錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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歓迎の宴

 

 

聖教教会総本山【神山】の麓、そこには一つの国があった。まるで聖教教会を守るように開国された祖は創世神エヒトなる者の臣下だったらしく、その力関係が窺える。

 

–––【ハイリヒ王国】

 

それがその国の名だ。召喚された勇者一行を受け入れる体制が整っており、一通りの説明を受けた俺達は即座に雲海の上の神山を降り王宮へと通された。

王城の廊下を歩けば文官や甲冑を纏った騎士、メイド服を着た侍女のような方々が様々な感情の篭った目を向けて来た。期待、畏敬、本当に様々な視線、まさか未だに何も成し得ない勇者一行に向けるその重い信頼に俺はやはり疑問を覚える。一介の得体の知れない者達に向けるような視線には思えなかったからだ。

奇異に満ちたそれを受け続けること暫し、ようやく辿り着いた玉座の間。その壮大な門の前に教皇が立つと門兵達が声を上げた。

 

返礼も無しに開けられた門を超え、イシュタルは悠々と前へ進む。その後に続き当然の如く天之河達が続いた。しかし、そんな堂々と通れる馬鹿はあいつらだけである。最後尾に近い場所を雫、優花、二人を連れて続く。白崎は変わらず雫の背後をちょこちょこ付いて回る形だ。その後ろにハジメもいた。

 

「ようこそおいでくださいました、勇者様方」

 

まず、歓迎したのはレッドカーペットの先にある玉座の前に立っていた白髪の男性。その男こそが国王だろう。隣には王妃、更に隣には十代間もない金髪碧眼の少年と、更に隣に俺達より少し幼げな金髪碧眼の美少女がいた。玉座と俺達で出来た道の両端には貴族や騎士達が連なっていた。

 

教皇がゆっくりと進み国王の隣へ進んだ後、驚く事に国王が教皇の手を恭しく取り手の甲に触れるか触れないかのキスをした時には思わず眉を顰めてしまったが。

 

その後、国王の自己紹介が始まった。

 

国王エリヒド、王妃ルルアリア、ランデル王子、リリアーナ姫というらしい。その後に他の者の名が続いたが正直に言ってリリアーナ姫の名前以外を覚えている自信がない。

 

日程の全てが滞りなく終了し、王宮内の案内、自室の案内、全てが終わった頃には日も暮れて歓迎のための晩餐会が催された。

 

 

 

「まったくやっと終わったか……」

 

ようやく堅苦しい状況から解放されて、晩餐会の会場である大広間にて立食形式のパーティーに参加する中、身体を解(ほぐ)しながら目の前にある料理に目を向けた。

既に天之河や白崎は妙な虫が付いており大変な事になっている。それを目の端に捉えながらどの料理を食べようかと吟味(ぎんみ)している俺の隣にも虫は付いていた。言わずもがな、優花と雫だ。ついでに言えば一人の空間に耐えかねたのかハジメまでいる。

 

「ハジメ、俺は男を侍らす趣味はないぞ」

「僕だって男に恋焦がれたつもりはないよ……」

 

気になった料理、というか全部の料理を一口ずつ皿に乗せながら俺はハジメと軽口を叩き合っていた。雫が会話に参加しないのは、ランデル王子に言い寄られている親友を心配してだ。

 

「大丈夫かしら、香織……」

 

既に白崎にはランデル王子が猛アピールを開始している。参加している貴族や騎士が取り付く島もないほどに。おそらくあれも香織の色香にやられたのだろうが、王子の手前誰も手出しが出来ない。それはクラスメイト達も一緒だった。

 

「あの天然が権力や何やらで絆される事はないだろ。むしろ、哀れじゃね?」

 

心配するべきはランデル王子の方か。猛アピールも近所の子供が遊んでとせがんでいるようにしか見えていないのかもしれない。

 

「変な約束とかされなきゃいいけど……」

「まぁ、何があっても大丈夫だろ。雫や天之河がいるんだし」

「一番頼りにならなそうな名前が出て来たんだけど。しかも、絶対に言わないような光輝だなんて……」

「八重樫さん、圭一が嫌いな相手の名前出す場合は期待なんてしてないと思うよ。まぁ、大丈夫なんじゃないかな、圭一がいるんだし」

 

