錬金術師は曇天に嗤う   作:黒樹

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今日は優花さんにヒロインしてもらう。


眠れない夜

 

 

 

真夜中。穏やかな光を放つ月を見上げ窓際に腰掛けていた。城壁の中故に風が吹くこともなく、涼しげな空気を感じながら眠れない夜を過ごす。城内の明かりも殆ど消え、今は見廻りの兵士達や書類仕事をしている者達しか起きていないのだろう。静かな夜に興奮冷めやらない胸の鼓動を感じる。

 

「さて、どうしたものか……」

 

状況を整理してみよう。異世界に転移させられたと思ったら王道のパターンが待っていた。魔人族と戦争をして人類に勝利をもたらして欲しい、と教皇は言った。

本音を言えば、人類が敗北しようが興味はない。元の世界に還る理由もない。むしろ何故あいつらはそんなに元の世界に還りたがるのか不思議なくらいだった。

興味だけで言えば、海人族や亜人族といった元の世界にはいなかった種を一目見てみたいとは思う。迷宮攻略も退屈凌ぎにはなるだろう。

 

「思いの外つまらないものだな」

 

異世界で無双する夢想を抱いた事はある。だが、蓋を開けてみれば現実というものは非常に残酷だ。掛けられた言葉を疑わず、自分達が救世主と呼ばれ舞い上がる者共の滑稽な様子と来たら、まるで踊らされているようではないか。

 

「当面の目標は迷宮攻略と世界を見て回ることかなぁ」

 

戦争なら喜んで参加しよう。しかし、それだけではつまらない。ただ利用されるだけというのも俺の性に合わない。懸念があるとすれば二人とおまけ程度に守らなければいけない存在がある事だ。

全人類嫌い。それはこの世界でも例外ではない。胡散臭い教皇、偉そうな国王、うつつを抜かす王子、曰く神の使徒と呼ばれる者を気遣ってみせる王女、俺にとって価値のない存在だ。

では、何故、二人とおまけを守らねばならないか。そう問われると答えに窮する。理解したくもないのだろう。因みに仮にも友人であるハジメだが死んでも特に何とも思わないだろう。他のやつもそう思わないと信じたい。

 

「チッ。嫌になってくる……」

 

脳裏に顔がチラつく。毎日好意をアピールしてきては空振りする女。興味の対象から外れていたそいつが心に土足で上がり込んでくる。不快な感覚だ。実に不愉快だ。

 

静かな夜、荒む心、二つの異なるものに音が侵入する。

コンコンと部屋の扉がノックされた音だ。

鍵は空いている。態々、開けに行くのは面倒だ。

その場で誰何する。

 

「誰だ?」

「……私、だけど…。ごめんね、圭、寝てた?」

 

扉越しに訊こえたのは優花の声で、申し訳なさそうな弱々しい声だった。こっちに来てからずっとそれだ。当たり前だ、あれは普通の反応だろう。人は未知の存在に対して弱い。

こんな時間に訪ねて来た優花に呆れるや、俺は窓から腰を下ろして扉を開けに行った。顔も見ずに追い返すことも考えたがそれは憚られたからだ。

そして、開けた先に立っていたのは–––ネグリジェに身を包んだ園部優花の姿だった。王宮から支給されたその服は上品ながら鎖骨や肩が剥き出しになっており、僅かながら胸の谷間が覗く。薄い布に優花の女性的な身体のラインが浮き彫りになっており、見るものが見たなら理性は直ぐに弾け飛んでいただろう。肉感的な女子である優花故にその魅力は十分に発揮されている。

 

「……怒ってる?圭。こんな時間に訪ねたら、そりゃ怒るよね……」

 

何を勘違いしてるのか。不機嫌そうな面の俺を見てそう感じたらしい。優花は状況を理解していないようだ。

 

「こんな時間に異性の部屋に無防備な格好で訪ねて来るなんて襲ってくださいって言ってるようなもんだぞ」

「こ、これは王宮から支給されたやつで……私の趣味じゃないし」

 

目を逸らしながら指先で髪を弄り、片手で胸を隠しながら内股をもじもじと擦り合わせる。お気に召さないのと恥ずかしい様子で余計にそれが扇情的に映った。

 

「それに結局、圭の部屋にこんな時間に行くんだから……どんな格好でも一緒でしょ?」

「いや来るなよ」

 

来ないって選択肢はないのか。

 

「寒いから入れて」

「嫌だ」

 

今のは常套句、涼しいくらいだ。

女性をこんな格好で放置とは忌避されることだが。

 

「なんでダメなの?」

「テメェで考えろ」

「エッチな本を隠してあるとか」

「異世界に来て初期装備がエロ本なんて初めて聞いたわ」

 

わかりやすく脅してやることにした。

 

