・フラグメント4
●とある研究員たちの会話
「ナイツの損耗が激しいらしいな」
「ノイズ人間はいくらでも補充が効くとはいえ、ナイツが消えるのは痛い。だが、心配は不要だ。あのお方と、『円卓の騎士』たちが居る限り」
「ああ、ナイツ(騎士)の上位存在、『円卓の騎士(ナイトオブラウンズ)』が存在している限り、私たちは不滅だ」
「それに、何より、あの方がいらっしゃる」
「そうだ、あの方の力は本物だ」
「まさしく導師。我らを新世界へと導く方」
「何も不安に思う必要などは無い」
「そうだ、ただ、我らが神を迎える準備をすれば――」
「ちぃーっす、先輩方ぁ! あ、まだこんなところに居たんっすか? 駄目っすよ、逃げないとぉ! つーか、相変わらず陰気なやり取りっすね! 新世界とか、マジでウケる、ぷぷぷ」
「加藤ぉ! お前、加藤ぉ!」
「有能だから見逃していたけど、今の発言は不敬だぞ、おい!」
「やー、不敬も何も、明日から俺たち全員、住所不定無職になるんっすから、別に。あ、偽装工作はするだけ時間の無駄なんで。とりあえず、アメリカあたりを目指して高跳びしましょう。現地のメシア教には取次しておいたんで」
「…………え? 加藤。何者?」
「有能過ぎると思っていたけど…………というか、え? なんで住所不定無職?」
「葛葉ライドウが動きました」
「…………葛葉? え? あれが?」
「マジで? え? いつバレた? え? うっそぉ」
「円卓の騎士? という人たちも全部斬り殺されたみたいっすよ、ゴミみたいに。あ、映像記録残ってますけど、後で見ます? すげぇっすよ、相手の台詞を全く聞かずに、RTAでもやってんのか、ってぐらいに的確にぶち殺してきて。あ、ちなみに『あの方』はもう雲隠れしたみたいっす。まぁ、『あの方』にとって、俺たちは代替可能な存在っすからねぇ。計画も、『岩倉玲音』さえ存在していれば、極論、あの方とワイヤードがあれば実現可能ですし」
「に、逃げていいと思う? 加藤。後で殺されたりしない? 自殺者みたいになったりしない? 人類の集合無意識を使っているから、何処へ行っても逃げられないと思うんだけど」
「権限の一部ぐらい、ハックしているんで問題ないっすよ、逃げるだけなら」
「加藤、有能…………そんな有能な加藤が、なんで私たちを助けてくれるの? え? そんなに好感度高く無かったよね?」
「や、俺はあれです。ぶっちゃけ、中年おっさんの研究員とかはどうでもいいんっすけど。こう、三十路に差し掛かった、拗らせた系処女研究員の女の人とか大好物なんで!」
「下心ありまくりだ!」
「むしろ、下心しかないぞ、こいつぅ!」
「や、処女食わせてもらったら、それだけでいいんで。あ、流出させないんで、動画に残してもいいっすか? コレクションに加えたいんっすよ」
「変態だ!」
「有能な変態だ! くそ、なんで有能な奴に限って変態が多いんだ、この世界! もう嫌だ! あの方が上手いこと新世界を作ってくれればいいのに」
「…………いや、どうっすかねぇ。ぶっちゃけ、俺の見立てでは『あの方』って結局――」
●とある殲滅
最初に言っておくのならば、彼に慢心も油断も存在していなかった。
例えば、そう、あれだ。よくあるRPGのように、徐々に弱い敵からぶつけていって、相手に余裕を持たせるみたいなやり方はしていない。
先手必殺。
考えうる限りの、最大戦力を持って、最初の一手で敵を討ち滅ぼす。
そのために、彼は罠も張ったし、戦力だって十分すぎる程用意した。
円卓の騎士。
ナイツの中でも、最上位の者に与えられる定員制の称号。
一人につき、最低、一柱の主神クラスのペルソナを持つ強大なる信者たち。
無論、力に応じて癖は強いが、彼らが結集すれば、一夜で小国ならば…………いいや、ワイヤードの権能を十全に使いこなせれば、例え、大国に位置する国家でさえも、乗っ取りが可能であると試算していた。
