女性の機嫌を直すための方法を、俺はかつて、父親から伝授されたことがある。
「いいかい、晴幸。女の子はね、誰であれ褒められれば嬉しい物なんだよ。けれどね、ここで大切なのは褒める言葉と、距離感なんだ。ほら、親しい人から体の一部を褒められれば嬉しいかもしれないけど、見知らぬ他人からいきなり褒められても、気味悪いだろう? だからね、女の子を褒める時は、ちゃんと距離感を見極めてから言葉を選びなさい」
俺の父親は、合法ショタというよくわからない存在であるが、なんだかんだ、父親らしく俺に振舞ってくれた記憶がある。
まぁ、運動会にやってきたら、小学校の時は兄扱い。中学校の頃からは弟扱い、と若いにもほどがあるんじゃない? みたいな容姿なのだが。ぶっちゃけ、スーツ姿とか似合わな過ぎて、会社勤めをちゃんとやれているのか不安になるレベルだ。
しかし、そんな合法ショタの父親であるが、母親曰く、あれでも青春時代はモテモテだったらしいので、俺も今、困難を乗り越えるためにその恩恵を受けるとしよう。
「やー、本当に素晴らしいよ、玲音。似合ってる! 男装姿がとても似合っている! もう、完全に中性的で妖しい魅力の男の子にしか――――ごぶはっ」
「変態」
どうやら、距離感か、誉め言葉のどちらかを間違えてしまったらしい。
まさか、どちらとも間違えているという絶望的なアレでは無かろうが、それでも、何とか玲音を説得して男装させることには成功したのだから、問題あるまい。
「約束、守ってね?」
「あ、ああ……我が家に戻ったら、通販で高級シリアルとミルクを取り寄せよう……それで、なんとか合コンの間は、その姿で……」
「ん、わかった」
釈然としない気持ちを残しつつも、仕方なく、と頷く玲音。
その服装は、普段とそこまで変わっているわけではないが、デニムのショートパンツを、少し派手なダメージジーンズに変えて、上着をサイズ多めのちょっとゆったりとした物に。上着の柄は、でかでかと描かれたシルバーの髑髏。首から下げたネックレスは、銀の指輪をチェーンで通したシンプルな物。
よし、何処からどう見てもちょっと拗らせた系ファッションの中学生にしか見えない。
上着をゆったりとした、余裕のある大きさにしたので、胸とか体型は誤魔化せるだろうし。声は声変わり前ということで、ぎりぎりセーフだろう。
「ふぅ、これで玲音の男装はオッケーと。あ、合コン中、何か困ったことがあるなら、俺にパスしてくれればいいから。これでも、合コンは引き立て役としては百戦錬磨なんだぜ?」
「…………」
「わぁ、凄く信用してない顔」
ちなみに、玲音の服の調達に関しては、直也が指定して来た服屋でツケにしてもらえたので、金銭的には問題ない。
やれやれ、いくら馴染みの店だったとしても、初対面のお客のツケを認めさせるなんて、相変わらず直也は手が広い。うん、顔が広いじゃなくて、手が広い。だって、あいつの交流関係のほとんどって、あれだからなぁ。女性関係から派生したものだからなぁ。
「さて、問題は面子が一人足りないってことか。ううーん、京子は連れてこなくても良いって言われたけど、その代わり、適当な男を調達してこいって頼まれたからなぁ。まったく、直也は軽々しく無茶を言う」
合コンに必要な面子は、男三人。
一人は俺、もう一人は男装した玲音。つまり、後一人、男を調達しなければならない。残り一人ぐらいならば、直也が調達した方が効率的だと思うのだが、どうにも直也はこの状況を楽しんでいるらしく、全然俺の申し出を受け入れない。
直也は俺の友達であるが、こう、なんというか、性格が悪い。最終的に助けるとしても、その過程で友達の事を、散々いじって遊ぶような奴だ。今回の無茶振りも、恐らくその一環だろうな。
「ふぅー、仕方ない。ついに、この俺の本気を見せる時がやってきたというわけか。ふふふ、玲音。三分間だけ、黙って俺に付いてきてくれないかい? それで、この問題を片付けて見せるとも」
「…………」
「あ、露骨に信用していない顔。ふふふ、だけどまぁ、見ててくれ」
そして、三分後。
「やー、いけるいける、大丈夫、大丈夫! もう、全然いけるって! ねぇ、お兄さん!」
「……あ、あのぉ、俺は、その、お金とか無くて――」
「だーいじょうぶ! 全然、問題ない。こっち側で支払うからさー! ね、ボランティアだと思って! 俺を助けると思って! この通り!」
「えぇ……」
俺は玲音を伴って街中を歩き、ちょうどいいターゲットを補足した。
仙台の街中だというのに、絵の具で汚れたツナギ姿。
高身長だけれど、痩せ気味。顔つきは、それなりにイケメン。
ただ、髪はぼさぼさで、髭は生やしっぱなし。身だしなみにまるで気を遣っていない、薄汚れた大学生だ。
されど、道行く人を観察し、携えたスケッチブックに鉛筆を走らせる手に、迷いはなかった。
