思えば、まともにクリアしたドラクエはモンスターズ以外無かった記憶。
「男の子はこれが弱いんだよねーっと! リリム! 吸い取っちゃえ!」
「ザントマン、眠らせて」
ワイヤードにおける、二度目の戦闘。
自らの心の内より湧き出る『仮面』を顕現し、己が力として振るう力、ペルソナ。
だから、必然とこの戦闘は常識外れの物になる。
例えば、悪魔の羽を携えた、恐ろしく美しい女性が微笑むだけで、こちらが脱力したり。
例えば、三日月型の頭をした異形が、背負った袋から粉をまき散らすだけで、眠気を誘ったり。
俺の今までの戦闘経験が、まるで参考にならない攻撃を仕掛けてくるのだ。
流石に、この俺とは言えど、苦戦は免れない――――はずだっただろう。
「蹴散らせ、ヤマ」
俺が、ペルソナ使いとして覚醒していなければ。
「ひ、あっ?」
「ん、なぁ!?」
疾風迅雷の如く。
ただの一度、ヤマが骨の剣を振るうだけで、すべては事足りた。
都合よく、横に並んでいたペルソナ二体は、こちらの剣閃に反応すらできずに切り裂かれる。いともたやすく。熱した刃で、バターを切るように。
「そん、なぁ……あ、あははは、つよ、すぎ」
「話が、違うじゃん、あいつ……」
ペルソナは心の一部にして、行使者にとっては半身そのもの。
故に、ヤマの一撃によってペルソナを屠られた物は、意識を保つこと出来ずに、そのまま倒れこむ。
そして、しばらく立つと、トリムさんとみゃむさんの二人の姿は、ワイヤード内から拒絶されるかのように、この場から掻き消えた。
恐らく、俺によってペルソナを屠られたことにより、このワイヤード内に居る資格を失ったのだろうさ。多分。や、玲音が居れば何か説明してくれたかもだけど、居ないからなぁ。その場のノリで適当なことを考えているけど、合っているのか、どうか。
「ま、ここを片付けてから考えればいいか」
俺は二人を片付けた後、まず、背後に控えていた化け物共を見据える。
無数の異形。
まるで、妖怪図鑑や悪魔図鑑からそのまま出てきたような百鬼夜行の有様だ。
仮に、俺が何も知らない一般人だった場合、即座にSNSに画像をアップロードして、バズらせたことは請け合いの光景である。
されど、残念ながら今、俺は戯れている暇は無い。
『グルルル……ヤ、ヤバクネ?』
『帰りたい』
『レベル差ありすぎじゃない?』
『い、嫌だ、戻りたくない……』
明らかに数の優位があるのに、腰が引けている異形たち。
俺は、彼らに向かって爽やかに微笑みかけると、自らのペルソナ――ヤマに、短く命じる。
「蹂躙しろ」
次の瞬間、幾重にも白の剣閃が振るわれて、化け物たちの悲鳴合唱が始まった。
●●●
子供の頃、王道的RPGをプレイしたことがある。
俺はなんというか、早く物語の続きが見たいがために、ろくにレベル上げをせずに、道具や武器を中途半端に買い揃えて、ボス戦に挑むことが多かったと思う。
大体、三回ぐらいだろうか? 三回ぐらい、ボスに挑んで負けたら、俺はおとなしくレベルを上げることにしたのである。ただ、どうせレベルを上げるのであれば、次は確実にボスに勝ちたいという思いがあったので、がっつりレベルを上げて……そして、レベルを上げすぎてしまい、ボスを雑魚敵の如く屠ってしまうという、苦い経験があった。
や、レベルを上げまくって、『俺つえー』とか『最強モード!』みたいな気分で戦うならそれでいいと思うんだけどさ、物語の都合上、楽勝だった敵とのバトルの後に、『ぐっ、紙一重だった』みたいなセリフを主人公が言ったりすると萎えるんだよね。
だからさ、結局のところ。最初のプレイで物語を楽しむのならば、適度にレベルを上げて、適正レベルまで鍛えるのがセオリーなんじゃないかな?
