「──それならば、説得して見せろ。
 だが忘れるな。最後に勝つのは、俺だということを」



 並び立つべき比翼との語らいを経た煌翼は、存在そのものが特異点というべき自立活動可能な星辰光である。
 その特性に引っ張られて、異世界のとある少年の中に入ってしまうことに。

 離れ離れになった尊敬する蝋翼を心配しながらも、少年を取り巻く環境に巻き込まれて、世界の悪辣さに赫怒を燃やしていく。

 星辰体の存在しない世界で、煌翼は再び秩序の破壊者として烈奏を謡うのか、或いは───。

「対話を以て止まることは大事だがな、それでも駄目ならばぶつかるしかあるまい。救世主()海洋王(お前)がそうであったように……」




 ───さあ、創世神話(マイソロジー)を始めよう。

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単発。

やっつけ、適当、設定ガバガバ、三万字近い文字数。
それでも良い方だけ時間を溝に捨ててください。


英雄に憧れて墜落する生け贄系主人公ワンサマくんUC

 インフィニット・ストラトス

 

 

 通称:IS

 

 

 それは、とある一人の()()科学者によって創成された、宇宙空間活動用マルチフォーム・スーツ。

 

 だが、(ソラ)を目指した少女の夢を、愚かな旧世代の人間は世迷い言と切り捨てて嘲笑った。

 

 自らの子供と言うべき発明を馬鹿にされた少女は、親友と共に二人、全世界を騒然とさせた──後に『白騎士事件』と呼ばれる──大事件(革命)を成功させた事で、ISの存在を人々の記憶に焼き付けた。

 

 世界の均衡状態(パワーバランス)を一気に塗り替えた

『旧時代の破壊者(レイザー)』にして、『新世界の新生者(セイヴァー)』────最新にして最強の兵器として。

 

 従来の兵器は、それの前に為す術無く(ソラ)へと墜ち。

 

 人類の文明は、更なる発展(退廃)栄華(堕落)を極めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしながら、ISには唯一の欠点にして解明出来ない不可解な点が存在した。

 

 ──ISは、女性にしか反応しないのだ。

 

 開発者である少女にも理解出来ていない、というよりもISそのもの、ひいては、ISをIS足らしめている──ISコア自体がそもそも認識不能領域(ブラック・ボックス)を持っているという、致命的な欠陥を抱えている。

 

 だが、人々はそんな事には頓着せずに、ISという兵器を受け入れた結果、ISを稼働出来る女性を優遇する制度や社会が発達、数年で世界情勢は〝女尊男卑〟という風潮に染まっていった。

 

 人類は利便性にかまけて堕落し、集団で『権利』だの何だのと社会的地位を振りかざす、文字通りの烏合の衆となり果てた。

 

 その中で最も下らないのが自分では何もせず誰かに全てを任せる、弱者と言う名の衆愚である。

 

 それらの大半は女性であり、ISなど実物に触れた事すらないのに『私はISを扱える女だ』という理由のみで、大抵の事を押し通そうとする。ISパイロットには媚び、それ以外を見下す。己は女でありISを動かせるのだから、私の言葉に従えばいいとさえ考える痴愚。人はここまで醜くなれるのかという、まるで屑の見本市のようだ。

 

 ISには前述の通り、ISコアと呼ばれる、人間の心臓にあたる部品(パーツ)が必要であるが、コアの製造は開発者の少女だけが可能であり、その総数は467個しか造られていない。理由は、少女がそれ以上のコアの製造を拒否したからだ。つまり、ISは機体数が少なく、一部の人間しかその恩恵を受ける事は出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園。

 

 言葉の通り、ISの専門的な知識を学べるだけでなく、訓練機を貸し出して実践訓練を行っている教育機関。世界に一つだけのISパイロットを育てる場所が故に、その入学倍率は凄まじい数字を叩き出す。一部のエリートやIS適性の高い、謂わば選ばれた人間しか通う事を許されない学校。

 

 近年はスポーツとして認知されているISは、一つの競技として四年に一度の世界大会(オリンピック)以上に注目されている。事実、この学園に通っている生徒のほとんどが、ISをファッションと混同している。

 

 如何に競技用出力制限(リミッター)が掛けられているとは言え、実弾銃(マシンガン)実体剣(ブレード)、果ては光学武装(ビームライフル)などの武装を搭載しているISは、蟻を踏み潰すよりも簡単に人の命を奪えてしまう。

 

 にも関わらずそういった危機管理が甘いのは、ISが持つ『絶対防御』──操縦者の生命保護機能が原因の()()だろう。

 

 それにより、ISは安全性の高い、つまりは遊園地のジェットコースターなどのような乗り物としての認識が強くなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園・第一アリーナ

 

 現在、一年一組のクラス代表者──学級委員長のようなものだ──を決定する為、という名目の“決闘”が行われていた。

 

 一人は最近発見された()()()()()()()()()()()である織斑一夏(おりむらいちか)。自らの専用機『白式(びゃくしき)』を身に纏い奮戦する姿は、総IS稼働時間が数時間に満たない初心者とは思えない。

 

 相対するは、イギリスの国家代表候補生であるセシリア・オルコット。代表候補生という肩書きに恥じぬ操作技術で専用機の『ブルー・ティアーズ(蒼い雫)』を駆り、主武装の長距離狙撃用光学(ビーム)銃『スターライトmkⅢ』による正確無比な射撃と、機体名称の由来となる偏向射撃(フレキシブル)可能な──今は出来ないが──BT兵器遠隔操作武装(ビット)蒼い雫(ブルー・ティアーズ)』を巧みに指揮して、一夏を追い詰めていた。

 

 専用機とは、通常のISを個人に合わせた一人の為だけのIS(オーダーメイド)であり、国家代表、或いはその候補生レベルの人間の中でも特に選抜された者が手にする事が出来るものだ。セシリアはイギリス代表候補生であり、BT適性の高さを評価されて、ブルー・ティアーズ(専用機)を拝領した。

 

 だが、一夏は()()()()()()()()情報(データ)取得を主な目的として専用機を日本政府から与えられている。コアの総数に増減がない以上、一夏に専用機(白式)を割り当てた事で「顔も名前も分からない何処かの誰か」に渡される筈のISが一つ失われた事を意味する。

 

 急遽見つかった男性操縦者は話題の種でもあり、同時に厄介事の芽でもある。女性の権利を主張する──女性上位の社会でISが生み出す恩恵のおこぼれを啜る──団体などは、「ISは女性だけの物であり、穢らわしい男が乗るなど言語道断」といった主旨の名目(言い掛かり)で、一夏に直接・間接的を問わず嫌がらせを実行しようとした。

 また一夏を解剖すれば(調べれれば)、他の男性がISを動かすことも出来る可能性を求めて、全世界の所謂“裏の人間”や女性に虐げられてきた男達が、一夏を確保(拉致)しようと動き始めていた。

 が、それは彼の()()()()()によって封殺、ないし抑制され、その間に政府による手厚く保護されていた。

 

 その保護の一貫として、自衛手段としてISを学ばせる目的で、本人の意思とは無関係に強制入学させられている。それを一夏自身は正直納得がいっていないが、学園に入学出来る定員数が決まっているのだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは考えないのか。

 

 彼が悪い事をしている訳ではない。ただ、与えられたものに甘受しているだけという事こそが、何よりも()()だと言えるだろう。

 

