だが忘れるな。最後に勝つのは、俺だということを」
並び立つべき比翼との語らいを経た煌翼は、存在そのものが特異点というべき自立活動可能な星辰光である。
その特性に引っ張られて、異世界のとある少年の中に入ってしまうことに。
離れ離れになった尊敬する蝋翼を心配しながらも、少年を取り巻く環境に巻き込まれて、世界の悪辣さに赫怒を燃やしていく。
星辰体の存在しない世界で、煌翼は再び秩序の破壊者として烈奏を謡うのか、或いは───。
「対話を以て止まることは大事だがな、それでも駄目ならばぶつかるしかあるまい。
───さあ、
やっつけ、適当、設定ガバガバ、三万字近い文字数。
それでも良い方だけ時間を溝に捨ててください。
インフィニット・ストラトス
通称:IS
それは、とある一人の
だが、
自らの子供と言うべき発明を馬鹿にされた少女は、親友と共に二人、全世界を騒然とさせた──後に『白騎士事件』と呼ばれる──
世界の
『旧時代の
従来の兵器は、それの前に為す術無く
人類の文明は、更なる
しかしながら、ISには唯一の欠点にして解明出来ない不可解な点が存在した。
──ISは、女性にしか反応しないのだ。
開発者である少女にも理解出来ていない、というよりもISそのもの、ひいては、ISをIS足らしめている──ISコア自体がそもそも
だが、人々はそんな事には頓着せずに、ISという兵器を受け入れた結果、ISを稼働出来る女性を優遇する制度や社会が発達、数年で世界情勢は〝女尊男卑〟という風潮に染まっていった。
人類は利便性にかまけて堕落し、集団で『権利』だの何だのと社会的地位を振りかざす、文字通りの烏合の衆となり果てた。
その中で最も下らないのが自分では何もせず誰かに全てを任せる、弱者と言う名の衆愚である。
それらの大半は女性であり、ISなど実物に触れた事すらないのに『私はISを扱える女だ』という理由のみで、大抵の事を押し通そうとする。ISパイロットには媚び、それ以外を見下す。己は女でありISを動かせるのだから、私の言葉に従えばいいとさえ考える痴愚。人はここまで醜くなれるのかという、まるで屑の見本市のようだ。
ISには前述の通り、ISコアと呼ばれる、人間の心臓にあたる
IS学園。
言葉の通り、ISの専門的な知識を学べるだけでなく、訓練機を貸し出して実践訓練を行っている教育機関。世界に一つだけのISパイロットを育てる場所が故に、その入学倍率は凄まじい数字を叩き出す。一部のエリートやIS適性の高い、謂わば選ばれた人間しか通う事を許されない学校。
近年はスポーツとして認知されているISは、一つの競技として
如何に競技用
にも関わらずそういった危機管理が甘いのは、ISが持つ『絶対防御』──操縦者の生命保護機能が原因の
それにより、ISは安全性の高い、つまりは遊園地のジェットコースターなどのような乗り物としての認識が強くなってしまったのだ。
IS学園・第一アリーナ
現在、一年一組のクラス代表者──学級委員長のようなものだ──を決定する為、という名目の“決闘”が行われていた。
一人は最近発見された
相対するは、イギリスの国家代表候補生であるセシリア・オルコット。代表候補生という肩書きに恥じぬ操作技術で専用機の『
専用機とは、通常のISを個人に合わせた
だが、一夏は
急遽見つかった男性操縦者は話題の種でもあり、同時に厄介事の芽でもある。女性の権利を主張する──女性上位の社会でISが生み出す恩恵のおこぼれを啜る──団体などは、「ISは女性だけの物であり、穢らわしい男が乗るなど言語道断」といった主旨の
また一夏を
が、それは彼の
その保護の一貫として、自衛手段としてISを学ばせる目的で、本人の意思とは無関係に強制入学させられている。それを一夏自身は正直納得がいっていないが、学園に入学出来る定員数が決まっているのだから、
彼が悪い事をしている訳ではない。ただ、与えられたものに甘受しているだけという事こそが、何よりも