そう、仮に、『天原晴幸』という、彼が今、もっとも頭を悩ませているイレギュラーでさえも、この戦力ならば、圧殺可能であると考えていたし、事実、埒外の馬鹿でさえも、それほどの戦力が整えば、戦略的撤退を選ばざるを得なかったかもしれない。
加えて、彼が用意した罠は秀逸だった。
肉を切らせて、骨を断つ。
極めて迂遠に、葛葉の組織へ、重大な情報を管理している施設の場所をリーク。無論、このリークを知っているのは、円卓の騎士を除けば、彼だけ。優秀な研究員と、情報を囮に使って、致命傷にならない程度の負傷を覚悟して、彼は本命を呼び寄せた。
――――葛葉ライドウ。
当代最強と謳われる、恐るべき護国の鬼。
目下、最大の障害とされる存在を討ち取るべく、彼はワイヤードの権限を可能な限り使い、障害をワイヤード内に捉えた。まず、前哨戦として数多のノイズ人間……しかも、かなり改造を施した者を配置して、敵戦力を削り、そこにさらに、円卓の騎士を集結させて、圧倒的な火力で敵対者を討ち滅ぼす、そういう算段だったのだ。
「抵抗を確認――――これより、殲滅を始めます」
結果から言えば、その算段は何もかも無駄だった。
葛葉ライドウ…………『彼女』が、軍刀を振るうたびに、屈強な悪魔や天使の群れが、まるで紙屑のように斬り散らされていく。
その癖、ナイツ側の攻撃は全く当たらない。
円卓の騎士たちが、互いの犠牲を厭わず、広範囲高火力の攻撃を放った際も、何故か、無傷。その直前に、前転していたが、まさか、それだけで回避したというのは、いくらなんでも道理が通らない。道理が通らないが、そもそも、葛葉ライドウというのは、無理を通して、道理を砕く存在だ。
少なくとも、ある一定の時期から、葛葉ライドウとはそういう存在となったのだ。
百鬼夜行を切り捨てて。
神魔混沌すらも、踏み砕き。
人外魔境を闊歩する。
それが、葛葉ライドウだった。
神々ですらも切り伏せる護国の鬼。
故に、主神クラスの力を得ていたとはいえ、『戦士』ではなかった彼らに抗う術はなく、誰しも皆、平等に、雑草でも刈り取るかの如く全滅させられた。
葛葉ライドウには、傷一つ、付けることすらできずに。
「…………外れ、ですか」
ただ、この殲滅の結末は勝利でも、敗北でもない。
葛葉ライドウは、ナイツの大部分の戦力を滅ぼした。
橘総研は既に、死に体。
組織としての体裁は既に崩れ、放っておいても自滅するだろう。
だが、それでも、『お父様』と呼称される黒幕にして、教祖は、葛葉ライドウの刃から逃れられている。
その理由は実に簡単。
そういう最悪を予想し、備えていただけ、ということ。
何故ならば、彼には覚えがあるからだ。全身全霊を込めて、万全を期しても、なお、どうにもならない絶対の力という物を、体感しているからだ。
だからこそ、彼は圧倒的な戦力を用意しながらも、敗北した場合の事も考えていた。
いや、そもそも、彼は戦場にすら立っていない。わざわざ、葛葉ライドウの前に、何の対策も無しに立つほど馬鹿ではない。
最初に言っていた通り、彼は油断も慢心もしていなかった。
それ故の生還である。
もっとも、黒幕が逃げたところで葛葉ライドウの手が止まることは無いのだが。
「…………ふむ、なるほど」
葛葉ライドウは恐るべき力を持った、護国の鬼だ。
例え相手が、神聖なる全知全能だったとしても切り伏せるだろうし。魔界の深奥に潜む、魔王どもですら目を合わせないほどの埒外の力を持つ、理外の化け物だ。
けれども、それだけならば、まだどうにかなっていただろう。
ある種の災害として、『仕方ない』と諦めるそんな存在となっていただろう。
だが、葛葉ライドウは、違う。
「当面、岩倉玲音というアバターを殺せば、問題ありませんね」
葛葉ライドウは残された資料をざっと斜め読みして、問題を理解。コンピューター内部に残されていた情報を瞬く間に解析し、問題を解き明かす。