 織斑一夏のこれまでの人生は、常に姉によって整備された環境に甘んじて生きてきた。

 社会に蔓延る濁った悪意を知らず、誰もが己と同じように生きているのだと勘違いをして、結果自分の想像可能な範囲でしか他人を(おもんばか)る事の出来ない少年になった。

 それは環境の問題だけではなく、生来の素質と言っても良い。

 

 自分を守ってくれる(英雄)に憧れて、自分も近しい人を守りたいと願うようになり、素質は最悪の形での開花へと進んでいる。“守る”という言葉の意味を理解せず、憧憬の真似事に勤しむ。彼の眼には形ばかりが目立ち、その本質を見ようとする思慮深さが足りない。

 

 そんな一夏は、またも与えられた舞台に立っていた。

 

 先頭開始当初こそ、慣れないISの制御や()()()()()()()()()()()に苦戦したが、初期化(フィッティング)最適化(パーソナライズ)を終えて機体の一次移行(ファーストシフト)が完了した頃には、その顔に自信が満ち溢れていた。白式は()()()()()()()()()調()()()()()()()ような節さえある。

 

 自らの感覚と完全に同調(シンクロ)した相棒(白式)は、彼の意思を正しく汲み取り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その変わり様に、セシリアは驚愕し観客席で見ていた生徒達も唖然とした。

 

 機体性能と()()に助けられ、白式の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)零落白夜(れいらくびゃくや)』──熱量(エネルギー)無効化する(零に還す)破滅の極光を纏う雪片弐型(ゆきひらにがた)を構えながら、決着を付ける為にセシリアへ肉薄する一夏は、ほとんど無意識に()()()()()()()()()

 

 

「俺が、守るっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───ふざけるな。守る守ると一体貴様は何になったつもりだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガァッ!?」

 

「っ、何ですの!?」

 

 一夏が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、何が起こったのか一夏の不可解な行動に驚くセシリア。それは観客席も、管制室にいた担任で一夏の姉でもある織斑千冬(ちふゆ)と副担任の山田真耶(やまだまや)も同様の反応を見せていた。

 

「織斑っ、どうした! 返事をしろ! 織斑ァ!」

 

 千冬が開放回線(オープン・チャネル)で呼び掛けるも、一夏からの返答は帰ってこない。一夏の状態を観測(モニタリング)していた真耶が、千冬に報告する。

 

「織斑先生! 一夏くんの生命反応(バイタル)が……!」

 

 液晶(モニター)に表示されている心拍や脈拍が急激に上昇。体温は四十℃を越えており、意識レベルが強弱を繰り返すという異常な数値を示していた。

 

「一体、何が起きているというんだ……!?」

 

 

 

 

 一夏の肉体には異様な事態が発生していた。

 

「がぁああああああああああああ!?!?」

 

 ──全身が燃えるように熱い。

 

 それが、脳が焼き切れるかの如く痛みを訴えてくる中、一夏に残された僅かな理性が感じた事であった。

 

 ()()()()()()()()()()()聞こえたと思った瞬間、胸の奥から全身に熱が広がっていく感覚を覚えて──白式が動かなくなった。

 

 身体中に流れる血液が沸騰しているような気さえしてくる程の熱量に侵されながら、大量の障害(エラー)を表示させてくる白式は機能不全に陥っているのか、一夏の思うようにどころか腕も足も一寸たりとも動かず、単なる拘束具に成り下がっている。

 

『甘えるなよ、織斑一夏。貴様の言葉には熱がない』

 

 また、聞こえた。

 

「おま、えっは……!?」

 

『俺の事などどうでも良い。何だ、その体たらくは』

 

 謎の声が一夏を叱責する。

 

『誰かを守ると言いながら、目前の怨敵を滅さんと虚無の光を宿す剣を手にする──何だ、それは?』

 

 耳に届く声は激しく逆巻く焔の如く、一夏の心の隙を責め立てる。

 

『加えて、撃滅せんとする相手に対して敬意すら払う事をしない。全く以て度し難い』

 

 一夏は気付いた。この声の主は()()()()()()()()()()()()()()

 

『それは守る者の姿に非ず。殺戮者(塵屑)としての在り方だ』

 

 誰かを守りたいのならば、その手に持つのは剣ではなく、目指すべきは敵の粉砕ではなく、対話による折衝でなくてはならない。一夏が抱えてきた歪みを正さんと、謎の声は容赦なく怒りをぶつける。

 

『自覚しろ──お前(織斑一夏)が求めているものは、“守る為の力”ではなく、“立ち塞がるもの()を殺す為の(正義)”である事を』

 

 守る為には(ツルギ)は不要。己が身体一つで事足りる。少なくとも、その意思を通す事は出来るだろう。

 

 故に、織斑一夏が目指すものは「悪を裁く正義」であり、守る為とは言え鏖殺を執行する者。

 どれだけ高尚な願いだろうと、邪悪を殺すのであれば邪悪と何ら変わりはない。同じ穴の狢という奴だ。

 それでも、大切なものを守り抜く、その為に悪を誅殺する力を求める事を止められないのも、また真実。

 

 

 

 

 何故ならば───

 

 

 

 

 

『“正義”とは、即ち“怒り”なのだから──!』

 

 

 

 

 

 

 

 ───白式(IS)に異変が起こったのは、すぐ後だった。

 

 

「ああああァあァァァァああァァああああああ!!」

 

 まずは一夏の絶叫から始まった。

 

 地に伏してからは小さく苦悶の声を漏らしていただけだったが、最初とは比べ物にならない程に悲痛な叫びを上げた。

 

 続いて、白式の周囲が揺らぐように空間が圧迫されていく──否、膨大な熱量によって蜃気楼が発生しているのだ。機体そのものが熱を帯びているように、表面が赤熱化していく。

 

警告(エラー)異常(エラー)不明(エラー)構成情報(プログラム)への、侵食(クラック)を確認……迎撃(カウンター)を開始……失敗……第一防壁(プライマリ・ウォール)、破壊……第二防壁(セカンダリ・ウォール)、崩壊……最終防壁(ファイナリ・ウォール)、自壊……!】

 

 喧しく警報(アラート)表示(ディスプレイ)させ続ける白式は、正体不明(Unknown)からのクラッキングを必死に防ごうと試みるが、全ての防壁(ファイア・ウォール)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、真っ直ぐ中枢領域(コア・データ)への侵入を果たされた。

 

【……ピッ……ガガッ……中枢領域(コア・データ)への侵入を確認……構成情報(プログラム)書き換え(リライト)──否定(ディナイ)──崩壊(ブレイク)の開始を確認……否定(ディナイ)否定(ディナイ)否定(ディナイ)否否否否否否否否──!?(やめてやめてやめやめやめてー!?)