織斑一夏のこれまでの人生は、常に姉によって整備された環境に甘んじて生きてきた。
社会に蔓延る濁った悪意を知らず、誰もが己と同じように生きているのだと勘違いをして、結果自分の想像可能な範囲でしか他人を
それは環境の問題だけではなく、生来の素質と言っても良い。
自分を守ってくれる
そんな一夏は、またも与えられた舞台に立っていた。
先頭開始当初こそ、慣れないISの制御や
自らの感覚と完全に
機体性能と
「俺が、守るっ!」
『───ふざけるな。守る守ると一体貴様は何になったつもりだ』
「ガァッ!?」
「っ、何ですの!?」
一夏が
「織斑っ、どうした! 返事をしろ! 織斑ァ!」
千冬が
「織斑先生! 一夏くんの
「一体、何が起きているというんだ……!?」
一夏の肉体には異様な事態が発生していた。
「がぁああああああああああああ!?!?」
──全身が燃えるように熱い。
それが、脳が焼き切れるかの如く痛みを訴えてくる中、一夏に残された僅かな理性が感じた事であった。
身体中に流れる血液が沸騰しているような気さえしてくる程の熱量に侵されながら、大量の
『甘えるなよ、織斑一夏。貴様の言葉には熱がない』
また、聞こえた。
「おま、えっは……!?」
『俺の事などどうでも良い。何だ、その体たらくは』
謎の声が一夏を叱責する。
『誰かを守ると言いながら、目前の怨敵を滅さんと虚無の光を宿す剣を手にする──何だ、それは?』
耳に届く声は激しく逆巻く焔の如く、一夏の心の隙を責め立てる。
『加えて、撃滅せんとする相手に対して敬意すら払う事をしない。全く以て度し難い』
一夏は気付いた。この声の主は
『それは守る者の姿に非ず。
誰かを守りたいのならば、その手に持つのは剣ではなく、目指すべきは敵の粉砕ではなく、対話による折衝でなくてはならない。一夏が抱えてきた歪みを正さんと、謎の声は容赦なく怒りをぶつける。
『自覚しろ──
守る為には
故に、織斑一夏が目指すものは「悪を裁く正義」であり、守る為とは言え鏖殺を執行する者。
どれだけ高尚な願いだろうと、邪悪を殺すのであれば邪悪と何ら変わりはない。同じ穴の狢という奴だ。
それでも、大切なものを守り抜く、その為に悪を誅殺する力を求める事を止められないのも、また真実。
何故ならば───
『“正義”とは、即ち“怒り”なのだから──!』
───
「ああああァあァァァァああァァああああああ!!」
まずは一夏の絶叫から始まった。
地に伏してからは小さく苦悶の声を漏らしていただけだったが、最初とは比べ物にならない程に悲痛な叫びを上げた。
続いて、白式の周囲が揺らぐように空間が圧迫されていく──否、膨大な熱量によって蜃気楼が発生しているのだ。機体そのものが熱を帯びているように、表面が赤熱化していく。
【
喧しく
【……ピッ……ガガッ……
『たかが機械──等と侮る訳が無いだろう。
【……kdisj……giじ人、kqp格wdb、いtdqw、ガガッ……損傷甚dwlっ……やon、夏wlfxmで……たすkrel、p……pipipi……gggg……】
『“痛み”だ。“痛み”が人を強くする。お前の意思に敬意は払おう。ならば、俺も負けてはいられんだろう』
けれども、最後には轢殺して、勝手に背負って、報いるためにと貫き通す覚悟と決意を抱いて果てなく歩まんとする。何たる業の深さか。
肩部装甲がドロドロに熔け始め、腕部装甲の一部も剥がれている。白式全体のシルエットが徐々に変わっていく。
絶えず一夏の絶叫が響き渡る中、
気が付けば、叫び声は止んでおり、その場は静寂に包まれていた。
「……ど、どうなったんですの?」
「……い、一夏……」
各々が息を飲む。その中心である白式──一夏が身体を起こす。
全体的な
背部に位置する
ヒロイックな意匠であった白式は、その印象を大きく変容させていた。
搭乗者である織斑一夏の瞳は閉じられており、その表情を伺う事は出来ない。現在は
「一夏……?」
「……」
千冬が心配して声を掛けるが、一夏は応答しない代わりにその瞳を開いた。