ハジメは好き勝手言ってくれる。もしそうなれば自己責任だ……と言いたいところだが、場合によっては手を貸すかもしれない。事と次第によっては血を見る事になるが。

 

「そうね。大丈夫よね。でも、やっぱり行ってくるわ」

 

親友が心配過ぎて雫は白崎の援護に向かう。残されたのは優花と俺、ハジメだ。

 

「じゃあ、僕も邪魔になりそうだし行こうかな」

「おいテメェ待てコラ」

 

余計な言葉を残してハジメも離脱した。残されたのは優花と俺、二人きり。正確には会場に何人も人がいるが数には入らないだろう。

 

「もきゅもきゅ」

 

一人、食事を続ける。並べられた料理に飲み物、デザート、どれも美味しい。異世界とあって新鮮な料理もあれば似たような料理もある。これだけで中々楽しい。しかし、料理好きの優花がまだ何も手をつけていないというのが気にかかる。

 

「喰わねぇのか?」

「……あんまり食欲なくて」

「少なくともどの料理にも毒は入ってないぞ」

「……そう」

「まぁ、一応言っておくが喰わないと死ぬぞ。警戒するだけ無駄だ」

 

何が気に食わないのか優花は言葉を発さない。元気がないように見える。いつもの溌溂とした姿はなりを潜めてしおらしい姿に何故か此方も不機嫌になる。解せぬ。

 

「ほら、口を開けろ」

 

異世界のローストビーフらしき料理をフォークで刺して優花の口元に運ぶ。そうすると彼女は驚いた顔をした直後、頬を赤くして俯いてしまった。

 

「え、その、圭……ッ?」

「何考えてるのか知らんが事実は変わらない。目が醒めればいつもの日常だなんてことはない。受け入れるしかないんだよ。バカ」

「……圭は強いよね。私はそんな強くなれないわよ」

「俺にとって園部優花は我儘で強い女ってイメージだったがな」

 

しかし、優花がこの世界に適応出来るかは別だ。曲がりなりにも他の者達が明確な目標を持つ中、天之河のカリスマ性に引っ張られる事なかったこいつは未だ迷っている。もはやあれはその場のノリが強かった故に脆いが。俺には関係ない事なのでクラスメイト達の事は関知しない。

 

「買い被りすぎ。私は男に守ってもらわなきゃいけないくらいかよわいの」

「え、何処が?」

 

むむっ、と拗ねた表情で優花はそっぽを向いた。

 

「甘えさせてくれてもいいじゃない」

「ベッドの上でなら幾らでも甘えてくれていいぞ」

「そ、そういうのは、こ、恋人になってから……」

「じゃあ永遠にないな」

「もうっ、バカッ!」

 

と、言いつつも差し出したローストビーフ擬きを優花はパクッと食べた。喉が渇いたのか飲み物に手を伸ばす。口を付けたところで俺は思い出したように忠告した。

 

「因みにそれ酒だぞ」

 

全部飲んだので優花が何を飲んだのかもわかる。しかし、流石は飲食店の娘、渋い顔をするだけで飲み干した。全部。

 

「……苦い」

 

言わんこっちゃない。しかし、リリアーナ姫も飲んでいるところを見るにこの世界では常識なのだろう。高貴な身分のお方は嗜むものなのかもしれない。……そのうち愛子先生が酒だと知れば憤慨しそうだが、無関係なので無視しておく。因みに酒類は二種類しか用意されていない。

 

もぐもぐと次の料理に手をつけていると、優花の頬が赤く染まっているのに気づいた。酔ったのか?流石にそれはないだろう。と、咀嚼していると優花が俺の口元を見ていることに気付く。

 

「……あ、間接キス」

 

優花の頬から耳まで赤みが侵食した。

道理で躊躇していたわけだ。

 

「ば、バカ!」

「そんなにしたかったのなら直接するか?」

「えっ……!?」

「冗談だ」

 

