ツイッターに投稿したもののまとめです。ピクシブにも上げています。合計五作品収録されています。

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しきあす詰め

『お薬の国』

 

「飛鳥ちゃ〜ん。起こして〜」

「全く……キミというやつは、自己管理というものを知らないのかい?」

 そう言いながらも、二宮飛鳥は一ノ瀬志希の手を取った。

 ここは「薬の国」。この国の象徴である志希は、類まれな美人だが、実験に国家予算の一部を使い込み、皇居の役人を被検体にし、ことある事に失踪するトラブルメーカーだ。

 飛鳥は志希のご指名で専属の護衛に携わっている。その飛鳥がこの国で一番志希に振り回されている。この前は身体を小さくさせられた。

「飛鳥ちゃんありがとう」

 やっとの事でベッドから起き上がり、役人たちがよういした食事の席に座る。飛鳥は志希と向かってその有様を観察した。

 寝癖が酷く、意識があるか分からないくらいに目が細い。とても一国の姫だとは思えなかった。この少女に外交権が与えられていない憲法で良かったと思う。

 今日の国事行為はない。だからこの時間まで寝ていた。時刻はもう正午だ。

「今日は何もないんだよねぇ。飛鳥ちゃん、一緒に失踪しちゃおっか」

 志希は、アイドルのように自分が愛される事を実感できる国事行為は好きだ。その時間以外は全て実験や失踪に費やしている。

 趣味で生み出したいくつもの薬は、全てノーベル賞ものの大発明だ。しかし、授賞式は失踪のついでに寄って出席したその一度しかない。

 飛鳥はかぶりを振った。

「失踪はやめてくれ」

「……飽きちゃった……?」

 志希は少々驚いて、飛鳥の顔を伺う。

「そうじゃない。キミとの失踪は実に楽しい。しかし、ボクの護衛は完璧ではない……」

 コーヒーを一口飲んだ。

 志希の頭脳を狙って、テロリストが襲ってくる事がしばしばある。全て飛鳥が追い払っているが、永遠に耐え続ける保証はない。

「その時は、その時考えれば良いよ。飛鳥ちゃんとの楽しい時間を、そんな心配で邪魔されたくないもん。それに、どんな結果になっても飛鳥ちゃんは頑張って守ってくれるんでしょ?」

 一蓮托生とでも言いたいのだろうか。志希は無邪気な笑顔を見せた。出されていたピザトーストを頬張り、美味しいと頬を少し紅くした。

「キミがそこまで言うのなら、今回も付き添おう」

「やったー!」

 口元にパンくずをつけて喜んだ。「じゃあ、飛鳥ちゃんの仕事をアシストするものを考えてあげる」

「フフッ……頼んだよ。ほら、口元を拭け」

 天真爛漫なギフテッドを相手にするのは骨が折れるが、こんな日常が続く事を密かに願った。

(了)

 

 

 

『右京さん、プロデューサーやるってよ』

 

 まさか、こんな目に合おうとは思わなかった。もし、あそこで違う選択をしていたら、違う運命を辿っていただろう。その運命は平常心を保てる道だった。しかし、いま歩んでいるのは茨の道。

「くっ……この道を通らなければ……ボクは……この試練を乗り越え……」

 しかし、必死に堪えていた感情というダムは決壊するのであった。

 

