「放っておけばいいのに、あんな奴」
「かもしれないな、あいつは控えめに言っても、どうしようもない屑だから」
「なのに、行くの?」
「行くさ。あんな屑でも、俺の悪友でさ。一応、見捨てたくないんだ」
「無理だよ。あの空間は隔離してある、だから、関係者以外指一本も――」
「おっ、気合入れて腕を突っ込んだら『ばきぃん』ってなって、通れるようになったぞ。代わりに、俺の服が『ぱぁーん』って弾け飛んだけど。え? なにこれ、ネギまの武装解除魔法?」
「…………さっさと行けば? 絶対に後悔すると思うけど」
「かもな。でも、助けなかったらそれ以上に後悔すると思うんだ、だから、俺は行くよ……玲音に全裸を冷たい視線で見られるのが快感にならないうちに」
「さっさと行け」
とまぁ、このようなやり取りを経て、俺は全裸になったのである。
悪友一人を助け出すための対価としては、全裸の一つや二つ、安い物だと考えていた俺であるが、まさか、その後にTSした悪友を説得する作業が残っているとは思わなかった。
やれやれ、俺だって本当はあんなことしたくなかったんだ。俺だって、出来れば普通に女の子で童貞卒業したかった。でも、仕方がなかったんだ。顔と体だけは良かった――もとい、悪友を説得するためには、ああいう方法しかなかったんだ。だってあいつ、優しくするとつけあがるタイプの人間だし。立ち直らせるには、あれくらいの荒療治が必要となるのだ。
「うう…………嫌だ、絶対夢に見る……しばらく悪夢として出てくる」
「おい、それは肖像権の侵害だぞ? 利用料を払え」
「襲った立場の人間がよく言えるねぇ!!?」
「うるせぇ。ワイヤード内での性行為はノーカンだろ、多分。ここで負った傷も、現実になるといくらか軽減されるみたいだしな」
「…………や、心に残る感じのあれは、中々消えないからなぁ。というか、君、大丈夫?」
「え? 何が?」
「もうすぐ、僕が支配していたこの空間が崩壊して、現実世界に戻ることになるけれど」
「おう、それが?」
「服は?」
「…………え? 治らないの?」
「治らないよ?」
「…………マジかぁ」
ただ、やはり誰かを救うには対価は必要な物だったらしい。特に、俺は大分無茶を重ねてしまったので、その対価は決して安くなかった。
傲慢不遜の如く振る舞った俺は、何故か、ワイヤードから現実世界に帰還した時、居酒屋近くの場所ではなかった。俺の周囲に、玲音も、直也も、鴉さんも居なかった。
しかし、俺の周囲には結構多くの人がいた。
「……えっ?」
「うわ、なにあれ?」
「ひ、ひぃっ! 変態!」
「なんて鍛え抜かれた肉体……あいつ、出来る!」
どうやら俺は、夜の繁華街で一番人が集まる場所へ転移させられてしまったようだ。
…………一度目は気のせいかと思ったが、どうやら、勘違いではなかったらしい。あのワイヤードという空間に潜む何者かの悪意が、ある程度、転移した後の座標に干渉していると見た。それ故に、俺を社会的に抹殺するために、このような社会攻撃を仕掛けてきたのだろう。
はっ、だが、甘いな、推定黒幕よ。
俺をただの全裸だと思った、それがお前の敗因だ。
俺は、この状況で逃げ惑うだけの羊じゃない。
「いぇええええええええい!!! 東京オリンピックはんたぁああああああい!!」
「「「うわぁああああああ!!? 全裸が、Twitterで炎上しそうなことを叫びながら、近づいてくるぅ!!?」」」
俺は、常識の破壊者、天原晴幸だ。この程度の困難、余裕で切り抜けて見せる!
