東北の若者にとって、都会とは大体仙台の事を指す。
何故ならば、そこら辺が一番ちょうどいいからだ。そう、東京との距離がちょうどいいのだ、仙台は。何せ、新幹線で数時間揺られれば直ぐに着く。
頑張れば、東京から日帰りも可能な立地の場所である。それに、そこそこ都会っぽい街の作りになっているし、そこそこマイナーな映画も流してくれる映画館だってある。同人誌を売ってくれる店だってある。本屋がたくさんある。人通りが多く、賑やかだ。ファッションだって、都心に及ばずとも、そこそこ皆、気を遣っているらしいし。
ただまぁ、地方の中年たちは仙台に居る若者たちの事を指して、こう言う『半端者』と。
東北地方出身の田舎者たちにとって、仙台はちょうどいい場所だ。
挫折の後、居座るにはちょうどいい場所だ。
上京してみたものの、東京にはなじめず、夢破れて、それでもその残滓に浸りたい者には、仙台はちょうどいい。あるいは、上京することすらせず、中途半端なままそこで暮らす者にとっても。
そして、東北地方出身の学生にとって、少しばかり遠出するのにもちょうどいい場所である。
仙台。
それは、田舎者にとっての都会。
仙台。
それは、中途半端な場所。
仙台。
それは――――背伸びした田舎の若者が、集まり易い街である。
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「はい、無事に美花ちゃんのマンションから送り出された我々でしたが、ここで問題が一つあります。さぁて、京子。その問題とは一体、何でしょうか?」
「地元まで行く金がない。ついでに、コンビニで下ろすための現金カードも存在しない」
「いえーい、大正解っ!」
「大正解じゃねーよ、馬鹿がっ! お前があんな茶番をかますから、物凄くお金を借りにくい空気になった所為だろうが! 言えねーよ! あんな真似した後、『お金が無いので貸してください』は言えねーよ! 格好良く立ち去りたかったんだよ、ちくしょう!」
「あっはっは、まぁまぁ、スマホはまだまだ活きているし、いざとなったら親に迎えに来てもらえばいいから絶体絶命には程遠いよ」
「嫌だ! 怒られたくない! これ以上、変に勘ぐられたくない!」
「んもーう、しょうがないなぁ、京子は」
現在、午前十時半頃。
場所は以前、仙台の街中。駅前からさほど遠くない、ファミレスの店内。
俺の予定外のアドリブによって、美花ちゃんの両親から金を借りられなくなった我々は、地元に戻るための手段を考えなければならなくなっていたのである。
とは言っても、所詮は仙台。東京ほど遠くない。
いざとなれば、鈍行列車で行けるところまで行って、残りは徒歩という手段も可能なのだが、その場合、体力がゴミ屑である京子を後半、俺が背負わなければならないので、俺自身の為にも、京子のプライドの為にも頑張らなければ。
え? 玲音。あいつはね、意外と体力があると言いますか、油断していたとはいえ、俺の意識を刈り取る蹴りを放つ女子ですよ? 多分、健脚なので放っておいても大丈夫ですね。
「安心してよ、京子。こんなこともあろうかと、昨日からこっそり、俺の友達ネットワークを駆使して、仙台に知り合いが居ないか探ってみたんだ。すると、一人ばかり同級生の奴が該当してね? 今、金を借りられるかどうかを、こっそりとラインで交渉中」
「なんでこっそりやってんの? そういうことはもっと早く言うべきじゃないか? ええ?」
「親友の焦る姿が見たかったから」
「誰が親友だ!? この度し難い馬鹿が!」
「んもー、騒いだら他のお客さんの迷惑になるよー? ほら、玲音を見習って大人しく、大盛りフライドポテトでもつまんで…………あー、美味しかったかい、玲音?」
「それなりに」
注文しておいた大盛りフライドポテトが、いつの間にか無くなっていた。
どうやら、玲音が全て食べてしまったらしい。
おかしいな? 今日の朝食も、美花ちゃんの家で大盛りのシリアルと牛乳を食べていたはずなのに、しれっと大盛りフライドポテトも平らげてしまうなんて。見た目はむしろ、痩せ気味だけど、この玲音は割と健啖なのかもしれないな。
――――ヴヴヴッ。
「おっと、噂をすれば影っと。ふむふむ、なになに?」
じゅるるる、とストローでコーラを飲み干している玲音を眺めていると、ラインに通知が一つ。送り主は、俺が金を借りるための交渉を進めていた友達である。
「どうだ? お金を貸してもらえそうか?」
「んんんー、借りられるけど、条件があるって」
「条件?」
「合コンの面子が足りないから、足りない分の補充として出て欲しいってさ。あ、合コンの費用はあっちが払ってくれるから安心らしいよ?」
