黒死牟殿の弟子   作:かいな

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第十三話

「……」

 

 目が覚める。満月は姿を消し、何時もの曇天へと戻っていった。

 私は黒死牟先生を探してみるが……残っていたのは、袋包みに入った笛だけだった。

 

 その笛から、黒死牟先生の匂いがした。とてもとても悲しくて……それでいて晴れやかな匂いだった。

 

「……」

 

 私は泣いた。

 覚えている。先生の首を切り落とした事も……先生が、私の首を打って気絶させたことも。

 

「……」

 

 もう先生は居ない。その事実にただただ……泣いた。

 

 ◇

 

 私は先生の住処へ戻る。

 先生との死合いが始まった直後。先生の技により吹き飛ばされ、そこから怒涛の勢いで戦いの場を変えていった。

 故にこの住処はそこまで荒れていない。

 

 全身の傷は何故か癒えていた。しかし体力はもう殆どなかった。

 最後の技で本当に全てを出しきった。

 

「……」

 

 先生が座られていた場所まで重い体を引きずって進み、どさりと倒れ込む。

 先生。私は……空を掴めたのでしょうか。もし掴めたとしたのなら、何故私の心はこれほどまでに痛むのでしょうか。

 

 ほろりほろりと止まっていた涙がまた溢れ出す。

 寂しいです。先生。

 

「……?」

 

 と、私の鼻が先生の匂いをかぎ取った。どうにか体を動かし、その匂いの元までたどり着く。

 

「これは……」

 

 それは──先生の残した書置きだった。

 

 ◇

 

 この書置きを見ている頃には、恐らく私は死んでいるだろう。

 つまりお前は私に勝ち、生き残ったという事だ。

 もし私に多少の情を抱いているのであれば……これより先に記す事を絶対に守れ。

 

 ──私には縁壱という弟がいた。お前によく似た……強い男だ。

 

 私は弟になりたかった。その為に鬼となり人を食らった。私は死ねば、きっと地獄に行くだろう。

 そのことに対してお前が悲しむことは無い。お前は私を超え……自身の望むものを手に入れているのだ。

 

 私の人生は惨めなものだった。しかし後悔はない。だが……それでも、その道をお前に歩んで欲しくは無い。

 

 故に人の道を踏み外すな。

 お前は私になりたいというが、決して私の様にはなるな。

 お前自身が、お前の手に入れた綺麗なものを……絶対に穢すな。

 

 お前はこの国で一番の──侍なのだから。

 

 ◇

 

「先生……」

 

 達筆な字で、それだけが書かれた紙。

 だけど、先生が残した数少ないものだ。

 

 先生はモノを持たない人だった。この住処だって、私のために家具を一式そろえてくれたが、それまでは何も無い場所だった。

 

「……」

 

 私はその書置きを畳むと、笛と同じ袋に詰めて、抱え込んだ。

 

 分かりました。私は決して……人の道を踏み外しません。

 でも……。

 

「私は……貴方に憧れてるのです。貴方が……良いのです。それは今でも変わりません」

 

 そして今後の人生において、決して変わる事は無い。

 

「……」

 

 私の意識はそこが限界だった。うつらうつらとまどろみに落ちていく。

 

 ◇

 

 一晩がたった。

 黒死牟の反応が消えてから、一晩がたった。

 唐突な反応の消失に最初は何かの間違いかと思ったが、しかし何も間違いはなかった。

 黒死牟は死んだ。理由も分からず、死んだのだ。

 

「……」

 

 何が有ったと言うのだ。

 私が作り出した十二鬼月。その上弦の壱である黒死牟がそう簡単に死ぬはずがない。

 何故。

 

 私は事態究明のため、比較的近くに居た十二鬼月の下弦の鬼を向かわせた。

 黒死牟が死んだのか殺されたのか。どちらにせよ確認せねばならない。もし黒死牟が殺されたのであれば、その鬼は十中八九死ぬだろうが……所詮下弦の鬼だ。替えは幾らでも聞く。

 

 そして黒死牟の最後の反応が有った洞窟に作った拠点に下弦の鬼が入り込もうとし……。

 

「っ……」

 

 即座にその視界が暗転する。

 殺されたと言うのか? あの一瞬で。

 私は黒死牟の拠点に向かっていた鬼に何度も呼びかける。しかしその視界は光をともす事は無く、返事は帰ってこなかった。

 

 何が起こっているのだ。

 だが……これで間違いない。黒死牟は殺されたのだ。

 今向かわせたのは下弦の鬼の中でも戦闘能力に秀でた鬼だった筈。それを意にも介さずに殺すという事は相当の実力者……鬼狩りの柱相当の存在だろう。

 

「……」

 

 上弦の鬼を派遣させるか……? 

