「状況を整理するぞ」
集まった場所は、俺の自宅。
無駄に広い居間で、俺と玲音、京子に直也、鴉さん。後は、ジャージ姿に狐の仮面を付けた、ローテンションの捕虜一名という面子で作戦会議を行っていた。
「現在、私たちが敵対している組織の名前は『ナイツ』。これはまず、確定。ナイツっていうのは、とある『神』を信奉して、その神の力で、世界の改変……いや、リセットだっけか? それを望む、頭のおかしい奴らの集団。んで、『お父様』や『あの方』って呼ばれている、ペストマスク姿の、よくわからない怪人が、首魁というか、教祖みたいな感じ。んでもって、そいつらは、ええと…………その神のアバターである玲音ちゃんを取り戻そうとして、何度も私たちを襲ってきた。それで、良いよな? 屑一名、捕虜一名」
「…………うん」
「…………はい」
敵対組織に居たところを、俺がぶん殴って改心させた直也は、物凄く気まずい顔をしながら、京子の言葉に頷いた。そして、つい先ほど、お漏らしをやらかして、精神に致命的なダメージを負った元巫女さん……ええと、葉隠さん? は、『どうにでもなれ』という投げやりな気分で、虚ろに返事をしていた。
「つまり、玲音ちゃんをナイツって組織に奪われると世界がやばいってわけだ。んで、馬鹿」
「あい」
そして、俺もまたジャージ姿であった。
ただし、何処からか持ってきた荒縄によって体を拘束され、現在は、玲音の椅子として、その役割を全うしている最中であるが。
「私が自宅に帰っている間、刑事さんに尋問を受けたんだよな?」
「あい」
「強制的に保護されようとしたところで、玲音ちゃんに助けてもらったんだよな?」
「あい」
「…………それで、玲音ちゃんはその刑事さんの記憶を消した、と?」
「いや、多分、違うよ。あの刑事さんは何らかの対策をしていたのか、最後の方は死んだふりならぬ、気絶した振りをしていたからね。玲音はあの時、寝起きみたいなコンディションだったから、見逃していたかもしれないけど」
「…………」
「おっと、玲音。そんなに何度も俺の体に体重をかけても事実は変わらないし、大して重く無いから大丈夫だぞぉ? むしろ、心地良いまである」
「…………変態」
玲音が侮蔑の視線を俺に送った後、静かに俺を椅子にするのを止めた。
やれ、どうやら俺は椅子失格だったらしいな。だが、仕方ない。静かに椅子に徹するのも悪くないが、今は大切な作戦会議中、きちんと情報は出していかないといけない。
「となると、もう公的機関は動き出していると見ていいか?」
「かもね。結構優秀そうな刑事さんだったし、警察内部にもこういう事件を担当する部署があったから、俺たちが何かをしなくても、勝手に組織壊滅するんじゃない?」
「希望的観測だな、晴幸。こういう状況だと普通、私たちが物語の鍵を握っている場合が……というか、お前だ、お前。明らかに、お前がキーマンだろうが」
「そう?」
「そこの捕虜の話だと、お前が玲音ちゃんの宿主だから、こんなに大人しいって話だぜ? 一応聞くが、玲音ちゃんと一緒に居て、体調の変化は何かないか?」
「ううむ、体調の変化ねぇ」
とりあえず、いつまでも縛られていてもあれなので、ちょっと力を入れて荒縄を引きちぎる俺。ふむ、これくらいは今までも出来ていたから、特に変わったことじゃないな。
ペルソナ……うん、ペルソナ能力は変わったことだけれど、でも、どちらかと言えば、あれは【ペルソナちゃん】経由のあれこれって感じがしたし。
……となると、思いつくのは一つだけだ。
「発育不全気味な女の子も、ストライクゾーンに入るようになったんだけど、これは?」
「お前の性癖の話は聞いていない」
「いやいや、待ってくれ、京子。ひょっとしたら、あるかもしれない。玲音の宿主? とやらになった奴は、みんな、そういう性癖を植え付けられるかもしれない! そこら辺、どんな感じなんだ、直也?」
「え、知らないけど……」
「はー、つっかえ! じゃあ、捕虜の葉隠さん」
「ひ、あ、いや……食べないで……犯さないで……」
「勝手に煽ってきて、返り討ちにしたらこの様だよ! 威勢の良かった君はどこに行ったんだよ、もう!」
「ひ、ひえあ……たすけ、助けて……」
すっかり、心が折れているのか、この中で唯一まともそうな京子の後ろに隠れて、縋りつくという有様の葉隠さんである。
だが、その判断は間違っていない。何せ、京子はこの面子の中では紛れもなく、随一のお人よし。実際、縋りついてきた葉隠さんを仕方なさそうに受け入れて、優しくその頭を撫でてあげている。
