・フラグメント3
中島京子という少女は、生まれながらにして強い正義感を持っていた。
例えば、ゴミのポイ捨てを注意したり。
男子が先生の言葉を聞かなければ、顔を真っ赤にして怒ったり。
そんな、よくあるおせっかい焼きで――悪く言えば、喧しい委員長体質の少女こそが、中島京子だった。
けれど、そんなよくあるテンプレ委員長キャラと、中島京子との間に違いがあるとするならば、実行力だ。その身に宿した才能が、桁違いだったのである。
そう、陳腐な言葉になってしまうが、中島京子という少女は天才だったのである。
●とある天才少女の苦悩
「大いなる力には大いなる責任が伴う…………むふふふ」
京子が己の才能の才能を自覚したのは、小学生の頃、金曜ロードショーでやっていたとある映画のワンシーンを視てからだった。
大いなる力には、大いなる責任が伴う。
良い言葉だ、と京子はしきりに何度も頷いた。
この台詞を言った主人公の叔父は、この後、強盗犯を捕まえようとして返り討ちに遭い、死んでしまうけれど、これがきっかけで主人公がヒーローとして目覚めていくのだ。
その内容に京子はのめり込み、やがて、妄想じみた確信を持つこととなった。
「私が凄いのはきっと、誰かを助けるためなんだ」
当時、小学校低学年の京子の言葉である。
現在の京子が、その時の台詞を聞いたのならば、憤死せんほどに顔を真っ赤にして暴れた後、布団の中で丸一日凹んでしまうかもしれない。それほどまでに、京子はこの時のことを己の黒歴史だと思っている。
幼さゆえの傲慢であると、現在では既に分かっていた。
しかし、当時の京子はさっぱり気づいていなかった。
何故ならば実際、京子という存在は、少しばかり現実を逸脱した天才だったのだから。
小学校低学年でありながら、既に小学校……いや、中学校で履修する勉強内容は全て理解を終えており、暇つぶしとばかりに高校生の授業内容をインターネットで調べて、勝手に学ぶ毎日。勉強することは楽しい。知らないことを知るのは楽しい。できないことをできるようにするのは楽しい。
そして、他の人間が出来ないことが出来るということは、京子にとってとても気分が良い物だった。
「大切なのは、システムなんだ……上手くシステムが稼働すれば、人は秩序の下に、良くなれる。うん、きっとそう」
公園のゴミのポイ捨てを防止するために、法律を調べた。ポイ捨てした人間を発見して、密告すると、ポイントが貰えるという制度をローカルネットワークで作り上げた。
先生の言葉を聞かない男子には、その態度をこっそりと両親に送り付けて、散々叱ってもらった。京子が手を下さなくても、だれしもそういうことが出来るような相互監視ネットワークを作り上げた。
「これでみんな、正しく生きられるはず……うん!」
フィクションのヒーローに、幼い子供が憧れるのは当たり前の現象である。
されど、京子が他の子供たちと違ったのは、実行力だった。他の子供たちが出来ないことを、京子には出来た。一つ一つは特別ではない行動。子供にもできる簡単なことを組み合わせて、他の人間が出来ないような事を成し遂げる。
京子は、問題に対しての解法を用意する才能を持った天才だった。
それ故に、万能感に酔うのも早かった。
自分はヒーローだ!
選ばれた人間だ!
皆を幸せにすることが出来る!