 いや。既に相手は上弦の壱を葬り去っている。そしてたった今十二鬼月の下弦が討たれた。

 これ以上十二鬼月が欠けるのは気に食わぬ。

 しかし、せめて何が居るのかは確認せねばならない。それにもし日の呼吸を受け継いだ者ならば確実に息の根を止めねばならない。

 

「……」

 

 全く忌々しい。

 私が動かねばならぬなど。

 

 べべんっという琵琶の音と共に、先ほどの下弦の鬼が死んだ場所まで飛んだ。

 

 ◇

 

 そこは満点の夜空がのぞく山だった。

 そしてその夜空の下。灰に帰りつつある下弦の鬼の死体が有った。

 だが、既に人の気配はない。もうどこかに消えたのか……? 

 

「そこか」

 

 いや、人の気配がする。この洞窟の先か。

 

「む……?」

 

 と、洞窟の横に立て札……いや、表札かこれは。

 この洞窟の持ち主は黒死牟だ。黒死牟が付けたのかこれは。

 あくまでも潜伏するための拠点に表札を置いているのか黒死牟(アイツ)は……。

 

 訳の分からぬ思考回路に引きながらも、その表札に目を向けてみる。

 

「うっ……!?」

 

 そこに書かれていたのは一切の理解が及ばぬものだった。

 

『黒死牟先生と弟子の愛の巣』

 

 どう言う事だ。

 黒死牟先生……? 弟子……? 愛の巣……? 軽い字体で書かれたそれに混乱する。

 何がどういう事なのだ。なぜこんな珍妙なものを軒先に……? 

 

 集中を惑わされる。単語の意味は分かっても理由は分からぬ。

 何が有ったと言うのだ黒死牟。

 と、その表札の下の所に何かが書かれていた。

 

『なお。不許可で侵入し、我々に危害を加える者は命を奪う事としています』

 

「……」

 

 まさか……あの下弦の鬼、これを無視したから殺されたのか……? 

 そんな馬鹿な事が有るものか。

 

 私はその表札を無視し、ずかずかと洞窟の中に入り込んでいく。

 

「……」

 

 するとすぐに人の気配と思わしき人物を見つけられた。

 

「また……お客様ですか?」

 

 ゆらりと私に背を向けていた少年がこちらを向いた。

 

 その少年の肌は病的なまでに白かった。そして逆に頬は風邪でも引いているかのように赤く、その両性的な見た目も相まってとても扇情的な見た目をしている。

 

 少年がほのかに赤みがかった瞳をこちらに向けた。

 

「ここは黒死牟先生と私の家です。勝手に土足で上がりこまないでください」

 

 そして口を開いたと思えば黒死牟の名が出てきた。

 

「……お前は……黒死牟を知っているのか?」

 

 まさかこの少年が黒死牟を殺したとでもいうのか。

 だが確かに、状況証拠だけで言えば──。

 

「ええ……。私の師匠です」

 

「……」

 

「貴方はどちら様ですか?」

 

「鬼舞辻無惨。お前の師の上司にあたる」

 

「まぁ……それはそれは……」

 

 この少年が黒死牟を殺した。

 しかしどうしてもそれを信じる事が出来なかった。この捉えどころのない表情と喋り方。覇気を一切感じられない。

 

「お前に聞きたい事が有る。黒死牟を殺したのはお前か?」

 

「ええ。黒死牟先生を殺したのは私です」

 

 事も無さげにそう宣う。嘘をついているようには思えない。

 本当に、この少年が黒死牟を──。

 

「……」

 

 そして何故か私は……この少年に奇妙な懐かしさを覚えていた。

 何だ。このとぼけたような態度の少年に、一体何を懐かしがって──。

 

「お話はそれくらいでよろしいでしょうか鬼舞辻さん」

 

「……何?」

 

「土足で踏み入るなと……言った筈です」

 

 空気が揺れる。思わず一歩後ろに下がってしまう。

 ……私が唯の子供に気圧される? 馬鹿な。あり得ぬ。

 

「まて。私の用事はすぐに終わる。少年、君の名前は何だね?」

 

「名前……? そんなもの有りません。私は黒死牟先生の弟子です」

 

 その少年に名前は無いという。気味の悪さを覚えつつも、会話を続ける。

 

「……まあいい。お前、鬼にならないか?」

 

