我ながら、よくもまぁ上手いこと問題が解決したなぁ、と思いつつも、その後の事態は割とすんなりと進んだ。
美花ちゃんと俺たちは、同じ趣味を愛好するネット上の友達だということにして。
今日は仙台という交通の便が良い場所でオフ会をしていた段取り。
されど、オフ会の途中から美花ちゃんの様子がおかしくなり、ちょっと探りを入れてみたところ、遺書を発見。どうやら、美花ちゃんはオフ会を現世最後の楽しみとして、あの世に旅立とうとしていた、という筋書きである。
無論、予定していた物とは大分予定がずれてしまったので、ほぼ即興だ。
「やー、それでですねー? この京子が、『馬鹿野郎っ! やっと、やっと仲良くなれたのに、死ぬなんざ許さねぇ!』と目に涙を滲ませながら、遺書を破り捨てて」
「おい、馬鹿。色々捏造するな」
「はいはい、じゃあ、京子さんは泣いてなかったってことで。泣いていたのは玲音――じゃなくて、はい、俺でした、俺でした。なので、玲音さん、脇腹を重点的に殴るのはおやめください」
「む、ううううう……」
夕食をご馳走になりながらの事情説明で、ようやく俺は本来の調子を取り戻していた。
そうそう、説教臭いのは俺の性分じゃない。どちらかと言えば、ひょうひょうともっともらしい嘘を堂々と吐いて、相手を騙し込むのが得意技だというのに。ちなみに、その得意技は相手を騙そうと嘘に嘘を重ねた結果、全てを真実にするため苦しまなければならないという代償があるので、結果からみれば、あれが最良だったのかもしれないが。
ともあれ、俺たちのホテル代節約作戦は上手くいった。
夕食も、美花ちゃんの母親が手によりをかけて作ってくれたし。お風呂もきっちり頂いた。布団やベッドは数に限りがあるので、大きめのサイズのベッドを使っている美花ちゃんの場所には、玲音、美花ちゃん、京子という欲張り川の字セット。俺は、リビングのソファーに寝転がり、タオルケットを被って睡眠というスタイルである。
美花ちゃんの両親は、俺をリビングに寝かせることを申し訳なく思っているようだが、ご心配なく。こんなもの、中学時代に山に籠っていた時の野宿に比べれば、天国のような物だ。
いやぁ、本当にあの時はしんどかった。
だってあれだぜ? 朝から夕方まで、がっつりしごかれて疲労困憊の状態で。当然、野宿という劣悪な条件でも泥のように眠ってしまうそんな状況で、たまに夜襲して来るんだぜ? 教官が。『いつでもすぐに戦えるようにしておけ』とか、真顔で殴ってくるんだぜ? まったく、あれで教官がワイルド系の美女で泣ければトラウマになっていたところだ。
ということで、まぁ、そうなんだ。
「俺に、何か用でも? それとも、夜のお手洗いかい?」
「…………っ!」
俺はどれだけ熟睡していたとしても、自分に意識を向けられれば覚醒することが出来る。
例えば、ソファーに眠る俺を覗き込むようにして見ていた美花ちゃんを、驚かせるぐらいにはぱっちりとしたお目覚めを見せることが出来る。
ちなみに、京子の奴は寝起きが異常に悪いので、美花ちゃんがベッドを抜けだしてきても全然気づかなかったのだろうさ。
「ど、どうして?」
「何が? 俺が気づいたこと? 俺の目覚めが良い事? それとも、君が後ろ手に隠していた包丁を、俺が取り上げたこと? ちゃんと明確に質問してくれないと、分からないぜ?」
「…………どうして、こんな、こんなことになるんですかぁ」
「や、それは知らん」
危ない、危ない、と俺は包丁を優しく床へ置いた後、美花ちゃんの様子を観察する。
「何で? 何で今更? 私、私があんなに苦しんでいる時は、誰も助けてくれなかったのに。私が言っても、全然駄目だったのに。どうして、どうして?」
美花ちゃんの感情はごちゃまぜになっているようだった。
乱暴に頭を掻きむしり、胎児のように体を丸めて呻いている。
「私は、戻りたくなかった。生き返りたくなかった。現世に戻ってきたところで、駄目駄目の私が何か出来るわけがなかったのに。また地獄に戻ってきて、それが、自分を殺した私の罰だと思って受け入れようとしたら、あんなに、あんなにあっさり! 私は、私にはできなかったことを、貴方が!」
美花ちゃんは呪うように、俺を睨みつけて、涙を流している。
一方、俺は包丁を台所に戻しに行ったついでに、無断で冷蔵庫を漁って麦茶のペットボトルを確保。優雅にコップへ注ぎ、ごくごくと喉を鳴らして飲む。