「……最後通告だ。部屋に入ると襲うぞ」

「……うん。圭ならいいよ」

 

そう言って優花は俺の横をすり抜けて行った。ベッドの上に座る。まったくこいつは思い通りにならない。

 

「で、本題は?」

 

椅子に座り直し問い掛ける。世間話も許さない姿勢だ。

対して、優花は数秒ほど俯いた後、

 

「そうだ、着替えるからあっち向いてて」

 

–––と、恥ずかしげもなくそう言った。

 

「着替えて来いよ……」

 

文句を言いながらも背中を向けてやる。そうするとゴソゴソと衣擦れの音が訊こえ、やがて優花からのお許しが出る。振り返るとそこにいたのはワイシャツ姿の彼女だった。もちろんのこと下はパンツが見えている。可愛らしい淡いオレンジのパンツが。

 

「えへへ、圭の匂いがする」

「……おい、待て、それ」

「うん。圭のシャツ。……あ、下はあんまり見ないでね」

 

頰を染めて恥ずかしそうに微笑む優花に心臓そのものをぶん殴られた気分だった。こいつは意識してるのかしてないのかまたわけのわからないことを。

 

「脱げ」

「い、いきなり?」

「いいから脱げ」

「ちょっと圭……!?」

 

ベッドの上いる優花の腕を掴みシャツのボタンを外そうとする。抵抗する彼女を抑えつけるのに苦労してボタンだけをどうにか全部外したところで気づいた。前開きになったシャツからパンツと同色のブラが露わになり鎖骨やくびれの全てが露出した。腕を抑えているせいで優花は抵抗もできず肌を隠すこともできない。月明かりの下でもわかるくらい優花の顔は真っ赤だ。

 

「……何勝手に人の服を……」

「……だって、圭の匂いに包まれてたら眠れる気がして」

「じゃあもうそれ持って帰れ」

 

傍に避け、しっしと追い払う仕草をする。

 

「やだ」

「……いつに増しても我儘だな」

「私の話はまだ終わってないもん」

 

壁際に寄って優花と距離を取る。傍にいればいるほど危険だ。

シャツのボタンを嵌め直す音が訊こえ、やがて静寂が訪れる。

まぁ、もう何の話かは理解していた。

 

「……眠れないの」

 

声が震えて、先程までの元気は消え失せていた。

 

「……一人になると色々考えちゃって。戦争の事とか、私に何が出来るんだろうとか、そう思うと次から次へと不安が出てきちゃって……」

 

ふと優花の顔を盗み見る。–––月明かりに反射し涙が光っている。

 

「嫌でも眠らないと明日がキツイぞ」

「……ねぇ、あの話、期待したんだからね」

 

盗み見た優花の視線と視線がぶつかった時、距離がゼロになる。押し付けられた唇と回された腕に抵抗もできずにいると数秒ほどで優花はキスをやめた。

 

「もう一回言わせて。私は圭が好き」

 

返す言葉もなく、返事を待つこともなく、優花はベッドに横になった。

互いに無言のままでいるとやがてすぅすぅと寝息が聞こえてくる。

 

「……今日だけだからな」

 

眠る優花の髪を撫でた。

 

 

 

 

 

 

翌朝、日の出と共に部屋を出た。あれから一睡もせず起きていたせいで頭がぼーっとする。廊下を少し進むと同じく部屋から出てくる女子生徒がいた。

 

「朝早いのね」

「騎士の一部はもう起き出してるみたいだがな」

「あっ」

 

こちらの顔を見て八重樫雫が声を上げた。

 

「隈ができてる」

「眠れなかったからな」

「……そう。私も眠れなかったわ」

 

雫の目の下にも薄らと隈があった。化粧でもすれば隠し通せただろうがその気もないようだ。前日のうちに支給して貰った訓練用の服に袖を通しているので準備は万端。そのまま軽く運動を始めることにした。

まずは城内を二周ほど、割と距離があったのでその辺でやめておいた。その後に二人でストレッチなど身体を解し合う。背中に体重をかけて押される時は胸が当たりちょっと後悔した。昨日の今日でそれは男として不味い事態になる。長めに理由をつけて起き上がる時間を遅らせた。

その後、刃引きされた剣を借りて何振りか素振りした後、対峙し正面から撃ち合った。

 

「ねぇ、圭一」

「どうした修行中だぞ?」

「大事な話よ」

「それなら後でもいいだろ」

「いいえ、今がいいのよ」

 

鍔迫り合い肉迫する。雫は三日月刀のようなものを両手持ち、俺は身長ほどの長槍を武器にしていた。

 

「……もう少しだけ、前向きに優花のこと見てあげなさいよ」

 

何を言うかと思えばそんなことか。

 