「鬼、ですか」

 

 それは鬼への勧誘。

 この少年が本当に黒死牟を殺した者かどうかは疑わしいものだが、それも全てこいつを鬼にすればすべて解決するというもの。

 鬼は私に逆らえない。この少年が殺していようと無かろうと、鬼にして情報を洗いざらい喋ってもらう。

 

「ああ。お前の師、黒死牟も鬼だ。そして鬼の中でも頂点に近い強さを持つ鬼でもあった。お前は黒死牟の弟子だという。ならば、死んだ黒死牟の後を継がないか?」

 

「そうなのですね」

 

「ああ、だから──」

 

「残念ですが……それは人の道を外れる行為。私は鬼になりません」

 

「……そうか」

 

 即答。まぁいい。ならば無理やりに鬼にして──。

 

「っ!?」

 

 そう思った直後……あり得ぬものを見た。

 少年の額に痣が生まれていたのだ。

 痣……痣だと? まさか──。

 

「そして……私はこの国一番の侍です。鬼舞辻さん。貴方のように人を無理やり鬼に落とすような鬼畜を……見逃すつもりも有りません」

 

「………………」

 

「先程の方もそうでした。貴方同様こちらの話を聞かず、あまつさえ襲い掛かろうなど……不届き千万」

 

 私の心内を読んだかのように語る少年は、先ほどの掴みどころのない雰囲気のまま立ち上がり構えていた。

 その姿に、私は忌々しき過去を幻視した。

 

『何故奪う。何故命を踏みつけにする。何が楽しい? 何が面白い? 命を何だと思っているんだ』

 

 心の底に凍てついた空気が流れ込むような感覚に襲われる。

 

「なんだ……お前は……」

 

「私は黒死牟先生の弟子で……この国一番の侍です」

 

 直後、全ての細胞が警鐘を鳴らす。逃げろと叫び出す。

 不味い。不味い不味い──! 

 

「空の呼吸 拾ノ型──」

 

「っ!!!」

 

 私は一目散に少年に背を向け走り出す。

 何故。

 何故日の呼吸の使い手が……!? 殺した筈だ。何故また湧いて出る!? 

 

「『晴天天晴なり』」

 

「があああっ!?」

 

 首が刎ねる。傷が焼けるように痛い。

 

「ん?」

 

 しかしその程度では死なぬ。

 首を掴み、傷跡に押し付ける。

 

「首を斬られても死なない……?」

 

「がっ!?」

 

 少年が疑問を溢す間に刀を振るう。

 両足が断たれ、勢いそのままに体を地面に叩きつけられる。

 

 何故。何故こうなる! 私はただ確認しに来ただけだ! 

 

「ぐううっ……!」

 

「何故死なない……? 先程の方は首を斬られたら死んでいたのですが……」

 

「き、貴様──」

 

 血鬼術・黒血枳棘。

 辺り一面に舞った私の血を基に作りだした棘だ。掠っただけでも鬼と化す──! 

 

「空の呼吸 参ノ型 『逢魔陽光・無間』」

 

 しかし、少年が半端に折れた刀を構えたかと思えば、一瞬で血気術を全て斬り払った。

 馬鹿な。何も見えなかった。馬鹿な……馬鹿な馬鹿な──!? 

 

「……嫌な匂いだ。あの棘……良いものでは無いですね。俄然あなたを逃がすわけにはいかなくなりました」

 

 そんな馬鹿な事が有るか。またなのか。また──。

 

「っ、鳴女! 早く、早く私を送れぇぇぇ!!!」

 

 地面に障子が生まれ、それが開く。

 何でもいい。今は無限城に逃げれば──。

 

「おや……」

 

 あの黒死牟の弟子を語る少年はノーモーションでこちらに突っ込んで来た。

 

「来るなあアアア!!!」

 

 身体の体積を瞬時に膨れさせ、障子の枠を無理やりに埋める。

 

「ぐうッ!?」

 

 障子の向こうで当然のように私の体は切り刻まれる。

 

「鳴女ッ! 早く閉じろッ!!」

 

 私の声に応えるように、べべんという琵琶の音が聞こえる。

 そして障子が閉まりきる……その直前。

 

「絶対に追い詰めて首を斬りますので! また近いうちにそちらにお伺いします! 待っててくださいね!!」

 

 今までの捉えどころのない雰囲気から一転、底冷えするほど明るい声が聞こえてきた。

 

 私は完全に理解した。

 黒死牟を殺したのは……あの異常者だという事を。


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