瞬間、千冬、対面しているセシリア、そして幼馴染みである
──先までの少年とは違う。
その瞳には燃え盛る怒りが渦巻いていた。
「お前は……誰だ?」
険しい眼になる千冬。咄嗟に
「──愚問だな」
たった一言。
それだけで分かってしまう残酷な真実があった。姉弟としてこれまで培ってきた時間が、それを手繰り寄せてしまった。
「
淡々と、そして厳粛な雰囲気を醸し出す一夏は、己は変わってはおらず、ただ常とは異なる一面が現出しているに過ぎないと言い切った。
「そして、セシリア・オルコット」
「……何でしょう?」
ガラリと一変した一夏から、突き刺すような視線を受けたセシリアは、警戒を怠る事無く見返す。
(……不味い、ですわね。
冷静に
しかし、そんなセシリアも、次の一夏の行動には流石に気を緩めてしまう。
「非礼を詫びよう」
「なっ……!?」
一体何に対する謝罪なのか、一夏は軽く頭を下げるだけに留めたが、本心からの言葉である事は理解出来た。
「
確かに、決闘が成立した際に一夏はセシリアへ、どの程度のハンデが必要かと質問したとの出来事があった。結局は有耶無耶になっているが、自分と相手の力量差も測れずに、“ただ相手が女であり、自分が男である”というだけで申し出たのだ。
「お前の技量は凄まじい。射撃センスだけでなく、機体制御、飛行制動、どれを取っても驚嘆に値する。何よりも、オルコット家当主、そして国家代表候補生としての
互いに売り言葉に買い言葉であったが、一度は罵り合い、決闘まで至った相手の事をべた褒めする一夏だったが、セシリアは
「……馬鹿にしてますの?」
墜落する直前の一夏には、一瞬セシリアの“理想の男性”が見えた気がしたが、どうやら気の迷いであったらしい。無様に地を舐め
「言葉が足りなかっただろうか。勘違いさせた事も重ねて詫びよう。……だが」
「────勝つのは俺だ」
【System Re:Generate】
雄々しき勝利の宣誓と共に、白式が
「んなっ!?」
『馬鹿な!?』
既に満身創痍、人間で言えば全治四ヶ月の大怪我と言える程の損傷具合。
それら一切を無視したシステムの強制稼働。
従来のISからは考えられない挙動に、一同が驚くのも無理はない。
これこそが、光の性質の真骨頂。
───己を打ち負かした
───傲慢と無知に彩られた窮地。
───
ここに条件は達成された。
容易ならざる困難という、
後は、不断の覚悟と決意を以て
【《
───変化は、劇的だった。
突如、
猛々しく燃え盛る炎は白式を包み込み、その装甲へと浸透していく。
「創生せよ、天に描いた星辰を────我らは煌めく流れ星」
一夏の口から紡がれるのは、己を変革する為の
【───《
───■■■■の素質。
───
───存在しない筈の■■■■■との感応。
以上の事により、自身を
その一端が、示された。
機体の各部装甲からは常時炎熱が排気されており、その熱量が再び蜃気楼を作り出す。
「愚かなり、
「
周囲の環境に甘えてきた、そして傲慢なる己自身への決別。
「この
故に、ここから。
「
再起を望み、空に仰ぎ見る
「
その為ならば、墜落さえも厭わない決死の覚悟。
「
その原動力とは、即ち“
あらゆる罪を許すのは、世界であり、悪であり、己自身に他ならないのだから。
それらを許容する事など出来はしないからこそ、全ての闇を照らし出し祓い清めんと欲する。
「勝利の光に焦がされながら、
「我が墜落の
その果てに善なる世界が訪れる事を祈って、自らを
「故に邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ」
新世界に、
そんなものは、俺が許さない。
「
【───《
圧倒的出力で放出される灼熱に、機体も搭乗者も悲鳴を上げる。
排熱が追い付かず装甲のほとんどが融解を始めていて、地面だけでなく
その真っ只中にいる一夏は、息をするだけで肺が焼かれ、眼球内の水分すらあっという間に蒸発していく。
最早人が一秒も存在できない空間だ。