 遡ること二週間前。

「おはよう右京さん」

「おはようございます」

 346プロ特命係は、今日も穏やかな朝を迎えていた。

 杉下右京は、担当に挨拶すると、自分の木札を反転させた。その隣の木札には「二宮飛鳥」の文字が刻まれている。

 またその隣には、もう一組のプロデューサーとアイドルの木札があるが、それはまた別の機会に紹介しよう。

「早速ですが飛鳥さん」

「なんだい?」

「キミに仕事が来ましたよ。この前のバンジージャンプの撮れ高が、思いのほか良かったようですねぇ」

「まさか、ボクにまた絶叫系をやれと?」

「とんでもない」

 右京は手を振って否定した。「今度発売のホラーゲームを実況配信していただきます。キミの類まれな語彙力を期待してますよ。フフッ……」

「やれやれ。身体を張る仕事ではないが、やはり絶叫系じゃないか。仕事は選びたくないが、あまり気は進まないな」

「そう言うと思って、キミにチャンスを与えようと思いました。ジャンケンでどうでしょう?」

「つまりボクが勝てば実況配信は白紙になるわけだ……いいのかい? 仕事を断ればキミは汚れ役という事になるぞ」

「構いませんよ。ボクは勝ちますから」

「おもしろい。受けて立とう」

 大した自信が右京の目に宿っていた。このプロデューサーの勝算は読めないが、どうせ三つの選択肢のうちのひとつを選ぶだけだ。運を天に任せるしかない。

 出す手が決まると、飛鳥と右京は拳を見せあった。

「最初はグー」

「ジャンケン――」

 

 そして現在に至る。

 画面に映し出されているのはゴーストタウンだ。たった一人、懐中電灯を持った主人公を操る飛鳥は、ある一本道でコントローラーを持つ手を止めた。

「この道を通らなければ……この茨の道を……!」

 絶対に何か出てくる。これまでに遭遇した心霊現象に心のコップが揺れ、感情という水が幾度となくこぼれていた。

 クリアが近づいている事だけが唯一の支えという精神状態の中、視聴者のコメント欄は大賑わいだ。飛鳥の貴重な表情の連続で満足している。それを象徴するかのように、仕切りの向こうの右京はぷるぷると笑いをこらえていた。

 画面に目を戻すと、女の霊が突如現れ、襲いかかるところだった。

「うわあああああ!」

(了)

 

 

『きゅんきゅんまっくす』

 

「今日は飛鳥ちゃんを独り占め〜!」

「正確には『今日も』だろ」

「にゃはは。そうだった」

 快晴の空の下、一ノ瀬志希主催の失踪劇が始まった。

 突如いなくなってひょっこりと顔を出す、まるでモグラ叩きのモグラようなアイドルを見たら、バンクシーもさぞ面白がるだろう。二宮飛鳥は、そんな不定形な一ノ瀬志希という存在に興味を持って、今やほぼ毎回、失踪に付き合う事にしている。それに、彼女は自分が失踪に付き合うのを歓迎しているようだ。今も無邪気な笑顔を見せて抱きついている。

 しかしここは渋谷という雑踏と喧騒の中だ。ここまで人が多いと混沌としているようにも見える。

 志希の腕が離れると、その雑踏の中へ身体を滑り込ませようとしていた。

「よーし。じゃあ今日はどこへいこうかにゃ……うわっ!」

 突然、志希の身体が後ろへ倒れかかった。前方からの通行人にぶつかってしまったのだ。

 飛鳥は、その肩を抱いて受け止める。志希の匂いがふわっと香ってきた。

「おい、大丈夫かい?」

 声をかけると、志希は首を回して飛鳥を見つめた。熱っぽい視線で、頬に朱が差している。そして、イタズラな笑顔を見せた。突然の事で驚いているのだろうか、予想していた反応と少し違う。

「ごめんなさい。私の不注意で……」

 通行人が深々と謝った。志希は起き上がって手を振った。

「いいのいいの。あたしも不注意だったし……お互い気をつけなきゃね〜」

 その場は丸く収まって、通行人は先を急いで行った。手を振って見送る。

 志希は、飛鳥の手を取って指を絡めた。

「じゃあ失踪の続きをしよ〜!」

「ああ。さっきのキミらしくない反応の真相を聞きたいからね」

「そんなの答えませ〜ん」

「わっ……ちょっと志希……!」

 大袈裟とも言える歩き方で歩を進める。いつも以上に上機嫌だ。何かをごまかしているかのようだ。

 まあ、その謎は謎のままにしておいた方が良さそうだ。その方が、志希の笑顔を保っていられる。そんな気がした。

 

