岩倉玲音と俺の夏休み。それとペルソナぁ!!!   作:げげるげ

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第18話 初恋は酸っぱい雑草の味

 初恋は実らないとは、さて、誰の言葉だっただろうか?

 まぁ、誰の言葉でもきっと大差ない。

 赤信号の時に、渡ってはいけない。

 人を殺してはいけない。

 鰻と梅干を一緒に食べてはいけない。

 ご飯はよく、噛みましょう。

 そんなありきたりな警句の一つが、恐らくは『初恋は実らない』、という言葉なのだろう。

 少なくとも、彼は――結城直也は、そう考えている。

 

「な、なおやくんのことが、すきれす! わた、わたしと、つきあってくだしゃい!」

「ううーん、ごめんね、好みじゃない」

 

 物心付いた時から、直也は自分自身が特別な存在であると確信していた。

 何故ならば、自分は美しい。

 他はそうじゃない。

 まるで、自分だけが違う種族みたいに、他の人間とは違う美しさを持っている。ならば、きっと自分は特別なのだと、直也は当たり前のように自覚していた。

 そして、その妄想じみた自己愛は、意外と間違ってはいない。

 

「すき」

「貴方のことが好きです」

「私と、付き合ってください」

「愛しています」

 

 直也の前には、当たり前のように愛の言葉が羅列する。

 例えば、同じクラスの女の子。

 例えば、同じ学校の先輩。

 例えば、教育実習の先生。

 例えば、街角であった、派手な女の人。

 直也に愛の言葉を向けてくる人間は、それこそ、ごまんといた。その大半は女であるが、たまに男も居るのが、直也にとっては驚きだった。

 けれど、それ以上に驚いたことがある。

 

「は、はははっ、い、一瞬だからねぇ! 痛くしないように、頑張るからねぇ!」

 

 好きなったものを、壊したいと思う欲望を持っている人間が居ること。

 それが、直也にはとても驚きだった。

 今まで大切に育てられた、美しい少年である直也は、その時、生まれて初めて生命の危機に陥っていた。

 相手は、マスクをつけたぼさぼさ髪の成人女性。

 目つきは胡乱で、手元には、切っ先が定まらない包丁。

 直也は、目の前の生物のあまりの醜さに身が竦み、動けなかった。

 迫る刃。

 荒く繰り返される呼吸。

 狂気が滲む呟き。

 

「――――あ」

 

 青空だった。

 空が綺麗だな、というのが直也の感想だった。

 汚い物から目を逸らして、綺麗な物を見るというのが、幼い彼が選んだ行動だった。

 

「おいこら、クソアマ」

 

 だから、直也は一番恰好良いシーンを見逃したのである。

 

「ガキ相手に、何をしようとしてんだ、ああ?」

 

 だぁんっ、という何かが跳ねられるような音が聞こえた。

 直也が音の方に目を向けると。いつの間にか汚い存在は居なくなっていた。

 代わりに、ジャージ姿の女性が居た。

 年上のお姉さん。

 ポニーテイルで、凛々しくも荒々しい眼差し。

 振りぬいた蹴りの美しいフォーム。

 まるで、日曜日の朝八時から抜け出してきたみたいな、ヒーロームーブ。

 

「うし、気絶しんてんな。んじゃ、着ていた服で拘束して、あとは通報っと。うん、完璧。一応残心で、他に仲間が居ないか確認しつつ……さて、大丈夫かよ、少年?」

 

 直也は、生まれて初めて、自分以外の人間を美しいと思った。

 だから、自分の命が助かったのだと知ったのは、助けに来たお姉さんが全てを終わらせた後で。

 

「怖い中、よく頑張ったな! このアタシが誉めてやろう!」

 

 しかし、己の初恋を知ったのは。

 雑だけれど、優しさを感じる手つきで、頭を撫でられた時だった。

 

 

●●●

 

 