それら全てを気合と根性で
機体のあらゆる部分から炎熱を吐き出し、
しかしながら、
先程の
確かに一夏、というよりも彼の精神に偶然居着いた■■■■が繋がっている
一夏の身体から溢れ出る劫火の奔流は
だが、完全解放するには環境が足りず、肉体並びに精神の素養も足りず、更には
一夏の身体で生み出された
「あれだけ大量のエネルギーを絶えず放出している……。にも関わらず、尽きる事のないエネルギー……」
「しかも、
「…………」
(一夏……。お前は……)
「……?」
ディスプレイに
「……えっ?」
「こ、これは……!?」
違和感の正体は、
IS搭乗者は
一般的にIS
しかし、現在の白式は“絶対防御”はおろか
対面する二人の間に、管制室から模擬戦中断の緊急通信が入った。
『織斑、オルコット。両名は戦闘行動を中止し、直ちに
「不要だ」
『……っ!』
その
『分かっているのか、織斑! 貴様の
「くどい」
食い気味に否定され頭に来てしまい、真耶に宥められなければ今すぐにでも必殺の出席簿アタックをカマしに行く所だ。
「……正気ですか?」
セシリアも白式の致命的な欠陥を把握している。それでも戦闘継続を宣言するなど、頭の
「委細承知している。その上で言わせて貰うが、
込められた気迫は一体どれ程のものなのか、セシリアには推し量る事は出来ない。
「言った筈だぞ。
俺はお前に尊敬の念を抱いている、と。
──故に、俺も負けてはいられんだろう。
手足をもがれようとも、必ず勝利を掴んでみせよう。
それが俺なりの敬意の示し方だ。
元よりそれしか知らぬし、それしか出来んのだからな」
正しい選択などに意味はなく、重要なのは懸ける想いの強さと純粋な意思に他ならない。
背負った決意を貫き通す覚悟があれば、そも取捨選択の天秤などは毛ほどの価値もない唾棄すべき考えだ。
されば、求める憤怒は烈火の如く。
邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ。
飛び出してきた答えはセシリアの想像の遥か斜め上を突き抜けた。
その不器用と形容するには歪すぎる精神に、思わず眩暈を覚えるほどに。
「……何か、おかしかっただろうか?」
「まごう事なく狂人ですわっ!」
ヂリヂリと空気を焦がす音が最高潮に達したとき、焔の魔人が動き出した。
うねりを上げた稼働不可能な筈の
「まさか……
咄嗟の判断で白式を
相手に“絶対防御”はなく、撃てば文字通り死に至る。自分に人が殺せるのか、それを問い掛ける
しかし、一夏には意図が伝わらなかったのか、その眼に溢れる闘志は些かも衰えてはいない。指先一つでいつでも命を散らされる状況に気付いていない訳ではないだろうに。先程の
静かに、火蓋は切って落とされた。
「───
「───遅い、ですわ」
一夏が天へ羽ばたく寸前、膝を折り畳んだ瞬間に出来た僅かな隙にセシリアが差し込む。
バシュンと空気を焼きながら発射されたビームは、
セシリアの狙いは右足だ。如何に強がろうとも片足を失えば流石に痛みで冷静になるだろう、という期待を込めての選択。義足ならば日常生活に支障はない、と思う。
それは他人の命を奪う事を無意識に敬遠した結果だという事を、セシリアは理解していない。
「───
この男に対して、その選択は甘すぎた。
行動の
足を一本失えば冷静さを取り戻す?
足を奪っておきながら日常生活に支障はないだろう?
何だ、それは。ふざけているのか温すぎるぞ。あまつさえ敵の心配など言語道断驕りが過ぎる。
解放される炎翼。
迫り来る光弾。
景色が線になる超音速。
その刹那に交差する
──結果、僅かに
飛翔した一夏は、離陸前の体勢が崩れたせいで真っ直ぐとは行かなかったものの、セシリアへと昇っていく。その速度は戦闘機を思わせる。
見上げる眼には未だ折れぬ信念の光を帯びており、紅い軌跡を残しながら駆ける姿は『
真一文字に食い縛る口の端から漏れる火花を含んだ吐息は、ほとんど煙だ。今も一呼吸する度に肺や気管が爛れる激痛に見舞われている。常人ならば何度も失神している程の苦痛。