駄目だ、完全に手間のかかる妹を見る目で見てやがるよ。
「晴幸、あんまり葉隠さんを虐めるなよ」
「もう虐めてないっての! それより、こいつは元々敵だったんだろ? 前の子の件といい、すぐに絆され過ぎだよ、京子は。裏切られたり、突然、攻撃されたらどうするのさ?」
「避ける」
「俺の拳を避けられるようになってから、言いなよ、そんな戯言」
「じゃあ、お前が守れ」
「命令形…………ま、まぁ、守れと言われれば、守ってあげなくも無いんだけどね! 勘違いしないでよ! 京子だから守ってあげるんだからね! 他の人間にはこんなに優しくしないんだからね!」
「実際、僕を説得するとき、ひどいってレベルの話じゃ――――」
「「黙れ、屑。もうちょっと反省しろ」」
「…………うん」
いつの間にか世界を転覆させようとしていた組織に所属していた悪友を正座させつつ、俺たちは一息吐く。
情報は集まっている。
専門的な組織に所属すらしていない学生風情が、よくもまぁ、ここまで敵対者を返り討ちにして、情報をもぎ取れたと、我ながら思う。
だが、足りない。
圧倒的に足りていない。
何を、どうすれば、最終的に状況が解決するのか、ということが。
世界の改変を防ぐには、どうすればいいのか?
お父様、とやらを捕えればいいのか? 改心させればいいのか? それとも、ワイヤード自体をどうにかしないといけないのか。
それとも、それとも…………いや、『その仮定』は無意味だ、やめておこう。
「私もペルソナ能力に覚醒して、現状、こちらの戦力は心が折れている葉隠さんを除けば、三人。屑、私、晴幸。その中で、突出しているのは晴幸だ。明らかに、こいつの戦力はちょっと頭おかしい」
「はい、僕も発言をよろしいでしょか?」
「おう、有意義な情報を出せよ、直也」
「ういうい、了解だよ、中島さん。ええとだね、この晴幸の戦力が明らかにおかしいのは、岩倉玲音の宿主だから、という考えが僕らナイツの中にはあったんだけど、それに関して、改めて岩倉玲音と晴幸の関係を眺めてみて、気づいたことが一つ」
直也が正座をしながら、俺と玲音を見比べて、若干、引き気味になりながら、言った。
「晴幸ね、搾取されるばっかりで、全然、岩倉玲音からの供給を受けていない。むしろ、岩倉玲音から離れていた方が強いまであるよ」
「え? マジで? え? 俺なんか、絞られているの? こう、エッチな何か?」
「や、生命力的な何か」
「マジで!? 寿命減ってる!?」
「減ってなきゃおかしいんだけど、むしろ、有り余って溢れているというか…………ちょっと、そこのチェフェイじゃなくて、葉隠」
「なんでしょうか、オルフェウスではなくて、結城」
「呪術関係はお前の方が詳しいでしょ? 晴幸と岩倉玲音の現状について、説明お願い」
「…………はい」
流石にいつまでも京子の後ろに隠れているのはバツが悪かったのか、葉隠さんは怯えつつも、俺たちの前に出て、説明を始める。
「先ほど、結城が言った通り、我々ナイツは、異常な力を持ったペルソナ能力は、岩倉玲音の宿主だから、供給を受けているのだろう、と仮説を立てていました。けれど、実際は、その、この天原晴幸という人は、搾取はされど、供給は全く受けていません。なのに、円卓の騎士ではないにせよ、戦闘特化のナイツすらも易々と撃破」
ちょっと頭がおかしいというか、ありえないレベルです、と葉隠さんは俺へ怪訝そうな視線を向けている。
いやぁ、これはあれですかな? 秘められた俺の力が覚醒しちゃったみたいな? まさか、中学生の頃に黒歴史ノートに書き溜めたように、世界の命運を賭けた戦いとか、しちゃうのかね、俺。
「いえ、そこそも、おかしいのは岩倉玲音を現世に顕現させ続けられるだけの膨大な心の力を、一人で賄えていること事態が、在り得ません。本来であれば、岩倉玲音に巣食われた者は、全く間に心を刈り取られ、以後は、岩倉玲音の眷属として、自由意思もなく心の力を集めるだけの存在になり果てるはず、というデータが…………少なくとも、二十年ほど前、偽神事件と呼ばれたそれが起きた時は、そういう現象が起こったという事例があったのですが。なんで、一人で平気なんでしょね、この人……こわっ」
「ドン引きするな」
「ひっ、ごめんなさい、食べないで……」
「こら、晴幸! 折角、話してくれていたのに、葉隠さんを脅さない!」
「ごめんなさい」
スタイリッシュに土下座を決めつつ、俺はふと、不思議に思う。
そもそも、岩倉玲音とは『二十年以上前に起きた、偽神事件、それを解決するために犠牲になった少女の名前』ではなかったのだろうか?
