ようやく寒くなくなったと思ったらいきなり暑いのでこれはきっと景趣が変わったのでしょうと。日杵1dayドローイングお題「雨上がり」参加。

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三日後には真夏日になった

 昨日も、今日も、おそらくは明日も雨模様。景趣の設定さえ変えればどうにでもなるものを、態々四季の再現などしているのはひとえに初期刀の趣味だった。

「どうにかなんねえのか」

 巨大なビーズクッションに身を預けて、もうこの薄寒い陽気には飽き飽きしたという様子の日本号がそう言う。その体躯のせいでやけに小さく見えるタブレット端末には、何かの報告書が表示されている。

「何が」

 一応という風に答えたのは赤地に炎の意匠のTシャツを着た青年で、こちらももう七月も半ばというのに春先のような寒空にはうんざりしていた。

「雨」

 

 雨が降ると柄も鞘も濡れる。熊毛はたっぷり水を吸って重たくなるし、白鞘の方は湿気と熱気のせいで黴に侵されはしまいかと不安を呼ぶ。

「無茶言うなよ、俺が降らせてるわけじゃなし」

 栃色の髪の男はそう言うと、自分だって泥濘んだ庭や畑には辟易しているのだと嘆息した。借り物の漫画を山と積み上げ畳に寝転がるその姿は到底そう見えないが、天下に名高い大槍の化身である。鞘から抜き放たれれば天を穿ち雨を呼ぶ松平の宝槍。かつて彼はそう謳われていた。

「抜いて一言退けっつうだけだろ」

 雨を呼べるのならその逆もできるだろう。彼は別に雨乞いのためにあるのではなく、ただ天を裂いてやろうかと脅して従わせた。であれば全く同じ様にすれば龍は雨雲を連れて去ることだろう。この本丸という不可思議な場所に果たして龍がいるのかはさておいて。

 

「だから、無理だって」

 そう言う男の首には、刀紋の入ったペンダントが揺れている。

 鞘でも行列でも何でも、自分に天候を変える力があるなどというのは作り話に過ぎない。御手杵という槍はただ、三名槍が一つ松平の東の槍として極められたのだから。それ以外の全てはあの日の越前に置いてきた。

「……ほんとに。そういうのはもうできないんだよ」

 それだけ言って、漫画に視線を戻す。外装に反して室内は空調がよく効いているので返しに行くのも億劫になるが、この調子なら今日のうちに読み終わるな、などと考えつつまだ読んでいない方の山の数を数えた。

 

 

 

 そろそろ昼だ、と次の巻に手を伸ばそうとした御手杵が言う。日本号が顔を上げれば確かに壁の掛け時計は正午を過ぎていた。昼食は十二時半からなので、殆ど間一髪と言ったところだろう。手に取りかけた一冊あきらめた御手杵が立ち上がってジャージの上を羽織る。

「お、上がってる」

 障子を開けた御手杵が雨音が途絶えているのに気付いて、思わずというように空を見る。

「いや、上がったつうかこれ……」

 日本号の言うように湿った空気と重たい雲はそのままだったが、ともかく雨は止んでいた。

「たしかにまた一雨来てもおかしくなさそうだけどなあ」

 

 榛の目を細めてすこしいたずらな雰囲気で笑うと、歩き出した御手杵が言う。

「でも晴れるよ」

 それは先とは打って変わって、空模様すら意のままにする雪降らしの槍の名に違わない確信に満ちた声音だった。けれど残念ながら日本号はその確信の元を知っていた。

「そりゃ洗濯物干せねえって堀川が談判してたからな」

 つい昨日の、夕刻のことだ。もう辛抱ならない、城主に景趣の変更を願い出ると執務室へ向かっていった脇差の姿を思い起こしながら、日本号も笑いを溢す。

「なんだ聞こえたのか」

 てっきり日本号は知らないと思っていたのだろう。御手杵の言い方が妙に残念そうなことに、また笑う。御手杵は昨日近侍だったから、当然堀川の訴えを間近で聞いたことだろう。

 

「さて、飯だ飯。今日の当番は村正達だったよな?」

 笑われたことに少々不機嫌になったのを見て、わかりやすく話を逸らすと軽い蹴りが──本刃は軽いつもりなのだろうが自分の打撃値を鑑みて欲しい──飛んできた。こういう所は変わらねえな、などと言えばもう一発お見舞いされるのは想像に難くないので口にはしない。

 本丸中の刀の食事を三食準備するのは時間がいくら合っても足りないので、この本丸には台所がいくつもある。長物が中心になって使っている台所はなぜか東西槍部屋(旧長柄部屋)から遠いが、二振りで並んで歩く時間が増えるので日本号にさほど不満はなかった。

 

 何度も角を曲がって歩くうちに、空はみるみる晴れていく。どうやら次は夏の景趣らしかった。


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