「はぁ。なんでまた」

「わかってるでしょ。わかっていて目を逸らしてるって言った方がいいかしら」

 

弾き飛ばす。或いは、後退した。

どちらが押し込まれたのか判断しかねる。

 

「このままだとまた大切なものを失うわよ。私は……もう、そんな思いしたくない」

 

三日月刀から放たれる一閃を防ぐ。僅かながらその一太刀にブレを感じた。女子高生剣道大会優勝者らしくない剣筋だ。

 

「あなたがあの子をどう思っていたかは知らないけど、後悔してからじゃ遅いの。こんなことならあの子と同じ中学に行けばよかったって今でも思うわ」

 

威烈な攻撃が続く中、俺は迎撃することだけに集中する。

 

「なんとか言いなさいよ!もっと本気でかかって来なさい!!」

「はは。できれば女の子を槍で突くのはベッドの上だけにしたいんだがな」

「誤魔化さないで!」

 

……半分くらいは冗談ではないんだが。剣先を向けられても怖くない。殺意もない苦しそうな顔を見せられても困るだけだ。肩に槍を担ぎぼそりと呟く。

 

「……昨日、優花にキスされた」

「……それでどうしたの?」

「俺の部屋で寝た」

「…………え、眠れなかったってまさか……!」

「邪推するんじゃねぇ。何もしてねぇよ」

 

誓って何もしていない。あいつが人のベッドを占領しているから寝られなかったのだ。ましてその寝顔を何度も見たなどと言うつもりもない。

 

「何でよ襲いなさいよ!」

「何でお前がキレてんだよ」

 

女ってのは面倒臭い。

 

「まぁ確かに抱きたいとかは思ったが」

 

あんな格好してるのに欲情しないわけがない。

 

「ヘタレ!」

「……雫を抱きたいとも思う」

「へっ!?」

「結局は誰でもいいんだよ」

 

雫が百面相して一周回って怒ったような表情。しかし、頰は赤い。怒りとはまた別のものだろう。

 

「魅力的なら生物として欲情するのは当たり前だろう」

「ほ、他の女の子とかは…どうなのよ…」

「ゴミに欲情するか?」

「か、香織はどうなのよ?」

「あれは……ギリ人間ってとこか」

 

最初、白崎は完全に雫のおまけでしかなかった。雫が大切にしているから、それなりに評価を上げていた。だけど、裏表のない優しい性格だと知って幾らか評価を上げたかもしれない。迫られたら少しは考えるかもしれない。

 

斬り合っているうちに気づいたが雫の調子が上がっているような気がする。何処かに彼女の機嫌を良くする要素があっただろうか。

 

「……ねぇ、やっぱり私は遺言に従っただけの……大切な人の友人でしかないかしら?守って欲しいってお願いされたから、あなたは私に付き合っているのよね」

「そりゃ誰に聞いてんだ」

 

軽く弾むような剣戟に力が入っていない。さっきまでの重さが嘘のようだ。

元々、八重樫雫も義務的に接していただけ。自主的に関わろうと思ったわけではなかった。それを八重樫雫は知っている。

頼まれなければ、交わることのない一本の線だったのだから。

 

「ねぇ、もし私が死んだら……悲しんでくれる?」

 

八重樫雫、彼女の言葉に俺は返す言葉を持っていない。

 

「そんなの死んでみねぇとわからねぇよ」

 

死なせないけど–––そんな言葉を口に出す気はなかった。

 

 

 

気がつけば周りに人が集まっていた。

パチパチと拍手の音が聞こえる。

豪快な笑い声が聞こえ、そっちに顔を向けるとおっさんがいた。

メルド・ロギンス–––騎士団長様だ。

そして残念ながら、それは雫が耳打ちして教えてくれたことだ。

 

「いやぁ素晴らしいものを見せて貰った。これは期待出来そうだな」

 

–––クラスメイト達の実力を見たときの落胆の顔が眼に浮かぶ。

 

最初に見るなら、クラスでおそらく最強格の雫の剣ではなくハジメあたりの実力を見た方が良かっただろう。雫は反応に困っており返す言葉を考えているようだった。代わりに答えておく。

 

「こいつが現状の最強ですから」

「ちょっと圭一?」

 

勝手に祀り上げられ不服そうな顔。

 

「嘘じゃないだろ」

「いいえ、絶対あなたの方が強いわ」

「何を根拠に」

「……そうね。こんな状況でも動じないところとか」

「今、求めてるのは武力的な強さだろう」

「色々と言ってるけど、総合的に見てあなたに勝てる人なんていないと思うわよ。私だって一番頼りにしてるんだから。……誰よりも、ね」

 

そして、どちらが強いか押し付け合う八百長試合が始まった。

 




主人公も人並みに性欲はある。

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