「…………あー、えっと、弱すぎないかな、ちょっと」
その点を踏まえて言うと、現在の俺は、レベルを上げすぎたような虚無感というか、がっかり感を味わっていた。
そりゃあ、蹂躙しろと言いましたよ? 命じましたよ? 恰好つけて言いましたよ? でも、俺だって覚悟していたんだ。あれだけの数の敵が襲ってくるのなら、俺だって無事じゃいられない。しかも、鴉さんを庇わなければいけないんだから、苦戦は必須だよなぁ、ってね。
でも、ことが始まってしまえば、文字通りの蹂躙だった。
どの化け物よりも、ヤマの動きが速く。
また、どの化け物の怪しげな術も、ヤマには通じず。
さらに、ヤマが振るう骨の剣に対抗する術はなく、結果として、化け物たちは瞬く間に倒され、人間に戻っていった。人間に戻った奴は、次々と消えて行って、気づけば、俺の眼前には誰も居なくなっていたという。
戦いが終わってしまえば、何事もなかったかのように、無人の街並みだけがあった。
「え? それとも、俺が強すぎるの? なんで? え? ここまで強かったっけ?」
しかも、あれだけの数の化け物を屠ったというのに、俺に、疲労感は欠片もない。途中、本体である俺を狙う攻撃もあったものの、自分でも驚くほど簡単にいなし、カウンターを決めて、一撃抹殺。
どうやら、ペルソナであるヤマを出現させると、本体である俺自身の力も向上するらしい。
なるほど、通りで、あの二人の状態異常っぽい攻撃をくらっても、気合で「ふんはっ!」と打ち払うことが出来るわけだ。
うん、我ながら人間じゃねーぞ、俺。
マジでどうなっているのだろうか?
「…………ま、こういう事態なんだ。強すぎて悪いことはないだろ、多分」
考えてわからないことを考えても仕方ない。
うーん、玲音が居てくれれば、適当な相槌を打ってくれたり、貶してくれたりして、調子を戻せるんだけど。京子が居てくれれば、あいつなりに考察を重ねて、結論付けてくれるから、気分的にとても楽なんだよな。
ううむ、やっぱり、あれだ。
一人で戦うのは、向いていないなぁ、俺ってば。
「……て? あるい、は? 覚え、が? 記憶? 来たことが、ある?」
「…………おう?」
思考を中断した俺は、ふと気づいた。
いつの間にか、気を失っていた鴉さんが目を覚まし、何やらぶつぶつ呟いていることに。
「なんだ、ここは? ここは、ここに、確か、あれは――――」
「おおい、鴉さん? 大丈夫ですかー? おおーい?」
俺の呼びかけに、鴉さんは反応を示さない。
ただ、共にこのワイヤードに転送されていたらしきスケッチブックと、鉛筆を路面から拾い上げると、猛烈なスピードで何かを描き始めた。
それは、描き殴っているという表現が当てはまる荒々しさだったのだけれど、不思議とタッチは繊細かつ大胆。それでいて、機械の如く素早くスケッチを仕上げていくのだから驚きだ。
ああ、本当に驚いた。
「これは?」
「……………………わから、ない。わからないが」
何せ、そのスケッチで描かれていたのは、玲音だったのだから。
学生服姿の玲音が、ワイヤード内で、この電線だらけの街で佇む姿だったのだから。
「俺は、大切な何かを、失っていた気がするんだ」
鴉さんはスケッチを止めない。
玲音の周囲へ、不吉に集る鴉を描き続ける。
さながら、これから巻き起こる何かを暗示しているかのように。
「誰かに負けて、失ってはいけない物を、失ったような、気がするんだ」
ぽつぽつと、スケッチブックに何かの透明な液体が落ちていく。
空を見上げても、雲一つない。
けれど、そういうこともあるだろう。
突然、誰かがそういう気分になることもあるのなら、空が晴れていても、雨が降ることがあるだろう。
偶然ナンパした青年が、何か重大な秘密を握っていたなんてことが、あるぐらいならさ。
●●●
この世界に、ワイルドカードは存在しない。
死の神は封じた。
されど、愚者は止まらない。
愚かなる繋がりを求めて、罪を重ねる。
――――この世界に、『もう』ワイルドカードは存在しない。
既に、死んでしまった。
既に、奪われてしまった。
故に、世界は『馬鹿』を求める。
「ここまで、辿り着いて」
全てがリセットされてしまう、その前に。
空気を読まない馬鹿が、神様気取りの愚者を殴り飛ばすことを、願っている。