…………まぁ、とりあえずは頭のおかしい狂人の振りをしながら、野次馬の一人を襲撃。誰かの映像データに残る前に、そいつの上着を奪い、雑に顔に巻き付ける。
「いやぁああああああ!! 犯されるぅ!!」
「誰が男を犯すか!! やるんだったら、美少女を狙うわ、ばぁーか! おら、生意気に抵抗しているんじゃねぇ!!」
よし、これで一応の匿名性は確保できた。後は、下のジーンズもいただいて――――殺気!
首筋にちくりと針で刺されたような錯覚を得て、即座に身を翻し、俺はその場から脱する。すると、俺が立っていた路面には、幾つものゴム弾が凄まじい音を立てて撃ち込まれていた。
「まさか、非番の時にこんな変態とエンカウントするなんてね。行くわよ、九条。キツネ狩りの始まりよ!」
「先輩、先輩、非番の時になんで模造銃(プラモデルではない)を? 大丈夫です? 後で始末書を書かされませんか?」
「問題ないわ。ヤタガラス出身のこの私よ? 後で、お父様に土下座してもみ消してもらう」
「うわぁ、癒着問題ぃ」
人ごみに紛れて、野次馬を盾にしつつ、俺はノー警告でゴム弾を打ち込んできた頭のヤバい人たちの顔を覗き見る。
一人は、二十代後半ぐらいのポニーテイルの女性。凛とした眼差しと、涼やかな顔立ちとは裏腹に、ジャージにサンダル姿という残念感溢れるプライベートファッションだ。何が残念勝かって、そこそこ高級そうなバックから出てくるのが、模造銃というあたりが残念過ぎる。せめて、化粧道具を入れておけよ。
そして、もう一人は恐らくまとも。二十代前半で、ちゃんと周囲に気を遣った落ち着いた私服姿の女性である。顔立ちは幼さが残り、横に居る残念美人との会話が無ければ、十代の学生にも見える若々しさだ。
やれ、普段だったら軽快なトークと共にお食事に誘いたくなる美人さんたちだが、生憎、今の俺は軽快すぎる。具体的に言えば、下半身が。
「さぁ、日ごろのストレス解消のため、的になりなさい、変質者ぁ!!」
「やめて、先輩、往来でそんなこと叫ばないで! というか、駄目ですよ、やっぱり模造銃でも、骨が折れるレベルの強化ゴム弾は駄目ですって!」
「犯罪係数300オーバー。モード:リーサル……エリミネーター」
「アニメの真似事をしながら、弾丸に魔力を込めないでください!」
俺は即座に、この場から立ち去ろうとした。
はっきり言って、こんな往来でゴム弾をブチかまそうとしているあの残念美女がやばすぎる。ヤタガラス出身とか、弾丸に魔力を込めるとかいう不穏な単語まで聞こえてきたし。ここは、三十六計逃げるに如かず。
「おっと、逃がすかァ!」
「ぬぅ!」
「ぼぎょ!!?」
だが、俺が逃げようと気配を潜ませた瞬間、殺気と共に残念美女が銃を乱射してきた。
俺はとっさに、周りの野次馬を盾にして事なきを得たのだが、盾にした野次馬が白目を剥いて、口から泡を吹いているところを見ると、まともに一撃でも当てられたらヤバいことは確実。
「ふへへへ、『魔弾の射手』の異名を持つ、この私から逃れられるとでも思ったかぁ!?」
「駄目だ、完全に酔ってる! 中学生の頃に自称していた時の黒歴史ネームを言っちゃってるもん! 先輩、だからあれほど、お酒の間にはチェイサーを挟もうって!」
「安心しなさい、九条……私は正常よ、ええ、まともなの。おかしいのはこの世界よ!」
「駄目だ、お酒じゃなくて自分にも酔ってるよ、この二十八歳独身!」
「独身で何が悪いんじゃああ!?」
つーか、存在自体がやばいよ、あの人。だって、俺の全裸登場のインパクトが完全に死んでいるもん。好奇心旺盛な野次馬たちでさえも、ドン引きしながら目を合わせないよに少しずつここから、遠ざかっているもん。