 

『たかが機械──等と侮る訳が無いだろう。この男(織斑一夏)を守らんとするお前(白式)の意思……定められた(プログラムされた)事だとしても尊敬しよう。だが、今必要なのは守る事(それ)ではない』

 

【……kdisj……giじ人、kqp格wdb、いtdqw、ガガッ……損傷甚dwlっ……やon、夏wlfxmで……たすkrel、p……pipipi……gggg……】

 

『“痛み”だ。“痛み”が人を強くする。お前の意思に敬意は払おう。ならば、俺も負けてはいられんだろう』

 

 白式(IS)に対して、謎の声は褒め讃える。機械風情と見下さず対等な目線で敬意を払う。

 けれども、最後には轢殺して、勝手に背負って、報いるためにと貫き通す覚悟と決意を抱いて果てなく歩まんとする。何たる業の深さか。

 

 肩部装甲がドロドロに熔け始め、腕部装甲の一部も剥がれている。白式全体のシルエットが徐々に変わっていく。

 

 絶えず一夏の絶叫が響き渡る中、決闘相手(セシリア)も、傍観者(観客)も、指令室(千冬と真耶)も、誰もが動けずにいる。

 

 気が付けば、叫び声は止んでおり、その場は静寂に包まれていた。

 

 

 

 

 

「……ど、どうなったんですの?」

 

「……い、一夏……」

 

 

 各々が息を飲む。その中心である白式──一夏が身体を起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全体的な骨格(シルエット)に大きな変化は見られないが、肩部に腕部、腰部や脚部の装甲(アーマー)の面積が少なくなり、動きやすさに重点を置かれている。

 

 背部に位置する浮遊武装(アンロック・ユニット)推進機構(ウイング・スラスター)は悲惨なもので、噴射口の部分から()()()()()()()()()()。あれではもう、白式はまともに飛ぶ事は不可能だ。

 

 ヒロイックな意匠であった白式は、その印象を大きく変容させていた。

 

 搭乗者である織斑一夏の瞳は閉じられており、その表情を伺う事は出来ない。現在は生命反応(バイタル)が安定しているが、彼の肉体が正常かどうかは不明。むしろ即座に精密検査(メディカルチェック)を受ける必要がある。

 

 

「一夏……?」

 

「……」

 

 千冬が心配して声を掛けるが、一夏は応答しない代わりにその瞳を開いた。

 

 瞬間、千冬、対面しているセシリア、そして幼馴染みである篠ノ之箒(しのののほうき)だけが直感した。

 ──先までの少年とは違う。

 その瞳には燃え盛る怒りが渦巻いていた。

 

 

「お前は……誰だ?」

 

 

 険しい眼になる千冬。咄嗟に開放回線(オープン・チャネル)から個人回線(プライベート・チャネル)に切り替えられたのは、本能的な判断であった。

 

 

 

 

「──愚問だな」

 

 

 たった一言。

 

 それだけで分かってしまう残酷な真実があった。姉弟としてこれまで培ってきた時間が、それを手繰り寄せてしまった。

 

 

()()()()()()()()()()。その事実に相違は無い。ただ、()()()()()()()()()というだけに他ならない」

 

 

 淡々と、そして厳粛な雰囲気を醸し出す一夏は、己は変わってはおらず、ただ常とは異なる一面が現出しているに過ぎないと言い切った。

 

 

「そして、セシリア・オルコット」

 

「……何でしょう?」

 

 

 ガラリと一変した一夏から、突き刺すような視線を受けたセシリアは、警戒を怠る事無く見返す。

 

(……不味い、ですわね。遠隔操作兵装(ビット)は残り()()SE(シールドエネルギー)には余裕がありますが、単純にエネルギーの限界(リミット)が近いですわ……)

 

 冷静に愛機(ブルー・ティアーズ)の消耗率を確認。戦闘行動に支障はないが、遠からずエネルギー切れ(エンプティ)強制解除(リミット・ダウン)に陥る危険性がある。

 

 しかし、そんなセシリアも、次の一夏の行動には流石に気を緩めてしまう。

 

 

「非礼を詫びよう」

 

 

「なっ……!?」

 

 一体何に対する謝罪なのか、一夏は軽く頭を下げるだけに留めたが、本心からの言葉である事は理解出来た。

 

 

織斑一夏()は、お前に対し“女だから”とハンデを申し出るなどと侮った。これは、その事への謝罪だ」

 

 

 確かに、決闘が成立した際に一夏はセシリアへ、どの程度のハンデが必要かと質問したとの出来事があった。結局は有耶無耶になっているが、自分と相手の力量差も測れずに、“ただ相手が女であり、自分が男である”というだけで申し出たのだ。

 

 

「お前の技量は凄まじい。射撃センスだけでなく、機体制御、飛行制動、どれを取っても驚嘆に値する。何よりも、オルコット家当主、そして国家代表候補生としての誇り(プライド)。俺の意地(プライド)と比べる事など烏滸がましい。尊敬するとも」

 

 

 互いに売り言葉に買い言葉であったが、一度は罵り合い、決闘まで至った相手の事をべた褒めする一夏だったが、セシリアは()()()()()()()()()()()

 

 

「……馬鹿にしてますの?」

 

 

 相手(白式)機体状況(コンディション)は最悪と言って良いだろう。勝ちの目が完全に消え去った事で戦う気を失くしたのか、セシリアに媚びさえ売ってくる始末。

 

 墜落する直前の一夏には、一瞬セシリアの“理想の男性”が見えた気がしたが、どうやら気の迷いであったらしい。無様に地を舐め強者(女性)に媚び(へつら)弱者(男性)がセシリアが最も忌むべき存在であり、今の一夏の姿が被ってしまっていた。

 

「言葉が足りなかっただろうか。勘違いさせた事も重ねて詫びよう。……だが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────勝つのは俺だ」

 

 

 

 

【System Re:Generate】

 

 

 雄々しき勝利の宣誓と共に、白式が新生(Re:Generate)する。

 

 

「んなっ!?」

 

『馬鹿な!?』

 

 既に満身創痍、人間で言えば全治四ヶ月の大怪我と言える程の損傷具合。

 それら一切を無視したシステムの強制稼働。

 従来のISからは考えられない挙動に、一同が驚くのも無理はない。

 

 

 これこそが、光の性質の真骨頂。

 

 

 ───己を打ち負かした好敵手(セシリア)

 

 ───傲慢と無知に彩られた窮地。

 

 ───廃棄(スクラップ)寸前の愛機(白式)

 

 

 ここに条件は達成された。

 

 容易ならざる困難という、()()()()()()()()()()が揃ってしまった。

 後は、不断の覚悟と決意を以て勝利(まえ)勝利(まえ)へと進むのみ。

 

 

【《疑似創星(イミテーション)蝋翼(イカロス)》、起動(ジェネレイト)

 

 

 

 

 ───変化は、劇的だった。

 

 

 

 突如、()()()()()()()()()()()()()()

 猛々しく燃え盛る炎は白式を包み込み、その装甲へと浸透していく。

 機体名(白式)と同じ白色を基調とした機体色彩(ボディカラー)は変わらないが、赤熱色のラインが随所に刻まれている。

 背部推進機構(ウイング・スラスター)()()した焔を内部に()()。割けた噴射口(スラスターノズル)からは余剰分の熱量が漏れ出ている。

 

 

 

 

 

「創生せよ、天に描いた星辰を────我らは煌めく流れ星」

 

 

 

 一夏の口から紡がれるのは、己を変革する為の聖句(ランゲージ)

 

 

【───《星辰形態(システム・モード)天駆翔(ハイペリオン)》、基底(アベレージ)にて準備(レディ)

 

 

 ───■■■■の素質。

 

 ───■■■■■■■(雪片弐型)の所有。

 

 ───存在しない筈の■■■■■との感応。

 

 

 以上の事により、自身を()()()()()()()()()()し星特有の権能(チカラ)を発現させる、この世界でただ一人織斑一夏だけに許された特異能力──星辰光(アステリズム)