前者は、単純なる技術として。
後者は、グレムリンという悪魔を使役した結果として。
ほぼ最速で、無駄なく、状況の核という物を見定めたのだ。
即ち、殺すべき存在を見抜いたのである。
これこそ、葛葉ライドウの根幹に位置する、『状況解決能力』だ。どれだけの難事であろうとも、素早く本質に迫り、最短の手筋で問題の核を穿つ。
殺すべき相手が、年端もいかない童女の姿をしていたとしても、なんの躊躇いもなく。
「では、探索を開始します」
葛葉ライドウ。
かつて、多くの人々を救い、数多の悪鬼羅刹を退けた守護者としての異名は、今は、別の者に継承され、守護者としての名を貶められていた。
守るために戦うのではなく、先んじで殺す。
疑わしきは殺すし、立ちふさがれば、容赦なく微塵も残さず滅する。
それが、効率的であるのならば。
一人でも多くの、国民を守るためならば。
時に、善悪すらも超越して、その『鬼』は刃を振るうだろう。
これが、当代の最強だ。
守護者としての在り方を外れた、埒外の化け物。
殲滅者・葛葉ライドウである。
●とあるベルベットルームでの会話
・一代目ワイルドと老人の会話
「…………ねぇ、イゴール」
「なんでございましょうか、玲音様」
「アリスは、大丈夫かな? 一人で、寂しくないかな?」
「さて、それは『彼』次第でございます。人の縁とは複雑怪奇な曼陀羅の如く。悪縁も良縁も、人を表す一糸なのです」
「むぅ、難しいよ」
「良いこともあれば、悪いこともあるでしょう」
「そっか。なら、私、頑張らなくっちゃね」
「…………貴方様の答えが、例え、どんな物であろうとも、我々は肯定しましょう」
「ありがとう。でもね、決めたんだ…………偽物の神様なんかに、私のセカイはあげられない。だから、例え、『還る』ことになったとしても、私は頑張るよ」
・二代目ワイルドと主人の会話
「フィレモン。決着は、近いのか?」
「ええ、そろそろですよ、アリス。貴方が、築いてきた絆が、必ず、貴方の助けとなります」
「…………俺を、アリスと呼ぶな。嫌いなんだ、そのあだ名は。そもそも、ぶっ飛んでいる。男にアリスなんて、あだ名なんて」
「そうですか。けれど、『アリス』でなければ、あのワイヤードを自由に闊歩することはできません。その理由は、ご存じでしょう?」
「……ちっ、分かっている。忌々しいが、仕方ない。身内の恥だ、身内が濯ぐ」
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「ふん、何故アンタが謝るんだ?」
「…………さて、どうしてでしょうね? そうしなければならないと、私は思ってしまったのです」
「――――なぁ、フィレモン。いや、『偽りの主』よ。俺は、勝てるか?」
「分かりません。愚者は既に、我が従者である『イゴール』すらも取り込んでいます。勝算は、良くて五分五分でしょうね」
「そうか。なら、まぁ、まだ良い方だろう………約束、守れよ。この件が片付いたら、アンタは俺の絵のモデルになる」
「ええ、約束は守りますよ。なので、帰ってきてくださいね?」
「ああ、当然だ」
・主なき部屋での独り言
「切り札は敗れ、来るべき終末を避ける術は無い。それでも、それでも、先を望む者よ、心するがいい。前途は多難。数多の試練が、貴様を襲うだろう。だが、それでも、なお、前に進むという馬鹿が居るのであれば、俺の下にまで来るがいい。生憎、切り札なんて、上等な代物は持ち合わせていないが、『イカサマ』の一つぐらいは教えてやるさ」
信者は夢破れて。
愚者はなお、先へ進む。
殲滅者は、終末への道を断ち切らんと刃を振るうだろう。
だが、刃では『洪水』は止められない。
全てが、覆される前に。
虹がかかる前に。
――――そのlain(雨)の意味を変えろ。