「――――はぁ!?」
京子が露骨に顔をしかめた。
そりゃそうだろう。京子は生粋のコミュ障。学校でもまともに会話可能なのは、数人程度。その中でさらに、京子の毒舌を受けても平然と親友であると主張できるのは俺一人だけ。根は間違いなく善良なのだが、合コンというリア充専用イベントみたいな物に参加するとは思えない。
「嫌だ! 合コンなんてクソみたいなイベントに出るぐらいなら、私は走って帰る!」
「五百メートル走っただけで、満身創痍な君には無理だよ」
「じゃあ、バイトする! 日雇いのバイト探して頑張るぞ、私は!」
「俺と、後数人程度しか友達が居ないコミュ障の京子には無理だよ」
「……在宅、在宅の仕事なら出来るんだ、私は……」
やれやれ、案の定、京子が嫌がっている。
だが、俺も京子とは少なくない日々を一緒に過ごした親友である。こういう時の対処方法だって、しっかりわかっているのさ。
「安心してよ、京子。俺が京子に、無理やり合コンに参加しろ、だなんて言うわけがないじゃないか。君は、合コンの面子に混ざってきゃぴきゃぴするのは無理だろう」
「無理だ。そして『きゃぴきゃぴ』は死語だろう」
『だから、そこら辺は先方も承知の上なので――――男装しよう、京子』
「…………は?」
「いや、合コンの面子で足りないのは男だけだから。女子は足りてるの。だから、京子が男装してくれれば、意外と相手の女子たちも騙されててててぇ!?」
「胸だろ、おい。絶対、胸だろ、ああ? 誰が、男装しても全く気付かれないほどの無乳だ、おらぁ!? つか、誰だ!? お前とそういうことをたくらむ馬鹿は誰だ!?」
「ゆ、結城! 結城の奴だよぉ! 後、首のやわっこい所をつねらないでよぉ」
「女たらしで、屑の結城だと!? 意地でも行くか、あんな奴が居る合コン!」
そう、分かっていたのさ、こういう誘いをすると確実に断られるだろうということは。でも、仕方ないじゃない。
だって、元々こうやって断らせるためのわざと言わされたんだし。
「んもー、しょうがないなぁ、京子は。んじゃ、はい」
「…………ふん、何をされても私は結城とは――って、おい」
露骨に怒っていた京子であるが、俺が差し出した物を見て、さらに目を細める。
それは、現金。
俺の財布の中に、数枚の千円札を残した後、五千円も含めた何枚かの札を、京子に差し出したのである。
「どういう意図だ?」
「三人分の移動費は無い。だけど、俺と君の分を足せば、一人分ぐらいは都合つくだろう?」
「合コンの面子は?」
「結城の奴も、元々、君が来るとは思っていないよ。それに――――慣れない出来事の連続で、疲れているはずだよ、君は」
「…………ちっ」
京子は舌打ちをしつつ、さっと、自分の左手をテーブルの下に隠した。
そう、先ほどから僅かに、痙攣を繰り返していた、左手を。
「玲音」
「……なに?」
「ワイヤード内に入り込んだ際、何かしらの副作用が出たりする?」
「人それぞれ。でも、キョーコは単に、体力不足なだけだよ。昨日の夜、誰かさんが泣かせた女の子の背中を撫でて、ずっと慰めていたから」
「あの、京子さん。帰った時に返却の必要はないので、どうぞこのまま収めてください」
京子は俺の申し訳なさそうな顔を見ると、「はぁ」と呆れたようにため息を吐き、渋々現金を受け取った。
「先に帰って、色々と調べている。お前も、さっさと合コンを終わらせて帰って来い」
「ういうい、了解」
「後、な」
ちらりと、玲音へさりげなく視線を移した後、京子は俺に忠告した。
「狙われているぞ、気を付けろ」
「ん、知ってる」
「ふん。相変わらずだな、お前は…………じゃあ、またな」
そしてそのまま、格好つけて伝票を持って行き、そのまま会計をして行ってファミレスから出て行った。やれ、京子は本当にこういう時、割と後先考えずに動くなぁ。どうせ、しばらくは、駅に電車が来るまでの間、時間を潰すことになるのに、まったく。
しかし、狙われている、ねぇ。
「…………?」
がりがりと、コップの中に残った氷を噛み砕く玲音を眺めながら、ふと、俺は考えた。
さて、それは『どちらの意味で』なのだろうか? と。
…………いいや、どちらにせよ、俺のやるべきことは変わらない。
「玲音」
「なに?」
「君も合コンの面子に入っているから、男装よろしく」
「…………えっ?」
「君はこれから、俺の従兄になって、男子中学生、岩倉玲音君になるから、よろしく」
「…………」
まずは、頬を膨らませて露骨に機嫌が悪くなった玲音を、どうにかして宥めなくては。