 その一端が、示された。

 

 機体の各部装甲からは常時炎熱が排気されており、その熱量が再び蜃気楼を作り出す。

 

 

「愚かなり、無知蒙昧(むちもうまい)たる玉座(ぎょくざ)(あるじ)よ」

 

絶海(ぜっかい)牢獄(ろうごく)と、無限に続く迷宮(めいきゅう)で、我が心より希望(きぼう)明日(あす)略奪(りゃくだつ)出来ると何故(なにゆえ)貴様は信じたのだ」

 

 周囲の環境に甘えてきた、そして傲慢なる己自身への決別。

 

「この両眼(りょうがん)を見るがいい。視線に宿る(たけ)不滅(ふめつ)(ほむら)を知れ」

 

 故に、ここから。

 

荘厳(そうごん)太陽(ほのお)を目指し高みへ羽ばたく翼は、既に天空の遥か彼方を駆けている」

 

 再起を望み、空に仰ぎ見る憧れ(かがやき)へ天昇せんと飛翔する。

 

()()ちていく飛翔さえ、恐れることは何もない」

 

 その為ならば、墜落さえも厭わない決死の覚悟。

 

 

罪業(ざいごう)滅却(めっきゃく)すべく闇を切り裂き、飛べ蝋翼(イカロス)───怒り、砕き、焼き尽くせ」

 

 その原動力とは、即ち“赫怒(かくど)”に他ならない。

 あらゆる罪を許すのは、世界であり、悪であり、己自身に他ならないのだから。

 それらを許容する事など出来はしないからこそ、全ての闇を照らし出し祓い清めんと欲する。

 

「勝利の光に焦がされながら、(あまね)く不浄へ裁きを下さん」

 

「我が墜落の(あかつき)創世(そうせい)の火は訪れる」

 

 その果てに善なる世界が訪れる事を祈って、自らを(まき)にしてくべる事さえ惜しくはない、と声高らかに謳い上げよう。

 

 

「故に邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ」

 

 新世界に、貴様ら(邪悪)の居場所など在りはしない。

 そんなものは、俺が許さない。

 

 

 

超新星(Metalnova)───煌翼たれ、蒼穹を舞う天駆翔・紅焔之型(Mk・braze Hyperion)!」

 

 

【───《星辰形態(システム・モード)天駆翔(ハイペリオン)》、発動(ドライブ)

 

 

 

 

 

 圧倒的出力で放出される灼熱に、機体も搭乗者も悲鳴を上げる。

 排熱が追い付かず装甲のほとんどが融解を始めていて、地面だけでなく()()()()()()()()()()、正に“焦熱地獄”という惨状。

 その真っ只中にいる一夏は、息をするだけで肺が焼かれ、眼球内の水分すらあっという間に蒸発していく。

 最早人が一秒も存在できない空間だ。

 それら全てを気合と根性で(こら)えながら、ぶれる事なく立ち眼前の宿敵(セシリア)に視線を送り続ける。

 

 機体のあらゆる部分から炎熱を吐き出し、背部推進機構(ウイング・スラスター)には蓄積限界を超過した火炎が溢れ出し、まるで炎の翼のようだ。

 

 

 

 しかしながら、()()()()()()()()()

 

 先程の聖句(ランゲージ)に実のところ意味はない。ただ己の意識を切り替えるための自己暗示というだけだ。

 

 確かに一夏、というよりも彼の精神に偶然居着いた■■■■が繋がっている特異点(■■■■■)から引き出した星辰光(アステリズム)を、ISを使って再現(コピー)しているだけに過ぎない。

 

 一夏の身体から溢れ出る劫火の奔流は再現(コピー)()()()()、間違いなく体内に充填されている星辰体によって引き起こされる星光である。

 

 だが、完全解放するには環境が足りず、肉体並びに精神の素養も足りず、更には希少金属(■■■■■■■)も足りていない。ないない尽くしが為、IS(白式)を媒介とした星辰光の部分的な再現(デッドコピー)模倣劣化(グレードダウン)していた。故に、星辰光(アステリズム)の一端なのである。

 

 

 

 一夏の身体で生み出された熱量(エネルギー)は止めどなく白式へと供給されている。その証拠に、白式を観測(モニター)している管制室では()()()()()()1()0()0()%()()()()()()()()様子が映し出されていた。

 

「あれだけ大量のエネルギーを絶えず放出している……。にも関わらず、尽きる事のないエネルギー……」

 

「しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でこれですよ?」

 

「…………」

 

(一夏……。お前は……)

 

 一夏()の知らぬ力に、千冬は不安を覚える。

 

 

「……?」

 

 ディスプレイに表示(アップ)された一夏を見て、ふとした違和感を感じた千冬は真耶にもっと拡大(ズーム)するように指示を出す。

 

「……えっ?」

 

「こ、これは……!?」

 

 違和感の正体は、()()()()()()()()()()()()()()()事だ。

 

 IS搭乗者はSE(シールドエネルギー)と呼ばれるバリアによって守られている。そして生命に危険の及ぶ攻撃に対しては“絶対防御”が発動し、SEを消費する事で搭乗者への致命傷(ダメージ)を肩代わりする安全機能(セーフティ)が掛けられている。

 

 一般的にIS戦闘(バトル)はSEを削り切る事が勝利条件であり、その為に“絶対防御”の発動を狙うのは戦術的にも間違いない。

 

 しかし、現在の白式は“絶対防御”はおろかS()E()()()()()()()()()()()()()

 

 

 対面する二人の間に、管制室から模擬戦中断の緊急通信が入った。

 

『織斑、オルコット。両名は戦闘行動を中止し、直ちに発信区画(ピット)へ引き返せ。繰り返す。両め……』

 

「不要だ」

 

『……っ!』

 

 その命令(コマンド)を一夏に一蹴され、通信越しに千冬が息を飲むのが分かった。

 

『分かっているのか、織斑! 貴様の白式(IS)は現在……』

 

「くどい」

 

 食い気味に否定され頭に来てしまい、真耶に宥められなければ今すぐにでも必殺の出席簿アタックをカマしに行く所だ。

 

「……正気ですか?」

 

 セシリアも白式の致命的な欠陥を把握している。それでも戦闘継続を宣言するなど、頭の螺子(ねじ)が二、三本外れているのではなかろうかと疑う。

 

「委細承知している。その上で言わせて貰うが、()()()()()()()

 

 込められた気迫は一体どれ程のものなのか、セシリアには推し量る事は出来ない。

 

 

「言った筈だぞ。

 俺はお前に尊敬の念を抱いている、と。

 

 ──故に、俺も負けてはいられんだろう。

 

 手足をもがれようとも、必ず勝利を掴んでみせよう。

 それが俺なりの敬意の示し方だ。

 元よりそれしか知らぬし、それしか出来んのだからな」

 

 

 正しい選択などに意味はなく、重要なのは懸ける想いの強さと純粋な意思に他ならない。

 背負った決意を貫き通す覚悟があれば、そも取捨選択の天秤などは毛ほどの価値もない唾棄すべき考えだ。

 

 されば、求める憤怒は烈火の如く。

 邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ。

 

 

 

 飛び出してきた答えはセシリアの想像の遥か斜め上を突き抜けた。

 その不器用と形容するには歪すぎる精神に、思わず眩暈を覚えるほどに。

 

「……何か、おかしかっただろうか?」

 