…………そこまでだったら、児戯の如きヒーロー活動であると笑い飛ばせたのかもしれない。
『ニュースです。××株式会社が、不正な――――』
「…………あっ」
テレビのニュースへと視線を向けて、耳を傾けて、たっぷりと考えた後、
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
笑みを浮かべて、己の座右の銘としている台詞を吐かなければ。
ああ、けれど、京子は知らない。幼い京子は知る由もない。笑みを浮かべる己の姿は、憧れたヒーローのそれではなく、巨悪が浮かべる傲慢なるそれだったことに。
「大いなる力を正しく行使するのは、手段が必要だ……むふふ」
京子にとっては造作なかった。
両親を説得して、パソコンを買ってもらうのも。そのパソコンを己の手段として使いこなすのも、いつも通り、何も問題なかった。
万能の神の如く、インターネットに散らばる数多の知識を繋ぎ合わせて、京子はハッカーとして、覚醒した。
社会の悪を暴く、正義のハッカー『スマイル』として。
『正義の味方? 謎のハッカー、スマイルによる告発の一覧』
『ハッカー集団が行った、鮮やかな手並みを徹底解明』
『大企業が隠していた、悪辣な裏側を大公開!』
不幸だったのは、京子が天才だったこと。
現実を凌駕せんばかりの、天才だったこと。
まるで、漫画の登場人物のように恐るべき才能を持ち合わせていたこと。
京子は誰に習ったわけでもなく、ハッキング技術を次々と会得していった。それは、社会の問題に対して、解法を得るまでの過程。京子にとっては、特に誇るまでもなく当たり前の過程。されど、その行動の意味を凡人は知ることが出来ず、同業のハッカーが見たら、思わず舌を巻いていただろう。
何故なら、京子が作り上げていたのは巨大なシステムだったのだから。
「いちいち、バックドアを仕込んだり、裏を取ったり、いろんな人を使うのは大変だし。これで、きっと良くなるよね!」
京子がインターネットに産み落とさんとしていたのは、巨大な相互監視ネットワーク、その雛形となる『攻略本』だった。
京子がハッカーとして、数年間、積み上げてきたノウハウを凡人にもわかりやすく解説して、さらには使いやすいツールなどもいくつかまとめて、全世界に公開しようとしていたのである。
透明になればいい。
人と人を隔てる壁が、透明になればいい。
そうすればきっと、誰しも悪行なんて行えない。
そうすればきっと、世界はもっと良くなるはず。
京子の思想はあくまでも、社会全体に対する奉仕である、それが悪であるとは微塵も思っていなかった。どこまでも透明で、無垢な善意。
それが実現されれば、この世界が前代未聞の災厄に見舞われることなど知る由もなく、最悪なる天才の少女は、まるでフィクションに出てくる『無垢な悪役』のように、世界を変えようとしていた。
――――けれど、幸いなことに、何もかもが手遅れになる前に、京子は挫折した。
「お前は! お前はヒーローなんかじゃない! ただの、格好つけだ!!」
当時の親友から、辛辣な罵倒を受けて。
その理由を聞いて。
京子が無邪気に告発してきた罪により、職を失った大勢の人間の一人が、親友だった少女の父親だと気づいて。
親友だった少女が、京子が住んでいた街から転校せざるを得ない事態に、自分自身が追いやったのだと気づいて。
ようやく、京子は己の為したことを省みる余地を得た。
『大量の失業者』
『治安悪化』
『ハローワークに押し掛ける人々』
『徒党を組む、無職の若者たち』
悪を潰せば、世界は綺麗になると思っていた。
不正を無くせば、世界は良くなると思っていた。
けれど、京子は知らなかったのである。
悪も不正も、人間の汚さすらも世界の一部であり、それを失くそうとすれば、社会全体に大きな歪みを生じさせてしまうことを。
社会という大きなものを見ていると、大切だった者ですら、意図せず踏みつぶしてしまうことがあるということ。
「ちが、ちがっ…………私は! 私は! こんなつもりじゃなかったのに……」
かくして、天才は堕落する。
己の牙を折り、頭脳を鈍化させて、自ら堕落する。
自らの才覚を嫌い、徹底的に自堕落な生活を送り続ける。
終わらない罰を与えるように、残りの人生を生きていく。
天才としての自分を殺し。自堕落で無意味な人生を送ることを、己の罰として生きていく。
――――――そのはずだった。
「俺の名前は天原晴幸! 東北の大地で培った野性味あふれるパワーが持ち味の、ナイスガイさ! 今後ともよろしく!」
天原晴幸という、よくわからないナマモノと出会わなければ。