ふぅー、夜中に飲む麦茶も悪くないねぇ。
「む、むううう! 真面目に! 真面目にやれ!」
すると何故か、怒りのままに美花ちゃんが殴りかかって来たので、それを優しくいなして、そのまま体を抱き上げる。
「ひゃあ!?」
「わーい。体やわらかくて、抱き心地が素晴らしいなぁ」
「ひゃああああああああああ――わぷっ」
「はい、夜中だからお静かに」
そして、ひとしきりセクハラを楽しんだ後、悲鳴を上げる美花ちゃんの口を塞ぎ、ソファーに横たわらせた。
やれやれ、こういうのは本当に性分じゃないんだけどなぁ。
「んでもって、生きているのが嫌なら、勝手に死ね。今度は俺たちが見ていない場所で、他人に迷惑が掛からないように死ね。楽をしようとせずに死ね。他人じゃない、お前の両親には、多大な迷惑をかけてから死ね」
「…………う、あ」
「後さぁ。京子が言っていたから俺は許していることにはしているけどさぁ。もう一度、君が俺を殺そうとしていた件については、さて、どうするかな? なぁ、どうすればいいと思う? どうすれば、俺は君を許せるんだろう? そうだ、うん、例えばさ――――このまま君を犯して、君に消えない傷を刻み込めば、大体釣り合うのかな?」
「ん、んんんっ、ううう」
口を塞がれ、俺に押し倒され、碌に身動きも取れない美花ちゃんは、藻掻くことすらできずに、涙を流す。ぷるぷると震えて、何も出来ずに。
…………はぁ、馬鹿らしい。
「なーんてね」
「ぷはっ?」
俺は美花ちゃんを開放して、肩を竦めた。
「常識的に考えて、この場でそういうことするわけないでしょ? 少し騒げば、他の人たちも起きてくるのに。大体、現実で警察を呼ばれたら終わりじゃん」
「え、あ、あう?」
「こういうのに、あっさり引っかかるから、君は馬鹿なんだよ。ばぁーか」
「な、なぁっ! こ、このぉ! このぉ……っ!」
そして、俺が露骨に変顔を作って馬鹿にしてやると、美花ちゃんは面白いように顔を赤くして怒り出した。手足をばたばた動かしつつも、俺には敵わないと悟っているのか、物理ではなく言葉で俺を攻撃しようと試みる。
「お前なんて、お前なんて、すぐに死んじゃうんだ! ナイツの他の人たちが、お前を特定して殺すんだ! それに、それに、『お父様』には絶対に勝てない!」
「へぇ、そりゃあ、大変だ。ふぁーあ、んで? その話って長い?」
「お前が強くても! どれだけ理不尽な強さを持っていても! 勝てないんだかんな! 馬鹿。馬鹿馬鹿、馬鹿ぁ!」
「はいはい、馬鹿ですよーっと」
俺がスルーに徹すると、美花ちゃんは半泣きになりながら寝室へと逃げて行った。
ふぅ、ようやく寝られる…………って、おおう。
「居たの? 玲音」
「…………」
いつの間にか、俺の傍らには下着姿の玲音が立っていた。
相変わらずの神出鬼没だ。何せ、直前まで全然気配とか掴めないんだもん、この子。
「ハルユキは強いね、残酷なほどに」
そして、表情も読めない。
普段は分かり易い表情だからよくわかるのだけど、こういう時、玲音は薄い笑みを浮かべたまま言うから、どんな感情がそこにあるのか、わからない。
「強いから、自分のルールで人を断ずる。裁く。傲慢と思えるほど、自分勝手に。だから、『ヤマ』なの。閻魔大王。地獄の審判者。罪に罰を与える者。貴方はいずれ、愚者に罰を与えるだろうけど――――貴方自身の罪は、誰が裁くの?」
「…………」
淡々と言葉を紡ぐ玲音。
珍しく、言葉数が多く、反対に俺は黙している。
ペルソナ。
自分自身の一面。
ヤマ。
審判者。
ぐるぐると、俺の中で幾つもの単語が巡る。
どんな言葉を返そうかと、柄にもなく悩み、悩んだ末に、『悩んだところでどうしようもない』と俺は考え付いた。
だから、俺は玲音にこう答えよう。
「ケースバイケースで、どこかの誰かが上手い事やるよ! 多分!」
「…………ばーか」
俺の答えに呆れ果てたと言わんばかりに、ため息を吐いて、玲音は寝室へと戻っていく。
ぺちぺちと、フローリングを素足で歩くその音に耳を傾けて、俺はソファーに倒れ込んだ。
「…………どうするかねぇ?」
見知らぬ天井を見上げながら、俺は焦りを滲ませた呟きを零す。
「下着姿の玲音が目に焼き付いて、全然眠れそうにない」
「…………」
直後、いつの間にか戻って来た玲音から痛烈な飛び蹴りを受けて、俺は強制的に眠らされた。
…………いや、男の目の前で下着姿だった玲音にも罪があると思うのですが、それは。