「まごう事なく狂人ですわっ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と理解できてしまう程の熱意。燃え盛る憤怒は天井知らずに昇っていきながら一夏と白式を飲み込んで離さない。

 

 ヂリヂリと空気を焦がす音が最高潮に達したとき、焔の魔人が動き出した。

 

 

 うねりを上げた稼働不可能な筈の背部推進機構(ウイング・スラスター)が、火炎を噴き出して駆動する。今までとは桁違いの熱が大地を焦がし、空を焼き、そして己自身さえも熔け落としながら開戦の号砲を待ち望む。

 

 

「まさか……燃料点火式加速装置(ロケットブースター)ですか……!」

 

 咄嗟の判断で白式を補足(ロック)したセシリア。攻撃準備は整っていると同時に、動けば撃つという意思表示。つまりは最後通牒であった。

 

 相手に“絶対防御”はなく、撃てば文字通り死に至る。自分に人が殺せるのか、それを問い掛ける()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、一夏には意図が伝わらなかったのか、その眼に溢れる闘志は些かも衰えてはいない。指先一つでいつでも命を散らされる状況に気付いていない訳ではないだろうに。先程の宣誓(狂言)は嘘ではないという事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かに、火蓋は切って落とされた。

 

 

 

「───偽・煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)───」

 

「───遅い、ですわ」

 

 

 一夏が天へ羽ばたく寸前、膝を折り畳んだ瞬間に出来た僅かな隙にセシリアが差し込む。

 

 バシュンと空気を焼きながら発射されたビームは、一夏(ターゲット)の正中線、よりも少し左側へ逸れる弾道(コース)を突き進む。

 

 セシリアの狙いは右足だ。如何に強がろうとも片足を失えば流石に痛みで冷静になるだろう、という期待を込めての選択。義足ならば日常生活に支障はない、と思う。

 

 それは他人の命を奪う事を無意識に敬遠した結果だという事を、セシリアは理解していない。

 

 

 

 

 

「───発動(ブースト)ッ───!」

 

 

 この男に対して、その選択は甘すぎた。

 

 行動の()()()の隙を突く?

 足を一本失えば冷静さを取り戻す?

 足を奪っておきながら日常生活に支障はないだろう?

 

 何だ、それは。ふざけているのか温すぎるぞ。あまつさえ敵の心配など言語道断驕りが過ぎる。

 

 動き出し(そこ)を狙われるなど百も承知。行動中の身体を無理矢理に急制動、右足を一歩分引くことで離陸体勢が右へと流れるが構いはしない。無理な動作に機体が悲鳴を上げるが一切無視。右の太股からブチブチと筋繊維が引き千切れる音が聞こえるがそれも無視。痛覚が知らせる警報の一切を、鋼の決意で抑え込む。

 

 

 解放される炎翼。

 

 迫り来る光弾。

 

 景色が線になる超音速。

 

 その刹那に交差する光弾()白式()

 

 

 

 ──結果、僅かに()()()()()()()()で一夏は地から空へと飛び立った。

 

 

 飛翔した一夏は、離陸前の体勢が崩れたせいで真っ直ぐとは行かなかったものの、セシリアへと昇っていく。その速度は戦闘機を思わせる。

 

 見上げる眼には未だ折れぬ信念の光を帯びており、紅い軌跡を残しながら駆ける姿は『天駆翔(ハイペリオン)』の名に違わず。

 

 真一文字に食い縛る口の端から漏れる火花を含んだ吐息は、ほとんど煙だ。今も一呼吸する度に肺や気管が爛れる激痛に見舞われている。常人ならば何度も失神している程の苦痛。

 

 にも関わらず、一体どうして()()()()()()()()()()()の痛みで立ち止まらなければならないのかと、まるで自分の事に無頓着になっている。

 

 その痛ましい姿、そして何より()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見て、セシリアは自分のした事に、そして()()()()()()()()()()一夏の異常性に心底恐怖した。

 

 そんな彼と刹那、眼が合う。

 

 

 

 

 瞬間、スターライトmkⅢ(耀きの星)から一条の光が落ちた。

 

 

「──えっ」

 

「──っ!?」

 

 

 落ちたのは、勿論『ブルー・ティアーズ』の光学兵装(ビーム)だ。しかし、一夏だけでなくセシリアまでもが間の抜けた声を出している。

 

 

 実は、この時セシリアには引き金(トリガー)を引いたつもりはなかった。自分へと(ソラ)を駆け上がる少年に呆気にとられていただけなのだから。

 

 つまり、セシリア自身も全くの無意識での狙撃であった。

 

 敵意や殺意といった情動や照準をつける予備動作も何もなく、一夏にとってもセシリアにとっても予想外。一夏を恐れるあまりに完全な無我で撃った閃光は、偶然にも寸分違わず眉間を射抜く『必殺の流星』となる。

 

 白式の加速(ブースト)は既に最高速。今更止まる事など出来はしない。よしんば止まれたとしても、その際に掛かる遠心力(G)によって今度こそ機体も肉体も()()する。

 

 弾丸は光学弾(ビーム)だが光速と比べると速度で劣るのは是非に及ばず。しかし、それでも亜音速は越えている。

 

 対する白式も(はや)い。紅煉(ぐれん)を纏いて重力の枷に逆らいながら天へと飛翔する速度は、既に音速(一マッハ)を凌駕した今尚()()()()()()()()()()()()()()()()()。これを()()()()で成しているのだから始末に負えないと言う他ない。

 

 相対速度は音速の数倍、体感速度は更に上。もしかすれば一夏は光と同等の速度(スピード)に感じているかもしれない。

 

 比我の距離は既に間合い。現在の相対速度ならば一秒未満でかち合うだろう。このままでは衝突は避けられず、一夏は脳漿をぶち撒けながら再びの墜落を演じる事になる。

 

 その瞬間、全員の心は一つになった。

 

 観客席の傍観者は凄惨な光景を見たくないと目を覆い、

 

 管制室の教師陣は絶望に膝を屈して無事を祈る事しか出来ず、

 

 相対する好敵手はただ願う──()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょぉ~と待ったぁ!!』

 

 唐突に、白式からコミカルな声が響き渡った。

 

 ISコアネットワークを介しての完全秘匿通信。一夏以外の人間には聞こえておらず、通信の痕跡すら残らない。こんなことが可能な人間は、一夏の記憶によれば()()()()()()だろう。

 

「……篠ノ之束、か」

 

『ピンポンピンポンだいせ~いか~い! 皆のアイドル束さんだよ~! 久し振りだね! いっくん!』

 

 ふざけているようなハイトーンで捲し立てる女は篠ノ之束。ISの開発者である。当然彼女なら誰にも気付かせずに秘匿回線を繋ぐことも可能だろう。

 

「何の用だ……」

 

『“()()()()()()()()()()()()。私は“いっくん”に用があるんだから黙ってろ破綻者』

 

 今までの態度から一八〇度一変、苛立ちを隠さぬ低い声で拒絶を示す束。

 

『大体何だよコレ……白式の中身(データ)がぐちゃぐちゃじゃないか。折角いっくんの為に私が調整したのにもー!』

 

 この短時間で白式の構成情報(ストラクチャ)を盗み見たのか、その惨状に文句を垂れている。

 そして、一夏の内的宇宙に巣食う存在に向かって傲岸不遜にも言い放つ。

 

