなら明日にはナイフ飛び交う洋食店という新しいフレーズで人気を博することだろう。実に物騒な飲食店だ。

 

「今すぐに弁解して来た方がいいわよ、圭一」

「圭一……?」

 

目前で狼狽える雫が名前を呼んだ時、テーブルの横には既に優花がこの世の終わりを見たような顔で立っていた。

 

「へぇー、随分と仲が良いのね?名前で呼び合うくらい」

「雫の提案だ」

「えっ、あっ、いや、それは……」

 

雫が恨みがましい視線を向けてくる。『私を売ったわね』と泣きそうな目で訴えてくる。そうなったのも優花が絶対零度の人すら殺しかねない視線を雫に向けているからだ。

 

「ち、違うのよ。別に優花が思っているような特別な意味はないのよ」

「……別に私そんなこと言ってないけど」

 

料理も冷めるような声音だった。

 

「それに優花が思っているようなことは何もないからね!」

「へぇ?私が思っているようなってどういう意味?」

「そ、それは……」

 

何もしていないのに墓穴を掘ったみたく雫は追い込まれていく。助けて、と言わんばかりに雫から視線を向けられたら助ける他ないだろう。しかし、俺が何かを言う前に優花は無表情でケチャップを取り出した。

 

「そうだ。今、サービスでオムライスに特別なメッセージを書いてるの。書いてあげるわね」

 

満面の笑みでメイド喫茶のようなサービスを始める優花。その姿は板についており、有無も言わさずケチャップでオムライスに文字を書いてしまった。『Death』つまり死ねと。赤い文字が余計に生々しい。

 

「あのね、優花……本当になんでもないのよ」

「雫のも書いてあげるわね」

 

青い顔で優花を宥めようと奮闘している雫だが、優花の書いた文字を見て口を噤んでしまう。『裏切者』と書かれた横には可愛い猫の絵が綺麗に描かれているが、何故か血溜まりが出来ていた。あの絵は『泥棒猫』という意味だろうか。

 

「ほ、本当に違うの。優花の気持ちは知ってるし、そんなつもりはないのよ」

 

聡明な雫のことだから隠れたメッセージに気づいてしまったのだろう。必死に弁解をするも優花は聞き入れる様子はなかった。

 

あの告白からずっと好意を寄せてくれているのか優花は健気にアピールをしてくる。時には嫉妬したり、不機嫌になったり、俺が女子と話すだけで一喜一憂してるものだから、今回のもそれだろう。告白の件から好意を隠さなくなった、つまり開き直ってしまっているのだ。酷いフリ方をしたにもかかわらず。

まぁ、それを加味しても雫にあたるのは間違っているが。

 

「優花、ハウス」

「私は犬じゃないもん」

 

拗ねた様子で優花はそっぽを向く。

 

「はっきり言っておくが付き合ってもないのにそこまで言われる筋合いはないぞ」

「……そんなのわかってるわよ」

 

さらに拗ねる。なかなかどうして女性は扱い辛い。

はっきり言わせて貰えば、優花が好意を寄せる理由もわからない。

振って終わりかと思えば、妙に馴れ馴れしい。

弁当を作ってきたり、話しかけてきたり、クラスメイトが呆れるほどだ。

因みに天之河からは『クラスメイトに弁当を持って来てもらうのを恥ずかしいとは思わないのか』と苦言を呈された。俺が持って来てもらう側じゃなけりゃ大爆笑ものだったろう。雫と白崎は苦笑いしていたが。

 

「なに笑ってるのよ?」

 

付き合えない。そう何度も言ってるのに諦めないこいつの精神の図太さときたら……うっかり惚れてしまいそうなので怖い。嫌じゃないあたり既に毒されているのだろうが。

 

「……いや、なにも」

「嘘よ。絶対笑った。バカにしてるでしょ」

「いくら人が嫌いでも、好意を寄せてくる女をバカにはできねぇよ」

 

園部優花が榊原圭一に好意を寄せているのは公然の事実で、袖にしておきながらその気持ちを理解してるのも事実。

 

「それでも可愛いものは可愛いと思えるんだなと思って」

「なっ!」

 

優花は一言で顔を真っ赤にした。まぁ、こいつの場合は『嫌いではない』という部類に入っているあたり『好きでもない』のだが。好き嫌いと可愛いや綺麗は別物の言葉である。

見るからに顔を赤くして、恥じらうようにメニューで口元を隠し、おそらくその下はにやにやと口元が緩んでいることだろう。恥ずかしげに目を逸らして優花は狼狽えていた。

 

「……不意打ちは卑怯だってば」

 

逃げるように厨房に引っ込む。パタパタと駆けて行くその後ろ姿を見送って気づいた。まだスプーン貰ってない。

 

 

 

オムライスを完食しデザートを注文した時だった。新たな来客を店の入り口であるドアが知らせる。優花が接客をしに行ったのを見送ったところで、うわぁとでも言いたげな表情を一瞬したのを見た。営業スマイルを貼り付けている彼女が思わずそんな顔をした原因が何かを探ろうと来店した客の方を見た。

 

……天之河光輝とその家族だった。

 

左腕には包帯を巻き、頰に貼った湿布ですらイケメン要素にしてしまう怪物がそこにいたのだ。思わず、食後の紅茶を飲んでいた雫が気管に侵入した水分に噎せて咳き込む。

 

「……雫?」

 

天之河はどうやら雫に気づいたらしい。しかし、喧嘩した手前、声を掛けることを躊躇い視線を逸らした先で俺を発見する。とくれば自然に天之河の眉が吊り上がった。

 

「どうして榊原が雫と一緒にいるんだ」

「あらまぁ、雫ちゃんじゃない」

 

そんな天之河の独白を無視して彼の母親であろう女性が声を掛ける。雫は会釈だけして躱そうとしたが、近くまで寄って来た天之河母がとんでもないことを言い出す。

 

「もしかして、彼氏さん?」

「ち、違います!彼はクラスメイトで……私の友人です!」

「あらいいのよぉ〜誤魔化さなくたって。御両親には秘密にしておいてあげるわ」

「だ、だからそうじゃなくて……!」

 

ちょっとした勘違い癖は一過性ならぬ、一家性のものと判明したところで俺は空気を演じる。目をつけられないように影を薄くした。

 

「へぇー、ってあれ?この人どこかで見た気が……?」

 

天之河妹?に目を付けられた。俺は澄ました顔で紅茶を飲む。優花の淹れた茶は美味い。

 

「まぁ、邪魔しちゃ悪いから私達は退散しましょうか」

 

深く探られなかっただけマシか天之河一家は別のテーブルへ移動した。天之河だけが移動せずこちらを睨む。しかし、数秒もすると天之河妹に耳を引っ張られ連行されてしまった。何かを言いたげにしていたが雫と喧嘩した手前何も言えずすごすごと引き下がっていく天之河を見ていると気分が良くなった。実に愉快だ。

 

「さて、問題が起きる前にさっさとデザートを食って帰るか」

「あら、珍しい」

「こんな日まであの野郎と喧嘩したくねぇよ。したら家族の前だろうが何だろうが半殺しにするぞ。それに店にだって迷惑が掛かる」

 

結局、この日は天之河と喧嘩することなく終わった。因みに、天之河一家が邪魔をしないように抑え込んでいたという事実は後日知ったことだ。


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