俺は、土下座からローアングルで葉隠さんを見上げつつも、その疑問について、尋ねてみることにした。ううむ、スカートでないことが残念だがけれども、これはこれで趣深い物だね、ジャージ女子をローアングルから見上げるの。
「これは、あくまでも橘総研に残されていたデータから導き出した結論なのですが、元々、岩倉玲音という少女は居なかったのです」
「居なかった?」
「ええ、何故ならば――――岩倉玲音という少女は、最初に顕現した神のアバターへ、偽りの記憶と戸籍を与えて、肉の器に閉じ込めて、人間として育て上げた実験体の一つだからです。そして、先ほど、私が言った『刈り取る者』としての岩倉玲音は別個体です。さらに、二十年前には偽神――英利政美によって主導された実験【serial experiments lain】によって、多数の岩倉玲音が生み出され、世界に遍在していたのです」
遍在する岩倉玲音。
ユビキタス(神は遍在する)ね。
どうにも、そのデウスとやらはろくでもない実験をしようとしていたらしい。
「遍在する多くの岩倉玲音。それらには全て、ペルソナ能力が備わっていました。加えて、肉の器を与えられた例外以外は、誰かの心に巣食っていなければ、現世に浮かび上がることはできません…………そして、デウス主導の元、我々ナイツの前身となった、旧ナイツは、遍在する岩倉玲音への生贄を用意し、そして、『死の神』を招来させるための儀式(蟲毒)を行い――――そして、敗北したのです。最後に残った、例外たる岩倉玲音。人間の器を得た彼女が、その器を自ら捨て去り、『死の神』を集合無意識の底へと封じる、大いなる封印となったのです」
「ふぅん。じゃあ、ここに居る玲音は、二十年前に敗北したうちの一人だったりするの?」
「うーん…………どうなんでしょう? そういう性質を持った岩倉玲音の存在は記録にありましたが、まるで凶暴性が無いというか、そもそも、全ての岩倉玲音は根底では繋がっているので、どれも同一人物の別人格(ペルソナ)とも呼べる存在なのです」
「こ、小難しい…………要するに、過去の事は置いといて、今、ここに居る玲音をしっかりと見つめて、きちんと向き合っていけば良い感じ?」
「私の説明が大体無意味になる納得の仕方をなさりますね? 大体間違ってないのが悔しいです」
「いやいや、背景が分かったのは助かったぜ、ありがとうな、葉隠さん」
「…………お礼を、言われた?」
「助かる説明をしてくれたんだから、お礼ぐらい言うさ。俺を何だと思っているんだよ、もう」
葉隠さんは俺をどんな怪物だと思っていたのさ?