 一方で、志希はこんな事を思っていた。

 肩を支えられた時、顔が近かった。飛鳥ちゃんのかっこいい顔が視界を支配した。あたしを守ってくれた。飛鳥ちゃんすごくかっこいい。なんだか心がくすぐったかったけど、こんな気持ちは初めて。初めてだけど、飛鳥ちゃんには隠すことにした。なんか悟られちゃいけない気がする。

 だってこんな気持ち、あたしが飛鳥ちゃんにさせる事だもん

(了)

 

 

『志希の誕生日』

 

 新月近し闇夜の中で、街灯の僅かな光源では道路を照らすので精一杯だ。漣は聞こえるが、その正体は夜目を駆使しないと見ることはできない。

 失踪の疲れを癒すべく辿り着いたのは、海に近いとある旅館だ。木造二階建てで年季が入っている。

 大浴場で失踪の疲れを流すようなお湯を浴びた一ノ瀬志希と二宮飛鳥は、その容姿に似つかわしくない和室に入った。飛鳥は部屋の窓を開け、三日月を眺めて黄昏れる。

「にゃはは〜。疲れたにゃ〜」

 志希に目をやると、浴衣からすらりとした脚を伸ばして布団に埋めていた。まるで中年の男のようにだらしがない。美しさを台無しにする仕草はなんとも志希らしい。

 しかしながら、疲れたと言っていたにしては、眠ろうとする気配がない。もうそろそろ寝てもおかしくない頃だ。それも不定形の賜物なのだろうか。

「志希。寝ないのならそろそろ教えてくれ。ボクを連れて失踪した意味を」

 今朝、志希を迎えようと思ったら、突如手を引っ張られて共に失踪する事になった。今日に限って飛鳥の方が待ち伏せされていたとは驚きだ。

「それは、もう気づいてるんじゃない?」

 歩く途中で薄々気づいてはいたが、やはりそういう事か。旅館に泊まって正解だったようだ。ただのホテルでは味気ない。

 スマホ見ると、日付は五月二十九日。もうすぐ日付が変わる頃だ。

 やがて、時刻は午前零時となった。

「祝福の時が来たね。誕生日おめでとう」

「ありがとう飛鳥ちゃん」

 長い語らいは不要だろう。それに、気になる事は他にもある。

 それを感じ取ってか、志希は窓際まで来て、飛鳥と並んだ。

「なあ志希。誕生日を祝われたいなら、わざわざ失踪しなくても良かったじゃないか。ボクだって、今日のためにプレゼントを用意したんだ」

 飛鳥が用意したのは、誕生石である翡翠をあしらったブレスレットだ。志希が喜ぶだろうと思って選んだ。

 しかし、今日は持ってきていない。想定外の失踪だったのだ。やや口を尖らせる。

「ごめんごめん。でも、もう受け取ったもん」

「どういう事だ?」

 怪訝な表情で志希を見る。

「だって……」

 それに対して、熱っぽい視線を飛鳥に向けた。「真っ先に飛鳥ちゃんから祝福の言葉を受け取りたかったから。寂しい夜を過ごしたくないし」

「志希……」

 正直、驚きだった。他の誰よりも自分を選んでくれたのだ。

 ギフテッドである彼女は、我が道をゆき、自分を愛するだけの存在だと思っていた。しかし、それは観測者のバイアスがかかったものでしかない。

 彼女は、飛鳥と同じ十四歳の頃は寂しい女の子だったと言っていた。その寂しくない場所というのは、Dimension-3。そういう事なのだろうか。

 そんな事を考えながら目を合わせていた。先に視線を逸らせたのは志希だ。身体を伸ばし、欠伸をする。

「じゃあ、もうそろそろ寝ようかにゃ〜。飛鳥ちゃん朝起こして」

「全く……失踪先でも日常と変わらないじゃないか。もう少しキミは自己管理というものをだな……」

「はいはい」

 と聞き流していながらも、無邪気な笑顔を見せた。

 志希のスマホ画面には、たくさんのメッセージが届いていた。

(了)

 