『いいかよく聞け、その灰色の脳細胞にしっかり刻め……。

 ()()()なんかお呼びじゃないんだよ。とっとといっくんの中から出ていけ、じゃないと私が……』

 

「『──下らんな。貴様は一体()()()()()のだ?』」

 

 一時的に主人格に躍り出た救世主(■■■■)の問いは、束にとっては予想外だった。

 

『……は?』

 

「『()()()()()()()()()()()()? 決別し孤独となる決意もなく、かと言って歩幅を合わせて寄り添う勇気すら持たない……。その全てが中途半端なのだ』」

 

『……何偉そうに講釈垂れてんだよ、誰に向かっ……』

 

「『俺は貴様ほど()()()()()は見たことがない。離れることも向き合うことも出来ぬ者に、未来はないと知るが良い』」

 

『ちょっ──』

 

 言いたいことだけ一方的に言って、通信を強制終了(シャットアウト)する。通常切断できない回線を強引に切り離した為、白式のISコアもネットワークから孤立してしまったが()()()()()()()()()

 

 僅かな情報から■■■■の根幹に迫る頭脳は流石としか言えないが、その本質は幼すぎる。

 どっち付かずで寂しがり屋の兎如きが、我が天翔を阻むに能わず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、現実は非情である。

 

 

 

 彼は、織斑一夏は、足掻く間もなく絶命する。

 

 それは事の()こりから始まり、順当に()けて、神の見えざる手により(ころ)がされた末の、正当な(むすび)と言える。

 

 どうしようもなくどうしようもない、そんな死地にいて一夏は─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──まだだッ!!!」

 

 

 

 

 

 ─────ただ勝利(まえ)だけを見ていた。

 

 

 

 何をしようと覆せない結末?

 もう一度言う、()()()()()()()

 この程度の窮地に屈する輩に、一体何が成せると言う?

 

 この攻撃、見事と言う他ないだろう。脊髄反射で動くほど身体に染み付いているという事だ驚嘆する。故に負けんぞ勝つのは俺だ。お前の輝きを越えるため限界などは知ったことか、俺は止まらんし止まれん。

 

 

 それこそが、光の宿痾(しゅくあ)なのだから。

 

 

 

 赫怒(かくど)咆哮(ほうこう)と共に限界の踏破──即ち、覚醒に至る。しかも掟破りの二段階覚醒。

 

 本気で困難に立ち向かい乗り越えんとする気概が(もたら)す光の恩恵にして、個人の限界など知らんとばかりの一足飛びの進化。

 

 その根幹にあるものは、つまるところ()()()()()

 完全な精神論。

 光に振り切れた者の特権。

 思い一つ、心一つで現実(リアル)を踏み砕く幻想(ファンタジー)にして御伽話(フェアリーテイル)

 物語の中から飛び出してきた“英雄”そのもの。

 

 理不尽を形にしたような御都合主義(英雄譚)怪物(主役)が今、ここに奇跡を具象する──!

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで一つ皆様に問いを投げたい。

 

 この危機的状況を画面の向こうの(メタ発言だが)君達ならば如何にして切り抜けるだろうか。

 

 参考までに、英雄の答えは以下の通りである。

 

 

 

 

 Q.加速しすぎて防御も回避も手遅れ。ならばどうする?

 

 A.更に加速する。

 

 

偽・煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)超過駆動(オーバーブースト)ォ──!!」

 

 

 『参考にならんわこれ』との声が聞こえてくるようだが、英雄故致し方無し、と諦めて頂くしかない。

 

 

 一千分の一秒にも満たない時間の中で、より一層の噴煙を巻き上げながら超加速を強引に続行したことで、亜光速にも近い未知の速度域へと突入する。

 

 眼に入るものは全てが背に向けて流れていく()でしかなく、死神の鎌は目視も厳しい。故に“死の感覚”を()()()で嗅ぎ分けるのみが極めて細く頼りない光明だ。

 

 正に“一寸先は闇”だ。何も見えぬ暗闇で松明の明かりすらなく、一歩先さえ見通せない。

 

 現に一夏以外は焦って判断を誤ったと思い、表情に翳りが見える。

 

 

 

 ()()()()()()を突き進む一夏は鋭敏に“死の感覚”を察知、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 螺旋を描くような軌道に、一番近い位置で見ていたセシリアだけが理解した。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 言ってしまえばそれだけであり、当たり前の真理でしかない。

 

 当然、空気抵抗や距離による威力減衰、重力に捕らわれている為に発生する弾道の落下。セシリア自身も思考感応型操縦兵装(イメージ・インターフェース)搭載の第三世代BT試作一号機『ブルー・ティアーズ(蒼い雫)』におけるBT稼働率が閾値を超えれば偏向射撃(フレキシブル)が可能、などの例外は存在する。

 

 しかし逆を言えば、自然法則や特殊装置を利用しなければ前提は違わないという事でもある。弾丸の軌跡は直線運動しか行わず、故にこそ弾丸に対して旋回機動を選択した事()()は悪くない。

 

 

 問題は距離、その一言に尽きる。

 

 白式の急加速(オーバーブースト)によって喰い潰されて、ただでさえ()()()()間合いは無いに等しい。この距離から旋回して(かわ)す可能性は絶無といって良いだろう。

 

 

 

 そしてもう一つ、旋回運動による回避が困窮を極める理由があった。

 

 

 

 

「───ぐぅっ」

 

 

 

 あれだけ頑なに結んでいた一夏の口から呻き声が漏れた。白式も金属が擦れるような音と共に軋み(悲鳴)を上げ、間接部からは絶え間無く火花が飛び散っている。

 

 

 

 そう、これこそがもう一つの問題。()()()()()()()()()()()だ。

 

 通常、戦闘機が旋回運動をする場合には遠心力(G)が発生する。そして遠心力(G)と水平飛行時の速度によって旋回(コーナー)速度と旋回角度が決定される。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。厳密には異なるだろうが、大雑把に説明すればこんなところか。

 

 白式の水平速度は──正確な数値は分からないが──おおよそ亜光速に達していた。であれば、旋回軌道に必要な速度と遠心力(G)の負荷は()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 勿論、ISと戦闘機では根本からして違う為、一概に言える事ではない。

 

 だが、一夏と白式は最早死に体。慣性制御装置──PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)が機能しているかも怪しい。

 

 機体と搭乗者、どちらかが壊れた時点で物語はありきたりな最後を迎える事だけは断言できる。

 

 努力空しく墜落を再演するか。

 

 天昇の果てに機体諸とも融け墜ちるか。

 

 或いは、その手に掴むは勝利なのか。

 

 

 ───光学弾(ビーム)との交差の瞬間がやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───まだ、まだだっ」

 

 

 三度の覚醒を経て、瞳に湛えた赫怒の雷火の残光と共に───首の皮一枚を削られながらも、紙一重で致死を躱した。

 

 同時、織斑一夏(うつわ)に亀裂が入った事を直感した。

 

 光の限界突破は無限ではない。正確には無限に覚醒する満たされぬ精神と反動に耐え得る強靭な肉体が必要なのだ。

 

 本来の覚醒とは、人が一生のうちに一度か二度しか果たせないものである事を鑑みれば、光の覚醒がどれだけ歪かが分かる。

 