――――良い。
身長が高ければ、多少痩せ気味でも問題無い。身だしなみに気を遣ってないのは、これから説得して、色々準備すればいい。それに、こんな街中で、ツナギ姿でうろうろしながら、他人の目を気にせずにスケッチをしていたというキャラクター性は捨てがたい。ぱっと見た限り、悪人ではなさそうだし、それは即座に勧誘することにしたのである。
「綺麗なお姉さん方と、ご飯食べながらお話するだけだよー! 全然、怪しくないよー!」
「自分で怪しくないって言う人ほど、怪しい人は……」
「いやいやいや、だって、俺、これでも高校生よ? んでもって、こっちは中学生。もちろん、未成年の集まりだからお酒とかも無し。開催時間は夕方。ね? 健全でしょ?」
「…………ま、まぁ、確かに?」
「でしょぉおおおおお? ぶっちゃけ、合コンの真似事みたいな感じなんだよねー。ほら、大学生の本格的な奴じゃなくて、高校生がやるちゃちな奴。だからさ、一次会でお終いだし。途中でしんどくなったら、帰ってもいいから。ほら、店もちゃんと……ここ! ね? すぐ近場でやるし、有名なチェーン店の居酒屋でしょ? 怪しいように見せかけて、全然怪しくないんだなぁ、これが!」
「う、ううーん」
初対面での勧誘に必要なのは、距離と、言葉選びのセンス。後は観察力だ。
最初、逃げられないようにお兄さんとがっつり肩を組んで、無理やり親しさを演出。周りに対して、仲良いですよアピールをしながら、通報や余計な横やりを防ぐ。
なお、この方法は異性に使用すると犯罪なので、やめましょう。それと、神経質そうな見た目の人にやると、一発で通報されるから、観察力に自信の無い人は遠慮すべきかな?
まー、こんな感じで最初は逃げられないように強引に。
ある程度、話を聞いてくれたら、そこで少し離れて安全性を説明。
ここら辺で会話を交わしながら、よく相手の様子を見る。
この後、予定が入っているかどうか。
相手が、こちらが紡ぐどんな言葉に反応するか。
相手が、こちらのどういう部分に注目して、視線を動かすのか。
そういうのを良く観察しながら、本命の言葉を考えておく。
「わ、悪いけど、俺、その……合コンとか? 女の人とかと、話すの、苦手で。それで、その、ごめ――」
「いい『経験』になると思うんですよー」
相手が食いつきそうな、言葉を。
柔らかな口調で、丁寧に。
敬語を使って、当てていく。
「お兄さん、見たところ絵を描く人ですよね? それも、結構長く描いている」
「ん、や、そんな。まぁ、そこそこ?」
「美大とか通ってたり?」
「まー、うん、一応は」
「ほうほう。美大とかで、合コンには行かないんですか?」
「……や、だから、俺はさ、そういうの、苦手で」
「でも、だからこそ『良い経験』になる。苦手なことに思い切ってチャレンジ。今まで見えなかった何かに気付けるかもしれない。チャレンジした結果、やっぱり合コンってクソだなって結論をちゃんと出せるかもしれない。是でも、否でも、一度苦手なことを経験すれば、『自分は口だけじゃなくて、ちゃんと挑戦してみた』って経験になれますよ?」
「…………経験、か」
芸術をやっている人間は。
絵を描いている人間は。
創作をやっている人間は。
こういう言葉を、求めている。
何か、非日常的な『経験』を求めている。
何故ならば、大抵の場合、何かを作り出そうという人間は、飢えているから。
自分の心が震える瞬間に、感動に、飢えているのだ。
それが、喜怒哀楽のどれか、定かでないとしても。
「それに、面白くないですか? こんな、怪しげな二人組の誘いに乗って、合コンに行くなんて。そんな経験、普通に生きていて、あると思います?」
「……く、くくっ、それ、自分で言うのか?」
ここで、お兄さんが笑った。
喉の奥を震わせるような、人前で笑うことになれていない笑い声。
ああ、良かった、笑わせることが出来たのなら、もう大丈夫。
「ええ、もちろん。実際、クッソ怪しいですし!」
「そりゃあ、ガタイの良い強面の君と、中性的な美少年がセットで、寄りにも寄ってこんな冴えない男をナンパしているんだからね。怪しいさ、そりゃあ……でも、うん、面白い。面白いのは、良いことだ、とても、良いことだ――――保身を捨てる、価値がある」
お兄さんは、鉛筆の芯で真っ黒になった手を乱暴にツナギで拭った後、ゆらりと手を伸ばしてきた。
「ペンネーム『鴉宝石店』だ。冴えない絵描きの大学生だが、どうぞ、よろしく。後、悪いが本名は聞かないでくれ。普通に嫌いなんだ、特に苗字が」
「ういっす。あ、俺は天原晴幸です。んで、こっちが岩倉玲音」
「…………」
俺はお兄さんの手を取り、固い握手を交わす。
こうして俺は、年上の男性をナンパして、合コンの面子を集めることに成功したのだった。