 

『その香りの隣には』

 

 大の昔、錬金術という分野があった。やがて錬金術は不可能が前提の上で行われた徒労に終わったが、今や「化学」と名前を変えて現代に至る。

 それが二宮飛鳥の前に壁として立ちはだかっていた。世間一般的には「宿題」と言うが、飛鳥にとっては心理的な拘束具でしかないと思っていた。この事務所の一角で、惨めな思いをさせている。

 しかし、それさえ終われば自由だ。重要なのは、どれだけスムーズに終わらせる事ができるか。そのピースは既に手の中にあった。

「飛鳥ちゃん。ここは酸化マグネシウムと炭素だよ」

「ああ、そうか」

 そのピースは一ノ瀬志希である。彼女は化学が専攻のギフテッドだ。飛鳥にまとわりついた拘束具を解くにはちょうどいい人材だ。

 それはそうと、気になる事がひとつあった。志希がいつも以上に笑顔を見せる。さらには二人羽織の要領で飛鳥を抱きしめていた。別に不気味なほどというわけではないが、なにかいい事でもあったのだろうか。

「今日はやけに嬉しそうじゃないか」

「飛鳥ちゃんに化学を教えるの楽しいんだ〜」

「ボクに? フレデリカよりもかい?」

「うん。飛鳥ちゃんと一緒にいると、まるで妹がいるみたいでね」

「キミは一人っ子だったな。踏み込むような話で悪いが、キミに妹がいたら、どうなっていたと思う?」

 すると、志希の表情が曇った。踏み込みすぎたと思った。

 志希は父と上手く行かなかったことは知っていた。母はどうなったか分からない。複雑な家庭事情を持つ志希に、家族の話は酷だっただろうか。

「……すまない」

「いいよ。今が楽しければそれでいい。でも、街を歩いて子供二人を連れてる親を見た時さ、あたしに妹がいたら違ってたかなぁって思った事はある」

「キミがイフを語るとは思わなかった」

「あたしも。でさ、その時気づいちゃったんだよね。あたしって実は妹が欲しかったかもしれないって。気軽にどこかへ連れて行ける人、化学の面白さを伝えられる人、『お姉ちゃん凄い!』って言ってくれる人。あたしがいた研究所は、そういうのなかったから……」

 飛鳥は意外に思っていた。「楽しければそれでいい」と言っていた割には、非常に人間的な一面を持っている。自由奔放に失踪して実験して観察し、欲求を満たす事を繰り返す裏では、様々な事を思っていたようだ。

「あっちでは、心の安寧を求めて匂いフェチになったのかい?」

「まあそんなところかな。だからね……」

 志希の腕に力が入った。「飛鳥ちゃんみたいな妹が欲しかった」

 向こうでは、寂しい女の子だったと言っていた。それが本物だと実感した瞬間だった。

「志希……」

「飛鳥ちゃん、こっち見ちゃダメ」

 表情を伺おうとするが、止められた。なぜなら彼女はすすり泣いていたからだ。

 一ノ瀬志希は定義できない。それは志希の中にある闇も影響しているのかもしれない。彼女自身に何が欲しくて、何が必要かも手探りの状態なのだろう。そのひとつとして、濃密に繋がった肉親を志希は求めている。どういうものかを感じたいのだ。

 志希の姿も見ずに、頭を撫でてやった。

「正式にキミの妹になってやれないのは残念だ。しかし、疑似体験くらいならさせてやれる。それで良ければ、いつだってキミの香りを感じるところにいるさ」

「……ありがとう」

「そうだ。今日はボクの家に泊まって、母さんの夕飯でも食べていくかい?」

「うん」

「実験道具はないのが残念だが……」

「飛鳥ちゃんがいればいい」

「そう言ってくれるとありがたい。だけど、どさくさに紛れてボクの匂いを嗅ぐな」

「いいじゃ〜ん」

 ペンから完全に手が離れていた。しかし、良い閑話休題になったと思う。宿題は、また教えてもらおう。

(了)

 



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