全人類嫌いだ。自分も含めて。それと相対する衝動。

人の生存本能、食欲、睡眠欲、そして……性欲。

どれだけ人が嫌いでもこれだけは切り捨てられなかった。特に思春期の男子高校生は最も性欲が強くなる時期。

或いは、俺がそこまで人を嫌っていないのか……少なくともわかることは、クラスメイト達や自分の吹けば飛ぶような軽い命と比べて優花の命の方が尊いと感じていることだ。

そうなった原因も彼女が純粋な好意を向けてくるからで……自然とそういう対象で見てしまうからかも知れない。

見た目だけなら容姿も整っていて、そこそこ胸もあって、顔もそこそこ良くて、薄い桃色の唇が扇情的に光を反射する。世間一般的に彼女は美少女の類に入るのだろう。

 

……だから、気丈に笑ってみせるその不安そうな姿を見て冗談交じりにキスをしてみたいと思ったのは事実。むしろ人がいなければそうしていたかも知れない。

 

好きでもなければ、嫌いでもない。付き合う気もない。そんな相手に劣情を抱いてもよいものだろうか。きっとそれでも優花は受け入れる。そんな気がした。

 

自分の命に価値など無くて、他者の命にも価値を見出せず、その中でも優先順位としては自分の命よりも高い三人のうちの一人。さて、大切か否か微妙なところだ。

 

 

 

「あの、少々よろしいですか?」

 

 

 

ふと、声を掛けられた。声のする方を見るとそこには可愛らしく豪華なドレスを着た金髪碧眼の美少女、リリアーナ姫がいた。

 

「改めまして、初めましてと挨拶させていただきましょうか。リリアーナと申します。どうぞリリィとお呼びください」

「……姫様が何の御用で?」

 

思わず、思いがけない人物に声を掛けられてフリーズしてしまったのは仕方ないだろう。訝しげに訊ねると姫様はくすくすと笑った。返礼した方が良さそうだ。優花は突然の王女来訪にパニックになっている。

 

「申し遅れました。私の名は榊原圭一と申します。以後お見知り置きを」

「け、圭が丁寧な言葉遣いになってる……」

 

おどけてみせると優花が驚愕した顔で俺を見た。

 

「堅苦しく無くて結構ですよ」

「じゃあ、いいや。リリィだっけ」

「はい、榊原様とお呼びしますね。そちらの方は?」

 

視線を向けられた優花が緊張した面持ちで固まる。

 

「あ、あの、園部優花、です……」

「園部様ですね」

 

王族の姫君とあらば女子は憧れるものなのか緊張して声が上擦っている。園部様と呼ばれて、畏れ多いと慌てだした。

 

「そんな、様付けなんて!」

「では、優花とお呼びしますね」

 

意外にもフレンドリーなリリィ姫。

 

「リリィでいいのよね?」

「はい」

 

コミュ力おばけは順応した。

 

そして、流れるように女子だけで会話を始めてしまう。俺なんて蚊帳の外で会話の中に入れる自信がない。二人が楽しそうにお喋りをする中俺は食事を再開した。

 

不敬?そんなもの犬に食わせてしまえ。

 

「榊原様、お食事は気に入っていただけましたか?」

「特にデザートがいい」

「そういやあんた甘党だもんね……」

「甘い物がお好きでしたか。それは何よりです」

 

会話を振られたので適当に返すと満足そうにリリアーナ姫が微笑んだ。あの笑顔に大多数の男子生徒がやられたらしく、遠巻きにリリアーナ姫を見つめる視線は少なくない。

 

「もし何かあればお申し付けください。私は榊原様や優花の味方ですから」

 

リリアーナ姫は気品のある対応をして他の者の元へと去って行く。

 

「……ねぇ、圭もあーいうお姫様みたいな子がいいの?」

 

残念ながら、一国の王女といえど特別扱いするような感情が生まれることはなかった。




榊原圭一の尊さランキング。
優花=雫>香織>自分>ハジメ>>クラスメイト達>>>勇者。
となっております。
因みに、自分の命ですら無価値の烙印を押しているのでそれ以下は有象無象でしかありません。リリアーナ姫は今は自分と同程度くらい。王族だからと特別扱いはしません。

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