…………正直、俺もこのまま逃げたいのだが、それは叶わないだろう。なにせ、後輩らしき人とのやり取りの中でも、あの残念美人は全く集中力を途切れさせていない。頭の中にお酒をぶち込まれたみたいな言動の癖に、戦闘に関するセンスは全く鈍っていない。
どうやら、この残念美人があのヤタガラス出身ってのは、本当の事みたいだな。
だって、あの警備会社、基本的に頭のおかしい狂人しか居ないというか、力を持て余した馬鹿の隔離場所みたいな空気があったし。
何より、中学時代とはいえ――――あのヤタガラスに所属していた狂人たちのほとんどは、俺よりも強かったのだから、この残念美人も強敵であることは事実。易々と逃げられるとは思えない。
故に、俺は静かに拳を構えた。
逃げられないのであれば、戦うしかない。
「……へぇ」
すると、残念美人の方も俺の意図を感じ取ったのか、後輩との漫才を止めて、こちらを見据える。静かに銃を構えて、狂気と理性の狭間で揺れていた瞳の奥に、闘志の炎を宿らせる。
「――――陸奥圓明流伝承者、陸奥九十九」
「――――公安局刑事課一係、監視官、常守朱」
俺と彼女は、どちらからでもなく、けれど、ほぼ同時に名乗りを上げた。
お互い、漫画やアニメの架空のキャラの名前だった。
最後に残った、俺たちの理性が、ここで真名を明かしてはいけないというセーフティをかけていたのだろう。だが、それはこの境地に至ったお互いだからこそ、分かること。残念美人の後輩さんは、『なんだこいつら……』みたいな目でドン引きしつつ、俺たちから離れていった。
ああ、その判断は正解だ。
今日、この時間から、仙台の街は戦場になるんだからな。
「「いざ、推して参る!!」」
こうして、俺と二十八歳独身美女との戦いが幕を開けた。
●●●
「何をやっているんだ、俺は……」
「何をやっていたんでしょう、私は……」
四時間に及ぶ死闘の末、俺と残念美人さんが得たのは徒労だけだった。
「なんで俺、全裸で戦ってたんだろう?」
「何故私は、玩具みたいな銃であんなにテンションを上げて……」
四時間に及ぶ死闘は、はっきり言って直也との戦いなど目じゃない程度にはすさまじい物だった。立体的軌道で、時にパルクールなどの技術を駆使して、夜の街を縦横無人に戦う俺と残念美人さん。時に、俺の拳が夜の闇を切り裂いて。時に、残念美人さんが放つ弾丸が、夜のざわめきを黙らせて。
実力はほぼ、拮抗していたと思う。
俺は全裸。
あちらは酔い。
互いにバッドステータスを抱えながらも、攻撃の精彩は落ちることなく、むしろ研ぎ澄まされていく。疲労とダメージによって、脳内にはアドレナリンやら、何やらが、どんどん分泌され、俺と残念美人さんは「面白れェ女ぁ!」「この戦いを超えて、私は先に行く!」などとよくわからない戯言を連発していた。
けれど、やがて夜が明け、空が藍色に染まっていく頃、俺たちはふと、正気に戻った。
朝日を浴びたことにより、深夜のよくわからないテンションは既にけだるさへと変換され、あちらも、長い時間汗を流しながら戦ったことにより、アルコールが抜けていたのである。
そうなってしまえば、お互い、もはや戦う理由はない。
というか、がっつり拮抗している実力の持ち主と、これ以上戦いたくない。とても疲れる。
「…………あのさ、君」
「はい」
「今更聞くけど、なんで全裸?」
「や、話せば長いんですけど、まあ、短く言うと異界から戻ってきたら服が脱げていました」
「…………あー、デビルバスターの人?」
「デビルバスター? ヤタガラスっていう警備会社で、一時期、訓練していた時期はありますけど、そういう単語は知らないなぁ」