や、まぁ、あれですよ。少々脅しが過ぎたと、お漏らし被害に巻き込まれた時は反省したから、次からはもうっちょっとスマートに相手に心を折っていきたいと思う所存。
さて、それじゃあ、現在と過去の状況は分かったから、未来の方針について語り合っていこうか。
「それで、アンタらナイツの計画ってのは、玲音の力を借りて、『死の神』の良い部分をこう上手いこと操って、世界を良い感じに変革しようとした、って感じでいいんだな?」
「ふわっふわしていますけれど、概ね合っています」
「その過程で、『死の神』とやらが暴走する危険性は無かったのか?」
「…………その件に関しては、その、お父様が何とかすると、仰っていたので」
「え? 肝心な部分だけど、聞いてなかったのか?」
「…………こう、お父様は秘密主義者ですが、何か、人を納得させるだけのカリスマがあったので、その、ええ…………思考停止していました」
「僕は、愛しい人を蘇らせればそれでいいや、と思って世界の改変なんて全然信じて無かったよ。まぁ、失敗して散々な目に遭ったんだけどね…………もう少しで、雌堕ちするところだったよ……」
「「雌堕ちって何!?」」
直也の呟きに、京子と葉隠さんが反応を示して追及するが、直也は曖昧な顔をして首を横に振るだけ。まぁ、そこで詳しく説明されると、俺が折檻されるか、ドン引きされるかなので、その沈黙はイエスだな。
さて、ともあれ、だ。
今のところの方針としては、そのお父様とやらを見つけてどうにかすれば、あるいは希望が見えてくるかもしれないが、それでも、基本は相手の持つ情報を探らなければならなくなるだろう。それでは、今後、後手に回って、肝心な時にミスを犯してしまうかもしれない。
そう考えると、やはり、この中でも一番情報を隠しているだろう人物へ、直接話を聞かなければならないな。
「…………何?」
玲音は俺が視線を向けると、シリアルを食べる手を止めて、首を傾げて見せる。
ちなみに、そのシリアルは我が家の貯蔵にある最後の品で、この後、さらにデパートで高級なシリアル食品を買いためなければならない。
…………シリアルで、釣るか? いや、駄目だ。こういう真面目な会話は、ちゃんと誠意をもってやらなければ。
俺は心持ち、真面目な表情を作って、玲音へと問いかけた。
「玲音、世界の改変とやらを防ぐには、どうすればいい?」
「……………………方法は二つ」
玲音は少し迷った後、渋々、といった表情を作って俺に応えてくれた。
直也に問い詰めていた二人も、直也自身も、自然と黙り込み、神託を待つ信者の如く、俺たちは玲音の言葉を待つ。
「一つ目。私を、殺せばいい。そうすれば――」
「あ、それは無しで。はい、次」
「…………」
「な、なんだよぉ! 睨んでも絶対無理だし、嫌だからなぁ! 聞く必要性皆無だしぃ! 世界を敵に回しても、守り抜くぞ、多分!」
「…………言葉がテンプレートで薄っぺらい」
「はぁ!? んじゃ、本音を言いますけどねぇ! 頑張って守り抜いた後は、少しだけエッチなことをして欲しいと思います! 少年漫画ぐらいのエロスでオッケーよ?」
「本気過ぎて引く……」
「どうしろってんだよぉ!」
びたーん、と俺は今の畳に倒れこんで、不貞腐れる。
そんな不貞腐れた俺の上に座り、ぐりぐりと腹筋に人差し指をめり込ませながら、玲音は説明を続けた。
「二つ目。愚者を……アリスを、あの子と会わせること。そうすれば、全部、終わる」
「はぁーい、アリスって誰ですかァ!? あの子って誰ですかァ!?」
「…………」
「はい、答えなーい! 何か制限があるのか、面倒なのかわからないけど、だんだん慣れてきたぞ、ちくしょう! あ、二つ目の方法を実行したら、玲音は消えないよね? 一応、確認」
「…………多分?」
「絶対と言ってくれよ」
「最悪、ハルユキに寄生し続ければ、大丈夫だけど」
「じゃあ、最悪の場合はそれで」
「…………」
「え? なんで、無言で俺の胸板に頭をぐりぐり押し付けるんですか!? 玲音さん、その反応はどっち!? 照れ隠し!? それとも怒ってる!?」
無言で奇行を続ける玲音と、混乱して喚く俺。
そんな俺たちを眺めて、俺たち以外――ずっと絵を描いている鴉さんは除く――は和やかに苦笑を揃えた。
とりあえず、なんだかんだ、色々軋轢はあるけれど、これから先、ナイツと敵対する俺たちの仲は、さほど悪くないらしい。
ならば、やることは明確だ。
ナイツの奴らをぶん殴って、掴まて、情報吐かせて。
最終的にお父様とやらも殴って、情報吐かせて、なんやかんだ上手く頑張る。これだ! これしかない。ふっわふっわしているが、やることだけは決まっている。
戦って、勝って、守り抜くんだ。
俺はいつだって、そうやって何とかしてきたんだからさ。
―――――ナイツが壊滅したという情報が舞い込んできたのは、俺がそんな決意を決めた、三日後の事だった。
え? 俺の決意とか、葛藤とか、どこに行けばいいんですかね?