 織斑一夏(うつわ)の素養は高くない。光の属性を有しているのは確かだが、■■■■(焔の魔星)を許容できる程に付属性(エンチャント)に長けている訳ではない。度重なる覚醒(ヒカリ)の波動と反動(ヤミ)の逆襲に耐え切れない耐久性(フィジカル)。そしてその精神性こそが、光と呼ぶには俗であり闇と呼ぶには些か強い、中途半端な性質になってしまっている。

 

 

 

 

 

 

 その光景にセシリアは安堵の溜め息を吐く。一夏が助かった事もそうだが、何より()()()()()()()()()()()()()()事に心底安心してしまった。

 

 管制室の千冬は最愛の弟が生きている事に胸を撫で下ろし、真弥は張り詰めた空気が霧散し詰まっていた息を吐き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 だからと言って、この場が丸く収まる事などない。

 

 

 

 

「一夏ァ!」

 

 

 その瞬間を見ていたのは、幼馴染みである篠ノ之箒ただ一人。呼び声に釣られて見上げた人々の目には、不自然な軌道を描く白式だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏は未だに宿敵(セシリア)への突貫を諦めてはいなかった。

 

 しかし、白式(機体)織斑一夏(生身の肉体)廃棄(スクラップ)同然の惨めな姿で、ついさっきまで煌々と燃え盛っていた焔は見る影もない。

 

 失速する天昇に調整できない出力。織斑一夏(うつわ)との同調(シンクロ)に問題があるという事だ。

 

 

 

 

 ───融け墜ちていく飛翔が始まる。

 

 

 

 

 絶えず白式(機体)からは半壊の絶叫が、自分の肉体も覚醒による再生よりも反動による崩壊の方が早い。

 

 

「づっ───まだだァ!!」

 

 

 ならば、反動(ぎゃくしゅう)さえも追い付けぬ程の覚醒(ひしょう)を、と本気の雄叫びを上げ───()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、これはっ……!?」

 

 ここに来て、飛翔(ヒカリ)墜落(ヤミ)追走劇(デッドヒート)はその様相を崩している事に漸く思い至る。

 

 元よりこの身に備わる性質は間違いなく光だ。けれど素質は皆無、淡い光では限界も早いというのは自明の理。既に()()()()()で押し止められるレベルではない致命。

 

 付け加えるなら、闇とは()()()()()抑止力(カウンター)逆襲譚(ヴェンデッタ)が闇の本質であるからこそ、反動(逆襲)には限界というものが存在しないのかもしれない。

 

 覚醒する度に反動で寿命を縮めるが、反動で崩壊する我が身を生き永らえんとする為には覚醒しなければならないという矛盾と悪循環。

 

 

 

【……ggg……KIたイ、損シょUuu……ジン大、Syst、qpwkいwg……イか、ろSU、Inpおqscm……づmrqy、ls……】

 

 

 

 白式はとうに稼働限界を迎えており、今にも量子化してしまいそうなほどに輪郭があやふやになっている。

 

 

 とどのつまり、()()()()()。呆気ない幕切れ。言葉にしてしまえばそんなもの。

 

 物語の結末なんてものは、大抵こんなものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───故にこそ、焔の魔星は勝利(未来)を掴むため()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「『否、まだだッ──!!』」

 

 

 覚醒の怒号で世界さえも蹂躙せしめる救世主。その本領、否、全霊のほんの一端を刮目せよ。

 

 一夏(■■■■)の言葉に今までにない気迫が籠っているのは()()()()()()()()()()()からだろうか。視線に宿る猛き焔は衰える事なく見たもの全てを焼き尽くさんと荒ぶっていた。

 

 雪片弐型のみを残して白式を量子変換してしまい、完全に丸腰になる。自殺行為のようだが、これこそが一夏(■■■■)本来の戦闘スタイルである。欲を言えばもう一振りあれば二刀流になるのだが。

 

 

 

「『天駆けよ、光の翼───炎熱()の象徴とは不死なれば』」

 

 

 再び紡がれた聖句(ランゲージ)は先のものとは違い、本当に()()()()()だ。周囲に感応可能な星辰体はなく、これもまた本来の星辰光には程遠く、表層を現出させるだけの影法師。

 

 しかし、織斑一夏(うつわ)が行使した“ISという型に嵌めて現出させる紛い物(デッドコピー)”ではなく、真実の星光、星特有の異能の具現である。故に、その規模と出力は桁違いだ。

 

 

 

「『再誕を果たせ天駆翔(ハイペリオン)───ここに、創世の火を運ぶのだ!』」

 

 

 

 再演、ならぬ再炎。本家本元の覚醒。

 全身から炎と星辰体(アストラル)を散布しながら周囲(セカイ)を侵食。ただそこにいるだけで既存法則を蹂躙する姿は、()()()()()()を思い起こさせる。

 

 かといって、全てが同じである訳はない。

 

 救世主の織斑一夏(うつわ)の付属性は落第、そもそも()()()()()()()()()()()のだから星辰光を十全に振るう事も叶わない。

 そして、致命的なまでに性質(ヒカリ)()()が足り得ない。理想(あこがれ)に追い付こうと言う懸命さもなく、目に入る悪を許せないとも思わない。

 日常の似合う人間であればそれで構わず幸せかもしれない。が、焔の魔人の肉体(うつわ)としては下の下である。

 

 この覚醒が最後となろう。これ以上は織斑一夏(うつわ)が持たない。今までの蛮行は謂わば()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようなものだ。

 事実、織斑一夏(うつわ)は罅割れ虫食い状態で、内界に充満した無色の星辰体は垂れ流した端から露と消えていく。

 

 

 正真正銘最後の墜翔。

 是非もなし──ならば、後は死力を尽くすのみ。

 

「『煌赫墜翔(ニュークリアスラスター)発動(ブースト)ッ───!』」

 

 体外に流れ出た血液が空気に触れた途端、()()。爆発的な熱量(エネルギー)の奔流となって炎翼を再形成して、本来の規模での反動加速を救世主へと与えていく。

 赤熱の尾を引きながらの飛翔(ついらく)は、最早一個の流れ星だった。身体ごと焼き焦がして灰となるまで、勝利(まえ)未来(まえ)へと輝くものを目指し突き進む一筋のほうき星。

 

 

 その雄々しい男の姿に────深い哀しみを抱くのは何故だろう?

 セシリアは自分がおかしくなってしまったのかと困惑する。

 だってそうだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……あぁ、そういうことですか」

 

 単に()()()()()()()だけなのだと理解して、自分はおかしくなってなどいなかったと一人納得した。

 

 光、勝利、未来、友情愛情絆そういった善性は素晴らしいものだ。それは誰にも否定できない。

 しかし、彼は(それ)しか受け入れられない。

 人間は強さ(ヒカリ)だけではない。同時に弱さ(ヤミ)だって持っているものだ。

 その弱さ(ヤミ)を悪だと決め付け排斥する事は正しいのか?