にも関わらず、一体どうして
その痛ましい姿、そして何より
そんな彼と刹那、眼が合う。
瞬間、
「──えっ」
「──っ!?」
落ちたのは、勿論『ブルー・ティアーズ』の
実は、この時セシリアには
つまり、セシリア自身も全くの無意識での狙撃であった。
敵意や殺意といった情動や照準をつける予備動作も何もなく、一夏にとってもセシリアにとっても予想外。一夏を恐れるあまりに完全な無我で撃った閃光は、偶然にも寸分違わず眉間を射抜く『必殺の流星』となる。
白式の
弾丸は
対する白式も
相対速度は音速の数倍、体感速度は更に上。もしかすれば一夏は光と同等の
比我の距離は既に間合い。現在の相対速度ならば一秒未満でかち合うだろう。このままでは衝突は避けられず、一夏は脳漿をぶち撒けながら再びの墜落を演じる事になる。
その瞬間、全員の心は一つになった。
観客席の傍観者は凄惨な光景を見たくないと目を覆い、
管制室の教師陣は絶望に膝を屈して無事を祈る事しか出来ず、
相対する好敵手はただ願う──
『ちょぉ~と待ったぁ!!』
唐突に、白式からコミカルな声が響き渡った。
ISコアネットワークを介しての完全秘匿通信。一夏以外の人間には聞こえておらず、通信の痕跡すら残らない。こんなことが可能な人間は、一夏の記憶によれば
「……篠ノ之束、か」
『ピンポンピンポンだいせ~いか~い! 皆のアイドル束さんだよ~! 久し振りだね! いっくん!』
ふざけているようなハイトーンで捲し立てる女は篠ノ之束。ISの開発者である。当然彼女なら誰にも気付かせずに秘匿回線を繋ぐことも可能だろう。
「何の用だ……」
『“
今までの態度から一八〇度一変、苛立ちを隠さぬ低い声で拒絶を示す束。
『大体何だよコレ……白式の
この短時間で白式の
そして、一夏の内的宇宙に巣食う存在に向かって傲岸不遜にも言い放つ。
『いいかよく聞け、その灰色の脳細胞にしっかり刻め……。
「『──下らんな。貴様は一体
一時的に主人格に躍り出た
『……は?』
「『
『……何偉そうに講釈垂れてんだよ、誰に向かっ……』
「『俺は貴様ほど
『ちょっ──』
言いたいことだけ一方的に言って、通信を
僅かな情報から■■■■の根幹に迫る頭脳は流石としか言えないが、その本質は幼すぎる。
どっち付かずで寂しがり屋の兎如きが、我が天翔を阻むに能わず。
だが、現実は非情である。
彼は、織斑一夏は、足掻く間もなく絶命する。
それは事の
どうしようもなくどうしようもない、そんな死地にいて一夏は─────。
─────ただ
何をしようと覆せない結末?
もう一度言う、
この程度の窮地に屈する輩に、一体何が成せると言う?
この攻撃、見事と言う他ないだろう。脊髄反射で動くほど身体に染み付いているという事だ驚嘆する。故に負けんぞ勝つのは俺だ。お前の輝きを越えるため限界などは知ったことか、俺は止まらんし止まれん。
それこそが、光の
本気で困難に立ち向かい乗り越えんとする気概が
その根幹にあるものは、つまるところ
完全な精神論。
光に振り切れた者の特権。
思い一つ、心一つで
物語の中から飛び出してきた“英雄”そのもの。
理不尽を形にしたような
さて、ここで一つ皆様に問いを投げたい。
この危機的状況を
参考までに、英雄の答えは以下の通りである。
Q.加速しすぎて防御も回避も手遅れ。ならばどうする?
A.更に加速する。
「
『参考にならんわこれ』との声が聞こえてくるようだが、英雄故致し方無し、と諦めて頂くしかない。
一千分の一秒にも満たない時間の中で、より一層の噴煙を巻き上げながら超加速を強引に続行したことで、亜光速にも近い未知の速度域へと突入する。
眼に入るものは全てが背に向けて流れていく
正に“一寸先は闇”だ。何も見えぬ暗闇で松明の明かりすらなく、一歩先さえ見通せない。
現に一夏以外は焦って判断を誤ったと思い、表情に翳りが見える。
螺旋を描くような軌道に、一番近い位置で見ていたセシリアだけが理解した。