「えぇ、デビルバスターでもないのに異界から帰ってこれるなんて……まぁ、あそこで訓練を受けていたなら、納得だけど。ええと、詳しい話を聞かせてもらえる? とりあえず、互いにシャワーを浴びて、新しい服を手に入れてから」
「了解です」
残念美人さんから「服を手に入れる当てがないなら、一緒においで」と誘われたので、とりあえず、俺は人目を避けた隠密スタイルで、残念美人さんの後を追うことに。
「邪魔するよ」
すると、残念美人さんは『葛葉探偵事務所』と書いてある、とある貸しビルの二階へ進み、容赦なくそのドアを叩く。だが、反応が無い。反応が無いので、「よし、誰も居ないな」と頷き、合鍵らしきものを取り出して、あっさりと開けてしまったのである。
「い、いいんですか?」
「いいのよ、腐れ縁で知り合いの店だから。それに、いつも迷惑をかけられているんだから、ためには迷惑をかけないと。それより、ほら、先にシャワー浴びといで。着替えは用意しておくから。あ、シャワー室はそこの奥を突き当って左手の方ね」
「は、はぁ……」
その探偵事務所は不思議な空間だった。
様々な書物や書類、用途不明の雑貨に溢れているというのに、それらには埃一つたりともくっついていない。床を見ても、どうやってこの煩雑さで、綺麗に掃除をしているんだ? と首を傾げたくなるほどに磨かれている。
「…………水回りも綺麗だなぁ、おい」
首を傾げながらも、とりあえずは体を洗うしかない。
………………二十八歳、独身。でも、美人。ありだな………………いやいやいや、真面目な展開だから、落ち着こう、俺の息子よ。流石に、四時間も死闘を繰り広げた相手に勘違いするほど、俺は童貞じゃない。童貞だけど、そこまで童貞で頭がやられているわけではない。
「少年。とりあえず、下着類はコンビニで新しいの買ってきたから。んでもって、この事務所に予備で、君の体格に合いそうなのは無かったから、とりあえずコートでも羽織ってなさい。外が営業時間になったら、新しい服を用意してあげるわ」
「あ、どうも……」
「どういたしまして」
…………はぁ、何をやっているんだか、俺は。
とりあえず、シャワーで体を綺麗にした後は、用意してもらった下着と、コートを身に纏って、応接室へ。
「じゃあ、私もシャワーを浴びてくるから、淹れておいた珈琲でも飲んでおいて」
「は、はい」
「ミルクとシュガーはご自由に」
俺は熱々の珈琲を啜りながら、しばし待つ。
シャワーの水音で妙にドキドキしたけれども、そこは思春期特有の症状だと思って見逃して欲しい。
「……ふぅ、お待たせ。やっぱり駄目ね、お酒は。後輩の手前、強がってみたけど、散々な目に遭ったわ」
「同じく」
「あははは、君も災難だったわねぇ」
十五分ぐらい経つと、髪を下ろした状態の残念美人さんが出てきた。いや、なんというか、正気を取り戻すと残念じゃないというか、髪を下ろした湯上りの姿は、こう、肌が上気して、妙に色っぽいというか、サイズの合わないシャツとスーツのズボンを履いている姿も、蠱惑的に思えるから不思議だ。
「さて、それじゃあ、今更かもしれないけど、お互いの自己紹介から始めましょうか」
残念じゃなくなった美人さんは、俺のおかわり分と、自分の分の二つを淹れると、ソファーに座り込んで、向かい合う。
「私の名前は、葛葉 未海(くずのは みう)。警視庁刑事部第『霊』課の刑事よ。最近、多発している『特殊異界発生事件』について、ご協力お願いします」
そして、目を細めてにこりと微笑まれたところで、ようやく自覚する。
あ、これ、ガチで取り調べられる奴だ、と。