 極論、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 光を目指して突き進む/止まる事が出来ない。

 人の強さに妥協をしない/弱さを許す事が出来ない。

 果ては極楽浄土(エリュシオン)か、或いは灼烈恒星(アルカディア)か。どちらにしても正しくいられる人間以外が死滅するのは確かだ。

 

 名も知らぬ誰かの為により良き明日へ飛び立ち、邪魔するものは何であれ蹴散らして貫き通す運命の車輪。

 (たお)した者の宿業(なみだ)を背負い誇りに変えて受けるべき報いを覚悟して、それでも尚膝をつくなど言語道断と明日の笑顔に守る為に大志を抱いて、未来(ヒカリ)を目指して駆動する英雄譚。

 

 それは、なんと……

 

「……なんと、哀しいことでしょうか……」

 

 薬も過ぎれば毒となる、過ぎたるは猶及ばざるが如し。行き過ぎた光はどうあっても余人にとって猛毒にしかならないのだろう。

 

 

 

 一夏(■■■■)の以前とは比較にならない機動力に、憂いを嘆くセシリアは接近を許してしまう。

 

 

「『ウオォォォ!!』」

 

 

 轟炎を纏う雪片弐型(ツルギ)を構えて吼える一夏。

 漸くセシリア(お前)の元へと辿り着いたぞ、と焔の揺れる眼光が訴えている。

 目は口ほどにものを言う、という(ことわざ)をセシリアは思い出した。

 

 雪片弐型を最上段で構える一夏。狙いは全身全霊の唐竹割り。

 外しはしない、一閃にて断ち切って見せよう。

 SEも絶対防御もあるというのに、真紅に濡れた刀身が放つ煌めきの前には無意味だという直感があった。

 紅焔を付属(エンチャント)された雪片弐型の切れ味は上がっており、読んで字の如く触れれば切れるだろう。鋭利な切っ先からは、バリアをバターのように焼き切る光景しか想像(イメージ)出来ない。

 

 目前に迫る炎の塊となった一夏を見て、セシリアは思う。

 これ程の激情を産まれてから目にしたことはあるのだろうか、と。

 母は強い人だったが、燃えるような情熱ではなく凍てついていたように感じる。

 「高貴なる者の責務(ノブレス・オブ・リージュ)」を教えてくれた偉大な母。

 父は母に頭の上がらない人だった。頭を垂れて機嫌を取る背中は、セシリアにとって情けなく映った。

 母もそんな父を嫌っていた素振りを見せていた。そして、セシリア自身も父を嫌い情けない男が嫌いになった。

 今まで出会ってきた人間も誰もがオルコット家の遺産を奪おうとしてきた汚い大人ばかり。

 

 誰一人として、目の前の男ほど強い感情(ヒカリ)を持っていなかった。

 故に、彼に興味が湧いた。しかし──

 

 それはこの場面を切り抜けられたら、の話である。

 

 少し意識を飛ばしている間に、命に届く刃(ゆきひらにがた)が渾身の力で振り下ろされる。

 鈍い光を反射する刀に、セシリアは死を予感して反射的に目を閉じてしまった。

 

 その様子に普通の人間ならば気が引けるかもしれないが、光の奴隷にそんな感傷は刃を鈍らせる事能わず。

 誰かの悲劇(なみだ)さえ背負って報いると更なる独走を開始する。

 

 

「──ふっ!」

 

「──っ!」

 

 

 断罪の光(ゆきひらにがた)がセシリアを叩き切り、アリーナはいっそ恐ろしい程の静寂に支配された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………?」

 

 痛いほどの静寂の中、()()()()()()()は不思議そうに自らの状態を確認する為に目を開く。

 

 そこには、

 

 

「『───()()()()、か』」

 

 刀身半ばから粒子となって(ほど)けている剣を持ち、消え入るように呟く一夏(■■■■)が佇んでいた。

 辛酸を舐めた表情で雪片弐型を手放す。地面へと到達する遥か手前で粒子へ還っていく雪片弐型。

 

 この最終局面に来て、白式は完全に沈黙したのだ。

 

 そして同じく一夏(■■■■)自身も限界なのだろう。天にも届く勢いだった火炎は息を潜め、鎮火寸前と言ったところ。

 

 意思力が尽きたのではない。単純、肉体(うつわ)が救世主の顕現をこれ以上保つことが出来ないほどに消耗しているのだ。

 

 つまり、一夏(■■■■)の言葉通り、時間切れだ。

 

 事態を飲み込めないセシリアが目を丸くしていると、一夏の身体から炎と力が抜けていき()()()()()()()()()

 

 

「っ! 織斑くん!」

 

「一夏!」

 

「……オルコット!」

 

「……っはい!」

 

 真耶と箒の悲痛な叫びが木霊して、千冬の呼び掛けにセシリアが一拍遅れて反応。急降下を開始する。

 

 難なく一夏を捕まえたセシリアはそのまま地面へとゆっくり降りていく。一先ずは大丈夫か、と全員が肩の力を抜いた。

 

 セシリアは一般的には“お姫様抱っこ”と言われる体勢で一夏を落とさないように運んでいく。

 実際に触れてみて、ISで簡易的に身体検査(メディカルチェック)を走らせて、一夏の肉体が如何に酷い状態かを理解した。こんな躰でどうして動けていたのかと眉を(ひそ)める。

 まず、内臓を含めた体内器官の全てが焼け爛れている。限界を超えた活動により筋繊維は千切れ神経や筋もほとんどが切れてしまっている。肋骨三本と右鎖骨、その他罅の入った骨は数知れず。健常な箇所など一つもなく、指一本さえ動かす事など出来はしない筈だった。

 今すぐ緊急治療が必要であり、今後二週間は治療用ナノマシン投与と集中治療用カプセルでの生活は余儀無くされるだろう。

 

 それでも彼は動いていた。

 不出来な肉体など知ったことかと現実を粉砕しながら駆動する気合と根性。

 ──全ては“勝利”を得るために。

 

 何が彼をそこまで突き動かすのか、興味が出たと同時に、光に焼かれながら目指すことは()()()()()()()()という疑問を感じる。

 

 

 サラリ、とセシリアの髪に触れられる感覚があった。

 

 一夏が薄く目を開けて、セシリアの毛髪に手を伸ばしていた。

 

 

「……髪、少しっ……焦がしち、まったな……」

 

 

 悪い、とは言葉にならず意識を手放してしまった。

 

 一夏の言う通り、最後の一閃の際に残り火が若干セシリアの綺麗な金髪に焦げ目を残していた。

 

 その他者を気遣う物言いに、焔の魔人は表層意識から引っ込んだ事を理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だよ……何なんだよあいつは!」

 

 世界の何処かにあるらしい篠ノ之束のラボには、何かの部品やらが至るところに散乱していた。

 空中に投影された映像にはセシリアと一夏の戦いの様子が映し出されていた。今は一応の収束を終えて、一夏の治療に慌ただしく動く人々の様子が映っているが、束の目には見えていない。

 

「零落白夜……雪片弐型……それを押さえ付けた()()()()()()()……紅焔……救世主ってのは、(あなが)ち間違ってない……?」

 

 束の頭の中では、観測した情報がぐるぐると回り想定し、推測し、仮定し、正体不明の輪郭をより鮮明に削り出していく。

 

 しかし──

 

「……うがあああ! ダメだ、あれだけの出力上昇に説明がつけられない!」

 

 如何なる()()で機体出力を数十倍にまで高める事が出来るのか、束には分からない。

 光に殉ずる者が聞けば、鼻で笑ってしまう程に見当違いと言える。

 理屈ではない。原理は単なる根性論。

 即ち、気合と根性に他ならない。

 心一つ、想い一つで覚醒していたなどとは束は考えもしないだろう。

 

 

「うがあぁぁあぁああああ!!!」

 

 

 一週間以上の間、束の叫びは続いたという……。




続きません。

早くメインを書き上げなくちゃ……。


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