言ってしまえばそれだけであり、当たり前の真理でしかない。
当然、空気抵抗や距離による威力減衰、重力に捕らわれている為に発生する弾道の落下。セシリア自身も
しかし逆を言えば、自然法則や特殊装置を利用しなければ前提は違わないという事でもある。弾丸の軌跡は直線運動しか行わず、故にこそ弾丸に対して旋回機動を選択した事
問題は距離、その一言に尽きる。
白式の
そしてもう一つ、旋回運動による回避が困窮を極める理由があった。
「───ぐぅっ」
あれだけ頑なに結んでいた一夏の口から呻き声が漏れた。白式も金属が擦れるような音と共に
そう、これこそがもう一つの問題。
通常、戦闘機が旋回運動をする場合には
つまり、
白式の水平速度は──正確な数値は分からないが──おおよそ亜光速に達していた。であれば、旋回軌道に必要な速度と
勿論、ISと戦闘機では根本からして違う為、一概に言える事ではない。
だが、一夏と白式は最早死に体。慣性制御装置──
機体と搭乗者、どちらかが壊れた時点で物語はありきたりな最後を迎える事だけは断言できる。
努力空しく墜落を再演するか。
天昇の果てに機体諸とも融け墜ちるか。
或いは、その手に掴むは勝利なのか。
───
「───まだ、まだだっ」
三度の覚醒を経て、瞳に湛えた赫怒の雷火の残光と共に───首の皮一枚を削られながらも、紙一重で致死を躱した。
同時、
光の限界突破は無限ではない。正確には無限に覚醒する満たされぬ精神と反動に耐え得る強靭な肉体が必要なのだ。
本来の覚醒とは、人が一生のうちに一度か二度しか果たせないものである事を鑑みれば、光の覚醒がどれだけ歪かが分かる。
その光景にセシリアは安堵の溜め息を吐く。一夏が助かった事もそうだが、何より
管制室の千冬は最愛の弟が生きている事に胸を撫で下ろし、真弥は張り詰めた空気が霧散し詰まっていた息を吐き出す。
だからと言って、この場が丸く収まる事などない。
「一夏ァ!」
その瞬間を見ていたのは、幼馴染みである篠ノ之箒ただ一人。呼び声に釣られて見上げた人々の目には、不自然な軌道を描く白式だった。
一夏は未だに
しかし、
失速する天昇に調整できない出力。
───融け墜ちていく飛翔が始まる。
絶えず
「づっ───まだだァ!!」
ならば、
「な、これはっ……!?」
ここに来て、
元よりこの身に備わる性質は間違いなく光だ。けれど素質は皆無、淡い光では限界も早いというのは自明の理。既に
付け加えるなら、闇とは
覚醒する度に反動で寿命を縮めるが、反動で崩壊する我が身を生き永らえんとする為には覚醒しなければならないという矛盾と悪循環。
【……ggg……KIたイ、損シょUuu……ジン大、Syst、qpwkいwg……イか、ろSU、Inpおqscm……づmrqy、ls……】
白式はとうに稼働限界を迎えており、今にも量子化してしまいそうなほどに輪郭があやふやになっている。
とどのつまり、
物語の結末なんてものは、大抵こんなものなのだ。
───故にこそ、焔の魔星は
「『否、まだだッ──!!』」
覚醒の怒号で世界さえも蹂躙せしめる救世主。その本領、否、全霊のほんの一端を刮目せよ。
雪片弐型のみを残して白式を量子変換してしまい、完全に丸腰になる。自殺行為のようだが、これこそが
「『天駆けよ、光の翼───
再び紡がれた
しかし、
「『再誕を果たせ
再演、ならぬ再炎。本家本元の覚醒。
全身から炎と
かといって、全てが同じである訳はない。
救世主の
そして、致命的なまでに
日常の似合う人間であればそれで構わず幸せかもしれない。が、焔の魔人の
この覚醒が最後となろう。これ以上は
事実、
正真正銘最後の墜翔。
是非もなし──ならば、後は死力を尽くすのみ。
「『
体外に流れ出た血液が空気に触れた途端、
赤熱の尾を引きながらの
その雄々しい男の姿に────深い哀しみを抱くのは何故だろう?
セシリアは自分がおかしくなってしまったのかと困惑する。
だってそうだろう?