 名前は、白萩 冬華(しらはぎ とうか)。

 年齢は十六歳。

 女子高生。

 所属する部活動は、どうやら女子空手部らしい。

 初恋を知った直也は、当時、幼い彼が考え付く限りの手段を使って、情報を集めた。

 その結果、わかったことは、意外と冬華と直也の家は近所にあること。

 偶然を装えば、特に違和感無く、遊びに行けるということ。

 いや、結果から言えば、偶然を装う必要すらなかった。

 あの後、事件の犯人は逮捕され、警察からの事情聴取などを経て、冬華の両親と直也の両親はいつの間にか、交友を結んでいたのだから。

 自分もお礼を言いに行きたい、と言えば、それだけで済む。

 

「こんにちは、お姉さん!」

「おお、あの時の少年じゃねーか! 元気だったぁ? うりうりー」

「えへへへー」

 

 再会の喜びは言葉に出来ず。

 けれど、幼稚園児のようにはしゃぎまわるのだけは我慢した。もう、小学生なのだからと精いっぱいに大人ぶって。

 

「あのね、お姉さん。ぼく、その、お姉さんとお友達になりたくて!」

「おおー、良いぜ、良いぜぇ! 友達になろう!」

 

 順調だった。

 何もかも順調だと、直也は認識していた。

 だって、自分は生まれながらの特別。美しい存在。誰にだって愛される。そんな自分が好きになった人なのだ。だから、こうして仲良くなればきっと、相手も自分を好きになってくれる。

 そんな、現在の直也だったら、鼻で笑う程度の無邪気さが、その時の直也にはあった。

 …………それからの半年間は、直也の人生の中でも有数の思い出である。

 

「お姉さんって、つよいんですね。どうやったら、ぼくもつよくなれますか?」

「んんー、しっかりご飯を食べて。運動して。後は、ご両親の言うことをちゃんと聞くことかねぇ? ま、最後の一つはアタシが言えた義理じゃねーけどさ!」

 

 愚者の幸福がそこにあった。

 何も知らないからこそ、楽しかった。

 嬉しかったし、愛しかった。

 このまま、アニメや漫画のように好きあって、結ばれて。幸せな人生を今後も歩んでいくのだと、まるで直也は疑っていなかった。

 

「――――――え?」

 

 白萩冬華が、自殺する、その時までは。

 

「いや、いやいやいや、いやいやいや、おかしいよね? え? なに、わるいことした? ちがうよね? なんで、いじわる言うの?」

「…………直也、これは、本当の事なのよ」

「いやだ」

「直也」

「いやだぁ!!!」

 

 母親から告げられた。最愛の人の死に、直也はしばらくの間、茫然自失していた。

 故に、正気に戻ったのは、そこからひと月経った後の事である。

 何もかもが終わった後に、ようやく直也は冬華の死を調べ始めたのだった。

 

「強いけど、脆い人だったよ」

「思い込んだら一途すぎて。だから、あんな」

「結局、誰が悪いんだろうな?」

「誰もが悪くて、誰も悪くないんだよ、きっと」

 

 自殺の真相はこうだった。

 冬華はどうやら、誰かの子供を孕んでいたらしい。

 どうにもその相手というのが、部活の先輩の彼氏だったらしく。一夜の間違いから、そうなってしまったことを悔い、人生に絶望してしまった、というのが遺書に書かれていた真実だったのだとか。

 そして、冬華の自殺に次いで、その部活の先輩と、彼氏も共に命を絶った。

 行き過ぎた責任感の所為か、あるいは、近しい人物が自殺するという重みに耐えきれず、潰れたのか、定かではない。

 確かなのは、

 

「…………どうすれば、よかったんだよ?」

 

 直也に出来ることはもう、何もなかったという、ただそれだけだった。

 

 

●●●

 

 

「さぁ、神よ。ワイヤード内に遍在する神の一柱よ。どうか、僕の願いを聞き届けて欲しい」

 

 そして、直也は現在、何もできなかったことを取り戻そうとしている。

 ワイヤード内に構築したのは、在りし日の愛しい世界。

 ある夏の日。

 冬華と共に遊んでいた、家の庭先。

 その縁側に腰かけた神に――――岩倉玲音に、直也は祈るように告げる。

 

「どうか、僕の愛しい人を、黄泉の底から引き揚げて欲しい」

 

 縋るように、言う。

 さながら、救済を望む愚者の如く。

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