「……あぁ、そういうことですか」
単に
光、勝利、未来、友情愛情絆そういった善性は素晴らしいものだ。それは誰にも否定できない。
しかし、彼は
人間は
その
極論、
光を目指して突き進む/止まる事が出来ない。
人の強さに妥協をしない/弱さを許す事が出来ない。
果ては
名も知らぬ誰かの為により良き明日へ飛び立ち、邪魔するものは何であれ蹴散らして貫き通す運命の車輪。
それは、なんと……
「……なんと、哀しいことでしょうか……」
薬も過ぎれば毒となる、過ぎたるは猶及ばざるが如し。行き過ぎた光はどうあっても余人にとって猛毒にしかならないのだろう。
「『ウオォォォ!!』」
轟炎を纏う
漸く
目は口ほどにものを言う、という
雪片弐型を最上段で構える一夏。狙いは全身全霊の唐竹割り。
外しはしない、一閃にて断ち切って見せよう。
SEも絶対防御もあるというのに、真紅に濡れた刀身が放つ煌めきの前には無意味だという直感があった。
紅焔を
目前に迫る炎の塊となった一夏を見て、セシリアは思う。
これ程の激情を産まれてから目にしたことはあるのだろうか、と。
母は強い人だったが、燃えるような情熱ではなく凍てついていたように感じる。
「
父は母に頭の上がらない人だった。頭を垂れて機嫌を取る背中は、セシリアにとって情けなく映った。
母もそんな父を嫌っていた素振りを見せていた。そして、セシリア自身も父を嫌い情けない男が嫌いになった。
今まで出会ってきた人間も誰もがオルコット家の遺産を奪おうとしてきた汚い大人ばかり。
誰一人として、目の前の男ほど強い
故に、彼に興味が湧いた。しかし──
それはこの場面を切り抜けられたら、の話である。
少し意識を飛ばしている間に、
鈍い光を反射する刀に、セシリアは死を予感して反射的に目を閉じてしまった。
その様子に普通の人間ならば気が引けるかもしれないが、光の奴隷にそんな感傷は刃を鈍らせる事能わず。
誰かの
「──ふっ!」
「──っ!」
「………………?」
痛いほどの静寂の中、
そこには、
「『───
刀身半ばから粒子となって
辛酸を舐めた表情で雪片弐型を手放す。地面へと到達する遥か手前で粒子へ還っていく雪片弐型。
この最終局面に来て、白式は完全に沈黙したのだ。
そして同じく
意思力が尽きたのではない。単純、
つまり、
事態を飲み込めないセシリアが目を丸くしていると、一夏の身体から炎と力が抜けていき
「っ! 織斑くん!」
「一夏!」
「……オルコット!」
「……っはい!」
真耶と箒の悲痛な叫びが木霊して、千冬の呼び掛けにセシリアが一拍遅れて反応。急降下を開始する。
難なく一夏を捕まえたセシリアはそのまま地面へとゆっくり降りていく。一先ずは大丈夫か、と全員が肩の力を抜いた。
セシリアは一般的には“お姫様抱っこ”と言われる体勢で一夏を落とさないように運んでいく。
実際に触れてみて、ISで簡易的に
まず、内臓を含めた体内器官の全てが焼け爛れている。限界を超えた活動により筋繊維は千切れ神経や筋もほとんどが切れてしまっている。肋骨三本と右鎖骨、その他罅の入った骨は数知れず。健常な箇所など一つもなく、指一本さえ動かす事など出来はしない筈だった。
今すぐ緊急治療が必要であり、今後二週間は治療用ナノマシン投与と集中治療用カプセルでの生活は余儀無くされるだろう。
それでも彼は動いていた。
不出来な肉体など知ったことかと現実を粉砕しながら駆動する気合と根性。
──全ては“勝利”を得るために。
何が彼をそこまで突き動かすのか、興味が出たと同時に、光に焼かれながら目指すことは
サラリ、とセシリアの髪に触れられる感覚があった。
一夏が薄く目を開けて、セシリアの毛髪に手を伸ばしていた。
「……髪、少しっ……焦がしち、まったな……」
悪い、とは言葉にならず意識を手放してしまった。
一夏の言う通り、最後の一閃の際に残り火が若干セシリアの綺麗な金髪に焦げ目を残していた。
その他者を気遣う物言いに、焔の魔人は表層意識から引っ込んだ事を理解した。
「何だよ……何なんだよあいつは!」
世界の何処かにあるらしい篠ノ之束のラボには、何かの部品やらが至るところに散乱していた。
空中に投影された映像にはセシリアと一夏の戦いの様子が映し出されていた。今は一応の収束を終えて、一夏の治療に慌ただしく動く人々の様子が映っているが、束の目には見えていない。
「零落白夜……雪片弐型……それを押さえ付けた
束の頭の中では、観測した情報がぐるぐると回り想定し、推測し、仮定し、正体不明の輪郭をより鮮明に削り出していく。
しかし──
「……うがあああ! ダメだ、あれだけの出力上昇に説明がつけられない!」
如何なる
光に殉ずる者が聞けば、鼻で笑ってしまう程に見当違いと言える。
理屈ではない。原理は単なる根性論。
即ち、気合と根性に他ならない。
心一つ、想い一つで覚醒していたなどとは束は考えもしないだろう。
「うがあぁぁあぁああああ!!!」
一週間以上の間、束の叫びは続いたという……。
続きません。
早くメインを書き上げなくちゃ……。